『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』






 8



転校初日、何とか無事──少なくとも本人の中では──に終えた恭也は、恭美と連れ立って教室を出て行く。
特に決めていた訳はないが、廊下に丁度勇也が出てきて、三人は一緒に帰ることにする。

「どうでしたか、転校初日は」

「うーん。結構、授業の内容を忘れていたな。殆ど始めて聞くような感じだ」

可笑しいなと首を傾げるものの、授業中に起きている事の方が少なかったのだから、別におかしい所はない。
本人がソレを自覚していない事こそが、この場合おかしい事なのだが、それを知る者がこの場にはいない事が何よりだった。

「他には何かありましたか?」

尋ねる勇也に、恭也は少し考えて答える。

「そうだな…。他には、俺の知っている教師が少なかったな。
 朝、職員室に行った時、知っている教師が2、3人しかいなかったな。
 まあ、その方がややこしくなくて良いんだが」

「そうですね。昔の生徒と名前が一緒の上に、容姿や性格までそっくりな生徒がいたら、普通は驚きますから」

「そうだな。幸い、俺の受け持ってもらう教師の中には、顔見知りの教師はいないみたいだから、その点は大丈夫だろう」

恭也はそれよりもと続ける。

「どうして二人は、そんなに改まった口調なんだ?
 俺はこうして普通に話しているんだし、どうやら年も同じなんだから、もっと楽に話しても良いのに」

「そうは言われても、最初に母さんの兄と聞いてましたし、それに剣の師匠でもある訳ですし」

「いや、そうだが。……剣の師匠?師匠は美由希じゃないのか」

「はい。母さんも師匠ですけど、恭也さんも俺に色々教えてくれますし、それに目標というか……。
 駄目ですか」

逆に勇也は、恭也に尋ね返す。
それを受け、恭也はまあ良いかと頷く。

「まあ別に構わないが。しかし、もう少し砕けた喋り方でも構わんぞ」

「はあ、分かりました。努力します」

「いや、まあ努力するような事ではないんだが……。まあ、良いか」

恭也はそれ以上は何も言わず、今度は恭美へと話し掛ける。

「恭美も分かったか?」

「はい、分かりました」

「……本当に分かったのか」

恭美の返事を聞いて、いまいち納得のいかない顔をしつつも、こちらに対してもこれ以上は言わない。
そんな恭也の心情を理解したのか、恭美は笑みを浮かべる。

「分かってますよ。すぐにとはいかないけれど、徐々にね♪」

恭美の言葉を聞き、恭也は微かに苦笑すると、腹の辺りを軽く擦る。

「ちょっと寄り道して行くか」

「はい」

「うん」

それぞれから了承の答えを聞き、恭也は方向を少し変える。

「何処に行くんですか?」

「こっちは……臨海公園の方ですよね」

「ああ。っと、たこ焼きとタイヤキの屋台はまだあるよな」

「はい、ありますよ」

尋ねる恭也に、恭美が答える。
その答えを聞き、恭也は少し胸を撫で下ろす。

「そうか、それは良かった」

そんな恭也を楽しげに眺める恭美の目に、一人の少女の姿が映る。

「あれ?春菜ちゃん?」

「あ、本当だ」

恭美に続き、勇也も気付く。
二人の視線を追いかけ、恭也も春菜の姿を確認する。
すると、向こうも気付いたのか手を振って駆け寄ってくる。
三人も春菜の元へと、歩いて行く。
程なくしてお互いに辿り着いた四人の中で、真っ先に恭也が尋ねる。

「こんな所でどうしたんだ?」

「うん。今から家に帰る所」

そう言いつつ、春菜は恭也の手を取って繋ぐ。
その手を握り返しながら、恭也は言葉を続ける。

「…翠屋にいたのか?」

「うん!桃子おばあちゃんに色々教えてもらってたの」

「そうか。俺たちはこれから臨海公園に行くつもりだが、春菜はどうする?」

恭也の問い掛けに春菜は考える事なく、すぐさま返事をする。

「春菜も行く!」

「じゃあ、一緒に行こうな」

恭也が春菜にそう言うと、春菜は嬉しそうに頷く。
そんな二人を眺めつつ、恭美は春菜の恭也と手を繋いでいる方とは逆の手を取る。
それを嬉しそうに見上げつつ、春菜は両手を振りながら歩く。
そんな春菜を少し離れて見ていた勇也が、しみじみと零す。

「しかし、最初は懐くどころか、どこか警戒していたはずなのに、いつの間にか物凄く懐いていますね」

「勇也、寂しいんでしょう」

「別に…」

図星だったのか、勇也は恭美から視線を逸らしつつ素っ気なく答える。
そんな勇也を見ながら、恭也は少し前の事を思い出していた。



 ◆ ◆ ◆



恭也が戻って来た翌日。
恭也に関する様々な手続きを済ませるために、美沙斗は朝早くから出掛けていた。
いつもの鍛練の時間に目を覚ました恭也だったが、周りから今日は鍛練をしないように言われていたため、
大人しく着替えてからリビングへと移る。

「別に、怪我とかをしている訳ではないんだが…。
 いや、寧ろ怪我は治ったぐらいなんだがな…」

そうぼやきつつも、皆が恭也の事を心配しているのが分かるので、恭也は大人しく従う事にしたのだった。
恭也は新聞を取ってくると、ざっと目を通す。
その折、日付へと目を向ける。

「はぁー。本当に未来なんだな。まだ、何か夢を見ているような気もするが。
 まあ、こうなった以上は仕方がない。潔く諦めるか。
 それに……」

恭也は小さく呟き、そっと右膝に触れる。

「今度は焦らず、確実にな。そして……。父さんを超えてみせる。
 何処まで高みへといけるのかは分からないが、いける所までいってみたい」

恭也は決意も新たに、軽く手を握っては開きを繰り返す。
それから少しして、新たな気配が下へと降りてくる。

「クロノか」

呼びかけてから背後へと振り返ると、そこには確かにクロノがいた。
クロノは少し笑みを見せると、

「流石ですね、恭也さん」

「そうか?それよりも、結構早いな」

そう言って時計を見る恭也。
時刻はまだ、六時を指した所だった。

「ええ。朝の仕込みがありますから」

クロノは苦笑しつつ、そう答える。

「ああ、翠屋のか」

「はい。なのはは朝があまり得意ではないので、朝の仕込みは俺が」

「成る程な」

恭也は昔──恭也にとってはつい最近──のなのはを思い出しながら呟く。
それを感じたのか、クロノはフォローするように言う。

「あ、でも、大分ましになりましたし。朝食はなのはが作りますから」

「なのははいい人を見つけたな」

クロノの言葉を聞きながら、恭也はしみじみと呟く。
恭也の言葉に照れながら、クロノは慌てて言う。

「そ、そんな事は…。そ、それじゃあ、出掛けてきますね」

「ああ、いってらっしゃい」

「いってきます」

その背中に笑いを堪えながら声を掛けると、恭也は再び新聞へと目を移すのだった。



それから暫らくして、桃子、なのは、春菜、久遠の順で起きてくると、朝食となる。
一旦帰ってきたクロノも入れ、五人と一匹でテーブルを囲む。

「春菜。それを取ってくれるか」

恭也は、春菜の傍に置いてある醤油を指差す。
呼ばれた春菜は、小さく頷くと恐る恐るといった感じで醤油を恭也へと渡す。

「はい、恭お兄ちゃん」

「ああ、ありがとう」

恭也が手を伸ばすと、春菜はすぐに手を引っ込める。
そんな春菜の様子に、恭也は仕方がないと思う。
春菜にとっては、恭也は昨日初めて会った他人なのだから。
確かに、なのはの娘だとしても、恭也との面識があった訳ではないし、その独特の雰囲気にまだ馴染めないでいた。
そんな春菜に恭也は気を悪くする事もなく、黙々と箸を進める。
途中、桃子が嬉しさのあまり涙ぐむといった事もあったが。
特にこれといって大した事もなく、極普通に時間が流れる。
食事も終盤に差し掛かかった頃、桃子が話し掛ける。

「そう言えば、学校に行くんだから、新しい制服を用意しないとね」

「別に、前ので良い」

「駄目よ。それに、少しとはいえデザインも変わってるんだから」

「そうなのか」

「そうよ。だから、今日は制服の寸法を測りに行きましょう。春菜も一緒に行く?」

「えっと……。うん♪」

恭也を一度見た後、少し考え込んでから頷く。
それを聞き、久遠が食べる手を休めて桃子の方へと顔を向ける。

「くおんも〜」

「はいはい、久遠ちゃんも一緒に行こうね」

それに笑みを返す桃子に、恭也が慌てたように言う。

「そんなに急がなくても良いだろう。それに、まだ転入手続きとかも済んでないし…」

「それは大丈夫よ。美沙斗さんが何とかしてくれるって言ってたじゃない。
 だから、行こうよ〜。ね、ね」

あまりにもしつこく言ってくる桃子にため息を吐くが、そんな恭也にクロノが苦笑を浮かべつつ言う。

「恭也さん、お義母さんは久し振りに一緒に出掛けたいんですよ」

その横で、なのはは頷く事によって同意する。

「はあ、分かった」

「本当!ああー、こうして恭也と出掛けられる日が来るなんて……」

嬉しそうに目の端に涙さえ浮かべる桃子に、恭也は照れたように言う。

「年を取ると、涙もろくなるというのは本当だったか……」

しかし、その呟きは桃子には聞こえなかったのか、またはそれ以上に嬉しさの方が勝っていたのか、
まあこれが恭也の照れ隠しだと分かってもいたのだろうが、何も言わなかった。
朝食を終え、なのはとクロノが翠屋へと出掛ける。
それから暫らくして、恭也たち三人と一匹も出掛けるのだった。



 ◆ ◆ ◆



恭也の制服の寸法合わせを終えた後、桃子の提案で恭也は街中を案内される。

「どう。結構、変わっている場所もあるでしょう」

「ああ。だが、変わっていない場所もあるな」

「そりゃあ、そうよ。全部が変わる訳ないわよ」

そんな会話を聞いているのかいないのか、春菜は桃子と手を繋ぎながら歩く。
まだ恭也に警戒心を持っているようで、桃子を間に挟み、恭也の顔をちらほらを見てくる。
それに気付いてはいるが、恭也は何も言わずに歩く。

「それにしても、なのはや美由希が結婚しているとはな……」

「ふふふ。残念だったわね。二人の式を見れなくて」

「ああ。美由希は兎も角、なのはの式を見れなかったのは本当に残念だ」

「そんな事ばっかり言ってると、美由希が拗ねるわよ」

「そんな年でもないだろう」

「年は関係ないわよ」

笑いながら言う桃子を見つつ、やはり長い年月が経っているんだなあ、と改めて恭也は実感する。
勿論、それをおくびにも出さないが。
そんな恭也の不遜な考えを感じたのか、桃子は恭也をじっと見ると口を開く。

「恭也。何かよからぬ事を考えていない?」

「いや、そんな事は全くないぞ」

なおも怪しそうに見詰めてくる桃子の追求を誤魔化すように、恭也は言葉を続ける。

「しかし、本当に残念だ。
 なのはをくださいと挨拶に来たら、何処かの誰かさんみたいに、俺から一本取れたらと言おうと思っていたのに」

冗談めかして言う恭也に、桃子は苦笑する。
途中、昼食を取った三人はそのまま街中を歩く。
しかしながら、春菜は未だに恭也に対し、恐々といった感じだった。

「これで、一通り見終ったな」

「そうね。じゃあ、公園にでも行ってみましょうか」

「まあ、別に構わないが。春菜と久遠も良いか?」

尋ねてくる恭也に、春菜は握っている桃子の手を強く握りながら頷き、久遠は恭也の手を握りつつ頷く。
そんな春菜の様子にも、気を悪くせず恭也は臨海公園へと向って歩み始める。
臨海公園の芝に腰を降ろす恭也と桃子を置いて、春菜と久遠は元気に駆け回る。
そんな様子を眺めながら、恭也から口を開く。

「春菜は俺に対して、どう接したら良いのか分からないみたいだな」

「まあ、仕方がないわよ。突然現われた、なのはよりも年下の兄だもんね。
 でも、その内慣れるわよ。あの子も高町の子だもの」

「……確かに、変なものに対しても、すぐに適応できるだろう」

恭也の答えに対し、桃子は呆れたような眼差しで見詰める。

「そうじゃなくて、優しいって言いたかったんだけど」

「……ああ」

恭也は両手をポンと鳴らすように打ち合わせると、納得したとばかりに数度頷くのだった。

「さて、何か飲む物を買ってくるわ」

「ああ。じゃあ、俺はあの二人を見ている」

恭也の声を聞きながら、桃子は自販機のある場所へと向って歩き出す。
それから少しして、春菜と久遠が恭也の元へと戻ってくる。

「…桃子おばあちゃんは?」

「飲み物を買いに行った」

「そう」

春菜は手持ち無沙汰に、立ったまま恭也の方をチラチラと見る。
何かを言いたそうにしているのを感じた恭也は、優しく問い掛ける。

「どうかしたのか」

「あ、あの……」

言い難そうにする春菜の後ろから、久遠が顔を出して代わりに言う。

「きょうや、ねこが」

「猫?」

「うん。きのうえ」

久遠は言いながら、恭也の手を引く。
久遠に引かれるまま二人の後を付いて行くと、一本の木へと連れて来られる。
その木の下で、春菜が一本の枝を指差す。

「あそこ」

その先を辿って行くと、そこには子猫が爪を枝に突き立てていた。
どうやら降りれなくなったらしい。
事情を理解した恭也は一つ頷くと、不安そうな顔をしている二人の頭を軽く撫でる。

「ちょっと待ってろ」

「あ」

恭也に撫でられ、春菜は小さな呟きを零すが、恭也はすぐに手を除けると木によじ登る。
無事に子猫の近くまで行くと、そのまま子猫を抱き寄せ、枝から飛び降りる。
地面に着地した恭也はそっと子猫を下に降ろすと、そっと撫でる。

「次からは気を付けるんだぞ」

子猫はまるで恭也の言葉を理解しているかのように、短く鳴くとそのまま走り去って行く。
それを見ながら、恭也は春菜と久遠を連れて、元の場所へと戻る。
元の場所に戻ると、桃子が先に戻って来ていた。

「ああ、戻ってきたわね。何処に行ってたの?」

「ああ、ちょっとな」

「ふーん。まあ、良いけど。はい」

そう言って恭也に缶コーヒーを手渡し、春菜と久遠にはオレンジジュースを渡す。
久遠はそれを受け取ると、恭也の足に座り笑顔を浮かべる。
恭也はそんな久遠の頭を撫でてあげる。
それが気持ちいいのか、久遠は目を細めてされるがままになる。
そんな様子を春菜が、じっと見詰めていた。

「どうかしたのか、春菜」

それに気付いた恭也が声を掛けると、春菜は驚いたように身体を一瞬だけ強張らせるが、ゆっくりと口を開く。

「えっと。久遠ちゃんがあまりにも気持ち良さそうだから」

春菜の言葉が聞こえたのか、久遠は春菜に笑みを見せながら答える。

「きょうやのて、あたたかくてきもちいい」

「そう」

先程の感触を思い出しつつ、春菜は少し羨ましそうに久遠を見詰める。
そんな春菜に気付いたのか、恭也は春菜を呼ぶ。

「春菜、こっちにおいで」

春菜はどうしようか悩んでいたが、恭也が悪い人ではないと分かっているので、ゆっくりとだが近づく。
充分に近づいた春菜を抱き上げ、恭也は横に座らせると、そっと頭を撫でてあげる。
春菜はそれを気持ち良さそうに受け止める。

「本当だ。気持ち良い」

「うん」

久遠が自分の事のように嬉しそうに頷く。

「きょうや、くおんも」

「ああ」

今度は久遠を撫でる。
そのために春菜から手が離れると、春菜は少し名残惜しそうな顔をする。
それから暫らくすると、遠慮がちに声を出す。

「えっと、春菜ももう一度……」

春菜の言おうとした事を理解した恭也は、今度は春菜を撫でる。
それを何回か繰り返す頃には、春菜はすっかり恭也を警戒する事なく、普通に話していた。

「恭お兄ちゃん、は、春菜もその……良い」

下から見上げられながら聞かれるが、何が良いのか分からず首を傾げる。

「えっと……。久遠ちゃんと同じように、その」

春菜は久遠の座っている場所と、自分の足を交互に見遣る。
それで分かったのか、恭也は一つ頷くと、久遠を持ち上げる。
そうして、自分の足の片方に久遠を乗せ、もう片方にスペースを作る。
それを見て、春菜は嬉しそうな顔をしつつ、少し恥ずかしそうに恭也の足に座る。

「えへへへー」

「ん」

自分を見て楽しそうに笑う春菜に、恭也は短く答えて二人の頭を交互に撫でて行く。
そんな微笑ましい光景を見ながら、すっかり忘れられていた桃子はわざとらしく声を上げる。

「うぅ〜。折角会えた息子と、可愛い孫に存在を忘れられる私って一体……」

恭也はまたかとため息を吐くが、春菜は慌てたように声を出す。

「桃子おばあちゃん、別に忘れた訳じゃなくてね…」

必死に何かを伝えようとするが、それを上手く表現できずに慌てる春菜に、桃子は笑い掛ける。

「分かってるわよ、春菜ちゃん」

そう言って春菜に笑い掛けると、春菜はほっとしたように胸を撫で下ろす。
その様子を見ながら、桃子が恭也に話し掛ける。

「どうやら、春菜ちゃんももう大丈夫みたいね」

「ああ」

「それよりも、私も撫でて〜」

桃子が笑いながら恭也へと頭を差し出す。
その脳天に、恭也はチョップを打ち下ろす。

「何、馬鹿な事を言ってる」

「痛〜い。酷いじゃない」

「はいはい」

文句を言う桃子を軽くいなしつつ、ゆっくりと時を過ごすのだった。



 ◆ ◆ ◆



あれ以降、春菜は恭也によく懐くようになった。
その時の出来事を思い出しているうちに、恭也たちは臨海公園へと辿り着いていた。

「屋台はあそこですよ」

見えてきた屋台らしきものを指差し、勇也が告げる。

「昔と場所は変わっていないみたいだな」

「そうなんですか」

恭也の言葉に尋ね返してくる勇也に頷きながら、四人は屋台へと近づく。

「俺はたこ焼きにしよう」

「私はタイヤキ。餡子とクリームを一個ずつ」

「春菜は餡のやつを一つ」

タイヤキ屋の親父さんが、残る恭也へと視線を向ける。
その視線を感じつつ、恭也はざっと書かれているメニューに目を通し、口を開く。

「カレーとチーズはないのか」

「!!」

恭也の言葉を聞いた途端、親父は驚いた顔になる。

「な、何故、そのメニューを……。
 あれは、昔は食べてくれる人がいたんだが、二十数年前を最後に、さっぱり出なくなってね」

「そうだったんですか…」

恭也は心底残念そうな顔になる。

「ん?アンタ、何処かで見たことがあるような…」

「気のせいでしょう。しかし、その二つがないとなると……。仕方がない。
 すいませんが、今日はたこ焼きにします」

恭也はそう言って、たこ焼きを買いに行こうとする。
その背中に、タイヤキ屋の親父が声を掛ける。

「兄ちゃん。次にはきっと用意しておくから、また来てくれよ」

「ありがとうございます。是非とも」

そう言って恭也は今回はたこ焼きを買うのだった。
近くのベンチに腰掛けながら、その話を勇也に聞かせる恭美。

「へー。そんな種類もあったんだ」

「ああ。どうやら、無くなってしまったみたいだがな。
 でも、また復活してくれるそうだ」

「そんなに美味しいんですか」

勇也が気になるのか、そう尋ねる。
それに恭也は力強く頷く。

「ああ、あれは美味い。今度、一緒に食べに来るか」

「はい」

恭也の言葉に勇也は頷き、その横で恭美が自分も名乗りを上げる。
そんな二人の反応に、恭也は嬉しそうに頷くのだった。







 〜 つづく 〜








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