『真雪サバイバル』
〜 9 〜
静かに対峙しあう二人だったが、今度はそんなに長く膠着状態には陥らず、すぐさま同時に地を蹴り相手へと肉薄する。
薫が上段から斬り下げてくるのに対し、恭也は上へと斬り上げる。
お互いの刃がぶつかり合うと、恭也は残るもう一刀を薫の胴へと横に凪いでおり、薫はその動きを読み、後ろへと跳んでいる。
その後を追うように恭也が薫へと迫る中、薫は下がりつつ十六夜を振るう。
それをニ刀で受けつつ、恭也は尚も薫へと縋りつくように迫る。
薫は下がるのを止めると、今度は前へと進み出る。
急に前へと迫ってくる薫に恭也は多少驚くものの、すぐさま左右の小太刀を横と縦に振る。
ニ刀の二方向からの斬撃に、薫は慌てずに迫る一刀を刀で弾き、もう一刀は身を捻って躱す。
同時に、恭也へと蹴りを放ち、その蹴りが躱されるのを見越して、十六夜を恭也へと振るう。
薫の斬撃を小太刀を交差させて受け止めながら、恭也も同じく蹴りを放つ。
少しだけ後ろへと跳び退って蹴りを躱すと、薫は思い一撃を振り下ろす。
完全に受け止めようとはせず、力を流しつつ、恭也はその流れのまま薫との間合い詰め、自分の間合いへと持っていく。
お互いに牽制や鋭い一撃を交わしながら、まさに一身攻防が続く。
◆◇ ◆◇
島の西側に広がる森の中を、いづみは歩いていた。
スタートしてすぐにこの森へと入ったいづみは、今の所誰とも会う事無く、森の中を歩き回っていた。
しかし、ふと前方に気配を感じ、このまっまでは暇だという理由で、そちらへと歩いて行く。
向こうもこちらに気付いたのか、気配がこちらへと向かって来る。
歩く事少し、こうしていづみは弓華と出会う事となる。
「いづみでしたか」
「弓華か。さて、それじゃあ、どうやって勝負しようか」
言いつつも、既に戦闘準備完了とばかりに腰を落とすいづみに、しかし弓華は首を振る。
「たまには、違う事で競ってみましょう。折角のゲームなんですし」
「それもそうだな。じゃあ、どっちのカードで選ぶ?」
「それじゃあ、いづみのカードで」
言われ、いづみはカード2枚を伏せて出す。
「あれ? カードは3枚じゃ…」
「一枚は、はずれだった」
「そういう事ですか。それじゃあ……、こっちで」
「ああ」
弓華が選んだ方のカードを手に取ると、表へと向ける。
そこに書かれていた勝負方法は、鬼ごっこだった。
「…これって、どうやって勝敗を決めるんだろうな」
二人して顔を見合わせていると、真雪からの連絡が入る。
「ほうほう。中々面白い勝負方法だな。これは、一時間後に鬼だった方の負けだ。
逃げる場所は、当然、この島の中なら何処でも自由だぞ。頑張ってくれ。
それじゃあ、鬼を決めたらスタートな。時間はこっちで計るから」
そう言って切れた放送に、二人は顔を見合わせると、肩を竦めて鬼を決めるのだった。
結果、最初の鬼はいづみとなった。
「それじゃあ、逃げさせてもらいますね」
「ああ。それじゃあ、スタートといこうか。10、9、8……」
弓華が走り出すと、いづみはカウントダウンを始め、ゼロになると同時に弓華の逃げた方へと走り出す。
薄暗い森の中、まるで影と同化するように影から影へと身を翻して逃げる弓華。
そして、その後を追ういづみ。
かなりハイレベルの追いかけあいが、こうして幕を開けた。
◆◇ ◆◇
激しい攻防を繰り広げる恭也と薫。
二人の攻防は全く決着を見せずに続くかと思われたが、徐々に恭也の動きが速くなっていく。
その動きに付いていきつつも、僅かに後退をしていく。
恭也は先ほどから斬りかかっては離れを繰り返し、薫の一撃をまともに受けないように、いや、出させないようにしていた。
一方の薫は、迫り来る恭也の攻撃をその度に受け止めたり、時には躱したりを繰り返していた。
やがて、恭也が動きを止めると、薫も同じように動きを止める。
お互いに無言のまま見詰めあう中、お互いに最後の一手を繰り出そうとしているのが分かる。
恭也は小太刀をニ刀とも鞘へと納め、薫は上半身を捻っての上段の構えを取る。
緊迫した空気が辺りを包み込み、ただでさえ静かな森がより一層、静かになったような印象を受ける。
しかし、その圧迫感は先ほどまでは確かになかったもので、静だけれども空気が張り詰めている。
やがて、恭也が薫へと向かって走り出す。
その手を腰に差した小太刀の柄へと伸びる。
それを眺めながら、薫は最高の一撃を繰り出すべく、持てる力を込めるように十六夜を一度強く握り込むと、頭上へと振り上げる。
恭也が小太刀を抜刀し、四連撃が薫へと迫る。
それを打ち払い、返す力で恭也へと斬りかかろうと考える薫。
お互いの力量などから推測するに、このままでは引き分ける可能性が一番高い。
しかし、お互いにそんな事は微塵も考えず、ただ目の前の相手を倒すために、全力を出す。
薫の刀が恭也の小太刀から繰り出される斬撃を一撃、二撃、三撃と弾いていき、そして……。
まるで時間が止まったかのように再び静寂が降りる森の中、先ほどまでとは違い、そこには緊迫した空気はなく、
ただ穏やかな空気が流れる中、恭也の右の小太刀が薫の喉元に、薫の刀が恭也の胴へと当たる寸前で止まっていた。
そこへ、この静寂を破るように、真雪の声が響いてくる。
「…恭也の勝ちだな」
真雪の言葉に、薫はじっと一点を見詰めていた視線を目の前の恭也へと向ける。
薫の見詰めていた先には、恭也の胴へと当てられた薫の刀があった。
ただし、恭也の胴と薫の刀の間には、恭也の小太刀があり、薫の攻撃は受け止められていた。
恭也と薫は暫らく見詰め合うと、お互いに笑みを浮かべて刀を仕舞う。
「恭也くんの勝ちやね」
「いえ、今回はたまたまですよ。それに、薫さんが本気だったら、この小太刀では受け止められませんよ。
この小太刀ごと、俺を斬れるでしょうからね」
「いや、流石にそれはやってみないと分からんよ。
それに、これは殺し合いではないしね。
もし、そうなら、うちの攻撃はその小太刀を叩き切って、そのまま恭也くんへと向かったかもしれん。
でも、そうなら、その前にうちが恭也くんにやられていたよ」
「そんな事はないですよ」
そう言って照れる恭也に背を向けると、薫はしゃがみこんで何かを取り上げる。
それを真雪たちも見ていたのか、不思議そうに聞いてくる。
「おい、それは何だ?」
「これは、恭也くんたちが鋼糸と呼んでいるものですよ。
うちの周囲の木々の間に、これが幾つか張り巡らされています。
恐らく、うちが最後の一撃を上段から出すと読んで、予めさっきの攻撃の最中に張り巡らせたんだと思います。
これを数本斬った分だけ、うちの刀の速度が落ちたんですよ」
「……まさに紙一重ってか」
薫の言葉に、真雪は口笛でも噴き出しそうに唇を尖らせて感嘆の息を洩らす。
「たかが鋼糸数本分。しかし、恭也と薫レベルでのやり取りでは、それさえも勝敗を分けるって訳か」
「ですね。まさか、途中からのヒットアンドウェイの攻撃が、
うちに攻撃を出させない事を目的としているんじゃなく、最後の一撃のためとは思いませんでした」
「だな。あたしらも全然、気付かんかったよ。
さて、とりあえず、恭也の勝ちだからな。薫からカードを一枚取って、ゲームに戻りな」
真雪はそう告げると放送を切る。
恐らく、他の者たちを見るつもりなんだろう。
薫は真雪の行動に苦笑を浮かべつつ、持っているカードを恭也へと差し出す。
恭也はその中から一枚抜け取ると、薫へと挨拶をして、森の奥へと入って行く。
その背中を見送りながら、薫は本部へと戻る道を歩き始める。
その途中、十六夜へと話し掛ける。
「本当に、あの子は凄いね」
「恭也さまですか」
「ああ。剣の腕は勿論じゃが、それ以外にも、実戦経験はそう多くないはずなのに、咄嗟の判断力や決断力…」
「薫もうかうかしてられませんね」
「ああ。まだまだ修行が必要じゃよ」
穏やかにそんな会話をしながら、薫はゆっくりと歩いて行く。
【残り 31名】
〜 つづく 〜