『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』
9
恭也が転校して来てから、一週間が経っていた。
流石に、この頃には転校初日の時のような騒ぎも収まっていたが、本人の知らない所で、実はファンクラブが出来ていたりする。
この辺り、昔と変わらないのだが、まあ本人はこれまた気付いていないため、
恭也は転校生という珍しいものにも周りが慣れたのだろうと考えていた。
そして、恭也もまた二度目の学園生活という事もあって、最初こそ緊張していたが、今ではすっかりと慣れてしまっていた。
この辺り、人間というのは環境適応力がたかいのだろう。
兎も角、慣れてきた恭也は、今が授業中だというのに、小さく欠伸を洩らす。
(……眠い)
昔と違い、あっさりと眠りにつかないだけ、多少は成長したのか、恭也は何とか眠気と戦いながら黒板の文字を板書していく。
(この授業が終われば、昼休み。もう少しだ……)
何度も心の中で呟いて自分を励ますが、一向に眠気が去らず、恭也は目を閉じかけては開くといった行為を繰り返していた。
と、その視界に、斜め前に座り、真面目にノートを取る恭美の姿が映る。
黒板とノートに交互に視線をやりながら、手に持ったシャーペンを走らせる。
普段とも、鍛練の時とも少し違う顔付きで授業を受ける恭美の姿に、恭也は思わず笑みを零す。
と、そんな恭也の視線に気付いたのか、恭美は教師に気付かれないようにチラリと後ろ、恭也の方へと視線を向ける。
<どうかしたんですか?>
<いや、何でもない>
口だけを動かして尋ねてくる恭美に、恭也は軽く首を振ると同じように返す。
そんな恭也の口の動きを読み、恭美は小さく頷くと、笑みを浮かべる。
<後、少しですから、頑張って下さいね>
<ああ、分かった>
恭美は恭也の返答を見ると、また黒板に目を向けて、今の間に新たに書かれた内容を書き写していく。
それをぼんやりと眺めていた恭也は、頭を軽く振ると、自分も真面目にしようと、ノートへと視線を落とす。
が、その脳内では違う事を考え始めていた。
(恭美は視線に敏感だな。いや、視線というよりも、周りの動きにか。
逆に、勇也は気配を察知するのは苦手みたいだな。
確か、恭美は美沙斗さんから気配の探り方や消し方を小さい頃から習っていたと言ってたな。
逆に、勇也は勇吾に体力を付ける鍛練をされていたんだったな。
スピードや技では恭美が、力やスタミナでは勇也が、それぞれ上か)
そんな事を考えながら、恭也は二人の鍛練の内容をノートへと書いていく。
既に、今が授業中だという事も忘れたのか、さっきまでの眠気も何のその、恭也はノートに二人の特性も書き上げると、
昔、美由希を鍛えるために読んだ本などや、最近、新たなに読んだ本などから得た知識と照らし合わせ、
二人のこれからの鍛練メニューを考える。
そのついでではないが、自分の鍛練についても、士郎が残したノートを思い出しつつ、改良するべき所は改良していく。
(今の長所を伸ばすにしても、全体的な能力の底上げはやはり必要だな。
なら、暫らくは、恭美には筋力を付ける鍛練を、勇也にはスピードを上げる鍛練と気配察知に関する鍛練を加えるか。
後、恭美は美沙斗さんや美由希から教わった射抜という奥義を身に付けているから、それを徹底的に磨き上げるとして、
勇也はどうするか。試しに、薙旋でも教えてみるか。
いや、美由希の息子だ。刺突系の方が合っているかもしれんな。
……いや、別に今、ここで絞り込む必要もないか。今後の成長具合を見てからでも……。
最終的に、全ての奥義を放てるように鍛練して、後からその中で本人が一番合ったものを選べば良いか。
だとしたら、恭美の鍛練メニューも、そうなるようにした方が良いか)
恭也は真剣な顔で考え込みつつ、何度もノートに書き殴る。
そんな恭也を盗み見た恭美は、その真剣な表情に一瞬、動きを止めるが、すぐに視線を前に移す。
そんな恭美に気付かず、恭也はひたすら自分の考えに没頭していく。
(いや、恭美は既に刺突系の奥義を身に着けている。なら、下手に鍛練内容を変えなくても。
多少、変更する形にして、他の奥義も教えていくか。どちらにせよ、もう暫らく先だな。
……よし、二人の鍛練メニューはこんな感じで良いだろう。
さて、俺自身は……。今までの鍛練を少し減らして、父さんのノートにあった鍛練を入れて……。
この鍛練は、美由希に手伝ってもらうか。…………よし、連休までは概ねこんな感じで良いだろう)
恭也は満足げに頷くと、自分が書き上げた鍛練メニューをもう一度チェックする。
それを終え、再び満足げに頷いた所で、授業終了のチャイムが鳴り響く。
「あ、もう終わったのか」
ようやく授業が終わった事に気付き、恭也はノートを閉じると、起立という号令に合わせて立ち上がる。
教師が教室から出て行くなり、学食組みは一斉に飛び出していく。
それをのんびりと眺めていた恭也の元に、恭美がやって来て、恭也は一緒に教室を出る。
廊下で勇也と合流した恭也たちは、そのまま屋上へと向かう。
階段へと差し掛かると、下の階から夏奈壬がやって来る。
「あ、恭也さんたちもこれから?」
「ああ。冬香は既に着いているかもな」
「そうだね、僕たちの中じゃあ、お姉ちゃんのクラスが一番、屋上に近いし」
四人は話をしながら、屋上へと続く階段を登って行く。
今日は、前日に冬香が昼食を用意してくると言っていたので、恭也たちは手ぶらであった。
恭也が屋上への扉を開けると、屋上の一角にシートを広げて座り一人の女性が居た。
女性、冬香はシートの上に重箱を広げ、恭也たちが来たのを見ると、小さく手を振る。
恭也たちは冬香の元へと来ると、それぞれ思い思いの場所へと座る。
冬香は一人一人に箸と取り皿を渡すと、重箱の蓋を開けて行く。
「さあ、どうぞ」
「ほう、これはまた美味そうだな。
それじゃあ、早速、いただきます」
恭也は感心して呟くと、すぐさま手を合わせ、重箱へと箸を伸ばす。
それに倣うかのように、恭美たちも手を合わせると、箸を手にする。
暫らくは、無言のまま箸のみが動いていく。
と、ある程度食事が進んだ頃、恭也が思い出したように恭美へと話し掛ける。
「そうだ。すまないが、さっきの授業のノートを後で貸してくれ」
「え、別に構いませんけれど、恭也さん、ノートを取ってませんでしたか?
何やら、難しげに考えながら、ノートを取っていたと思うんですが」
「あ、ああ、あれは実は違うんだ」
「じゃあ、あれは何を書いてたんですか?」
恭也の言葉に、恭美は箸を咥えたまま首を傾げる。
そんな小動物めいた仕草に笑みを零しつつ、恭也は説明する。
「あれは、鍛練についてちょっと考えていた事をな」
「鍛練ですか。そういえば、恭也さんも恭美ちゃんたちと同じ剣士さんでしたね」
冬香がおっとりとした感じで言うと、恭也はそれに頷き、勇也は恭也へと質問する。
「ひょっとして、俺や恭美の鍛練メニューですか?」
「ああ、それと自分のな。今の鍛練メニューを少し弄って、幾つかの鍛練を追加したんだ。
まあ、細かい所は実際にやってみながら調整していくがな。大まかな所だけ、さっき考えた」
「さっき真剣に考えてたのって、ひょっとして…」
「ああ、ついな。始めはちゃんと授業を受けていたんだが、気付いたら、な」
苦笑しながら応える恭也に、恭美は何とも言えない顔になりながら、美由希や勇吾の言葉を思い出していた。
「何!? 高町が授業中に起きているのか!?」
「そ、それは凄い事だよ! 何かの見間違いじゃないの、恭美」
(確かにちゃんと起きていたけれど、今回のこれはちょっと違うかな?)
勿論、そんな恭美の胸中に答える者など誰も居なかったが…。
兎も角、恭也の二度目の学園生活は、大した問題もなく進んでいるようだった。
〜 つづく 〜