『darkness servant』






第二話


ふと目を開け、恭也は見知らぬ天井を暫く見詰めると上半身を起こして部屋の中を見渡す。
見覚えのない、いや、正確には昨日一度見ている部屋を改めて眺めながら、ようやく恭也は状況を思い出す。
何故、コルベールの提案を受け入れたのかと言えば簡単で、
あまりにもしつこいので相手をするのが面倒臭くなったからであった。
その気になれば気付かれずにここから逃げ出す事も出来ると判断し、
とりあえずは屋根のある寝床が確保できた程度に考えたというのもある。
そんな態度を感じ取ったのか、部屋にあるベッドで未だに眠りこけている少女、ルイズは更に苛立ちを見せていたが。
もう少し寝ようかとも思ったがどうやら完全に目が覚めてしまい眠気は既になくなってしまっている。
ならばと恭也は立ち上がると足音も立てずに部屋を後にする。
とりあえずこの塔の間取りだけでも把握しようと下へと歩いて行く。
早朝だからか、他に誰にも出会う事なく恭也は寮となっている塔から外へと出る。
昨日見た光景と似たような光景が広がり、その向こうにはやはり壁が見える。
どうやら昨日も見た壁がぐるりとこの学院の周囲を城壁のように囲んでいるらしい。
壁を横にして学院を一周してみる事にする。
中世ヨーロッパの白に近い感じを受けながら一周する間、似たような塔が他にも数本あるのだと理解する。
いちいち数えていた訳ではないが、その数は五、六本といった所かと検討をつけ、
最後にこの学院からいざと言うときの逃走ルートを考える。思ったよりも簡単に抜け出せそうだと思いつつも、
魔法という未知の物に対する警戒もしっかりと頭の中に入れておく。
それらを終えると恭也はポケットからリボンを取り出して大切そうに握り締める。
その表情はルイズたちの前で見せていたものとは異なり、優しくもあり寂しそうでもあった。
まるで何かを儚むかのように細められた目をゆっくりと閉じ、リボンを大切そうに再び仕舞う。
そうして閉じていた目を開けると、いつもの感情の全く分からない顔となっていた。
そろそろ頃合かと部屋へと戻った恭也が扉を開けるなり枕が飛んでくる。
それを躱して中に入れば、部屋の主であるルイズが怒りながら着替えていた。

「何で起こしてくれなかったのよ!」

服から顔を出し、袖に腕を通しながら怒鳴り散らすルイズを一顧だにせず、壁に背中を凭れさせる恭也。
それがまたルイズの怒りに火をつけるのだが気付いているのかいないのか、その表情からは読み取れない。

「ちょっと着替えているんだから扉ぐらい閉めなさいよね!」

既に着替え終えたように見えるが恭也は特に何も言わずに扉を閉める。
初めて自分の言う事を聞いた恭也に気を良くするルイズであるが、実際には単に自分が開けたから閉めただけである。
そんな事にルイズが気付くはずもなく、マントを羽織ながらしたり顔で説教めいた事を口にし出す。

「初めからそう素直に言う事を聞いていれば良いのよ。
 いい、明日からはちゃんと起こすのよ。あ、それとさっき投げた枕を取ってきなさい」

言って扉――閉めさせたとルイズは思っている――を指差すルイズに、
恭也は入ってきたときのように扉の傍の壁に凭れて無言のまま。
徐々にルイズの顔が怒りに染まっていき、すぐさま爆発する。

「ちょっと聞いているの! ご主人様が命令しているのよ!
 それなのに無視をするなんてどういうつもり!」

「くどいようだが俺はお前の使い魔などになった覚えもない。
 故にお前の命令を聞く必然性も感じない。それよりも腹が減った」

「ふんっ! ご主人様の言う事を聞かない奴に食べさせるご飯なんてないわよ!」

怒りで赤く染め上げた顔に吊り上がった眼差しで強気な態度に出る。
ここで使い魔に舐めれるわけにはいかないと思っているのか、ご飯が欲しければ言う事を聞けとばかりに腕を組む。
それを一瞥すると恭也は壁から背中を起こして扉を開ける。
後ろで勝ち誇るように笑うルイズを無視して扉を閉める。
閉められた扉を数秒見詰め、再び開く事がないと分かるとルイズは飛び出すように部屋を出る。
扉を開ければすぐ目の前に壁にぶつかって落ちた枕がそのままの状態で床に転がっており、
恭也がそれを取った様子は当然ながらない。
枕を乱暴に部屋の中に放り投げるとルイズは走り出す。
程なくして歩いている恭也に追い付くとその腕を掴む。

「ちょっと何処に行くつもりよ!」

「別に行く当てなどない。だが昨日も行ったがそれでも構わない」

「駄目よ! あなたは私の使い魔なのよ」

「いい加減に覚えろ。違うと言っている」

「くっ! で、でも、そうなるための仮契約期間でしょう。
 だったら勝手に居なくなられたら困るじゃない」

「……何度も言わせるな。全てそっちの事情でこっちには関係ない。
 あまりにも面倒くさいからそれで手を打っただけだ。それも寝床や飯付きという条件でな。
 それをお前は破った。口にしただけという言い訳は聞かない。
 どうしてもと言ってその仮契約の提案を持ちかけてきたのはそっちだ」

言うだけ言うとルイズの手を振り解いて歩き出す。
その背中を必死に掴み、ルイズは恭也を引き止める。
留年が掛かっている上に、こんな事が知られたらそれこそ何を言われるか分からない。

「待って! ちゃんと朝食を用意するから!」

それでもお構いなく歩く恭也にルイズは怒り出しそうになるのを堪え、怒りに振るえながらも謝罪を口にする。
とても小さくて聞き逃しそうになっても可笑しくはないが、恭也はしっかりと聞き取り足を止める。

「次はない」

短くそう口にする恭也にルイズは何か言いたそうにするも飲み込み、恭也を連れて食堂へと向かう。
ルイズに付いて食堂に入ると、恭也はルイズの隣に座ろうとする。

「待ちなさい。平民のあなたはこっちよ」

言って床を指差すルイズに大人しく従う恭也。
別にこれぐらいはどうでも良いと思っているのがありありと分かる態度ながらも、ルイズは少し胸を張る。

「で、まさかこれだけか」

床に置かれた具のないスープに堅そうなパン一つを指差して尋ねる恭也に、
ルイズは慌てたように隣の席にあった食事を渡す。

「これで文句ないでしょう」

それらを無言で受け取ると恭也は食べ始める。

「ちょっとまだお祈りもしてない――」

「祈るものなどないし、食べるときに食べる主義だ」

一旦食事の手を止めるもすぐに食べ始める恭也にルイズはこめかみを引き攣らせるも耐える。
耐え切れず、ぶつぶつと我慢よルイズと自分に言い聞かせている声が聞こえるも、
恭也は気にした素振りもなくただ黙々と食事を平らげるのであった。






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