海鳴大学。
前年の秋頃に、風校と海中と合併しエスカレーター式を導入した大学である。
場所は、風校、海中ともに海鳴大学があった場所へと移転したため、元々大学に通う者たちには何の影響も出なかった。
もっとも、通学を除いた部分では、問題も出てくるだろうが。
それは兎も角、合併に伴い、新たな生徒会が設けられることとなり、また、そのあり方も少し変わったものとなった。
それぞれ、中等部、高等部といった感じで生徒会を持つのではなく、中等部から大学部まで全てで一つの生徒会とした。
そのメンバーは、大学部、高等部、中等部からそれぞれの代表が選ばれ、その者たちによって生徒会が発足される事となった。
大きなメリットとして、何かの行事の際には、大学部の人から助っ人を借りる事が出来るという事だろう。

そして、いざメンバーの選出となった際、大学部に関しては、代表を選ぶ際に誰にするかで大きな話題となる。
何せ、学部が違う者に関しての情報が余りないためだ。
学生の殆どの意見として、どのサークルに対しても平等である事、教師陣に学生側の主張をはっきりと伝えられる事があげられた。
前者に関しては、どのサークルにも属していない人物が良いという風聞が広まっていた。
こうして、全ての条件を満たした、誰にでも平等の上、教師陣側へと主張できる者が誰かという話題で持ちきりとなる。
しかし、先程も述べた学部の違う者の情報の無さなどにより、これという人物は出てこなかった。
学部が違えど有名な人物は、何かしらのサークルに所属しており、それで有名だったりするためだ。
しかし、ここにその数少ない例外がいた。
その人物こそが、高町恭也、その人であった。
本人は当然のようにこれを拒否したのだが、知らぬ間に恭也の名前が広まり、蓋を開けてみれば、恭也が大学部の代表となっていた。

「まあ、これも有名税だと思って諦めるしかないわね、恭也」

とは、彼とは高校時代からの友人の言葉である。
これに対して、恭也の口から出た言葉は、

「何故、俺が有名なのかが分からん。あまり目立った事をした覚えがないんだが…。
 ひょっとして、赤星の友達という所為でか?」

などとのたまい、その友人を呆れさせたものだった。
しかし、この呆れて見せる友人も、恭也を有名にした事の一端をになっている事に、本人だけは気付いていなかった。
この友人の名は、月村忍といい、誰が言い出したのかは知らないが、
マッドサイエンティスト、へんてこ発明王の呼び名で知られるキャンパスでも有名な人物の一人だったのだ。
まず、入学していきなり、オーパーツ民俗学発明研究サークル、
Out Of Place Artifacts invention investigation folklore circle(略してOFIC)
なるややこしいものを発足し、日夜、様々な伝承を調べつつ、怪しげな実験や発明をしているのである。
当初、サークル棟にあったOFICは、今では何故か、キャンパスの少し外れに一つだけ特別に建てられ建物へと移っている。
部員も、当初は忍目当ての多くの男性が居たのだが、今では僅か三人。
忍を含めても、四人しか居ない。
これもそれも全て、忍の怪しげな発明の所為で、しょっちゅう爆発が起こるせいであった。
こうして、今では忍の他には、面白半分で掛け持ちしている藤代彩、これまた掛け持ちで、
こちらは彩とは違い強引に入れられた赤星勇吾。
そして、今年入学したばかりで、高校時代の後輩である神咲那美のみの部員となってしまった。
それでも、全く反省の色のない忍は、日夜、怪しげな発明を繰り返し作っては、爆発といった事を繰り返していた。
これの後始末をしたり、忍があまりにも危険な事をしようとする度にブレーキ役をしていたのが、恭也だったのである。
その為、恭也の名前もかなりの数の学生が知っており、また、その活躍(?)ぶりも知っていたため、
恭也が大学部の代表として選ばれたのであった。
その際、恭也は急遽、以前から誘われていたOFICへと入部してこれを回避しようとするものの、
彼の人柄を知る人物から、彼が平等だという話が広まり──恐らく広めたのは忍と彩だろうが──、恭也は代表として選ばれた上、
あれ程断わっていたOFICへの入部という最悪な結果を引き当ててしまったのだった。
しかし、決まってしまった以上はやるしかなく、恭也は生徒会をスタートさせた。
その際、大学部の残りのメンバーの選択が恭也に一任された為、生徒会内の大学部メンバーは、
OFICのメンバーそのものとなってしまったのだった。

兎も角、こうして、新たに海鳴大学及び、その付属校がスタートしたのだった。
それが、今から大よそ4ヶ月程前の五月の事……。

そして、九月も中旬を迎えた頃、新たな騒ぎを巻き起こす人物が海鳴大学付属風芽丘学園へとやって来たのだった。



『鋼鉄の守護者? ふもっふ』

No.1 「その男、一般常識にすれ違いあり」



朝。それも、八時半前の時間帯。
特に問題ないような時間に思えるかもしれないが、それが、ここ高等部校舎内であると、少し事情が変わってくる。
当然、ここに居る者は遅刻しないように来ているのだ。
それが、訳の分からない足止めによって遅刻したとあっては、それこそ目もあてられないだろう。
そして、その足止めの原因たる、『KEEP OUT』と書かれた黄色テープを張り巡らせた中にいる人物は、そんな事に頓着せず、
ただ己の作業を黙々とこなして行く。
ここ3年A組の下駄箱の前で、件の人物は、何やら長いスコープみたいな物を取り出す。
次いで、何やら道具を取り出すと、自分の下駄箱なのだろうか、そこへとその道具を……。

「ちょっと、何をしてるの! って、やっぱり宗介か。珍しく先に行ったかと思ったら、何をしてるのよ」

「む、美由希か。ちょっと待て。もう少しで作業が終るからな」

「終るって、どのぐらいで」

「うむ。大よそ、2、30分って所だ」

「こぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉ〜〜〜、馬鹿たれーーーー!! そんなに待てる訳ないでしょうが!」

スパーンと今日もハリセンのいい音が木霊する。
ハリセンで叩かた宗介と呼ばれた少年は、その勢いで地面へと倒れ伏していたが、ゆっくりと起き上がると、
自分を地面へと倒した美由希へと顔を向ける。

「む、中々痛いぞ」

「当たり前よ、叩いているんだから。これで痛くないなんて言われた日には、次からは徹を込めてぶっ叩くわよ!」

宗介の言葉に、ハリセンを肩に担ぎながら高町美由希──眼鏡におさげの少女がそう言うと、続けて言葉を投げる。

「全く、そんなに待っていたら、ここにいる人全員が遅刻しちゃうでしょう」

「しかし…」

「しかしも、かかしもないの! ほら、さっさと作業を終えてよ」

この美由希の言葉に、後ろで様子を見ていた生徒たちもうんうんと頷いている。
そんな生徒たちを見渡した後、宗介はもう一度美由希を見ると、ゆっくりとその口を開く。

「しかし、それは危険だ」

「何が危険なのよ」

「俺の下駄箱に、何者かが細工した痕跡があるのだ」

「はぁ!?」

「俺は、毎日下校する際に、下駄箱に髪の毛を数本挟んでから帰っている。
 しかし、それが今朝来てみたら、床に落ちていた」

「毎日、そんな事をしているの!?」

「当然の事だろう。因みに、恭也もそうしていたと聞いたぞ。
 流石は、恭也だ。おっと、今は校内だったな。ならば、恭也会長閣下と言わなければならんな」

「いや、どっちでも良いってそんな事」

「いや、公私の区分は大事だぞ」

「……なんか、アナタに言われると納得できないんですけど。って、それよりも、恭ちゃんまでそんな事をしていたなんて…」

疲れて溜息を吐く美由希を尻目に、宗介は再び何事もなかったかのように作業を再開しだす。

「って、何をしてるのよ」

「だから…」

「具体的に何をしているのかを聞いてるんじゃないの!
 それよりも、さっさと今すぐ、作業を止めなさい!」

「しかし」

「良いから!」

「む、仕方がない。では、2、3分だけくれ。
 それで作業を終らせよう」

「2、3分ね。まあ、それぐらいなら良いわ。
 皆もそれで良い?」

周りに居た生徒たちに問い掛けると、全員がそれで納得したように頷く。
それを見ると、美由希は宗介を振り返り、その旨を伝える。
しかし、その頃には既に宗介は作業を開始しており、懐から何やら粘土のようなモノを取り出すと、
指先でゴソゴソとなにをし、そのまま自分の下駄箱にそれを貼り付ける。
何やら不吉なものを感じて、その背中へと美由希が声を掛ける。

「あ、あのー、宗介…」

その問い掛けが聞こえていないのか、それとも聞こえない振りをしているのか、宗介は一向に手を休める事無く続ける。
下駄箱に貼り付けたソレから、細い糸のようなものを伸ばし、宗介は美由希の隣までやって来る。

「美由希、そこに居ては少々危険だ。もう少し下がった方が良い」

「え、あ、うん」

黙々と作業をしていた宗介のいきなりの言葉に、美由希は思わず従い、宗介と一緒に下駄箱から離れる。

「皆も、もう少し離れろ!」

その指示に従い、生徒たちが下がったのを見届けると、宗介は下駄箱へと向き直り、その場にしゃがみ込むと、
宗介が握る糸のもう一方の先端に付いたスイッチらしきものを片手で握る。

「ちょ、宗介、何をするつもり」

「爆破だ」

「そうか、爆破か。……って、爆破!? ちょっと待っ……」

「皆、目を閉じ耳を塞いで口を大きく開けろ。
 では、爆破!」

美由希の言葉を大声で遮ると、宗介は迷いもせずにスイッチを押す。
その直後、大きな爆発音と共に物凄い衝撃が辺りを吹き抜けていく。
咄嗟に美由希は宗介の背中へと隠れ、宗介を盾にするようにして爆風から身を守る。
しかし、一般の生徒たちはそうもいかなかったのか、比較的近くにいた者たちは地面に倒れていた。
黙々と黒煙が立ち上る中、宗介は自分の仕事に満足げな顔を見せると──といっても、普段との変化が見難いが、
それはそこそこ長い付き合いの上、恭也という似たような者を兄に持つ美由希にはそれが分かったが──、何度か頷く。

「よし!」

最後にそう満足そうに呟いた瞬間、その頭をまたしても美由希のハリセンが唸りを上げて振り下ろされる。

「よしじゃない! アナタ、自分が何をしたのか分かっているの!?」

「何とは……」

宗介は背後の下駄箱跡を振り返り、もう一度美由希へと視線を向けると、何を言っているんだこいつ、いったような目で見る。

「爆破に決まっているだろう」

「…………こぉぉんのぉぉぉ、馬鹿者〜!」

スパーンと、本日三度の目の良い音が響く中、美由希はハリセンを放り出し、宗介の襟首を掴み上げると、振り回す。

「大体、何で下駄箱を爆破するの、下駄箱を!」

「そ、そうは言うが、すぐに処理を止めろと言ったのは君ではないか」

「あー、はいはい。確かに言いましたよ。ええ、言いましたとも。
 でもね、誰も爆破しろなんて一言も言ってないわよ!」

美由希の叫びが玄関に響く。
それに対して宗助は美由希の手から何とか逃れると、襟元を正しながら至って平静に答える。

「確かに爆破しろとは言ってないな。君の言いたいことも分かる」

「本当に分かっているんでしょうね」

「ああ。確かに、このような場合、不審物があるやもしれぬ対象は、慎重に人の居ない場所へと移す方が良いだろう。
 しかし、この下駄箱は持ち運ぶには大き過ぎる。ましてや、中に何があるのか分からん以上、下手な刺激を与える事もできない。
 そして、中身を調べている最中に、君がその処理を中止しろと言ってきた。
 よって、こちらの判断で不審諸共吹き飛ばすという手段に出たのだ。
 分かってもらえたえだろう」

まるで、自分の判断が正しく、それを褒めてと言う犬のように美由希を見る宗助に、美由希は盛大な溜息を零す。

「私の言いたい事はそんな事じゃないよ。ううん、そもそも何で私がこんな目に……」

美由希は悲しげに目を伏せると、近づいて来る教師たちの足音と話し声にそっと涙を流しながら、小さく呟くのだった。



その昼休み、美由希と宗助は生徒会室へと呼び出されていた。
呼び出したのは、生徒会長である高町恭也だった。
恭也は生徒会室へと現われた二人を見ながら、席に肘を着いて両手を合わせると、目の前に立つ二人に視線を向ける。

「さて、何で呼んだかは分かってるな」

その顔からは何処か疲れたような感じを受け、美由希は内心でほくそ笑んでいた。

(ふふふふ。あの恭ちゃんの顔からすると、きっと朝の事で何か言われて疲れているんだ。
 って事は、恭ちゃんから注意があるはず)

宗助は恭也には全幅の信頼を置いており、尊敬もしていた。
お互いを戦友として見ている上に、ましてや今や生徒会長という立場にいる恭也を上官のように思っている。
その恭也から注意があれば、宗助の行動も大人しくなり、自分の苦労も減るだろうと考えていた。
そんな美由希の考えなど気付きもせず、恭也は静かに口を開く。

「さて、俺のところには教師からの苦情しか来ていないので、実際の当事者である二人を呼んだ訳だが…。
 美由希、宗助、どちらでも良いから説明してくれ」

「恭也会長閣下、自分が説明致します」

宗助はそう言うと、一歩だけ前へと進み出て、腕を後ろに組むと直立不動の態勢を取り、話し始める。

「0815、自分が登校して来ますと、自分の下駄箱に何やら細工された後がありました。
 爆弾の可能性もあった為、他の生徒を遠ざけ、小さく穴を開けた後に、そこからスコープを用いて中を調査を開始しました。
 0820、自分が調査中の所を美由希がやって来て、調査の中止を言ってきました。
 状況や対象物の大きさなどを考え、これを爆破した次第であります」

「……爆破か」

「はい!」

宗助の説明を聞き、恭也が重々しく言葉を発したのに対して、宗助は元気に返事を返す。
そんな二人を一歩離れて見ながら、美由希は内心で笑い声を上げる。
しかし、そんな美由希の思いは続く恭也の言葉によって見事なまでに壊された。

「ふむ、なら仕方がないな。教師陣たちには俺から上手く言っておこう」

「ありがとうございます」

「いや、気にするな。いつもながら、君の判断は素晴らしい」

「はっ! 恐縮です」

「……って違う! そうじゃないでしょう、恭ちゃん! 爆破だよ、爆破!
 何で、どうして、そんな結論になるの?!」

「全く、五月蝿い奴だな。今の説明を聞く限り、おかしな所などないじゃないか」

「いや、ありすぎるでしょう! ねえ、おかしなところがあったでしょう」

美由希の叫び声に、恭也と宗助は顔を見合わせると、こいつ大丈夫かみたいな視線を向ける。
それを受けた美由希は、更にヒートアップする。

「何でよ! 何で、私がおかしいみたいな目で見られるの!?
 逆でしょう。この場合、恭ちゃんたちの方がおかしいんだよ!」

「…宗助。こんな妹だが、これからもよろしく頼む」

「はっ! 任せてください。自分に出来る限りの事を致します」

「もう嫌だーー!! 私の平穏な生活を返して〜〜〜〜!!」

そんな美由希の叫び声に対し、横から楽しそうな声が掛かる。

「まあまあ、美由希ちゃんもいい加減なれたら?
 慣れれば、充分に面白いわよ」

本当に事態を面白がっている忍の言葉に、美由希はがっくりと肩を落とし、他のメンバーへと目を向ける。
しかし、今、ここに居る他のメンバーは、さっき発言した副会長の月村忍の他には、書記の藤代彩だけだった。
それを見て言うだけ無駄だと悟った美由希は、諦めたように近くの席に座る。
そんな美由希などこれっぽっちも気に掛けず、恭也は宗介へと話を切り出す。

「それで、不審物が何だったのかは分かったのか?」

「はっ! これです」

普段はタメ口で話し合う二人だが、何故か校内では宗介は恭也にこういった言葉使いになる。
恭也も一度言ったみたいだが、宗介自身が公私の区分だとか、こっちの方が良いと言った事で、
それ以降は、恭也も特に気にしない事にしたらしい。
話が逸れたが、宗介は恭也の目の前にボロボロになった紙くずを差し出す。
爆破されたにも関わらず、まだ微かに原形を留めている手紙らしきものに恭也は目を落とす。
原形を留めているとは言っても、あちこちが破れ、読み取れる部分もそんなに多くはなかったが。
恭也はその読み取れる部分へと目を落とし、同時にその周りに忍たちも集まり、同じように覗き込む。
その手紙には、

『相良宗─へ

 はじめ──、──姿を──日から─定め───と言う名の
 それ以──ずっと貴 の事を てい──
 貴──の胸 苦──夜も眠れ─────
 一層 一思いに─────── 出来──
 ならば──このままずっと──────  や り 気───────
 そのらめ───出して
 本当は、─れさえも直接──────流石にそ  では─────
 ─────姿 見──────震え ──────
 貴 は──臆病──笑───
 ────   今日の放 後、 校 裏─────
  ─が   ─────待ってい───

 貴─ を────より』

「……何、これ」

それを見た美由希の第一声に対し、忍と彩も苦笑しながら顔を見合わせる。

「まあ、爆破しちゃったしね」

「でも、大体なら分かるかもしれないよ。ほら、ここなんか…」

「ずっと貴方の事を見ていました、かな?」

「多分ね」

美由希の言葉に彩は頷きつつ、他の部分も何とか読もうとしてみる。
同じように美由希と忍も同じように読んで行き、三人は揃って声を上げる。

「もしかして、ラブレター?」

顔を見合わせた三人は一様に驚いた表情で、宗介と恭也の顔を見る。
と、二人は何やら真剣な表情で顔を付き合わせており、やがて、恭也がゆっくりとその口を開く。

「これは、まさか……」

「ええ、多分、間違いはないかと…」

「そうか、これが噂に聞く」

「ええ」

「「…果たし状か」」

同時に発した二人の言葉に、女子三人の白けきった視線が飛ぶ。
三人を代表するような形で、美由希が疲れたように二人へと話し掛ける。

「あのね、これをどう見れば、そうなるのよ」

しかし、美由希のそんな言葉にも、二人は至って真面目な顔で手紙の一部分を指す。

「例えば、この部分だが、ずっと貴様の事を監視していた、だろうな」

「流石です。恭也会長閣下。自分もそう判読しました。
 そして、ここは、貴様のその胸を苦痛で彩り、ではないかと」

「確かにな。だとすると、ここは……」

「ああ〜、何でこの二人はこうなのよ〜。
 忍さんも何とか言ってくださいよ」

「まあまあ。良いじゃない。これはこれで面白いし」

「忍の言う通りね。さて、あの二人は放っておいて、私たちは私たちでこれを考えてみようよ」

いつの間にメモしたのか、彩は自分のメモ帳にさっきの手紙を写し取っていた。
そのメモを忍と二人で眺めながら、手紙の大体の内容を解明していく。
その作業にちょっと楽しそうなものを感じた美由希も、恭也と宗介を放っておく事に決め、忍たちの元で同じようにメモを覗き込む。
暫らくの間、やけに静かな、いや、お互いにひそひそと話をする微かな声だけが生徒会室に木霊する。
やがて、ほぼ同時に顔を上げると、これまた声を揃わせる。

「「出来た」」

それぞれにそう言うと、宗介と美由希が同時に、自分達が解明した文を読み始める。

「相良宗介さんへ
 はじめて、その姿を目にした日からまるで定めのように、私は恋と言う名の魔法に掛かってしまいました。
 それ以来、ずっと貴方の事を見ていました」

「相良宗介へ
 はじめようか、貴様が姿を現した日から定められた、戦いと言う名の宴を。
 それ以降、ずっと貴様の事を監視していたぞ」

隣から聞こえてきた言葉に、美由希は思わず宗介たちの方を振り返るが、無視する事に決めたのか、再びメモへと目を落とすと、
続きを読み出す。

「貴方の事を思うと、この胸が苦しくて、夜も眠る事が出来ません。
 一層、一思いに忘れてしまおうとも思いました。でも、どうしても忘れる事が出来ません。
 ならばと、このままずっと胸に秘めておく事も考えましたが、やっぱり勇気を出して伝えたいと思います。
 そのために、こんなお手紙を出してしまいました」

「貴様のその胸を苦痛で彩り、夜も眠れないようにしてやろうか?
 それとも一層のこと、一思いに殺ってしまおうか。だが、まだ楽には出来ん。
 ならば、そのままずっと苦しめておくのも一興か。やはり、狂気に狂う様は楽しいだろうからな。
 そのための刺客も出してやった」

こめかみを微かに振るわせつつ、それでも何とか宗介を無視しながら、美由希は読み進めていく。

「本当は、これさえも直接伝えれば良いのでしょうが、流石にそこまでは大胆になれませんでした。
 それに、貴方の姿を見てしまうと、体が震えてしまいそうですから。
 貴方はこんな臆病な私の事を笑うでしょうか」

宗介は美由希たちの事など全く意にも掛けず、ただ淡々とソレを読み上げていく。
よもや、美由希たちが読んでいるのが、元々は自分たちと同じものだとは思っていないのかもしれないが。

「本当は、それさえも直接したかったが、流石にそれでは興が削がれるからな。
 やはり、全く姿が見えぬ敵の方が、震えも来るというものだろうからな。
 貴様は臆病者だ。笑ってやるぜ」

「ですが、よければ今日の放課後、校舎裏で待っています。
 貴方が来てくれるまで、ずっと待っています。
 貴方を思うとある生徒より」

「もしまだ無事なようなら、今日の放課後、校舎裏へと来い。
 俺自身が直接相手をしてやろう。待っているぞ。
 貴様を殺す者より」

何とか最後まで読み終えた美由希は、忍と彩を交互に見遣りつつ、多少声を押さえる。

「やっぱり、これってラブレターですかね」

「んー、多分ね。まあ、所々破けているから、私たちがそうなるように復元したとも言えなくもないけれど…」

言って、視線を真剣な顔付きで腕を組む宗介と恭也に向けつつ呟く忍の後を取るように、彩が苦笑しながら続ける。

「少なくとも、あの二人よりは原版に近いとは思うな、私」

「……ですよね」

忍につられるように二人を見た後、美由希は溜息を吐き出すのだった。
一方、恭也たちは真剣に顔を付け合せつつ、たった今読み終えたメモに目を落とす。

「どうして宗介を狙ってるんだ。動機が分からんな」

「俺に恨みを持つ者も少なからず居るでしょうから。
 滅ぼした組織の生き残りという線もあります」

「もしそうならば、相手は何人かで連れ立ってくる可能性もあるな」

「はい。手紙では一人と思わせておいて、という事も充分に考えられます」

「で、どうする?」

「ここまではっきりと果たし状を送ってくるような奴です。
 無視すれば、次はどんな手に出るか分かりません。ここは、奴の要求通りに放課後に姿を見せます」

「しかし、向こう側から場所を指定してきている所を見ると、何かしらの罠を仕掛けている可能性もあるぞ」

「ええ、その可能性も考えておくべきでしょうね」

そこだけ別世界の会話を続ける二人に、遂に美由希のハリセンが唸りを上げて宗介の頭を横から叩く。

「む、中々痛いぞ、美由希」

「うるさいわよ。本当に、何を考えてるのよ。
 恭ちゃんも恭ちゃんよ。これって、どう考えてもラブレターでしょう」

「「ラブレター?」」

美由希の言葉に、二人は声を揃えて不思議そうに呟く。
そんな二人に、美由希はやや大げさに頷いて見せるが、恭也と宗介は顔を見合わせると、肩を竦める。

「美由希、君は素人だから分からないだろうが、これはどう見ても果たし状だ」

「んな訳ないでしょうが!」

「美由希、何をそんなに大声を出しているんだ?
 少しは落ち着いたらどうだ」

「だ、誰の所為だと思ってるのよ!」

恭也の言葉に美由希は堪らず大声で返す。
そこへ、冷静な口調で宗介が淡々を語り出す。

「もし仮に美由希の言うようにラブレターだとしても、それは恐らく俺を油断させる為の罠だ。
 もしものこのこと現われようものなら、途端に俺は囲まれて反撃らしきものも出来ぬうちに……」

「いや、そんな訳ないって」

「そういえば昔、アフガンで傭兵をしていた頃の話だ…」

美由希の小さな突っ込みを無視して、宗介は何処か遠くを見詰めると、これまた淡々と話し出す。

「仲間の一人が現地の女性と親しくなってな…。
 始めは俺たち仲間もそれを祝福していたんだが……」

「あー、はいはい。そんなのは良いから、とりあえず、今回のこれは本当に普通の手紙よ。
 だから、何もしないで行ってあげなさい」

途中で強引に遮られ、宗介は少し寂しそうな顔を見せるものの、続く美由希の言葉には微かに眉を顰める。

「…まあ、行く事は吝かではないが。
 ふむ。……なら、俺は予め準備をしておこう。
 という訳で、俺は午後の授業は欠席するから、後は頼むぞ美由希」

そう言うと宗介は恭也に敬礼をした後、生徒会室を出て行く。
その後ろ姿を茫然と見送り、宗介の姿が見えなくなってから慌てるが既に後の祭りで、美由希はがっくりと肩を落とすと、

「ごめん、テッサ。宗介にはまだまだ一般常識を叩き込めてないよ…。
 でも、待っててね。いつか、必ず」

今は遠くの地にいる親友の一人である少女の姿を思い浮かべつつ、美由希は一人決意も新たにするのだった。
そんな美由希にわき目も振らず、恭也も生徒会室を後にする。

「それじゃあ、俺は午後の講義がないから、先に失礼するぞ」

恭也に手を振って答える忍の目には、何やら不穏な光が見え、それに気付いた彩もその唇を微妙に歪めつつ、恭也を送り出す。
美由希も部屋から出て行ったのを見送った二人は、顔を見合わせると何やら動き始めるのだった。





 ◆ ◆ ◆





放課後になるなり、美由希はすぐさま教室を飛び出して校舎裏へと向かう。

「行けとは言ったけれど、やっぱり拙かったかな〜。
 もし、これで宗介とその女の子が付き合うことなんかになっちゃったら…………。
 あ、あははは、私、生きてられるかな」

脳裏に物凄く圧迫感を持って迫ってくる親友の少女の顔が浮び、
次いで、その少女の命令で弾道ミサイルに括り付けられて、そのまま発射される自分の姿を想像し、美由希は首を力一杯振る。

「宗介、早まらないでよ〜」

美由希が何よりも恐れているのは、事情が分からずに宗介が少女の申し入れを受けてしまう事だった。
一般常識が欠落した宗介なら、あり得ると顔を青くしつつ、それでも一応は見つからないようにと繁みから覗く。
すると、既にそこには一人の少女が立ち、腕時計へと目を向け、何処かソワソワとした様子で辺りを見渡していた。

「わぁー、綺麗な子」

「彼女の名前は佐伯恵那と言って、二年C組ね。あ、因みに沙恵とは全く関係ないから。
 で、非公式に行われた学園のミスコンナンバー2よ」

思わず呟いた言葉に必要以上の情報が返ってきて、美由希は思わず声を上げそうになるが、そこを彩の手によって塞がれる。

「美由希ちゃん、大声を出したら駄目よ。気付かれるでしょう」

美由希が頷いたのを見て、彩は手を離す。
それから、美由希は小声で先の情報を読み上げた忍へと言う。

「それよりも、忍さん、どうして非公式に行われたミスコンの情報なんて持っているんですか。
 というよりも、どうしてそんな詳しいデータが」

「ふっふっふ。あれぐらいじゃ詳しいとは言わないわよ。
 他にも、身長に体重、スリーサイズに家族構成とかもあるけれど、聞きたい?」

忍の言葉に、美由希は思いっきり首を振って否定しながら、
あれだけの騒ぎを起こしながらもOFICが存在している理由を垣間見た気がした。

「そんな事ばっかりやっていると、恭ちゃんに怒られますよ」

一応、釘を刺すように言った美由希だったが、それに対し、忍はにやりと笑みを見せると、

「大丈夫よ。まだばれてないから。美由希ちゃんが話さない限り。
 あ、それはそうと、美由希ちゃん、もっと周囲に注意しないといけないんじゃない?
 幾ら、元女子剣道部部長とは言え、彩に簡単に口を塞がれるなんてね。
 これを恭也が知ったら……ねえ」

「う、うぅぅぅ。恭ちゃんには、言わないでください」

「別に言ったりしないわよ。あ、そうそう、美由希ちゃんも来年はうちの大学に来るのよね?
 うちのOFICは面白いわよ〜。入らない? まあ、今すぐに答えを出せとは言わないけれど、考えておいてね♪」

言いつつ、その懐から小さなビデオカメラを出し、録画したのを確認するようにその場で再生する。
そこに映っていたのは、背後から彩に接近されて口を塞がれている美由希の姿だった。
わざとらしく、美由希が見えるように再生した後、忍はそれをそっと内ポケットに仕舞いこむ。
そんな忍を眺めつつ、先程思ったOFICの怖さを身を持って知るのだった。
来年、美由希がOFICへと入ったのかどうかは、また別の機会に語るとして、
美由希はとりあえず頭を振ると、今はそれは関係ないと懸命に言い聞かせながら目の前へと視線を転じる。
しかし、そこに居るのは恵那一人だけで、まだ宗介の姿はなかった。
美由希たちは言葉もなく、ただ静かにその場で宗介が現われるのを待つ。
しかし、いつまで経っても宗介は現われず、時刻は既に五時半を過ぎていた。

「あの子、よく待つわね」

「そうね。もうかれこれ、二時間以上も経つわよ」

「それだけ、真剣だって事ですよ、……それにしても、宗介の奴は何をしてるのよ。
 あんないい子を待たせるなんて」

忍や彩の言葉に返しつつ、美由希は未だに姿を見せない宗介に憤りを感じ始めていた。
そんな美由希を落ち着かせるためなのか、それとも自分へと言い聞かせる為なのか、忍が言葉を発する。

「確かに、放課後待ってるとは書いてあったけれど、何時とまでは指定してなかったものね」

「正確に言うのなら、時間を書いているような個所は見受けられなかったよね。
 肝心の手紙がボロボロじゃあ、断定は出来ないもの。
 まあ、時間に関しては書いてなかったっぽいけれどね」

彩が忍に答えている間に、ようやく目の前の光景に新たな人物が加わる。
しかし、その人物は恵那が待っていた人物とは全く違っていたが。

「忍さん、彩さん、ちょっと雲行きが怪しくなってきました」

美由希が発した鋭い言葉に、二人も前方へと視線を移す。
その先では、柄の悪そうな生徒五人ほどが恵那へと近づき、にやけた笑みを貼り付けて何やら声を掛けていた。
それに対して恵那は、恐怖からか微かに身体を振るわせつつも気丈にも何やら言い返す。
微かに聞こえてくる声から察するに、五人の生徒のうちの一人が、恵那を遊びに誘った所、
待っている人がいるとか言って、恵那が断わったようだった。
しかし、男子生徒たちはそれでも諦めず、しつこく食い下がる。
それに対してはっきりと断わる恵那に業を煮やしたのか、男が強引に恵那の手首を掴む。
強く掴まれて痛みを感じた恵那は、思わず小さく悲鳴じみた声を洩らす。
それを聞いた瞬間、美由希は繁みから飛び出そうとしたが、それよりも早く、恵那の手首を掴む男の手に何かが当たる。
その痛みに男が恵那の手首を離し、自分の手に当たったのが小さな石だと分かると、飛んで来た方へと顔を向ける。
そこには、丁度太陽を背にする形で一人の男が立っていた。
その姿を見るや否や、男子生徒はその男目掛けて走りだし、そのまま拳を突き出す。
対する男は自分へと向かって来る拳を冷静に眺めたまま、その腕を掴み、その勢いもそのままに投げ飛ばす。
地面へと倒れた男子生徒を見下ろしつつ、男──高町恭也はやれやれと肩を竦める。

「ったく。万が一の事を考えて待機していたというのに、こんなつまらん場面に出くわすとはな」

恭也は溜息を吐き出すと、茫然となっている恵那と残る四人の男たちの方へと歩いて行く。
その出来事に茫然としていた男たちだったが、恭也が恵那の前で庇うように立ったのを見て我に返ると、
いきなり脅すように大声を出す。
その大声に怯えたように身を竦める恵那とは対照的に、恭也はただ五月蝿そうに顔を顰めるだけで、
それがまた男たちの気に触ったのか、二人が恭也を挟むように立つと、問答無用で殴り掛かる。
それを視界に捉えつつ、恭也は気遣うように後ろの女性へと声を掛ける。

「大丈夫ですから、少しの間だけ我慢してください」

そう言うと、恭也は右側に居た男の方へと踏み出し、鳩尾に肘を入れる。
崩れ落ちるのを確認せず、恭也はすぐさま反対側の男の懐へと潜り込むと、腕を掴んで放り投げる。
地面へと倒れた二人を見下ろしながら、恭也は残る二人へと顔を向ける。
それだけの事にも、残る男たちは怯えたように後ろへと下がる。

「こことあそこで寝ている奴らを連れて、さっさと去れ。
 そうすれば、これ以上の危害は加えない」

恭也の言葉に、残る男たちは何度も首を縦に振ると、倒れた仲間を引き摺りつつ、この場を去って行くのだった。
それを見届けた後、恭也は恵那へと振り返る。

「大丈夫でしたか」

「…は、はい。その、ありがとうございました」

「いえ、大した事はしてませんから。それじゃあ、俺はこれで」

「あ、待って下さい。せめてお名前だけでも…」

「別に名乗る程の者ではないですから」

そう言って去って行く恭也の背中を、恵那はずっと見詰めていた。
一方の恭也は、恵那に背を向けて歩きながら、離れた繁みの傍を取りい掛かるときボソリと小さく呟く。

「で、お前らは何をしているんだ?」

繁みの向こうから、僅かに身を震わす雰囲気を感じ取りつつ、恭也はそっと溜息を吐くと、そのままその場を去る。
と、去り際に、美由希たちが身を潜めている茂みの向こうにある一本の木を見上げると、

「どうやら、彼女は完全に白のようだ。
 安心しても良いみたいだぞ。不本意ながら、今回は美由希たちの方が正解だったらしい」

そう呟くと、今度こそ本当にその場を去って行く。
その言葉を聞きながら、美由希たちは恭也が向けた視線の先へと顔を向ける。
と、そこからガサゴソと音がしたかと思うと、身体の至るところに葉を付け、
顔にまで緑色の顔料を塗りたくった宗介が飛び降りてくる。
その手にはマシンガンが、耳には何やらイヤホンが付いており、宗介はそのイヤホンを取り外しながら恵那の元へと歩いて行く。
突然、木の上から現われた宗介に驚いた顔を向けながら茫然としていた恵那だったが、宗介が傍まで来ると、
何とか我に返り、半信半疑ながらも声を掛ける。

「あ、あの、相良宗介さん……ですか?」

「肯定だ。それで、貴様の用件とは何だ」

「え、えっ。ほ、本当に相良さんなんですか?」

「肯定だと言っているだろう。今のこの状況で、偽りの情報を与えたとしても、それは無意味だからな」

「え、あ、あの、でも、その格好は?」

「うむ。これは、貴様が俺を呼び出して、何か罠を仕掛けているのではないかと思ってな。
 この格好ならば、潜伏するのに丁度良いと思ってな。
 現に、今まで気付かれなかっただろう。尤も、一人気付いた方がいるがな。流石だ……。
 と、それは兎も角、こうして潜んでいて、貴様に怪しい行動があれば、すぐに撃つつもりだったんだが、
 どうやらそれはないと分かったので、こうして出て来たのだ。さあ、用件を言え」

「せ、潜伏って。ま、まさか、ずっと見てたんですか?」

「肯定だ。五時間目の途中から、俺はあそこに居て、この場所をずっと見ていた」

「だ、だったら、どうしてさっき助けてくれなかったんですか!?」

「さっき? ああ、あの連中との事か。
 あの時はまだ、君が奴らの仲間ではないという保証がなかったからな。
 罠という可能性も否定出来なかったからだ」

さも当然とばかりに言い切る宗介に、恵那は目の端に涙を溜めて大声で叫ぶ。

「な、何なんですか、さっきから罠って。私は、ちゃんと手紙を…」

「ああ、それだが、色々と事情があって、爆破した」

「ば、爆破……?」

くらりと傾きかけたのを何とか足に力を込めて堪えると、恵那は宗介を睨むように見る。

「も、もう少しで、私……」

「うむ、確かに危なかったかもしれんな。
 だが、恭也会長閣下のお陰で何とか無事だった事だし」

「恭也? さっきの人の名前ですか?」

「ああ、そうだが…」

勢い込んで尋ねてくる恵那に、宗介は少し引きつつ答える。
その分、前へと出ながら恵那は更に尋ねる。

「さっきの方と知り合いなんですか」

「あ、ああ、肯定だ。この学園の生徒会長をなさっておられて…。
 ! 貴様! 一体、何を聞きだすつもりだ! まさか、今までの事は全て芝居か!?
 油断した。狙いは俺ではなく、初めから恭也会長閣下だったという事か!?
 貴様、どこの所属だ!? 素直に吐け! 吐かないのなら……」

今度は宗介が逆に恵那へと詰めより、恵那を捉えようとした瞬間、当たりに乾いた音が鳴り響く。
と、宗介んも身体が数メートル転がり、たった今まで宗介が立っていた場所には、肩で荒く息をして、
その手にハリセンを握り締めた美由希の姿があった。

「はぁ〜、はぁ〜、このバカは……」

荒く息を吐きつつ、美由希は恵那へと気まずそうな顔を向ける。
と、恵那は目に浮んだ涙を袖で乱暴に拭うと、

「……訳の分からない事ばっかりして。嫌なら嫌って、初めから断わってよ!
 こんなの、こんなのって、ないわよ〜〜!!」

叫びながら走り去ってしまうのだった。
その背中を眺めつつ、美由希は掛ける言葉を見つけられなかったのだった。
そんな美由希から少し離れた所で、宗介は何とか起き上がると、未だに足に来ているのか、座り込んだまま軽く頭を振る。

「……中々鋭い攻撃だったぞ」

「アンタは、少し黙ってなさい」

「む……」

美由希の言葉に、宗介は大人しく従うとむっすりとしたまま口を閉ざすのだった。



数日後、美由希が朝に来ると、またしても宗介が同じような事をしていた。

「アンタね〜」

「しかし、またしても、俺の下駄箱が…」

「はいはい。大丈夫だから」

「あ、危ないぞ!」

美由希があっさりと宗介の下駄箱を開けたのを見て、宗介が叫ぶが当然の事ながら何も起こらない。

「ほらね、何も危険はないでしょう」

「む、むう。しかし、爆発しないからと言って、危険物ではないとは言い切れないだろう」

何とか反論する宗介を無視して、美由希は下駄箱を覗き込む。
そこには二通の手紙があり、不思議に思った美由希は、そのうちの一通が封筒ではなく、ただの用紙だと気付く。
そちらの方は、便箋にも入っておらず、ただ無造作にそのまま置かれていた。
その為、そこに書かれた内容が知らず目に飛び込んできて、美由希は慌てて目を逸らそうとするが、
とある単語が目に入り、食い入るように見詰める。
そこには、ボールペンか何かで書かれた、丸みを帯びた字が踊っていた。

『相良宗介さんへ。
 先日は申し訳ございませんでした。
 あれから色々と考えた結果、私もただ遠くから眺めていて、あなたの事を詳しく知らないことに気付きました。
 そして、もう一つ、新しい自分の気持ちにもです。
 あなたには色々といやな目にも合わされたけれど、この気持ちを気付かさせてくれた事には感謝してます。
 それと、この手紙とは別に入っている手紙を、恭也さんに渡してください。
 お願いしますね。
  佐伯恵那より』

全てを読み終えた美由希は、その横にある便箋を眺める。
どう見てもそれっぽい柄に、同じような丸い時で恭也さんへと書かれたその便箋を見詰めながら、
美由希は静かに下駄箱の戸を閉めると、真剣な眼差しで宗介へと顔を向ける。

「ごめんね、宗介。私が間違っていたわ。
 確かに、今、この中には大変に危険な物が入っているわ」

「やはりな。だが、恥じる事はないぞ。次から、もっと気を付ければ良いんだ。
 それよりも、開けてしまったが大丈夫なのか」

「それは大丈夫よ。ここに入っているのは、手にした時、その威力を発揮するから」

「そうか。なら、触れてないのなら大丈夫だな。
 しかし、触れるとやばいのなら、どうしたもんか」

「そんなの決まってるじゃない」

「…だな」

宗介も美由希の言いたい事を悟り、二人は顔を見合わせた後、一つ頷くと、揃って口を開ける。

「「爆破だ(よ)」」

「美由希もようやく分かってくれたようだな」

「ほら、話は良いから、さっさと準備する。
 これは下手をしたら、私の、ううん、私と恭ちゃんの一生にも関わるんだからね」

「何!? 恭也会長閣下までか!? ならば尚の事、すぐに取りかからねば」

言うなり宗介はテキパキと作業を始める。
美由希は他の生徒たちをこの場から遠ざけていく。
ぴったりと息の合った二人の行動に、誰も口を挟む事などできず、爆破の準備は着々と進められて行くのだった。
そして、以前のように、宗介がスイッチに手を掛けて、美由希を見る。
美由希はその視線を受けて一つ頷くと、

「宗介、爆破!」

と号令を掛ける。
その号令が下されると同時に、宗介の指がスイッチを押し込み…………。
今日も朝から爆発音が学園に響くのだった。





おしまい




<あとがき>

さて、短編〜。
美姫 「本編がまだ終わってないのに……」
あ、あははは。
と、とりあえず、ふもっふ編です。
美姫 「読んで字の如く、鋼鉄の守護者の短編ね」
その通り。
美姫 「はぁ〜」
まあまあ。とりあえず、今回はこの辺で…。
美姫 「本編を全然書いてないのに……」
ぐっ。で、ではでは。








ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。