『ごちゃまぜ4』






「ほれ、恭也。もっと近う寄らぬか。余とお主の中であろうに何を遠慮しておる」

「遠慮云々ではなく、普通に考えて可笑しいだろう」

「何がじゃ?」

「まず、何故お前がここに居る」

恭也はアルシェラと目を合わせないようにまるで空を仰ぎ見るように顔を上に向けて問い掛ける。
それに対し、アルシェラは何を可笑しな事をと笑い飛ばす。

「お主と余は一心同体も同じではないか。
 余がおらんと、お主は得意とする得物がないのじゃぞ?」

「なら、何故こんなにくっ付く。せめて、腕を離してくれ」

「これまた面白い事を。腕を組むなぞ、いつもやっておるではないか」

まるで胸を押し付けるように力を込めて恭也の腕に抱き付くアルシェラ。
顔を赤くしつつも恭也は更に声を振り絞る。

「何よりも、何故服を着てない!」

「それこそ可笑しな事を言う。ここは風呂じゃぞ?
 何故、着衣を身に付ける必要がある?」

「だったら、何でお前が居るんだ! ここは男湯だ!」

「些細な事を気にするな。こんな夜更け、誰も人なぞ来んわ。
 ましてや、士郎たちなら余がここに居ると分かれば入ってこん」

目を細めて凄むように笑うアルシェラに、恭也は盛大な溜め息を吐き出す。
折角の連休、旅行に来たまでは良かったが、やはりメンバーがメンバーだったのが悪かったのか、
これまた様々なトトラブルに巻き込まれること、巻き込まれること。
ならばせめてと、折角の温泉に一人でゆっくりと浸かろうとこんな深夜にやって来たと言うのに。
今更何を言っても聞かないであろうことは充分に理解している。
だからと言って、何も言わずに済ませることも出来ず、ついつい口に出したのだが、やはりどこ吹く風と流される。

「ほれほれ、風呂は疲れを流す場所じゃぞ。
 そんなに疲れた顔をしてどうする」

誰の所為だという言葉を飲み込み、恭也は既に諦めきった顔で浸かる。
そんな恭也の目の前にお猪口が差し出される。

「ほれ、一杯やらぬか」

「あのな…」

「一杯だけで良いから付き合え。今宵は月も隠れてしもうた。
 ならば、せめて恭也と一緒に味わう事で肴としたい」

そこまで言われて仕方なく恭也はお猪口を受け取って酒を飲み干す。
ご返杯とアルシェラにお猪口を返し、そこに酒を注ぐ。

「ふー。うん、同じ酒でも恭也に注いでもらうとより一層上手く感じる」

「変わらないだろうに」

「いや、変わるぞ。少なくとも余の気持ち分はな」

言ってお猪口を恭也に差し出す。
それを受け、恭也は苦笑しつつもそこに酒を注ぐ。
それを一気に呷ると、雲に隠れた月を見上げる。
つられるように恭也も頭上を仰ぎ、姿の見えない月を眺める。

「こういうのも悪くないかもな」

「ああ。隣にお主がおるのじゃから、尚良しじゃ」

二人は暫く雲に隠れて見えない月をただ静かに眺めていた。



とらハ学園 番外編「本編には関係ないよ、本編もできるだけ早く更新しますの巻」 



   §§



高町家の庭。
月村邸のようにとてつもなく広いという事はないが、それでも軽い鍛錬を行うぐらいは出来る広さの庭。
今、そこで一組の男女が向かい合っている。
その手に握るは、日常ではまず目にする事のない日本刀。
いや、正確には小太刀というべきか。
それを手に、向かい合う二人。
既に勝負は決したのか、片方の刃が残る一方の喉元で寸止めされている。
決して長くはない沈黙は、恭也の一言で持ってして破られる。

「見事だ」

突きつけられた刃から身体を離し、弾き飛ばされて庭の片隅に突き刺さった小太刀を手に取ると、
それを鞘に納めて美由希へと差し出す。
恭也が目の前に立ち、さっきまで自分が使っていた小太刀、御神正統の証たる龍鱗を自分へと差し出すのを見て、
信じられないように目を見開き固まっていた美由希がようやく起動し始める。

「……私が勝ったの?」

呆然と呟く美由希に、恭也は強く頷いて肯定すると差し出した小太刀を受け取るように促す。
半ば呆然と龍鱗を受け取る美由希に、恭也は静かに問い掛ける。

「美由希、お前は何のために剣を握る?」

「え? 何のって、それは大事なものを守るために」

殆ど自然と口をついて出た言葉。
それに恭也は頷きつつも続ける。

「そうだ。俺たちの剣は奪うためのものだが、その想いの元に振るわれるべきものだ。
 だが、俺たちが奪った人たちにも同じように守るべきものがあったのかもしれない」

「でも、それは…」

「いずれはその事でおまえ自身が悩む時が来るかもしれない。
 その答えは結局は自分で出すしかない。
 守るために奪う覚悟を持て。守れなかった時には全て失ってしまうという事を忘れるな。
 これからは、自分で考え、自分で判断しろ。
 生かすも殺すも己次第。何を守り、何を奪うのかもまたお前次第だ。
 御神の技はお前と共にある。美由希、これにて皆伝の儀は終わりだ」

「恭ちゃん……。ありがとうございましたっ」

最後、少しだけ涙目になりながらも美由希は深々と頭を下げる。
今言われた事の意味を全て理解できた訳ではない。
それでも、これで一つの目標をやり遂げたという気持ちが美由希の胸に湧き上がる。
自然と潤みだす目に力を込め、自然と浮かび上がる笑みはそのままに顔を上げる。
恭也は自分に付いてきた弟子を誇るように、今までの成果を認めるように、
そっと伸ばした手で美由希の頭を一度だけ撫でる。
その優しい眼差しに美由希はまた潤みそうになるのを、瞬きで誤魔化すようにする。
恭也が美由希から手を離すのを切っ掛けに、それまで庭での出来事をじっと見つめていた桃子たちが騒ぎ出す。
皆の前で皆伝の儀を行いたいという美由希の気持ちを汲んでの今回の皆伝の儀。
そこには、声を掛けたもののどうしても抜けれない仕事で来れなかった美沙斗の姿はなく、
それだけが少し寂しいけれど、
それでも美由希は自分のこの剣を知っても変わらずにいてくれる友達たちに笑顔を見せる。
盛り上がる光景を離れて見つめながら、
恭也もまた肩の荷が下りたかのように何処かすっきりとした顔で空を見上げる。
後日、美由希と共に士郎へと報告に行かないとなと頭の片隅で思いながら。



物語はこうして一つの区切りを迎えた。
ただし、それはあくまでも一つの区切りでしかない。
何故なら、彼らの人生はまだこれからなのだから。
そう遠くない未来において、美由希はこの時の恭也の言葉を思い知る事となる。
奪う覚悟とは。
自分が踏み込もうとしている世界が本当に優しくはないということを。
そして、平和な日常と言うのが、何かの拍子に意外にもあっけなく壊れる薄氷の上のようなものだという事を。



薄暗い部屋の中、浮かぶ二つの影。
一人は椅子に腰を降ろし、両足を投げ出してテーブルの上へ。
もう一人はそんな男の対面に立ったまま男を見下ろす黒いスーツ姿の男。
スーツ姿の男はテーブルの片隅に置いたケースから書類の束らしきものを取り出し、男へと投げる。
男は受け取ろうともせず、テーブルの上に落ちた書類の表面を目で追う。

「これが今回の仕事内容?」

「そうだ。その資料の中にある奴三人を始末しろ」

「僕に頼むって事は、強いんだろうね、その三人は」

「…一人はあの人喰い鴉だ」

「へえ」

今まで興味なしとばかりに視線を合わせようともしなかった男は、不意に唇を笑みの形に歪ませると、
テーブルから足を下ろして書類を手に取りパラパラと捲っていく。
軽く目を通す男へ、スーツの男が更に言葉を投げかける。

「後の二人は、あの女を打ち負かした者らしい。詳しくは分かっていないがな」

男の顔に浮かんでいた興味の色が更に濃くなり、笑みも深まる。

「…面白いね。人喰い鴉を打ち破った二人、か」

「面白いではすまないんだがな。
 こっちとしては、チャリティーコンサートを中止にできず、
 あまつさえ、かなり上等な駒が敵に回る事になったんだからな」

「そんなのは僕には関係のない事だよ」

「貴様も一応は組織の人間だという事を忘れ……」

スーツの男の言葉は、いつの間にか立ち上がった男によって遮られる。
ネクタイを強く引っ張られ、苦しげに呻くスーツの男へ、静かな、だけど冷たい声を眼差しを投げる。

「そっちこそ忘れない事だよ。僕は僕の思うように、好きなようにしても良いっていう権利があるという事を。
 君たちのボスからの許可だったはずだよ。忘れたのかな?
 つまり、ここで君を殺したとしても僕は咎められる事はないんだ。
 まあ、後片付けが面倒くさいし、今は機嫌が良いからそんな事はしないけどね」

行ってスーツの男のネクタイから手を離し、男は再び席に座ると書類を再び捲り始める。
小さく咳き込みつつもスーツの男は何も言わずに首元を何度か軽く擦ると再び口を開く。

「ヴァン、この事は報告するからな」

「どうぞ、ご自由に。君だって分かっているはずだよ。
 その程度の事で彼が僕をどうこうしないって事ぐらいはね。それより…」

ヴァンと呼ばれた男はスーツの男の言葉など気にも留めず、逆に自分の疑問をぶつける。

「君はさっき三人と言ったが、ここには二人分の資料しかないようだけれど?
 これはどういう事かな」

「…もう一人の情報は掴めなかった。別に隠している訳でも何でもない。
 あの女とやりあったのが、そこにある奴かどうかさえ怪しいんだからな。
 だが、生き残った者の情報から、あの場に居たのは二人。
 その内の一人はそいつで間違いないらしい。
 そこから、うちの諜報部が色々と動き回って更に詳しい事を…」

「そんな事はどうでも良いんですよ。僕が興味あるのは、僕を楽しませてくれるのかどうかという事だけ。
 それで、どうなの?」

ヴァンは目を通していた書類を再びテーブルの上へと放り投げる。
資料に一瞥くれると、男はヴァンの問い掛けに答える。

「…詳しい事は分からないが、そいつの使う剣は御神らしい」

「へぇ、音に聞こえし古の剣術使い。未だに生き残っていたとはね。ああ、人喰い鴉もそうだったか。
 くすくす。良いね〜、久しぶりに楽しめそうだよ」

「楽しむのは構わないが、きちんと任務は遂行してくれよ」

「ああ、分かっているさ」

クスクスと笑うヴァンを、内面ではどう思っているのかは兎も角、表面状は無感情で見下ろし、
男は必要な事だけをさっさと告げようとする。

「いつものように、必要な物があれば言ってくれ。こちらで用意する」

「……そうだね。それじゃあ、腕の立つ者を三人程度用意できる?」

「珍しいな。いや、初めてか。お前が他の奴の力を借りようとするとは」

「借りる? 違うよ。僕はただ見極めたいだけ。
 この子が僕を本当に楽しませてくれるのかどうかをね」

「…捨て駒という訳か」

非道な事を聞いたにも関わらず、男もまた眉一つ動かす事なく当たり前のように返す。

「そういう事。もし、僕を楽しませるほどの腕でなかったのなら、その三人で充分だろうしね。
 くすくす。ねぇ、高町美由希。君は僕を楽しませてくれるのかな?」

愛しげに書類に添えられていた美由希の写真に指を這わし、ヴァンは舌を出して唇を一度だけ舐め上げる。
再び降りた沈黙は、伝えるべき事は伝えたとばかりに部屋を去る男が、扉を閉めるまで破られる事はなかった。
再び沈黙が降りる薄暗い部屋の中、ヴァンはいつまでもその顔に笑みを浮かべていた。



「殺せない殺人剣の使い手ね。残念だ。本当に残念だよ高町美由希…」

迫る凶刃。
殺す覚悟と殺される覚悟を持ったヴァン相手に、殺さずを貫く美由希は――



「今日のところはこれで引き下がるよ。最後の攻撃、あれは良かった。
 でも、まだまだ覚悟が足りないね。君は怒りに我を忘れた方が本領を発揮できるのかもね。
 ……そういう事なら、君の親しい人に死んでもらおう。
 一人ずつ順番にね。早く僕を止めないと、大変なことになっちゃうよ」

不穏な言葉を残して立ち去るヴァン。
しかし、傷付き、力を使い果たした美由希はそれを止める事はできなかった。



皆伝した今も恭也と続けている深夜の鍛錬。
その帰り道、美由希へと恭也が話し掛ける。

「ここ最近、焦ったり、落ち込んでいたりするようだが何かあったのか」

「う、ううん、何でもないよ」

「そうか」

それっきり二人の間に沈黙が下りる。
それを破ったのは美由希で、何処か思い詰めたような顔で。
だが、それを言葉にするよりも前に、大きなサイレンの音が美由希の出鼻を挫く。

「消防車か。何処かで火事でもあったか」

何気に呟いき、本当に意味もなくふと視線をとある一転に向けた恭也は眉を顰める。
僅かに立ち昇って見える煙。
その先にあるのは。

「さざなみの方だな」

ただそう洩らした言葉に、しかし、美由希には過剰に反応して走り出す。
後ろで恭也の呼び止めるような声が聞こえるも、構わずにただ嫌な予感を振り払うように。
全力で走り、辿り着いた先には無事なさざなみ寮の姿。
火事は他の場所で起こったらしく、追いついてきた恭也が相変わらずの美由希の早とちりに苦笑いを零し、
美由希は恥ずかしげに何とも言えない曖昧な笑みを浮かべる。
そう、いつもと似たような感じに。
自分が恥をかくことにはなるけれど、今この胸を襲う嫌な予感が当たるよりはずっと良いと。
だが、残酷にも辿り着いた美由希が目にしたのは炎上するさざなみ寮。
そればかりか、そこから今しも救急車へと運び込まれるのは何よりも大事な親友の姿。

「那美さん!」

「……み、美由希さん?」

駆けつける美由希の声に、気を失っていた那美の目が薄っすらと開かれ、
傷だらけになりながらも小さく微笑む。
しかし、すぐにまた気を失う。
那美の体に縋り付きそうになる美由希を、周りにいた隊員が止める。
大丈夫だからと声を掛けて救急車に乗り込む。
サイレンの音を立てて小さくなるその影を呆然と眺める美由希の元へ、こちらも傷だらけの耕介が近付く。
耕介だけではない。リスティも真雪もあちこちを傷だらけにしていた。
那美のように重傷ではないものの、決して火事で負うはずのない刀傷を幾つも付けて。
掠れる声で美由希が耕介へと尋ねる。

「な、何が……あったんですか」

ようやく追いついた恭也も、現状を見て耕介に顔を向ける。
耕介だけでなく、真雪やリスティも悔しそうに唇を噛み締めながら事の起こりを話し出す。



「私たちがやっている剣術って何なのかな」

那美が入院した病院へ、耕介たちも治療が必要だという事で迎い、
誰も居なくなったさざなみ寮のあった敷地内。
そこで、美由希は焼け跡にただ立ち尽くし、涙で濡れて乾いた頬もそのままに恭也に訪ねる。
急に小さくなってしまったように感じらる美由希の背中へと、
恭也は望む答えを掛けてやる事の出来ない自身へと腹立だしさ感じ、ただ強く拳を握る。
いや、正確には答えてやることは出来る。
だが、それは恭也自身が辿り着いた答えでもあり、
美由希の答えは厳しいようだが自分で見つけなければならないのだ。
だからこそ、恭也はただ沈黙でもって応える。
恭也の沈黙の意味を正しく汲み取った美由希は、ヴァンと名乗る男との事を話す。
狙われたのが自分だったから、迷惑を掛けないように黙っていた事も含めて。



「美由希、今のお前の気持ちで剣を振るえば、それはただ憎しみに取り付かれた修羅の剣と変わらない。
 かつての美沙斗さんと同じだ。
 そんな事を、神咲さんは決して望まないし、美沙斗さんだってそれを知れば悲しむ」

「そんなの分かってるよ。でも…、でも!」

「一度、神咲さんに会って話してみることだな」

恭也の忠告に、しかし、美由希は那美と会う勇気を持てずに逃げる。
折角得た親友を失う恐怖から、また昔のように責められるかもしれないという恐怖から。



「恭也さん、美由希さんは?」

「まだ来てませんか。すいません」

「いえ、私も逆の立場だったら迷うと思いますから。
 美由希さんは今、とっても臆病になってるんだと思います。
 私は全然、気にしてないんですけどね。
 こんな目にあっても、やっぱり美由希さんと友達になれて良かったって思います」

そう笑顔を浮かべて話す那美に、恭也はただ静かに頷くだけだった。



「あぁ、分かってるのか美由希!
 那美の奴だって、お前に会いたがってるんだよ!
 それをいつまでも逃げやがって」

「真雪さんには分かりませんよ。否定されるって事が…」

呟いた美由希の右頬に痛みが走り、そのまま地面に倒れる。
ようやく真雪に殴られたのだと気付いた美由希は、起き上がることもしないまま、真雪をただ静かに見上げる。

「真雪さんだって怒っているでしょう。私に関わらなければ、こんな事にはならなかったんですから。
 私の事を罵って恨んでも構いませんよ。私が剣を握る限り、きっとそういった事ばかりなんですから…」

「本気で言ってるのか。だとしたら、あたしは怒る気にもなれないね。
 もうお前に構うのもやめだ。好きにしろ。あの青年、恭也も報われないな。
 あたしは那美ほどお前ら兄妹に関わってきた訳じゃないからな。
 それでも、那美から聞く話や、お前たちと何度か会っている内に分かった事だってある。
 恭也の奴が、自分の殆どお前の為に使ったってのに。
 肝心のお前は、それか。それがお前の出した結論なんだな。
 もう、用はないよ。邪魔したな」

真雪が立ち去った後も、美由希は起き上がる様子を見せず、ただ天を見上げて腕で目元を覆い隠す。
声も無く泣き叫ぶ美由希。



「嫌われ役、ご苦労さんです。真雪さん」

「はっ。何を言ってやがる耕介。あたしはマジでむかついただけだ」

「そういう事にしておきますよ」

「ふんっ。まあ、でも、本当にあたしは何もしてやれねぇよ。
 実際、あいつら兄妹が立っている世界ってのは、あたしたちじゃ分からないからな」

「それは俺も同じですよ。
 それに、真雪さんの立っている世界だって真雪さんにしか分からないでしょう。
 否定云々で、知佳の事を思い出したんでしょう」

「ちっ。普段はとろいくせに、偶に鋭い奴だなお前は。
 ほら、さっさと戻るぞこの馬鹿」

「馬鹿はないでしょう、馬鹿は」



再び美由希の前に姿を見せるヴァン
闇夜の中に散る火花。
静寂を破るは剣戟。
ぶつかり合うは、憎しみと狂喜。

「いいよ、いいよ。前とは比べものにならないぐらいに良い」

「うあぁぁっ! お前が、お前が!」

何度目かの交錯で、倒れ伏したのはまたしても美由希の方であった。

「ふぅ。まだ駄目か。っ!
 でも、前よりも確実に強くなっているね。
 それでこそ、あの女を襲った意味があったというものさ。
 だけど、まだ満足できない。君の力はこんなものではないだろう。
 打ち合った僕にはそれが良く分かる。まだ怒りが足りないというのなら、今度は……」

ヴァンの言葉に飛び起きるなり小太刀を振るう。
しかし、それをあっさりと躱すとヴァンは美由希から大きく距離を開ける。

「くすくす。三日後だ。三日後もう一度ここで殺し合おう。
 その時になってもまだ僕を満足させれないのなら、また誰かを襲うとしよう。
 今度は君の妹か、上級生のお友達か。もしかしたら、またあの女かもね。
 そう言えば、生きていたんだってね。中々しぶといね。
 そうだね、一層の事今度はちゃんと殺しに行ってあげようか」

「ヴァンっっっ!」

「あははは。それじゃあ、また三日後にね」

美由希によって付けられた傷などないように、ヴァンは楽しそうに闇の中にその姿を消す。
ヴァンが消え去った闇をただ睨みつけ、美由希は一人今にも振り出しそうな空の下立ち尽くすのだった。



病室を遠慮がちにノックする音。
那美が外へと返事を返すと、扉がゆっくりと開かれ、怯えたような美由希が顔を見せる。
その後ろから、そっと背中を優しく押すようにして恭也が入って来る。
恭也に背中を押され、美由希はぎこちなくではあるが那美の前に姿を見せる。

「あ、それじゃあ私は花瓶の水を替えてきますね」

「それじゃあ、俺も花を持ってきたんで一緒させてください愛さん」

「はい、どうぞ」

明らかに二人きりにしようとする恭也と愛に、美由希はただ無言のまま那美の隣に立つ。

「座って美由希さん」

「うん…」

那美の言葉に従い、大人しく椅子に座る美由希。
そんな美由希に那美は嬉しそうに笑いかける。

「やっと来てくれたね。待ってたのに、中々来ないんだもの」

「ごめっ…ごめんなさい、ひっ、ごめんなさ…」

「え、あ、やや。そ、そんなに責めてる訳じゃなくて。み、美由希さん」

行き成り泣き出す美由希を前に那美は慌てるも、美由希はただ首を横へと振る。

「ちがっ、そうじゃ、なくて…。その怪我、わた、わたし…ごめ…」

那美もようやく美由希が泣き出した理由に思い至り、ベッドの上で姿勢を正すと、
涙で顔をくしゃくしゃにしながらこちらの様子を窺う美由希へと手を伸ばす。
びくりと震える美由希の額を、ちょんと軽く突っつくと、那美は少し怒ったように顔を膨らませる。

「それこそ、美由希さんが気にすることじゃないでしょう。
 私をこんな目に合わせたのは美由希さんじゃないんだから」

「でも…」

「でももストもありません。私が違うって言ってるんだから。それとも、私の事も信じられないですか」

その言葉に首を横へと振った美由希に、那美はいつものように笑いかける。

「だったら、大丈夫です。逆に私に関わる事で美由希さんがこういう目に合う可能性だってあるんですよ。
 今ならまだ、引き返せます。美由希さん、私と友達で居る事、やめますか」

「やめない、やめたくないよ。そんな事、気にしないよ」

「ですよね。私だって気にしてません。
 それに、今回は美由希さんが居ない時でしたが、傍に居るときはちゃんと守ってくれるよね」

「…うん。うん!」

そっと手を握って来る那美の手をその上から遠慮がちに伸ばしたもう一方の手で触れ、
強く、強く握り返す。
ぎこちなくではあるが久しぶりに浮かんだ笑顔。
それを真っ直ぐに見据え、那美もまた笑みを見せる。

「やっと笑ってくれましたね。私、美由希さんの笑顔って好きですよ」

「え、あ、そ、そんな。わ、私も那美さんの笑顔好きかな」

照れつつもそう返す美由希に、那美も照れながらも視線を逸らさずにじっと見つめる。
美由希の中にある不安を見透かすような瞳に、美由希は三日後にヴァンとやり合うことを話す。
その結果、自分が負けたらまた害が及ぶかもしれないと。
そんな不安を吹き飛ばすように、那美は握ったままの手に強く力を込め、やはり柔らかな笑みを見せる。

「大丈夫。きっと大丈夫です。小さな頃からずっと、ずっと鍛錬してきたんだもの。
 恭也さんから、その前の何代ものご先祖様が今に、美由希さんに伝えた剣を、自分を信じて。
 必ずしも奪う必要なんてないんだから、美由希さんは美由希さんの思うようにその剣を振るえば良いんだよ。
 恭也さんや美沙斗さんとは違う理由でも、それは間違いなんかじゃない」

「那美さん。でも、負けたら…」

「もし、負けてしまっても、それは少しだけまだ努力が足りなかっただけ。
 だから、気にしないで。それに、私は美由希さんを信じているから。
 どうなっても、絶対に恨んだりしないし、後悔もしないよ」

美由希も那美の手を握り返し、肝心な、もっとも大事な事を見失っていた自分に活を入れる。
御神の剣は守るためにこそ力を、その真価を発揮する。
そして、守るために奪う。けれど、必ずしも奪う訳ではない。
奪う覚悟を持ったからといって、奪わなければならないのではない。
守るために奪う覚悟。守れなかった時に失ってしまうという事実。
どちらしか取れないのなら、守るために奪う。
それが、己の身を汚してでも守るという事。だが、それは最後の最後で構わない。
ギリギリまであがいても良いんだ。
生かすも殺すも己次第。何を守り、何を奪うのかもまた私次第。
それはつまり、何も奪わないというのも私次第。
そんな難しい事を全て無くして考えたとしても、私の願いなんて最初からただ一つだけ。
私はただ、那美さんたちを守りたい。それだけ。



何かを吹っ切ったようにすっきりした顔の美由希へ、那美は変わらない笑みを見せる。
無言のまま見つめ合い、どちらともなく笑い出す二人。
そこへ、恭也たちが戻ってくる。
美由希を一目見て恭也は何も言わずにただその頭に手を置く。
語るべき事は昨日のうちに全て終えたと。
だから、最後の一言を元弟子の為に、安心して挑めるように投げてやる。

「こっちは任せろ。俺たちを関わりを持った人たちには、一箇所に集まってもらうから。
 月村の家なら、全員揃っても問題ないからな。
 だから、お前はお前が思うようにしろ」

恭也の言葉に美由希は深く頷くと、揺ぎ無い瞳で恭也と那美を見つめるのだった。



深夜。
誰も人の来ない山奥で、二人の剣士は静かに対峙する。
美由希の纏う雰囲気の変化に気付くも、ヴァンは言葉なくただ静かに剣を抜き放つ。
それに対峙する美由希もまた、静かに小太刀を抜き放つ。
今、最後となる戦いの幕が開かん。



とらいあんぐるハート タイトル未定



   §§



一体、何が起こったんだ。
それが、今目の前の状況を鑑みて、恭也が真っ先に思い浮かべた事である。
すぐ目の前に、息も掛からんばかりの距離に少女の顔。
瞼は閉じられ、眠っているのか呼吸は至って普通。
少女は恭也の上に乗りかかるようにして、ただ静かに目を閉じていた。
恭也は冷静にと自身に言い聞かせつつ、事ここに至るまでの事を思い出そうと、
時間を少し遡って思い出してみる。



恭也は自室でいつになく真剣な顔で何かをやっていた。
その指先は規則的に動き、その視線は外れる事無くただ一点へ。
部屋に流れるのは軽い電子音。
恭也の視線の先には一台のテレビが。
そして、その手に握るものには幾つかのボタンと十字型キーが着いたコントロール。

「ふむ。これでレベルマックスか。ようやくラスボスの所へといけるな」

呟く恭也の視線はやはりテレビ画面に向かっていた。
ことの始まりは今から二週間ほど前。
忍が半ば強引に貸し出した一つのゲームにあった。
忍自身が嵌ったゲームでもあり、
恭也にもやって欲しいとゲーム機本体とテレビまで付も恭也の部屋に置いていったのだ。
そこまでされては恭也としてもやってみるかとなり、今に至るという訳である。
やり始めると中々に面白く、恭也も中々楽しんでいた。
だが、ここで忍の悪戯が発生する。
ラスボスと闘うにはレベルをマックスである99まで上げないと駄目という嘘を吐いたのだ。
勿論、すぐに嘘だと気付くだろうと忍は思っていた。
だが、言った相手はあの恭也である。
今まで、この手のゲームをまともにやった事のない男。
そして、真面目な男である。
結果、忍の言葉を鵜呑みにして、今日までせっせとレベル上げに勤しんでいたのである。
そして、ようやくレベル99へと到達したのであった。

「ふー、長い道のりだった。しかし、これでクリアできるな。
 しかし、レベルを99まで上げたのに、賢さは40か……」

かなりお馬鹿な勇者であるが、恭也はこういうものかとラスボスの待つステージへと進めていく。
その時、事件は起きた。
何の事はない、ただ大きな落雷が起こったのだ。
だが、同時に停電でも起きたのか、テレビ画面がブラックアウトする。
折角、いよいよクリアかという時に水を刺され、少しだけ憮然とするも慌てず状況を分析する。

(かなり大きな雷だったようだが、この分だと当分は電気は通じないか?)

そう状況を判断し、まだ日が落ちきらない今の内に灯りを用意しようと腰を上げようとして、
恭也の耳は小さなノイズのような音を捉える。
動きを止めて耳に集中すると、やはり気のせいではなくノイズ音が聞こえてくる。
しかも、その音は極めて近く恭也はその音の元がこの部屋だと悟る。
音を辿り視線を向ければ、さっきまでゲームをやっていたテレビ画面から蒼白い雷が発生していた。
まさか、さっきの雷で。
そんな馬鹿なと思いつつも、このまま爆発したら大変だと部屋を出ようとしたその時、
テレビ画面から腕が生えた。
あまりの事態に思わず呆然となる恭也が見守る中、腕から肩、綺麗な金髪が零れ落ち、整った顔が現れる。
そのまま止まる事無く、テレビ画面より少女の上半身が現れ、ついに腰、足と出てくる。
少女の瞳は閉じられ、眠っているのか気を失っているのか、
僅かに宙に浮いた状態でテレビから出てきた少女は、ようやく重力なるものに気付いたとばかりに、
ゆっくりと前方に倒れてくる。
咄嗟に駆け寄って支えた恭也だったが、その足が放り出していたコントローラーを踏み付けてしまい、
バランスを崩して少女と共に倒れてしまう。
結果、少女は恭也に馬乗りするような態勢で、恭也が下から支えるという状況が出来上がるのである。



ようやく事態を理解した恭也であったが、それで好転するはずもなく、
どうしたものかと悩む。
恭也の頬へと少女の背中より流れ落ちた金髪が触れ、くすぐったさに僅かに身を捩る。
と、恭也はここで目の前の少女に見覚えがあると気付く。
何処かで見たようなと考えるまでもなく、すぐに思い至る。
見覚えも何も、ここ二週間ほどよく見ている顔である。
まさかと思いつつ、恭也は首を捻り、部屋の隅に転がる一つの箱を見る。
それは忍から借りたゲームの入っていた箱であり、
そのゲームのタイトル、『ドラゴンブレスV エテルナの姫勇者』の文字が目に飛び込んでくる。
だが、恭也が確認したいのはタイトルではなく、その下。
そこに描かれている、このゲームの主人公である姫勇者ロザリーの個所である。
果たして、パッケージに描かれているロザリーと、今恭也の目の前にいる少女は非常によく似ていた。
姿形が似ているだけではない。
鎧を身に纏い、マントをしているという格好までも。
思わず見惚れる恭也であったが、少女の口元から小さな呻き声が零れ、ゆっくりとその瞳が開かれる。



ゲームから現れた姫勇者ロザリー。
彼女は当然自分がゲーム世界の住人などとは知らず、現実世界でも普段と変わらぬ行動を取る。

「む、箪笥か。……何もないな。こっちは壺か。
 壺は割って中にアイテムがないかを確認しなければ……」

しかも不運(?)な偶然から、恭也はロザリーに婚約相手だと思い込まれてしまう。

「やっぱり、あなたはキョウヤなのだな。
 旅を始めてからずっと誰かに見守られているような視線を感じていたが、それはキョウヤなのだろう。
 私は村で神であるキョウヤと婚約イベントをした。そうであろう」

純粋で気高く、人々を救うことを何よりの喜びとする美しい女勇者。
その行為は全て純粋な善意からのものであり、恭也も頭ごなしに起こる事もできない……のだが。

「ロザリー、やりすぎだ。何処の世界に魔法で国会議事堂を打ち抜く奴がいる」

「だが、あそこは悪の親玉たる魔王が居る城だと聞いた。
 困っている人を助けるのが、私の喜びだ」

現実世界の事を当然ながら何も知らないロザリー。
その行動は、はちゃめちゃにして破天荒。
決して、賢さ40の所為ではないと思いたい恭也であった。

「むむ。キョウヤ! このシュークリームという奴は強いな!」

「強い? ああ、美味いという事か。気に入ったんなら、まだあるから遠慮するな」

「おお、こんなに!」

そこに、言わずもがなのメンバーも集まり、恭也の日常は更なる騒々しさを加速させていく。

「恭ちゃん、婚約って何!? どういう事!」

「きょ、恭也さ〜ん。私は信じていますから」

「あー、ちょ〜〜っと聞きたいことがあるんだけど、恭也?
 あの、姫勇者ロザリーそっくりなコスプレイヤーさんは誰かな〜?」

そこに何かと恭也に難癖を付けてくるお嬢様までが加わり、事態は更にややっこしい方向へと転がり出す。

「この私、冷泉院撫子が直々に声を掛けるなんて事は本来ならありえないのですが、
 まあ、これも生徒会長たる者の務めとあらば仕方ありません。
 決して、あなたと話したいとかではないので勘違いしないように」

そんな日々に頭を抱える恭也の前に、またしても新たな人物が立ち塞がる。

「初めまして。私、世界管理協会巡検士の白金碧空と申します」

果たして、恭也の日常はどうなる!?

とらゆう 〜姫勇者ロザリー現る!!〜



   §§



ここは海鳴市にある私立風芽丘学園。
お金持ちから一般市民まで幅広く生徒の集まる学園。
その昼休みの出来事。
昼食を終えた高町恭也は、最適な昼寝場所を探して校内をさ迷っていた。
今までなら、屋上や図書館と言った具合にいい場所があったのだが、
最近では屋上で昼食を取る生徒が増え、図書館も何故か人が多くなってきた。
故に、新たなる昼寝スポットを探すべく、人の居ない場所を探して南校舎を探索していた。
と、突き当たりにある教室に目が行く。

「第三音楽室? 聞いた事ないな。空き教室か」

丁度良いと恭也は扉を開ける。
それが、全ての始まりだとも知らずに。



「いらっしゃいませ、風芽丘ホスト部へ」

扉を開けた恭也を出迎えたのは、七人の美男子たち。
思わず呆然と立ち尽くす恭也へと、よく似た二人、双子の兄弟ががっかりしたような声を出す。

「「何だ男か」」

見事に揃って同じ事を言う双子に、中央に位置した一際派手な男が窘めるような事を口にする。

「さて、男でもお客さんはお客さんだ」

言って立ち上がると、恭也の肩に手を回してくる。

「さて、どのような者がお好みで?」

「……あー、すまんが説明を求める」

辺りを見渡し、一番まともそうに見える少年、藤岡ハルヒへと恭也は尋ねる。
それを見て、ハルヒは自分の時の事を思い出しながら、ここがホスト部という部である事を説明する。

「はぁ、そんな部活があるとはな。
 すまないが、俺は単に昼寝のできる場所を探していただけだ。
 これで失礼しよう」

肩に手を掛けた男、須王環の腕を除けると恭也は扉に手を掛ける。
恭也が立ち去った扉を、眼鏡を掛けた少年がじっと見詰める。

「鏡夜、どうかしたのか」

環の言葉に、鏡夜と呼ばれた少年は顎に手を当てて考え込むと、やがて口を開く。

「今の人は、高町恭也と言う人物なんだが、彼をうちにスカウトできれば、更に部費が潤うと思わないか?」

「あー、同じ名前だね」

この中で一番年少に見える、しかし、れっきとした風芽丘の三年である少年、
埴之塚光邦は何が嬉しいのか、鏡夜の言葉に全く関係のないことを口にして一人喜んでいる。
それを聞き流しながら、鏡夜は何やらじっと考え込む。
そんな鏡夜の態度に、ハルヒは嫌な予感をひしひしと感じるのだった。





「何故、俺がこんな事を…」

ブツブツと文句を言いながらも、与えられた制服へと腕を通す。

「こんな感じで良いのか?」

いまいち、この着方で合っているのか不安なのか、恭也は鏡を前にチェックをする。
しかし、結局は分からずにそのまま更衣室から出る。

「これで良いのか」

「ええ、上出来です」

鏡夜の言葉に憮然としながらも、恭也は着慣れない服装に居心地が悪そうにする。

「ああ、できればタイはもう少ししっかりと結んでください」

鏡夜の言葉に首元のタイを弄るが、鏡もなく上手く結べない。
それを見かねたのか、近くにいたハルヒがすっと手を伸ばして結んでやる。

「高町先輩、これで」

「ああ、ありがとう藤岡」

「いえ」

言って笑うハルヒに、恭也は思わず見惚れてしまうが、ハルヒの方は不思議そうに首を顰める。
後ろの方では、環が何やら怒鳴っているが、両腕を双子の光と馨に押さえられていた。
それらを無視し、恭也は鏡夜へと顔を向ける。

「で、何をすれば良いんだ」

「そうですね、今日はとりあえず見学しててください。
 それで、彼らの働きぶりを覚えて頂き、明日から実習ですね」

眼鏡を押し上げながら告げる鏡夜に、恭也はそっと溜め息を吐くのだった。





「お疲れ様です、高町先輩」

「ああ。しかし、思った以上に疲れるな」

「まあ、そうですね。というよりも、あの方たちの所為で、必要以上に疲れている気もしますが…」

互いに望んで入部した訳でもなく、超が付くほどの金持ちであるあの六人と違い、
庶民な二人は、何かと通じるものがあったのか、連帯感のようなものを抱き始めていた。

「本当に、同情しますよ高町先輩」

「藤岡にもな」

互いに苦笑を浮かべつつ、肩を落として溜め息を一つ。
時折、一般常識を疑いたくなるような連中といるせいか、恭也やハルヒの苦労は口にするまでもなかった。
連中のブレーキとなるのが、大抵はこの二人という事もあり、連帯感は日増しに強まっていく。

「ああ、そうだ藤岡」

「ハルヒで良いですよ、高町先輩。
 正直、庶民的高町先輩が入って来てくれて、少しは楽になりましたし、事情も他人事には思えませんから。
 そっちの方が、これからもあの人たちを相手にする同盟者同士って感じですし」

「そうか。なら、俺も恭也で良いぞ。
 本当に、ハルヒがいて助かった。本当に金持ちの考える事は分からん」

「金持ちが、というよりも先輩たちが、ですけどね。恭也先輩」

「確かにな」





「なんて愛らしいんだ…。君の前でひざまずき忠誠を誓う僕になってでも、ずっと見ていたい」

ホスト部No.1 2年A組 須王 環(すおう たまき)

「馨……、ああ、なんて可愛いんだ」

「光…」

双子ホスト 1年A組 常陸院 馨&光(ひたちいん かおる&ひかる)

「崇、崇〜〜!」

「…………」

ロリショタ系ホスト 3年A組 埴之塚 光邦(はにのづか みつくに)
それに使える者 3年A組 銛之塚 崇(もりのづか たかし)

「部費は多いにこした事はないからね」

ホスト部副部長にして店長 2年A組 鳳 鏡夜(おおとり きょうや)

財ある暇な少年による、同じく暇を持て余すお嬢様たちをもてなす部。
それが、風芽丘ホスト部であった。

「巻き込まれた俺は良い迷惑だがな」

「まあ、今更何を言っても無駄ですけどね」



このお話は――

「って、オープン前のテーマパークでどうして迷子になるんだ!」

「恭也先輩、それよりも前、前」

「って、蛇ー!! 鏡夜、何だあれは!?」

「うむ、リアリティは大事だろう」

「あははは〜、蛇だよ崇」

「…蛇だ」

「喜んでいる場合じゃ…」

「馨っ! そっちにも蛇が!」

放課後を優雅に――

「お嬢様方、お茶のお変わりはどうですか」

「恭也先輩も大分、慣れてきましたね」

「だからって、お父さんは娘をあげませんよ」

「殿の戯言はおいておいて…」

「確かに、慣れたみたいだね」

「まあ、実家が喫茶店らしいから、元々接客ではそう問題もなかったしな」

「きょうちゃんの計画通りって感じだね〜」

「……策士」

けれど、日々は騒がしく過ごす事となる――

「だから、どうしてお前たちは一つの事をするのに、ここまで大げさにするんだ」

「はぁー。今更、言うだけ無駄ですよ」

「ふっ。すまないな、二人とも。これが生まれ持っての気品の差というやつか」

「まあ、単に暇なのと…」

「金が余っているからで気品は関係ないけれどね」

「これは上手く利用すれば、部費が……」

「崇、崇。あっちに行ってみよう」

「……」

ホスト部へと入部させられた、高町恭也と藤岡ハルヒのお話。

風芽丘ホスト部



   §§



それはある晴れた休日の事だった。
月村邸の広大な庭では、高町兄妹に、居候ズ。
そして、那美と久遠がお茶を楽しんでいた。

「ノエルももう良いから、一緒しようよ」

主人である忍の言葉に少し躊躇うも、結局はノエルはその言葉に甘えて席を同じくする。
暫くお茶を楽しんでいた一同だったが、恭也がここへ呼ばれた本題を切り出す。

「それで、俺たちに見せたいものってのは、何だ?」

「ふふふ。実はね、ちょっと前にさくらがヨーロッパの親戚の所に行ってたのよ。
 そこで、珍しい物を見つけたからって、お土産に持って帰ってきてくれたの」

「ほう。その珍しい物とは何だ?」

忍の言葉に興味深げに聞き返す恭也と、同じく興味をそそられたのか、美由希たちも忍へと注視する。
それらの視線を受け止めながら、忍は少しもったいぶるように咳払いを一つ。

「その前に、皆はノエルの動力源が電気だってのは知っているわよね」

忍の言葉に、何を今更と全員が頷く。
その反応も予測済みなのか、忍はただ笑みを湛えてひとさし指をピンと立てて、
まるで偉い学者が生徒へと説明するように、話し始める。

「電力で動く以上、充電はどうしても必用になるの。
 常々、私はそれを何とかできないかと悩んでいたわ。そんな時、さくらから…」

「お嬢様、流石にあまり焦らすのはどうかと…」

過去へと話が飛びそうになった所で、慣れた感じでノエルが忍を引き戻す。
ノエルの言葉に忍はチロリと舌を出して誤魔化すように笑うと、本題へと移る。

「まあ、早い話、さくらが見つけてきたのは、夜の一族のロストテクノロジーなんだけれどね。
 自動人形の動力をどうするかで悩んでいたのは、何も私だけじゃないって事。
 それどころか、永久に駆動する動力を開発しようとしていた節さえあるのよ」

「つまり、さくらさんが見つけたお土産というのは、その永久機関って事ですか」

美由希の言葉に、忍は小さく肩を竦める。

「うーん、おしいな〜、美由希ちゃん。永久機関はまだ開発されてないのよ。
 でも、莫大なエネルギー、この場合は電気だけれど、それを生み出す装置の開発はかなり進んでいたみたいね。
 殆ど、実現手前って所かしら。言うならば、半永久機関って所かしら。
 少量の電力を内部で増幅して、何倍にもするっていう。
 動力が切れかければ、残った電力をその装置にかけて、必要な分だけ増幅させるっていう」

「それは、常に少量の電力を残すようにすれば、ほぼ永久機関なんじゃないのか」

「まあ、恭也の言う通りなんだけれどね。
 でも、戦闘とかで全力を出して戦っている時にその余力があるかどうか。
 それにね、この装置の一番の問題は、大きすぎるのよね」

「つまり、内臓できないって事ですか」

那美の言葉に忍は頷く。

「おまけに、一般で使われている電気とはちょっと違ってね。
 家電なんかには使えないのよ。これは、装置の内部に付けられている魔力回路によるものなんだけれど…」

「いや、専門的な事は良い。どうせ聞いても分からないから」

恭也に遮られて不満顔を見せるが、すぐに笑みに変わる。

「うふふふ。ねえ、その装置見たくない?」

まるで、子供が新しい玩具を自慢するかのように、見せたくてうずうずしている忍に苦笑を洩らしつつ、
恭也たちは頷く。実際、どんなものかは多少の興味もあるし。
全員が頷いたのを見て、忍は指を一つ鳴らすとノエルに案内するように告げる。
忍の言葉に応え、ノエルは静かに立ち上がると、恭也たちを屋敷の地下へと誘う。

「実は、さくらが持って帰ってきたその装置は、あちこち壊れてたのよ。
 で、直すついでに多少の小型もしてみたって訳。
 これをこのまま研究していって、いずれはノエルに搭載できるようにまでしてみせるわよ!」

好奇心や知的探究心だけでなく、いやそれらよりも純粋にノエルを思う気持ちが感じられて恭也は小さく微笑む。
やや暗がりであったため、それに気付いた者は居なかったが。
同様に、先頭を歩くノエルが浮かべた笑みも誰にも気付かれなかった。

「ここです」

案内されて入った部屋の中には、確かに忍の言うように内蔵するにはやや大きな物体が一つ横たわっていた。
とは言っても、1メートルもないとは思われるが。

「ふふん。元は、直径3メートルの球体だったのよ。
 それを、ここまでに小型化にしたの。
 まあ言っても、古い同じような部品は普通に小型が進んでいたからってのもあるけれどね。
 何せ、作られたのがかなり昔だからね〜」

本人はそうは言うが、恭也たちは改めて忍を凄いと感じる。
特になのはは興味深そうに装置の周りを何度も行き来しながら、じっとその装置を眺めている。

「それで、これはもう稼動しているのか?」

「ううん、まだよ。今から稼動させようと思ってね。
 それで皆を呼んだのよ。という訳で、この新装置、スーパー忍ちゃん機関、略してS2…」

「もう少しましなネーミングはなかったのか」

「もう、いい所で止めないでよ恭也」

「そ、そうか、すまない」

いつにない迫力で睨む忍に、恭也は思わず謝ってしまう。
ふと見れば、ノエルも今にも頭を押さえそうな顔でやや俯き加減になっている。
どうやら、先に聞かされていたノエルも既に恭也と似たような事を口にしたのだろう。
ましてや、ノエルに関して言えば、完全に人事ではないのだ。
これが小型化に実現すれば、自分に内臓すると言われているのだから。

――スーパー忍ちゃん機関搭載、半永久稼動自動人形ノエル

ふいに、そう言ってノエルを紹介される映像がやけにリアルに恭也の脳裏に浮かび上がる。
ふと視線を感じて、いつの間にか下がっていた顔を上げると、ノエルと目が合う。
どうやら、同じような事を想像したらしいとお互いに悟り合うと、共に小さく肩を竦めて見せる。
そんな二人の様子に全く気付かず、忍は大きく咳払いをすると改めて装置へと手を翳す。

「という訳で、この新装置、半永久機関名称未定を稼動するわよ!」

恭也とノエルに言われたからか、さっきとは名前が変わっている装置に、
変わったというよりも、命名を先延ばしにした事に、恭也とノエルは思わず笑みを零す。
忍はそんな二人に気付きながらも、気付かないふりをしてスイッチを入れる。
部屋に重低音が響き、装置が静かに震動を始める。
思ったよりも静かに稼動する機械に、全員が目を向ける先でそれは起こった。
いきなり、機械から蒼白い稲光が噴き出す。
恭也と美由希、ノエルは咄嗟に近くに居るものを引き寄せ、庇うようにする。
だが、その稲光は意志を持っているかのように、恭也たちに当たる事無く、天井ギリギリを掠め、
壁際まで伸びたかと思えば、また引っ込むように縮み、今度は何条もの同じような稲光を発生させる。

「忍、これはこういうものなのか」

「分からないわよ。だって、初めての稼動だもの。
 でも、正直あまりいい予感はしないかも」

「同感だ。忍、あれを止めるにはどうすれば」

「止めるには、装置の下側に付いているパネルを開いて、緊急停止コードを入れれば…。
 って、でもあれじゃ近づけないわよ」

目の前で荒れ狂う稲光を見ながら言う忍に、恭也も頷く。
自分やノエル、美由希でも少し難しいかもしれない。
夜の一族とはいえ、何の鍛錬もしていない忍にあそこまで行けるかどうか。
これが、刃物で防げるようなものなら、恭也と美由希、ノエルで忍を連れて行くという選択肢もあるのだが。
どうするか考え込む恭也の意識を、忍の声が引き戻す。

「恭也、あれ!」

忍が指差すのは、例の装置。
それがどうしたのかと、恭也も装置へと目を向けて動きを止める。
まるで、今にも爆発しそうに、装置からは煙が立ち昇り、稲光が発生している周辺から、
爆発の前兆か、白い光が漏れ始める。

「危ない。皆、外へ…」

恭也がそう言うとほぼ同時に、部屋を白い光が包み込んだ。



「う……んんっ。どうなったんだ…」

目も眩む程の光が収まり、ようやく目が正常に戻った恭也は周囲を見渡す。
が、可笑しな事に、さっきまでは地下の部屋に居たはずなのに、今は周囲に何もない。
いや、何もない事はない。例の装置はしっかりとその場に鎮座しているのだから。
と、恭也はさっきまでの出来事を思い出し、他のものを探す。
が、探すまでもなく、すぐに全員が見つかる。
さっきと変わらぬ位置で、全員が同じように呆然と周囲を見渡していた。

「うちら、忍さんの家におったはずでは…」

「ここは外だよな」

レンと晶が呆然と呟くように、恭也たちの周囲はまるで何処かの野原のように見渡す限り何もなかった。
装置の方は、さっきまでの出来事が嘘のように静かに稼動を続けている。

「とりあえず、忍。あの装置は大丈夫なのか」

「あ、うん。ちょっと見てみる」

恭也の言葉に忍は装置へと近づいていく。
そのすぐ後ろに恭也は続き、何かあればすぐに忍を連れて逃げれるようにしている。
他の者が遠巻きに見守る中、忍は装置の確認をしていき、異常がない事を告げる。

「だとすると、残る問題は……」

「ここが何処かって事だよね、お兄ちゃん」

近くに寄ってきたなのはへと頷き返しながら、恭也は改めて周囲を見渡す。

「本当に何処なんだ、ここは」

「…恭ちゃん!」

呟く恭也へと、美由希が鋭い声で話し掛ける。
それは、剣士としての顔で、既に恭也も気付いており頷く。

「ああ。向こうの方に誰か居る。しかも…」

「戦っているみたい」

恭也と美由希は頷き合うと、ノエルに他の者たちの事を頼み、そちらへと様子を窺いに行く。
暫く進むと、不意に地面が消失していた。
いや、小さな崖となっており、争う声はその下から聞こえてきている。
恭也は美由希に頷くと、静かに気配を殺して近づいていく。
崖の下を覗き込んだ二人は、思わず声を失う。
それは、その下で行われている戦闘が刀によるものだからであり、
その身に纏っているものが、現代の物とは違うからでもあった。





「どうやら、タイムスリップしてしまったみたいね。
 原理は分からないけれど、あの装置が原因になっているのは間違いないわね。
 だとすれば、戻る方法もあるはず。どっちにしろ、こんな何もない所ではどうしようもないわね。
 とりあえず、落ち着けそうな所を見つけましょう」

――現代へと戻るため、改めて装置を点検する必要性が生じる中



「追い剥ぎなんか、テレビでしか見たことねぇぞ」

「確かにな。でも、アンタにはお似合いやないか」

「てめぇ、サル山のボス猿とか言う気だろう」

「ふっ、少しはかしこうなったみやいやな。チンパンジーに格上げしたろうか?」

「てめぇ。猿に謝れ!」

「って、意味分かって言ってるんか、このアホザル!」

「二人とも、やめなさーい」

「「だって、なのちゃん」」

「だっても何もありません! お兄ちゃんたちが居ないときに、しかもこんな状況で喧嘩は駄目でしょう!」

「「ごめんなさい」」

「分かれば宜しい」

「てめぇら、完全におちょくっているだろう、えぇ!
 おい、こいつらの身ぐるみを剥いで、俺たちの怖さを教えてやれ!」

――そう簡単に物事が進むはずもなく



「あまり過去に干渉するのは良くないとは思うんだがな…」

「でも、見捨てる事も出来ないしね」

「お、お前ら、何者だ」

「特に名乗る程の者でもないが、強いて上げるのなら……」

「通りすがりの旅の剣士よ!」

――色々な出来事に巻き込まれ



「分かりました。神の名を語り、苦難を押し付ける悪霊の退治は私に任せてください。
 時代は違えど、私は神咲の退魔士です。事情を知った以上、放っておく事は出来ません」

「微力ながら、私もお手伝いさせて頂きます」

「くぅ〜〜ん」

――立ち寄る先で起こる事件に首を突っ込んだり



「危ない所をありがとうございます。もし宜しければ、お名前を」

「高町恭也、内縁の妻忍ちゃんと、そのお仲間たちだ!」

「誰が内縁の妻なんですか、忍さん!」

「だったら、私は愛人で」

「ああ、那美さん何を。だったら、私は妾で!」

「美由希ちゃんまで! それなら、うちは…」

「おめぇなんか、ペットで充分だ。俺は…」

「猿は家来で充分やろう」

「あ、あはははは。えっと、妹です」

「は、はぁ」

――だが、そんな状況でも



「何かこうやって旅をしていると、諸国を正して回るどこぞの偉いご隠居さん気分になるわね〜」

「だったら、恭ちゃんがご老公かな?」

「じゃあ、お姉ちゃんやノエルさんがお供の人たちだね」

「オサルは食べる役って所か」

「んだとー!」

「あはは。それだと、私や久遠はどんな役なんだろう」

「うーん、お色気担当は私として、やっぱり町娘?」

「それって、酷い目にあうって事ですか」

「……ご老公。悪くないかもな」

「くぅ〜ん」

――彼らはいつも通り、どこか呑気だった。

事態の深刻さに気付いているのか!?
果たして、彼らは無事に現代へと戻れるのか!?

戦国高町隊 〜何処の時代に飛んだのかは不明編〜



   §§



「夏! それは暑い季節。
 人々は海へ、山へと出掛けていく!
 だぁぁが、しかぁぁしぃぃぃ。
 この熱い季節にこそ、人々はまるで何かに導かれたかのように、一つの場所へと集まるのだよぉぉぉ。
 分かったかね、マイブラザー」

「お前の言いたい事はよく分かってた。が、とりあえず一つ。
 さっさと今日のために用意した小銭を用意して、準備を手伝え」

熱く語る眼鏡の男へと、和樹は疲れたような顔を見せながら、ダンボール箱から本を取り出して並べていく。
他にも無数の長机とパイプ椅子が所狭しと並び、それぞれの場所で和樹と同じように何かの準備をする人達。
これから、ここで一つの大きなイベントが行われるのである。
和樹たちは売り手として参加し、その為の準備をしているのだった。



「……凄い人だな」

ようやく建物の中へと入った恭也は、中を見て更に驚く。
何処から来たのかと思うほどの人、人、人の波。
知らず足を止めた恭也の手を、彼の末の妹が引っ張る。

「お兄ちゃん、早く、早く」

「ああ、分かったからそう引っ張るな。しかし、これだけの中から忍の奴をどう探せば良いんだ」

「忍さんはコスプレイヤーとして参加するって言ってたから……。
 お兄ちゃん、あっちだよ」

手元のパンフレットを見て、それから頭上に所々付いている番号を見てなのはが一角を指す。

「うん? 一旦、出るのか」

「うん。出るというか、違う区画に行くんだけどね」

人の多さにはぐれてしまわないように、なのはの手をしっかりと握って恭也はなのはの指差した方へと向かう。
そもそもの事の起こりは数日前に遡る。
忍からの電話に出た恭也は、今日この日の予定を空けておくようにと言われたのだ。
何でも、大学で知り合った新しい友人に誘われて何かに出るので見に来て欲しいとの事だった。
特に予定もなく、それを了承した恭也は、一緒に忍に誘われたなのはとこうしてここに居るのだった。
そんな回想をする恭也へと、なのはの声が届く。

「お兄ちゃん、ここだよ。ここがコスプレ会場」

「ここか」

なのはに連れられて中へと足を踏み入れた恭也は、自分が何処に迷い込んだのかと一瞬考えてしまった。
普段、町を歩いていては見ることの出来ないような衣装を来た人々が、そこには何人もおり、
楽しそうにカメラの前でポーズを取っていた。

「これがコスプレか。仮装のようなものか」

「うーん、ちょっと違うんだけどな。
 あ、それよりも忍さんを探さないと」

なのはの言葉に恭也が周囲を見渡すが、この付近には居ないらしく、忍の姿は見えなかった。

「もうちょっと奥の方に行ってみるか」

「うん」

なのはは楽しそうに周囲を見渡しながら、恭也を見上げる。

(うーん、お兄ちゃんにも今度コスプレさせたいな。
 忍さんにお願いして、手伝ってもらおうかな)

妹がそんな事を考えているとは思いもせず、恭也は会場の中を歩く。
と、少し大きめの人だかりが出来ており、そこから目当ての人物の声が聞こえてくる。

「もう、しつこいわね!」

何かのトラブルかと恭也となのはは顔を見合わせると、その声の主の元へと足を向ける。



「うーん、忍ちゃん、似合うよ〜。やっぱり、俺の目に間違いはない。なんてね、にゃはは」

学生服を来た女の子の言葉に、忍は少し照れたようにはにかむ。

「玲子さん、本当に変じゃないですか?」

「そんな事ないない。よく似合ってるよ〜。
 それにしても、凄く上手に縫ってるわね、これ」

「ええ。ノエルはこういうも得意ですから」

「うわー、ここなんか凄い細かい。うーん、良かったら今度、教えてもらえないかな」

「別に良いと思いますよ。一応、ノエルに聞いてみます」

「うん、お願いね」

二人はそこで会話を打ち切ると、更衣室を出て会場となっている区画へと場所を移す。
暫くは玲子の顔見知りと挨拶をしていたのだが、
数分後には何人かのカメラを持った人たちに頼まれて、撮影のためのポーズを取っていた。
昼を少し回った頃、忍は時間を気にするようにしては、会場内をキョロキョロするようになる。
それに気付いた玲子が、口元に怪しい笑みを浮かべて近づく。

「忍ちゃ〜ん。さっきからキョロキョロして、愛しい王子様でも探しているのかな?」

「ち、違いますよ。別に恭也を探してなんて…」

「おやおや〜。誰も高町君だなんて言ってないよ〜」

「もう、玲子さん!」

「にゃははは、怒らない、怒らない」

そうやってふざけ合う二人の元へ、新しい撮影者がやって来る。
それに答えてポーズする二人だったが、この二人は今までの者たちとは違い、
忍と玲子に写真を送るからと、住所や電話番号などを聞き出し始めたのだ。

「だから、そういうのは教えられませんって」

「良いじゃないですか」

「そうそう、そんな事を言わずに」

「もう、君たちしつこいよ! 他の人たちにも迷惑が掛かっているでしょう」

「だったら、電話番号だけでも教えてくれよ」

「そしたら、すぐに大人しくなるからさ〜。何だったら、この後何処かでお茶でも良いけど」

あまりのしつこさに玲子が怒るよりも先に、忍の方が声を荒げる。

「もう、しつこいわね! ああー、もう本当に疲れるわ。
 はっきりと断られているのが分からないの。そのぐらいは理解できると思ったんだけどね。
 あのね、あなたたちのような人が居ると、普通に楽しんでいる人たちに迷惑なの。
 分かったら、さっさと消え…むぐむぐんんっ」

消えろと冷たい声で言おうとした忍の口と、その目が後ろから近づいた人物によって防がれる。
忍は仲間が居たのかと、周囲を注意していなかった自分を呪いつつ、必死に振り解こうと暴れようとするが、
その手の感触が馴染みあるような気がして少し大人しくなる。
そこへ、忍の想像通りの声がその耳に届く。

「落ち着け、忍。…もう大丈夫か」

小声で囁かれた言葉に、忍は自分の瞳の色が変化しかけていたのだと気付き、
すぐに心を落ち着かせると小さく頷く。
それを受けて恭也は手を除ける。

「まったく、もうちょっと周囲の状況を考えてから行動するようにしないと駄目だぞ」

「でも、私は悪くないし」

「誰も忍が悪いとは言ってないだろう。
 で、俺の友人になにかご用ですか」

忍を背後に庇うようにしながら、恭也は普通に問い掛ける。
大よその事情は悟っていたが、最初から見ていた訳ではないのでやんわりと尋ねたつもりであった。
ただし、その顔は知らぬ者が見ればどこか怒っているようにも見え、
おまけに無表情のままに少しも笑っていない。
恭也自身は睨んでいるつもりは欠片もないが、その鋭い目に思わず睨まれているように思える。
隣で見ていたなのはは、恭也が純粋に問い掛けていると理解したが、
目の前の男たち二人はそう受け取らなかったらしく、一目散に逃げて行った。

(あーあ、ご愁傷様)

思わず心の内でそう呟くと、なのはは不思議そうに男たちの去って行く方を見やる兄を苦笑して見上げる。
そこへ、玲子が片手を上げて近づいてくる。

「ごめんね、高町君。助かったわ」

「いえ、自分は何も」

本当に何もしていないのだから、恭也としてはこうとしか言えず、
玲子もなのはと同じように苦笑を洩らすと肩を竦め、

「本当にああいった連中のせいで、またコスプレが禁止になったらどうするのよ」

去っていた男たちに憤慨して見せると、恭也の後ろで少し顔を赤くしている忍をからかうために近づく。
それに気付いた忍は身構えるが、それを意にかけずに近づくと、その耳元で囁く。

「いやいや、お姫様のピンチを救う王子様ですね〜。忍ちゃんも惚れ直したんじゃないの〜」

「玲子さん!」

「きゃぁ〜。高町君助けて〜」

自分を巻き込んでふざける玲子へと、恭也は深い溜め息でもって応えるのだった。



あの後、忍たちと一緒に会場内を行動していた恭也だったが、ふと気が付くと一人になっていた。

「はぐれたのか」

どう見ても、それしかないのだが、恭也は至って落ち着いて周囲を見渡す。
しかし、見える範囲に忍たちの姿はなく、仕方なく恭也は適当に歩き始める。

「この辺りは比較的空いているかな」

少しだけましになった人込みに僅かに安堵すると、恭也は何気なく足を止める。
ここならば、止まっても迷惑にはなるまいと。
が、立ち止まった瞬間に強い視線を感じ、思わず周囲を見渡す。
だが、周囲には見知った顔はなく、だが視線だけは感じる。
もう一度見てみるが、こちらを見ているような人は何処にもいない……いや、一人居た。
その人は椅子に座り、じっと恭也へと視線を注いでいた。
すぐ目の前で。
どうやら、この女の子の目の前で立ち止まった事により、この子の本に興味を持ったと思われたらしい。
さっきまで忍たちと共に行動していた事もあり、恭也はここで行われているイベントを大体で把握していた。
しかし、目の前の女の子は何を言うでもなく、ただじっと見上げてくる。
今までの所では、手にとってくれとか、買ってくれと色々とアピールがあったのだが。
もしくは、自分が怖くて声を掛けれないのだろうか。
そこまで考え、恭也は怖がらせてはいけないと、極力笑顔になるように気を付けながら、
少女へと話し掛ける。

「えっと、見ても良いですか」

「えっ!?」

恭也の言葉に少女は驚いた様子で恭也をじっと見た後、左右を見渡して、
自分に言われたのだと把握すると、小さく一度だけ頷く。

(ここまで怖がらなくても良いのに)

少女の態度に少し傷付きつつも、恭也は本を手に取る。
別に興味があった訳ではない。
ただ、怖がらせてしまったかもという思いから、声を掛けただけであった。
しかし、恭也はその少女の本を開き、思わずその本に惹きつけられる。
普段、なのはたちが読むような漫画の絵とは違うタッチで、細かい所まで描かれている絵。
そして、その話に。
じっと不安そうに見詰めてくる少女に気付く事無く、最後まで読み終えた恭也はようやく少女の視線に気付く。

「あ、すいません。つい面白くて、最後まで読んでしまいました。
 えっと、これください」

「あ、ありがとうございます」

恭也の言葉に少女は嬉しそうに恭也からお金を受け取る。
と、恭也は手にしたのとはまた別の本があるのに気付き、そちらも手に取る。

「えっと、これも良いですか」

「あ、はい」

他のものも読んでみたいと純粋に思った恭也は、少女の所に並べられている本を全て手に取る。
それの代金を払った恭也へ、少女は机の下から何やら取り出す。

「あの、良かったらこれを」

「これは?」

「昔に書いたものです」

「あ、じゃあ、代金を」

「いえ、これは差し上げます」

「でも、それは悪いですから」

「…良いんです。その、面白いって言ってくれたのが嬉しかったから」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」

言って恭也は少女から本を受け取る。

「それにしても、こういうのを描けるなんて凄いですね」

「そ、そんな事はないです」

「いえ、何かを生み出せるというのは、それだけで凄いことですよ。
 それに、あなたの描いた漫画は本当に面白いです」

「あ、ありがとうございます。良かったら、また来てください」

「はい。あ、俺の名前は高町恭也と言います。長谷部さん」

「どうして、私の名前…」

言いかけた少女は、恭也が本を開き、一番最後のページ、奥付を見せる。
そこに少女の名前が書かれていた。

「俺だけ名前を知っているというのもあれから。それじゃあ、また」

「はい、お待ちしてます、高町さん」



――些細な事から始まった出会いは、

「にゃははは。高町君に売り子してもらえば、更に売上があがるかもね」

「玲子さん、それは流石にどうかと…」

――やがて、更なる出会いを導いていく。

「ぱきゅぅぅ、和樹さん、さっきの人は誰ですの?」

「うん? ああ、高町と言って、俺の学校の後輩だよ」

「マイブラザーと共に、世界征服を目指す仲間といった所か」

「いや、世界征服は一人でやってろよ、大志。って、どうかしたのか、すばる?」

「むむ。強者は強者を知るのですことよ」

――新たに吹く風は、

「いやー、兄ちゃんがまさかあの草薙まゆこの知り合いとはな〜。
 で、生原稿を見せてもらえたりせんやろうか」

「お、おい、由宇。高町が困っているって」

――どんな芽を育み、

「あ、あなたはこの前の…。高町さん」

「はい。また来ました」

「あ、これ新刊です」

――どんな花を咲かせる事になるのか。

「おぉぉ。良いで、良いでー! これはネタになるでーー!」

「って、あんた達、一般人である高町くんたちまで変な道に誘い込むなー!
 和樹、あんたも止めなさいよね! 高町くんまで私みたいにする気」

「み、瑞希、落ち着けって。その前に、私みたいって、お前もこっち側に染まったって自覚はあったんだな」

「うっ!」

――この出会いがもたらすものとは。

こみっくハ〜ト プロローグ 「集え熱き魂の祭典!」



   §§



秋も深まりつつある11月のとある休日。
恭也の姿は電車で数駅行った先にある街にあった。
どこか疲れたような表情を見せて、呆れたように元気な友人の一人を見遣る。
同じく、恭也のようにやや疲れた顔を見せるもう一人の友人も、その友人を見遣り、二人は揃って溜め息を吐く。

「要平、俺はいい加減に帰りたい気分だぞ」

「奇遇だね。僕も全く同じ気持ちだよ」

二人は共に同じ気持ちを抱きつつ、改めて残る一人、柳篤史へと視線を飛ばす。
疲れた顔を見せる二人とは別に、篤史は一人元気に二人から離れた場所で誰かに話し掛けていた。
それをぼんやりと眺めていると、やがて柳はその女性に手を振ってこちらへと戻ってくる。
が、その顔は落胆の色が濃く、やって来た篤史へと静上要平は遠慮の欠片もなく断言する。

「断られたんだな」

「うぅ、うるさい! そもそも、お前たち二人が傍に居ればナンパの成功率ももっと上がるというのに」

憤慨する篤史の言葉はいい加減聞きなれたもので、恭也たちはさらりと聞き流すと、帰るように促す。
しかし、篤史は素直に応じず、寧ろナンパをしなかった二人へと文句を並べ出す。
すったもんだの挙句、要平が声を掛けるという事で何とか落ち着かせた二人だったが、
篤史に見えない所で申し合わせたように、再び溜め息を吐くのだった。
この時、この後に起こる事を知っていたのなら、恭也は必死になって要平を止めたであろう。
だが、後悔とは得てして後でするものなのである。
この時の恭也が、早く帰りたいために要平にさっさと声を掛けて断られるように促したとして、
誰が彼を責められるだろうか。
結論から言えば、要平が声を掛けた人物が悪く、三人の良く知る、それでいて最悪な相手であった。

「ふふふ、三人揃って中々楽しい事をしてるわね」

「先輩……」

げっという顔を咄嗟に隠し、要平は半笑いでそう口にする。
今、三人の目の前に立つ長く綺麗な髪を背中に流し、堂々と立っている女性は、
恭也たち三人のクラスメイトにして、病気による留年で先輩でもある人物、稲山優奈その人であった。

「んふふふふ〜」

優奈は本当に楽しそうに三人をじっくりと見ると、これまた楽しそうに口を開く。

「さ〜〜って、この事を白バラ会に報告したら、どうなるかしらね〜」

優奈の言葉に要平たちは顔を顰め、言葉を無くす。
白バラ会、それは三人が通う学院の生徒会の別名であった。
その権力は強力で、教職員でさえもおいそれと口出しは出来ない。
厳しい院則の取り締まりも白バラ会の仕事の一つで、三人は、主に篤史の所為ではあるのだが、
何かと騒動を起こしては目を付けられているのであった。
因みに、この白バラ会は会長を支える二人の者と合わせて計三名おり、
白バラ三聖女として学院の男女を問わずに慕われている。
ともあれ、恭也たちとすれば、この様な自体が白バラ会の耳に入り、
説教をもらう事になるのは何としても避けたい事態であった。
必死に優奈にこの件を黙っていて貰えるようにと、口止めを頼む三人の姿がそこにはあった。



あの休日から数日後の休み時間の時、いつにも増して騒がしい雰囲気に恭也は首を傾げる。

「要平、何か騒々しくないか」

「まあね。ほら、今日は白バラの騎士の候補者が発表されるだろう。
 それの張り出しを皆、見に行ってるからじゃないかな」

「そう言えば、そうだったな。今年は立候補者もなく、確か生徒会長の嘉手納さんの推薦だったか」

「そういう事。何せ、全校の憧れとも言える嘉手納お嬢様が推薦するぐらいの人だ。
 一体、どんな人物なのかと、皆、興味津々ってわけ」

二人の会話に篤史も加わり、いつものように三人での会話が始まる。

「まあ、白バラの騎士というのは、この学院で唯一、生徒会長と同じ権限を持ち、会長に意見できる立場だからな。
 いやが上にも注目されるわけだな。で、二人はもう見に行ったのか」

「まだだよ。今は混雑してるだろうし、後でゆっくりと見に行こうと思ってる」

「まあ、そういう事だ。その後、その候補者の顔でもちょっと覗きに行こうぜ」

「まあ、それはどっちでも良いけどな」

篤史の言葉にそう返すと、今度は要平が話を振る。

「正式に白バラの騎士になるのは、確か文化祭の12月24日だったっけ?」

「確かそうだったと思うぞ。まあ、嘉手納さんが推薦したというのなら、ほぼ決まりじゃないのか」

恭也の言葉に二人とも頷き、この話はここでお終いとなった時、三人の元へ優奈がやって来る。

「あれ? 思ったよりも普通ね」

「先輩、何を言っているんですか。と言うか、その視線は恭也に行っているみたいだけど」

「うん? 俺に言ったのか。一体、何の話だ」

いまいち意思の伝達が上手く出来ていないなと優奈は眉を顰めるが、すぐにその理由に思い当たる。

「ああー。もしかしなくても、まだ白バラの騎士候補の張り出しを見てないんだ」

怪しげな笑みを浮かべる優奈に、三人は嫌な予感をひしひしと感じ、
その視線を、笑みを最も浴びている恭也が口を開く。

「あー、優奈先輩、もしかして…」

「んふふふ〜。秘密♪ その方が楽しいじゃない」

「楽しいのは優奈先輩が、でしょう」

恭也が疲れたような声を出した瞬間、校内放送を知らせる合図が鳴り響く。

「あ、もしかして氷澄かも」

「嘉手納さんが?」

「うん。白バラの騎士の発表でもするんじゃない」

優奈の言葉に、要平がそれはないだろうと口を挟む。

「今まで、白バラの騎士の発表は掲示板に張り出しだったじゃないですか」

「うーん、でもあの子、今までにない事を目指しているじゃない。
 それに、自分が推薦したんだから、自分の口でとか考えそうじゃない」

優奈の言葉に恭也たちは反論する言葉を持たなかった。
嘉手納氷澄に関しては、そんなに深い関わりがある訳ではないのだ。
文武両道にして、多くの者たちから慕われる人物。
その程度しか知らない。それに対し、優奈は昨年の白バラの騎士として、
今年で二期連続の生徒会長となる氷澄の傍に、昨年一年は居たのだから。
だから、優奈がそう言うのなら、そうなのかもしれないと三人は放送の内容へと耳を傾ける。

「白バラ会からのお知らせです。
 来る文化祭に向けて、白バラの騎士候補の発表をします。
 2−D、高町恭也くん。白バラ会会長、嘉手納氷澄は君を推薦します。
 つきましては、詳しい説明を放課後に行いたいので、生徒会室まで来てください。以上」

放送が終わっても数秒、恭也は教室内のスピーカーをじっと見詰め動けないでいた。
可笑しそうに笑いを堪える優奈を見て、次いで要平、篤史と視線を移すと、ようやくゆっくりと口を開く。

「聞き間違いか」

どうやら、自分の中でそう結論が出たらしく、
恭也は何事もなかったかのように机に突っ伏して居眠りとしゃれ込もうとして、

「いや、そんな訳ないよ。だって、僕もはっきり恭也の名前が聞こえたから」

「ああ、間違いなく高町恭也って言ってたね。しかも、ご丁寧にこのクラスまで指定して」

二人の友の言葉に眠るのを止め、暫し考えた後、恭也はようやく小さく頷く。

「同性同名か。まあ、そんなに珍しい名前でもないしな」

そう呟くと、再び眠る態勢を取ろうとして、今度は篤史に止められる。

「まあ、落ち着けって恭也。同姓同名かは置いておいて、放課後に来いって言ってるんだ。
 そこで断れば良いんじゃないか」

「それもそうだな。まあ、多分同姓同名の人違いだろうが、行って断るぐらいなら大して手間でもないしな。
 ふぅ、これで一安心だな」

本当に安堵したかのように一息吐くと、今度こそと眠ろうとするが、その襟首を優奈に掴まれる。

「……優奈先輩、離してもらえませんか」

「ええ、良いわよ。でも、私の話を聞き終えてからね」

笑顔でそう恭也へと告げた優奈は、恭也の返事を待たずに話し始める。

「このクラスに高町恭也は一人しかいないからね。勿論、今私の目の前に居る人物のことよ。
 で、氷澄の叔父さんがこの学院の理事長だって知ってる?
 更に、その理事長は氷澄には特に甘くて、大抵の事なら聞くし、
 もし氷澄に恥の一つでもかかせるような輩が居たら…。ねぇ」

「つまり、これだけ大々的に会長自らが恭也を推薦したと全校生、
 いや、今この学院に居る生徒や先生に知れ渡った今、それを断ると…」

「そう。氷澄の推薦を蹴って、氷澄を辱しめたと取られかねないわよ。
 さっきも言ったけれど、かなり馬鹿可愛がりしてるから」

「……よくて停学、悪くすれば退学もあるってか?」

要平の言葉を補足するように説明する優奈に、篤史がはっきりとした事を口にする。
それに優奈は曖昧な笑みを見せるも否定はせず、三人は揃って恭也を見詰める。

「…………俺に退路はないじゃないか」

憮然と呟く恭也へ、要平と篤史は同情的な目を向けるのだった。



放課後、生徒会室へとやって来た恭也は、そこで白バラ三聖女と対面を果たす。
断れないものと悩む恭也に対し、意外なところから助けの声が上がる。
それは他でもない、会長の嘉手納氷澄以外の二名、天野瀬華音と御堂橋純の白バラ三聖女の二人からだった。
声に出して二人を応援する訳にはいかず、心の内で二人の言葉を応援する恭也だったが、

「その事は既に話し合っただろう。私が決めた事だ
 それに、既に発表をしたんだ」

そう断言し、二人の意見を取り合わなかった。
恭也も口添えして、考えを改めるように進言するが、それに対して背後より新たな声が掛かる。

「残念だけれど、私も恭也を推薦したのよ。だから、票の上では2対2の同票ってわけ」

そう言って入って来たのは、要平と篤史の二人を従えた優奈であった。
確かに、まだ白バラの騎士の交代は行われておらず、優奈は生徒会へと関われる立場である。

「……という事は、初めから優奈先輩の企みなんじゃ」

疑わしそうに見詰める恭也に、優奈はそれはないとはっきりと否定する。

「そんな個人的な趣味で、こんな大事な事は流石に決めれないわよ」

「それもそうですね。ところで、どうして要平たちが」

「彼らは、私が連れてきてもらえるように頼んだんです。
 日曜日の件でね」

何処からか情報が漏れたらしく、その件での説教で呼ばれた二人は後に回し、
先に恭也の件からと、氷澄が口を開く。

「しかし、私も反対者が居る状況で無理に自分の意見だけを通そうとは思っていない。
 そこで、高町くんには試験期間として、来週から暫くの間、生徒会の仕事を手伝ってもらいたいんだ」

氷澄が言うには、二人の反対もあり強引に決定せずに、この試験の間に恭也の人となり、
そして、仕事ぶりを評価して改めて決めるとの事であった。
どちらにせよ、断れば停学や退学かと思っている恭也に否定する事も出来ず、
こうして恭也は来週から生徒会の手伝いをする事になるのだった。

「まあ、言うなら白バラの騎士候補の候補って所ね。
 しっかり頑張りなさい、恭也」

「頑張れば、白バラの騎士になってしまうではないか」

誰にも聞かれないように洩らす恭也であった。



「氷澄お姉さまに馴れ馴れしくするなっ!」

純の放った正拳突きを恭也は左腕で受け止める。
受け止めるも、その一撃の重さに思わず眉間に皺を寄せる。

(これはなかなか。重さはまだ及ばないが、早さに鋭さだけなら巻島館長に匹敵するんじゃないのか)

自分よりも年下の少女を見下ろし、恭也はその将来性に思わず口元を綻ばせる。
しかし、自分の正拳突きを受け止められて純にしてみれば、それは自分の未熟さを笑われたと取っても仕方なかった。
実家の空手道場では、警察の段持ちに稽古を付ける事もある自分の拳を止められたのだから。

「くっ! このぉぉっ!」

拳を納め、半歩下がってから上段蹴りを繰り出すも、これも簡単に止められてしまう。

「うぅぅ。高町のばか!」

とうとう、捨て台詞だけを残して純は走り去ってしまう。
その背中を見詰めながら、恭也は悪い事をしたと少しだけ反省するのだった。



「全国模試を受けたんですか、天野瀬さん」

「ええ。高町くんは受けなかったようね」

「ええ。えっと、結果とかを聞いても?」

「別に良いわよ。はい、これ」

言って華音は模試の結果が書かれた紙を無造作に恭也へと渡す。
それに興味を持ったのか、要平と篤史も近づき、恭也の後ろからそれを覗き込み、

「……全国1位」

「しかも、八教科の合計が800点って」

「それって、全教科満点って事かよ」

驚く三人の様子など気にも留めず、華音は黙々と書類の整理をするのだった。



「それにしても、恭也くんも大変な事になったね」

「まあな。僕は殆ど人事だけど」

「でも、少しはお手伝いするんでしょう、ようくん」

「うん。手伝いが必要な時はね」

「えへ〜、恭也くんには悪いけれど、ようくんが選ばれなくて良かったよ。
 選ばれていたら、帰るのが遅くなって一緒に帰れなくなるもんね」

言いながらみそ汁を啜る幼馴染の小夜子の言葉に、要平は全くだと相槌を打つ。
夕食の席にて、ここ静上家でいつものように夕食を作りに来た小夜子と楽しげに話をする要平。
そんな二人を、憮然とした表情で見遣りながら、恭也は食卓の上で醤油を探す。

「優奈先輩、醤油を取ってください」

「はいはーい。先に使わせてね」

「どうぞ」

「あ、恭也。使い終わったら俺にも貸してくれ」

目の前で醤油が回されていくのを見ながら、要平は小さく溜め息を吐く。

「いや、もう慣れたから良いんだけどね。どうして、先輩たちが家にいて普通にご飯を食べているんですか」

「いつものことじゃない」

「そうですけど、今日はまた急じゃないですか。小夜子だって準備に困るだろうし」

「大丈夫だよ、ようくん。買い物する前に連絡は貰ってたから」

「そういう事よ、要平。そこんところはぬかりなしよ」

そう言って笑う優奈に、何を言っても無駄だと要平もご飯をかき込む。
実際、偶にではあるがこうして要平の家で一緒に夕食というのは珍しくはないのである。
ただ、今回は急すぎると思った要平だったが、どうやら小夜子は先に連絡を受けていたらしい。
となれば、自分もこれ以上言う事はないと口を噤むのだった。

「で、どう、恭也? そっちは慣れた?」

「どうでしょうかね。まだ分かりませんよ」

「それもそっか。まあ、貴方は貴方らしくしてれば良いと思うわよ」

「はぁ。まあ、精々頑張る事にしますよ。
 俺を会長の嘉手納さんに推薦してくれた誰かさんの期待を裏切らない程度にはね」

そう皮肉る恭也だったが、当然如く、優奈はそれを涼しげに聞き流すのだった。



これは、本人は至って平凡だと信じ込んで学院生活を送っていた高町恭也が、
突然、波乱万丈な日常を過ごす事になる物語である。

CooL Heart!!



   §§



それは今から数十年前の事。
海鳴で起こった大きな地震と共に、それは現れた。

「……ふぅ。さて、次の依頼は、と」

「ねぇ、恭ちゃん」

「なんだ、美由希」

「私もそろそろ迷宮に行きたい。異界守になりたい」

「……そうは言われてもな。それは俺の一存では」

「うぅぅ。恭ちゃんの役に立ちたいのに。大体、どうして隊を組まないの」

「お前が異界守になったら組んでくれるんだろう」

「も、勿論だよ!」

歪みの主根と呼ばれる地下深く、そして広く広がる迷宮が現れた。
混乱する人々に対し、この世を裏から支える退魔の一団がこの迷宮を調べ始めた。
結果、迷宮の出入り口近くから幾人者人が発見され、彼らの口からこの迷宮に関する貴重な話がもたらせれた。
常に歪み続ける迷宮。
そこにはあらゆる世界から宝物が流れてくると。
その話を聞き、世界中のトレジャーハンタたちが我先にと迷宮へと潜り込んだが、
彼らは誰一人として帰ってこなかった。
それもそのはず、何も流れてくるのは宝だけとは限らないのだから。

「がはははは。なかなか良い動きをするではないか」

「あなたは?」

「儂か。儂はこの主根を住みかとするものよ」

「もしかして、あなたが有名な…」

この世にあらざるもの、魔物。
そう呼ばれる生物もまた流れて来ては、迷宮を住みかとしているのだから。
出入り口や、各階層に施された女神のは強力な結界により、魔物は地上には出れないという事ではあったが、
決して楽観できるものでもなかった。
そこで日本政府は退魔の一族たちに声を掛け、迷宮究明のために潜る事を依頼した。
その声に応え、神咲を始め、世界中の退魔士や魔術師が調査した結果、
この迷宮は内部が複雑に歪んではいるが、最深部が存在するという事。
そして、最深部に辿り着ければ、そこに元に戻す手掛かりがあるかもしれないという事。
当然、最深部へと辿り着くように政府からは依頼される。
だが、迷宮に巣くうものは手強く、また知恵持つものさえもいた。
未だ迷宮の謎を完全に解き明かす事もできず、また最深部に辿り着いた者もいない。

「日本政府の要請により、この地に派遣されたフォーチェラ・シード」

「その耳…。失礼ですが、ひょっとしてエルフですか」

「ええ。エルフを見るのは初めてか?」

「そうですね。この迷宮が出来てから、様々な人種の方たちを見ましたけれど、エルフは初めてです」

故に政府は次の政策を打ち出す。
それが、民間から広く腕に自信があり、迷宮へと潜ろうとする者を募集するといったものであった。
最深部へと潜る者の募集故、審査があり勿論、簡単に誰もがなれるといったものではなかった。
同時に、国によって魔物退治専門の学校が数校建てられ、若者たちの中にはそこで学ぶ者たちも居た。
前者を「異界守」と呼び、後者を「騎士」と呼び慣わすようになって数年。
数多く居た異界守も徐々に数を減らしていった。

「やったよ、恭ちゃん。私も明日から迷宮に言っても良いって」

「そうか。で、誰かと隊を組むのか?」

「えっ!? 恭ちゃんが組んでくれるんじゃなかったの?」

「……そう言えば、そんな事を言ったような」

「ひ、酷いよ恭ちゃん」

「じょ、冗談だ。まあ、とりあえずは俺と一緒に行動するか」

「うん、よろしくね」

「ああ。とは言っても、俺も異界守になってまだ二月程度だがな」

「あははは。お互い、新人だね」

「だな。だが、必ず最深部に辿り着いて、あの迷宮を絶対に安全なものにしてみせる」

「うん。じゃないと、いつ魔物が出てくるか分からないものね」

これは、異界守に成り立ての少女と、その少女よりも少しだけ経験のある青年の物語。
二人は果たして最深部へと辿り着けるのか。

峰深き海鳴にたゆたう唄



   §§



目を覚ました恭也は、やけに静か過ぎると思いつつもゆっくりと身体を起こす。
鍛錬の時間かと時計を見るも、どうした事か既に学校へと出なければならない時間。
そんなに眠りこけてしまったかと首を傾げるが、同時に鍛錬に顔を出さなかったのなら、
美由希が起こしに来そうなものを、と更に不思議に思いつつ素早く制服へと着替える。
いや、着替えようとして、ここでも恭也は首を傾げることになる。
今まさに着替えようとした制服で、どうやら自分は寝ていたらしいと気付いたからだ。
よく思い返してみると、昨日の記憶が非常に曖昧であった。
兎も角、学校へ行こうと部屋から出て恭也はまたしても不審に思う。
やけに静かなのだ、家全体が。誰の気配もしない。
皆、既に出たのかと思いつつ、恭也は一人家の外へと出て、動きを止める。

「何だ、これは…」

目を疑うような光景。
道路は所々罅割れ、電柱も倒れている。
近所の家の塀も崩れているもの、欠けているものなど様々で、まるで大きな事故があったようでもある。
と、恭也はふと目を細め、数歩だけ歩くとしゃがみ込み、アスファルトにそっと手を触れる。

「これは銃痕か…? 一体、何があったんだ」

不意に恭也は姿の見えない家族の安否が気になり、
いざという時の避難場所となっている学園へと弾かれたように走り出すのだった。



走り続け、ようやく学園の姿が見えてくると、その無事な様子に思わず胸を撫で下ろす。
必要以上に張り詰めていたらしく、いつになく息が上がり気味になっている。
少し速度を落とし、呼吸を整えながら近付いた恭也は、またしても驚愕する事となる。
学園は無事。
確かに無事である。
だが、その校門が異常であった。

「一体、どうなっているんだ。何故、こんな大仰な」

まるで重大な研究施設か軍事施設を思わせるような頑強な作りに、門番らしき男が二人。
どちらも銃を手にしており、恭也に気付いて近付いてくる。
この時、確かに静かにではあるが運命の歯車が回り出したのである。



混乱した恭也を前に、夕呼は落ち着いた声で話し始める。

「どうやら、ここはあなたの知っている世界じゃないみたいね」

「はい?」

「今までのあなたの話を聞く限り、それが最も妥当な判断だと思うわよ。
 第一、あなたの記憶では私は教師をしていたんでしょう」

「はい」

「でもね、私はあなたに物を教えた記憶はないわ。
 それにBETAを知らないってのは、どう考えても可笑しいもの」

「その、さっきから言われているBETAというのは」

「Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race
 まあ早い話が地球を侵略しに来た宇宙人よ」

夕呼の言葉に声を無くす恭也を前に、夕呼はそんな反応はどうでも良いと一人続ける。

「で、人類はその宇宙人、BETAの所為で居住区域を減らされてしまったのよ。
 これまた厄介な連中でね。ともあれ、ここはそのBETAと闘う衛士を育てる訓練所も兼ねているわ」

「闘うって、自衛隊とかですか」

「そうね、彼らも先頭に立って闘ってはいるけどね。
 数が多い上に、制空権を取られた所為で上空からの攻撃は一切出来ない。
 おまけに、戦車やそういった兵器もそんなに多くある訳じゃない。作るにも資源すら限りあるって訳。
 BETA自身、でかいもので5メートル程度。
 主に戦力となっている奴らは、私たちと殆ど変わらないか、虎やライオンなどの大型獣より少し大きい程度。
 結果、そう言った兵器を多く作るよりも、銃器など人の扱う武器の開発の方が資源もコストも安くつくって訳よ」

「ですが、それで負けたら意味がないんじゃ…」

「だからこその訓練校って訳。それに、全く作っていない訳じゃないわ。
 ただ、戦果をデータ化して比べてみても、武器の方が良いのよ。言ったでしょう。資源は限られているってね。
 だから、銃だけでなく、剣や鈍器の扱いもここでは教えているわ。
 そう言った意味でも、貴方にはかなり期待してるわよ」

その後も夕呼はこの世界の事を恭也へと説明し、恭也もまた夕呼の質問へと応える。
恭也の話を聞く夕呼の顔は何処か嬉しさが滲み出ているようであったが、それは恭也の知る夕呼と比べての事で、
果たして自分の読みが正しいかどうかまでは確信の持てない恭也だった。



恭也もまた元の世界へと戻る方法が分かるまでの間、生き残るためにも訓練兵として訓練を受ける事となる。
同時に、夕呼の呼び出しに応じる事も約束され、
恭也は訳が分からないまま第207衛士訓練部隊の所属となるのだった。
その初日、恭也は教官となる神宮司まりもに連れられ、教室へと向かう道すがら信じられない者を目にした。

「冥夜!」

そこで自主鍛錬を行っていたのは、恭也の前に突如現れた御剣冥夜その人であった。
突然名前を呼ばれて驚く冥夜を見て、恭也は現状を思い出して少し落ち込みながらも謝罪するのだった。

こうして、高町恭也の戦いの日々が、運命の日々が幕を開ける。
果たして、その先に待つものとは…。

マブハート アンリミテッド

滅びゆく人類に持たらされた希望となるか何も変わらぬか――
  それは小さな切っ掛け
  それは大きな分岐点
  そして未来は紡がれる



   §§



沈黙。
そう、ただ沈黙だけがその周囲を支配していた。
確かに、住宅地とも呼べる路地、しかも時間的にあまり人が通らないとも言えない事もない。
だが、全く人通りがない訳でもない。
現に、恭也の視界の先では下校する生徒だろうか、二人で連れ立って歩いている生徒の姿が。
幾ばくも目を動かさない内に、買い物へと向かう主婦の姿が。
決して多くはないが、全く人が居ない訳ではないのだ。
なのに、今、恭也の目の前、いや、恭也の立つ位置から2、3メートルの範囲は完全に沈黙が横たわっている。
通り過ぎる人は皆、何も見なかったかのように通り過ぎて行く。
それらを見遣りながら、恭也は世間の冷たさを嘆きつつ、
目の前に倒れ伏したままピクリとも動かない、恐らくはなのはと同じぐらいであろう少女へと声を掛ける。

「もしもし、大丈夫ですか」

恭也の声が耳に届いたのか、少女はゆっくりと顔を上げると、にっこりと満面の笑みを見せて恭也へと抱き付く。
突然の出来事に驚くも、相手が幼い少女であっては乱暴に振り払う事も出来ず、
恭也は困ったように少女へと声を掛ける。

「えっと…」

掛けようとして困り顔になる恭也。
何を尋ねれば良いのか思案し、とりあえずは身体は大丈夫なのかと尋ねる。

「はい、大丈夫ですよ。わたしの身体はとっても頑丈に作られていますから。
 それよりも、お兄ちゃんの…」

「待った」

「はい?」

何か聞き逃してはならないような単語を聞き、恭也は即座に少女の言葉を遮る。

「そのお兄ちゃんというのは?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないですか」

疑う事を知らない笑顔でそうきっぱりと言い切る少女へ、確認の為にお兄ちゃんの名前を尋ねて見ると、

「高町恭也ですよね」

「ああ、そうだ…」

「やっぱり、お兄ちゃんでした」

言って少女が起きるのを助けようとして屈んでいた恭也の腰にしっかりと抱きついてくる少女。
困惑しつつも恭也は良く晴れた空を見上げ、もう一度少女を見つめる。
少女は変わらぬ純真な笑みで恭也を見上げて、疑いも何もないともう一度お兄ちゃんと口にする。

(……生き別れの妹。いや、それだったら俺が知っているだろうが。落ち着け。
 …かーさんの親戚か何か。可能性的にはなくもないが、やや難しいな。
 こんな小さな子がいるとは聞いたこともないし。
 ……だとすると、父さんの隠し子か。ああ、これが一番あり得る……か?
 幾らなんでも、それはないな)

様々な可能性を考えるも、そのどれもをすぐに否定する恭也。
当然、答えなど出てくるはずもなく。
そんな風に悩む恭也へ、少女は変わらぬ笑みを湛えたまま言う。

「お兄ちゃん、どうかしたんですか」

「いや、そのお兄ちゃんというのは…」

困惑したままそう口にする恭也へと、少女は首を少しだけ傾げると、

「お兄ちゃんは気に入りませんでしたか。それじゃあ、他には…。
 兄くん、兄ちゃま、お兄様などの呼び方がありますが」

「そうじゃなくて…」

「ああ、妹という設定を変更されるんですね。ならば、どの設定にしますか〜。
 他には幼馴染に血の繋がらないお姉ちゃん、従姉妹、御主人様にお仕えするメイドなど、色々とありますよ。
 更に細かい設定も今なら可能です。例えば、毎朝起こしに来るちょっとドジな幼馴染とか、
 高飛車なお嬢様風の年下の幼馴染。逆に、甲斐甲斐しく世話をしてくれる年上の幼馴染…」

「いや、いらないから。と言うか、設定って」

「は〜い、初期設定のことです。
 わたしの外見から最初の設定は妹という事になってますが、一度だけ変更ができます。
 で、どうしますか?」

「いや、だからその初期設定って。まるで人間じゃないみたいな言い方だな」

「はい。わたしは形式番号FRF-12TS・X004と言いまして、簡単にこっちの世界の言葉で言うとアンドロイドですね」

恭也は遠くを眺め、それからゆっくりと深呼吸をし、再び少女を見下ろす。
ノエルみたいな自動人形と呼ばれるものかと整理を付け…。

「って、何故、そのアンドロイドが俺の所に来たんだ。
 しかも、何故、妹なんだ」

「妹なのは設定だからですよ〜。で、わたしがやって来たのは、お兄ちゃんを守るためです」

「守る?」

「はい。それ以上は何も教えられてませんけれど」

「そんな事を言われてもな。とりあえず、俺は家に帰るからまた後日詳しい話を…」

そう言って少女を帰そうとするのだが、少女は恭也の腰を掴んで離さず、しかも恐ろしい事を口にする。

「駄目です。さっきお兄ちゃんに抱きついた事によって、わたしの体内のスイッチがオンになりました」

「オンになったらどうなるんだ?」

「お兄ちゃんから半径5メートル以上離れると自爆します」

「……因みに威力は?」

「周囲一体が綺麗に消え去ります」

また厄介で可笑しな出来事に巻き込まれたかと何処か達観したように空を仰ぎ、
結局、恭也は大人しく少女を連れて帰るのだった。
これ以上、ややこしい事が起こらないうちにさっさと帰ろうと判断したのだろう。
詳しい事を聞こうにも、場所を移動した方が良いだろうし。
ただ、この少女がさっきも口にしたように、何も知らされていないという可能性は大きいと思いながら。
だが、この判断は果たして良かったのか、悪かったのか。
まあ、最終的には帰宅するのだから、避けれぬ運命ではあったのだろうが。
ともあれ、事態の悪化を恐れての帰宅ではあったが、これが更なる悪化を招くとは、
この時は思いもしない恭也であった。



帰宅した恭也へと突然、見知らぬ少女から声を掛けられる。
連れて帰った少女とは違い、こちらは美由希と同じ年ぐらいの少女である。
思わず見惚れそうになる程の美少女を前に、しかし恭也は美由希の友達かと軽く挨拶をするだけに留め、
部屋へと引っ込もうとする。
しかし、そんな恭也へとその少女は構わずに話し掛けてくる。

「随分と遅かったではないか。予定ではもう少し早い帰宅だと聞いているぞ。
 全く、遅くなるなら連絡の一つも入れろ。任務に付く前に行き成り任務失敗になるかと思ったではないか。
 兎も角、これからはお前の外出には私が付き添うからな」

一方的に喋る少女を前に、恭也は嫌な予感を覚えつつ、もしやと尋ねてみる。

「もしかして、俺を守るとか言うんじゃ…」

「その通りだ。私に与えられた任務はそれだからな。
 他のことなど知るか。お前は黙って私に守られていれば……」

言いかけて少女は口を閉ざし、恭也の背中に負ぶさっている幼女に目を留める。

「科学者(マーガ)のアンドロイドかっ!」

言って行き成り飛び上がると、幼女へと拳を繰り出す。
そのあまりの速さに驚きつつも、恭也は咄嗟に回避行動を取る。
当然、背中に乗っている幼女もそれにより、少女の攻撃から逃れる。
しかし、少女の攻撃は止まらず、そのまま壁に穴を開ける。

「貴様っ! 何故、科学者の手の者を庇う!」

「あ、あうあう。お、お姉さんは妖精(アプリリス)ですよね。
 確か、わたしたちと協定を結んで…」

「そんなもの知るか! 貴様たちが私の故郷に何をしたのか忘れたとは言わせんぞ!」

「そ、それはわたしの中間たちかもしれませんけれど、わたしじゃなくて。
 それに、協定が」

幼女の言葉に聞く耳持たず、少女は信じられない速度を持って幼女へと迫る。
幼女は恭也の背中から飛び降りると、危ないと叫ぶ恭也の声を聞き流し、上着の裾から中へと手を突っ込む。
再び手が外に出されたとき、その手には幼女の身長もあろうかという大砲らしき筒が握られていた。

「……どこから出したとか色々と聞きたい事はあるが、まさか家の中で撃つつもりじゃ…」

「発射ー!」

恭也が止める間もなく、幼女は躊躇いもなく大砲を放つ。
だが、更に驚く事が目の前で展開される。
幼女が放った大砲から打ち出された弾。それをあろうことか少女は拳で殴りつけ、軌道を変える。
驚愕する恭也であったが、壁に着弾して煙に音、
そして、家の中なのに外の景色が見えるという事態に慌てて二人を止めようとする。
が、恭也を無視するように戦闘を続行しようとする二人。
流石にこのままでは家が崩壊すると悟った恭也は…。

「いい加減にしろっ!」

叫びながら神速を発動し、今にも激突せんとしていた二人の間に割り込む。
幼女の新たに持ち出してきた銃を取り上げ、少女の腕を絡め取るようにして関節を決める。
恭也の行動に驚いたのか、二人揃って驚愕した顔を向けてくるのを無視し、改めて声を掛ける。

「お前らが何を言っているのか分からんが、とりあえずは家の中で暴れえるのは許さん」

静かな、だが凛とした声に二人は言葉をなくして大人しく戦闘態勢をとりあえずは解除する。
それを眺めながら、恭也はほっと一息吐こうとして…。

「ああー!」

「な、何だ、どうした。そんなに強く言ったつもりはなかったんだが」

突然幼女の上げた大声に慌てる恭也。
しかし、幼女は首を横に振ると、

「さっきの戦闘でお兄ちゃんから5メートル以上離れたみたいで、いつの間にか自爆スイッチが入っちゃいました」

幼女の言葉に無言になる恭也だったが、少女はそれを聞いて舌打ちをする。

「これだから科学者の造ったものは! おい、貴様!
 自爆まで、あと何秒残っている」

「もう15秒、14秒…」

「そんな大事な事はもっと早く気付いてくれ、頼むから。
 自爆は解除できないのか」

「出来なくはないですよ」

「だったら、その方法を!」

会ってそんなに時間は経っていないというのに、
恭也は既にとんでもない事になっているという事をひしひしと痛感しつつ、
少女の指示に従って自爆解除の作業をするのだった。



「…と、まあそんな訳なんだが」

「あ、あははは。桃子さんとしては、お客さんは大歓迎なんだけれど……」

言って桃子の視線は綺麗に壁がなくなり、急遽、
美由希と二人掛りで恭也がとりあえず塞いだだけのブルーシートを眺める。

「…ごめんなさい」

しゅんと項垂れて謝る幼女を見た瞬間、引き攣っていた桃子の顔が輝かんばかりに変わり、
幼女に抱き付く。

「いや〜ん、そんな顔しなくても良いのよ。
 間違いは誰にでもあるわ。まして、違う世界から来たのなら、ここの常識も分からないだろうし」

「いや、幾らなんでも可笑しいだろう」

ある程度予測していた桃子の行動に頭を抱えつつ、恭也はそっと嘆息する。



予想通りというか――

「そうね、何となく猫みたいだから猫子って名前で良いでしょう」

「かーさん、そんな安直な」

「だったら、アンタが考える」

「猫子、とってもいい名前だな」

「分かりました。猫子というのがわたしの名前ですね。今、登録します」



恭也の日常は、更にとんでもない事へと――

「名? 無意味だ。お前たちではとても発音はできないだろう」

「それだと、呼ぶときに困るんだが」

「こっちでの名なら付けてもらったのがある。
 津門綾羽紬だ」



そして、恭也の前に現れる刺客――

「ああ、僕はとってもやる気が起こらないよ」

「先生、そんな事では困りますわ」

「はぁ、何もしないでそのまま眠る事が出来れば、何よりも幸せだと思わないかい。
 えっと、君は僕の弟子だったよね。名前は、名前は…」



刺客以外にも恭也の前に姿を見せる者たち――

「高町恭也。妖精の守護から離れ、私たち剣精(メイ)による守護の元にいつ来ても構わないわよ」

「お久しぶりですね。こちらでは紬さんで良かったでしょうか」

「すみれ台、こんな奴に挨拶なんていらないわよ!」



果たして、恭也の平穏はどこに!?

恭也の平穏をまもれないヒトたち



   §§



「あの飛行要塞ガルガンチュアに対する兵器がない訳ではない」

そう言ったクレア女王の言葉に、誰もが期待に満ちた目を向ける。

「だったら、勿体ぶってないでさっさとその兵器とやらでアレを打ち落としてくれよ」

大河の言葉にクレアは渋面を変えず頷く。
それに違和感を感じた恭也が問題があるのかと尋ねる。

「ある。一つは周囲のマナを膨大に消費するという事じゃ」

「……魔導兵器が使用された土地はマナが枯渇し、作物が育つようになるにはかなりの時間を必要とします」

補足するように告げるリコの言葉に、しかし大河は声を荒げる。

「それは大変な事だってのは分かる。けれど、こうしている間にも人の命が失われているんだぞ!」

「分かっておる! 誰も使わないとは言っておらんだろう!」

大河の言葉にクレアもまた声を荒げてそう告げると、即座に興奮した自身を抑えるように小さく謝罪する。

「すまんな」

「い、いや、俺も悪かったよ」

やや気まずい沈黙が降りるが、その時間も勿体無いと恭也がクレアへともう一度声を掛ける。

「やるのならやるで、すぐに行動しよう。
 俺たちを呼んでそれを聞かせたという事は、その兵器はここにはないのだろう」

「その通りじゃ。魔導兵器を起動できるのは王家の血を引く私のみ。
 そして、その場所は地下迷宮の奥じゃ。お主らには魔導兵器レベリオンの元まで私を連れて行って欲しい」

クレアの言葉に全員が頷き、救世主一向はレベリオンの元へと向かうのであった。



「マスター、レベリオンならば確かにあの要塞を破壊できるかもしれません。
 ですが、もしそこにイムニティか白の主がいたら」

「しまった。完全に忘れていたぞ」

リコの言葉に大河は困ったような顔を見せるも、他の者たちは先へ先へと進んでいる。
今更引き返そうとも言えず、またそれを言える明確な理由もない。
一層の事、全てを話してしまうか。
リコと大河がそんな風に内緒話をしている間に、一向は大きな扉の前に立つ。
クレアが鍵を取り出してその扉を開けば、中には大きな砲台を思わせる兵器が鎮座していた。
中へとクレアが踏み入った瞬間、恭也はクレアを引き戻して八景を抜き放つ。
金属音と共に恭也の完全で火花が散る。

「恭也、大丈夫」

慌てて駆けつける忍に、恭也はただ黙って頷く。
恭也の無事な姿を見て胸を撫で下ろすと、鋭い眼差しで前方を睨み付ける。
そこには仮面を着けて銃を構えたシェザルが、いや、彼だけでなくイムニティの姿もあった。



彼らとの激闘の末、追い払った恭也たちはいよいよレベリオンの起動へと移る。
が、去り際にシェザルが放った爆弾により、レベリオンの回路に異常でも起きたのか、すんなりと起動しない。

「うーん、こっちの機械がどうなっているのかは分からないけれど、ちょっと良い」

忍はポケットから工具を取り出すと、レベリオンのコンソールらしきものを行き成りばらし始める。
驚く面々を余所に、恭也は忍の背中へとただ言葉を掛ける。

「何か分かりそうか」

「うーん、幾つかは分からないけれど、ノエルたち自動人形よりは簡単、簡単。
 あれ、これって。ふんふん。あ、恭也、これより小さいドライバ取って」

忍の言葉に足元に広げられた工具から忍が望むものを取って手渡す。

「うーん、前にエリザに見せて貰った魔科学に似てるかもね」

「魔科学?」

「うん。エリザって言うのは、私の親戚なんだけどね。ほら、さくら知ってるでしょう。
 さくらとも仲良くてね。で、色々と魔術に詳しいのよ。
 で、魔科学ってのはエリザが何処からか見つけてきた古代文明にあった魔法と科学の融合したようなものらしいよ。
 幾つか古文書を見つけて、それを見せてもらった事があるから」

良いながらも手を休める事なく、忍はレベリオンをばらし、
なにやらコードを引っ張り出しては繋いでいく。
他の者たちは訳も分からず、下手に声を掛ける事も出来ずにただ見守るしかなかった。

「よーし! 完成!」

ようやく忍がそう言って立ち上がると、大河たちもやっとかと待ちくたびれたように動き出す。
真っ先に恭也が忍へとその成果を尋ねる。

「で、どうなんだ」

「もうばっちり! これで起動するはずよ」

忍の言葉にクレアがレベリオンを起動させる動作を行うと、先ほどは途中で止まったソレが、
今度はきちんと起動を果たす。
恭也を除いて一同がどよめく中、忍は召還器を取り出してレベリオンの横に即席で造られた台座の上に乗せる。

「ふっふっふ。ただ直しただけじゃないわよ」

その不敵な笑みに嫌な予感をひしひしと感じつつ、恭也は忍へと続きを促す。
恭也の態度に不満そうな顔を見せるも、すぐに忍は機嫌よく語り始める。

「ふふふ。マナを収集する回路をちょっといじって、召還器をエネルギー源とするように改良したのよ!
 召還器の無尽蔵とも言える根源の力を使えば、この周囲のマナの枯渇問題も解決。
 しかも、恭也は召還器ないから除くとしても、これだけ召還器があるんだもの。
 その威力は前とは比べものにならないはず!」

「やはりそこは断言しないんだな」

「だって、前のがどれぐらい凄いのか知らないし。うぅぅ、恭也が苛める…。
 これがドメスティックバイオレ…」

「忍、時間が勿体無いから」

「それもそうね。それじゃあ、ちゃっちゃとやちゃいましょう。
 皆もこの台座に召還器を乗せて。で、ちゃんと召還器を持っててね。それじゃあ、クレアちゃんお願い」

相変わらず自分をちゃん付けしてくる忍に苦笑しつつ、クレアはレベリオンにマナの収集作業へと移らせる。
本来なら、レベリオンのマスター以外でこの場に居る者からもマナを吸い取ろうとするレベリオンだが、
そのような動きは見られない。
それどころか、文献に書いてあったよりも早くエネルギーのチャージを終えてしまう。
マナが充分に溜まった事を伝えるクレアに、忍はにやりと笑みを見せ、
いつの間にか展望台のようにせり出し、砲身を空へと向けていたレベリオンを、
次いで遥か彼方の空に浮かぶ要塞を順に楽しそうに見遣る。

「座標設定完了じゃ」

クレアのその言葉に、忍はびしっとガルガンチュアに指を突き刺す。

「てな訳で、照準よーし。距離、風向きよーし。
 魔導兵器レベリオン改発射っっ!」

何故か忍の声に合わせてクレアがレベリオンを解き放つ。
真っ直ぐに伸びていった光の帯は、ガルガンチュアから発せられた同じような攻撃とぶつかり合い、
打ち破る。だが、それが緩衝材となり、ガルガンチュアに大したダメージは与えられない。
しかし、忍は慌てる事無く不敵な笑みを尚を見せる。

「ふふふ。向こうの次の攻撃までに時間が掛かるのは最初の時に確認済みよ。
 それに対して、こっちは」

忍が召還器に声を掛けると、まるでそれに応えるように召還器から力が溢れる。
それはマナとしてレベリオンへと伝わり、エネルギーが溜まっていく。
忍の行動を見ていた大河たちも同様に召還器から力を引き出す。
すぐにレベリオンにエネルギーが充填され、再び発射準備が整う。

「それじゃあ、第二射いってみましょうか♪
 恭也と私の門出を祝して…はっし……いたっ!」

「こんな時にふざけるな」

流石に今度はクレアも発射させず、何故か冷めた眼差しを忍へと向けていた。
忍は笑って誤魔化すと、後はクレアに任せる。
こうして放たれた第二射により、ガルガンチュアの先端が崩壊する。
更に続けて第三射を砲撃し、ガルガンチュアは完全に崩れ去っていく。
その様子を眺めながら、大河とリコは息を潜めて成り行きを見守る。
完全に崩れ去った今も、自分たちには何の変化もない。
つまり、あそこにはイムニティと白の主は居なかったか、助かったかという事だろう。
その事に、敵の身を案じなければならないという複雑なものを抱きつつも、とりあえずは胸を撫で下ろすのだった。

「よくやったな、忍」

「んふふふ〜」

恭也に褒められてご機嫌な忍は、その視線をガルガンチュアへと向ける。

「うーん、この戦いが終わったらガルガンチュア分解させてくれないかな」

「何のためにだ」

「ほら、構造を知れば小型して違うエネルギー、そうね電気とかで代用した物が造れるかもしれないじゃない。
 それをノエルの武器として…いた、いたた、いたい、痛いよ、恭也」

「で、それの実験として俺に相手をさせる気か?」

「あ、よく分かったわね。やっぱり愛の力ね。考えている事が伝わる、以心伝心だなんて。
 って、ちょっ、ほ、本当に痛い、痛い、痛い!」

「お前、俺を殺す気か!」

「や、やめやめ…。きょ、恭也なら大丈夫よ、うん」

「お前、あの威力を見てそれを言うか」

「ほら、避けちゃえば」

「その後、その光線は何処を突き進むんだ」

「…………あ、あははは〜。じゃ、じゃあ、威力を弱くすれば」

「却下だ、馬鹿者」

軽く恭也に頭をはたかれ、恨めしそうに恭也を見上げつつも、忍はどこか楽しそうに笑う。
まだ破滅が全滅したのかどうかは分からないが、当面の脅威であったガルガンチュアは取り除く事が出来た。
だからか、忍だけじゃなく他の面々もどこか晴れ晴れとした顔をしていた。



SAVIOR HEART 〜恭也と忍の異世界戦記〜



   §§



恭也は自室に戻って人心地つく。
今しがた、大事な大事な任務を終えた所である。
時刻は深夜。
美由希との鍛錬を終えた後、その任務をこなしたのだ。
何て事のない任務のはずであったが、思った以上に緊張していたらしい自分を嘲笑する。
だが、この程度の疲れなど報酬すれば些細なものである。
恭也はそう考えを変えると、そろそろ休もうと布団に潜り込む。
が、ふと庭先に気配を感じて静かに部屋を後にする。
気のせいかとも思ったが、間違いなく庭から人の気配がする。
静かに足音を殺して庭先を見た恭也は、思わず声を出しそうになって堪えるも、小さな息を飲む音がする。
どうやら向こうはその小さな音を聞き逃さず、恭也に気付いたようで顔を向ける。
恭也をその視界に納め、明らかにほっとした様子で構わずに話し掛けてくる。

「いやー、良かったよ。窓も開いてないし、煙突なんてもんもないからな。
 そっちから来てくれて助かった。不……じゃなかったな。高町恭也さんで間違いないよね」

「ええ、ありませんが」

未だに警戒をしたまま、目の前の女性を見つめる恭也。
そんな訝しげな視線などものともせず、真っ赤な服で全身をコーディネートした女性は大きな袋を庭に下ろす。

「それじゃあ、確かに届けたからな」

意味が分からずに見つめ返す恭也に構わず、女性はそれに乗ってやって来たのか、
背後にずっと浮かんでいたソリに乗り込む。
女性が握った手綱の先には赤い鼻をした鹿のような…いや、はっきり言うとトナカイが。
信じられないような答えを導き出す自分の頭を軽く振り、恭也は女性へと問い掛ける。

「あの、届けたというのは? それに、この袋は?」

「だから、高町恭也さんだろう」

「ええ、そうですが」

「今から十数年前に、サンタにプレゼントをお願いしただろう」

「……記憶にあまりありませんが、多分したんでしょうね」

「まあ、なくても仕方ないかもな。何せ、3歳の頃だから」

「えっと、それがどうして今になって?」

もう目の前に居る女性がサンタクロースだという事はこの際認めよう。
散々、非常識なものを目にしてきたのだ。
今更一つ増えたところで変わるまい。
そう自分に言い聞かせるも、どうしても浮かぶ疑問がある。
それが、今口にしたどうして今ごろになってという事だ。
だが、恭也のそんな疑問をサンタは当然だろうとばかりに返す。

「頼んだプレゼントが複雑すぎたんだよ。だから、こんなにも時間が掛かってしまった。
 そもそも、本物のサンタにプレゼントを貰える確率ってのは結構低いんだぞ。
 なのに、時間の掛かるものを頼むから…。本当は前任の奴の仕事なんだが」

ぶつくさ文句を言いながら手綱を手繰ると、ゆっくりとソリが浮上していく。
それを見上げながら、恭也は肝心のプレゼントが何なのか尋ねる。

「そんなの見ればすぐに分かるだろうに」

尤もだと納得した恭也が袋の口に手を伸ばし、小さい頃自分は何を頼んだのかとちょっと楽しみに袋を開ける。
開けて動きを止める。
そこにあったのは、可愛らしい女の子であったから。

「なっ! こ、これは…? ちょっと、人じゃないですか。
 まさか誘拐犯」

「失礼な奴だな。私は見ての通りサンタクロースだよ。
 大体、それだってお前の頼んだプレゼントだろうが。姉を頼んだのを忘れたのか?」

「あ、姉って。どう見ても俺よりも年下なんですが」

「仕方ないだろう。頼んだ時はお前は三歳だったんだから。
 まさか、ここまで時間が掛かるとは思ってなかったんだよ。
 あ、そうだ。お前が頼んだのは妹だった。そうそう、妹だった。
 ほら、何も問題ない」

「さっきの理屈でいくのなら、それだとこの子は大きすぎませんか?
 三歳の俺の妹なら…」

「ああ、忙しい、忙しい。
 それじゃあな。私は忙しいからこれでな」

強引に話を打ち切ると、サンタは手綱を力強く打ち、あっという間に夜空に消えていく。
その姿を呆然と見送った恭也は、ワンピース一枚という薄着の少女をこのまま外に放っておくこともできず、
自室へと連れて行き布団に寝かせてやる。
暫く眠る少女を見つめていたが、
寝ているなのはの枕元にプレゼントを置くという任務で思った以上に気を使い過ぎて疲れたのか、
恭也は次第にうとうとし始める。
鈍る思考の中で、恭也は今までのが全て夢だったんだなと思い始め、
翌朝、喜ぶなのはの顔という報酬を楽しみにしつつ、そのまま眠りに落ちるのだった。



翌朝、いつものように起きた恭也は、自分が布団で寝ていない事に気付き首を捻るも、
変わりに布団で眠る少女を見て、昨日の事が夢でないと分かり肩を落とす。
それでも、眠る少女を起こさないように気を使いながら鍛錬の用意をして部屋を出て行くのだった。

鍛錬から帰ってきた恭也を待っていたのは、部屋で寝ていたはずの少女と桃子であった。

「かーさん、その子誰?」

「あー、恭也。ちょっと座りなさい」

美由希の言葉に答えず、恭也に座るように促す。
大人しく恭也が座ったのを受けて、桃子はどう切り出すか悩んだ挙句、ようやく第一声を発する。

「周りにあれだけ色んな女の子が居るのに、その中の子じゃないのはこの際良いわ。
 でも、でもね、こんな幼い子に手を出すのは…」

「いや、色々と誤解しているようだが違うから」

「違うって何が!? 朝、アンタの部屋からこの子が出てきた時、どれぐらい驚いたと思ってるの!
 しかも、恭也どこ? って聞かれたのよ!」

桃子の言葉に美由希も恭也を見つめ、
キッチンで朝食の準備をしながらこちらの様子を窺っていたレンも思わず包丁を落としそうになる。
なおも桃子が何か言おうと口を開きかけるも、恭也の前に両手を広げて件の少女が立ちはだかる。

「恭也を苛める子はわたしが許さないんだから!」

「いや、別に苛められている訳では…」

「良いから、恭也は心配しないの。お姉ちゃんが守ってあげるからね」

「お、お姉ちゃん!?
 きょ、恭也、自分よりも小さい子にお姉ちゃんだなんて、また何てマニアックな事を」

「恭ちゃん、見損なったよ! まさか、恭ちゃんがそんな人だったなんて…」

「だから、話を聞け!」

思わず声を荒げ、美由希にはしっかりとその無礼な口の聞き方に対する鉄拳も付けてから、
恭也はその場に居る全員を見渡す。
恭也の剣幕に流石に全員が静かになったのを見計らい、恭也は昨夜の出来事を説明する。
流石に半信半疑ではあったが、この状況で恭也が嘘を吐くこともないだろうとその言葉を信じる。

「でも、本当にサンタクロースっていたのね」

「かーさん、そんな呑気な事を言っている場合じゃない。
 この子をどうするかだ」

「もう、恭也。ちゃんとお姉ちゃんと言わないとと駄目でしょう」

明らかになのはと同じ年ぐらいの子にお姉さんぶってそう言われるのを複雑な顔で見下ろし、
恭也は桃子に助けを求める。

「えっと、とりあえずあなたの名前は何かしら。
 あなたが恭也の姉だと言うのなら、あなたも私の子供ってことになるからね」

「……ちょっと待って」

言って少女は手に持っていたメモ帳をパラパラと捲る。

「恭也のお母さん。私が恭也のお姉ちゃん。だったら……。
 うん、お母さん」

一体何が書いてあるのか気になるが、とりあえずは少女の名前が先決だと黙って見守る。
しかし、少女の口から出た言葉は。

「名前はないの」

「……え?」

少女の言葉に桃子は暫し固まり、とりあえずは朝食にしようと話を変える。
なのはや晶にも同じような説明をし、朝食を終えた頃少女の名前が決まる。

「ちょこちゃんってのはどう?」

「……朝食の前に渡したチョコレートと何か関係があるような名前だな」

「ち、違うわよ。何かあるとあんちょこを見てるでしょう。だから、ちょこよ。
 そんな安直な付け方しないわよ」

「それも充分に安直だと思うけどな」

「ちょこ…。うん、わたしの名前はちょこ〜」

本人が気に入ったようなので、恭也もそれ以上は何も言わない事にする。

「えっと、恭也のお姉ちゃんって事は……。
 美由希となのはのお姉ちゃんだね」

「いや、それは…」

ちょこの言葉に美由希たちも揃って苦笑し、困ったように恭也を見つめる。
恭也は仕方なさそうにしつつも、自分もまた困るのでちょこへと言う。

「ちょこ、俺の妹じゃ駄目か」

「妹? でも、お姉ちゃん…」

「実は妹が欲しいと思ってたんだ」

「うーん……、分かった、お兄ちゃん♪」

あんちょこを見たと思えば、すぐにそう返す。
ますますあんちょこの中身が気になるも、ちょこはそれを決して見せてはくれなかった。
ともあれ、こうして高町家に新たな住人が増える事になるのだった。



「お兄ちゃん、お姉ちゃん、なのはちゃん、早く、早く〜」

「待ってよ、ちょこちゃん」

急かす声になのはは走り出す。
そんな二人の後ろ姿を見遣りながら、恭也と美由希は微笑を交わしつつ少し足を早める。
同じ年頃の姉妹が出来たのが嬉しいのか、二人の仲はとても良く、見ていて微笑ましいものがある。
最初は戸惑ったプレゼントだったが、嬉しそうな二人を見ていると悪くないと今では思っている。
はしゃぎまわる二人を眺める恭也へと、美由希が少しだけ拗ねたように言う。

「二人の妹を可愛がるのに、どうしてもう一人には厳しいのでしょうか」

「もう一人? 俺に妹は二人しかいないぞ」

「そんな恭ちゃん! ちょこちゃんは恭ちゃんの妹でしょう!」

怒る美由希の言葉を軽く受け流し、恭也は当たり前だと頷く。

「なのはとちょこは俺の妹だぞ。ほら、妹はふた…」

「お願い、それ以上はもう言わないで。
 うぅぅ、最近、前にも増して兄の苛めがきつくなっているような気がする」

「冗談だ」

「嘘だー! 今、真顔だったよ」

「お、お姉ちゃん落ち着いて。お兄ちゃんは前から真顔で嘘を言ってたじゃない」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんどうしたの?」

なのはに慰められる美由希と、本当に何がどうなっているのか分からないといったちょこ。
そんな二人の手を取り、美由希は恭也から離れる。

「二人とも、あんな冷たいお兄ちゃんの傍にいたら苛められるよ」

が、その手はあさっりと離される。

「お兄ちゃんは優しいよ」

「ごめんね、お姉ちゃん。私もちょこちゃんと同じ意見かな。
 普段は偶に意地悪だけど」

「そ、そんな……。兄だけでなく、妹にまで見放されたー!」

大げさに驚く美由希へと、恭也はただ肩を竦めるだけで言葉を掛ける事はしない。
美由希もまた分かっているのか、何事もなかったかのようにまた横に並ぶ。
何だかんだと言いつつ、本当の兄妹のようにじゃれ合う四人であった。



ちょこっとハ〜ト



   §§



冬休みに入り数日。
直前に色々とあったがどうにかそれらも何とか解決し、
自室でキャンバスに向かい合っていた浩樹は電話の音に我に返って部屋を出る。

「相変わらず、とんでもない集中力だな」

閉ざされた扉の向こうを見つめて呟きつつ、浩樹は急いでリビングの電話を取りに行く。

「はい、もしもし上倉ですが」

電話の相手、自らが勤める撫子学園の理事長代理に呼び出され、浩樹は理事長室に来ていた。

「お忙しいところ、本当に申し訳ありません」

「いえ。それよりもあいつ、鳳仙に関する事って何ですか」

飄々としてグータラとして有名な浩樹が今にも詰め寄らんばかりの様子を微笑ましく思いつつも、
これから告げる事に影を落とし、理事長代理である鷺ノ宮紗綾は口を開く。

「実は、こういったものが」

言って差し出されたのは一枚の紙。
それは何処にでも売っていそうな紙で、これがどうしたのかと浩樹は受け取る。
そこに書かれた文字を見て、次第に顔を強張らせる。

「…どういう事でしょうか」

目付きも悪く睨み付ける浩樹に、紗綾も困ったように眉を寄せる。
紗綾が悪いわけではないとすぐに思い至り、浩樹は自分を落ち着けるように椅子に深く座り、
少しの間目を閉じる。充分に気持ちを落ち着かせると、浩樹は握りしめたままだった手紙をテーブルに戻し、
紗綾へと確認するように尋ねる。

「これは、やはり鳳仙の留学が関係しているんですよね」

「留学そのものよりも、鳳仙さんが祖母であられるパリ校の理事長と会う事が大きいのでしょうね」

「遺産絡み、ですか」

「そこまでは分かりません。違う可能性もあるでしょうし。
 ただ、こういった脅迫状が届いた以上は、無視するわけにもいきませんから」

重苦しい息を吐き出し、紗綾はテーブルに置かれた皺の寄った手紙へと視線を落とす。
鳳仙エリスの留学の取り止めと、祖母と今後一切会わないことを強要する脅迫状へと。
浩樹も同じように脅迫状へとを落としていた視線を上げ、紗綾へと顔を上げる。

「この件はエリス、鳳仙には暫く黙っていてもらえませんか。
 今、あいつは桜花展に出展する絵を描くことに必死になっているんです。
 それなのに、こんなものを見せたら…」

「私としても判断は上倉先生にお任せしようと思い、こうして今日お呼び立てしたのです。
 ですが、これが悪戯だと断言できない以上、何らかの対策が必要になるでしょうね。
 理事長である藍と私から一人、護衛の方をお呼びします。
 その方に新学期から上倉先生の補佐という形で来てもらえるように手配を致しますね」

「いえ、ありがたいお言葉ですが、俺の方にもそういう伝手がありまして。
 出来れば、それはこちらで」

浩樹の言葉に紗綾は少しだけ考え込み、小さく頷く。

「上倉先生がそこまで信用される方なのでしたら、きっと大丈夫でしょう。
 分かりました。それは上倉先生にお任せします」

「ありがとうございます」

浩樹は紗綾に頭を下げると、さっさと席を立って理事長室を出て行く。
すぐにでも走り出しそうな様子で出て行く浩樹を見送り、
紗綾はとっても大事にされているんだなと一人になった理事長室でしみじみと思うのだった。



冬休みに入って数日、恭也は懐かしい名前を電話越しに聞く。
互いの近況を軽く話し合うと、恭也はいつになく深刻な声を出す相手を心配そうに気遣う。

「ああ、問題ない。実はお前に頼みがあって…」

父親と武者修行の旅で全国を周っている時に知り合い、短い期間ながらも友として過ごした相手からの頼み。
まして、大学で再会してから昔のように付き合った友の頼みである。
相手の方が先に卒業した事や、その年の冬頃からは忙しかったのかあまり会ってはいなかったとしても、
互いに親友と呼べるような存在である。
恭也にその頼みを断るなんて選択肢はなかった。

こうして、恭也は撫子学園へと旅立つ事になる。



「高町恭也と申します」

「あら、上倉先生のお知り合いとは高町さんだったんですね」

「へっ!? あ、ひょっとして高町と学園長代理は知り合いなんですか?」

「はい。藍や私がお呼びしようとしていた方ですから」

「だったら、初めから頼んでおけば余計な手間はなかったですね」

「上倉、それは結果に過ぎんぞ」

「それはそうなんだがな」



――撫子でも意外な再会を果たす恭也



「エリス、お前覚えているか。昔、北海道で会ったことあるだろう」

「久しぶりです、エリスちゃ……いや、鳳仙さん」

「…………えっと、もしかして高町さん?」



――狙われるエリス



「今日から暫くの間ですがお世話になる、高町恭也と申します」

「うーん、上倉先生があまりにも不真面目だから、真面目そうな先生が赴任してきたのかな?」

「……萩野、お前後でちょっと準備室に来い」

「え、はわわっ。そんな、二人きりで準備室だなんて。エリスちゃんに悪いよ」

「お前、分かってて言っているだろう? エリスの奴にその手の冗談は通じないんだぞ。
 本人の前では絶対に言うなよ」



――新学期、新たな教師が撫子に赴任する



「撫子の歌姫と呼ばれているそうですね。本当に良い歌声です」

「そんな…」

「あ、高町先生! こんな所に居たんですか。もう何をしているんですか。
 真面目そうだと思ったのに、まさか上倉先生と同じでサボリ魔だったなんて…」

「えっと、確か竹内さんでしたね。それは誤解です。
 俺は上倉先生に美術室に案内してもらうと聞いていたのですが、上倉先生の姿が見えず、
 一人で向かおうとして、声が聞こえたから美術室の場所を聞こうとしただけです。
 まあ、歌声に聞き惚れてしまったのは俺の責任ですが」

「あ、すいません。そうだったんですね。私ってば早とちりを。
 それじゃあ、美術部の部長として顧問の不始末をフォローしますので、こちらへ」

「助かります」

「それと、高町先生は教師なんですから、そんな馬鹿丁寧にしなくても」

「いえ、これはもう癖と言いますか。まあ、一応教師として気を付けるようにはしよう。
 ……やはり、あまり慣れそうもありませんね。暫くは勘弁してください」

「まあ、別に私は構いませんけれど。あ、美咲ごめんね。それじゃあ、また」

「ええ。竹内さんも部活頑張って。高町先生も頑張ってください」

「ええ、ありがとうございます。



――幾つかの出会いをしつつ、教師として日常を過ごしていく。



「今、パリ校の理事長から連絡があり、娘さん、鳳仙さんのお母さんが描かれた絵が一枚盗まれたそうです。
 幸い、理事長には怪我はなかったようですが」

「そうですか。それは良かったです。
 で、それを俺に聞かせるという事は、それと今回の件に関係があるという事ですか?」

「分かりません。ですが、一応お耳に入れておいたほうが宜しいかと思ったもので」

「そうですか。ありがとうございます。また何かあればお願いします、理事長代理」



――日本から離れた地でも蠢く不穏な影



「フランスにあった絵と対になる、鳳仙アンナの絵は何処だ?」

「対になる絵? それが狙いなのか?」

「ちっ!」



――渦巻く陰謀に見え隠れする二枚の絵



「アンナおばさんの絵?」

「ああ。上倉なら何か知らないかと思ってな」

「うーん、殆どは俺の実家に置いてあるんじゃないか。
 幾つかは人の手に渡っているし、エリスも何枚か持っていたな。
 あ、俺も持っているぞ。それがどうかしたのか」

「まだ現段階では分からないが、ひょっとしたら…。
 いや、憶測を口にするのは止めておこう」



果たして、その先に待つものとは…。

Canvas 〜黒の輝石〜



   §§



昼休み後最初の授業というのは、えてして睡魔が襲いくるものである。
ましてや、授業をする教師の声という最強のペアが現れれば尚の事。
とは言え、眠っているのは一部の生徒のみで真面目に授業を受けている生徒の方が圧倒的に多い。
時折、睡魔と闘っているのか欠伸を噛み殺したり、腕を抓ったりしている生徒も見受けられる一方で、
頭を左右に小さく振り、今にも眠りの世界へと旅立とうとしている生徒も。
そんな教室の一番後ろ、窓側からの二席は揃って早々に眠りの世界へと誘われたようである。
朗々とした教師の声が響く中、その席の一つに座る青年が不意に顔を上げる。
寝起きにしてははっきりとした眼差しでふと廊下を窺う。
そんな気配に勘付いたのか、隣の少女も目を開ける。
こちらは未だに眠気を存分に蓄えた瞳で、隣の青年を見遣る。

「どうかしたの、恭也?」

授業中だということを理解しているからか、少女は青年――恭也へと小声で問い掛ける。
今が授業中だという事を気遣っての好意だが、それなら寝るなという声は何処からも上がらない。
恭也は少女の言葉に未だに廊下の方へと視線を向けたまま、同じく小声で返す。

「忍か。起こしてしまったか」

「ううん、気にしないで」

これが普通に家などの会話なら可笑しくはないのだが、ここは学校の教室で授業中なのだ。
どこかずれている二人に、しかし、これまた突っ込む声は上がらない。
まあ、小声で会話しているからというのもあるだろうが。
忍は机の上で小さく両腕を伸ばし、眠気を少しだけ取るともう一度恭也へと視線を向ける。
背中越しにその視線を感じ取り、恭也は廊下に向けていた視線を再び忍へと戻す。

「いや、何か知っているような気配を感じたんでな。
 後、嫌な予感を少々」

恭也の言葉を笑い飛ばすような事を忍はしなかった。
気配を探るという事に関して、自分の目の前にいる青年は本当に人間かと疑いたくなるように鋭いからだ。

「知っているって、誰なの?」

「いや、そこまでは分からない。それに気のせいか……では、ないようだな。
 しかも、これはかーさんの…」

「え、桃子さん?」

「いや、そうじゃなく…」

恭也がそれ以上口にするよりも先に、教室の扉が勢い良く開け放たれ、教室中の視線がその主に集中する。
そんな視線をものともせず、その人物はずかずかと教室の中に入ってくると悠々と教室内を見渡す。
出る所は出て、引っ込むところはきちんと引っ込んでいるグラマラスな美女に、
男子生徒だけでなく女子生徒までが見惚れ、言葉を無くす中、その美女は目当ての人物を見つけたのか、
破願すると手を振る。

「ああー、恭也くん、いたいた!」

途端、恭也に向かう幾つもの視線。
男子からのそれは殆どがまた高町かという呪詛を込めたもので、女子からは何かを問い掛けるようなもの、
残りは興味津々といった視線であった。
その中に一つ、とても近くからまるで突き刺すような視線が一つ。

「恭也、あの美女は誰なのかしら?」

「……彼女は英理子さんといって」

「ふーん。あのお堅い恭也が下の名前で呼んじゃうぐらいに親しい人なんだ」

「いや、だからそれは…」

何か言おうとした恭也よりも、またしても英理子の方が先に行動を起こしていた。
それも教師に向かってである。

「私、七尾英理子と申しまして、高町恭也の親戚になります。
 すこし家の方の用事が出来ましたので、今日は早退ということにさせて頂きたいのですが」

そう言うや否や、英理子は教師の返答など待たずに恭也の方に顔を戻すと手招きする。
逆らっても無駄だと悟りきっている恭也は、素早く帰り支度を終えると鞄を掴んで席を立つ。
疑わしげに、何か言いたげに見ている忍へと恭也はとりあえず短く告げる。

「本当に親戚だよ。ただし、かーさんの方のな。
 疑うのなら、後で美由希辺りに聞いてみろ」

何故か疲れたようにそう呟くと、恭也は英理子の下へと向かう。
英理子は時間が惜しいとばかりに近付いてきた恭也の腕を掴むと、有無を言わさずに引っ張り出す。
恭也が何か言うも耳を貸さず、そのまま校舎の外まで引っ張ってきた英理子は、
そこに止めてあった車へと乗り込み、恭也にも乗るように促す。
恭也が助手席に乗るや否や、車を発進させる。

「それで、英理子さん。今日は何の用ですか。
 そもそも、いつ日本に戻ってきたんですか」

「戻ってきたのは今日よ。その足でここに来たって訳」

遺物(ロスト・プレシャス)と呼ばれるものがある。
何らかの異常な力を秘めたソレを自在に操る者を遺物使いと呼ぶ。
そして、今恭也の隣にいる英理子もまた遺物使いであった。
しかも、遺物と聞くと目の色を変える程の。
遺物はそう簡単に見つかるようなものではなく、
世界中に居るハンターたちが目の色を変えて探すようなお宝でもある。
当然、危険は付き物であるし、遺物使いによる遺物を使用した戦闘なんて事もあり得るのである。
だからこそ、恭也は単に会いに来たのではないだろうとこれまでの経験と合わせて確信していた。
そして、その恭也の確信を覆すような事もなく、英理子の口からはとんでもない事が語られる。
曰く、今日これから向かう港にて遺物の取引が行われるということ。
そして、そのランク――遺物にもその能力や希少価値などによるランクが存在しており、
当然、高い物ほど能力が高いと言われている――そのランクがAだという話である。
しかし、その取引を行う組織が問題であった。
その世界でも悪い噂の絶えない組織。そこから荷を奪うというのだから。
止めても聞くような人でもなく、聞いてしまった以上は見捨てる事も出来ず、恭也は渋々と付いていく。





七尾家の広いリビング。こう見えても、英理子はお金持ちのご息女だったりするのだ。
ともあれ、無事に荷物を奪い取った恭也と英理子は、早速箱の中身を確かめるべく箱を開けていく。
が、蓋を開けた所で二人は揃って動きを止める。
信じられないものを見るように、箱の中を凝視する。
そんな二人に構わず、箱の中身がゆっくりと身を起こす。
そう、身を起こしあまつさえ、二人をじっとそのサファイアのように綺麗な瞳で見つめてくる。

「まさか、誘拐!?」

ようやく事態を飲み込めた英理子が叫ぶ中、絹のようにサラサラとした金髪の少女は、
ただ恭也のみをじっと見つめ、不意に満面の笑みを見せると抱き付く。

「なっ!?」

驚く恭也を余所に、少女はまるでこここそが自分の居場所だと言わんばかりに恭也の胸に頬を摺り寄せる。

「って、ちょっと何してるのよ!」

慌てて引き離そうと英理子が少女に手を置いた瞬間、少女の手が素早く動いて英理子の手をはたく。

「っつ〜」

手を押さえつつも攫われて不安だったんだろうと自分を納得させ、英理子は注意深く少女を見る。
そして、少女の首に付けられた首輪に目を留める。
金色の細かな意匠が施され、所々に宝石が散りばめられた首輪を。

「ひょっとしてこれが遺物」

夢心地で手を伸ばした英理子であったが、すぐに現実に引き戻される。
伸ばした手を少女に噛み付かれた痛みによって。

「ちょっ、いたっ。きょ、恭也くん、何とか言って!」

「気持ちは分かるが、やめてもらえないだろうか」

「気持ちが分かるって何よ!」

恭也に文句を言いつつも、恭也の言葉に素直に離れてくれた事にほっと胸を撫で下ろし、
次いで恭也をじろりと睨む。

「何で恭也くんの言う事は素直に聞くのよ」

「いや、俺に言われましても…」

「まあ、良いわ。その子に首輪を見せてもらって」

英理子の言葉に恭也は溜め息を飲み込むと、一言断ってから少女の首輪にそっと手を伸ばす。
言葉が通じているのかも怪しいが、少女は今度は大人しくしてくれている。
その事で英理子の視線が一段ときつくなるが、恭也は気付かない振りをして首輪に手を掛け。

「英理子さん、これ外れませんよ」

「本当?」

「ええ。どうなっているのか。もしかしたら、鍵か何かが必要なのかも」

「うーん、だからあいつらもこの子ごと攫ったのかしら」

考え込む英理子に、恭也はそろそろお暇しようとするが、その腕をぎゅっと少女が握って離さない。
恭也以外に懐いていない以上、恭也も今日は泊まりなさいという英理子の命令により、
恭也は仕方なく座り込む。そんな恭也の首筋に抱き付きながら、少女はニコニコと笑うのだった。



「ちょっと、まさか……。やっぱりそうだわ。この子の存在そのものが遺物なのよ。
 それもSランクのね。ドラゴンよ、ドラゴン!」

  遺物使い七尾英理子によって持ち帰らされた一つの荷物――

「うーん、それじゃあその子の名前はローズにしましょう」

  それがただの荷物でなかった事が運の尽きか――

「恭也、好き」

「あら、昨日の今日でもう言葉を覚えたの? 流石はドラゴンね」

「いや、感心してないで少しは離れるように言ってくださいよ」

「恭也くんが言って聞かないのなら、他の人が幾ら言っても無駄よ」

  それとも、ドラゴンの少女に何故か懐かれたのが悪かったのか――

「そのレッドドラゴンの娘を返してもらおうか」

  生きた伝説を狙い襲い来る者も現れ――

  様々な思惑が交差する中、恭也はどうする!?



クライシスは〜と



   §§



真夜中の校舎。
冬だという事を除いても、充分に暗くなる夜中、その少女は一人廊下に立っていた。
窓から差し込む微かな月明かりに照らされ、静かな湖面のような黒い瞳に流れる黒髪もそのままに。
その幻想的とも思える光景に、知らず相沢祐一は言葉もなくして見惚れる。
これまた現実との差異を生む事となっている一振りの剣を手にし、少女は静かに祐一を見つめる。

「お、お前は…」

何とか掠れる声でそう切り出しつつも、祐一は昼間に北川から聞いた一つの名を思い出していた。
祐一の一年先輩で、三年生の女子生徒。
昼間、祐一がぶつかった生徒に間違いはない。

「……川澄舞」

制服を来た少女、舞を見つめながら祐一はその名を口にする。
それに答える事もなく、舞は辺りをざっと見渡すと手にした剣をようやく下ろす。
今更のようにその事に思い至り、またこんな時間に校舎に居るという事実に祐一は少なからず興味を抱く。

「こんな時間にこんな所で何をやっているんだ」

「…別に」

「別にじゃないだろう。さっきのあれは何なんだ」

舞と出会う前、自分を襲った殺気を思い出して尋ねる祐一に、舞の方が質問を投げる。

「あなたはアレの攻撃を躱した。あなたにはアレが見えているの」

「あれ? あれってのは何だ」

「……魔物」

舞の口から紡ぎ出された、これまた現実離れした言葉を、しかし祐一は笑い飛ばすような事はせず、
ただ首を振って否定の言葉を同時に吐き出す。

「残念ながら見えていない。あれを避けれたのは、ただ殺気に反応しただけだ。
 それよりも、お前がこんな所に居るのはあの魔物とかいうものと関係があるのか」

そう訪ねた祐一へと、舞はただ静かに小さいけれども不思議とよく通る声で応える。

「…私はアレを、魔物を討つ者だから」

これが、相沢祐一と川澄舞の出会い。
そして、当人たちの記憶からは消え去ってしまっていたが再会でもあった。
それを知るのは、もう少し物語が進んだ後のこと……。



夜の校舎に本来なら聞こえるはずのない騒音が響く。
魔物の攻撃によって吹き飛ばされ、背中を強打した舞の元へと祐一は駆けつける。
強く打った所為で肺の空気が一気に押し出されたのか、舞は小さく咳き込みつつ壁に背を預ける。
祐一には見えないけれど、確かにそこに居る気配を感じて舞を庇うように前へと出る。

「…駄目、祐一」

それを留めて無理に立ち上がろうとするも、すぐに膝を着く舞を見て祐一は前方の空間を見据える。
その脳裏に浮かぶのは、六年ほど前の記憶。
何故かこの町に行きたくないと強く思うようになった祐一が、
しかし、己の無力さを、守れなかったという思いだけを感じていた頃の記憶。
一ヶ月半ぐらいの短い出会いだったが、今も尚鮮明に思い返す事の出来る出来事。
そして、去り際に告げられた言葉。

『本来なら名乗らせるべきじゃないんだろうな。基本的な事しか教えていないし。
 だけど、その気持ちはよく分かるから、だから…』

舞を守るように見えない敵との間に立ちはだかり、手に持った木刀を投げ捨てる。
後ろで息を飲む気配を感じるも、祐一はただ眼前の敵へと意識を集中させる。

『ただ、その名を名乗る以上はそれ相応の覚悟が必要になる。
 覚悟を持て。名乗る事で狙われるという覚悟を、何を捨てでも守るという覚悟を。
 そして、名乗る以上はその大事なものを守り抜け』

少し年上の少年の言葉を一言一句はっきりと思い出しながら、祐一は背中側へと腕を回し、
静かに、素早くソレを手にして眼前に構える。
一つの叫びと共に。

「永全不動八門一派御神真刀流・小太刀二刀術、見習剣士、相沢祐一!」

眼前に構えた、舞の持つ剣よりも短く、日本刀のように反った片刃の小太刀。
それを手に祐一は舞を守るべく、迫る気配へとただ無心に、何度も繰り返し行った斬撃を放つ。



春――それは別れと新たな出会いの季節。

「舞や佐祐理さんは大学生になって、俺はまだ高校生か。
 仕方ない事とは言え、もう会うこともないんだろうな」

舞い散る桜を眺めながら、そう寂寥感を感じさせる呟きを零す祐一。
その祐一の頭に鋭いチョップが落ちる。

「っつぅぅ。舞、何をするんだ、痛いじゃないか」

叩かれた頭を押さえて背後を振り返る祐一に、拗ねたように唇を尖らせるのは舞で、
その隣で楽しそうな笑みを浮かべているのは、舞の親友である倉田佐祐理である。

「祐一が悪い。もう会えないなんて言うから」

「あははは〜。舞は祐一さんが会えないって言ったのが嫌だったんだよね」

「違う」

「そうかそうか、それは悪い事をしたな。
 ちょっとした冗談だったんだが、そんなにも愛されているのか。わははは」

「違う。さっきのは祐一が嘘を吐いたから」

「舞ったら照れちゃって。本当にラブラブですね、二人とも」

「その通りだ。俺と舞はラブラブなんですよ。勿論、佐祐理さんも一緒ですよ」

「違う。そんな事はない」

「あははは〜。佐祐理も一緒で良いんですか〜。でも、舞の祐一さんを取るわけにはいきませんし」

「別に私のじゃない」

祐一と佐祐理に交互にチョップという突っ込みをいれるのに忙しい舞を間に置き、
二人は楽しそうにからかうように会話を連ねていく。
このまま続くかと思われたが、いい加減、舞が本当に拗ねそうになったので会話を止める。

「それじゃあ、改めて入学おめでとうございます」

「ありがとうございます、祐一さん」

「うん」

「でも、本当に良かったんですか。私たちの入学式なんかに来ても」

「なんかじゃないですよ。授業よりも大事な事じゃないですか。
 大丈夫です、秋子さんの許可は取ってありますから」

言って親指を立てる祐一を、佐祐理は楽しそうに、舞は嬉しそうに見るのだった。



「ふぅ。とりあえずは帰って荷物の整理だな。後、買い出しにも行かなければ」

入学式を終えたばかりの校内にある桜並木を歩きながら、恭也はそう一人ごちる。
ギリギリまで海鳴に居た所為で、引越しの荷物整理がまだ終わっていないのである。
その事自体は自分が決めた事だから問題はないのだが、如何せん、この辺りの地理に明るくないのである。
何処に何が売っているのか、それをこれから見て回らないといけない。
散歩がてらに回るかと考えていた恭也の耳に楽しそうな声が届く。
三人グループなのか、男性と女性が話をしており、その間で残る女性が忙しなく動き回っていた。
知らず微笑ましいものを見る目つきで眺めていた恭也は、
男性の方にどこかで会ったような気がして、思わず注視してしまう。
その視線に気付いたのか、男性がこちらへと視線を向け、
つられるように連れの二人もこちらへと振り返る。
気まずいものを感じながらも、恭也は小さく頭を下げる。
その途端、男性の方が驚いたような声を上げる。

「ひょっとして、師匠!?」

そんな呼び方をするのは後にも先にも二人しか知らず、そこまで考えて恭也はいや、と思い直す。
昔、休学して全国を周っていた時に出会った一人の少年を思い出す。
記憶にはないが、守れなかったという己の無力さを嘆いていた少年を。

「まさか、祐一?」

新たな出会いから始まる、新しい物語。
彼らはどんなお話を紡いでいくのだろうか――

Kangle プロローグ 北の国での再会



   §§



30世紀の世界では技術革新の結果、人類は宇宙へと飛び出していた。
更なる技術力向上により戦争で人の死ぬ事も無くなり、戦争自体一種のスポーツライク的なものとなりつつある。
いや、既になっていると言えるであろう。
そんな30世紀の宇宙空間に浮かぶ一つの艦内でのこと。

「ちょっとローソン! 次の戦いまで後一月なのよ。
 私たちと組むチームってのは誰なのよ。もう誰だって良いじゃない」

「まあまあ、落ち着いて洋子くん。何せ、今回は二チーム編成だからね。
 そうなると、君たち以外にも後四人、一チームが必要になるんだよ」

切れ長の目を吊り上げてそう喚いた少女――洋子を宥めるのはローソンと呼ばれた一人の男性。
困ったような顔をしつつも笑みさえ浮かべる気弱そうな雰囲気のローソンへと、
ポニーテールにした髪と身体を前後に揺らしつつ紅葉が尋ねる。

「そやかてローソンさん。流石にぶっつけ本番やとチームワークも何もないんとちゃいます」

「何を言ってるのよ、紅葉。早い話、私たちだけで倒しちゃえば良いんじゃない」

フリルのたくさんついた衣服に身を包み込んだ少女、まどかが簡単そうに告げる。
それを聞いてこの場にいる残った少女が困ったように口を開く。

「ですが、相手の方がチームワークで来られると流石にきついですよ」

「綾乃の言う通りだけど、かと言って私たちの動きに付いてこれるチームが居ないという実情じゃ、
 こっちはチームワークも何もないんだけれどね」

洋子の言葉にローソンは苦笑しつつも胸を張って自慢するように断言する。

「そりゃあね。僕の発明したTA−2系列艦に並ぶ艦(ふね)そのものがTERRA側にない上に、
 そのTA-2シリーズを君たちが使いこなしている以上はね」

「何でそこで自慢できるのかしら」

「本当よね〜。そもそも、機体の性能が高すぎて誰にも操れないってのだけでも問題ありだってのに、
 それを操れる私たちをスカウトできたかと思えば、チーム戦ではついてこれる味方が居ないってどうよ」

呆れた洋子の言葉に乗るように、まどかも苦言を呈する。
そんなまどかを横目に見遣りつつ、洋子は半分投げやりに口を開く。

「もう一層のことさ、シューティングゲームなんかでよくあるオプションみたいなのを四機作っちゃえば」

洋子の言っている意味が分からずに首を傾げていたローソンだったが、
それは聞き流す事にして現状の問題打開に関する事を話し出す。

「まあ、僕としても何もしてなかった訳じゃないんでね。
 洋子くんたちのTA−2系列と同性能の戦艦をちゃんと設計、開発していたんだよ」

これで機体に関しては遅れは取らないと言う割にはローソンの顔はあまり喜ばしいものではなかった。
心配そうにローソンを見つめる紅葉に、それなら楽勝と既に勝った気でいるまどかと違い、
洋子と綾乃は何かに気付いたかのように互いに顔を見合わせ、互いに考えている事が同じだと悟る。
その考えこそがローソンの表情の原因でもあるのだと既に分かった二人は、
お気楽なまどかへと洋子は挑発するように、

「まったく、本当にアンタはそのおでこのようにおめでたいわね」

「何ですって! おめでたいのとおでこと何の関係があるのよ!」

「ああ、よらないで。照明が反射してまぶしい」

「きぃぃ〜。この猫娘が〜」

「誰が猫よ、猫!」

取っ組み合いの喧嘩にまで発展するかと思われた二人のやり取りはしかし、
綾乃の静かな咳払いで収まる。

「洋子さんも気付かれたみたいですけれど、
 私たちが操るTA−2系列艦と同性能という事は、その欠点もですよね」

「あははは」

綾乃の言葉に引き攣った笑みで応えるが、それが答えのようなものである。
一方、それを聞いてもまどかと紅葉の二人は首を傾げる。
TA−2系列艦は似たような艦がNESS側にも出てきたとは言え、まだ先端とも言える技術を用いた艦である。
それぞれに特徴は違うが、欠点と言われても思いつかないのだ。
そんな二人へと今度は洋子がはっきりと告げる。

「つまり、高性能故にその力を引き出せるプレイヤーが居ないって事よ。
 だからこそ、わざわざ私たちが20世紀から未来にスカウトされたんでしょうに」

洋子の指摘にあっとなるまどかと紅葉。
対してローソンは乾いた笑みを上げ続ける。

「あははは。まさにその通りなんだよね。
 実は洋子くんたちには言ってなかったけれど、
 その新しい戦艦のパイロット選出をシュミレーターでやってみたんだけれど……」

「駄目だったわけね」

「面目ない。前とは違って、洋子くんたちのTA−2系列艦の存在が有名になってきているからね。
 当然、その動きを見ているパイロットたちも居る。だから、今回は出てくるかと思ったんだけど…。
 良いとこ、艦の性能20%を引き出したって人が最高記録さ」

「まあ、私みたいな天才はそうそう居ないって事よね〜」

「おでこの戯言は聞き流しといて、結局はどうなるわけ?
 何なら、一層の事私たちだけでも良いけれど」

「ちょっと洋子! 既にその名詞で私を指すな!
 って聞きなさいよ!」

立ち上がるまどかを後ろから紅葉が羽交い絞めにして止めて宥める。

「まあまあ、まどかちゃんも落ち着いて。
 しかし、実際どないするんや、ローソンはん」

「今回は二チーム編成である以上、登録は二チームじゃないといけない。
 だから、最悪はチームワークなしで、それぞれのチームでバラバラにって事になるだろうね。
 でも、相手が相手だからね」

「まあ、何とかなるんじゃない」

お気楽なまどかと違い、洋子は慎重に考える。
が、先程のローソンの言葉に引っ掛かりを覚えて脳内で再生してみる。

「ん? んんっ? ちょっと待ってローソン。
 最悪って事は、何か他にも策を考えているってこと?」

「そうだよ。こっちはどうなるかまだ分からないけれどね。
 前回と同じ問題が持ち上がったのなら、解決策も前回と同じようにすれば良いじゃないか」

「それって、まさか…」

洋子の言葉にローソンはニヤリと笑う。

「そうさ、適正のある者をスカウトすれば良いのさ。
 勿論、20世紀からね」



「これが君たちに乗ってもらう事になる船、戦艦だよ」

言ってローソンはパドックを見下ろす位置から自慢するように両腕を掲げる。
簡単の声が二つ上がり、残る二人は冷静に艦を見下ろす。
もうちょっと驚いて欲しかったとぼやきつつ、ローソンは簡単に説明をしようとして、
紅一点ならぬ、唯一の男によって止められる。

「もう一度確認しますが、本当に搭乗者に危険はないんですね」

「ああ、大丈夫だよ。だから、安心してくれたまえ」

男――恭也の言葉にローソンは自信たっぷりに返す。
恭也の前、パドックにある艦を見ていた少女が振り返って笑いを堪えるように口を開く。

「しっかし、本当に心配性だね恭也は」

「忍、お前ほどお気楽になれないだけだ。第一、俺だけ乗るのなら良いが…」

言って恭也は忍の隣にいる小さな少女へと視線を移す。
勿論、それが分かっていて忍は言っているのだが。恭也もそれが分かっていて尚そう口にしてしまう。
憮然とする恭也に忍は更に笑いを堪える。

「はいはい。恭也はなのはちゃんに甘いからね」

「甘い、甘くないの問題じゃない」

ぶすっと拗ねたようにそっぽを向く恭也を見て、忍となのはは顔を見合わせて笑みを見せる。
それを横目に伺いつつ、恭也は話の腰を折った事を詫びる。

「どうぞ、続けてください」

「ああ。皆にはここに来る前に渡した簡易シュミレーターでそれぞれの艦を操ってもらった訳だけど、
 今日はそれよりも難易度の上がった事をやってもらう。
 具体的な内容は後で説明が入るけれど、とりあえず実際に搭乗してもらうから。
 実際に戦艦を動かすと、シュミレーターとはまた違うからね。
 それを見て提督が最終的な判断をするから。それじゃあ、早速で悪いけれど準備してもらっても良いかな」

ローソンの言葉に四人が四人とも頷くと、それぞれの艦に搭乗するための準備に取り掛かるのだった。



全長1500メートルにも及ぶ艦をたった一人で全て制御し、操縦するのである。
細かいサポートをする者がどうしても必要であるのは仕方がないであろう。
そこでそれらを一手に引き受けてくれるのが、人口AIである。
登録時に好きな名前を付けれると聞いて、忍は恭也と名付けようとしてあっさりと本人に却下される。

「良いじゃない。私の艦なんだから〜」

「あのな。戦闘になった際、お前が俺に呼びかけたのかAIに呼びかけたのか分からないだろう。
 俺の呼び方を変えるならともかく」

「うーん、じゃあ恭ちゃん」

「本気で殴らせてくれ」

「あ、あははは。そんなに嫌がらなくても良いじゃない。
 仕方ないわね。うーん、じゃあ、すずかで良いや」

「あ、それってもしかしてアニメに出てくる女の子の名前ですか」

「そうよ〜。何か他人に思えなくてね〜」

なのはとアニメの話で盛り上がり始めた忍に、恭也は話の内容に付いていけずに残る一人へと声を掛ける。

「ノエル、どうだ?」

「問題ありません。ファリンも問題なしと言ってます」

「ファリン? ああ、それがノエルのAIの名前か」

「はい。忍お嬢様がすずかと名付けられたので、彼女に仕える従者の名前にしました」

忍に仕えるノエルらしい選択に恭也は知らずに笑みを見せ、さっさと自分のAIに名前を付ける。

「という訳で、頼んだぞ八景」

やはり相棒の名前はそれが一番しっくり来るのか、返って来る声に恭也は満足そうに頷く。
そろそろ発進だとローソンから連絡が入り、四人はやや緊張気味に操縦桿を握り込む。
ゆっくりと目の前の防壁が開いていき、その向こうに闇を映し出す。
星の煌きを幾千、幾万も散りばめた黒い空間。
そこへと向けて戦艦がゆっくりと動き出す。

「レイジングハート、サポートお願いね」

【はい】

なのはの言葉になのはのAIが短く返事を返し、薄暗かったコクピット内に光が灯り始める。
幾つか浮かぶ計器に表示される情報を確認し、異常がない事を確認するとなのははスロットを前に倒す。

「TH−29超砲撃戦艦(スーパーシューティング)タカマチナノハ セットアップ!」

白を主体として薄い桜色でカラーリングされた機体が宇宙空間に飛び出していく。
その後に続くように、三人も発艦していく。

「TH−27超武闘戦艦(スーパープロクシブバトル)タカマチキョウヤ 出撃。
 ……って、毎回これは言わないといけないのか」

「TH−25超速砲戦艦(スーパーヴェラシティ)ツキムラシノブ はっし〜ん。
 面白くて良いじゃない」

「TH−23超電脳戦艦(スーパーサイバーエレクト)ノエルキドウエーアリヒカイト 出ます。
 一応、どの艦が出撃したのか分かる為ではないでしょうか」

宇宙空間に飛び出た四機の戦艦を囲むように、十六機の戦艦が姿を見せる。
どれも恭也たちの操る艦よりは少し小さいそれを見ながら、次の指示を待つ。
そこへローソンから通信が入る。

「ミッションは単純さ。その十六機の艦を全て叩き落す事。
 一機一機は大した強さじゃないけれど、その連携は厄介だよ。それじゃあ、三十秒後にスタートするから」

それを最後に通信が切れ、それぞれの艦に30という数字が現れてカウントダウンしていく。



0になると同時に恭也と忍の機体が飛び出す。
逆になのはの機体は後ろへと下がり、ノエルはその場から動かない。
その様子をローソンたちと見学しながら、洋子はローソンにあの機体に付いての説明を求める。
敵の群れに突っ込んだTH−25は、その速度のまま殆ど直角に上へと曲がったかと思うと、
そのまま機体を反転させて機首を下に向けて主砲SY−32を撃つ。
同時にミサイルをばら撒き、周囲の戦艦も打ち落とす。
主砲で一機が戦闘不能となり、ミサイルで一機が翼をやられる。
その様子を見ながら、ローソンは機体の力を完全に引き出している忍に興奮冷めやらぬとばかりに口を開く。

「素晴らしい! あのTH−25はオールマイティと言えば聞こえは良いが、
 全ての性能が非常に高く安定した艦なんだ。
 だから、上手く力を引き出せないとただの器用貧乏で終わってしまうんだ。
 それをああも使いこなしてくれるとは。主砲に洋子くんのTA-29の副砲、
 綾乃くんの主砲と同じSY−32を二門。副砲にSY−24を四門。
 次元転換魚雷にレーザートラムという武装以外にも、潮汐力ブースター、
 斥力場ターボを機体の上下にも付けて今のような直角に曲がる事さえも可能にしたんだ。
 武装の種類や多さではTA−2系列、そしてTH−2系列でも一番さ」

興奮しながら説明するローソンの前で、翼を失った戦艦へと接近するのはTH−27、恭也の機体である。

「何となく最初の艦の名称でピンと来たんだけれど、あの艦は接近戦用よね」

「流石だね、洋子くん」

「って事は、あの艦には綾乃のTA−27みたいに重力アンカーが着いてたりするの?」

「よく聞いてくれた! この艦ほど乗り手が中々居なかった艦はなくてね。
 主砲がSY−20の一門のみ。装甲も薄く受けるよりも避けるのを重視した艦なんだよ。
 因みに、他の武装は次元転換魚雷のみ」

「それって、殆ど武装ないじゃない。って言うよりも、はっきりとないわよね」

「そう! だが、あの艦には他にない武器があるんだよ。
 それが他の艦よりも大きく左右に突き出した翼。そして…」

ローソンが指差す先では、機体の下部よりアームが二つ出てきており、その先は鋭く反った刃物のようである。

「もしかして、刀ですか?」

綾乃の半信半疑の言葉にローソンは力強く頷く。

「そう。今まで、誰も戦艦で格闘技をしようとは思わなかった」

「普通は思わないわよ」

「だが、綾乃くんのTA−27でそれが有効だと分かったからね。
 今度は素手ではなく近接用の武器にしてみたんだ。
 まあ、その所為で戦艦での戦闘に慣れきっているパイロットには全然操れなかったんだが」

思わずパイロットの方に同情してしまうまどかの隣で、綾乃は目を細める。

「あの翼もエッジが鋭いですね。それに、さっきのローソンさんの言葉からすると、あれも」

「そう。あれも武器さ。あのTH−27は本当に接近戦用の艦なんだ!」

恭也の操る機体がアームを振るい、翼を失っていた艦を沈める。
そのまま近くにいた二機へと機体を翻し、擦れ違いざまに翼で一機の機体を斬り裂く。
残る一機はアームの刃で切りつけ、これで合計四機の戦艦が沈む。
残る十二機の戦艦は戦線を離脱して周囲に散らばる小惑星の陰に隠れる。
だが、それらは全てノエルの操る艦に補足される。
ノエルの艦のコクピットは他の艦と違い、左右前面は言うに及ばず頭上にまでなにやら操作盤が設置されている。
それらを忙しく操りながら、ノエルは次々に表示される画面をその揺るぐ事のない瞳で見つめていく。

「いやー、しかし本当に彼女も凄いね。
 TH−23の真髄はその情報収集力にあるんだけれど、そのためには偵察用のブローブが必要でね。
 これが簡単な命令なら自動でやるんだが、そうじゃない場合は手動なんだよ。
 それを全て操るなんて、人間技じゃないね。あははは。
 しかも、それらから送られてくる情報をより分け、必要な物のみを整理して他の艦に伝える。
 オペレータとしてとっても優秀、いや、優秀なんて言葉じゃすまないかも」

ローソンの言葉を証明するかのように、恭也と忍の乗る艦は次々に敵艦へと正確に攻撃を繰り出す。
だが、それでも上手く回避したり、軽微で済んでいるようである。

「確かに凄いかもしれないけれど、射撃が下手ね〜。
 まあ、あのTH−27は近接武器しかないから仕方ないのかもしれないけど」

まどかの洩らした言葉に、しかし洋子は首を横に振る。

「違うわ。あれは一箇所に敵を集めているんだわ。
 戦闘が始まってからTH−29の姿を一度も見てないもの。
 きっと、彼女が最後の一撃を出すつもりなんでしょうね」

「そうだろうね。TH−29はロングレンジに長けた主砲級の武装を多数装備した戦艦だからね。
 装甲も厚く、まさに移動要塞だよ。何より、副砲としてSY−32を16門装備しているからね。
 驚くのは彼女はその全てを一度に照準して撃って見せた事だよ」

ローソンの言葉には流石の洋子も少し驚く。
だがすぐに不敵な笑みを浮かべると、面白いじゃないと呟くのだ。
どうやら、TH−29のパイロットに興味を抱いたらしいと綾乃は洋子らしいと小さく笑みを洩らす。
同時に自分もまたTH−27のパイロットに興味を抱く。
誰が搭乗しているのかは後のお楽しみという事でまだ会っていないが、
戦艦での近接戦闘は想像よりも遥かに難しいのである。それをああも鮮やかにやって見せるとは。
恐らくは何らかの武術を修めたものだあろうと綾乃は考え、楽しみを覚えるのだった。
戦闘の方は洋子の言う通り、残っていた戦艦が全て一箇所に集められていた。
同時に離脱する二機。
程なくして、何処から撃ったのか艦の姿もなくただ敵艦を打ち抜く主砲と思われる攻撃が通過していく。
後には何も残っていなかった。

「な、今のはなんなん、ローソンはん」

「ふっふふふ。よくぞ聞いてくれた紅葉くん。
 あれこそTH−29の特殊武装。超々距離砲だよ。
 うーん、名前はまだ決めてなかったんだが、スターライトブレイカーなんて良いかもね。
 まさに星さえも砕く一撃」

愉悦に浸るローソンに肩を竦めつつ、洋子は今なのはが打った位置をレーダーで把握し、
その距離に思わず身を震わせる。

(あの距離で命中させるなんてね。まぐれ……ではないわよね。
 まぐれに賭けてこんな作戦は取らないものね。つまり、あそこから必ず当てる自信があり、
 他の仲間もそれを信じていた、いや、確信していたって事ね。
 ふふん、面白いじゃない。久しぶりに楽しめそうだわ)

敵ではなく味方だということをすっかり忘れ、洋子はなのはと会う楽しみに小さく笑うのだった。



宇宙戦艦 トライアングルハート



TH−29超砲撃戦艦(スーパーシューティング) タカマチナノハ
サポートAI:レイジングハート

ミドルレンジからロングレンジに長けた主砲級の武装を多数装備した戦艦。
ロングレンジよりも遥かに長い、超々長距離からの砲撃と強固な防御力も持つまさに移動要塞。
ただその主砲の多さや射程距離の長さから、敵味方問わずに撃つなら兎も角、敵だけを狙い打つには相当の腕が必要。
複数の照準を一瞬にして合わせる能力と、それぞれの主砲を手足のように使い分ける技術がないと、
この艦の力を100%発揮できないため、今まで乗る事が出来る者はいても、使いこなせるものはいなかった。
コクピット内には他の艦なら主砲として扱われても可笑しくない大出力のSY−32の副砲発射に関するものだけで十六もある。
これは十六全てがバラバラに敵を狙えるための措置だが、その所為で余計に扱いが難しくなっている。
主砲となる武装の他に、スターライトブレイカーと呼ばれる秘密兵器も搭載されている。



TH−27超武闘戦艦(スーパープロクシブバトル) タカマチキョウヤ
サポートAI:八景

完全に接近戦用に特化させた機体。
主砲となる武装でさえ今では副砲としても見る事もないSY−20が一門のみ。
他には次元転換魚雷を200持つだけの上に装甲もとても薄いという、それだけを見るなら最弱とも言える艦。
ただし、この機体の真髄は一撃離脱で、速度に関しては他の艦と比べてもトップレベル。
この艦の主武装は、その艦本体より伸びたアームに繋がった刀のような武器と、必要以上に鋭いエッジの翼。
この刀と翼により、擦れ違うようにして相手の機体を斬り裂く事を主とする機体である。
が、今までの戦艦での闘い方を覆すような戦艦であるため、乗り手も見つからなかった。



TH−25超速砲戦艦(スーパーヴェラシティ) ツキムラシノブ
サポートAI:すずか

オールマイティな高性能を誇る非常に能力の安定した艦。
逆にそれ故に完全に使いこなせないと器用貧乏で終わってしまう。
武装の種類が最も豊富だが、それを選択して使い分けないといけないため、慣れないと思ったような武装がすぐに使えない。
他にも潮汐力ブースター、斥力場ターボが機体のあちこちに装備されており、アクロバティックな動きを可能とする。
ただし、こういった操作性の難しさから、これまた完全に力を引き出せる者はいなかった。



TH−23超電脳戦艦(スーパーサイバーエレクト) ノエルキドウエーアリヒカイト
サポートAI:ファリン

情報を扱う能力に非常に優れた戦艦で、探索能力は他の艦と比べても随一で情報の収集から分析までをも行える。
探索用の超小型搭載艦ブローブを操り、自身は動かずとも周囲の状況を調べ上げる事が可能。
このブローブには小さいながらも武装がされており、威力は小さいが単独での攻撃も可能な上に細かい指示も出せる。
ただし、ブローブにはそれぞれ操作が必要で数が増えればその分操作も複雑になっていく。
操作の難しさで言えばTHシリーズ随一である。また、ブローブの操作と同時に情報の選別なども行わないといけないため、
艦を動かせてもブローブはあまり動かせなかったり、ある程度操縦出来る者でも情報を上手く整理できず、
この艦の本来の意味を完全に発揮出来る者はいないという実状であった。



TH−2系列のこれまでの簡単な報告及び、性能を纏めたレポートを読みながら、リオン提督は嘆息してそれを机の上に放り投げる。

「全く、あなたもまたとんでもないものを作ってくれたわね」

「あははは。ですが、こうして艦の性能を引き出せるパイロットも揃った事ですし、まあ良いじゃありませんか」

そう言ってにこやかに笑うローソンに言うだけ無駄だと悟ったのか、リオンは何も言わずにただ呆れたような、諦めたような表情を覗かせる。

「それで、TH−2系列のパイロットたちは?」

「今、洋子くんたちが迎えに行ってますよ。我々もそろそろ会議室の方へと移動しましょう」

「そうね」

リオンは座っていた椅子から立ち上がり扉に向かって歩いていく。
その後ろを付き従うようにローソンも歩きながら、その背中へと問い掛ける。

「それで、彼らの合否は?」

「分かっているでしょう。
 20世紀からのスカウトというのはまた問題のある事だけれど、それを隠す苦労と比べてみても彼らの腕は欲しいわ。
 何よりも、あのTH−2系列を操れるパイロットは他にいないのだし」

リオンの提督に満足そうに頷くローソンの、その胸のうちがが手に取るように分かる。

(きっと更に機能を弄るつもりなのね。現在あるTA−2系列、TH−2系列を弄るのはこの際良いけれど、
 また新たな艦を作られては堪らないわね。ここはしっかりと釘を指しておきましょう)

やや目を細めるリオンが口を開くよりも早く、心底楽しそうな笑みを浮かべていたローソンが口を開く。

「勿論、新しい艦なんて考えていませんよ。
 これからは、TH−2系列の艦の技術をTA−2系列に組み入れて更なる躍進を計るつもりですから。
 そしてその逆も然り。
 どっちにせよ、TA−2系列もTH−2系列も更なる高みへ!
 あの八人なら、きっと使いこなしてくれるでしょう!」

言っている内に興奮してきたのか、ローソンは鼻息も荒く拳を握り締めて高く掲げ、
それを見たリオンは呆れたように吐息一つ零すと、ローソンをその場に置いてさっさと会議室へと向かうのだった。



   §§



恭也は呆然とこの事態を傍観していた。
いや、自身も当事者である以上、傍観ではないのだが。
ただ、思ってもいなかった突然の事態に呆けてしまい、更にやや混乱しているらしく、
らしくもなく指一本動かす事なく現状をただ受け入れていた。
時間にして僅か数秒ほどの事ではあったが、恭也にはそれはともて長く感じられた。
呆然と見開かれた瞳に映るのは、染めたものとは違うごく自然の、
それでいて今までに見たことのないような薄い桃色の髪。
閉じられた瞼から伸びる長い睫毛が微かに震えており、目の前の少女が緊張していると理解する。
そこまで恭也が考えた時、不意に柔らかな感触で塞がれていた唇が解放される。
ようやく事態を飲み込んだ恭也は、いきなりキスをされた事に驚き目の前の少女を見上げる。
何か言おうと口を開こうとしたその時、不意に左手が光を放つ。
見れば、見たこともない模様が甲に刻まれていた。
別段痛みもなく、光もすぐに収まる。

「これまた珍しいルーンですね」

その左手の紋様を年配のローブを着た男性が覗き込みながらそう呟く。
手にした紙に恭也の手に現れた文様――ルーンを書き留めている。
未だに事態を飲み込めずにいる恭也の前で、少女は一人小刻みに震え、怒りの篭もった視線を恭也へと向ける。
その内、男性の言葉に他の少女と同じ年ぐらいの少年、少女が空へと飛び上がる。
HGSかとも思ったが、リア―フィンも展開していなければ、あまりにも一箇所に大勢居過ぎる。
そこまで考えて、恭也はまた面倒な事に巻き込まれたと諦観した相で目の前の少女を見つめる。
自分の事を使い魔と呼び、自らを主人だと主張するルイズと名乗った少女を。

「とりあえず、幾つか聞きたいのですが」

恨めしげに空を見上げていたルイズは、恭也へと視線を戻す。

「何で、何で、何で平民なんか、平民なんかが…」

とりあえず色々と聞きたい恭也であったが、学院という所に戻らないといけないというのは分かった。
そして、それを告げたあの年配の男性が教師であろうと。
現状が分からないながらも、自分とルイズも学院へと行かないといけないと察し、諸々の聞きたい疑問を抑え、

「早く学院に戻った方が良いんじゃないんですか」

「っ! 分かってるわよ! 行くから付いて来なさい!」

言って歩き出すルイズに、恭也は当然のように疑問を口にする。

「他の人たちみたいに飛んでいかないんですか?
 もしかして、俺に気を使って歩かれているんですか?」

その言葉にルイズは全身を震わせ、すぐに口を噤むと肩を怒らせて歩き出す。
何か怒らせるような事を言っただろうかと悩みつつ、恭也はルイズの後を付いていくのだった。
隣に並んで歩きながら、今まで見たこともないような植物などを目にして恭也はある確信に辿り着く。
それは…。

「異世界か。はぁー、足元にあったあの変な図形が原因だろうな」

休日の病院帰り、突如足元に現れた奇妙な図形。
本能的に何かを感じて飛び退こうとしたが、その飛び退くための足場が図形の中心であり、
恭也の身体は簡単にその中に入ってしまった。
すぐに気を失い、気が付けばルイズが目の前にいて顔を近づけてきていたのだった。
思わず唇の感触を思い出して赤くなりつつ、恭也はルイズへと色々と話し掛け、ここが異世界だと確信する。

「ハルケギニア、か」

「しかし、異世界だなんて信じられないわね」

全く信用していないという目で見てくるルイズに、恭也は気を悪くした風もなく、
これが当然の反応だろうなと諦め半分で肩を竦めるのだった。
元の世界へと戻る方法も分からず、また手掛かりもない状況では、
自らを恭也の主人だと言うルイズ以外に頼る者もおらず、恭也は大人しく従うのであった。



こうして、恭也の使い魔ライフが幕を開ける。



当初、同じ部屋だという事に難色を示した恭也であったが、
使い魔として洗濯と掃除をやれと言われて渋々と納得する。
部屋の隅に毛布で包まって眠る恭也。その目の前で行き成り服を脱ぎ出すルイズ。
あまつさえ、恭也に着替えの世話までさせるのである。

「あのね、貴族が仕える者が傍にいるのに自分でそんな事をする訳ないでしょう」

どうやら、恭也を男として認識していないらしく、あくまでも使い魔として扱うルイズ。
戸惑いつつも大人しく服を着せてやる。不意に小さい頃のなのはを思い出すが、すぐに首を振る。
小柄だがルイズは美由希と同じ年齢である。
しかも、肌は真珠のように白く滑らかで、黙っていれば間違いなく美少女である。
顔を赤らめつつ着替えを終えると、恭也は次にどうするのか尋ねる。

「朝食を取るわ。ついてらっしゃい」

昨日から何も食べていない事を思い出し、恭也も流石に空腹を覚える。
ルイズの後ろから付いて行った食堂には、朝から豪華な食事が並ぶ。
そのあまりの贅沢さに思わず周囲を見渡す恭也であったが、ルイズが席に着こうとしたのを見て椅子を引く。

「あら、平民のくせに良く分かったじゃない。
 まあ、私の使い魔なんだから、それぐらい気を使ってもらわないと…って、何処に座るつもり?」

隣に座ろうとした恭也を咎めるルイズに、隣は駄目なのかと一つ離れて座ろうとするも、
ルイズは床を指差す。

「あのね、平民が貴族と同じ席に着ける訳ないでしょう。
 食堂に入れただけでも特別なんだからね。アンタの席はここよ」

流石にあんまりな扱いではあるが、恭也は大人しく床へと胡座をかく。
その目の前に、具の殆ど入っていないスープと固そうなパンが一つ差し出される。

「……これは?」

「アンタの朝食よ。ありがたく頂戴するのよ」

「これは流石にあんまりでは…。贅沢は言わないが、もう少し量を」

「嫌なら食べなくても良いのよ」

ルイズの物言いに溜め息を吐くと、恭也はそれを大人しく口にするのだった。



青銅のギーシュと名乗った少年が薔薇を振ると、その目の前に鎧甲冑を身に纏った女性を象った銅像が現れる。
それは生きているのと変わらないぐらい滑らかに動き恭也へと向かってくる。
腹に突き出された拳を身を半分捻って躱し、逆にその腕を掴んで相手の力を利用して投げ飛ばす。

「なっ、僕のワルキューレが。どうやら平民と思って侮っていたようだね」

ギーシュは狼狽したのを隠すように薔薇を優雅に振り、辺りに花びらを撒き散らす。
すると、ギーシュの周りに先程と同じような甲冑姿の女性が六体現れる。
二体はギーシュを守るようにその前に立ち、残る四体と先程倒れた一体の計五体が襲いくる。
包囲されて上で飛んでくる拳を全て躱す恭也。
しかし、こちらからの有効な攻撃手段が思いつかない。
見たところ、人ではないようである。
そうなると素手での撃破は難しいだろう。
せめて刀があればと思う恭也であったが、完全な丸腰ではないにしても、
今ある武装は鋼糸と飛針が数本のみである。
これでは決定打に欠ける。
困ったように周囲を見渡しながら、恭也は全ての攻撃を躱し続ける。
周囲の貴族たちから驚きの声が上がるが、そんなものは恭也の耳には届かない。
辺りを見て武器になりそうなものがないかだけを探す。
が、先に相手のほうが焦れてきたのか、何やら命令を下す。
それに答えて恭也の周りを囲んでいたワルキューレたちが一斉に剣を引き抜く。
流石に剣呑な表情を浮かべる恭也の耳に、ルイズの焦った声が届く。

「恭也、さっさと謝りなさい!」

「何故? 俺は何もしてませんよ」

「平民が貴族に敵う訳ないでしょう」

今ここに来たばかりのルイズは恭也の動きを見ていなかった。
だからこそ心配そうにそう声を上げるのだが、恭也は逆にルイズに尋ねる。

「それよりも、何か武器になるものはありませんか?」

「何を言ってるのよ」

ルイズとの会話に僅かとは言え気を取られ、恭也の腕に一本の剣が掠る。
大した傷ではないが、このままルイズと話していても仕方がないと判断し、
恭也はまずはこの包囲網を出る事にする。
自分から初めて前へと出て、左右正面から襲いくる剣を紙一重で躱し、そのまま駆け抜ける。
一体の横をすり抜けざま、拳を腹部へと当てて徹を込めて殴る。
しかし、相手の動きが一瞬止まっただけですぐに動き出す。

「やはり無駄か。別に内部に人や動力があるという訳ではないということか」

武器がないか探す恭也へ、再び包囲せんと動き出すワルキューレたち。
喚くルイズの声を聞きながら、恭也はやや怒鳴りつけるように言う。

「良いから、何か武器を! 何でも良い! 少しは自分の使い魔を信じろ!」

恭也に初めて怒鳴られ、思わず口篭もったルイズだったがすぐに怒ったように反論する。
そんな二人のやり取りに呆れたように肩を竦め、
ギーシュは余裕を見せるためか恭也の足元に練金で作り出した剣を投げる。

「よければ使いたまえ」

恭也がそれに手を伸ばそうとした瞬間、ルイズがまた叫ぶ。

「駄目よ! それを手にしたらギーシュの奴は本気で来るわよ」

ルイズの言葉を耳にしながらも、恭也はその剣を手にする。
自分の意地のためではない。ギーシュの吐いた決闘するに至った場所に共にいた給仕の少女に対する暴言、
そして何よりも主人であるルイズに対する侮辱。それらを撤回させるために、恭也は剣を手に取る。
途端、左手のルーンが輝き、いつも以上に身体が軽くなる。
軽くなるだけでなく、こちらへと攻撃してくるワルキューレの動きがさっきよりも更に遅く見える。
疑問が浮かぶがそれらを全て頭の片隅に押し退け、恭也はこちらへと向かってくる六体の動きを一瞥する。
防御に置いていた二体のうち一体まで更に攻撃に加わってきたが、それは大した問題ではなかった。
恭也は一瞬で六体の中心へと飛び込み、剣を振るう。
まるで紙を斬り裂くかのように六体を一瞬で切り裂くと、それらは全て花びらとなって消え去る。
周囲が、ギーシュが驚きの声を上げる中、恭也はギーシュへと詰めより、
護るように立っていた残る一体も軽く斬り捨て、ギーシュの足を払って地面へと転がす。
その顔のすぐ横へと剣を突きつける。

「まだやるか」

「こ、降参する、降参するからゆ、許してくれ」

「だったら、さっき食堂で口にした言葉を取り消せ」

恭也の言葉にコクコクと頷くギーシュに興味を無くしたのか、恭也は剣から手を離す。
未だにざわめく周囲を余所にルイズの元へと近付く恭也に、こちらも興奮した様子で近付く。

「凄いじゃない、恭也。アンタ、あんなに強かったの」

「元々剣術をやっていたんだが、剣を手にした途端、いつもよりも力が湧き出てきました」

「そう。どっちにしても凄いわ。あのギーシュの顔ったら。うん、よくやったわ」

ご機嫌なルイズを見下ろしながら、恭也は自分の左手のルーンを見る。
あの時、間違いなくこのルーンが光った。
それからだ。恭也の身体能力が上がったのは。
不思議そうにルーンを眺めていた恭也であるが、分かるはずもなく、
使い魔の契約として出たルーンだから、何か力があるのだろうと適当に結論を出すのだった。

この時はまだ、恭也もルイズもこのルーンが何を意味するのか分かっていなかった。
まさか、伝説をその身で体現する事になるなどとは。
また、後に様々な事件に巻き込まれ、また首を突っ込んだりとかなり忙しい日々を送る事になるなど、
それこそ、現時点での二人に知る由もないのであった。

ゼロの使い魔剣士



   §§



「アスラクライン、高町恭也。史上最悪にして最凶の男だ。
 夏目智春、忠告しておこう。彼には関わるな」

そんな一方的な忠告を第一生徒会生徒会長、佐伯玲士郎から受けたのは昼休みの事であった。
その一方的な言葉に智春が呆けているうちに、玲士郎はさっさと歩き去ってしまう。
あの玲士郎が最悪とまで言う人物である。出来るならば自分も関わりたくはないと思う智春へと、
水無神操緒がさっきの言葉を思い返して智春に進言する。

「ねぇ、今アスラクラインって言わなかった?」

その言葉に智春は小さく驚きの声を上げる。
アスラクライン――魔神相剋者、
機巧魔神と使い魔の両方を有する存で、演操者であると同時に契約者でもある人物を指す言葉である。
だが、同時に言葉は悪いがその性質上、副葬少女と悪魔の二股の関係になる事にもなる。
その愛情が一方に傾けば、他方へと悪影響を及ぼすのである。
そんな事を思い出しながらも、智春は今まで名前も聞いた事もない存在故に、
特に関わる事もないだろうと思っていた。
そう、この時はまだ。
だが、彼は忘れていたのだ。天才と称される、自分の兄の存在を……。



「君が智春くんだね。直貴から話は聞いているよ。俺の名前は高町恭也」

突如、智春の前に現れたのは昼に聞かされたばかりの存在であった。
彼の口から聞かされた内容は――。



「あ、あ、あのバカ兄貴ーー!」

毎度の如く、智春を事件へと巻き込んでいく。



「うーん、確かにアスラクラインで最悪な人だとは聞かされたんだけど、
 正直、性格だけ見れば俺の周りでは一番まともな人なんじゃないかな」

「ちょっと、それどういう事よ!」

「い、いてててっ。ちょっ、操緒やめろってば」

騒々しい日常は表面上は何事もなく過ぎていき――



「残念だったな。俺が契約した子が副葬処女(べリアル・ドール) となっているんだ。
 だから、どちら一方へと想いが傾く事もなく、その想いが強まれば使い魔も機巧魔神も共に力を増す」

「……その上、彼自身が古流剣術の使い手だ。それも、凄腕のな。
 だから、関わるなと言ったんだ」

「いや、言ったも何も話を聞く限りでは第一生徒会が悪いんじゃ……」

「いい事を言ったわね、智春。その通りよ。彼を敵視しているのは第一生徒会の連中だけ。
 私たちまで巻き込まないでよね」

次々と明かされていく真実に、智春はただただ流されていく。


アスラ・ハート プロローグ 「最凶のアスラクライン現る」



   §§



西暦20XX年。
人類はゆっくりと、だが確実に滅亡へと向かって歩み始めていた。



夏も近付きつつあるそんなある日、高町家に一通に手紙が届けられた。

「文部科学省から? しかも俺宛て?」

不思議そうに何度も見返すが、やはりそこに書かれているのは自分宛てに間違いないようである。
そんな恭也の様子を眺めていたなのはたちであったが、不意に美由希が納得したように手を打つ。

「そっか。遂に恭ちゃんの授業態度の悪さが文部科学省にまで届いて…。
 ああ、我が兄ながら情けない」

黙したまま封を切り中を改める恭也に、美由希は更に調子付いたのか更に続ける。

「全く、ちゃんと勉強しないからそんなのが来るんだよ。
 きっと、何処かに幽閉でもされて無理矢理勉強させられるんじゃないの?
 ああ、無理か。だって、今までちゃんと勉強してなかったのに、急に恭ちゃんが出来る訳ないよね。
 もしかしたら、小学校からやり直しとか? はいは〜い、1+1=2ですよ〜とか」

とことん調子に乗る美由希を、なのはたち妹三人組みは少し哀れみを含んだ目で見つめる。
その顔は如実にいい加減に学習しなよといたもので、その目はいつの間にか手紙から顔を上げて、
静かに美由希を見つめている恭也に気付くように促すものに変わる。
美由希もようやく気付いたのか、恐る恐る恭也の方を向くと、暫しの沈黙を挟んだ後、
徐に相好を崩してにへらと表現するのが相応しい感じで大きな笑みを見せる。

「なぁ〜んてね。こんなの冗談だって分かってるよね、恭ちゃん。
 もうそんな怖い顔したら駄目だよ。あははは〜、あ、あは、あはは…」

「可哀想な妹よ。普段から何もない所でこける奴だとは思っていたが、遂に打ち所が悪かったか。
 だが、安心しろ美由希。兄はそんなお前を決してないがしろにしたりはしないぞ。
 例え、一人ランドセルを背負って小学生と一緒に通学する事になっても、
 俺はそんなお前から50メートル離れた所で他人のフリをしながら見守ってやる」

「それ、完全に見捨ててるのと同じ! って言うか、何で私が小学生からやり直さないといけないの。
 恭ちゃんじゃあるまいし…あっ!」

「やっぱり、そんな事を思っていたのか?」

「いや、だからあれは冗談でね。ほら、怒らないで…」

慌てて恭也を宥める美由希に、恭也は疲れたように肩を落とすと、
中に入っていた手紙をテーブルの上に置く。
読んでみろとばかりに顎で手紙を指しながら、その内容を簡単に話して聞かせる。

「確かに封筒には俺の名前があったが、中の手紙は俺とお前宛てだ」

「え、えー! 何で! 私、恭ちゃんと違って真面目に授業だって受けてるのに!」

「落ち着け、馬鹿弟子。国の偉い人がわざわざ一個人の授業態度に手紙なんぞ出すか。
 詳しくは分からないが、俺とお前を転入させたいらしい」

「転入? 二学期から?」

「いや、今すぐにでもと書いてあったな」

「何で?」

あまりの事態に美由希も思考力が止まったのか、単語、単語で区切って尋ねてくる。
それに恭也も訳が分からないなりに返しつつ、

「さあな。そこまでは書いてなかった。ただ、説明をしたいので都合の良い日を教えてくれと」

「えっと、明日の日曜日でも良いのかな」

「良いんじゃないのか。向こうからそう言ってるんだしな。駄目なら、断ってくるだろう。
 なら、明日にでもするか」

「うん。分からないまま過ごすのも気持ち悪いから、さっさと知りたいし」

「じゃあ、俺は今から連絡するからな」

「お願い」

そんなやり取りの後、恭也は立ち上がると電話の元へと歩き出し、リビングを出る前で足を止めて振り返る。

「そうそう、美由希。今日の鍛錬が楽しみだな。
 明日は予定が入る事になるかもしれないから、今日の鍛錬はちゃんと生き延びろよ」

それだけを言い捨てて立ち去るその背中に向けて美由希は泣きそうな声で叫ぶ。

「生き延びるって何!? ねぇ、ちょっと! きょ、恭ちゃん、本気じゃないよね。ねぇ」

美由希の悲痛な声に、しかし恭也は振り返る事はなかった。
美由希はネジの切れたブリキのように、ギギギと首を回して一部始終を見ていたなのはたちへと視線を移す。

「ほ、本気じゃないよね、ね」

「えっと、うちはそろそろ夕ご飯の支度をせなあきませんから」

「あー、なのはちゃん、ゲームでもしようか」

「う、うん、そうだね晶ちゃん」

「ね、ねぇ、誰か、誰でも良いから否定してよ、ねぇ、ねぇってば!」

そんな美由希の叫びだけが、暫くリビングに木霊するのだった。



「ここが新東雲学園研究都市か」

「凄いよね。この埋立地全てがそうなんでしょう」

「みたいだな。問題は、何故俺たちがこんな所に転入させられたのか、だな」

「だよね。確かに手紙よりは詳しい説明をしてくれたけれど、結局は分からず終いだったしね。
 なのに、よく来る気になったよね」

「そういうお前もな」

恭也の言葉に美由希はただ黙る。
理由など簡単で、恭也が来ると言ったからである。
だが、それを口にするつもりもなく、理由がそれだけでもなかったからだ。
だから、美由希はそちらの理由を口にしようとし、同時に恭也の声と重なる。

「「勘だ(かな)」」

共に顔を合わせて小さく笑い合うと、二人はとりあえずは指定された場所へと向かう。
そこで待っていた研究主任の伊集院観影に簡単な建物の配置を説明されると、
恭也と美由希は部屋の場所を教えられて、今日はここで解散と一方的に言われる。
どうも研究の方が忙しいらしく、立ち去る観影の背中を見送りながら、
二人は教師も兼ねているという言葉に不安を感じる。
そんなに研究で多忙なのに、授業が出来るのだろうかと。
美由希は割と本気で心配していたが、恭也はすぐにそう問題でもないかと切り替え、教えられた部屋を目指す。
その途中、恭也は前方から歩いてくる人影に気付いて立ち止まる。
向こうもこちらに気付いたらしく、二人に気付くと小さく頭を下げる。

「こんにちは」

「ええ、こんにちは」

「あ、こ、こんにちは」

立ち止まった少女の挨拶に返す恭也の隣で、美由希は少し驚いた後に挨拶を返す。
少女はじっと恭也と美由希を見つめる。
普通ならじっと見つめられて居心地が悪くなる所だが、少女の雰囲気の柔らかさか別段そのような事も感じず、
ただ二人は困惑したように少女を見返す。
それが分かったのか、少女は慌てて頭を下げて謝る。

「ああ、すいません。初対面の方をじっと見ているなんて。本当にごめんなさい」

「いえ、気にしてませんよ」

恭也は少女にそう声を掛け、そこで少女の目が光を宿していない事に気付く。
美由希も気付いたのか、小さく息を呑む気配が伝わる。
そんな妹の態度に内心で呆れつつも、恭也は何事もなかったかのように話し掛けようとして、
少女が美由希の態度に気付く。

「ご覧のように、冬芽は目が見えないのです。
 ですが、魂魄を感じる事が出来るのでそう困る事はないんですよ」

前に那美から聞いたことがあるような単語に反応する二人に、自らを冬芽と呼ぶ少女は少しだけ語ってみせる。
曰く、人だけでなくあらゆる物にあり、
それを見ることで霊的な目として物や人の居る位置が大まかに分かるのだろうだ。

「へー、凄いですね」

「はい、凄いんです」

美由希の素直な感想に可笑しそうに小さく微笑みながら冬芽はそう返す。
だが、その後で少しだけ困った顔になる。

「ですが、それでもやっぱり分からない事とかもありますけれどね。
 今も、部屋の鍵が合わなくて聞きに行こうと思ってたところなんです」

「部屋の鍵が? 出掛ける前はちゃんとかかったんですよね」

冬芽の言葉に恭也が尋ね返すも、冬芽は小さく頭を振る。

「いえ。それが先ほどこちらに来たばかりなので」

「あ、それじゃあ私たちと同じだね」

「ああ、そうなんですか。あ、申し送れましたが、私、刀伎直冬芽(ときのあたい ふゆめ)と申します」

冬芽の自己紹介に恭也と美由希も自らの名を語る。

「部屋は何処ですか?」

「この先、一番奥だと伺ったのですが」

「俺の隣ですね」

「そうなんですか」

「ええ。俺たちも今日来た所なんです。
 どうやら、来た順に部屋を割り当てているのかもな」

隣同士という事で、恭也たちは冬芽を連れてもう一度部屋へと向かう。
その途中軽い話をしている間に、冬芽と美由希が同じ学年だと分かると冬芽は嬉しそうな顔を見せる。
他愛もない話をしている内に一番奥の部屋へとやってき、冬芽は鍵を取り出す。

「ここのはずなんですが…」

「あー。そういう事か。ユメ」

話している内にユメと呼んでくれと呼ばれ、その様に呼びかける恭也に冬芽は顔を向ける。

「どうかしましたか、恭也さん」

「ああ。ここは部屋じゃなくて物置きのようだぞ」

「ああ、どうりで鍵が合わないはずですね」

「きっと、冬芽ちゃんの目の事を知らなかったんだよ」

納得する冬芽に美由希も合点がいったとばかりに言い、冬芽の鍵を取るとその隣の部屋の鍵穴に差し込み回す。

「あ、やっぱり。空いたよ、冬芽ちゃん」

「ありがとうございます。お礼という訳ではありませんが、お茶でも…。
 あ、そう言えば、まだ荷解きも終わってませんでしたね」

既に運び込まれている荷物の箱を前に苦笑する冬芽に、二人は顔を見合わせて小さく頷くと、
その手伝いを申し出る。慌てて迷惑だからと断る冬芽であったが、二人の言葉に甘えて手伝ってもらう事にする。
そんなこんなで冬芽の荷解きで二人はその日の残りを殆ど費やし、自分たちの部屋に戻る頃には夕暮れであった。
と、部屋に戻る二人を見送りに来た冬芽も含めた三人は、こちらへとやって来る二人の男女に気付く。

「あ、えっと。お隣さんかな。今日からここで暮らす事になる丸目蔵人(まるめ くろうど)。
 で、こっちがりっちゃん」

「もう、蔵人さん。そんなんじゃ伝わりませんよ。
 私は觀興寺六花(かんこうじ りっか)です。よろしくお願いしますね」

二人に対して三人もまた名乗るも、自分たちも今日からだと告げる。
和やかに話が進む中、ゆっくりと運命の歯車が回り始める。



「全部で八つの鍵が必要。鍵とは即ち、君たち八人の事だ。
 君たち八人が選ばれたのは、ある共通点からだ」

――ゆっくりと世界を侵食していく散花蝕(ペトレーション)

「古流剣術の使い手にして、精神的な適正を持っているというね」

――それを解決するための研究チームに協力する事となる恭也たち。
  その方法とは……。

「ほう、御神流か。噂には聞いたことがあるが、使い手に合うのは初めてだな。
 くっくっく。蔵人といい、恭也といい。俺を殺せそうな奴が一度に目の前に現れるとはな」

「信綱に勝てるなんて思わないよ。恭也先輩にも勝てるかどうか」

「俺も勝てそうもないな。だが、蔵人…」

「その割には、負けるって顔もしてねぇぜ」

恭也の言葉に続けるように言う信綱の言葉に、恭也もまた頷く。
それに不敵な笑みを見せる蔵人を楽しげに眺めながら、信綱は恭也へと視線を変える。

「それと恭也。お前のその意見は御神としての言葉か? それとも恭也としての言葉か?」

「どういう事だ?」

「お前は御神だけじゃないんだろう? 確か、御神には裏があったよな」

「つくづく怖い男だな」

不敵に笑いあう恭也と信綱を眺めながら、この場にいた双子の妹の方――黒衣が呆れたように肩を竦める。

「はぁ、何が楽しいのかしらね。まあ、私はお姉ちゃんさえ無事ならどうでも良いけど」

「あら、己の腕を試したいと思うのは仕方ないのではありませんか」

黒衣の言葉にドレスを着込んだ小夜音が薄っすらと微笑みながらそう告げると、美由希も思わず頷いてしまう。

「ふふふ。美由希さんとは気が合いそうですわね。
 音に聞こえ御神の剣。私の新陰流とどちらが速いのかしらね」

「不謹慎かもしれませんけど、他の流派の方とやれると思うとちょっと楽しみですね」

こちらも兄に負けず劣らず、小夜音と二人小さく微笑み合う。
世界を救うためとは分かっていても、強者との勝負にどうして身体が疼くのはどうしようもないのだろう。
こうして、世界を救うための実験が行われる事となる。
果たして、無事に世界を救う事が出来るのか…。

終末幻想アリスマチックハート



   §§



それは唐突で、突拍子もない出会いであった。
この出会いが後の恭也の運命を大きく変える事となる切っ掛けであったなど、この時には知るよしもなく…。



事の起こりは数日ほど前の翠屋での事。
リスティから護衛の話が来た事から始まる。

「護衛ですか? ですが、自分はまだ学生ですけど」

この春知り合ったリスティとは、その後も那美やフィリス繋がりで暫し会ったりしており、
今では軽く話などする仲である。
とは言え、まだ高校も出ていない自分にそんな仕事の話が来るという事に小さな驚きを感じてそう聞き返す。
そんな恭也の態度に微笑を浮かべつつ、リスティは事情を話し始める。

「ああ。とは言っても、そう難しく考えなくても良いんだ。
 僕と知佳の知り合いのお嬢さんで、パーティーの間だけ傍で護衛をしてくれないかって。
 ただでさえ退屈なパーティーで、ただでさえそういうのを嫌う子だからね。
 如何にもガードって感じの人が傍にいたら肩が凝るだろう。
 どうにかしてくれと泣きつかれたまでは良かったけれど、万が一があっても困る。
 そこでふと君の事を思い出したって訳さ。
 友達なんだ、お願いできないかな」

リスティの真面目な口調と表情に恭也はその話を引き受けたのであった。



リスティより話を聞いた数日後、恭也は理恵と名乗る女性のガードをしながら、パーティー会場の隅にいた。

「良いんですか、こんな端っこで」

「ええ、構いませんわ。今日の私はお客として招かれた立場で、主役は私ではないですから。
 挨拶はもう済みましたし、私個人に用事がある人はいないでしょうから。
 佐伯としての私に用があるのなら、向こうからやって来ますわ」

そう笑顔で言い放つ理恵に苦笑で返しつつ、共通の知人であるリスティや知佳、
那美たちさざなみの住人の話に花を咲かせる。
とは言え、恭也は主に聞き役ではあったが。
パーティーも終わりに近付き、問題もなく護衛の仕事も終えるかと思えたその時、不意に騒動が起こる。
恭也は理恵を庇うと騒ぎの起こっているほうへと視線を凝らす。
見れば、別に襲撃とかそういう大したものではなく、
単にパーティーに招かれている客の一人が酔って暴れているみたいである。
とは言え、他の客の迷惑には違いがなく、使用人たちが止めに入るも強く出れずにいた。
そこへ一人のメイドが近付いていく。
その姿を見て恭也は思わず息を呑む。
確かに美しい容姿に綺麗な黒髪と目を惹く要素はあるのだが、
それ以上に恭也の目を引いたのはその背中に背負われた、一本の大きな刀であった。
女性の肩ほどまであるだろうか、反りのある片刃に柄が顔の横、殆ど頭と同じぐらいまでに伸びている。
ほぼ、身長と変わらないほどの大きな刀を持ったメイドに、他の客たちも距離を開けるように離れる。
だが、酔っている男性は突然近付いてきたメイドの腕を取ると、酌をしろと騒ぎ出す。
瞬間、メイドの手が翻り、あっという間に男は地面に転がされていた。
何が起こったのか分からずに目をぱちくりさせる男へ、メイドはもう一方の手に持っていたコップを逆さまにし、
中に入っていた水を男の顔目掛けて落とす。

「客とは言え、周りの迷惑を考えよ。どうだ、酔いは覚めたか?
 まだ覚めぬというのならば、次はバケツで持ってこようか」

未だに呆然とする主に代わり、その男のボディーガードらしき男がメイドの後ろからそっと近付いていき、
襲い掛かろうとした所を恭也に止められる。
メイドは気付いていたのか、男の攻撃に振り返るも、それを見て恭也に頭を下げる。

「さて、護衛する者として護衛者を傷つけられて怒る気持ちも分からなくもないが、
 この場合は明らかにこちらの方が正しいと思うのだが?」

暗にここは引けと言われている事に気付いたものの、
大勢の前で若い恭也に諭されて取り押さえられた事が気に障ったのか、男は恭也へと殴りかかる。
それを予想していた恭也は小さく嘆息すると、軽く半身を捻り、男の腕を取って足を払う。
そのまま腕の関節を決めて、再び男に同じ問い掛けをする。
今度は男は素直に引き下がる事を口にする。
それを聞いて男を解放した恭也は、まずは近付いてきた理恵に少しの間とはいえ、離れてしまった事を謝罪し、
次いで、メイドへと軽く挨拶する。

「余計なお世話だったようですね」

「いや、そんな事はない。まさか、この場で助けてもらえるとは思っていなかった。
 こちらこそ、礼を言う。まあ、どっちにしろ、クビだな」

「ですが、この場合、非は明らかに…」

「確かにな。だが、別に構わないさ。どうせ、今夜限りのヘルプだからな。
 元々、知り合いが人手が足りないからどうしてもと言うから手伝っていただけだし。
 私は探している人がいるんで」

メイドの言葉に恭也は深く尋ねていいものかどうか悩む。
それを察したのか、メイドは小さく笑うと、

「明確に誰を、という訳ではないから。
 ただ、私が仕えるべき主を、主に相応しい方をお探ししている。
 本来なら、お仕えすべき人が居たのだが…」

悲しげに目を伏せたのを見て、何かあったのだろうと察して恭也はそれ以上は何も聞かない。
と、その背後から先ほどの男が不意をついたつもりなのか、再び襲い掛かってくる。
呆れを通り越して、最早何も感じる事無く恭也は振り向きざまに徹を込めた蹴りを放ち、今度は完全に沈黙させる。
これ以上、ここにいても仕方ないと理恵を見れば、向こうも察してくれたらしく小さく頷き返してくれる。
それを受けてこの場を去ろうと最後にメイドを見れば、その顔には驚愕がはっきりと浮かんでいた。

「そ、そんな、今のはまさか……でも……」

「あの、どうかしましたか」

「し、失礼ですが、あ、あなた様のお名前は。もしや、不破と何か関係が…」

メイドの洩らした言葉に目付きも鋭く、恭也は周囲を見渡す。
しかし、他の者たちは今のやり取りを聞いていた様子もなく、ただ遠巻きに事態を見ているだけである。
それを確認すると恭也はメイドと理恵の手を取ってこの場を足早に立ち去る。
理恵を車まで送り届けると、恭也は申し訳なさそうな顔を見せる。

「何か事情があるんですね。それじゃあ、ここで構いませんよ。
 流石に、もう大丈夫でしょうから」

「すいません」

理恵の言葉に甘え、理恵の車を見送った恭也はメイドへと向き直る。
その瞳は先程よりも鋭く、油断なくメイドを見つめる。
と、不意にメイドは膝を付いて頭を下げる。
慌てる恭也へとメイドは構わずに話し出す。

「私の名前はメイヤと申します。代々、不破家に仕えしメイド剣士」

初めて聞く単語に眉を顰めるも、それよりも気になった事を尋ねる。

「不破に仕える?」

「はい。御神を守る不破。その不破のあらゆるお世話をする者、それが私たち一族でした。
 ですが、私たち一族も今では殆ど…。失礼ですが、お名前をお聞かせ願いませんか」

「高町恭也。旧姓、不破恭也です」

「っ! きょ、恭也様! ま、まさか、このような形でお会いする事ができるなんて。
 あの結婚式の日、恭也様も亡くなられたとばかり思ってましたが。生きて、生きておられたのですね」

メイヤの言葉に頷くも、いまいち自体の飲み込めない恭也へ、
メイヤは自分は恭也に仕えるべく修行していた事を伝える。

「代々、不破家に仕えてはや幾星霜。
 滅んだ後はこれぞという主人を探して幾年。
 ようやくここに、我が仕えるに相応しき主人を見つけてみれば、不破のご嫡男。
 これもまた運命の思し召しでございます。
 つきましては、何卒、どうか何卒、再びお仕えする許可を。恭也様、いえ、御主人様」

「いや、そんな事を言われても…」

「駄目でしょうか」

懇願するような瞳に恭也は何とか抗い、何のとか諦めさせようとするも言葉が出てこずにただ見つめ合う。
結果、一時間ほどの時間両者ともにピクリとも動かず、とうとう恭也のほうが折れる。
こうして、恭也の元にメイヤと名乗るメイドが仕える事となるのであった。


「従者が主人と同じ卓に着くわけには参りません!」

「いや、だけど食事は皆で取った方が」

「御主人様がそう仰られるのであれば…」

――過去、不破に仕えし、戦闘能力を有するメイドがいた

「失礼を承知でお願い致します。今後、御主人様の食事は私にお任せください」

「あ、あー、それは晶やレンに聞いてくれ」

――それが再び、現代によみがえる。

「わ、私は御主人様にお仕えするメイド。そんな好意など……、好意なんて……」

ただ一人認めたご主人様に従い、ご主人様の為に戦うメイド剣士メイヤ。
彼女と恭也の物語はまだ始まったばかりである。

御主人様とメイドは剣士

 「生涯、ご主人様と決めたお方にお仕え致します」



   §§



ある朝のこと。
いつものように早朝に目を覚ました恭也は、まだ眠る住人たちを起こさぬように、
殆ど習慣と化したように自然とその身体を洗面所へと向かわせる。
そして、いつものように顔を洗おうとして、何気に映った鏡を見て動きを止める。
もし、今襲撃されたとしても反応する事も出来ずに容易く討ち取られるのではないか。
そう思わせるほど無防備に、ただ呆然と鏡を呆けたように眺める。
軽く目を擦り、もう一度見つめるも変化がない事を確認すると、恭也は大きな溜め息を吐き出し、
小さく頭を振って洗面所に手を付くと頭を垂れる。

(確かに、今までにも様々な事に巻き込まれ、時には首を突っ込んだ。
 だが、それもようやく落ち着いてやっと日常に戻ったと思ったのに……)

諦めや悟りの境地にでも達したかのような心境で、恭也はゆっくりと身体を起こし、
やはり見間違いが錯覚ではない事を確認すると、肩を落とす。
落としながらももう一度視線を前へと戻せば、そこには長い黒髪の美しい女性がこちらを見つめていた。
その変わらぬ事実をもう何度も確認して、ようやくこれが恭也は現実だと受け入れる。

(今度は鏡の世界か……。一体、誰の仕業だ。
 いや、流石に鏡の世界に知り合いはいないからな。
 もしかして、変な事件に巻き込まれる体質になってしまったのか)

原因として考えられる要因として、最近知り合った某寮の人々を思い出す。
あそこに出入りするうちに、あの場所だけでなく自分にもそんな性質が生まれてしまったのではと。
割かし本気でそう考えてしまうも、恭也はそれを振り払い、
先程から何か言いたそうにこちらを見ている女性へと顔を向ける。
何か言いたいのはこちらも同様なのだが、やはり先に説明を求めるべきだろう。
そう判断して恭也は鏡の向こうの女性へと話し掛ける。

「楽観的な希望というよりも、俺の希望として尋ねますが、もしかして場所を間違っていたりとかは…」

だが、恭也が話し掛けるのと同じくして、女性も口を動かして話し掛けていた。
お互いにタイミングを計り、どうやらそれが重なったらしい。
少々バツの悪い思いをしつつも、恭也はふと気付く。
それは、向こうの声が聞こえないという事実であった。
どうやら、鏡を一枚隔てた向こうとこちらとでは、声さえも通らないらしい。
これではコミュニケーションが取れない。
見れば、向こうも同じように困った顔をして恭也を見つめてくる。
どうしようかと悩んだのも一瞬、紙に字を書けば良いと気付き、それを実行しようとする。
その時、同じように起きだした美由希が背後に現れ、鏡の女性を見て驚いた顔を向けると、
失礼にも指差してワナワナと震え出す。
それを鏡越しに見遣りながら、恭也は幾らお化けが苦手でこのような事態とは言え、
その失礼な態度を注意しなければならないと、美由希へと振り返る。

「あ、あなたは誰ですか!?」

「落ち着け、美由希。驚くのも無理ないが、人を指差すのはどうかと思うぞ」

「わ、私の名前まで知ってるなんて…」

「何を言ってるんだ。いや、それよりもお前は向こうの声が聞こえたのか?」

「いい加減に名乗ってもらえませんか」

美由希の態度に困惑を見せつつ、恭也は鏡の向こうの女性へと謝罪しようと顔だけ振り返り、
再び動きを止める。向こうでも同じように背中を向け、顔だけを恭也へと向けている。
それだけならば偶然ということもあるだろうが、その向こうには美由希が普通に鏡に映っているのである。

(待て、落ち着け。そう言えば、俺はさっき鏡越しに美由希の姿を見たはずだ。
 という事は、目の前のあれは普通の鏡ということか。つまり、鏡に映った女性というのは……)

自分の考えついた答えを認めたくないのか、恭也は再び鏡と向き合うと、右手を上げ、左手を上げ、
腕を下ろし、首を捻り、など思いつく限りに様々な動きを見せる。
それに遅れる事無く、鏡の向こうの女性は全く同じ動きをして見せるに至り、恭也はようやく納得する。

「つまり、これが俺ということか……」

がっくりという形容がぴったりくるほどに頭を垂れる恭也の肩から、長い黒髪が滑り落ちる。
それを手に取りながら、

「初めから、これを確認しておけば良かったんじゃないか」

冷静に見えて焦っていたのだろうと改めて自分の行動を振り返りつつ、
未だにこちらを警戒する美由希へと話し掛ける。

「とりあえず、信じられないかもしれないが俺だ」

「……だから、誰なんですか」

「恭也だよ」

何を言ってるんだという視線に耐えながら、恭也は自分が本人であると信じさせるために、
事細かな家庭の事情を口にし、次いで昔の美由希の話を持ち出す。
その話を顔を赤くして遮りつつ、ようやく美由希は恭也だと信じる。
すると、次の疑問が浮かんでくる。

「何で女性に、それもそんな美少女になってるのよ!」

「それこそ俺が聞きたい……」

疲れた声で、それでも住人を起こさないように気をつけつつ、恭也は美由希を連れて部屋に戻る。
当然、今日の鍛錬は中止として。
対策を練るため、美由希と共に部屋に戻った恭也を待ち構えていたかのごとく、

「いやー、中々戻ってきぃひんから、どないしたんかと思いましたで」

ライオンのぬいぐるみが出迎える。
何故、恭也の部屋にぬいぐるみがあるのかという理由はとても簡単で、
それがなのはからのプレゼントだからである。
例えゲームセンターのクレーンゲームの景品であろうと、なのはが自分の小遣いを使って取り、
それをプレゼントとして差し出したのだ。
恭也が無碍に出来るはずもなく、最終的にはこうして部屋に飾られる事となったのである。
とはいえ、昨日までは間違いなく普通のぬいぐるみであった。
呆然と入り口で佇んでいた二人であったが、恭也はゆっくりと腕を持ち上げると、
これが夢でないと確かめるためか、頬を思いっきり抓り上げる。

「いたっ、いたたたた、痛いよ、恭ちゃん!
 た、確かめるんなら、自分の頬でやってよ!」

うぅぅ、と呻きながら頬をさする美由希を無視し、恭也はライオンへと話し掛ける。

「どうやら、こうなった原因はお前にあるらしいな」

今にも斬り付けんばかりの気迫で静かに近付く恭也に、ライオンも思わず後退りしながら、
知っている限りの事情を説明しだす。
曰く、恭也は『ケンプファー』と呼ばれる女戦士として選ばれたのだと。
男だという反論を聞いたライオンは、戦うための存在であるケンプファーは全て女性であるから、
選ばれてしまった為に女性になったのだろうと。
元々、ケンプファーは変身できるらしいので、それが恭也の場合は女性化なのだろうと。
敵が誰なのかは分からないが、確実に存在すること。それも、同じケンプファーという存在が。
しかし、戦う理由も、選ばれた理由も、ライオンは知らないと言う。
自分はただのナビゲータだと。変身に関しては慣れれば自分の意志で行えるようになるとも。
それらの説明を右から左に聞き流しつつ、恭也はとりあえずは美由希を見つめる。
咄嗟に頬を両手で庇いながら距離を開けつつも、
美由希は恭也へと、求めているであろう質問に対する答えを投げる。

「夢じゃないからね」

「……夢なら悪夢で済むが、現実だとどうなるんだ」

「えっと、戦うしかないのかな? でも、無意味な争いは…」

「なるべく関わらないようにしよう」

「まあ、どうなるかは分かりませんけれどな。ケンプファーは同士は引き合うもんやさかい。
 向こうがやる気満々やった場合は、やるしかないでっせ」

とりあえずはライオンに枕をぶつけて黙らせると、恭也は目下の悩み、女性化した身体を見下ろす。

「今一番の問題は……」

「それだよね」

美由希も疲れたように恭也を見つめる。
と、その目の前で恭也の身体が光を放ち、あっという間に元の姿に戻る。

「戻った」

「ああ、時間が経てば戻るんだ。
 でも、自分の意志で変身できないって事は、急に女性になる事もあるって事じゃ…」

その指摘に恭也は枕と格闘を続けるライオンの後ろ首を掴んで持ち上げると、美由希の推論を聞かせる。
当然のように返って来た答えは。

「まあ、その姐さんの言う通りですな〜」

「くっ、何とできないのか」

「そりゃあ、無理ですわ。何とか練習して、自分の意志で変身できるようにすれば別でしょうが」

ある意味無責任な発言に、今度はライオンは布団に埋め、恭也は頭を抱え込みたい気分に陥る。
そんな恭也を励ますように声を掛けてくる美由希に口止めを約束させ、とりあえずは日常へと戻る事にする。
だが、この日を境に、恭也の周辺は更なる非日常的なものへと変わっていくのだった。
ケンプファーという存在として……。

高町恭也のケンプファーライフ



   §§



精霊と呼ばれる人ではないものが存在する世界。
この世界では科学とは別に、精霊に力を借りるための神曲と呼ばれる技術も存在した。
神曲を奏でる者はすべから神曲楽士(ダンティスト)と呼ばれる。
これは、少々変わった神曲楽士のお話。



「…………」

朝の食卓。いつもなら住人たちによる賑やかなはずの席は、しかし今日はやけに静かである。
その原因となっている、紅みがかった髪の女性は不機嫌さを隠しもせず、ただ黙々と箸を動かす。
そんな様子を遠巻きに眺めていたこの家の家長桃子はそっと恭也へと顔を寄せる。

「ちょっと恭也。アンタ、何したのよ」

「……俺が原因なのは確定なのか」

恭也の憮然とした言葉に桃子だけでなく、他の者も一旦動きを止め、揃って頷いて返す。
分かっていた反応とはいえ、やはり目の前でそう返されるとさしもの恭也も拗ねたくなってくる。
とは言え、拗ねた所で事態が変わる訳でもなく、箸を止めて恭也は暫し考えるもやはり首を振る。

「いや、心当たりがないな」

言った瞬間、材質が木で出来た何かがへし折れる音が発生する。

「む、すまんな、晶。箸が折れてしもうた。悪いが新しいのと変えてくれんか」

不機嫌な顔のままそう言われ、晶はすぐに新しい箸をその女性へと手渡す。
礼を言って受け取ると、再び食事を再開する女性であったが、桃子はそれを横目で窺いつつ恭也へと顔を戻す。
無言で何とかしろと言われているのは理解できたが、何をどうすれば良いのか分からない。
本当に原因に心当たりもないのだが、今までの反応から原因は自分らしい。
そこで恭也はもっとは早い手段を取る事にする。
ここで注意するのは、早い手段であって最良の手段ではないという事だろうか。
事もあろうに恭也は、その不機嫌さ丸出しの女性へと話し掛ける。

「アルシェラ、何を怒っているのだ」

何の捻りも遠回しに探るというようなこともなく、直球そのものでずばりと問い掛ける恭也に、
桃子は思わずテーブルに思いっきり頭を打ち下ろし、なのはは乾いた笑みを見せる。
再び、何かが折れる音がするも、今度は晶もレンも替えを出すために立つ事は出来ない。
恭也の言葉にアルシェラがゆっくりと恭也をにらみ付けるように顔を向ける。
自然、皆の食事の速さがあがる。一刻でも早く、この場から立ち去るために。
そんな事に気付かず、恭也はただ不思議そうにアルシェラを見返すのみ。

「お主、昨夜の約束をよもや忘れたとは言わないだろうな」

「いや、覚えているが」

「覚えている、じゃと?」

「ああ。だから、それはすまないと言っただろう。
 仕方ないだろう。ユフィンリー さんから急に依頼が来たんだから。
 本来ならフォロンにさせるつもりだったらしいんだが、別件でフォロンは昨日から出ているらしくてな。
 先方の都合で今日にしてくれと今朝方に連絡があったらしんだから」

「それならば、ツゲ自身が行けば良かろう」

「だから、ユフィンリーさん自身も今日は仕事の予定が入っていると言っているだろう」

朝から、正確には朝食の少し前に掛かって来た電話の内容を伝えてから何度か繰り返した事を再び口にする。
ようやく桃子たちにもアルシェラの不機嫌な理由が納得できて一様に頷くも、
それでこの場の空気が変わるはずもなく、寧ろ思い返してか更に怒気を膨らますアルシェラから離れるべく、
慌てて残りのご飯をかき込み、次々に出かけて行く。

「今日は一日余に付き合う約束をしたくせに…」

誰もいなくなったリビングで、拗ねたように椅子の上で膝を抱えるアルシェラ。
悪いと思いつつも恭也は何とかアルシェラを宥めるに掛かる。
結局の所、恭也の頼みごとを断れるはずのないアルシェラには、最終的には頷く以外の道はないのだが。
それでも、今回の件の埋め合わせと仕事が早く終わった後は、
当初の予定通りに行動する事を約束させる辺りは抜け目ないが。



町外れの今は使われなくなったビル。
そのビルの解体が恭也たちに回ってきた仕事の内容であった。
重機を入れることが出来ない狭い路地に面しており、それを代わりに精霊の力でという事である。
既にビルの内部へと入ったアルシェラと、ビルの前で立つ恭也。
共に準備を終えて無線で連絡を取り合う。

「準備は良いか」

「いつでも良いぞ。さっさと終えて、当初の予定通りにデートと行こうではないか」

「この後、昨夜約束した予定通りになるのなら、後日に埋め合わせの約束をさせられた分、
 俺の方が割に合わないような気がするんだが」

「そんな事はない。半日を無駄にするのじゃからな」

不敵な笑みを浮かべてアルシェラは通信の向こうで苦笑を浮かべているであろう恭也へときっぱりと言う。
それを聞きながら、実際に苦笑を浮かべていた恭也は不意に表情を改め、短く始めるぞと告げる。

「いつでも良い。さあ、奏でるがよい。余とお主を結ぶ絆たる神曲を」

アルシェラの静かな声に呼応するように、恭也は腰に差した小太刀をニ刀抜き放つ。
それを舞うように振ると、特殊な加工を施された小太刀から音が零れ落ちる。
舞うように縦に横にと振るたびに、音は高く低くその音色を変えて鳴り響き、
一つの音と音が連なり、曲を形作っていく。
その曲に聞き惚れていたアルシェラは、閉じていた瞳を静かに見開く。
先ほどまで感じられなかった力が、今は全身に張り巡っているのが分かる。
腕を軽く振っただけで、その風圧で壁が吹き飛び、柱が折れ飛ぶ。
恭也の指示に従い、恭也の奏でる神曲に合わせて力を振るうアルシェラ。
ビルが倒壊するのに五分と掛からなかった。



仕事を終えたアルシェラは、朝の不機嫌さが嘘のようにご機嫌で恭也の腕を取る。

「さあて、それでは何処へと行くかの」

「その前にユフィンリーさんに報告しないと駄目だろう」

「むぅ、面倒いの」

「我侭を言うな」

「分かっておる。さっさと済ませるんじゃぞ」

拗ねたようにそっぽを向くアルシェラに笑みを零し、恭也はユフィンリーへと仕事完了の連絡を入れるのだった。

精霊と人とが共存する世界。
人々は精霊の起こす奇跡に頼り、精霊は人の奏でる音楽を糧としてこの世界に顕在する。
これは、共に支え合いながら暮らすこの世界にいる、一人の神曲楽士と一人の精霊のお話。

神曲奏界ポリフォニカ ソード・シリーズ



   §§



深夜の鍛錬の帰り道、恭也と美由希は何故かいつもとは違う道を通り帰っていた。
特に何かあったという訳ではなく、二人揃って何となくとしか言い様のない、そんな気分だったのだ。
近隣の市では通り魔事件などが起こり、連日ニュースで取り上げられている事も知っているし、
対岸の火事というような気持ちを持つほど、恭也たちは日常を過信してはいない。
ましてや、自分たちなら大丈夫であるなどとは考えてさえもいなかった。
なのにも関わらずである。
ひょっとすれば、何かの予感があったのかもしれない。
または、何かに呼ばれたのかも。力ある者は、同じく力持つ者に引かれる。
そんな言葉が示すように、二人は人通りのない、けれども住宅街のど真ん中でその人物と出会った、
欠けたる月をバックに、ただ静かに立つ着物姿の女。
その足元には、切り裂かれたばかりの元人であった物言わぬ亡骸。
まだ乾ききっていない血がアスファルトに流れ、
まだ新たな血で更に赤く染めあげようとするかのように、横たわった亡骸からは今も尚赤い液体が流れ出る。
女はただ無表情にそれを眺めていたかと思うと、恭也たちへと視線を移す。
まだ時間が経っていないと思われる遺体と、その傍に平然と立つ女。
この二つを結びつけるのにそう時間は掛からず、その結論を出したとしても仕方のない事ではある。
美由希は顔を青くしつつもその切り口の滑らかさに思わず息を飲む。
例え刃物を上手く使ったとしても、もう少し傷口には斬った痕、
反発するかのように抵抗した痕というものが出来る。
だが、その斬り口にはまったくそれが見受けられなかったのである。
どれほどの達人でも無理だろうと思わせるほどの綺麗な切口。
慎重に女へと視線をはわし、女の懐に小さなナイフのようなものがあるのに気付く。
だが、それ以外に武器らしきものは見受けられない。
ナイフ程度の刃物でこのような切り傷をつけれるものか。
また、遺体はあちこちが切り刻まれている。
短時間でナイフ一本のみでそれを成したとすれば、それこそとてつもない技量。
いや、不可能だ。普通ならば。
こちらを探るような不躾な視線を受けつつも、女は顔色一つ変える事無く平然と立ち、美由希へと顔を向ける。
そこには悲しみも怒りも本当に何も浮かんでおらず、美由希は思わず飛び掛ってしまう。
後ろで恭也の止める声が聞こえたような気もしたが、今の美由希には届かない。
ただ、目の前の殺人犯を捕らえる事しか考えられない。
何の感慨もなく、人を、命ある生き物を玩具のように分解する狂った殺人者。
それが美由希の出した答えである。
自分へと向かってくる美由希を見て、女は懐に手を伸ばしてナイフを取り出す。
同様に美由希も小太刀を抜き放ち、女へと振るう。
思ったよりも早い美由希の剣速に女は一旦後ろへと下がる。
それを追うように地面を蹴る美由希。
追撃してくる美由希を仕方なさそうに見遣りつつ、女は小さく零す。

「先に仕掛けてきたのはそっちだからな…」

遅いくる美由希の小太刀に合わせるように、女が手のナイフを振り、
瞬間、恭也は女の目の色が変化したように見えた。
実際にはそんな事はなく、ただ光の反射でそう見えただけなのかもしれない。
だが、嫌な予感を感じ取り、そんな事を考える暇もなく恭也は美由希の元へと走り出す。
勘を信じて迷わずに動く。普通ならば、そう簡単に出来るような事ではない。
だが、恭也はその直感に従い手足を動かす。
美由希の小太刀と女のナイフが合わさり甲高い音を立て……る事無く、
女のナイフはまるでそこには何もなかったと言わんばかりに美由希の小太刀を紙のように切り裂き、
そのまま美由希の脇腹へと突き立てようとして、ここでようやく甲高い音がする。
神速から抜け出した恭也は、今の現象を信じられないように見遣る。
だが、すぐに呆然となっている美由希の腰を抱いて女との距離を取る。
美由希は未だに呆然と根元から綺麗に折れた自身の小太刀を見ている。

「美由希!」

恭也の大声が耳元で響き、ようやく美由希は我に返る。

「なに、今の…。まるで手応えがなかった」

横で見ていただけの恭也であったが、美由希の言葉に小さく頷く。
神速の中で見た女の動きには可笑しな所など何もなかった。
本当に最初からの狙いどおりとばかりに、真っ直ぐに美由希の小太刀の根元へとナイフが振られ、
接触した瞬間に何もないようにそのまますっと、本当に軽く突き抜けていったのだ。
確かに、相手の武器を折れないかと言われれば決して出来ないとは言えないだろう。
だが、金属をあたかも紙のように、いや、まるで液体の中を通すかのようにして折れるかと言われれば。
それは恭也たちの反応を見れば分かる。
美由希は女を警戒するように見詰める。今のならば、倒れている遺体の斬り傷も納得がいくとばかりに。
だが、逆に恭也は小太刀を仕舞う。
慌てる美由希を抑えるようにして手で制し、恭也は目の前の女をじっと見詰める。
女も美由希ではなく恭也を敵として見たのか、それとも違う理由からか、恭也へと視線を合わせる。
暫し無言で向かい合う二人。やがて、恭也が小さく頭を下げる。

「どうやら、こちらの早とちりだったようで」

「気にするな。オレの用件は済んだ」

全く気にしていないというように背を向けて立ち去ろうとする女へと美由希が声を掛ける。
いや、恭也の言葉の意味が分からず、恭也へと問いかけたのか。

「どうして。犯人はあの人じゃ…」

「違う。持っている武器はあのナイフ一本。それは間違いない。
 そして、あのナイフは人を殺した後にしては綺麗すぎる」

恭也に指摘され、改めて美由希もそれに気付く。
気付いて気まずそうに女を見て、ゆっくりと頭を下げて謝る。

「謝罪ならさっき貰った。それよりも、お前たちもさっさと帰るんだな」

「待ってくれ。貴女はひょっとしてこの事件の犯人を知っているんじゃないのか?
 だから、こうして現場に現れた」

女は振り返り、恭也へと再び視線を合わせると小さく舌打ちする。

「どっかの馬鹿と似たような目だ。答えるまで帰してもらえそうもないな。
 …知らん。犯人が誰かなんてな。ただ、この事件に少し興味があっただけだ」

無言で見詰め合う恭也と女に、美由希は口を挟む事も出来ずにただ立ち尽くす。
やがて、恭也はその言葉から何を読み取ったのか、小さく嘆息する。

「そうですか。分かりました。なら、警察にはこちらで連絡をしておきます」

それに対する返答はただ無言で、女は今度こそ立ち去ろうとする。
そこへ恭也は今度は好奇心で思わず尋ねてる。

「最後に、言いたくなければ構わないのですが、美由希の小太刀を折ったあれは、あれは何なんですか」

「……別に大した事ではない。という返答では満足しないのだろうな。
 残念ながらお前らが期待しているような剣術の技とかではないな。
 あれはオレだからこそ、オレにしか出来ない事だ。ありとあらゆるモノを殺す線が見えると言ったら信じるか?」

どこか不敵にも取れる笑みを浮かべ、女はただ静かにそう返す。
意味が分からずに眉を寄せる恭也へと、女は目を若干だけ細める。

「生きているのなら、神様だって殺してみせる。
 それが、オレの力だ」

何故、ここまで語ったのか。
女自身も後になって不思議に思った事ではあったが、そう告げると今度こそ恭也たちに背を向ける。
歩き出した女へと、恭也はもう一度だけ声を掛ける。
何か聞きたい事が、言いたい事があったという訳ではない。
ただ、本当に何となくである。さっきの言葉の意味が理解できず、その説明を求めたのかもしれない。
だが、女があれ以上は語る事はないとも分かっていながら。
呼び止めておいて何も語らない恭也を不審に見遣りつつ、肩越しに振り返った女は再び前を向こうとして、

「貴女の名前は…」

「……変わった奴だな」

今更ということなのか、それともあんな現場に出くわしておきながらという意味なのか。
はたまた、もう会うこともないというのにという意味だったのか。
どうとでも取れるような口調と共に、女は顔を前へと向けて闇の中へと歩き出す。
その姿が小さくなる前に、不意に恭也の耳に女の声が届く。
本当に小さく、呟くような声で聞こえたのが不思議なぐらいであったが、恭也の耳はしっかりとそれを捉える。

「…両義式」

美由希がリスティへと謝りながら電話をする中、恭也は静かにその名を呟く。
何となく予感めいたものをまだ胸の中に燻らせたままに。



空と海の交わる世界 プロローグ 月夜の殺人鬼



   §§



それは五月の連休が明けてすぐの事だった。
一時間目が終わってすぐの休み時間、恭也の教室の扉が開かれて中へと一人の下級生が入ってくる。
いきなりの闖入者に騒然とするも、休み時間だからと普通ならすぐに元に戻るはずである。
だが、入ってきた人物が問題であった。
校内でも指折りの美少女にして、抜群のプロポーションの持ち主の登場に男たちは思わず声を無くす。
校内で知る者がいない美少女は、自分を注目する視線など歯牙にもかけず、教卓の前で教室の中を見渡し、
目当ての人物を見つけたのか、その顔に笑みを浮かべてその元へと近付く。
その目の前で立ち止まり、話し掛けようとして相手が机に突っ伏している事に、
困ったように隣の席に座る生徒へと顔を向ける。
だが、こちらも同じように眠りこけており、少女は困ったように立ち尽くす。
と、そんな気配を察したのか、眠っていた件の生徒が顔を上げる。

「……」

「良かった。このまま起きてくれなければどうしようかと思っちゃったわ」

気配を感じて起きてみれば、目の前に綺麗な女性の顔がアップで飛び込んでくる。
慌てて身体を起こした恭也へと、少女は手にした手紙を恥ずかしそうに恭也へと差し出し、
未だに事態が分からずに固まる恭也を見て、その手に無理矢理手紙を握らせると、

「それじゃあ、また後でね」

とびっきりの笑顔を残して去っていく。
騒然となる教室内で、恭也は未だによく事態が分からないものの貰った手紙を開こうとして、

「で、何を覗き込んでいる忍」

「だって気になるじゃない」

「あのな。流石にその行為はどうかと思うぞ」

いつの間に起きたのか、恭也の背後から手紙を覗き込もうとしていた忍を窘める。
忍は唇を尖らせると、拗ねたように机に置いた手に顔を肩頬を乗せて恭也を見上げる。

「さっきの子、確か二年の源ちずるよね」

「そうなのか」

「まあ、恭也に世間一般の噂話を知ってなさいっていう方が無理よね」

「失礼な。だが、源さんが俺に何の用なんだろう」

「鈍い、鈍すぎるわよ。ラブレターに決まってるじゃない」

「そんな訳ないだろう」

自分が人から好かれるはずがないと思い込んでいる恭也は忍の言葉を鼻で笑い飛ばす。
そんな恭也の態度に頭を抱えたくなりそうになるも、忍はその目をすっと細める。

「でも、気を付けた方が良いわよ。あんまり言いたくはないけれど、良い噂だけじゃないのよね。
 弟が同じ学校にいるんだけれど、それがあまり素行が良くないらしいのよ。
 で、美人局みたいな噂もあったりするのよね」

「噂だけで判断するのはどうかと思うが、俺の事を心配しての忠告だからな。
 片隅に留めておく」

「うん、本当に気をつけてよ」

もう一度念を押すと、忍は照れたように机に再び突っ伏すのだった。



放課後、手紙に指定された第二音楽室。恭也は一人、その場所に来ていた。
そこで恭也は源ちづると対面する。

「私はあなたの事が…」

言いながら制服のボタンを外していくちづる。
思わずその豊かな胸の谷間に視線が飛ぶも、すぐに背を向ける。

「な、何のようで俺を…」

「だから、あなたの事を好きになってしまったの」

言いながら恭也の背中に指をつつっと這わせる。

「ねぇ」

甘く囁くような声を耳元に聞きながら、恭也は突然の事態にかなり混乱していた。
そんな恭也へとちづるは気になる切っ掛けとなった出来事を口にする。

「恭也くんは私の事、嫌い?」

「き、嫌いも何も、会ったばかりだし」

更に詰め寄るちづると、何とか引き離そうとする恭也。
そこへ新たな闖入者が姿を見せる。

「っ! お前、何してやがる!」

男子生徒の言葉に恭也は懸命に誤解だと訴えるも、男は聞かずに恭也へと飛び掛ろうとしてちづるに頭をはたかれる。

「落ち着け、このバカたゆら!」

「う、つぅぅっ! いてぇな。今、思いっきり殴ったな!」

「あのね…」

事情を説明するちづるに、闖入者――ちづるの弟たゆらは眦を上げて怒り出す。
その手の中には、炎の揺らめきが生まれ……。



「実はね、恭也くん。私とたゆらは人間じゃないの。妖狐なのよ」

――不安そうに揺れる瞳で恭也を見上げる一つ下の後輩にして、その実齢400年を超える妖狐 源ちづる

「おい、そこのバカップル。こんな時にまでいちゃつくな!」


――ちづるに拾われた妖狐 源たゆら



この二人の姉弟との出会いが、恭也を更なる非日常な世界へと誘う。

「恭也さんもこの風校の秘密を知ってしまったんですね。
 ここは妖怪の更生施設でもあるんです。
 だから、神咲の者が監視と抑制の意味も兼ねて、この海鳴に学生としてやって来るんです」

――神社の巫女にして退魔士、更には学生準指導員という顔を持つ後輩 神咲那美

「高町、お前もあまり可笑しな事に首を突っ込まない方が良いぞ。もう手遅れかもしれんがな」

――体育教師兼生徒指導担当にして、その正体は妖怪たちの監査官 八束たかお



知らず危険者として人間側の組織にも睨まれる日々。
そこへ更にはこの学園で妖怪を取り締まる番長にまで目を付けられ……。



「……今までの俺の静かな日常は何処へ行ったんだろうな」

「恭也くん、そんな難しい事考えてないで、今は楽しもうよ〜。
 ほらほら〜。お胸もこんなにたゆんたゆんだよ〜。あんっ。そんなに私の胸が気に入った?
 じゃあ、お顔を挟んであげちゃう♪」

「ちょっ、ま、待って、ちづるさん…」

バイオレンスな日々のはずなのに、何故か当人たちはピンク色の空気ばかりを振りまく。
果たして、恭也の明日はどっちだ!?

かのこんかれだま プロローグ 「彼女はこんと可愛く咳をして、彼は黙ってそれを見る」



   §§



ここ聖フランチェスカ学園では、学園長が趣味で集めた物を飾った博物館が最近建てられた。
その為に、その博物館を見て感想を書いて提出するという課題が出され、
それをこなすために、学園の生徒の一人である北郷一刀もまた博物館を訪れたその日、
博物館で気になった少年を見かけ、その事を考えつつ寮へと戻った一刀の元に一人の来客があった。

「ああ、恭也か。どうしたんだ、今日は」

訪れた知人を部屋に上げ、受け取った土産を皿へと移す。
恭也もまたかつて知ったるとばかりに、中へと上がりこんで腰を下ろす。

「いや、なに。最近、うちに顔を出していないお前の事をかーさんが心配してな。
 一応、ご両親に偶に様子を見てくれと頼まれている手前、俺がこうして様子を伺いに来たという訳だ」

「そうか。うちの親のせいで、桃子さんには迷惑を掛けるな」

「別に頼まれているからだけじゃないから。かーさんは一刀自身の事も心配しているからな。
 例えご両親に頼まれていなかったとしても、同じことをしてるさ」

「だろうな。そこが桃子さんらしいというか」

言って笑う一刀に恭也もまた微笑で返すが、不意に真剣な眼差しを向ける。

「ところで、何かあったのか?」

「相変わらず鋭いな。実はな…」

恭也の問いかける言葉に対し、一刀は博物館で見た少年の事を話して聞かせる。
展示物を見る様子が何か可笑しかった事。身のこなしから何らかの武術を修めており、かなりの腕前である事。
なのに、校内で見た覚えが全くないと。

「どうも嫌な予感というか…」

「なるほどな。で、今夜は出掛けるつもりだったと」

「そこまで分かるのか」

「やっぱりか。…そうだな、俺も一緒についていこう」

「それは心強いな」

言って笑う一刀に恭也は小さく頷くのだった。



一刀の睨んだ通り、昼間見かけた少年は博物館の方から人目を避けるように走ってくる。
その手には何かを持っており、一刀は思わず飛び出す。
恭也は一刀とは反対側に隠れており、飛び出した一刀を見て、
少年に気付かれないように挟み込むような位置にまで移動する。
けれどもまだ姿は見せない。
もしも逃亡しようとした際、不意をつけるように気配を殺して様子を窺う。
押し問答をしていた二人であったが、急に少年が一刀へと襲い掛かる。
それを辛うじて躱す一刀も、それを見ていた恭也も思わず息を飲む。
少年の一撃は躊躇いもなく一刀の急所を狙っていたからである。
流石にこうなると放っておく訳にもいかず、
恭也は飛び出そうとするが一刀がそれを抑えるように合図を送ってくる。
暫し考え、一刀の考えに従う恭也。けれども、いつでも飛び出せるように準備はしておく。
恭也の見詰める先では、一刀が木刀を手に少年と対峙しており、今のところは互角の勝負を見せている。
だが、少年の方は本気で一刀を殺すような一撃を繰り出しており、
このままで一刀が危ないのは目に見えて明らかである。
思った以上に一刀の抵抗が強いのを見て、少年の顔付きが更に険しくなる。
その攻撃は更に苛烈になり、一刀も何とか凌いでいるが態勢を崩してしまう。
そこへ襲い掛かる少年であったが、恭也が飛び出して間に割って入る。

「ちっ。まだ他にもいたのか。お前ら、邪魔だ! 死ね!」

標的を恭也に変えて襲い掛かる少年。恭也は少年の攻撃を同じく素手で捌く。
その事に驚きを見せたその一瞬を一刀が付く。

「しまった!」

一刀の攻撃に少年が盗み出したと思われる古い鏡のようなものが手を離れて宙を舞う。
少年はそれを落とすまいと手を伸ばし、恭也と一刀はそれを取り戻そうとこちらも手を伸ばす。
瞬間、辺り一面を強烈な光が包み込み、恭也と一刀の二人は意識を手放すのだった。



気が付いた恭也は辺りを見渡し、さっきまでいた場所と違う事に気付く。
傍らに倒れている一刀を揺り起こし、何が起こったのか揃って首を傾げている二人の傍に、
柄の悪い三人組が近づいてくる。

「おい、お前ら。命が欲しければ身包み置いていけ」

リーダー格の男の言葉に、恭也と一刀は思わず顔を見合わせる。

「まさか、このご時世に追い剥ぎに出会うとは」

「いや、恭也。感心する所はそこなのか。
 どう見ても、ここは日本じゃないみたいだぞ」

「ふむ。確かに周囲の山々にこうも開けた土地というのは日本では殆どお目に掛かれない感じだが。
 とは言え、目の前の奴らの服装も充分に可笑しいと思うぞ」

「それは確かに。コスプレって奴じゃないのか」

目の前で平然と話をする二人に、追い剥ぎたちの顔が怒りに変わっていく。
そして、終には腰に吊るしてあった長物を引き抜いて二人に突きつける。
それを見て、それが本物の真剣であると二人は瞬時に見抜く。

「…恭也、流石にやばくないか」

「俺の方は丸腰じゃないから大丈夫だが…」

恭也の言葉に一刀は周囲をざっと見渡し、少し離れた所に転がっている木刀を見つける。
一刀の視線から恭也もそれに気付く。
互いに小さく頷きあうと、一刀が男たちへと話し掛ける。

「分かった、俺たちも命は惜しいし、怪我もしたくない。
 だから、大人しく言うとおりにするよ」

両手を挙げて降伏の意を示しつつ男たちにゆっくりと近づく一刀。
警戒しつつもその言葉に男たちが僅かに切っ先を下げた瞬間、恭也の足が地面を抉って土を跳ね飛ばす。
同時に一刀は木刀の元へと跳び、恭也は三人のうち、一番近くにいた最も背の低い男の懐に飛び込んで肘を入れる。
突然の攻撃に憤り刀を振るってくるリーダー格の男と太った男。
その攻撃を躱して後ろへと跳んだ恭也の隣には、木刀を構えた一刀が。

「これで二対二か。数の上では互角なんだけれど、俺は木刀なんだよな」

「ぼやくな一刀」

そんな言葉を交わしつつ、目の前の男に対峙する二人。
緊張が高まり、両者共に動き出さんとした瞬間、そこへ一人の少女が姿を見せて突然名乗り始める。

「持て、そこの賊ども。その方々はお前ら如きが手を出して良いお方ではない。
 どうしてもやると言うのならば、この私が相手しよう!
 姓は関、名は羽、字は雲長」

名乗りを上げながら、背丈以上の長さを持つ槍を構える少女。
恭也たち二人よりも組し易いと思ったのか、盗賊は少女へと向かっていくも、
少女の振るった槍の前にあっさりと返り討ちにあう。
その腕に感嘆する恭也と一刀であったが、不意に一刀は気になる事を呟く。

「あの子、さっき名乗ったときに関羽とか言ってなかったか」

「言われれば、そんな気もするが。同姓同名か」

「だとすると、ここは日本じゃなくて…」

「いや、まだ結論を出すのは早いぞ一刀」

そんな事を話している間に、盗賊たちは倒れた仲間を支えて逃げていく。
助けられて形となった二人は、少女へと礼を述べるも逆に少女は畏まって頭を下げる。

「お迎えが遅くなってしまいました、天の遣いとその守護者さま」

「「はぁっ!?」」

少女の言葉に二人は揃って素っ頓狂な返事をしてしまうのだった。



張飛と名乗る少女とも顔を合わせた恭也と一刀は、益々混乱を増していく。

「まさか、タイムスリップというやつなのか」

「いやいや、恭也。それでも可笑しいって。
 見てみろよ。二人とも女の子だぞ」

「むぅ、確かに」

二人の懸念を余所に、関羽と張飛と名乗った少女たちは苦しむ民衆の為に立ち上がろうと息巻く。
二人が占いに出た天の遣いでなくとも、自分たちだけでもと。
そこまで聞かされ、また他に頼る所もない二人は少女たちに力を貸して立つ事を決意する。



――続々と集まるはいずれも聞き覚えのある武人たち。
  ただし、その性別はまるで異なっていて…。



「一刀、俺たちの知っている歴史を鵜呑みにするのはまずい」

「まあな。ただでさえ、今まで出会った武将は皆女性だったしな。
 おまけに、あの孔明がこの時点で自分から仕官してくるなんてな。
 どうも、俺たちの知っている世界とは違うのかもな。ただのタイムスリップじゃないってか」

「ただでさえ、俺たちが来た時点で歴史が狂っているとも考えられるからな。
 それに、歴史とは先人たちが築き上げてきたもの。言うならば過去だ。
 だが、俺たちはれっきとして今、ここに居る。
 俺たちにとってこれは現在であり、進むべき先は未来なんだ。
 未来とは、今を生きる者達によって作られていくものだ」

「だな。言いたい事は分かったよ。結局は、その時その時に最良と思う行動を取るしかないんだよな」

「そういう事だ。で、どうする?」

「勿論、趙雲を助ける」



「お主は?」

「俺は高町恭也。北郷の側近といった所だ」

「ほう、それではお主があの天の御使いの守護者にして、変わった獲物を操る剣技無双の武将か」

「そんな大層なものではないがな。ともあれ、一刀の命によって助けに参った」

「ふっ、それは助かる。剣技無双と誉れ高き恭也殿にこの背中を任せよう!」

「こちらこそ、頼もしい限りだ」



一つの大きな争いが終わりを告げると同時に、新たな争いの火種が各地へと飛散する。
今、まさに群雄割拠の時代が幕を開けようとしている。

恋姫剣士無双



   §§



「私は反対です!」

高い天井に全体的に広い作りの部屋。
そこに少女の声が響き渡る。
その顔はいつになく鋭く、普段なら少女の前に座る男の言葉には最終的に同意するのだが、
今回ばかりはそうもいかないという雰囲気を全身から漲らせている。
他に居並ぶ者たちを見れば、皆、この少女と似たような意見であるらしい。
困ったように頭を掻きつつ、一段高い位置に座る男性――北郷一刀は先程から無言のままでいる、
この場に一刀を除き唯一の男性である恭也へと顔を向ける。

「恭也も反対か?」

「俺は別に構わないと思うが…」

途端に突き刺さるのは、先程真っ先に反対を唱えた黒髪の美しい少女の視線であった。

「恭也は甘すぎる! 本来、敵国の王を捕らえたのなら…」

「言いたい事は分かっているから、愛紗。それと俺だけに文句を言わないでくれ。
 そもそもの言い出しは一刀なんだから」

「それは言うだけ無駄というものだぞ、恭也」

「そうそう星の言う通りなのだ。愛紗はお兄ちゃんに弱いから」

「星! 鈴々!」

二人の言葉に顔を赤くして怒鳴るも、恭也自身もその意見には大いに賛成であった。
だが、口にするような事はしないが。
このままでは喧嘩になるかと思われたが、そこへこの中で一番年上だと思われる、
穏やかな雰囲気を纏う女性が一刀へと話し掛け、愛紗の注意を再び論議へと戻す。

「ご主人様の優しさも分かります。そこが長所でもありますから。
 ですが、流石に自由に外を歩かせるというのは問題がありますね。
 極刑にしないだけでもかなりの処遇だと言えるというのは分かってくださってますね」

「紫苑の言いたい事は分かるよ。でも…」

やんわりと反対する紫苑に対して何か言いかけるも、紫苑はそれを制して続ける。
一度だけ愛紗を横目で見るも、愛紗は紫苑の言葉にうんうんと頷いていた。

「ですから、一つ条件をつけてはどうでしょう」

「条件だと? 紫苑、それでは…」

自分と同じ意見だと思っていた紫苑の言葉に愛紗が声を上げるが、紫苑はそれを軽くいなしてその条件を口にする。

「条件は誰かが一緒に行くこと。これなら、脱走しようとしても取り押さえれると思います」

「幾ら武器がないとは言っても、一般の兵じゃあいつらを取り押さえるのは難しいんじゃないかな」

ポニーテールにした少女の言葉に、軍師である幼い外見の少女も頷き、少し考えて紫苑へと顔を向ける。

「紫苑さんの事ですから、翠さんが今仰った事は既に考えていると思いますが…」

「ええ。勿論、外に出かけるときに付き添うのはここにいる者の誰かになるわね」

「そうなるだろうな。となれば、今回の外出に関しては、言い出した主が妥当か」

「だけどなー。ご主人様じゃ、あいつらを取り押さえれないぜ」

星の言葉に翠が尤もな事を口にし、愛紗は当然のように反対する。
とは言え、他の者も流石に自分の仕事があったり、
捕虜の対応には少なからず反対なので、感情的にも自分からその役を買って出る者もいない。
一刀は困ったように溜め息を吐きつつも、
既に彼女たちが逃げるとは思っていないので別に自分が付き添いで良いかと思い始める。
と、恭也と目が合い、忘れていたとばかりに手を打つ。

「そうだよ、恭也が居たじゃないか。恭也なら、あの三人を相手にしても問題ないだろう」

「それは幾らなんでも買い被り過ぎだ。流石にあの三人が本気なったら、全員を捕まえるのは難しいぞ。
 とは言え、今更逃げ出すとも思わないからな」

「だろう。それに、曹操も恭也なら嫌がらないだろうし」

「そうか? その割には顔を合わすたびに文句を言われるが…」

「あー、まあ、あれはああいう挨拶だと思って。それに俺の扱いなんてもっと酷いぞ。
 兎に角、恭也だって曹操の事は放っておけないだろう」

「はぁ、分かった。俺は別に元から反対でもないしな。引き受けよう」

恭也が引き受けた事により、一刀はほっと胸を撫で下ろす。
これで論議は終わりとばかりに腕を上へと伸ばし、思い切り伸びをする。

「ふふふ、恭也には曹操も少しは気を許しているという事か」

だが、皆はすぐに解散せず、星がそう言いながら恭也へと近付く。
その顔に、声にからかう気なのを読み取り、恭也はさっさと背を向けようとしてその腕をしっかりと捕まえられる。

「何処に行く、恭也」

「いや、曹操の所だ。外出の許可が出たと教えにな」

「なに、そんなに慌てなくとも良いではないか。
 どちらにせよ、外に出れるのは明日なのだから、明日にでも迎えに行くついでに伝えれば良かろう。
 その方が手間も省けるというものだ」

「そうだな。なら、鍛錬でも…」

「ほう、鍛錬か。ならば、私も付き合おう。ただし、後でな。
 しかし、恭也。いつの間にあの曹操を手懐けた」

「別に手懐けてなどいないぞ」

「そうなのか?」

わざとらしく驚いた表情を見せた後、にやりと笑みを見せる。
その笑みを見て恭也は咄嗟に一刀へと視線を向けるが、目が合った途端に気付かない振りをして逸らされる。

「てっきり、あれから更に身体を合わせてお主の虜にしたのかとばかり思ったが…」

「っ! 何を言っているんだ、お前は」

「照れなくても良いではないか。流石は私が見込んだ男、それぐらいの器量を見せてもらわんとな」

言葉を詰まらせながら、他の者に助けを求めるも…。

「ご主人様の言う通りに逃亡する気がないのなら問題はないのですが、
 その確認の意味も込めて最初の何回かは、皆さんで後を付けるというのはどうでしょうか」

「流石、朱里だぜ。それなら万が一の時でも大丈夫だな」

「ならば、次は誰がどのようにして後を付けるかだな」

「そうですね…」

「鈴々はお兄ちゃんと一緒が良いのだ」

「何を言っているんだ、鈴々。ご主人様と一緒と言う事は、曹操たちの動向を監視すると同時に、
 ご主人様の身も守らなければならないんだぞ。そのように複数の事をこなすなど、鈴々に出来るのか?
 ここは私が…」

「あ、ずりーぞ、愛紗」

わざとらしく何やら論議を始めた愛紗、朱里、鈴々に翠たち四人であったが、すぐに喧嘩になる。
仲裁するように一刀が口を出してしまい、四人が一刀に決めてもらおうと迫る。
あちらはあちらで大変な事になったようであったが、最初に見捨てた罰だと一刀を見捨てる恭也。
と言うよりも、向こうに構っている場合でもないのだが。

「どうした、恭也? 何故、私から視線を逸らすのだ?
 よもや、見るに耐えない顔をしているのだろうか」

わざとらしく悲しむ振りをする星に、恭也は分かっていても否定の言葉が口をついて出てしまう。

「そんな事はない。星は……」

「ほう、私は?」

「……その可愛いぞ」

照れてそっぽを向く恭也に言葉に嬉しそうに笑いながら、その腕を胸に抱く。
それに慌てる恭也へと更に笑みを深めつつ、

「しかし、このぐらいで照れる事もなかろうに。少しは主を見習ってはどうか」

「俺にあそこまで節操なしになれと」

「おい、こら恭也! 聞こえてるぞ!
 否定は出来ないが…」

遠くから一刀の声が聞こえてくるが、それは聞こえない振りで聞き流すも、

「否定しないのか」

思わず溜め息混じりに反応してしまう。

「で、星。いつまでも腕を捕まれていると、その、色々と困るんだが…」

「そうだな。もう一度、私を褒めてくれたら離してやろう」

「あー、褒めるのは吝かではないが、ここでか」

紫苑までが一刀の元で騒いでおり、こちらに注目している者はいないが、
やはり他人の目があると言う事で躊躇する。
だが、星はあくまでも恭也の言葉を求め、更に腕をきつく抱き締める。

「わ、分かったから。その、星は、……き、綺麗だ」

「ふむ。あまりにも飾りも何もない面白みのない言葉ではあるが、恭也の口から効くと美酒のように染み渡るな。
 約束だから、名残惜しいが解放しよう」

解放された腕を無意識に触りつつ、恭也は星に咎めるような視線を向ける。

「で、何故、突然こんな事をしたんだ」

「なに、主はよく褒めてくれるのだが、何処かの誰かさんは中々言ってくれないんでな。
 少々自信をなくしそうになっていた所だったのだ。しかも、そこに来て曹操たちも現れたしな」

恭也へと星が嫌味たらしくそう口にする。
それを聞いて恭也は何とも言えない顔をするが、照れたように星から視線を逸らす。

「星が綺麗なのは今更言う事でもないと思ったんだが」

「だとしても、偶には聞きたいものなのだよ。
 それにしても、そういった事を自然と口に出来る辺りは何と言うか。
 恭也も主の事をあまりとやかく言えぬかもな」

「頼むから一緒にはしないでくれ」

心底頼み込む恭也へと星は小さく笑い、恭也もまたそれを受けて微笑を返すのだった。



   §§



「再び始まるザマスよ」

「いきなり影響されてるでガンス」

「フンガー」

「いいから始めなさいよ」



とら☆すた



『みゆき』

「うーん」

「こなた、何を唸っているんだ」

「あ、恭也。いや、ちょっと考え事をね」

昼食を終えた昼休みの教室。こなたは自分の席で一人首を傾げる。
かがみが少し呆れたように肩を竦め、

「どうせ次の授業の宿題をやってないとか、そんなんで悩んでいるじゃないの」

「失礼な」

「あ、ごめん。珍しくやってたんだ」

「いや、やってないよ」

謝るかがみにしかしこなたは平然と返すと、胸を張り威張るように言う。

「ただそんな事で悩むはずがないって事だよ」

「それって威張れる事じゃないでしょうが」

「ま、まあまあお姉ちゃん。だったら、こなちゃんは何を考えてたの?」

かがみを落ち着かせながら、双子の妹であるつかさがこなたへと問い掛ける。

「うん、実はさ。みゆきさんなんだけれど…」

「私、ですか?」

行き成り自分の名前を呼ばれて、小首を傾げるみゆき。
そんなみゆきに頷きながら、こなたは人差し指をぴっと立てて…。

「うーん、やっぱり説明するときは眼鏡も欲しいよね」

「いや、言っている意味が分からないし、良いからさっさと言えって」

律儀に突っ込んでくれるかがみに微笑みつつ、こなたは今度はちゃんと話し始める。

「ほら、みゆきさんって眼鏡という一部マニア狙いじゃない」

「言葉の使い方に引っ掛かるんだけれど、まあ良いわ。それがどうしたのよ」

「うん。で、少しドジっ娘でもある。ああ、もう本当に萌えだよね」

最後の部分は兎も角、何を今更といった感じでこなたを見つめる三人。
本人であるみゆきは少し困ったようにしているが、その仕草もまたこなたに言わせればツボなのだそうだ。

「で、恭也の妹の美由希ちゃん」

「美由希がどうかしたか?」

「同じく眼鏡でドジっ娘。つまり、みゆきという名前の子は萌え要素を持っている!
 美由希ちゃんはそこにみつあみ、更には恭也と血の繋がらない妹というある意味最強になりうる要素まで!」

「次の授業は確か…」

「数学よ、恭也」

「うちのクラスは英語だよ」

まるで今までの話がなかったかのように話し始める三人に、

「いや、まあ分かっていたけれどね。
 冗談ですよ、冗談」

と、こなたは小さく呟くのだった。



『恭也』

「でもさ、よくよく考えて見れば…」

「また変な話じゃないでしょうね」

「いやいや、今度は真面目な話だってかがみ」

呆れたように言うかがみに手を振り、こなたはそう言葉を返す。

「恭也の置かれている環境って美味しいと思わない?
 血の繋がらない妹に、小さい頃に結婚の約束をした幼馴染。
 病弱な妹分に、巫女さんにメイドさん。挙句は獣耳少女。
 しかも、それこそゲームや漫画でしかお目に掛かれないような、実年齢とそぐわない外見幼女まで」

「いや、確かにそうだけれど。って、ちょっと待て。
 最後のはアンタにも言える事でしょうが」

「むむ。言われてみれば。でも、それだけじゃな〜。
 やっぱり、女医さんや弁護士といった自立した女性がそうだという所に、更に萌えるのですよ」

「いや、知らないわよそこまで」

呆れつつも自然にこなたへと突っ込みを入れるかがみに、恭也たちはただただ苦笑を零すのだった。



『こなたとかがみ』

「うーん、これはあれですな」

「おーい、その話をまだ続ける気なのか」

流石にやや疲れた感じで言うかがみを無視し、こなたは恭也をじっと見つめる。

「どうした? 何かついているか」

「むむ。その台詞は是非ともかがみに向かって言って欲しいな。
 そしたら、かがみは目と鼻と口に決まってるでしょうって真っ赤になって横を向きながら叫ぶと」

「いや、勝手にアンタの脳内設定を押し付けないでよ」

かがみの突っ込みににんまりと笑みを見せつつ、こなたはもう一度恭也へと視線を戻す。

「話を戻すけれど、恭也ってば恋愛原子核?」

恭也は怪訝な顔を見せ、つかさやみゆきが首を捻る中、こなたは期待するようにかがみを見るが…。

「あー、ごめん。私もそれは意味が分からないから突っ込めないわ」

「な、ななな…。突っ込みが唯一のキャラ特性なのに」

「って、勝手に決め付けるな!」

思わず声を上げるかがみに、こなたは親指を立てて満足そうな笑みを浮かべるのだった。



『おまけ』

昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴り、違うクラスの恭也とかがみは教室を出て行く。
と、廊下を歩くかがみの髪に不意に恭也の手が伸び、思わず上擦った声を出す。

「な、何?」

「ああ。すまん。少しリボンが…うん、これで大丈夫だ」

「あ、ありがとう」

「いや。早く戻ろう」

何でもないように平然と歩き出す恭也の背中に溜め息を零しつつ、
かがみもその後を追おうとして、何やら視線を感じて振り返る。
付いて来ないかがみに気付き、振り向いた恭也もかがみと同じものを見つける。

「何をやってるのよ、こなた」

「いやいや、何でもないですよ、うん」

にまにまと笑みを見せるこなたに、かがみはさっきのやり取りを見られていたと知って顔を赤くする。
そんなかがみに構わず、こなたはわざわざ恭也の前までやってくると。

「駄目だよ、恭也。リボンを直すんなら…」

「ああ、そうだったな。最初に一声掛けるべきだった。行き成り髪に触れるのは確かにまずかった。
 だが、かがみには謝ったぞ」

「そうそう、一声は大事だよ」

後半部分はどうでも良いのか、こなたは一人うんうんと頷く。

「やっぱりそこはリボンが曲がっていてよ、の一言が欲しいよね」

「言うと思ったわよ!」

かがみの突っ込みにこなたは満足そうな顔をして教室へと戻って行き、
その背中を意味が分からないまま恭也は見送る。
そんな恭也に肩を竦めると、促すように軽く背中を叩いてかがみもまた教室へと向かう。
それを見て恭也もその隣に並んで歩き出すのだった。



   §§



「えっ!?」

その言葉に驚きの声を上げたのは果たして誰であっただろうか。
この場にいた誰もが同じような事を思っているのは間違いない。
そんな一同を見渡し、何処か苦しげな表情で中央に立つ女性はもう一度それを口にする。
その目元は心労からか薄っすらと隈が見られ、元は美しかっただろうと思われる髪も最低限に整えた程度。
全体的に疲労感を漂わせる女性の姿はぼんやりと透けており、比喩でも何でもなく言葉通りに姿が透けている。
だが、その事をこの場にいる者は誰も驚いたりはしなかった。
ここ、高町家の庭に建てられた決して広くはない道場内。
そこに座るものたちは、掌大の大きさの透けている女性を前に真剣な表情を浮かべている。

「もう一度言います。辺境の村に破滅が現れたとの報告がありました…」

再び同じ言葉を口に乗せた女性、ミュリエルの言葉に恭也たちはあり得ないと思いつつも詳しい事を尋ねる。
恭也たちが前にしているのは、念話器と呼ばれるもので、恭也たちの世界で言うテレビ電話のようなものである。
普通、異なる世界からの通信などは出来ようはずもないのだが、
そこは無限に連なる世界で見てもトップクラスの召喚士が三人もいるのだ。
何とかなったようである。
ともあれ、ミュリエルは自分が受けた報告を恭也たちへと話す。
本来なら、アヴァターの統治を任されている自分が采配し、対応しなければいけないのだろう。
ましてや、異世界で平和に暮らしているであろう恭也たちを頼るなど。
だが、事に破滅という単語が含まれた以上、助けを求めない訳にもいかないのだ。
何せ、彼らは長く続く救世主と破滅との真相を知り、その争いに真の終止符を打った者たちだから。

「事の起こりは一ヶ月ほど前の事です。
 村の外れでモンスターを見かけたという報告がありました。
 勿論、あの戦いの後もモンスターたちはまだ残っていますから私は騎士団を派遣しました。
 ですが、派遣した騎士団は壊滅。
 その報告をもたらした騎士も、近くの村にその事を王国に伝えるように言い終えると同時に息を引き取りました。
 事態を重く見た私たちは、軍を編成してその場所へと向かわせたのですが…」

結果は聞かなくても分かる。
その表情を見れば、最悪全滅という事であろう。
幸い、全滅ではなかったらしいが半数はそのまま還らぬ人となったらしい。

「幸い、今回は多数のものが生き残り、軍を指揮していた隊長も大怪我を負いましたが何とか生き残りました。
 なので、前回よりも詳しい事が分かったのですが…。
 どうやら、モンスターたちは群れをなしており、しかもそれを指揮するものが居たそうです」

「ミュリエル、いや、今は女王だったか。して、そやつらが破滅だと断定したのは?」

ミュリエルに王位を譲った元王女のクレアの言葉に一つ頷く。

「自ら名乗ったそうです。破滅の将と」

「バカな!」

ミュリエルの言葉にロベリアが驚きの声を上げる。
つまり、彼女にも身に覚えがないのだろう。
元破滅の将として恭也たちと敵対していた彼女は、破滅軍に対しては恭也たちよりも多少は詳しい。
その彼女が存在を知らないという破滅の将を名乗る者。
訝しげに眉を顰めつつ、恭也はミュリエルへと話し掛ける。

「その破滅の将と名乗った者は一人なのですか。
 他に仲間などは」

「それは分かりません。とりあえず、彼ら騎士団が出会ったのはその一人だけだったそうです。
 相手が破滅を名乗る以上、こちらも救世主を呼ぶべきだと賢人会議でも出ました。
 勿論、あなたたちを巻き込むべきかどうかという問題もありました。
 ですので、もう一度軍を編成し、今度は調査を目的として派遣しました」

「なるほどの。しかし、賢人会議も随分と様変わりしたようじゃの。
 昔ならば、自分たちが助かるためにはこちらの都合などお構いなしという者どもの巣窟だったはずじゃが」

「最後のあの大きな戦いの所為でしょうね。民衆の信頼を無くした彼らには既に味方もいませんでしたし。
 何より、賢人会議のメンバーに破滅と通じていた者たちが数名いました」

その言葉に驚くのは恭也やクレア、そして元破滅に組していたイムニティとロベリア以外であった。
後者の二人に関しては、自分たちが手引きをしていたのだから当然知っており、
前者二人はある程度は当時から予想していたためである。

「勿論、そのような輩は既に居らぬのだろうな」

「当たり前です。とんでもない置き土産でしたが」

不敵に笑い合う元女王と現女王。
だが、今はそんなに悠長な事をしている場合ではないとミュリエルはすぐに話を戻す。

「調査の結果、どうやら連中は辺境の果て、誰も住まない未開拓の地よりも向こうに居る事が分かりました。
 いえ、それぐらいしか分からなかったと言うべきね。正確な勢力も、その目的も分からないまま。
 けれども、その力だけは決して侮れない。現にたったこれだけの調査にも関わらず、かなりの損害を出してます」

ことここに至り、救世主を再び召喚しようという流れになったらしい。
その話を聞き、恭也たちはそれぞれの顔を見合わせる。
皆、思いは同じで頷き合って気持ちを確認する。
恭也が皆を代表するように、ミュリエルへとそれを伝える。

「もし本当に破滅の仕業なら、いや、それが破滅じゃないとしても破滅を名乗る以上、捨てては置けません」

「ありがとうございます。
 では、すぐに召喚の儀式に入ります。幸い、そちらにはリコさんとイムニティさんの二人が居るでしょうから。
 場所は学園の召喚の塔。時刻は明日の朝。召喚の前に、こちらから再び連絡を入れます」

そう告げるとミュリエルはリコとイムニティの三人と召喚に関しての打ち合わせ手順を確認し始める。
それらを横に眺めながら、恭也は難しい顔をして腕を組む。
恭也の周り他の者たちも集い、やはり困惑を隠せない顔を付け合せる。

「どういう事なんだろうね、恭ちゃん」

「分からん。実際にこの目で見るしかないだろうな」

「ふんっ、相手が破滅って言うのならもう一度倒すだけよ」

力強く言い放つリリィの言葉に、他の者たちも同意するように頷く。
そんな中、召喚に関する話を終えたミュリエルが言い忘れていたと切り出す。

「二度目の派遣で騎士団を助けてくれた子がいるの。
 彼女は前回の戦いでも村を一人で守ったらしいわ。
 前回の戦いでは見つけれなかったけれど、彼女も召還器を持っているようなの。
 既に学園へと召集はしてあるから、今回の戦いでは彼女も一緒に行動してちょうだい」

その事実に多少驚きつつも、戦力が増えるのは喜ばしい。
だが、他の者たちとはそれこそ幾つもの生死を共に潜り抜け、互いにチームワークを築き上げてきたのだ。
そこへ突如入る少女。連携を考えると少し不安がよぎる。

「それも承知の上です。ですが、相手の正体が分からないのです。
 それに、あなたたちも最初は上手く連携できていたわけではないでしょう」

ミュリエルの説得に似た言葉に他の者たちもようやく納得する。

「ところで、その者の名は何と申すのじゃ」

「はい。その少女の名は、エスカ・ロニア」



再びアヴァターへと向かう事となった恭也たち元救世主クラス。
彼らの前に立ち塞がるのは破滅を名乗る者。
そして、新たに見つかった召還器を持つ少女、エスカ。
思いもよらぬ事態に、恭也たちはどうなる!?

Xross Triangle



   §§



訓練中に不意に光に包まれた。
目が覚めたときの覚えていたのは、そこまでであった。
そこからの意識がないという事は、その時点で気を失ったということだろう。
そこまで考えて、意識を取り戻したその人物は周囲を油断なく見渡す。
周辺に人の気配はなし。自分が寝ていたのは部屋のようである。
自分の下にある可笑しな模様の床も、周囲を囲む壁も石造り。
一つだけある扉も頑丈そうに見える。
敵対組織に捕まり監禁されたのかと考えるも、それならば装備がそのままなのが可笑しいと思わず首を傾げる。
手にしているのは、さっきまで持っていた抜き身のままの小太刀。
背中にもう一刀、纏ったコートの至る所に隠し持った飛針や鋼糸などの武器もそのままである。
自分の体の状態と装備を確認して立ち上がるなり、近づいてくる気配を感じる。
とりあえずは情報を引き出さなくてはいけないと判断し、抜いたままの小太刀を背中の鞘へと仕舞うのだった。



「誰かがこちらの世界に来ようとしています」

ぽつりと呟かれた少女の言葉に、同じクラスの者が皆声を発した少女――リコへと視線を向ける。

「今日、新らしい仲間が来るなんて連絡は受けてませんけれど…」

「今回の召喚も大河さんたちのようなパターンなのか、もしくは緊急だったのかもしれません」

神官の姿をしたベリオの疑問に、リコは可能性を上げてみせる。
それを聞き、救世主クラスの面々は召喚の塔と呼ばれる場所へと向かうのだった。
根の国と呼ばれる世界がある。
国、ではなく世界である。異世界と呼ばれる世界が実際に幾つも存在しているのである。
それはまるで一本の木のようにたくさんの枝を持ち、その枝の一つ一つが世界なのである。
根の国とはつまり、文字通りに木に例えるなら根にあたる部分にある世界である。
枝の一本が折れたとしても、木は存在し続ける事は可能である。
だが、それが根であった場合はどうなるか。
根の崩壊は木そのものの崩壊を意味する。
つまり、この根の国アヴァターは全ての世界の根源にして、数多の世界を支える世界でもあった。
それだけならばそれでお終いとなるのだが、
困った事にこのアヴァターにはこの世界を滅ぼそうとするものたちがいた。
それは人では太刀打ちするのが難しく、世界は滅ぶかと思われた。
だが、それに対抗する者たちが存在した。それが救世主である。
そして、ここはその救世主となる適性を持つ者たちを育てる学園であり、彼女たちは救世主クラスの者たちである。
そんな今更な事を思い返しながら、彼女たちにとって教師にあたるダリアはリコたちの後に続く。
いつものようなお気楽な顔がなりを潜め、こっそりと溜め息を吐きながら、

(そのはずなのに、ここに来てイレギュラーがおき過ぎてない?
 史上初の男性救世主候補である大河くんが来てからかしら? ああーん、クレアさま〜。
 手当てを弾んでもらわないと、何か割に合いません〜〜)

ぼやきつつも召喚の塔に着く頃には、いつものようなのほほんとした顔に戻るダリアであった。
ダリアの胸中の葛藤など知らず、大河たちは召喚陣のある部屋へと踏み込む。
そこに立つ一人の人物を見た瞬間、大河はまるで滑り込むようにその前に膝を着く。

「生まれる前から好きでした、是非、結婚してください!」



こちらへと近付く気配に美沙斗は用心深く扉を見つめる。
どうやら鍵は掛かっていなかったらしく、ノブが回されて中へと数人の男女が入ってくる。
どの子たちも美由希と同じか少し下といった所だろうか。
そんな風に観察していた美沙斗の前へと、地面を膝で滑るようにして近づいてくる青年が一人。
行き成り膝を着いて手を取ってくる青年に、美沙斗はあまりの出来事に一瞬呆気に取られる。
そして、青年から飛び出して来る言葉が一つ。

「生まれる前から好きでした、是非、結婚してください!」

大河がそう口にした瞬間、後ろにいたベリオ、妹の未亜、忍者の格好をしたカエデの三人が一斉に大河の頭を、
肩を、背中を何処からか取り出した杖、弓、手甲を嵌めた拳で殴りつける。
煙を噴出しそうな勢いで顔面から地面へと倒れる大河に、美沙斗は気遣うように話し掛ける。

「だ、大丈夫かい?」

「ああ、何て優しい人なんだ! まさに天使!」

懲りずに起き上がるなり、その手を再び掴もうとする。
だが、再び三人の攻撃が大河に突き刺さり、その前にリコが立ち、無言のまま避難を込めた視線を大河に向ける。
一人取り残されて困った顔をする美沙斗へと、残った赤髪の少女リリィが声を掛ける。

「とりあえず、このバカの事は放って置いて良いから。
 で、あなたは…」

「誰がバカだ、誰が!」

「うるさい、黙れバカ! アンタ一人の所為で、救世主クラス全体の品位が疑われたらどうするのよ!」

喧嘩を始める二人を困ったように見つめる美沙斗に、
いつもの事と他の面々は気にしない様子で美沙斗へと事情を説明する。
そこへダリアもやってくるが、説明が終わったのを見て身体をくねらせて大げさに悲しむ。
リコは美沙斗へとここに来た方法を尋ねるが、返す美沙斗の返答はとても簡潔なものであった。

「分からない」

大河たちと同じかそれ以上に召喚された方法が分からない美沙斗に、すぐには元の世界には戻れないと説明する。
この塔が前に破壊された所為だと。
本来なら、修復された後に来たはずだから戻れると思うかもしれないが、
元へと返すための機能だけが抜け落ちている状態なのである。
そんな説明を聞きながら、美沙斗はようやく頭の整理を終えた。

「まさか、こんな事に遭遇するなんてね。
 兄さんならどんな目に遭っていても不思議ではないと思う所なんだけれど。
 まさか、自分がその立場になるなんて思ってもいなかったよ」

「分かりますよ。突然、誰も知る人のない異世界へと召喚されて心細いんでしょう。
 良ければ、今日はその寂しさを紛らわすために一晩一緒に……がっ!」

三度地面に沈む大河に、美沙斗は元気付けてくれようとしていると思い、苦手ながらも何とか笑みを浮かべる。

「元気付けようとしてれるのはありがたいけれど、こんなおばさんをからかうものじゃないよ。
 周りの子たちが焼き餅を焼いてしまうよ」

「あははは、おばさんだなんて冗談ばっかり。
 とっても美しいですよ。大丈夫です、少しぐらいの年の差なんて。
 寧ろ、綺麗なお姉さんは大好きです!」

大河の言葉に、しかし四度目の攻撃はこなかった。
美沙斗の柔らかな笑みに、未亜たちも思わず見惚れていたからであるが、
大河はそれに気付かずに調子に乗って更に美沙斗を口説いていく。

「まるで月の女神のような美しさ! いやいや、それ以上です!」

「ふふ、お世辞でも嬉しいね。でも、あまりしつこくされても困るよ。
 何なら、娘を紹介しようか。まあ、娘は既に思う人がいるみたいだけれどね」

珍しく冗談っぽくそう口にして話を逸らそうとした美沙斗であったが、その言葉に驚く一同。

「娘!? お子さんがいるんですか」

ベリオが驚きの声を上げる中、大河は少し考え込む。

「人妻か…。しかも、若妻。くふっ、た、たまらん…」

「って、お兄ちゃん! 旦那さんがいるんだから、手を出したら駄目だよ!」

怒りながら大河の耳を引っ張る未亜へ、

「だが、この世界には居ないだろう。浮気してもばれな…」

「お兄ちゃん!」

本気で怒る未亜に大河も流石に反省する。
そんな兄妹のやり取りに恭也と美由希を思い出し、尤も立場は逆だが、口元を緩める。
気も少し緩んだのか、大河に同情して美沙斗はあまり考えずに言う。

「いや、夫はもう亡くなっているんだ。だから、その辺にしといてあげて」

美沙斗としてはだから浮気にはならないというつもりではなく、
単に大河の不穏な発言を少しでも減らしてあげようと思っての事だったのだが、
美沙斗の言葉に全員が思わず暗い顔になってしまう。
だが、大河はすぐにその顔を緩ませると、空気を変えるように少し大きな声で言う。

「未亡人……た、たまら…」

いや、かなり本気の色が見えるが。

「お兄ちゃん! 娘さんだっているんだから、いい加減にしなさい!」

流石に妹だけあって、最初はこの空気を変えるための発言であったが、すぐに本気の色を見て取り、
問答無用とばかりに弓を脳天に振り下ろす。
鈍い音に頭を押さえつつも、大河の妄想は止まらない。

「娘も…。今から俺好みに仕込む!? いやいや、そんな気長に待てるか!
 うーん、この人の娘さんなら将来美人になるだろうし、今はまだ射程範囲外としてもやはり懐かせて……」

大河の続く発言に全員が頭を押さえて顔を見合わせる。
この男を黙らせるには、気絶させるしかないという結論を出した顔で。
いざ、全員が行動に移ろうとするよりも早く、

「そうなのかい? うちの娘は君たちと同じぐらいの年なんだけれど。
 そうか、君はえっと何って言うんだったかな。兎に角、年上が好きなのか。
 さっきからそれをほのめかすような事も言ってたし。気付かなかったよ。
 だから、こんなおばさんを口説いてきたんだね。冗談だと思ってたんだけれど、本気だったら少し困るかな。
 私にとってあの人は今も…」

自分で言おうとした言葉に照れて赤くなり、最後まで口に出来ない美沙斗。
そんな可愛らしい仕草を目にしつつ、先程の言葉にまたしても絶句する一同の中、未亜が恐々という感じで尋ねる。

「えっと、娘さんは幾つなんですか?」

「確か、高校三年だったね」

「て、俺より年上!?」

大河の言葉にその場に居た者たちの驚きの声が上がるのだった。



美沙斗さん異世界放浪記



   §§



それはある休日の午後の事であった。

「ねえ、お姉ちゃんお願いがあるんだけれど」

「うん、何? すずかがお願いだなんて珍しいわね。
 何でも言ってみなさい。出来る事ならきいてあげるわよ」

そうウィンクしながら軽く引き受けた事を忍が深く後悔するのは、そんなに遠くはなかった……。



なのはとフェイトが魔法使いだと知っても、四人の仲は変わる事がなかった。
そこにはやてという新しい友達も増え、日々は平穏に流れて行く。
だが、すずかは偶に怪我をするなのはたちを見ては心を痛めていた。
そして、いつからか力になりたいと思うようになっていたのだ。



「封印指定のロストロギア?」

「ああ、そうだ。それが君たちの世界、それも海鳴を中心とした半径数十キロの何処かで反応があった。
 見つけ次第、即座に結界を展開してアースラへと連絡を」

クロノから突如として入った連絡。
なのは、フェイト、はやての三人はそのロストロギアを探して探索を開始する。



「妖怪?」

「うん。わたしの世界に昔から伝わる人とは少し違う生き物なんだけれど…」

「なのはちゃんの言う通りや。あれは天狗に違いないで。
 いやー、まさか実在するなんてな」

三人の魔法少女の前に立ち塞がる妖怪の群れ。

「って、襲ってきてるよ!」

襲いくる妖怪の群れを前に、アースラからの解析データが送られてくる。

「三人共、目の前のソレはロストロギアによって作り出された偽者だ。
 ただし、その能力はその地の伝承に基づいて与えられているらしい。
 こればっかりは、僕は現地の人間じゃないから分からないけれど」

「数が多すぎるよ」

「大きいので一気にやった方がええんとちゃう?」

「はやて、私となのはで時間を稼ぐからお願い」

「任せとき」

妖怪たちに対して作戦を決めてその通りに動き始めた三人。
だが、僅かな隙を付かれて妖怪の数匹がはやてへと襲い掛かる。

「はやてちゃん!」

なのはの悲鳴が響く中、しかし地へと落ちていくのははやてではなく天狗の方であった。
見れば、はやての前にはマントを身に纏い、やたらとヒラヒラの多い洋服に身を包んだ一人の少女が。
その手には見慣れない剣を手に宙に浮かんでいた。
だが、何よりもなのはたちを驚かせたのは、その少女の顔がよく見知ったものであったからである。

「……すずかちゃん?」

半信半疑に呟いたなのはの言葉に、すずかは肯定するようににっこりと微笑む。

「え、何ですずかちゃんが空を飛んでるん!?」

「はやてちゃんだって飛んでいるじゃない」

「それはそうやねんけれど…。って、違うやん!」

「くすくす。冗談だよ。えっとね、これのお陰なの」

言って左手に付けられた小さなアクセサリーを見せる。

「お姉ちゃんに頼んで造ってもらった。
 私たちの一族に伝わるロストテクノロジーとデバイスの融合だってお姉ちゃんは言ってたけれど。
 無理を言ってユーノくんに設計図を貰ったの。お姉ちゃんにも頑張ってもらって、ようやく完成したの」

その姉である忍は徹夜続きから解放され、自室のベッドで思う存分に睡眠を楽しんでいる途中であった。

「こっちの剣はなのはちゃんたちの杖みたいなものかな。
 これで私も皆の力になれるよね」

そう言って微笑むすずかに、なのはたちは顔を見合わせると、その気持ちに嬉しそうな表情を見せて頷くのだった。
新たな魔法少女がこの夜に加わる。

魔法少女ムーンナイトすずか



   §§



ある朝起きたら、そこには……。

「おはよう」

喋る狐が居た。
正に狐に摘まれたような気持ちで目の前の狐をじっと見下ろす。
そんな恭也に向かい、狐はさも当然のように話し掛ける。

「君は騎士に選ばれた。共に世界を救おう」

言葉の内容は兎も角、恭也は女の子に変化する狐が居るのだから、
喋る狐が居てもおかしくはないかと自身を納得させる。
そんな恭也の葛藤など構いもせず、狐は一人話を進めていく。

「我が名はテル。姫を守る騎士の一人なり」

「とりあえず状況の整理をさせてくれ」

恭也は混乱する頭を押さえ、状況の把握に努める。
昨日の記憶を辿れば、いつものように起きて鍛錬をし、講義があったので大学へ。
午後からは時間が空いたので鍛錬をして、途中で帰ってきた美由希と軽く打ち合う。
後はいつものように家で寛いで深夜の鍛錬へ。
よし、何も可笑しな事はなし。
自分の昨日の行動を思い返し、何も変なところはなかったと確認する。
その上で、改めてテルと名乗った狐へと向かい合う。

「それで、お前は誰だ?」

結局のところ、この狐は何者なのか。
それが分からない恭也にとっては当然の質問であった。
最早、喋るという事は恭也の中では納得済みらしい。

「だから言っておろう。我は騎士が一人、テル」

「そのテルさんが何故、こんな所に?」

「テルでよい。これよりお主と我は運命共同体。
 変な遠慮はいらぬ」

知らない間に運命共同体にされた恭也は、益々困惑した顔を浮かべる。
浮かべながらも、そろそろ美由希が起き出した頃だろうと、自分もまた鍛錬の用意を始める。
後で那美さんにでも相談しようと考える恭也へと、テルは尚も話し掛ける。

「着替えながらでおいから聞くが良い。
 この地球は魔法使いによって滅ぼされようとしておる。
 それを阻止するのが我らのもう一つの使命!」

「……あー、いまいち事態が把握できないんだが」

「仕方あるまい。ならば、見る方が早かろう。
 外へと出るが良い」

着替えを終えた恭也の肩に飛び乗ると、テルは促すように前足で扉を指差す。。
仕方なく恭也は促されるままに庭へと出る。

「あれを見るが良い」

テルの前足が指す方向を見た恭也は、言葉をなくして立ち尽くす。

「何だ、あれは…」

ようやく搾り出された声に、テルが平然と答える。

「あれこそが魔法使いが生み出したこの地球を砕く人形」

恭也が見つめる先、遥か上空にまるで冗談としか言えない程の大きなハンマーの影が浮かんでいる。

「ビスケットハンマーじゃ」

「いつ、あんなものが。今まで気付かなかったぞ」

「さもありなん。あれはそこにあると意識した者のみが目視できる代物だ。
 故に、普通の人は気付きもせぬ。じゃが、これで理解したであろう。
 我らが騎士の使命は二つ。先ほど申したように、一つは姫の守護。
 そして、もう一つが魔法使いを倒して地球を守ることじゃ。それを見よ」

前足で今度は恭也の右手を指す。
見れば、中指に見慣れない指輪が嵌っていた。

「騎士の証である指輪じゃ。その指輪に意識を集中してみよ」

言われるままにする恭也。
途端、指輪から黒い球体のようなものが飛び出す。

「これは?」

「それは掌握領域といって、指輪の騎士となった者に与えられる特殊能力じゃ。
 お主の場合…」

言いかけるテルの口を塞ぎ、恭也は後ろを振り返る。

「おはよう、恭ちゃん。どうしたの? 庭になんか出て」

「いや、何でもない。それじゃあ、行くか」

「うん」

美由希を先に行かせ、恭也は塞いでいたテルの口を離す。

「大体の事情を分かった。流石に地球の破壊ともなると見逃せないからな。
 スケールの大きな話だが、出来る事があるのなら力になろう」

「おお、そうか。やはり我が眼に狂いはなかったようじゃ。
 これから共に戦おうぞ、我が友よ」

「ああ。それはそうと、他の皆の前では喋るなよ」

「ああ、気にしなくとも良い。我の姿はお主にしか映らん。
 後は、同じ騎士仲間にのみじゃ」

「そうなのか。……ちょっと待て。
 つまり、さっきからお前と話をしている俺は、傍から見たら…」

「そうじゃな。一人でブツブツと喋っている奴と映るじゃろうな」

「家の中で良かった」

心底安堵する恭也であった。
ともあれ、恭也はこの日を境に魔法使いと騎士による戦いへと巻き込まれることとなるのであった。
その裏に第三勢力が潜んでいる事など、この時の恭也が知るはずもなかった。



「この地球を砕くんは、魔法使いやない。この私の拳や!
 さあ、忠誠を誓え」

――魔法使いと対立する騎士たちが守るべき姫にして、自らの拳で世界の破壊を企む魔王 朝比奈さみだれ

「我が全ては魔王(ひめ)様のもの。姫の望みとあらば」

――さみだれに全てを捧げ忠誠を誓う騎士 雨宮夕日



この二人との出会いが、恭也の運命を大きく変えていく。

惑星のハ〜ト



   §§



風芽丘学園の一年のとある教室は、朝のHRの時間帯だと言うのに少々賑やかな事態となっていた。
というのも…。

「一条院美紗希です」

首元で長い髪を二つに分けて結んだ少女がそう自己紹介した瞬間、
席に座っていた生徒が嬉しそうに後ろの生徒へと話し掛ける。

「美由希ちゃん、新しいお友達ができるかな?」

「くすくす。ユナちゃんだったらできるんじゃないかな。
 と言うよりも友達になりたいんでしょう」

「うん!」

美由希の言葉に美しい金髪を纏めた少女、神楽坂優奈は楽しそうにそう答える。
と、美由希はユナと楽しそうに話していた視線を一瞬だけ転校生として紹介した美紗希へと転じる。

(気のせいだったのかな?)

先ほど、美紗希から鋭い視線を受けたと思ったのだがどうやら勘違いだったらしく、
美紗希は先生に示された席へと歩き出す所であった。



「恭也せんぱ〜い。お昼一緒に食べましょう」

昼休みが始まって間もなく、3年G組の入り口からそんな声が掛けられる。
顔をひょこと出すユナに苦笑しつつ、恭也はユナと一緒にいた美由希、リアと共に場所を中庭へと移す。
それぞれに弁当を広げつつ、話題は今日ユナたちのクラスに来た転校生の話になる。
楽しそうに話すユナと美由希を眺めながら、リアは少しだけ恭也のほうへと近付くと、
顔は二人に向けたまま、恭也へと小さな声で話し掛ける。

「あまり疑いたくはないんですが……」

「その転校生に何か感じたのか?」

「感じたと言うか、実際に一瞬だけですが睨むようににユナの事を……。
 いえ、あれは観察するような……」

「そうか。思い過ごしなら良いんだがな。まあ、一応気に掛けておいた方が良いかもな」

「ええ。あの子は能天気すぎますから」

リアの言葉に小さく笑い合う二人に気付いたユナが、何の話をしていたのかと近付いてくる。

「いや、別に大した事じゃない」

「だったら教えてよ〜。じゃないと…」

瞳をあっという間に潤ませるユナに、それが嘘泣きだと分かっていても慌てる恭也。
助けを求めるように美由希を見るが、美由希は完全に顔を背けて知らない顔をする。
ならばとリアを見るも、リアも素知らぬ顔であまつさえ、美由希と話を始める。
この二人もユナの涙には弱いのか、完全に知らん振りを決め込んだようである。
などと助けを求めている間にも、ユナの瞳には滴が浮かび上がり……。

「あー、ユナ。いいものをやろう」

こんな時のためにとばかりに懐に入れていた写真を取り出す。
手渡された写真を受け取り、眺めること数秒。
泣きそうな顔で恭也に詰め寄っていたユナの顔が蕩けきる。

「はぁぁ、ポリリーナ仮面さま〜」

目を覆う大きな仮面に白いコスチュームを着たポリリーナの写真に、
ユナはすっかり先ほどまでの出来事を綺麗さっぱりと忘れ去る。
ほっと胸を撫で下ろした恭也であったが、ふと視線を感じたような気をして空を仰ぎ見る。
だが、そこには何もなく気のせいかと首を振る。
そもそも、空から視線を感じるなど。
と思いつつも、その視線の先に屋上があるのに気付いて目を細める。
だが、怪しい人影も見えない。本当に気のせいだったのか、もしくは既に場所を離れたのか。
どちらにせよ、いつまで見ていても仕方ないと恭也は昼食を再開するのだった。



「私の素性は、銀河安全保障理事国の査察官、セイレーン。
 神楽坂優奈、貴女を銀河支配を目論む第一級反逆者として逮捕します!」

――ユナの前でその正体を現す転校生、一条院美紗希

全く覚えのない罪でセイレーンに逮捕されるユナ。
裁判の結果は超ブラックホール追放の刑となり……。

「恭也、大変ユナが」

「分かっている、リア。まずは、一条院、いや、そのセイレーンと会う必要があるな」

「うー、ユナさんを助け出すです!
 ユーリィも頑張るです。でも……、お、お腹が、はっ! ご、ご飯はあとにするです!」

「えっと、おにぎりで良かったら晶に頼むけれど」

「お願いするです、美由希さん!」

「お前ら、本当に事態を理解しているのか?」

緊張感があるようなないような一行はユナを救い出すべく動き出す。
ユナ逮捕の裏に隠された陰謀とは。

銀河剣士伝説 〜悲しみのセイレーン〜







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