『美姫さまの優雅な休日』






とある休日。
とても豪華な屋敷の一室。
その窓からは、これまた豪華なプールが一望できる。
そのプールサイドのデッキチェアーに座る一人の見目麗しい女性がいた。
長くスラリとした足を優雅に組み、その手に握られたグラスには、澄んだ紅い液体が。
そして、その身を紅いドレスに包み込むその姿は、まさにお嬢さまといった感じね。



とある休日。
とても豪華な屋敷の一室。しかし、部屋の中は何やら暴れた後のように散らかっている。
ふと目を所々皹が入り、砕けた痕の見える窓へと向ければ、豪華なプールが一望できる。
そのプールサイドのデッキチェアーに座る一人の女剣士がいた。
長くスラリとした、しかし無駄な肉のない足を優雅に組み、その両の手に煌く銀の刃が。
そして、全身を返り血で真っ赤に染め上げたその姿は、まさに鬼神といった所であろう。



私は組んでいた足をゆっくりと解き、体をそっと起こす。
そして、グラスに軽く口をつけ、ゆっくりと香りを楽しむ。
それから徐にサイドテーブルに置いてあったベルを手に取る。
優越感とも快感とも違う、言いようのない感情が背筋を走る。
あまり自分で動かないのは美容にも良くないと本能では分かっていても、それよりももっと強い理性が訴える。
自分がコレを鳴らすことを待ち望んでいるモノがいる。その人の生きがいとも言うべき楽しみを取っては駄目だ、と。
優しい私は理性のいう事を聞き、そのベルを高らかに鳴らす。
天使の歌声かしらと思わせるような音を響かせるベルは、私をまるで天国へと誘うかのよう。



女は組んでいた足をゆっくりと解き、上体を起こして何があってもすぐさま飛び退ける態勢を取る。
油断なく周りを見渡してから、ゆっくりとグラスの中身を煽る。
それから徐にサイドテーブルに置いてあるベルへと手を伸ばす。
戦慄。そうとしか言い様もない悪寒が俺の背中を駆け巡る。
駄目だ。アレを手にさせてはいけない。そう理性が告げるが、それよりももっと強い警告を本能が発する。
逆らうな。目の前のモノに決して逆らってはいけない。人ではソレに勝てない、と。
這いつくばるしか出来ない俺は本能の言う事を聞き、そのベルが鳴らされるのを大人しく見ている。
まるで、亡者の呻き声を思わせるような音を響かせるベルは、俺を地獄よりも恐ろしい所へと突き落とす。



甲高い澄んだ音色が響く中、その音色を聞きつけた使用人が私の元へと急ぎやって来る。
主人である私を待たせないという、行き届いた配慮だ。
それに私は気を良くして、唇を笑みの形へと換える。
たったそれだけの事で、使用人は私に見惚れて注視する。
それが分かっているからこそ、殊更ゆっくりと用件を紡ぎ出す。



甲高くも何処か不吉さを感じさせる音色が響く中、俺はすぐさまソイツの元へと走る。
自分が主人だと言い張って憚らないソイツを少しでも待たせようものなら、それこそ命が幾つあっても足りない。
何処か不手際でもあったのだろうか、ソイツは俺を威嚇するようにゆっくりと笑みを浮かべる。
たったそれだけの事で、俺の体は恐怖という名の感情に縛られて身動きできなくなる。
まるで、獲物を甚振る猫のように、ソイツは殊更ゆっくりとその口を開く。



「浩〜。SSどれぐらい進んだ?」

「全く、全然、これっぽっちも出来てない」



私の質問にも使用人ははっきりと答える。
自分の不手際は隠さず、主人である私に正直に答える。
その態度は使用人としての鏡と言っても良いのかもしれない。
本当は、失敗しないのが一番なのだけれど。
でも、優しい私は正直に話した使用人に今回は軽い注意をするだけに止める。
私はそんなに非情なご主人ではないのだから。
他の主人ではなく、私が主人だった事をこの使用人は涙を流すほど感動している。
そんな姿を見ると、私も少しだけ嬉しくなり、口元に笑みが浮ぶ。



ソイツの質問にはっきりと答えてやる。
確かに出来ていないのはこっちの不始末だが、それにはれっきとした理由がある。
いや、原因がと言うべきか。
しかし、ソイツはそんな事は関係ないとばかりに軽く身構える。
間違いなく、お仕置きという名を借りた拷問が始まる。いや、地獄か。
ソイツはとてつもなく最強にして最悪、最凶の最狂で非情な剣士だから。
駄目だ、終った。俺は思った以上に短かった人生を思い返し、知らず涙ぐむ。
そんな俺の姿が楽しいのか、ソイツは残忍と形容するのが相応しい笑みを浮かべる。



「そんな言い訳が通用する訳ないでしょう!」

「言い訳じゃないわい!大体、お前が最初に俺を殴るから、意識を失ったんだろうが」

「たったアレぐらいの事で意識を失うアンタが軟弱すぎるのよ」

「たったって、アレをたった扱いするな!あんな馬鹿みたいな鈍器で後頭部を連打しやがって!」

「それはすぐに謝らないアンタが悪いんでしょうが!」

「だからって、窓に顔から打ち付けるわ、床に倒れた所をマウントポジションから殴りまくるわ」

「ああー!それもあったわ。浩の所為で部屋が滅茶苦茶になってるじゃない!」

「俺の所為か!お前がやったんだろうが!」

「浩が悪いのよ!大体、アンタが着替え中の私の部屋に入ってくるから!」

「ちゃんとノックしただろうが!大体、まだ上着しか脱いでなかったんだから、ここまでする必要あるのか!」

「うるさい、うるさい、うるさい!ノックなんか聞こえなかったわよ!
 大体、乙女の柔肌を見ておいて、ただで済まそうとするのが悪い」

「乙女〜?何処に乙女がいるんだ?」

「……コロス!」

「う、うわっ!ま、待て、待て待て!」

「待たない!」

「ぎゃぁぁぁぁ〜〜〜〜!!だ、誰かた、たす、たす、助けて〜〜〜〜〜〜!!」



……静かに沈んでいく太陽を眺めつつ、私はぼんやりと考える。
特に何かあった訳でもないけれど、こうやってぼんやりとゆっくり過ごすのも悪くはないかなって。
久し振りにリラックスした感じ。
これなら、明日からも頑張れそう。
外は大分冷え込んできたから、部屋へと戻ろう。
少しだけ散らばったゴミは、使用人が片付けてくれるだろう。
彼は、こういった事をするのに慣れているし、何より好きみたいだから。
後片付けを使用人に任せ、私は一人一足先に部屋へと戻るのだった。



…………沈んでいく太陽をその視界にぼんやりと眺めつつ、痛いと言うことは生きているという事だと言い聞かせる。
特に何かあった訳でもない。強いてあげれば、いつもと変わらずといった所か。しかし、もう二度と勘弁だ。
いつもの如く、傷が徐々にではあるが治っていく感じ。
しかし、今回は少しダメージがでかい。回復にはまだ少し時間が掛かりそうだ。
外はこれから冷え込んでくるだろう。しかし、俺は未だに立ち上がることすら出来ない。今夜はここで過ごす事になるかも。
俺をこんな目に合わせた張本人は、まるでゴミを見るように俺を見ると、一人暖かな部屋へと向う。
まあ、良い。これもいつもとそう変わらない事だ。これぐらいの怪我は、まだ軽い方だ。
大気圏の飛ばされるよりは断然まし。そう自分を慰めつつ、部屋へと戻るその背中を見詰めるのだった。



部屋に戻り、私はほっと一息吐く。
後は、熱いシャワーを浴び、夕食を取って、ゆっくりと時間を潰す。



部屋の外で倒れ伏したまま、唯一自由に動く首を動かして空を仰ぐ。
寒く身を切るような風が吹き、体に掛けられた水が急激に体温を奪っていく中、時間はゆっくりと流れていく。。



少し早いけれど就寝する事にしよう。
たまには良いわよね。いつもは使用人に付き合ってるんだから。
夜更かしは美容の大敵とも言うし。
こうして私はベッドに潜り込むと、部屋のライトを消して眠りに着く。
こうして私の休日は終わりを告げるのだった。



少し早いが、体が睡眠を訴えかけてくる。
こ、ここで寝たら駄目だ。二度と目が覚めないかもしれない。
一体、何故こんな目に……。
そもそもアイツがSSを書かせるためにと、こんな場所に無理矢理連れてきて俺を閉じ込めたのが全ての始まりだ。
肝心のSSはアイツに殴られて気絶した所為で出来上がっていない。
出来るまで帰さないと言ったあの悪魔のような笑みが頭に甦る。
まさか、アイツはそれにかこつけて、俺を亡き者にする気か!
ま、まずい。このままだと、本当にまずい。
あ、唯一の月明りである月と星までが雲に覆われていく。き、消えないでくれ〜〜!
まるでアイツの怨念でもあるかのごとく、雲はあっという間に天を覆い、自然の光を奪い去った。
辺りを静寂と闇だけが支配する中、俺の監禁生活の一日目が終わりを告げた。







おわり




<あとがき>

ガクガクガクブルブルブル。
美姫 「ちょっとこれは何よ!」
昔、昔の本当にあったお話。
今思い出しても……ブルブル。
美姫 「ふ、ふざけるんじゃないわよ!」
うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!
美姫 「はぁー、はぁー。皆さん、このSSは全てフィクションです。
    登場する人物は、実在する者とは一切関係ありません。
    という事で、決して信じないでね♪じゃ〜ね〜」








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