『darkness servant』






第五話


朝、恭也は理由も聞かされる事無く学園長室までルイズに連れて来られていた。
大人しく付いてきたのは、単に反論するのが面倒だったからだが、
何処かルイズは機嫌良さそうに恭也の前を歩く。
かと思えば、思いつめたような顔をして、重々しい足取りに変わる。
そのまま学園長室へと入室すれば、学園の教師と思われるメイジたちと、
それらに向かい合う形で学園長たるオスマンが立っていた。
ルイズが入室したのを見て、オスマンは口を開く。
それを壁に凭れ掛かり、何となしに聞くと、早い話が盗賊が学園にあった破壊の杖と言う宝を奪ったという事であった。
特に興味のない恭也は目を閉じ、事の成り行きをただ静かに傍観する。
最近、巷を騒がしているフーケが犯人という所までは分かっているが、誰もその討伐に行こうとはしない。
互いの顔色を窺う教師たちの中にあって、ルイズが杖を持つ手を上げる。
それにつられる様にキュルケ、タバサと杖を上げていく。
生徒である事を理由に反対する教師も居たが、逆に学園長オスマンに、
ならお前が行くかと尋ねられて言葉を詰まらせる。
そんなくだらないやり取りを見るとはなしに見ていると、こちらを見ているルイズと視線が合う。

「何だ」

「何だ、じゃないわよ! 話を聞いていたの!?
 これからフーケを捕まえに行くから、アンタも付いて来るのよ!」

ルイズはそう一方的に言うも、恭也はくだらないとばかりに肩を竦めて見せる。

「何故、何の関係もない俺が行かなければならない。
 そもそも、フーケが宝物庫を壊したそうだが、切欠は……」

「わーわー! 黙りなさい、このバカ!」

何か言い掛けた恭也の口を塞ぎ、ルイズはじろりとねめつけるとその耳元に唇を寄せる。

「アンタ、昨日の見てたの」

「それだけでは何の事を指しているのかはそれだけでは分からないが、
 それが昨夜のキュルケとかいう女性との喧嘩の末、くだらない勝負をしていた事を指しているのならイエスだ」

「い、良い、その事は黙っていなさい!」

もう一度恭也を睨みつけ、恭也を解放すると用は済んだとばかりに戻ろうとする。
そのマントを掴み、強く引っ張ってルイズを呼び戻す。
が、少々強く引っ張り過ぎたのか、ルイズはそのまま仰向けに転んでしまう。
最初は何が起こったのか分からずにきょとんとした顔をしていたが、ようやく自分が転んだ、
正確には恭也に転ばされたと理解するなり顔を怒りで赤くし、怒鳴りつけるべく口を開こうとするも、
それよりも先に恭也の冷たい声が落ちてくる。

「勝手に話を終わらせるな。別に興味もなければ、学園長に借りもないから黙っている事は吝かではない。
 だが、俺がお前たちに付いて行く理由はない。捕まえたいのなら、一人で勝手に行け」

「あ、アンタは私の使い魔――」

「何度も同じ事を言わせるな。違うと言っているだろう」

恭也の反論にルイズはそれ以上何も言えずに言葉に詰まる。
結局、出てきた言葉は負け惜しみとも取れるような言葉で、

「ふん、実は怖いだけなんでしょう。
 アンタみたいな臆病者なんて足手まといだからいらないわよ!」

「安い挑発だな。そんなものに乗る訳がないだろう。
 何度も言うが、行くなら勝手に行け」

ルイズの言葉に悔しがる事も怒る様子も見せずに、ただ淡々とそう口にする恭也に、
言ったルイズの方が悔しそうに唇を噛み締める。
それにも大した感慨を抱かず、恭也はただ冷静にルイズを見下ろす。
無言で睨み合う二人を取り持つように、フーケの足取りを調べていたロングビルが割って入ってくる。

「今はそのような事をしている場合ではないと思いますよ。
 確かに貴方はミス・ヴァリエールの使い魔ではないのでしょうが、仮契約という形を取っているのでしょう」

「ふー、何を言い出すかと思えば。
 文句があるのなら、いつでもそれを破棄しても構わないんだ。
 俺の方が頼んでそんな面倒な事になったのではないんだからな。
 寧ろ、自由になれる分、そっちの方が楽なのではと最近では思っているぐらいだ。
 何なら丁度良い機会だし、契約破棄するか?」

恭也の言い分に流石にロングビルもそれ以上は何も言えず引き下がり、
ルイズは起き上がるなり恭也へと文句を並べ立てる。
だが、当の恭也はそれらを聞き流しており、まともに取り合うつもりはないようである。
そんなルイズをからかうようにキュルケが平民にバカにされていると口にすれば、
それこそ火に油を注ぐ以上の効果があったらしく、更に顔を真っ赤にさせてキュルケではなく恭也に喰って掛かる。
いい加減うんざりしていた所へルイズは交換条件を出してくる。

「良いわ、だったらこうしましょう。フーケを捕まえたら何でも一つ言う事を聞いてあげるわ」

「ほう、本当に何でも良いんだな」

「うっ……い、良いわよ」

教師たちの居る前で使い魔候補も従える事が出来ないと思われるのが嫌で咄嗟に口にしたものの、
冷静に尋ね返されて思わず躊躇する。だが、そんな躊躇もすぐに飲み込み強く頷いてみせる。

「貴族に二言はないわ。何でも聞いてあげようじゃない」

「じゃあ、死ねと言えば死ぬんだな」

「ちょっ! な、何よそれは。アンタ、そんなに私が嫌いな訳!?
 まさか、ここまでバカにされるなんてね。良いじゃない、やって……むぐぐぐ、んーふーむー」

勢いで肯定するような言葉を言いそうだったルイズの口をキュルケが押さえて止める。
使い魔と主人の事だけに口を出さないで見ていた、ちょっと面白く見ていた部分もあるが、
流石にこればかりはまずいと思ったのだろう。
ルイズの口を押さえつつ、キュルケは非難じみた視線を恭也に向ける。
だが、当然の如く恭也がそれに堪えるような様子もないのだが。

「ふむ、良い友人を持ったな。命拾いをしたか。
 まあ、お前の命を貰った所で俺に益もないしな。
 だが、それ以外なら何でも良いんだな」

キュルケに止められて少しは落ち着いたのか、ルイズは何回も深呼吸を繰り返し、胸を張って宣言する。

「ええ、構わないわよ。ただし、フーケを捕まえたらだからね。
 もし捕まえれなかったら、あんたには私の使い魔になってもらうわよ」

「一方的に言い出しておいて、ちゃっかりと自分に都合の良い条件を追加したもんだな」

「な、何よ文句あるの」

「あ――」

「文句は言わせないわよ。アンタが捕まえれば、私は何でも言う事を聞くんだから、リスクは同じでしょう」

恭也に何か言わせる間も与えず、ルイズは一気に言い放つと顔を赤くする。

「わ、わわわ、私だってアンタみたいな変態に汚されるかもしれないんだから!」

「何故、俺の願いがそうなっているのか疑問を感じるところではあるが……。
 あまり興味ないな」

「あ、ああああ、アンタ今、何処を見て言ったのかしら?」

「別に何処も見ていなかったと思うが、まあ良い。その条件を飲んでやろう」

静かに怒り出すルイズを無視し、恭也はそう口にする。
あまりにもあっさりと告げられた所為か、ルイズは思わず言葉の意味が分からずに呆けるも、
すぐに勝ち誇るように胸を張る。

「ふん、良い度胸ね。ああ、楽しみだわ。使い魔となったら、今までの態度を悔い改めさせてあげるわ」

既に勝った気でいるルイズに呆れつつ、恭也は無言で肩を竦める。
対するルイズは楽しそうに口元を緩めつつ、道案内を買って出たロングビルへと出発を促す。
それに頷きロングビルが先導するように歩き出した瞬間、恭也は後ろからロングビルへと襲い掛かる。
突然の事に驚いた様子を見せたロングビルだったが、その反応は素早く咄嗟に杖を取り出すと構え、
同時に恭也との距離を開けるように床を蹴りながら呪文を唱える。
が、恭也の腕が振られると、そこから細い糸、鋼糸が放たれて杖を取り上げる。
誰もが動けずに居る中、ロングビルだけは逃げようと試みるのだが、恭也の方が圧倒的に早く、
その背中へと蹴りを放ち、前のめりに倒れたロングビルに覆い被さるようにして身体を固定する。
反撃するようにロングビルが腕を振り回すが、それを軽く受け止めると肩の関節を外す。
上がった悲鳴にようやくその場の者たちが正気に戻り、恭也を取り押さえようとするが、
恭也は抜き放った小太刀をロングビルの首元に突き付けて周りを見遣る。
人質を取られた形となり、誰もが動きを止める中、ルイズだけは怒鳴りだす。

「アンタ、何をやっているのよ!」

「何も見ての通りだ。お前との賭けは俺の勝ちだ」

「何、訳の分からない事を」

「だから、そのフーケとか言う盗賊を捕まえただろう」

「わ、私はフーケでは……」

「くだらない嘘も誤魔化しも聞く気はない。
 どうせ言っても分からないだろうが、俺は人の気配が読める。
 ある程度近くに居れば、気配でそれが誰かまでもな。
 お前は気付いていなかったかもしれないが、昨夜、宝物庫の近くには俺も居てな。
 で、その時に感じたフーケの気配とお前の気配が全く同じという訳だ。
 例えば、学園長は今、俺の右後ろからゆっくりと真後ろへと移動しようとしている。
 そして、確かコルベールだったか?
 その人は俺に気付かれないように左斜め後ろから攻撃しようと杖を構えているな」

振り返らずにそう宣言する恭也の言葉通り、オスマンとコルベールはこの状況を打開しようと動いていた。
だが、それも恭也の言葉に動きを止める。

「さて、正直に白状するか?」

「ふん、まさかそんな訳の分からない能力を持っているなんてね。
 気配を読むと言うのは私だって多少は出来るけれど、その違いなんて普通は分かるもんじゃない。
 ただの平民かと思って油断していたのが間違いだったみたいね。
 ああ、そうさ、アンタの言ったように私がフーケだよ」

諦めたのかロングビル、いやフーケはそう自白する。
その上で恭也を見上げ、どうするのかと尋ねる。

「さあな。お前の身柄や今後の扱いには興味ない。
 それはそこの偉い人たちが勝手に決めるだろう。俺はただお前を捕まえたと言う事実さえあれば良い。
 そうじゃないと、使い魔なんて訳の分からないものになってしまうんでな。
 まあ、それでも破壊の杖とやらの隠し場所は聞いておこうか。じゃないと、後から色々と煩そうだからな。
 全く面倒な事をせず、待っていてくれれば楽だったのに」

そう口にしながらも、恭也の口調は変わる事無く淡々としている。
面倒くさいとは思っていても、どうでも良いと思っているのがよく分かるぐらいに。
フーケは小さく笑うと、唇をにやりと形容するのが相応しい形に歪める。

「素直に言うと思う?」

「なら、吐かせるだけだ。手間が掛かるが、まあそれは仕方あるまい」

「ふん、暴力でも振るおうってのかい。
 だけど、拷問されても絶対に吐くものか」

「方法は幾らでもある。それと何か思い違いをしているみたいだが、何も痛みを与えるだけが拷問ではないぞ。
 精神的に責めたり、快楽による拷問といった手もある。
 何処まで耐えれるか試してみるか?
 死という言葉さえ生温く感じる中で、素直に吐かなかった事を後悔させてやろう。
 やり過ぎて殺してしまっても恨むなよ」

恭也の淡々とした物言いに薄ら寒いものを感じながらも、それを態度に出すような事はせず、
フーケは睨みつけ、あくまでも強気の振りをして言い放つ。

「殺してしまったら、破壊の杖の居場所は分からなく――」

「ああ、それがお前を強気にさせているのか。
 なら、教えてやろう。俺にとってはそんな物どうでも良いんだ。
 それに大体の場所は既に分かっている。他でもない、お前が最初に教えてくれたんだ。
 森の廃屋だったか? そこにあるんだろう」

僅かながらもフーケが反応したのを見逃さず、恭也はここでようやくオスマンへと振り返る。
どうやらオスマンもフーケの反応を見ていたらしく、教師たちに指示を出している。
オスマンの指示に従い、数人の教師が出て行くのを見送り、再びオスマンへと視線を戻す。

「で、フーケはどうする」

「とりあえず、こちらで拘束しよう」

言って杖を振ると、それに応えてロープがフーケの手足を縛っていく。
既にフーケの待遇にも興味はなく、恭也は呆然と事態を見守っていたルイズの前に立つ。

「さて、何でも一つだったな。
 今は特に何も浮かばないが、決めたときは宜しく頼むぞ」

珍しく楽しみだと言わんばかりの口調でそう口にすると、ルイズの頭を一撫でして学園長室を出て行く。
後に残されたルイズは呆然としていたが、去り際の恭也の声や態度を思い出し癇癪を爆発させるのだった。







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