ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル。
遠くからそんな歌が聞こえてきても可笑しくはないようなこの時期。
とある一室の窓からは、雄大な自然を堪能でき、見渡す限りの木々には、クリスマス用にとイルミネーションが。
何処からともなく、メリークリスマスという楽しげな声が微かに耳に届く。
女はそれを聞き、微かに唇を上げる。
そして、その女の足元に倒れ伏す一つの影。
懸命な方なら、もうお分かりであろう、氷瀬浩がそこに横たわっていた。
浩は、女──美姫の前に倒れ付しながら、更にその背を踏みつけられつつ、苦しげな声を漏らす。

「ベリー、苦しんでます……」







『美姫さまの優雅なクリスマス・イヴ』







優雅に足を組み、微かに聞こえてくる音に耳を澄ませる。
下僕が私のために、曲を披露している。
大して上手いとは言えないが、必死で私のために奏でているのに免じて、私は何も言わずにつま先でリズムを取る。
その私のリズムを見て取ったのか、下僕が私のリズムに合わせるように曲を変える。
その心地よい音色に、そっと身をゆだね、私は目を閉じる。



「う……、うぅぅ」

体中を蝕む痛みに、思わず苦悶の声が零れ落ちる。
何とか声を漏らさないように努力をする。
ここで苦悶の声を上げれば、それは女を喜ばせるだけだからだ。
しかし、それを不服と思ったのか、女はつま先でこともあろうに、倒れ付す俺のわき腹を小突いてくる。
堪え切れずに、遂に苦悶の声が口から紡がれる。
それを聞き、女は楽しそうな笑みを浮かべ、優越さえ漂わせてそっと目を閉じた。

何故、こんな事になったのだろう。
記憶が少しばかり前を回想する。
いや、回想する必要など無いのかもしれない。
何故なら、こうなった原因は、今もなお、俺を小突いているこの女だ。
そして、こうなった事の始まりは、例によって、例の如く、いつもの事だった。







「浩〜、SS書けた〜♪」

「ううん〜。全く、これっぽちも〜♪」

「…………」

「…………」

お互いに笑みを見せ合い、ただ無言の時が流れる。
どのぐらい、そうしていただろうか。
いい加減、笑みを浮かべるのにも疲れ始めた頃、美姫が突然、叫び出す。

「何、ふざけた事を!」

「失礼な! 俺は至って真面目だ!」

「余計に悪いわよ!」

言うが早いか、美姫の拳骨が俺の脳天へと直撃する。
ぐぅぅぅ〜。目、目から火花が……。
床でのたうち回る俺を綺麗に無視して、美姫は言い放つ。

「こうなったら、恒例の缶詰よ!」

何故か偉そうに、かつ、高らかに宣言する美姫に、俺は下から見上げつつ胸を張って言う。

「嫌だ!」

「この馬鹿者〜!」

綺麗に持ち上がった美姫の右足が、そのまま俺の顔面へと振り下ろされる。

「……痛い」

「今、何て言った?」

「い、嫌でございます」

「丁寧に言っても意味は一緒じゃないのよ!」

「じゃあ、どう言えと? 言っておくが日本語以外は無理だぞ」

「いや、あんたにそこまで期待してないから。
 他に言うことがあるでしょう」

美姫の言葉に暫し考え込み、俺は口を開く。

「黒か……」

俺の言葉に、美姫は珍しく顔を赤く染める。

「アンタは何を言ってるか!」

美姫の足が何度も俺の頭を叩き、俺は素直に意識を手放すのだった。







「ん、ん〜」

あれからどれぐらい経ったのか。
何とか意識を取り戻した俺はあたりを見渡す。
薄暗い部屋の中にどうやらいるらしい。
狭いな。それが最初の感想だった。
次第に慣れてきた目でもっと良く周りを見渡す。
と、そこへ扉が開き美姫が現れる。

「やっとお目覚めみたいね」

「ここは、何処?」

「ここ? ここは缶詰に適した場所よ」

「だから、何処だよ!」

「太平洋の何処か〜♪」

「はい!?」

あまりにも素っ頓狂な答えに、俺も同じように素っ頓狂な声を上げる。
そんな俺の声に、美姫が答える。

「正確には、船なんだけどね。
 小さいけれど、結構色々と揃ってるわよ。
 ここなら、思う存分、SSを書けるでしょう」

「そこまでするか、普通」

俺の言葉に、美姫は髪をかき上げる仕草をすると、

「ふっ。普通だけの人生なんてつまらないわよ」

「普通でも良い、ただ平穏に暮らしたいだけ。それだけ何です」

「無理、私が認めない」

自分勝手な言い草に、言葉を無くした俺をどう勘違いしたのか、いや、まあ、自分の都合の良いように解釈したんだろうが…。
美姫は、何処か勝ち誇ったように告げる。

「さて、納得した所で、書こうね♪」

最早、逆らう気力もなかった。

そうそう、確か、最初はそんな感じだったな。
で、あの後、SSを書いてたんだよな。
しかし、あれは地獄だったな。
何せ、唯一の食料がある場所の鍵は美姫が持っているんだものな。
そう言えば、目を覚ましてから、何も口にしてないような……。
うぅ〜、思い出すと腹が……。
と、ここまでは特に問題なかったよな。
いや、まあ、厳密に言えば色々とあるんだが、まあこれはいつもの事と言えば、いつもの事だしな。
って、何か頬が冷たくなってくるな。泣いてない、泣いてなんかいないやい!
コホン、コホン。
え〜〜っと、あの後、俺がSSを書いている横で、美姫が一人、遊んでたんだよな。
で、何か大きな衝撃が来て……。

「美姫、何だ今の衝撃は」

「さあ? 何かしらね?」

「上に行って、何があったのか聞いてきた方が良いんじゃないのか?」

「聞くって、誰に?」

「いや、だから、船員さんに」

「そんなの、始めからいないわよ」

「はぁっ!? じゃあ、どうやって動いてるんだ」

「ここまで私が操縦して来たのよ。で、今は何もしてないの」

「……まさか、座礁?」

「そんな事、あるはずないじゃない。だって、ここはかなり沖合いよ」

「……うわぁ〜〜、助けて〜〜」

「えーい、何パニクってるのよ。大丈夫って言ってるでしょう」

美姫の振り上げた黄金の拳が、俺へとヒットする前に、俺たちは大きな揺れに襲われた。
何とかふらつくものの、倒れずに踏み止まる美姫に対し、俺は見事に転び、そのまま壁まで転がっていって激突する。
そんな俺を指差し、声も高らかに笑う美姫。
流石だ。どのような事態になろうと、俺を虐める事だけは忘れないとは。
などと感心している場合ではない。何だ、今の揺れは。
そう美姫に問いただそうとして、しかし、突如、襲って来た大量の水に口を開いたものの、声をあげる事は出来なかった。
薄れ行く意識の中、俺はただ、ああー、今日はなんて短い間隔で意識を失うんだろうな〜、などと考えていた。

次に目覚めたのは、何処かの砂浜だった。
横を見ると、見事に船体に穴の空いた小型クルーザー。
それを暫らく眺めた後、俺はポンと手を叩く。
ああ、流されたんだなー。
そう考えつくと、俺は周りを見渡す。
と、少し離れたところに、同じように美姫が打ち上げられ、横たわっていた。
俺はそちらへと向うと、そっと声を掛ける。

「おーい、起きろー! さっさと起きないと、殴るぞ〜」

勿論、起きていたら言う訳がない。
気を失っているからこそ、言える事だ。(えっへん)

「さっさと起きろよな〜。全く、寝ぼすけが。大体、お前は……」

ここで、美姫の口から微かな呻き声が聞こえる。
だから、俺は口を噤み、そっとその肩に手を掛けて、再度呼びかける。

「美姫〜、起きて〜、朝ですよ〜。いや、正確には昼を回った辺りだと思うんだけど〜」

太陽の位置から割り出した大まかな時間を言いつつ、俺は腫れ物……、もとい、壊れ物を扱うかのように、そっと呼びかけを続ける。
その甲斐あって、美姫はゆっくりと目を開けるのだった。



「ん、ん……」

どこか遠くから、私を起こす声が聞こえる。
きっと、下僕が私を起こしに来たのだろう。
本来なら、私の寝顔を見るなんて許さないのだが、まあ、下僕だし少し多めに見てあげることにしよう。
そっと私の肩に手を置き、それこそ極上の割れ物を扱うかのように、優しく私を揺り起こす。
本当は、もう暫らく眠っていたいのだけれど、それでは下僕が可哀相だから、私は起きてあげることにする。
私が起き上がると、下僕はほっとしたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんな下僕を見て、私はそっとその頭を撫でてあげる。
ただ、それだけの事で、下僕は笑みを見せながら、地面に着かんばかりに頭を下げるのだった。



「ん、ん……」

呻き声を出しつつ、美姫がその目をやっと開ける。
まだ少し焦点の合っていない目を見て、さっきまでの言葉を聞かれていないと確信する。
と、突然、美姫の拳が俺の脳天をどつく。
本日二度目のそれは、例え何度喰らっても慣れる事無く、俺の頭を砂浜へと突き立たせるのには充分な威力を持っていたのだった。

「お前は、いきなり何をする!」

「いや、ただ何となく、殴っておかないといけないような気がして。
 何か、悪口を言われたような気分になってたのよ」

うっ。地獄耳以上か。まさか、気を失っている間の悪口を無意識下で覚えているなんて。
今度から気をつけよう、うん。とりあえず、今は……。

「何かで殴られたら、たまらんわ!」

「いや、多分、夢で浩に悪口を言われたんじゃないかな」

「って、夢でも同じじゃー!」

「もう、そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ。まったく、うるさいわねー。
 第一、ちょっと小突いたぐらいで、大げさなのよ」

「あれがちょっとか! しかも、地面に頭がめり込んだのを、ちょっと?!」

「はいはい。所で、ここ何処?」

こちらを見ず、周囲を見渡しながら、手をヒラヒラさせて尋ねる美姫に、俺は答えてやる。

「知らん!」

「ちょ、知らないって、どういう事よ。
 こんな人気のないような所に連れてきて!
 はっ! ま、まさか、人がいないのをいい事に……。いや〜、助けて〜」

「色々と突っ込みたいが、まず、俺より強い奴に何をすると。
 それに、まだ人がいないと決まった訳ではないだろう。
 そして、ここに来たのは、いや、流されたのはお前の所為だー!」

俺の言葉に、美姫はきょとんとした後、これまでの経緯を思い出したようで、微かに頬を引き攣らせる。
そして、突然、笑みを見せると……。

「私からのクリスマスプレゼントよ〜♪ 静かな自然〜。
 どう、凄いでしょう」

「……凄い誤魔化し方だな。で、プレゼントという事は、当然、帰る方法もあるんだよな」

こちらの冷静な突っ込みに対し、美姫は大威張りで答えてくる。

「ないわよ、そんなの。だって、プレゼントは片道だけだもの」

ほう、そう来たか。
…………どう返せば良いんだ?
いや、どう言い返した所で、遭難は遭難だよな。

「ぬぐぁぁぁ! どうするんだ!」

「さっき、自分で言ってたじゃない。人がいないって決まった訳じゃないって。
 ちょっと、この島、で良いのかな。とりあえず、見て周りましょう」

美姫の言葉に頷くと、俺たちは探索を開始したのだった。



どうやら、浩が私と二人きりになりたくって、ここに連れてきたみたいね。
浩が言うには、この自然がプレゼントらしいけど。
まあ、景色はそんなに悪くないかな?
とりあえず、少しこの周辺を散策する事にして、私たちは歩き出す。
少し行くと、木々の覆い茂る見るからに森をいった物が見えてくる。
私たちはそこへと足を踏み入れ、中を進んで行く。
どうやら、人が踏み入った事はないようで、道と言えるような道がなかった。
木々の枝からは、時折、小動物が顔を見せては、すぐに立ち去るといった光景が先程から見られる。
少し気分が良くなりつつ、鼻歌を歌ながら進んで行く。
時折、大型の動物らしき気配を感じるが、向こうの縄張りにへと入っていないからだろう、
襲ってくるような事もなく、私たちはどんどん森の奥へと進んで行く。
もし、襲ってきたとしても、浩が私の盾となって、私を逃がしてくれるだろう事は、最早疑いもないのだけど。
か弱い乙女を守るには、少し頼りないけれど、まあ、しょうがないわね。



前方を歩く美姫の背中を見ながら、俺はその後をずっと付いて行く。
どうやら、人が住んでいるような気配らしきものが、この森からは感じられない。
これ程大きな森なのだから、木の実を取ったり、猟をしていてもおかしくない筈なのだが。
単に、ちゃんとした交通の便があり、そういった事をしなくてもいいだけかもしれないが。
だが、それにしても、全く人が入った形跡が見当たらない。
どうやら、無人島の可能性が大きくなってきたな。
時折、木々の枝から小動物が姿を見せるが、美姫を見た途端、すぐさま逃げて行く。
いや、美姫が一歩進むたびに、その遥前方から、鳥が飛び立ち、小動物が逃げて行く。
本能的な恐怖とでもいうべきものに突き動かされているのだろう。
そんな逃げて行く小動物たちを見て、美姫はさも楽しそうに何やら口ずさむ。
その足取りは、全く恐れを知らず、ただひたすらに前へと進む。
俺などは、気が気ではないというのに。
今現在も、どうやら大型の肉食動物の縄張りに入っているらしく、所々にそういった印が見られる。
しかし、美姫は全く意に返さず、ただ己が決めた先へと突き進む。
ある意味、頼もしい奴だ。
大型動物たちも、本能で目の前の生き物に逆らってはいけないと分かっているのだろう。
襲って来るような事は決してなく、ただ遠巻きに通り過ぎるのを待っているようだ。
懸命な判断だと言えよう。
もし、襲ってきたとしても、返り討ちに合うのは明白だし。
いや、美姫の事だから、俺を囮にして自分だけ逃げるという事もあるか。
…………全身から血が引くとはこういう事か。
その可能性を思いついた今、何故、美姫が先程から、まるで狙ったかのように大型動物の縄張りばかりを進むのかが分かったような。
いやいや、そんな事はないだろう。
第一、俺を囮にするなら、最後の手段にするはずだ。
何よりも、剣を振るう事を喜ぶこいつが、そんな事をするはずがない。
……待てよ。つまり、美姫が危なくなったら、俺は美姫が逃げるまでの囮にされるという事か!?
もし、そうなったら、美姫を残して逃げる!
って、美姫が苦戦する相手だぞ。俺なんかが逃げ切れる訳ないじゃないか。
って、そんな動物いるのか!?
そんな俺の葛藤を知らず、美姫は更に森の深くへと進んでいくのだった。

で、結局わかった事といえば、ここは無人島であるという事だった。
後、船の無線が壊れていて、連絡を取れない。
食料と水は何とか持つとして、それ以外は絶望的だった。
いや、食料があるだけましか。
そういった結論に達し、後は俺たちの不在を知るであろう式とKに運命を任せる事となった。
当然、責任の擦り合いが発生したのは言うまでもなく、
当然の如く、言葉で俺に勝てなかった美姫が暴力に出るのも言うまでもないだろう。
そうして俺は、今、船の甲板で力なく倒れているのである。
回想、終わり……。
って、俺は悪くないよな?

「アンタが悪いのよ。素直にSSを書いていれば」

俺の回想に割り込んできた挙句、ついでとばかりに蹴りを一発。
綺麗に入った蹴りに、一瞬、息を止める。

「うぅぅ……。い、良い右だ。せ、世界を狙えるぜ……」

「何か余裕あるわね」

そう言って、もう一発。
ぐぅぅ。
何とか悲鳴を堪えた俺に、美姫は何を思いついたのか、席を立って船倉へと引っ込む。
それから暫らくして、何かを持って美姫が戻って来る頃には、俺も無事に完治していた。

「はぁ〜、流石に、今回はやばかった。
 足が炭化したから、再生に時間が掛かったぞ」

美姫は何か言いたそうな顔をしたが、結局、何も言わずに持って来た荷物を俺に投げて寄越す。

「これは……。ペンと紙?」

「そうよ、これがあれば、本来の目的は達成できるわ」

「つまり、この遭難に近い状況にも関わらず、俺にSSを仕上げろと」

「そうよ。それ以外にないでしょう。わざわざ、イヴの夜に、私が付き合ってあげてるんだから」

「いや、そもそもの原因が……。何でもないです」

俺が何かを口にする前に、剣を構える美姫。
それを見て、俺が掌を返したのは、当然のことだろう。うん。

「さあ、救助が来るまでの間、どんどん書きなさい!」

シクシク……。
こうして、今年のイヴは無人島に漂流してSSを書かされることになったのだった。







おわり




<あとがき>

シクシクシクシク。
美姫 「例によって、これは何よ!」
昨日の出来事。
美姫 「大体、何でイヴなのに、今日アップしてるのよ!
    今日は25日よ」
だから、昨日のレポートだもん。
それに、ついさっき帰ってきたばかりだろう。
美姫 「そう、ふーん。これはレポートなのね。
    つまり、SSじゃないと。という事は、これは今年のSSに加算しないと」
ごめんなさい。SSです。
美姫 「初めから、そう言えば良いのに〜。
    あー、でも、レポートだもんね〜」
うぅぅ。……!
ふん、レポートでも良いさ!
つまり、コレが事実だと認めたわけだな。
美姫 「おほほほ。これでSSが一本、増えたわね」
いや、レポートなんだろう。
美姫 「もう、何を言ってるのよ」
ふふん。
美姫 「あ、何かむかつく。良いわ、レポートよ、これ。
    その代わり、SSを……」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
これはSSです〜。
美姫 「見なさい!」
……やっぱり、レポートで良いかも。
美姫 「待ちなさいよ。男が一度口にした事を」
いや、だからレポートって……。
止めよう。虚しくなる。
美姫 「同感。とりあえず、これだけ言わせて。
    皆さん、このSSは全てフィクションです。
    登場する人物は、実在する者とは一切関係ありません。
    という事で、決して信じないでね♪じゃ〜ね〜」
…………まあ、良いんだけどね。













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