『真雪サバイバル』
〜 4 〜
昼なお薄暗い森の中を歩く一人の少女。
「うぅ〜。何か出て来そう……」
今にも目の前の暗闇から何か出てくるのではと思いつつ足を進める。
「那美さんが言ってたっけ。あまり考え過ぎるとよくないって。
そうだよね。そんなに簡単に幽霊なんかに会うはずないよね。あはははは」
空笑いをする美由希の背後で、鳥が飛び立つ。
その音に驚きつつ、美由希は額を拭う。
(えっと……。変な事ばかり考えちゃ駄目、駄目)
「よし!」
自らに気合を入れつつ、歩を進める。
その瞬間、目の前の茂みが分かれ、人が出てくる。
「で、出たぁー!………って、愛さん?」
「あら、美由希ちゃん」
目の前に現われ愛を見て、美由希はほっと胸を撫で下ろす。
一方の愛は、訳が分からずに首を傾げていた。
「どうかしたんですか?」
「い、いえ、何でもありません。所で、愛さんはどうしてまた、そんな所から?」
「えへへへ。実は道に珍しい動物を見つけたので、後を追っていたら……」
「そうでしたか」
愛さんらしいなと笑みを浮かべるのも束の間、美由希はルールを思い出す。
「えっと……。愛さん、勝負……」
「ああ、そうでしたね。何で勝負しますか?」
美由希としては戦闘で勝負したい所だが、そういう訳にも行かないだろうと思い、口を開く。
「えっと、カードで決めましょうか」
「そうですね。じゃあ、私が美由希ちゃんのカードを引いて良いですか?」
「はい、それで構いません。ちょっと待て下さいね」
美由希はディバックを降ろし、中からカードを3枚取り出す。
因みに、勝者は敗者のカードを一枚貰う事ができ、自分に有利な状態を作る事が出来る。
尤も、この二人は初めて勝負する訳だから、カードは最初に配られたままだが。
「では、どうぞ」
美由希がばば抜きをするみたいに愛にカードの裏を見せて出す。
愛はその中から、右のカードを引き抜く。
そのカードには………。
『料理』
と書かれていた。
「えっと、料理となっています」
「料理……ですか。つまり、料理で勝負しろって事ですよね」
「はい」
悩んでいる二人へ、近くのスピーカーから声が聞こえてくる。
「あー、よりによってこの二人がこの勝負になるとはな。まあ、仕方がないか。
二人とも聞こえているよな」
真雪の言葉に二人は頷き、それをモニター越しに見ていた真雪は笑みを見せる。
「この島の北側に、少し大きな建物がある。
そこには、調理場と様々な食材、調味料、器具がある。
二人には今からそこで勝負してもらう。それで、料理勝負の場合、第三者が判定をするんだ。
今から、その場所へと向うまでに最初に会った人物。
その人物が審判だ。分かったか?」
「「はい」」
真雪の言葉に二人は返事をすると、地図を広げて言われた場所を目指す。
その後ろ姿をモニターで眺めながら、真雪は軽く手を合わせる。
「すまん。本当はあたしと理恵嬢で審判する事になってるんだが、アンタたち二人の料理だけは勘弁してくれ」
「真雪さん、皆さんもきっと許してくれますわ。
所で、愛さんの料理の腕は知ってますけど、こちらの美由希さんは……」
「愛2号。もしくは、愛以上だ」
「そうですか」
それだけで全てを察し、理恵は黙るのだった。
胸中で、最初に二人に会う二人にそっと手を合わせて。
◆◇ ◆◇
美由希と愛が何とか森を抜けると、丁度目の前に一人の男がいた。
「あ、耕介さん。丁度いい所に」
愛が嬉しそうに耕介の名前を呼ぶ。
呼ばれた耕介は、その体格とは違い、柔和な笑みを浮かべると二人に向き合う。
「あれ?どうして一緒に行動してるんですか?出会ったら勝負しないといけないんじゃ…」
「そうなんですよ。私達はその勝負をするために移動している途中なんです。
それで、その途中で最初にあった人に審判をしてもらわないといけないんです。
耕介さんなら、ちゃんと平等に審査してくれると思うんですよ。だから、本当にタイミングが良かったです」
そう言って微笑む愛。
愛にそこま言われ、耕介の方も嬉しそうな顔をする。
「そういう事でしたか。だったら、任せてください!
ちゃんと平等に審査しますから!」
そう言って胸を叩いて見せる。
そんな耕介に愛と美由希は頭を下げる。
「ありがとうございます」
「はい、本当に良かったです。耕介さんは、プロでもありますし、丁度良かったです」
愛の言葉に、耕介は胸を叩いた態勢のまま固まる。
「……あ、愛さん。一つ聞いても良いですか」
「はい、何ですか?」
「勝負の内容は……」
「はい。私と美由希ちゃんは料理勝負する事になりました」
「…………イマナントオッシャイマシカ?」
「料理勝負ですよ」
楽しそうに手を合わせて言う愛とは対照的に、耕介の顔からは滝のように汗が流れる。
「すいません。ちょっと用事を思い出し……」
耕介が最後まで言うよりも早く、真雪の声が響く。
「耕介、そういうルールだ。諦めろ」
「あ、諦められますか!」
「安心しろ。骨は拾ってやる」
「何をどう、安心するんですか!その言葉の何処を聞いて!」
「諦めの悪い奴だな」
「当たり前です!」
激しく口論する耕介の言葉に、愛は悲しそうな顔をする。
「やっぱり迷惑でしたよね」
「い、いや、愛さん、そんな事はないんだけど…」
「良いんです、無理しなくても。代わりの人を探しますから」
そんな愛の顔を見て、耕介は覚悟を決める。
「あ、愛さんの料理が食べれるなんて嬉しいなー。
ほ、ほら、早く行きましょう」
そう言って愛の手を取って歩き出す。
そんな耕介に愛は嬉しそうな表情を見せるが、釘をさすように言う。
「ありがとうございます。でも、判定はちゃんと公平にしてくださいね」
「分かってますよ。ほら、美由希ちゃんも早く行こう」
「は、はい」
こうして三人となった一向は会場へと向う。
その様子を眺めていた真雪が、耕介を称える。
「よく言った耕介。それでこそ男だ。あたしは女で良かったけどな」
理恵はその言葉に苦笑しつつ、何も言わなかった。
◆◇ ◆◇
やがて会場に着き、二人は耕介の座る席を中心に、左右へと分かれている調理場へと入る。
それぞれに思い思いの食材を手に料理を始める。
その様子を遠巻きに見ながら、耕介はひたすら神の祈っていた。
(お願いします。せめて、せめて、人の食べれる物に!
もう一層、火が通っていない生のままでも構いません!いえ、寧ろそれで良いです!
ですから、お願いです!変な物だけは……)
目を瞑り、今までの人生の中でも一番と言えるほど必死で神に祈る。
(この願いが通じるならば、これからは神を信じ、毎日拝みます!)
そんな耕介の耳に、とても料理をしているとは言えない音が聞こえてくる。
まるで骨を無理矢理切り落としているかのような、何かが擦れる音。
食材ではなく、別の何かを切っているのではと思わせるやけに固い物を切る音など。
そのうち、耕介の耳に、
「あっ!……まあ、これぐらいなら大丈夫よね、うん」
とか、
「ちょっと緑色が足りませんね。……うん、これで良し!」
とか、聞こえてきて耕介は涙を流す。
それから一時間程が経っただろうか、お互いに料理を完成させて耕介の前へと差し出す。
どちらの料理にも蓋がされており、今の所見た目すら分からない。
耕介は意を決し、とりあえず愛の料理の蓋を開ける。
「…………これは何?」
「食べたら分かりますよ。さあ、食べてください」
笑顔で言われ、耕介は一気に口へと放り込む。
(甘い?いや、辛い……。うっ!苦くなってきた。ぐっ!酸っぱさが来た)
食べても何か分からず、耕介はそのまま飲み込む。
(うぅ〜、飲み込んだのに口に味が……。って、な、何だこれは。
あ、後から辛味が………)
耕介はテーブルの上にあった水を一気に飲み干す。
笑顔で見詰める愛から微妙に視線を逸らし、美由希の料理へと向う。
そこに現われた物体を見て、耕介は動きを止める。
(あ、愛さんのは、まだスープらしい物とは分かったけど……。これは一体?
液体?固体?いや、そもそも具材の原型すらない。なのに、固形物がある)
本能が愛以上にヤバイと訴えかけるが、期待するような眼差しで見詰められ、耕介は口へとソレを放り込む。
途端、耕介の意識は半分以上飛ぶ。
(あ、味が分からない……。い、意識を繋ぎとめるだけで精一杯……)
「耕介さん、私のも食べてください」
「私のも、もっと。食べれば食べれるほど、美味しくなるはずですから!」
二人は自分の料理を掴むと、耕介の口へと放り込んでいく。
意識を半分失いかけていた耕介は、逆らう事も出来ず、口に入って来た物体を体内へと入れてしまう。
(ま、待て下さい。こ、これ以上は…………ゆ、許し…………)
半分も食べないうちに、耕介は完全に気絶する。
「あれ?耕介さん?耕介さん?」
「……ひょっとして、あまりの美味しさに意識を失ったとか?」
愛の言葉に、美由希が首を傾げつつ見当違いな事を言う。
そこへ、スピーカーから真雪の声がする。
「あー。耕介が気絶したんで、この勝負は無効だ。
とりあえず、耕介の負けという事にしておこう。ってか、意識なくしている以上、続行は無理だろうし。
二人は耕介のカードから好きなのを一枚取れ。それと、本来なら自分のカードはそのままだが、あんた等二人は別だ。
料理のカードを置いていけ」
真雪の言葉に従い、二人は耕介のカードを一枚ずつ取ると、自分のカードから料理を抜く。
「なっ!愛も料理のカードを持っていたのか!」
「はい。入ってました」
「……これ以上の犠牲者を出さなくて済みそうだな」
「「はい?」」
「いや、何でもない。とりあえず、二人は別の方向へ行って、ゲームを再開しろ。
耕介はこっちで回収しておく」
そう言うと、スピーカーが切れる。
二人は顔を見合わせ、固い握手を交わす。
「愛さん、良い勝負でした」
「はい」
「決着は着きませんでしたけど」
「そうですね。ちょっと残念ですけど」
そう言って笑い合うと、二人は別の方向へと歩き出した。
良きライバルと巡りあえた喜びを胸に。
二人に共通しているのは、自分の料理で耕介が気絶したと微塵も思っていないことだろう。
こうして、二人のとばっちりを受けるような形で、耕介が脱落したのだった。
【残り 33名】
〜 つづく 〜