『風と刃の聖痕』






 第6話





鍛練を終え、高町家に帰ってきた恭也と和麻、綾乃はリビングにいた。
住人が寝静まっている時刻、美由希も部屋へと戻ったのを確認し、恭也は和麻に尋ねる。

「で、一体何の用だ」

率直に尋ねる恭也に、和麻は肩を竦めてつつも答える。

「ああ、実はな…」

和麻は一旦言葉を切り、ゆっくりと続きの言葉を口にする。

「最近、妙な事件が立て続けに起こっていてな」

「妙な事件?」

「ああ。で、その事件の解決に俺たちが動く事になったって訳だ。
 で、何か嫌な予感がするんで恭也にも手伝ってもらおうかと」

「まあ、手伝うのは構わないが…」

「うんうん。恭也ならそう言うと思ってたぞ。報酬の方もちゃんと用意してあるからな」

「俺が断わる事は考えてなかったのか」

「言っただろう。恭也なら引き受けると思ったって」

「はー。まあいい。で、その肝心の事件というのは?」

これ以上の押し問答は無駄と悟ったのか、恭也は本題へと入る。
同時に、和麻の顔も少しだけ引き締められる。
が、それも束の間、和麻はすぐにいつものにやけた顔に戻ると、隣に座っていた綾乃の肩に手を置く。

「説明、頼むわ」

「あ、あんたねー。少しは自分でやろうとか思わないわけ」

文句を言ってくる綾乃の顔に、すっと自分の顔を近づける。
いきなり目の前にアップになった和麻の顔に驚きつつも、綾乃は口を開く。

「な、何よ」

「……綾乃」

少し間を置き、和麻は優しく綾乃の名前を呼ぶ。
それだけで綾乃は顔を赤くして硬直する。

「な……な、な……なによ……」

硬直した状態から、何とか声を絞り出し和麻に答えるものの、その声にはどこか力が入っていなかった。
そんな綾乃にお構いなく、和麻はその耳元にそっと口を近づけ、甘い言葉で囁く。

「面倒臭いから、頼む」

「…………!
 ……〜〜〜」

綾乃は無言のまま怒りに肩を震わせ、顔を上げるとその口を開く。

「こ、こんのぉぉ〜〜〜、大馬鹿!んぐぐぐ……」

「馬鹿はお前だ!今、何時だと思ってるんだ。お世話になっている人たちの安眠を妨害する気か」

絶対に言っている本人は気にしないであろう事を口にし、綾乃を黙らせる。
その顔が上手く言ったと物語るように笑っていたが、綾乃は何も言わずに殺気を込めた眼差しで和麻を睨み付ける。
視線だけで人を傷付けられるのなら、既に綾乃によってボロボロにされているだろうと思わせるような苛烈な視線を受けつつも、
和麻はそれを平然と受け止め、いつもと変わらない態度で座りなおす。

「さて、いつまでそうやっているつもりだ。さっさと恭也に説明してやれよ」

「くっ……」

一瞬だけ悔しそうに顔を歪めるが、綾乃は何とかそれを意志の力で抑えつけると、恭也へと顔を向ける。

「そ、それでは私から説明しますね」

綾乃の言葉に恭也は頷く。
それを確認してから、綾乃は事件の説明を始める。

「と、言っても私たちもまだ詳しくは分かってないので、今現在の時点で分かっている事だけになりますけど」

そこで念押しをしてから、綾乃は話だす。

「そもそもの始まりは、一人の人が行方不明になった事から始まりました。
 その人は少し出掛けると言ったまま家を出て、そのまま戻りませんでした。
 翌日、家族の人が警察に届け出て、取り合えずは失踪と言う形で警察が動くという、言うなら極普通の事件として始まりました」

綾乃の言葉に取り合えず恭也は相槌を打つ。

「所が、同じような届け出が翌日から次々と警察に来たらしいんです」

「まあ、それでもそんなに珍しくはないわな。単にたまたま偶然が重なっただけとか。
 兎も角、最初は警察の方でもそんなに重要視していなかったんだ。
 言っちゃ何だか、わざわざ失踪した人間相手に人手を割けるほど警察も暇ではないってことだな」

綾乃の横から、和麻が言う。
それを横目で睨み、自分で言うんなら最初から自分で説明しなさいよと言わんばかりに。
尤も、そんな事を一々気にするような男ではないが。
綾乃は和麻を一瞥した後、恭也に視線を戻して続ける。

「所が、あまりにもその数が多かったので、警察の方もやっとその重い腰を動かしたんです。
 それで捜査をするうちに、幾つかの目撃情報が得られたらしいんですけど、結局未だに一人も見つかっていません」

「しかも、目撃者の情報が面白い事に共通していてな。
 目撃された人間は男もいりゃあ、女もいて様々だったか、共通しているのは皆一様に生気のない顔をしていて、
 視線も何処を見ているのか分からなかったそうだ。連中はフラフラと歩いて行ったんだと」

和麻はそこまで言うと煙草を取り出し口に咥える。
そして、横目で綾乃を見て、続きを促がすように一度だけ顎を指すと、そのまま煙草に火を点ける。
綾乃は和麻に促がされ、一つ頷くと和麻の話した続きを口にする。

「で、その報告がある人の耳に入って、もう少し詳しい調査が行われたの」

「そのある人とは?」

綾乃の言葉に、恭也が始めて口を挟み尋ねる。

「橘霧香という女性です。彼女は警視庁特殊資料整理室の室長なんです」

「警視庁特殊資料整理室?」

「はい。日本政府が有する退魔組織です」

「で、だ。霧香が不審に思って、もう少し詳しく調査した結果、この失踪事件の裏には何者かがいるって事が分かったって訳だ。
 しかも、その何者かはただの人間じゃない」

和麻の言葉に片眉を跳ね上げつつ、恭也は続きを促がす。
それを受け、和麻が綾乃を見る。
綾乃は分かったわよと唇を尖らせつつ、再び和麻に変わって説明する。

「失踪者の一人を何とか保護したんだけど、どうやら自我を持っていなかったらしいの。
 あ、じゃなくて、なかったらしいです」

慌てて言い直した綾乃に恭也は笑みを浮かべつつ、

「ああ、気にしなくても良いですよ。話し易いように話してください」

その言葉に罰が悪そうな顔をするものの、すぐに笑みを受けべる。

「それじゃあ、遠慮なく」

「お前が遠慮するたまかよ」

「アンタはいちいちうるさいのよ!少しは黙ってなさい!
 えっと、コホン。で…」

和麻に一言言ってから、何もなかったかのように話し出す。

「自我を失ったその人をとりあえず保護という名目の元、家族には知らせずに暫らく警察においておいたのよ。
 そしたら、日に日にその体が腐敗していって……」

「最後には骨すら残らずにただの液体になっちまった。
 どうも、何らかの術を掛けられて、ああなっちまったみたいだな。
 まるでゾンビみたいだったぜ、ありゃ」

その時の写真を見せられた事を思い出しながら、和麻が恭也に告げる。

「何のためにそんな術を…」

「さあな。まあ、ゾンビを作りたかった訳ではないだろうがな。
 アレらは恐らく失敗作だ。何らかの術の実験にされたんだろうな」

「つまり、その何らかの実験が成功するまで、人が失踪し続けるという訳か」

「ああ。早い所その実験が成功してくれれば、被害者はなくなるんだがな」

和麻のぼやきに綾乃が反論する。

「そんな訳にはいかないでしょう!第一、その実験している術が何なのか分からないのよ。
 成功してしまって、取り返しのつかない事になったらどうすんのよ」

「そんな事言われてもな。何の実験かも分からない以上、それが成功したらどうなるのかも分からんしな」

「全く、何を呑気な事を言ってるのよ!
 そんな人を実験台にするような奴がやろうとしている事なんて、どうせろくでもないに決まっているでしょうが!
 あんたはもう少しやる気を見せなさいよ!やる気を」

「はいはい。それよりも、もう少し声のトーンを落とせよ」

和麻に言われ、今が深夜と呼ばれる時間だと気付き、綾乃は小さくなる。
そんな二人のやり取りを眺めつつ、恭也は真剣な表情となる。

「綾乃さんの言う事はもっともだな。一刻でも早く、その犯人を見つけ出さなければ」

「まあ、それには異論はない。
 それに、どうも厄介な事が起こりそうな気がしてな。
 それで恭也の所に来たって訳だ」

「成る程な。まあ、力になれるかは分からんが、とりあえずできる限りの事はしよう」

和麻の言葉に力強く頷く恭也。

「ああ、頼むわ。とりあえず、明日にはここを発つつもりだから、よろしくな」

「お願いします」

二人に言われ、恭也はもう一度頷く。

「ああ、分かった」

「それじゃあ、そろそろ寝るか。流石に眠い」

「そうね。夜更かしは美容の大敵ってね」

そう言って立ち上がる綾乃の体を頭の天辺からつま先までじっと見詰める。

「な、何よ…」

「べっつに〜。美容ねー。まあ、確かに早く寝た方が良いかもな」

「……それって、どういう意味かしら」

「さあ?」

殴りかかってくる綾乃の腕を先に押さえつけ、和麻はその動きを封じる。
綾乃が何か言うよりも先に、和麻が口を開く。

「一緒に寝るか?」

「な……」

突然の言葉に顔を真っ赤にさせ言葉を詰まらせる綾乃。

(な、何で私が照れないといけないのよ!)

そう思うのとは裏腹に、急に早く打ち始めた鼓動を静めようとする。
そんな綾乃の視界に、笑いを堪えている和麻の顔が入る。

「あ、あんたって人は〜〜!」

「くっくく。恭也、それじゃあ俺は寝るわ」

「ああ。俺もすぐに行く」

和麻はそれだけを言うと、煉が寝ている恭也の部屋へと向う。
その背中をまるで親の敵とばかりに睨み付ける綾乃に、恭也は一言声を掛ける。

「それじゃあ、お休みなさい」

「あ、はい。お休みなさい」

礼儀正しく挨拶をしてくる恭也に、綾乃は毒気を抜かれたように反射的に挨拶を返す。
それでも、まだ少し怒りが残っている綾乃に恭也が声を掛ける。

「和麻は綾乃さんの事をかなり気に入っているみたいですね」

「えっ!そ、そんな事ないですって。
 だって、あいつってば口を開けば皮肉か悪意があるとしか思えないような事ばかりだし…」

「……でも、危ない時には必ず守ってくれているでしょう」

「そ、それは……。そう、それがあいつの仕事だから」

必死になって言い繕うとする綾乃を優しく見詰めながら、恭也は話し掛ける。

「まあ、そういう事にしておきましょう。それじゃあ、これで」

「あ、はい」

恭也の言葉に頷くと、綾乃も客室へと向う。
何か思い出したのか、その足を途中で止める。

「そうだ。私の代わりにあいつの頭を一発殴っといてください」

背を向けている恭也に、綾乃は言葉を投げる。
その言葉の内容に恭也は苦笑を浮かべつつ、軽く手を振って答えるとその場を後にするのだった。







つづく








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