『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』






 10



早朝の鍛錬が終われば学校へ。
学校から帰れば、課題や軽く身体を動かして深夜には鍛錬。
殆どこういったサイクルで恭也の平日は過ぎていく。
今日も今日とて学校へと行き、自分の席へと向かう。
その途中、仲良くなった友人に挨拶を交わす。
と、その友人の一人にして、自称情報通の久保が恭也を呼び止める。

「そう言えば聞いたか、高町」

「何をだ?」

「何でも、今日転校生が来るらしいぞ。それも美人の」

「あー、高町。分かっているとは思うけれど、こいつの情報は話半分で聞いておけよ」

そう言って注意するのは、これまた友人の一人国枝である。
それに頷き返す恭也と、国枝を交互に見詰めると久保は音を立てて立ち上がり、
教室の扉を勢い良く開けて廊下へと飛び出す。

「ちっくしょー! そうやってバカにしてろ!
 本当に美人だったら、俺のものだからなー!」

廊下中に響く声を上げて走り去る背中を教室の中から眺めるその後ろから、新たな声が降る。

「馬鹿にしているんじゃなくて、信用してないだけだ。
 それと、情報の真偽とその子がお前のものになるかどうかは別だ」

「まあ、そう言ってやるな」

冷静にそう切り返す篠宮に、恭也は苦笑しつつも否定しない。
元々仲の良かったこの三人の輪にいつしか恭也も加わり、よく四人で話などをしていたりする姿が見られる。
と、国枝は教室を去った久保をあっさりと見捨てて、
このクラスにいるもう一人の情報を集めるのが好きな生徒へと声を掛ける。

「おーい、弓永。
 今日、転校生が来るって本当なのか?」

弓永と呼ばれた女子生徒は話していたグループの子たちからも、本当と詰め寄られる。
それらを手で制すると、弓永はやおら椅子の上に立つ。

「ちょっと、夏海。そんな所に上ったら下着が見えるって」

慌てて止める恭美だったが、夏海はお構いなしに寧ろスカートを捲ってみせる。

「その辺は大丈夫なのよ! ほら、この通り、バッチリ対処済みなのよ!」

スカートの下からブルマを覗かせて笑う夏海の傍に国枝が駆け寄る。

「むむむっ。これはこれで…」

「うーん、くにっちにはこれでも充分だったのね。
 流石は数々の伝説を打ち立てた男。
 僅か一年で風校のお騒がせ男の名を欲しいままにしただけの事はあるなのよ。
 よよよよ、もうお嫁にいけないなのよ」

言って泣き崩れると、恭也の横へと駆け寄ってその腕に腕を絡める。

「恭っち、こんなに穢れてしまったあたしでも貰ってくれる?」

「い、いや、えっと夏海さん」

「こら、夏海。恭也さんが困ってるでしょう。さっさと離れなさい!」

言って夏海を引き離す。
夏海もあっさりと恭也から離れると、ポケットからメモを取り出す。

「ふんふん。確かに久保っちが行ってたように転校生がくるなのよ。
 でも、それが美少女かどうかまでは、流石のあたしもまだ掴んでなかったなのよ」

「まあ、弓永の情報は興味あるもの限定だからな」

「違うぞ、国枝。弓永の情報は、本人の中でより面白可笑しく書き換えられるんだ」

ふと洩らした国枝の言葉を、篠宮がはっきりと訂正する。
周りから苦笑が起こるものの否定の言葉が出ないのは、実際にその通りだからだろう。

「だが、それって正しい情報じゃないよな」

当たり前の事を呟いた恭也に、クラスメイトたちはそれが弓永だから仕方ないという反応をするのみ。
恭也もただ肩を竦めるのみで、何も言わないのだった。
こうして、ユカイな仲間も増えた恭也の二度目の学生生活は、それなりに楽しいものとなっていた。



 ◆ ◆ ◆



朝のチャイムが鳴り、それぞれが席に着いた頃に担任がやって来る。

「さて、今日は…」

「待ってましたー! 可愛い子ですか、美人ですか、美しい人ですか、可憐な人ですか!」

担任の言葉が終わるよりも早く、国枝が立ち上がって叫ぶ。
どれも殆ど同じ意味だという篠宮の突っ込みは聞こえていないのか、
更にヒートアップする様子を見せる国枝を一瞥すると、担任は恭也を見る。

「高町、頼む」

「はい」

担任の言葉に静かに席を立つと国枝の背後に立ち、そのまま後頭部を叩く。
小さく呻き声を上げて蹲る国枝を気にも止めず、担任は連絡事項の続きを口にする。

「どうやら既に知っているみたいだが、今日から新しい副担任の方が来られる」

『転校生と違う!』

担任の言葉に、全員の視線が久保と弓永に注がれる。
担任は僅かに身を引きつつも、やはりこのクラスの担任だけあって扱いを知っており、
何事もなかったかのように進める。

「それでは入ってきてください」

言われて入ってきた教師を見て、恭也と恭美は思わず顔を見合わせる。
そんな二人に気付かず、その教師は教壇の前に立つと肩に掛かった髪をそっと書き上げて背中へと落とす。
その仕草と容姿に男子生徒のみならず、女子生徒からも感嘆の息が零れる。
それに応えるように柔らかな笑みを見せると、女教師は黒板に自分の名前を書く。

「月村忍と言います。担当教科は理数全般になります。
 このクラスの理数は全て私が受け持つ事になりました。
 これから宜しくお願いしますね」

言ってもう一度にっこりと笑みを見せる。
唖然とする二人を除き、クラスの殆どの者がその笑みに魅せられる。

「それじゃあ、質問ある人」

「はい! 国枝健一と言います!」

手を上げるなり指されても居ないのに立ち上がり、早速質問をする。

「月村先生はお幾つなんですか」

「二十よ。大学は飛び級で卒業したの。他には?」

「スリーサイズは? 彼氏はいますか?」

「うーん、スリーサイズは秘密かな?
 彼氏は……」

意味ありげな笑みを口元に浮かべてその質問をはぐらかすが、その視線はきっちりと恭也を捉えていた。
それに気付いた恭美が少し膨れた顔になるが、恭也の席からではそれは見えなかった。
賑やかなホームルームが終わるなり、恭也と恭美は教室の後ろへと移動してコソコソと話し出す。

「恭美は知っていたか」

「全然、しりませんでした。今、初めて知りましたよ」

「そうか。全く、あいつも何を考えているんだか…」

呆れたように呟く恭也だったが、恭美は何となく忍の考えが分からなくもなかった。

「多分、恭也さんが戻って来たのが嬉しかったんだよ」

「だからって、教師になるか普通。しかも、二十歳とは」

「でも、それぐらいに見えなくもないですよね」

「まあ、確かにな」

そうやってコソコソ話している二人の元へと夏海がやって来る。

「二人して何の相談かな〜。ちょっと怪しいなのよ」

「別に何でもないぞ」

「そうそう。何でもないよ」

「余計に怪しいなのよ」

流石にその辺りを説明できるはずもなく、二人は誤魔化すようにして夏海を席へと戻す。
同時に一限目開始のチャイムが鳴り響くのだった。



午前中は忍が担当する教科がなく顔を合わせる事のなかった恭也たちは、昼食を取るために屋上へと向かう。
そこに待っていたのは、いつものメンバー、勇也に冬香、夏奈壬と忍その人だった。
早速、恭也は忍にどういう事か尋ねる。

「だって、折角再会できたんだから、一緒に居たいじゃない。
 本当は学生として転入しようかとも思ったのよ。でも、流石に制服はね〜。
 ほら、大人っぽくなったでしょう?」

言ってポーズを取る忍に恭也は呆れたような溜め息を吐く。

「しかし、二十歳で教師って無茶な事を…」

「なによ〜。別に可笑しくないじゃない。
 12歳で教師している子だっているんだからね!
 それに比べたら、二十歳で教師なんて可愛いじゃない」

「いや、そういう事じゃなくて…。って12歳で教師!?
 いやいや、今はそっちじゃなくて、俺が言いたいのは……」

言って恭也は忍をじっと見詰める。
じっと見詰められて恥らう忍に、恭也は一つ笑みを零す。

「二十歳ね。一体、幾つ年をごまか……危ないな。
 箸を投げるな、箸を」

文句を言いつつ、飛んでいった箸を回収する恭也。
そんな恭也を睨み付けると、

「いいのよ。私たちは人とは年の取り方が違うんだから!」

「分かった、分かった。俺が悪かったから、落ち着け。
 にしても、よく雇って貰えたな」

「ふふん。夜の一族を舐めちゃだめよ。
 何かあった時のために、私たち一族の人間はそれなりの地位の人が多いんだからね」

それ以上は聞かぬが花と思い、恭也は昼食を取る事にする。
が、恭也の箸はさっき忍が投げてしまい、途方に暮れる。

「はぁ。洗ってくるか」

言って背中を向けた恭也は、だから忍が一瞬浮かべた楽しげな笑みを見ることがなかった。
午後の授業で数学があった為、忍がやって来る。
だが、恭也が思ったよりもまともに授業を進め、それどころか非常に分かりやすかった。
意外な出来事に感心しつつも、その日は何とか無事に午後の授業を終える。
忍が教師としてやって来るという出来事はあったものの、
それ以外はいつもと変わらない日常に胸を撫で下ろす恭也の元に恭美がやって来る。
そうして帰ろうとした恭也たちだったが、そこへ国枝がやって来る。
その手には包帯が巻かれており、なのにその顔は嬉しそうだった。

「どうしたんだ、国枝」

「ふっふっふ。保健室で手当てされた」

「いや、それは見れば分かるが」

「かぁっー! 知らなかったのか。今、かなり噂になってるんだぞ。
 美人保健医見習」

「保健医……」

「見習?」

思わず恭美と顔を見合わせて呟いた言葉に、国枝は笑みを浮かべたままどこか自慢げに説明する。

「おう。今日から赴任してきたらしいぞ。
 きりりとした涼しげな目にサラサラのショートヘア。ドイツかどこかの出身らしく、透き通るような白い肌。
 男子だけじゃなく、女子の中にまでファンが出来るほどだ」

「まさか……」

恭也の脳裏に一人の女性の顔が浮かぶ。
忍が来たのだから、充分に考えられると。
恐る恐るといった感じで恭也は国枝へと尋ねる。

「まさかとは思うが、その保健医見習の名前はノエルと言ったり……」

「なんだ、知ってたのか」

つまらなさそうに呟く国枝に何と言えばいいのか考えている間に、教室の扉が開く。

「恭也さまこちらでしたか」

「やっぱり、保健医見習というのはノエルだったのか」

「はい。忍お嬢さまだけでは心配でしたので」

「大変だな、ノエルも」

「いえ。今回は私も楽しんでいますので」

言って楽しそうに笑うノエルに、恭也もそうかとだけ頷く。
しかし、隣にいた恭美の耳はしっかりと、
その後に続いた「恭也さまの傍に居られますから」という言葉を拾っていた。
と、そんな二人のやり取りを見ていた国枝が騒ぎ出す。

「高町、知り合いなのか。って、さま。さま付けって。
 お、お前、ま、ままままさか…」

「…………はぁ」

「もしかしなくても、まずかったでしょうか」

「いや、遅かれ早かれ同じような事になっていた気がするから、別にかまわ……っ!」

言い掛ける恭也へと、ノエルの後ろからやって来た忍が抱き付く。

「忍、何をする」

「だって、教師ってまだ帰れないんだよ〜。
 こんな事なら、多少無理があっても教師じゃなくて学生になればよかった〜」

「とりあえず、離してくれ」

「うぅぅ。傷心の忍ちゃんを突き放つのね。酷い…」

恭也としては、興味津々と言う感じでこちらを見てくるクラスメイトの視線が痛く、
それを代表して何か尋ねようと国枝が口を開くよりも早く、忍とノエルの手を掴む。

「恭美、鞄を頼む」

言って二人を引っ張って教室を飛び出す。
その後を追うように恭美が走り出すと、丁度隣のクラスから勇也が出てくる所だった。

「恭也さんに、恭美? どうした…」

「良いから、勇也もはやく来なさい」

訳が分からないまま言われて走り出す勇也の前では。

「いや〜ん。これが愛の逃避行なのね」

「愛の逃避行……。愛し合う男女が供に逃げる事ですね。
 つまり、この場合は私と恭也さまが…」

「こらこら、ノエル〜。私も居るんだけれど?」

「すいません、忍お嬢さま。気が付きませんでした」

「む〜」

「って、馬鹿なこと言ってないで、さっさと走れ」

二人を引っ張って恭也は保健室へと駆け込む。
ようやく二人を離した恭也は、じろりと忍を睨む。

「お前は俺の平穏な学生生活を壊す気か」

「むー。どうして私だけに言うのよ」

恭也は椅子を引っ張り出してそこに腰を降ろすと、大きな溜め息を吐く。
それをなんとも言えない顔で見ていた恭美は、持っていた鞄を机の上に置く。

「それにしても、忍さんとノエルさんが来るなんて思わなかったですよ」

「ふふ〜ん」

「威張るな」

胸を逸らして威張る忍をデコピンで黙らせる。

「はぁ。明日聞かれたら、知り合いと答えておくか」

明日の朝を憂鬱に思いながら呟く恭也に、何かを考えていた忍がポンと手を打つ。

「そうか。私はそんなにたくさんクラスも受け持ってないから、そんなに仕事も多くないんだ。
 恭也が部活をやれば、その間に仕事を済ませて一緒に帰れるね」

「…まさかとは思うが、その為だけにクラブに入れとか言い出さないだろうな」

「えへへへ〜」

「笑って誤魔化すな。言っておくが、どのクラブにも入る気はないからな」

「どうしてよ〜。折角、二度目の学園生活なんだら、もっと楽しみなさいよね」

「鍛錬があるんだ。それに、面白そうな部もないしな」

「だったら、作っちゃおう」

『はぁっ!?』

あまりにもあっさりと言った忍の言葉に、ノエルまでもが声を揃える。

「何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない。
 私が顧問になってあげるからさ。ほら、鍛錬部とか」

「馬鹿か、お前は」

「うわー、馬鹿は酷いじゃない!
 よく考えてみてよ。クラブの名目を付ければ部費が貰えるのよ。
 それで器具を揃えれば、今までにない鍛錬ができるのよ」

その言葉に思わず考え込む恭也に、忍が続けて言う。

「鍛錬部って名前が駄目なら、違う名前にすれば良いのよ。
 そうね〜」

言って何かを暫し考えると、忍は徐に立ち上がり腕を振り上げる。

「ずばり、世界を大いに盛り上げる忍ちゃんの団。
 略して、S・O…」

最後まで言う前に恭也のデコピンが飛ぶ。

「訳の分からん部を作るな!」

「むむ。それじゃあ、忍ちゃんに大きな愛を捧げるシスコン恭也の団。
 略して、S・O…」

恭也は無言で忍を睨み付けると、隣にいた恭美へと顔を向ける。

「なあ、恭美。幾ら教師と生徒と言っても、ここは殴っても良いよな。
 思いっきりグーで」

「あ、あははは。えっと、どうなんでしょうか」

「じょ、冗談じゃない恭也。そんなに起こらないでよ〜」

「はぁ。兎も角、部活という形にしたら、俺たち以外の者も入部してくるかもしれないだろうが。
 だから、その案は却下だ」

「ぶー。良い考えだと思ったのにぃぃ」

拗ねる忍を宥めつつ、恭也は小さく溜め息を洩らす。
これ以降、忍が大人しくなってくれる事を祈り、明日皆へと説明すれば全て丸く収まると信じて。
だが恭也はこの時、確かに平穏な学園生活が壊れる音を聞いたような気がした。







 〜 つづく 〜







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