『風と刃の聖痕』






 第11話





今日も今日とて朝からずっと街中を歩き回り、何か手掛かりになるものがないかと探す恭也たち。
和麻みたいにはっきりと口には出さないが、綾乃も流石に疲れた表情を見せている。
何の成果も上がらないままに、三日も同じようにただぐるぐると歩いているだけというこの状況に、
流石に嫌気が差してきたのだろう。それでも口にするのは堪えて足を動かす。

「しっかし、本当に面倒くさい仕事だな」

堪えた綾乃とは違い、和麻は全く遠慮することなく、いかにもやる気ありませんといった声でそう口にする。
いつもならここで綾乃が突っかかる所なのだが、珍しくぐっと堪えて和麻の言葉を聞き流す。
相手をするだけ疲れるだけ。そう自分に言い聞かせて。
そんな綾乃の事など気にもせず、和麻は本当にだるそうに口を開く。

「ここ最近は失踪者が出たと言う話も聞かないし、探すだけ無駄かもな」

やる気を削ぐような事ばかり言ってくる和麻を睨み、綾乃は足音も荒く歩くのだけは止めようとはしない。
その背中を見つめながら、和麻は隣の恭也にだけ聞こえるように小声で語る。

「どう思う」

「単に失踪届けが出ていないのか、もしくはこれ以上の徘徊する者が必要でなくなったか」

「前者なら良いが、後者だとちと厄介だな」

「ああ。しかし、簡単に見つかるとは思ってもいないが、幾らなんでも何もなさ過ぎないか」

「それは俺も気にはなっていた。やけに静か過ぎるんだよな。
 これは本当に準備が済んでしまった可能性も考慮しないといけないかもな」

二人は殆ど口を動かさずに会話を続ける。
前を行く綾乃や煉に気づかれないよう、前に話した話題を口に上らせる。

「魔導書の方はどうだ?」

「一応、知り合いの退魔士の方に頼んで表だけじゃなく裏でも何か出回っていないか調べてもらっている。
 けれど、今のところは何も出てきていないな。そっちは?」

「こっちも霧香に調べさせているけれど、全く梨の礫だ。
 あとは……綾乃、そこで止まれ。捜査範囲を広げたのは正解かもな。
 そこを右に曲がって裏路地だ」

振り返った綾乃に和麻は立ち並ぶ店と店の間に出来た僅かな通路を指差す。
身体を横にしなければ通るのも難しい路地を文句を言いながらも綾乃は進んでいく。
その後ろに煉も続き、程なくして二人はビルとビルに挟まれた薄暗い場所へと出る。
少し開けた感じの路地裏で、その真ん中辺りに空ろな目をした生気のない顔をした男の姿がある。
男はこちらを見向きもせず、緩慢な動きで歩を進める。
どうするのか尋ねようと後ろを振り向いた綾乃であったが、そこに和麻の姿はなかった。

「って、どこに行ったのよあのバカ!」

知らず口からは和麻に対する文句がついて出てくる。
口による反論も、実力行使による反撃もない今がチャンスとばかりに不平不満を上げていく綾乃を、
煉がそれよりもどうしましょうかという顔で見上げる。
その言葉にすぐさま我に返り、綾乃は目の前の男を見遣る。
とりあえずは捕まえれば良いのだろうと判断し、用心深く動きを探る。
だがあれだけ騒いでいたにも関わらず、男はやはりこちらには無関心で歩みを止める様子すらない。
このままでは表通りに出てしまうかもしれないと判断し、動き出そうとした綾乃のすぐ隣に頭上から影が降り立つ。

「何だ、まだ捕まえていないのか。一体、何をしてたんだか」

呆れたようにそう口にするのは和麻であり、自分が何処かに行っていた事は完全に棚に上げている。
そんな事を言われ、綾乃が黙っているはずもなく、何処に行っていたのかと問い質せば、

「あんな狭くて汚い所を通るのは嫌だからな。ちょっと上から周ってきたんだよ」

「あ、あんたって奴は!」

怒りのあまりか拳を振り上げる綾乃を平然と見返し、

「何を怒っているんだ。そもそも恭也だって俺と同じルートで来たのに、そっちには何もないのか」

言われて恭也も居なかった事に気づき、改めて後ろを見ればいつの間に来たのか恭也がばつの悪そうな顔で立っていた。
何とも言えない表情を浮かべる綾乃をあやすように、またはバカにするようにその頭に手を置きポンポンと数度。

「とりあえず、あれを捕まえて来い」

「っ! 言われなくても!」

顔を赤くして乱暴に和麻の手を振り払うと、その怒りをぶつけるかのように男へと駆け寄り、
その背中へと強烈な蹴りを見舞う。
吹き飛びそのまま地面へと倒れた男の足首を掴み、綾乃は引き摺って戻ってくる。

「お前、また凶暴な」

「ふんっ! ちゃんと手加減してるわよ。それでどうするのよ」

和麻の前に気を失った男を投げ出し、腕を組んで胸を張る。
それに呆れつつも男の傍にしゃがみ込むと、和麻は男の身体を調べ出す。

「……何か術を施された感じはするんだが」

「何かは分からないか」

「ああ。これだけだと人外の仕業なのか人の術なのかは分からんな。
 さて、それじゃあ頼むぜ恭也」

「……仕方ないか」

あまり気が乗らない様子で和麻と入れ替わるように恭也が男の傍にしゃがみ込む。

「恭也さんなら何か分かるの?」

「まあ正確には恭也自身じゃないがな。
 俺の嫌な推測の一つ、闇に属する魔導書が絡んでいた場合はな」

「魔導書絡みなの、今回の事件って! しかも闇に属するって事はろくなもんじゃないわね」

「闇自体は悪いものではないんだが、まあ、分類上闇は悪いものとされているからお前の言い分は分かる。
 ただし、今からその辺はあまり口にするなよ」

綾乃が何か言うよりも先に、恭也の方に異変が起こる。
正確には恭也の足元に黒く輝く魔方陣が行き成り浮かび上がったのだ。
これには流石の和麻も珍しく驚いたように恭也を見る。

「おいおい、恭也。お前、そこまでしなくても」

「違う。俺の意思じゃなくて彼女の意思だ」

言っている間に魔方陣が完成したのか、一瞬だけ強く光を放ち、それが消える頃には恭也の隣に闇の塊が生まれていた。
徐々に霧が晴れるように闇が薄く消えていき、そこには髪も瞳も着ている服までもが黒で統一された女性が立っていた。

「うーん、久しぶりの人間界だわ。
 恭也ったら中々呼んでくれないんだもの」

「今回も呼んではいなかったんだがな、レミ」

呟くように小さな抗議の声が本当に聞こえなかったのか、そうでないのか、
レミと呼ばれた女性は気にせず恭也の腕を取る。
ここだけを見ればただのカップルとも見えるだろうが、
綾乃はレミと呼ばれた女性の内に秘められた力に気付き、隣の和麻を見る。
見れば、珍しく神妙な顔付きをした和麻がレミへと頭を下げる。

「久しぶりです。こうしてお会いするのは二回目ですね。
 闇の皇女レミリア」

「……ちょっ、和麻! 今なんて……」

礼儀正しい和麻を不気味そうに見ていた綾乃であったが、和麻の発した言葉に思わずその襟首を掴んでしまう。
もし自分の聞き間違いではなければ、和麻の態度にも納得である。
精霊を使うものは決して精霊を下僕として使役しているのではなく、対等な関係として敬意を払ってその力を借り、
術という形でこの世でその力を振るうのである。
故に一方的な命令などではない。眷属ぐらいならこの男なら平然と扱き使うかもしれないが、
目の前の人物は和麻の言葉が正しいのなら、いやこんな態度を取るぐらいだから正しいのだろうが、
精霊王に匹敵するVIPもVIPである。
だからこそ、逆に綾乃が驚くのも無理はないのだが。
巨大な力を持つ位の高い精霊ほど人間界になど姿を見せない。
その力を認めた者に貸し与える事はあろうとも、顕現など長い歴史の中でも数えるほどであろう。
ましてや、王クラスがこうして姿を見せるなど。

「まさか、和麻が言っていた意味って闇の女王様に調べてもらうって事なの!?
 なんて恐れ多い事を。しかも、顕現まで……」

「勘違いするな、綾乃。確かに恭也を頼ったのは闇に属する魔導書なら、闇の皇女に聞いてもらうためだ。
 恭也の頼みなら、よほどの事がない限り聞いてくれるだろうからな。
 だが、俺だって顕現するなんて思ってなかったよ」

「何も問題あるまい。正確には私は闇の精霊を統べる王ではないのだからな。
 そっちの確か和麻であったな。そやつが言うように皇女、闇の精霊王の娘なんだから。
 だからそれほど驚く事でもないだろう。位の高い精霊が顕現した事など、過去に何度かあるんだから。
 第一、サラマンダなどはそのまま召喚されて使役されているじゃない。
 恭也は私と契約したんだから、私を召喚したって事なら一緒でしょう」

「何度かしかない、なんですけれど……。
 そもそも皇女というかなり上位の存在とサラマンダを同列に扱……」

やはり寿命のない精霊と人とでは時間の感覚が異なるのかもしれないと思いつつも、綾乃は反論を飲み込む。

「なによ、都合の良い時ばかり呼び出しておいて、自分たちから出てきたら文句を言うの?」

「そ、そうではなくて……。」

拗ねたような口調でそう口を挟まれ、綾乃は助けを求めるように思わず和麻を見る。
だが、和麻は既に悟りきったような顔で肩を竦めるのみで、綾乃の援護をするつもりは初めからない。
ならばと煉を見るも、視線が合った瞬間に思いっきり逸らされる。

「別に何も問題ないでしょう。力だって本来の数パーセントにまで落としているんだから」

そこまで言われれば反論する事も出来ず、本当に問題がないのかどうかは分からないながらも口を噤む。
対し、恭也は少し疲れたような表情を覗かせ、

「本当に問題ないのなら良いんだがな。お前がこっちに顕現した事をサラが知ったら……」

恭也が全てを言い終える前に、その足元に再び魔方陣が浮かび上がる。
ただし、今度のは先ほどとは違い白く輝いている。
こちらも同様に一瞬だけ輝くと、恭也の隣には銀髪の白で身を包んだ女性が立っていた。

「レミリア、あれほど抜け駆けはなしって言ってたじゃありませんか」

「あら、サラ久しぶりね。別に抜け駆けじゃないわよ。
 だって恭也に呼ばれたんだもん」

「恭也さま、レミリアを呼んで何故、私は呼んで頂けないのですか」

「それは、恭也があなたよりも私に会いたかったって事よ」

「本当なんですか!?」

何となくだがレミリアとは逆側の恭也の隣にいる女性の正体に気付きつつも、綾乃は確認するように和麻を見る。
視線の意味を正確に読み取った和麻は、ただ肯定の意味を込めて首を縦に振ってやった後、補足するように、

「光の皇女サラスティだ」

上位、それも最上位とも呼べる二人の存在を前に綾乃は何故か疲れたような溜め息を吐く。
そんな綾乃の目の前で、二人の皇女による言い合いは続く。

「残念だけれど、今回は恭也の要請だもの。
 つまり、恭也はあたしに用があって、あなたはお呼びじゃないのよ。
 ほら帰りなさい」

潤んだ瞳で見上げてくるサラスティに怯みつつ、恭也は肯定するような言葉を吐く。

「ちょっと闇の魔導書の仕業じゃないか調べてもらおうと思って……。
 べ、別にサラを除け者にしようとした訳では」

「なら、今回の件、私もお手伝いさせてくださいませ!」

「あー、俺としては二人を顕現させるような事態にならない事を願っていて……」

二人の女性に挟まれ、潤んだ瞳で無言のままに見上げられ、恭也は白旗を上げる事しかできなかった。







つづく







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