『darkness servant』






第四話


夢を見る。
全てが崩れ落ち、今までそこにあって当然だったはずの幸せが一瞬にして消え去ってしまう夢。
夢を見る。
腕の中で動かず、温もりを失っていく女の子の夢。
夢を見る。
何も出来ず、ただ己の無力を見せ付けられる夢。
夢を見る。
瞳に映る光景が何処か遠くに、まるでガラス越しのように感じられ、身体を虚無感が包み込む夢。
夢を見る。
少ない希望を見出し、無残にも、まるで嘲笑うかのごとく全てを奪われる夢。
夢を見る。
何も考えず、何も感じず、ただ胸の内を焦がす黒い感情に従い二つの凶器を振い続ける夢。
夢を見る。
全てを成し遂げ、生きる気力さえも失い、何も考えずに朽ち果てようとする夢。
夢を見る。
お前の見る地獄はまだこんなものでは終わらないとばかりに、突如起こった不可思議な出来事に巻き込まれる夢。
そこでようやく目が覚める。
朝だというのにやけに身体は冷え切っており、全身に寝巻きが張り付いている。
どうやら冷や汗を大量に掻いているらしく、下着までが張り付くように気持ち悪い。
まだ日も昇っていないのか、薄暗い室内にやけに煩い声が聞こえる。
いや、そうじゃない。
それは話し声などではなく、ただ自分の口から零れる息。
いつの間にか荒く呼吸を繰り返している自らの口を何故か両手で押さえ、記憶を探るように、
今見たはずの夢を思い出すように目を閉じる。
だが、そうそう夢の内容など覚えているはずもなく、嫌な夢であったとしか分からない。
知らず強く口を押さえていた手を離し、大きく息を吐く。
吐いてすぐさま吸う。額に掛かる髪も汗で張り付き、不快感を覚えるがそれを指先で乱暴に払い退け、
少女はベッドから起き上がる。
部屋の隅で眠る己の使い魔、正確にはその候補である青年、恭也にそっと近づく。
よく思い出せないのだが、夢で見たあの光景と青年の視点が妙に合ったような気がするのだ。
詳しくは覚えていないが、本当に悪夢であった。

「妹の形見」

昨日、ギーシュと決闘をする前に思わず漏らした青年、恭也の言葉を思い出す。
同時に腕の中に抱く冷たい骸の感触も思い返し、ルイズは顔を顰める。
もしかすると、あの夢は恭也の記憶なのかもしれない。
何故、そんな事が起こるのかは分からないが、何となくそう感じてしまうルイズであった。
知らずいつの間にか零れそうになっていた雫を誤魔化すように乱暴な手付きで拭い、
いつものように勝気な目をして目の前で眠る恭也を睨むように見下ろす。
こうして見ていても無愛想というか、起きている時と殆ど変わらない表情。
普通、眠っているのならもう少し和らいだ顔になっても良いだろうにと、
自らの使い魔となる恭也の顔に小さく嘆息を漏らす。だが、逆に言えば寝ていても安心できないとも言える訳で。
何故、そんな考えが浮かんだのかは分からないが、ルイズはふとそんな事を考えていた。
これもやはり夢の所為なのかもしれないと小さく頭を振り、悪夢を忘れようと昨日の事を思い返す。
決闘と言うよりも、最早一方的な展開となった昨日の事件を。



ギーシュが気を失い倒れても、恭也は躊躇する事無く小太刀を立て、その喉元へと一息に振り下ろす。
その腕をルイズが必死になって抱き付いて止める。
本来ならその程度で止まるはずはないのだが、恭也は攻撃を止めてルイズをじっと見詰める。
下手をすれば人を殺す事にもなりかねない攻撃をしようとしているというのに、
恭也の瞳には何の感情も浮かんでいない。
その事に一瞬、身体を恐怖が走り抜けるが、ルイズはそれを堪え、恭也のその目を見詰め返す。

「やめなさい。誰が見てもあなたの勝ちでしょう。勝負はもうついたわ」

「言ったはずだ。命のやり取りを申し込んだのはこいつだ。
 そして、まだ俺もこいつも生きている。邪魔をするな」

「だ、駄目よ! それ以上は私が許さない! どうしてもと言うのなら、私が代わりに――」

口にした途端、殺気がルイズへと向けられる。
それだけで続く言葉は出てこず、身体は小刻みに震える。
気が付けば恭也の腕もいつの間にか離していた。
恭也は静かに小太刀を持つ手を掲げ、それをギーシュに振り下ろそうとする。
その前に回り込み、足腰は立たないが座ったままで両手だけ広げて目を閉じる。
容赦のない恭也が主人でも何でもない自分が立ちはだかったからといって、
攻撃を止める事はないだろうと理解していた。だから、来るであろう衝撃を歯を噛み締め、目を閉じて待つ。
だが、意外にもその衝撃は襲っては来ず、
ルイズはもしかして自分を無視してギーシュを攻撃したのではと今更ながらに思い目を開ける。
迂闊だった。自分は動けないのだ。目の前で立ち塞がった所で、恭也はルイズを無視できるのだ。
目を開けたルイズは真っ先に後ろにいるギーシュへと振り返り、その胸が動いて呼吸している事に安堵の吐息を漏らす。
続けて恐る恐る見上げれば、恭也はいつもの無表情のままでルイズを見下ろしていた。
その手に握った小太刀はそのままに、腰の横に力なく置いている。

「お前には関係のない事だろう。何故、邪魔をする」

「か、関係なくはないわよ。使い魔のした事は主人の責任でもあるんだから。
 そ、そりゃあ、あんたはまだ私の使い魔じゃないけれど……。
 それでも、目の前で人を傷つけようとしていたら止めようとするでしょう」

「……そうか」

また馬鹿にされるかと思ったルイズであったが、恭也からはそんな言葉は出てこない。
それどころか小さく呟かれた声は今まで聞いた事もないような優しさを含んでいるようで、
またルイズを見る目が何処か遠く見ているようでもあった。
そんな恭也の様子に何も言えずにいるルイズの頭に恭也の手が伸びてきて、
思わず身を硬くするも特に危害を加えようとしているのではなく、ただ数回優しく撫でられる。
意味が分からずに思わず呆然と見上げたルイズの視線と恭也の視線がぶつかり、
恭也はようやく自分が何をしているのか分かったように素早く手を退けると、小さく謝罪を口にする。
初めてかもしれない謝罪の言葉にルイズが勝ち誇るような言葉を上げるかと思われたが、
当の本人は未だに呆然とした顔を向けている。
だが、恭也の方はもう既にいつものような無表情となると、ルイズやギーシュに背を向ける。

「今回はもう良い。その小僧はお前の好きにしろ」

そう告げると振り返ることもなくさっさとこの場から立ち去る。
その背中を見送るルイズの背後で、金髪の少女、モンモランシーがルイズに礼を言った後、
ギーシュの名を何度も呼んでいるようだが、そんな声さえもルイズの耳には届かなかった。
先程見せた恭也の何処か遠くを見る目。何故か寂しさや後悔といったものが見られたあの瞳。
それがどうしても気になってしかたなかったのである。



昨日の事を思い返し、忘れようとしていた悪夢の感覚をもう一度思い返す。
悪夢を忘れようと昨日の事を思い返していたのに、これでは本末転倒ではあるのだが、
恐らくはあの最後に見た恭也の姿とあの悪夢が繋がったような気がしたのだ。
だが、既に悪夢の残滓は遠く掴む事は出来ない。
ルイズは諦めたように溜め息を吐き、自分の使い魔となる男の顔をもう一度見下ろそうとして、

「……人の寝顔を眺めながら百面相か。変わった趣味だな」

「っ! だ、誰が趣味よ! あんた、いつから起きてたのよ!」

「お前が俺の傍に立った時だ。何かするつもりなのかと警戒していれば……」

あきれを多分に含んだ物言いにルイズは顔を真っ赤にして肩を震わせる。
それが怒り出す前兆だと分かっているが、恭也は特に気にした素振りも見せない。
だが、ルイズは気付いていないが、あの人と関わって来なかった恭也が冗談らしきものを口にしたのだ。
尤もそれが怒らせる原因なのだが。もう少しルイズは普段の恭也の言動を気にするべきなのかもしれない。







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