『真雪サバイバル』
〜 8 〜
どれぐらいの時間そうしていただろうか。
一分のようであり、一時間のようでもある。
そんな曖昧な時間の感覚の中、ただ黙ったまま前方を見詰め続ける。
大分、日も傾け始め地面へと長い影を落とす。
照りつける太陽に背中をじりじりと焼かれつつ、それでもひたすら前方を見詰める。
「……」
手に持ったソレを眼前へと掲げ、ソレ越しに向こうを窺い見る。
「……本当に、ここ何処〜〜〜!」
美由希はやおら天を仰ぐと、情けない事を大声で叫ぶのだった。
◆◇ ◆◇
島の中央東側にある広大な森の中。
その奥まった所で、静かに、だが確実に闘気とも言うべきものが膨れていく。
向かい合ったまま未だに動かない恭也と薫。
その緊迫した空気に身を置きながらも、両者の顔には薄っすらとだが笑みが浮ぶ。
強者と会えた事に対する喜びからか。
しかし、そんな二人の無言の対峙を傍で見ている者にはソレは面白くも何ともなかった。
「だぁー。さっさと動けよな。一体、いつまで向かい合ってるつもりなんだ」
「そうは言っても、仕方がないですよ真雪さん」
フォローを入れる耕介に対し、真雪は、
「んな事は分かってるよ。実際にあの二人の戦いを目の前で見てたら、その空気に当てられて声なんて出せやしないさ。
しかしな、ここでモニター越しに見ている限り、そんな雰囲気は掴めても感覚としては伝わってこねーんだよ。
だから、暇になっちまうんだよ。仕方がないな。いっちょ動くきっかけでも」
「そ、それだけは止めましょうよ」
何かしようとする真雪を必死で止める耕介。
最悪、真雪を羽交い絞めにしてでも止めようと決意した時、もう一人の傍観者が声を上げる。
「真雪さん、耕介さん、お二人が動きますよ」
理恵の言う通り、画面では恭也が薫に向って駆ける所だった。
恭也はそれまでの対峙を止め、一気に薫へと向う。
迫り来る恭也を見据え、薫はしっかりと足を開き待ち構える。
恭也は牽制に飛針を三本投げる。
それを薫が十六夜で払ったのを見ながら、十六夜を振るった方向とは逆へと回り込む。
薫に近づきつつ、それでも一気に距離は詰めずにそこから更に鋼糸を投げる。
それを薫は十六夜を引き戻して一刀の元に斬り捨てる。
その速さはかなりのもので、迂闊に近づいていれば恭也もただでは済まなかっただろう。
勿論、それを見越しての鋼糸だった訳だが。
斬り上げた態勢の薫へと恭也は一気に詰め寄ると、そのがら空きの胴へと目掛けて小太刀を走らせる。
しかし、薫の斬撃は更にそこから恭也へと振り下ろされる。
「くっ!」
それを横へと跳んで躱し、着地と同時にまた距離を詰めに行く。
左右の小太刀を使い、あらゆる角度から薫へと斬りつける。
その斬撃を薫は十六夜で時には弾き、受け止め、時には身を躱してやり過ごす。
少しずつ後退していく薫を畳み掛けるように恭也は更に振るう斬撃数を増やす。
薫は少しだけ顔を歪め、何十合目になる恭也の斬撃を大きく弾くと、後ろへと大きく跳ぶ。
薫との距離を開けたくない恭也は、その後を追うべく駆ける。
が、その足を途中で止める。
恭也が足を止めた数歩先は、二本の木が隣接して立っており、その隙間は人一人分よりも少し広いぐらいだった。
もし、恭也がそのままそこを駆け抜けていたら、左右に避けることが出来ずに薫の格好の的となっていただろう。
恭也は薫が押されていたのではなく、ここに誘い込もうとしていた事を知ると、その顔に知らず笑みを浮かばせる。
「流石ですね。こういった障害物の多い場所での戦闘は俺の方が分があるかと思いましたけれど…」
「うちら退魔士も、闘う場所を好みで選んでられんからね。
あらゆる状況での戦闘というのも考慮してるよ。それに、うちは何度もこういった場所で闘った経験があるから。
それにしても、よくそこで止まったね。てっきり、そのまま一気に来るかと思ったんだけれど」
「そうですね。これは殆ど勘でしたね。これ以上は何か危ないと思ったんで。
それに、以前打ち合った時の薫さんから考えれば、あまりにも簡単過ぎましたから」
「そう」
お互いに再び笑みを浮かべると構える。
(薫さんは霊を相手にかなりの実戦を積んできている。当然、駆け引きも俺よりも上と見た方が良いだろうな。
となると、やはりスピードで勝負するか…)
(恭也くん、以前に合った時よりも腕を上げてる。それに、あの危険を察知する能力はかなりのもんね。
おまけに、体力はかなりあると那美からも聞いとる。
長引けば、恭也くんの方が有利になる。となれば…)
薫は隣接する木を回り込むように恭也へと向う。
この戦いが始まって以来、初めて薫から攻撃へと出る。
上段から振り下ろされる斬撃を恭也は左の小太刀で受け止め、流そうとするが完全に力を逸らせず、
右の小太刀を当ててニ刀で受け流す。
受け流された薫の攻撃はすぐさま方向を変えると、下から斬り上げてくる。
恭也はそれを今度はしっかりと左で受け流し、体の流れた薫へと右の小太刀を横薙ぎに払う。
薫はそれを十六夜で受け止め、そのまま恭也へと押し付けるように一歩踏み込む。
体重の充分乗ったその一撃を小太刀を交差させて受け止めると、鍔競り合いとなる。
お互いに両の腕に力を込め、拮抗した状態で相手の顔を至近距離で見詰める。
その一方で、恭也は力を緩めるタイミングを計っていた。
そして、その時が来る。
恭也はわざと力を緩め、踏鞴を踏んだ薫へと斬撃を見舞う。
……つもりだったが、恭也が力を緩めた瞬間、まるでそれを読んでいたかのように薫の腕からも力が抜ける。
お互いに間に少しの隙間が空く。
薫は力を抜いたと同時に、蹴りを恭也へと放っていた。
「ぐっ!」
短い呻き声を出しつつも、咄嗟に恭也は後ろへと跳ぶ事でダメージを軽減させる。
同時に、薫も後ろへと跳び退り、両者の距離が開く。
薫は左足を前に出し、上体を捻るようにして十六夜を上に構える。
「神気発勝…」
短く呟くと共に、十六夜に霊力を注ぐ。
十六夜が淡い光に包み込まれていく。
「真威・楓陣刃!」
薫から放たれた一撃を紙一重で躱しつつ、恭也は薫の懐へと潜り込む。
恭也が薫へと攻撃を仕掛けるよりも早く、薫の刀が再び恭也へと迫る。
──追の太刀・疾
それを前髪に掠らせる程度で避けた恭也へと、またも斬撃が迫る。
──閃の太刀・弧月
完全に躱せないと分かった恭也は、神速を発動させる。
態勢が不安定だった事もあり、薫へと向う事は諦め、その場を離れる。
一方、突然恭也の姿が消えた事に驚く薫。
「なっ!」
薫は決まったと思われた自分の斬撃が空を切った事に驚き、次いで離れた所に現われた恭也へと驚愕の眼差しを向ける。
「一体、今のは……。これが、本当の御神の力……?」
大きく息を吐き出す恭也を驚きの眼差しで見つつ、薫はすぐに思考を切り替える。
(どうやったのか考えても分からないのなら、考えるだけ無駄というもの。
つまり、恭也くんは視認出来ない速さで動く事が出来るという事)
薫は十六夜を構え直しつつ、同じように構えなおす恭也を見ながら考えを巡らして行く。
一方の恭也も構えを取り直しつつ、先程の薫の攻撃を思い返す。
(返しの技が早い。一撃が必殺に近い威力を持つというのに、それがニ撃、三撃と迫ってくるなんて。
本当に凄いな神咲一灯流というのは。……いや、神咲薫という人が、だな)
お互いに相手の出方を窺うように、再び二人は静かに対峙する。
しかし、この対峙はそう長く続かない事を誰よりも両者が知っていた。
◆◇ ◆◇
島の北西に位置する所にある集落。
ここには幾つかの建物が建っており、その中の一軒に一人の女性がいた。
女性は家に入ると、そのまま靴を脱いで居間へと上がり込む。
居間に置いてあるテーブルの上に、支給された鞄の中身を広げていく。
「ほうほう。水に食料。まあ、これは当然やな。それと地図に、こっちはコンパスか。
なんや、これだけ見ると何処ぞに探検でもしに行くみたいやな。
で、これが真雪さんが言ってたカードかいな」
その人物、椎名ゆうひは一人で呟きながら中身を確認していく。
「しっかし、この島も結構でかいな〜。こんな島を所有してるとは、さすが理恵ちゃんや。
と、感心してる場合やないな。勝負方法を決めるうちのカードはなんやろか。
いいカードやったら、良いな〜。フンフンフ〜ン♪」
鼻歌を歌いながら、そのカードを覗き込み、途端に絶句する。
「な、ななななんやのこのカードは! あやとりにはずれが2枚!
確かに真雪さんの事やから、はずれがあっても可笑しくはないけれど、何でそれが2枚も!
それもうちの所に!陰謀や。これは絶対に何かの陰謀に決まってる〜!」
一人叫ぶゆうひの元に電話が鳴る。
ゆうひは周りを見渡し、出入口横に置かれている電話だと分かるとそれを取る。
「ゆうひ〜。別に陰謀でも何でもないぞ。第一、バックは適当に渡したんだからな。
誰が何に当たるのかは知らん。しっかし、お前は運が良いな。
大体のカードの内容は皆似たり寄ったりなんだけれど、まあ、中には得手不得手もあるだろうが。
一つだけ、カードが完全にはずれがあるんだ。それが…くっくっく」
「うちと言う訳やね」
がっくりと肩を落としつつそう言う。
「まあ、そういうわけだ。
まあ、勝負内容は相談して決めても良いし、相手のカードから選んでも良い訳だから、頑張れ。
それに、勝負に勝てば相手のカードを一枚貰えるんだからな」
「うぅ〜。うち、もうあかんかも…」
「あはっはは。まあ、頑張ってくれ。じゃあな」
そう言うと真雪は電話を切るのだった。
◆◇ ◆◇
楽しそうに笑った後、電話を切った真雪に耕介が話し掛ける。
「そう言えば、カードはどんなのが何枚あるんですか。
俺のカードの中にも一枚はずれというのがありましたけれど」
「えっと、確か戦闘カードが一番多いんじゃないか。
やっぱり、勝ち抜きをしてるんだから、これがないとな」
「はあ」
真雪の言葉に気のない返事で返すが、真雪はそれに気付かず続ける。
「次ははずれが16枚ぐらいあったな。大体、半数近い人間にはずれがあたるはずだ。
後は、歌に料理、しりとりやクイズなんてのもあるぞ。後は、特別カードが三枚とかな。
確か、全部で14種類の105枚だったかな。で、一人三枚持ってスタートって訳だ。
まあ、あたしとしては戦闘を楽しみにしてるんだがな。っと、話している場合じゃないな。
恭也と薫が動き出すぞ」
真雪は注意を画面へと向け直す。
耕介も仕方がないとばかりに画面へと注意を戻すが、その顔はどこか楽しんでもいた。
【残り 32名】
〜 つづく 〜