『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』






 7



「高町恭也です」

風芽丘学園2年C組。
今、ここで一人の男が自己紹介を済ませたところだった。
自己紹介というのには、あまりにも短い上に自分の名前しかいってないが。
恭也はそれ以上言う事はないと、そこで口を噤む。
それを見た担任は、恭也を一番後ろの席へと座らせる。
その席へと向う恭也を、男子も女子も興味深そうに眺める。
特に女子の視線には熱いものが感じられるが、当然恭也は気付かずに席へと向う。
その途中、同じクラスにいた恭美と目が合う。
恭美は気付かれないように、恭也へ小さく手を振る。
恭也もそれに小さく頷き返し、それを受けて恭美は笑みを浮かべる。
そのまま恭美の席を通り過ぎ、自分に当てられた席に着く。
丁度、恭美の左斜め後ろの席で、恭美はちらりとだけ恭也へ視線を向けると、すぐさまHRを始めた担任へと視線を向ける。
簡単なHRを終え、担任が教室を出た途端、恭也の周りに人の壁が出来上がる。
一時間目が始まるまでの短い時間に、出来る限りの事を聞き出そうとするクラスメイトという壁に。
所が、恭也を囲んだは良いが、誰も何も発さない。
落ち着いた恭也の雰囲気と相俟って、中々話し出すきかっけを掴めずにいた。
そんなクラスメイト達を見て、恭也は自分の無愛想が原因かと思いつつも、どうする事も出来ずにいた。
そんな沈黙を破るように、一人の少女が声を発する。

「ほらほら、皆落ち着いて。そんなに大勢で囲んだりしたら、恭也さんも困るでしょう」

その声に触発されたかのように、その声の人物を中心に人の波が綺麗に分かれる。
恭美はその新たに出来た道を通り、恭也の元へと辿り着く。

「恭也さん、学校はどうですか?」

「どうもこうも、まだ始まってもいないしな」

「それもそうですね」

親しく話す恭美に、女子たちの質問が飛ぶ。

「御神さん、ひょっとして高町くんと知り合いなの?」

「ええ、そうよ」

そう答えた途端、質問の矛先が恭也から、恭也と恭美の二人に変わる。
新たに二人を中心として築かれた壁から質問が飛ぶよりも先に、授業開始のチャイムが鳴り響く。
同時に教科担当の教師が教室へと入ってくる。
それを見て、生徒たちは自分の席へと戻っていくのだった。



一時間目の授業が終るや否や、女子たちが恭美へと殺到する。
そんな中、数人の男子が離れた所で話していた。

「あの転校生、御神さんと親しいみたいだけど……」

「ああ。これが勇也の耳に入ったら、どうなるか」

一部の間では、勇也が恭美に近づく男性には厳しい事は有名だったりする。
それを心配した一人が席を立つ。

「教えておいてやるか」

「そうだな。………もう、遅いかもな。ほら」

その男子生徒が指差す先には、勇也が立っていた。
勇也は厳しい顔付きで恭美の傍にいる恭也を見ると、そこへと歩いて行く。
先程、勇也の事を話していたグループは、どうしようかと顔を見合わせるが、
考えが纏まるよりも、勇也が恭也の元へと行く方が早かった。
しかし、その生徒たちが心配するような事は起こらず、寧ろ勇也から親しげに恭也に話し掛けていた。

「恭也さんは恭美と同じクラスになったんですね」

「ああ、そうみたいだな。勇也はどこのクラスだ?」

「俺は隣のD組です。女子たちがC組に転校生が来ていると噂していたんで、もしかしてと思って」

話している二人の元へ、女子からの質問攻めを逃れてきた恭美が加わり、三人は楽しそうに話し始める。
そんな様子を見て、先程の男子が声を掛ける。

「勇也、その転校生と知り合いなのか」

「うん、そうだよ。えっと、遠い親戚にあたるのかな?」

「…そうだな。そんな所だな」

勇也の言葉に納得した顔を浮かべるその生徒を残し、勇也は再び恭也との会話に戻るのだった。



 ◆ ◆ ◆



昼休み。
いつの間にやら転校生の噂が広がり、一目見ようと生徒たちが2年C組の教室へと押しかける。
その殆どが女子生徒で、クラスに友人のいる生徒はその友人を訪ねる振りをして教室へと入ってくる。
が、学年の違う1年生と3年生はその手も使えず、たまにクラブの連絡と言って入ってくる者もいたが、
廊下には大勢の生徒溢れ返っていた。
それらを見ながら一人首を傾げる恭也の元に恭美がやって来て、不思議そうに尋ねる。

「どうしたんですか?恭也さん」

「いや、転校生とは珍しいものなんだなと思っていたところだ」

「……恭也さんが転校生だから、人が集まっているんですけどね」

「ん?何か言ったか?」

「い、いいえ別に。ただ、母から聞いた通りの人だと再認識してただけです」

それがどういったものか聞こうとした所で、勇也がやって来る。

「恭美〜、昼飯にしよう」

「そうね。恭也さんも一緒に行きましょう」

「ああ、それは構わないが。恭美たちは昼はどうしてるんだ?」

「大体はお弁当ですね」

そう言って勇也は自分の弁当を見せる。

「恭也さんのも預かってますよ」

自分の分とは別に、もう一つ見せる。
それを眺めつつ、恭也はつい二人に聞く。

「それは、美由希が作ってるんだよな」

「そうですけど、どうかしたんですか?」

「かーさんの料理は美味しいですよ」

「…………今、とてつもなく凄い言葉を聞いた。
 一瞬、パラレルワールドに来たのかと思ったぞ」

恭也の言葉に首を傾げる二人を見て、いや、良いと告げ、違う事を口にする。

「じゃあ、何処で食べる」

「大分温かくなってきましたし、屋上とかはどうですか?」

「ああ、そこで良い」

話が纏まり、席を立つ。
周りの者は一緒に付いて行きたそうな顔を見せるが、流石に口には出さない。
そこへ、廊下から人込みを何とか掻き分けて二人の女子生徒が現われる。

「恭也さん、ここでしたか〜」

「あ、冬香に夏奈壬か。どうしたんだ?」

「一緒に昼を食べようと思って」

夏奈壬が答える。

「そうか、丁度良かった。じゃあ、一緒に行くか」

「はい〜」

「うん」

恭也の言葉に二人は返事を返し、五人は屋上へと上って行く。
その後ろ姿を女子生徒たちは羨ましそうに眺め、

「くぅぅ〜。冬香さんとも知り合いだなんて……。な、何て羨ましいんだー!」

風校を代表する美少女にして、ファンクラブまで存在する冬香と親しげにする恭也に男子生徒たちはただ羨望の眼差しで見ていた。
こうして、本人が望む、望まないに関わらず、恭也の存在は校内を駆け巡っていったのである。







 〜 つづく 〜








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