『風と刃の聖痕』






 第1話





「そう言うわけだ、和麻頼んだぞ」

とある屋敷の一室。
その上座に座った男が、ゆっくりと話す。

「へいへい。分かったよ」

この部屋には、その男と、その言葉を受け、へらへらと笑いながら答える青年が一人。

「ちょっと和麻!アンタね、仕事として引き受けたんだから、もっとしゃんとしなさいよね。
 何よ、その気のない返事は」

そして、和麻と呼ばれた青年に突っかかる一人の少女、そして、隅の方で大人しくしている少年の四人がいた。

「あのな、人がどういう態度だろうと構わないだろう。ちゃんと仕事はするさ。
 所で宗主」

和麻はその少女を無視して、上座に座した男──神凪家の宗主、神凪重悟へと視線を向ける。

「私を無視するな!」

「ね、姉さま、落ち着いて」

「煉、止めないで。今度という今度は!」

少女を押さえるように少年──煉が宥めるが、全く効果はなく少女は益々激昂する。

「綾乃」

激昂する少女──綾乃に対し、特に大声を出すでもなく重悟はただ名前を呼ぶ。
たったそれだけの事で、綾乃の動きが止まり大人しくなる。
それを斜の入った笑みで眺めながら、和麻は続ける。

「今回も綾乃を連れて行くんだよな」

「ああ。それと恐らく…」

重悟の視線の先を和麻も見る。
その視線の先で煉はただ黙って頷く。

「まあ、煉も来るだろうな。で、まだ詳しくは調べてみないと分からないが、厄介な相手かもな」

和麻の言葉に頷く重悟。
ただし、和麻が何を言いたいのかは分からない様子であるが。

「つまりだ、あと一人助っ人を呼んでも良いか?」

「助っ人?」

「珍しいわね、アンタがそんな事言うなんて」

「ああ。今回はアイツがいた方が楽かもしれないからな」

「へー」

綾乃は口では何でもないような風を装うが、実際はかなり驚いていた。

(あの和麻がそこまで言うなんて…)

「それは和麻に任せる」

「そう。じゃあ、そいつの分の報酬も宜しく」

そう言って笑う和麻に、

「な、何を言ってるのよ」

「あん?何って、聞いた通りだろ。助っ人を頼むから、そいつの報酬の話」

「あんたの報酬と山分けすれば良いでしょ」

「そんな訳にいくか。これは俺の報酬だ。そいつのじゃない」

更に何かを言おうとする綾乃を遮るように、重悟が口を開く。

「分かった。和麻と同じだけ用意しよう」

「流石、話が早い」

「ちょっ」

何かを言いかける綾乃を遮り、重悟は和麻に確認をする。

「ただし、その者の腕は確かなんだろうな」

「当たり前だろう。少なくとも綾乃よりは上だ」

「なっ!」

怒りに顔を染める綾乃を無視して、和麻は続ける。

「状況しだいでは、俺でも危ない」

まるで明日の天気の話をするかのように気楽に言った言葉だったが、その内容にこの場にいる全員が絶句する。

「それに、炎雷覇を使うこいつにとって、間違いなくいい勉強になる」

和麻はそう言って綾乃を指差す。
綾乃は何か言いたそうだったが、さっきの和麻の言葉があるため静かにしている。

「そうか、ならもう何も言わん。所で、その者とはどういった関係だ?」

重悟の何気なく放った言葉に、綾乃も複雑そうな顔で和麻を見る。

「その人って、男、女どっち?」

「あ?男だが、それがどうかしたのか?」

「べ、別に何でもないわよ。それよりもどんな関係なのよ」

「関係も何も、俺の親友だよ」

「……………………えぇーーーーーーーーーーーーー!」

少しの沈黙の後、突然大声を上げる綾乃。
それに対し、和麻は耳を押さえながら綾乃を睨みつける。

「うるせーな。何をそんなに驚く」

「だ、だ、だって、あんたに友達がいたなんて…」

「おい、煉。聞いたか、何かほざいてくれてるんだが。
 こいつは、一体どんな目で俺を見てるんだろうな。」

「だって、友達よ友達。しかも、あの和麻の口から親友なんて」

「お前は、俺を何だと思ってやがる!」

「そんな事言ったって、あんたに友達がいたなんて……」

「そんな事で驚くか!」

「コホン」

延々と続きそうなやり取りを、重悟は無理矢理止める。

「して、その者は何処に?」

「ああ、海鳴市だ。明日にでも迎えに行って来る」

「私たちも行くわよ」

「ええ、僕もですか!?」

「当たり前でしょ」

そこまで言ってから、綾乃は声を潜める。

「だって、和麻の親友よ。きっと意地が悪くて性格が捻じ曲がってて、金の亡者に決まってるじゃない。
 そんなのを二人も野放しに出来ないでしょ」

「こら、内緒話なら本人のいない所で言え」

「だって、皮肉を相手のいない時に言ってどうするのよ」

「ほーう。それは、つまり、あれか。わざと聞こえるように言っていると」

またも言い合いを始める二人を放っておいて、重悟は煉に話し掛ける。

「まあ、色々と大変だとは思うが、しっかりな」

「は、ははは。はい」

乾いた笑みを浮かべながら、しっかりと頷く煉だった。







つづく








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