『鋼鉄の守護者? ふもっふ』






No.3 「ゲームはほどほどに」





「…………」

賑やかな音楽が店内に煩いぐらいに鳴り響く。
電子音が飛び交い、様々な音が入り乱れる中、美由希となのはの二人は言葉をなくして立ち尽くす。

「どうかしたのか」

「……ど、どうかしたのか、じゃないわよ! 何て事をしてくれたのよーー!」

美由希の絶叫はしかし、後ろから肩に置かれた手によって止められる。
恐る恐る後ろを振り向けば、この店の責任者だろうか、それらしき人物が引き攣った顔で立っていた。

「ちょっと君たち、奥まで来てもらえるかな」

親切な物言いの中に、逆らえぬものを感じさせる。
いや、まあ、実際にこの惨状を見れば誰に聞いても悪いのは自分たちになるんだろうな。
そんな事を思いつつ、美由希は目の前で煙を上げている機械を見るのだった。



「はぁ。宗介の所為でかなり怒られたよ〜」

「あ、あははは。もう、なのはは疲れました」

「むっ、しかし、あれは不可抗力というやつだ」

「どこがよ! 大体、何処の世界にガンシューティングゲームで実弾を撃つバカがいるのよ!
 ああ、そう言えばここにいたんだよね。って、どうして私まで一緒に怒られなきゃならないのよ〜」

「落ち着け、美由希。君はカルシウムが足りていないのではないか」

「ご親切にどうも! そんな訳あるかっ!」

離れた地にいる、こちらはテッサほど遠く離れている訳でもない一人の親友から授かった伝説の技、
それを放つべくどこからともなくハリセンを取り出し、見事なスナップで宗介の後頭部を張り倒す。
殴られて横に頭を倒した姿勢のまま、宗介は何故殴られたのだろうかと真剣に悩みつつ、
美由希の今の殴打に思わず懐かしい感傷を抱くのだった。
それで終わればいつもの少し変わった日常で済んでいたのかもしれない。
だが、不幸は重なるものなのか、それとも美由希のドジがここぞとばかりに発揮されたからなのか、
兎も角、宗介を殴る、もとい自称突込みを入れていた所為で少し不注意になっていたのか、
美由希は前から来る一団に軽く肩がぶつかる。
普通なら謝罪を口にすれば済む程度のこと。
だが、美由希はぶつかった相手を見て僅かに顔を顰める。
いかにも、といった感じの悪い男たち三人であったからだ。
それでも見かけで判断するのはよくないと謝ってみるのだが、予想通り男たちは激怒する。
挙句、美由希とぶつかった男は大げさに肩を手で押さえ痛がって見せる。

「いてぇよ! もしかしたら骨ぐらいいってるかも?」

「それは大変だ! さて、どう責任を取ってもらおうかな」

口元をやらしく歪め、男の一人が美由希へと手を伸ばす。
それを内心で呆れながら対処すべく動こうとするよりも早く、宗介が美由希の前に立ち塞がる。

「よく分からんが、あの程度で骨が折れたのならカルシウム不足だな。
 それに、俺にはわざとそちらがぶつかってきたように見えたぞ」

行き成り割って入ってきた宗介に、しかし男たちはそれも計算の内だったのかただ声を荒げ、
宗介たちを囲むように残る二人がいつの間にか左右に動いていた。

「肩の骨がどうにかなったと喚いていたのに、もうそんなに動けるなんて」

感心よりも呆れが多分に混じる口調でそう漏らす美由希の言葉を無視し、
正面に立つ男が路地裏へと指を向ける。

「ここだと色々と面倒だから、人のいない場所にでも行こうか」

初めから宗介を痛めつけて金品を奪い、美由希の方をそれで怖がらせて連れて行く気だったらしく、実に淀みなく動く。
路地裏へと連れ込まれ、先頭の男が振り返るなり宗介へと殴りかかる。
が、次に響いたのは頬を打つ打撃音ではなく、やけに乾いた発砲音だった。
今まさに宗介に殴りかかろうとした男の足元の地面が弾け飛び、白煙が立ち上る。
それを成した凶器は宗介の手の中に握られており、宗介はもう一発男の足元に弾丸を撃ち込む。
ことここに至り、それが本物、もしくはそれに近い威力を有していると悟ったのか、男の顔から血の気が引く。
美由希を逃がさないように後ろにいた残る二人も同じように弱腰となっており、またその隙を美由希が逃すはずもなく、
あっという間に男の一人へと踏み込むと肘をみぞおちに入れ、頭が下がった所を膝で蹴り上げる。
この辺りはなのはも恭也たちの妹というべきか、美由希が動くと同時に宗介の傍に駆け寄り、
邪魔にならないようにじっと大人しくしている。
美由希の思わぬ反撃に怯む男たちに、宗介が三度目の銃弾を男の足すぐ近くに撃つ。
完全に脅え後退り始めた男二人に、美由希は自分の足元に倒れている男を指差し、

「立ち去るのなら、この人も連れて行ってください」

美由希の言葉に男は無言で何度も頷くと、倒れた男を支え一目散に逃げて行く。
その背中を見送り、美由希はようやく肩の力を抜くと宗介に笑いかける。

「宗介の事だからてっきりいきなり撃つかと思ったけれど、よく威嚇だけに留めたね」

「流石に無闇にそんな事はしない。恭也にも言われているしな」

「うん、えらい、えらい」

そう言ってなのはが宗介を褒めると、見た目には変わらないが少し嬉しそうな顔をする宗介だった。



次の日の放課後、生徒会室へと呼び出された宗介の前に恭也が書類を滑らせる。
机の上を滑りその端で止まった書類を見下ろし、宗介は直立したままの姿勢で恭也に問う。

「会長閣下、これは何でありますか?」

「今日、学園長経由で渡された物だ。
 昨日のゲームセンターの一件と言えば分かるか?」

「はっ!」

恭也の言葉に敬礼で返し、その時の事を話し出す。

「昨日、美由希に誘われて行った際、ガンシューティングなるものを勧められプレイしました。
 その時、銃弾が尽きたのですが、美由希が画面の外に向けて引き金を引けと言ったので拒否しました。
 弾倉が空とは言え、危険だからです。ですが、画面ではゾンビがこちらに迫ってきており、
 やむなく所持していた自分の銃で応戦した所、機械が壊れてしまいました」

「なるほど」

宗介の報告に恭也は短くそう返す。
一方、それを聞いていた忍は可笑しそうに笑い出し、彩は呆れたように溜め息を吐きつつも何も言わない。
ここに美由希でも居れば、また違った展開もあったかもしれないが、美由希は早々に帰宅していた。
何でも、今日発売の小説が出るとか言って。
果たして、恭也がどんな判断を下すのか見守る二人の前で恭也はその前にと宗介に質問を投げる。

「もし同じような状況になったらどうする?」

「今回と同じ対応をするでしょう。何度も言いますが、使い慣れない武器を使い、ましてや銃口を他に向けるなど……」

「ふむ……。学園長は謝罪と反省文の提出で弁償金を出しても良いと言っているが?」

「拒否します。自分が反省すべき点が見受けられません」

「そうか。まあ、今回の件は面白半分にやらせた美由希の所為でもあるしな。
 ゲームを知らず、ましてや宗介ならばどうなるのかはある程度予想できるだろうに。
 宗介、お前の言い分は戦場においては正しいだろうな。そして、ここは戦場ではないというのは今更だ。
 なら、生徒会としては今回の件は不問としよう。学園長にはそう答え、弁償金の方は生徒会で出そう」

「はっ! ありがとうございます」

敬礼する宗介に席に戻って良いと伝え、忍に顔を向ける。
他の面々、高等部や中等部などの代表としてこの場に居る者はそれで良いのかという顔を見せる者と、
いつもの事だと黙々と作業をする者に分かれる。
そんな中、恭也の視線を受けた忍は心得ているとばかりに怪しげな真っ黒なノートを取り出して開く。

「えっと確か請求金額は……。うん、これなら大丈夫だよ、恭也。
 充分、裏資金で賄えるわ。とは言え、今回の出費で半分ぐらい使っちゃうか。
 また増やさないとね〜」

裏資金という怪しげな響きに初めて耳にした者がやはり驚く中、忍は気にもせず帳簿を付ける。

「ふんふんふ〜ん。今度はどうやって増やそうかな〜」

どうやって増やしているのか怖くて聞けない面々を余所に、忍はさっさと帳簿を仕舞うのであった。
そんな折、恭也の携帯電話が着信を知らせる。
どうやら美由希かららしく、恭也は通話ボタンを押すなり、

「どうした。新刊がなかったのか? それとも財布でも忘れたか?」

恭也の言葉を聞いて、忍や彩にも電話の相手が誰か分かったようで、

「財布を落としたに100円」

「じゃあ、私は予定外のものまで買ってしまってお金が足りなくなったに100円」

忍と彩がそんな事をやり始めるも、恭也の真剣な声に顔を見合わせる。

「お前は誰だ?」

恭也の言葉を理解するなり宗介は恭也の傍に立ち、顔を近づけると耳を澄ませる。
電話の向こうから聞こえてくるのは大勢人がいると思わせるざわめきと、話している男の声。

「俺の事はどうでも良い。それよりも、相良と言う奴に用がある」

「伝えるにせよ、代わるにせよ、そちらの素性が分からないようではどうしようもないが?」

「昨日、世話になった奴と言えば分かるはずだ。ついでにお前の女は預かったと伝えろ。
 あんたにとって妹さんを攫われて災難だろうが、恨むなら相良って奴を恨むんだな」

「ちょっと待ってろ」

恭也は通話口を押さえて宗介を見る。
宗介は少しだけ考え、すぐにゲームセンターの帰りの事を思い出して説明する。

「そんな事があったのか。だが、そいつらはそんなに手練れだったのか?」

「いえ。寧ろ美由希になら、あれぐらいの相手が束になった所で倒せるはずです。
 よしんば倒す事が無理だとしても、逃げるぐらいは出来るかと」

「だとすれば、よっぽど強い助っ人でも呼んだか……。
 とは言え、その辺の相手にそう易々と遅れを取るとも思えないんだが」

思わず考え込む恭也であったが、その考えは正しく、
捕まったはずの美由希は手を縛られているものの余裕の態度であった。
だが、時折頬を緩めては不気味な笑みを浮かべ、周りの連中が少し遠巻きに見ていたりするのだが。

「えへへ、恭ちゃんが心配して助けに来てくれて……。だ、駄目だよ恭ちゃん。
 こんな所でなんて……。でも、恭ちゃんがどうしてもって言うなら……」

わざと攫われた美由希は、恭也が心して助けにきてくれるのを期待して待っている内に、
その妄想に拍車が掛かり、どうも可笑しな方向へと向かっているらしい。
その美由希の独り言が全部ではないが聞こえた恭也は、わざと捕まったのか、
もしくは油断して捕まったものの、一人でも充分抜け出せる事を察知し、

「妹に伝えてくれ。お前の事は少しの間は忘れないでいてやると。
 時折は思い出してやらない事もないが、本当に惜しい……いや、面白い奴を亡くした。
 だが、脅迫に屈する訳にはいかないと」

言って電話を切る恭也を見て、忍や彩は少し美由希に同情するもすぐに仕事に戻る。
一方、美由希を捕らえ恭也と話をしていた方は切れた電話を呆然と見詰め、ゆっくりと美由希へと顔を向ける。

「どうしたの? あ、まさか取り乱して話が出来ないとか?
 もう恭ちゃんったら、普段はあんな態度のくせに。
 うんうん、居なくなって初めてその人をどれだけ思っていたのかが分かるってやつだよね。
 あれ、どうしたの? 何でそんな目で見るの? え、電話はもう良いの?
 あ、もしかして私の声を聞かせろって要求だったとか?」

哀れみの目で見られる事に戸惑いつつ、美由希が返ってきた電話を見ればそれは切られていた。

「えっと……切れているんですけれど」

美由希だけでなく、それを聞いて周りの者も疑問を浮かべる中、
電話をしていた男は気まずそうに視線をそらしながらも恭也の言葉を伝える。
聞いていた者が哀れむ声を上げる中、美由希は暫く呆然としていたが……。

「あ、貴方たちが私を攫うから!」

わざと抵抗もせずに捕まっておいて、まさかの台詞である。
とは言え、男たちの方はそうだと思っていないため、流石にばつが悪そうな顔を見せる。
中には同情して美由希を慰める声も上がる。
肉親からは見捨てられ、攫ってきた者たちに優しい言葉を掛けられるという現状に思わず涙しそうになるも、
美由希は手首に仕込んでいた飛針で手首を縛っていた縄を切ると、驚く男を尻目に電話に手を伸ばして奪い返す。
瞬く間にリダイヤルして恭也へと掛けなおす。
恭也が電話に出るなり、

「恭ちゃん、もうちょっと心配してよ!」

電話に出るなり行き成りの台詞に、しかし恭也は至って冷静に返す。

「宗介に相手の力量は聞いた。
 その上で色々と推論を立てた結果、そんな連中に攫われるようではまだまだだという結論に達した。
 まあ、どうしてもと頼むのなら助けに行ってやっても良いが、それはつまり己の未熟を認めるという事だな。
 ならば、今日から一週間、メニューの強化が必要になるが。さて、どうする?」

恭也の言葉に力なく腕をだらりと下ろす。
それを見て男たちはまた冷たい事を言われたのだろうかと、攫ってきた癖に心配そうに見守る。
だからこそ、美由希の次の行動を予想する事など誰もできなかった。
美由希は顔を俯かせたまま電話を切ると、一番近くにいた、恭也と電話で話ををしていた男の腕を取って投げ飛ばす。
いきなりの事態に呆然としていた男たちだったが、仲間がやられたのを見て、声を荒げて美由希を囲む。

「てめぇ、よくもケンちゃんを。折角、優しい言葉を掛けて慰めてやったというのに」

「元はといえば、攫った貴方たちが悪いんでしょう!」

逆ギレも真っ青というような理不尽な切れ方をして美由希は男たちの輪へと駆け出す。
どうやら、自分で帰るというのを選択し、腹いせに不良たちを打ち倒す事に決定したらしい。
たまったものではないのは攫った本人たちだろうが、これもまたある意味自業自得とも言えるので仕方ない。
こうして、一連の騒動は幕を閉じたかに思われたのだが……。



夕暮れの港。
そこで美由希を攫った男たちを一喝する女の声が響く。
彼女こそが彼らを束ねるリーダーで、昨日あった事を聞くなり怒鳴りつけたのだ。
散々怒鳴った後、少しは落ち着いたのか幾分冷静さを取り戻した声で男たちに言う。

「バカかお前たちは。同じ攫うんだったら、小さい方にしろってんだよ!
 仕方ないね。今度はアタシも一緒してやるよ」

そう不適な笑みを浮かべるも、すぐに腕時計に目をやり時間を確認するなりバイクのエンジンを掛けて走り出す。
去り際、今度は小さい方を攫うんだよと伝え置いて。



怪しげな会談が行われた翌日の放課後。
今日も今日とて美由希もちゃんと生徒会に顔を出し、暴走する宗介のストッパーとして、
早い話、現状は特にすることもなく、ただ大人しくしていた。
そこに鳴り響くのはまたしても恭也の携帯電話。
似たような場面が最近あったなと思いながら、恭也は携帯電話のディスプレイを見るなり、すぐさま電話に出る。

「もしもし……」

嫌な予感を振り払うべく、出来るだけ冷静な声を出す。
対して、聞こえてきたのは男の声。
用件はこの前と全く一緒で、人質が美由希からなのはに代わっただけ。
だが、恭也の対応もまた違っていた。

「忍」

「うん、分かった。はいはい、ちょっと緊急事態が発生しちゃったみたいだから、皆は暫く席を外してね」

言って他の面々を追い出し、生徒会室には恭也に宗介、美由希と忍に彩だけとなる。
それを確認すると、恭也は携帯電話を操作して全員に声が聞こえるようにする。

「で、用件はやはり宗介か」

「そうだ、相良宗介と代われ」

「その為になのはを人質に取ったんだな」

恭也の言葉を肯定するように男の声が答え、それを聞くなりこの場の宗介を除く全員が思わず相手を拝んでしまう。
もっとも触れてはいけない所に触れた蛮勇を。
そんな中、電話の相手が男から女に代わる。

「悪いけれど、相良って奴を出してくれる?
 じゃないと、可愛い妹がどうなるか分からないよ。
 一応、あたしはこいつらのリーダーなんでね。泣きつかれた以上は何とかしてやらないとね。
 勿論、相良を出せば素直に妹は返してあげるよ。今、そっちにあたしの仲間の一人が行っているはずだ。
 そいつの指示に従うように相良に伝えな」

言うだけ言うと返事もまたずに電話を切る。
ツーツーと無機質な音を聞きながら、恭也は静かに宗介を見詰める。

「聞いたか」

「はっ! 全ては自分の責任であります」

「今、責任をどうこう言っても仕方ない。
 これより、なのは救出作戦を結構する。
 幸い、居場所を知っている奴がわざわざ出向いてくれるようだ。
 さて、素直に吐いてくれる事を願うか。まあ、何をしてでも吐かせるがな」

言って恭也は懐から色々な器具を取り出し、宗介もまた鞄から見慣れない道具を取り出す。
その間にも恭也は電話を取り出し、何処かへと掛ける。
その様子を眺め、美由希は自分との違いに涙するのだった。
それから数分後、一人の男が宗介を探して学園へとやって来て、すぐさま生徒会室へと案内される。
宗介の顔を見るなり不適な笑みを見せる男であったが、すぐ後ろから聞こえた、
入ってきた扉に鍵を掛けられる音に振り向くと、そこには鋼糸を手にした恭也が立っており、

「さて、のこのことやって来た君には少し聞きたい事があってな」

「安心しろ、大人しく吐けば身の安全は保障しよう。
 だが、少しでも非協力的だった場合は……」

恭也に続き、男の正面から幅広のやや婉曲したナイフを手に宗介も男に近づく。
本能的に危険を察し逃げようとするも、前方も後方も塞がれており、横に逃げるしかないのだが。
それに気付いた時には既に遅く、男の肩は恭也と宗介の手にがっしりと捕まれる。

「た、助け……」

思わず助けを求める声がその口から発せられるのだが、この部屋に居た忍たちはただただ男に向かって手を合わせる。
勿論、謝っているという意味などでは決してない事は男にもよく分かった。
それを確信付けるかのように、忍が同情しつつも少し怒った声で男に言葉を投げる。

「よりによって、なのはちゃんを攫った貴方たちが悪いのよ。
 ここは諦めた方が良いわよ」

「そうそう、忍の言うとおりよ。
 素直に質問に答えればきっと拷問はしないはずよ」

「うぅぅ、私との扱いがあまりにも違う事に涙が止まらないよ。
 こんな酷い現実を見せ付けられるのも、全部貴方たちの所為なんだよね」

一人だけは若干恨めしげに男を睨んでいたが。
そんな外野の言葉など気にせず、恭也は男を椅子に括り付けると宗介に僅かに頷いて合図を送る。
こちらも頷いて応えると、慣れた様子で宗介は足音も立てずに窓際へと移動し、カーテンを引く。
途端に暗くなる部屋の中に、一つだけ明かりが灯る。
窓も扉も全て締め切られ、密室となった部屋の中、恭也の声だけが淡々と流れる。

「さて、我が生徒会室はあらゆる事態を想定して、とあるマッド……もとい自称発明家の少女の手によって様々な改造、
 及び改築がされている。その一つとして、ここは今、完全に防音だ。
 つまり、お前がこれからどれだけ声を荒げようと、その声は外には届かない。
 勿論、電話など通じない。つまり、助けは来ないという事だ。人質をとりながら、のこのこと顔を出した自分を恨め。
 もしくは、それを命じた奴をな」

「会長閣下、まずは自分が」

言って男の正面に宗介が進み出る。
それを受けて恭也は頷き、たが一言任せるとだけ告げる。
それに敬礼を返し、宗介は改めて男と向かい合うと右手だけ拘束を解き、
そのまま机の上に男の手を乗せると、抵抗する間も与えずに手にしていたナイフを男の人差し指に当てる。

「下手な動きを見せれば、まず一本落とす。分かったな」

宗介の声色に本気の色を見て取ったのか、男は何度もコクコクと頷いて見せる。
男の態度に特に何も感じず、宗介は必要な情報を引き出すために口を開く。

「まず貴様には二つの道がある。一つは無駄な抵抗をしてこのまま指を失うという道で、
 もう一つは素直に我々の質問に答えるという道だ。
 前者を選べば仲間の信頼は守れるだろうが、貴様は指を一本失い、更なる拷問を受ける事となる。
 我々としては、会長閣下の妹気味を攫った仲間であるお前を無事に解放したくはないので、
 ある程度拷問に耐えてから素直に白状するという形を取ってもらえると非常にありがたいのだが。
 さて、どうする? 好きな方を選らべ。ただし、十秒待って返事がない場合は拒否したと判断する」

言ってナイフを少しだけ押し込む。
勿論、それで指が傷付く事がないようにちゃんと加減はしているが、男にはそんな事分かるはずもなく、
ただ小さく引き攣った悲鳴を上げ、顔中から汗を流す。
その間にも宗介は静かにカウントダウンをしており、残り三秒という所で男はようやく口を開くのだった。



とある倉庫。ここになのはは捕われているらしい。
もし嘘の情報だった場合、男には更なる悲劇、忍の研究室行きというフルコースが待っている事になる。
恭也と宗介は上の方にある窓から中を覗き込む。
見れば倉庫の奥、美由希の事もあってか、手だけなく足の自由まで奪うように縛られたなのはの姿があった。
その周りに二十人ほどの男たちがたむろし、なのはのすぐ傍に一人だけ女の姿があった。
そこまで確認すると宗介と恭也は視線を交わし合い、事前に決めていた作戦を決行するべく動き出す。
宗介は正面から倉庫の入り口へと向い、それに気付いた男が中に居る女に宗介が来た事を伝える。

「ふん、約束通りに来たようだね」

「ああ。だから、さっさと人質を解放しろ」

「誰も来たから解放するとは言ってないだろう。
 おい、お前たち」

女の声に答え数人の男が宗介を取り囲むように近づいてくる。
それを見ながらも宗介はやれやれと肩を竦める。

「やはり思った通りか。素直に解放する気はないみたいだな」

「当たり前だろう。まあ、あたしはどうでも良いんだけれど、こいつらの気がそれじゃあ済まないんだってよ。
 そんな訳で、こいつらの気が済むまでは大人しくしてもらうよ。
 そうすれば、ちゃんと人質は返してあげるさ」

女の言葉を合図とするように、男たちは更に輪を縮める。
その中から、宗介にやられた三人組が出てくる。

「この前のお礼、たっぷりとさせて――」

威勢良く啖呵を切ろうとした男であったが、まるであの時の再現のように聞こえた音に、
白煙を上げて穿たれた足元の地面、そして宗介が手にする黒い銃口。
その前に言葉を無くす。
いや、その男だけでなく、この場に居る誰もが言葉を無くす中、真っ先に我に返ったのはリーダーである女であった。

「お前、人質がいる事を忘れているんじゃないだろうね」

「人質? どこにいる?」

宗介の言葉に反論するよりも早く、後ろから聞こえてきた声に慌てて振り向くと、
そこには縛られていたはずの手足を解かれたなのはと、そのなのはを庇うようにして立つ恭也の姿があった。

「い、一体いつの間に」

驚く女の声を無視し、恭也がなのはの身体を気遣う。

「何処も怪我はないか」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

「いや、怪我がなかったのなら何よりだ」

言ってなのはの頭を撫でてやる恭也と、嬉しそうに安堵した顔を見せるなのはを見て、
女は難しい顔をするも、すぐに恭也へと食って掛かる。
だが、それを涼しい顔で受け流し、

「阿久津万里、だったか。お前にも弟がいるんだったな。
 最近はうちの妹みたいに誘拐されるという事もあるみたいだから気を付けた方が良いぞ」

「なっ、どうしてあたしの名前を……いや、それ以前に弟に何をするつもりだ!」

「失礼な。俺はただ注意するように忠告してやっただけだというのに。なあ、宗介」

「全くだ、一体何を騒いでいるんだ。折角の忠告なんだから、ありがたく聞いておけば良いだろうに。
 そうそう、阿久津芳樹の帰り道は気を付けた方が良い。人通りの少ない場所があるからな。
 誰にも気付かれずに侵入して背後に降り立ち、人質を解放するようなスキルのある奴なら簡単に攫えるだろうな」

「そうなったら大変だな。くれぐれも気を付けた方が良いぞ。
 万が一にも攫われて、その先に拷問に詳しい奴などが居たら、それこそどうなるか。
 そう言えば、宗介はよくここの場所が分かったな」

「世界中のありとあらゆる拷問を知り尽くした俺の前では、あの程度の奴が沈黙を貫くなんて無意味」

二人の会話を聞きながら、万里は唇を噛み締める。
とは言え、ここで大人しく引き下がれば率いている者たちに対する示しが付かず、
万里はどうする事も出来ずに二人をただ交互に睨みつけるしかできなかった。
だが、当の二人はそんな視線など意にも返さず、寧ろ気付かないとばかりに勝手に話を進めて行く。

「そう言えば、高山清司の妹さんはどこに通っていたかな」

「確か、西山中学という教育機関だったかと」

「ああ、帰宅中にやけに薄暗い路地のある通学路を利用していたな、そう言えば」

「物騒な世の中、安全が確保できていれば良いが」

「ちょっと待て、お前ら!」

「そうそう、この前新しいバイクで走っている高校生らしき人物を見たんだが」

「多分、北川博の物では? 保険に入っていると良いが」

「な、何をする気だよ」

「そう言えば宗介、セキセイインコとは意外と繊細らしいぞ」

「という事は、もし留守中に催涙弾でも投げ込まれたら……」

「や、やめてくれ!」

二人が何かを話す度、男たちの中から悲痛な声が上がる。
だが、二人はそれらも全て無視し、あくまでも日常会話を繰り広げる。
やがて、二人の会話が終わる頃には疲れて何もやる気が起こらないといった感じの男たちが残される。
それらを満足げに眺め、恭也は最後にまだ気丈にも睨んでくる万里を睨み返す。
これには流石の万里も僅かにたじろぐが、恭也はただ静かに釘を刺すように告げる。

「もし、次に俺の身内に手を出したら、こんなものではすまないと思え」

恭也の言葉に何も言い返すこともできず、まるでその空気に飲み込まれたように黙って恭也たちを見送る。
やがて、恭也たちが立ち去るとようやく自分の身体が緊張していたと気付くのだった。



こうして、なのはの救出も無事に済んだ――美由希が居れば何か突っ込みが入ったかもしれないが――のだが、
家に帰っても美由希は一人拗ねており、なのはは理由が分からずにただ首を傾げるだけであったとか。





おしまい







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