『美姫さまの素敵なエイプリルフール』
「ふっふっふ。遂に、遂にこの日が来た!」
朝も早い部屋の中、電気も点けずに一人の男が高らかに叫ぶ。
しかし、まだ眠りにいるであろう人物に気を使い、声はあくまでも押さえて。
男は一頻り笑い終えると、その手をそっと前へと伸ばす。
そして、目の前にあるものを、ぐわしと掴むと、力任せに引っ張る。
べりという音を立て、破り取られた紙の後ろには、また新たな紙が。
そこには、大きく1と言う文字が刻まれ、その上の端には4月と書かれていた。
日めくりカレンダーが、今日の日付を静かに示していた。
「ふぁぁ〜〜。浩〜、おはよ〜」
七時を過ぎた頃、キッチンの扉が開き、一人の美女が姿を見せる。
「おはよ〜」
「ん? 何か、機嫌が良いわね?」
「そうか? そんな事はないだろう」
「ん〜、いや、いつもよりも機嫌が良いわよ」
「だとしたら、それはきっと美姫のせいだな」
「私のせいですって!」
「何故、そこで怒る。機嫌が良いのは美姫のせいだって言ったんだぞ」
「あ、そうか。って、だったら、お陰とか言いなさいよね」
「おお、そう言えばそうだな」
「で、どうして、私のお陰なのよ。私、何かしたっけ?」
「特にはしてないかもな。しかし、美姫が居るというだけで、こんなにも幸せなんだよ」
「……何か嘘臭いけど」
「そんな事はないぞ。綺麗で可愛いい美姫が傍に居る。
これで幸せを感じない奴がいようか、いや、いまい!」
「そ、そう。まあ、そこまで言ってくれるのは嬉しいけど…」
「いやいやいや、まだまだ言い足りないぞ」
そう言うと、美姫へと近づき、
「ああ、何て可愛いんだ。一日中眺めていても飽きないぞ」
「そ、そんな事を言っても、SSはしっかりと書いてもらうからね」
「分かってるって。それに、SSなら、もう出来てるぞ」
「嘘!? どれぐらい?」
「あはははは、聞いて驚け。いや、まじで。
何と、全ての長編を更新だぞ! しかも、短編を一本付けて、このお値段!」
「いや、値段は関係ないから」
「いかん、いかん。つい、通販番組の影響が…」
「それにしても、凄いじゃない。
珍しい…ううん、初めてよ、快挙よ」
「あはははは〜。どうだ、凄いだろう」
「うんうん。普段もこれぐらい出来たら、良いのにね」
「いや、流石にそれは無理!」
「それもそうよね。まあ、良いわ。今回は頑張ったのね。えらい、えらい」
「撫でて、撫でて」
頭を差し出した瞬間、額に鈍い痛みが走る。
「でこぴ〜ん」
「いてっ! 何するんだよ」
「あ、ごめん。頭を出すから、デコピンして欲しいのかと思って」
「んな訳あるかー! うぅ、いじいじ、いじいじ」
「部屋の隅でのの字を書かない!」
「と、まあ、冗談はこのぐらいにして、飯だー!」
「そうね。お腹も空いたし」
「ああ。という訳で、早く何か作ってくれ」
「はいはい。いい加減、簡単な料理ぐらい覚えなさいよね」
「無理! ふふ、俺の料理の才能を侮るなよ。
某、祐一よりも凄いんだぞ、俺は」
「某を付ける意味がないわよ、それ」
「うん、それもそうだな」
「それに、今更言われなくても分かってるって。
カップの焼きそばを湯と一緒に捨てるだけでなく、既にその前の時点で失敗してるもんね」
「はははは。湯を注ぐだけという文句だったじゃないか。だから、俺はだな…」
「だからって、本当に封を切るなり、湯を入れる馬鹿が何処にいるのよ!
中にはまだ、梱包されているものとかあるんだから、それを出すのは当たり前でしょうが!」
「はははは。流石に、そんな事をした奴は、滅多にいないだろうな……」
「言ってて、虚しくならない?」
「うん、少し…」
「はぁ〜」
「あははははは」
「まあ、良いわ。さっさと朝食にしましょう」
「うん、そうしよう」
朝食を取り終えた後、じっと美姫の顔を見る。
「さっきから何よ」
「いや、ただ綺麗だな〜って」
「う、アンタ、さっきから何か可笑しいわよ。
何か企んでるでしょう」
「滅相も無い。俺は事実を口にしているだけだぞ」
(じと〜)
「……(汗) 疑いすぎだぞ、幾ら何でも」
「まあ、良いけどね。所で、こんな所でぼーっとしている暇があるんなら、SSでも仕上げれば」
「うむ、そうしよう」
「……えっ!」
「そこで驚かれると、凄くへ込むんですが」
「だ、だって、ねえ」
「いや、俺に同意を求められても…」
「ひょっとして、熱でもあるの」
「失礼なやつだ。こうなったら、今日中に十本SSを上げてやる!」
「良いのかしら、そんな事を言って」
「ふっふっふ。問題ない。何なら、美姫の好きなものを買ってやっても良いぞ」
「……本当に何も企んでない?」
「当たり前だ」
「ふ〜ん、それじゃあ、何を買ってもらおうかな〜」
楽しそうにカタログを広げる美姫に背を向け、そっとほくそ笑むとその場を後にするのだった。
そして、夕方。
「浩〜、SSは出来た?」
「ああ、出来たぞ」
「へー、本当にやったんだ。じゃあ、見せてね」
「おう、好きなだけ見ろ!」
「…………えっと、これは何の冗談かしら?」
「何がだ?」
「私の目には、白紙しか映らないんだけど」
「ふふん、それは馬鹿には見えないんだよ」
「誰が馬鹿だ!」
「お、落ち着け」
「ほう、この状況で落ち着けと。
そう言えば、長編も全て更新したといってたわね。
そっちも見せてもらおうかしら」
「こ、これだ」
「……で、何の冗談かしら? これも馬鹿には見えないとでも言うのかしら?」
「あ、あはは。は、話せば分かる」
「じゃあ、話してもらおうかしら」
「えっと、そ、そこにあるカレンダーを見て欲しいな〜、とか思ったりするんですが、どうでしょうか」
その言葉に、美姫の目が壁に掛けられた日めくりカレンダーへと向かう。
「4月1日ね。それが?」
「だ、だから、今日は、エ、エイプリルフールでして…」
「つまり、朝からずっと嘘だったと」
「は、はい、そういう事でございます。
で、ですので、ここは笑ってお許しくださると、とても大変ありがたく思ったりなんかしちゃったりするんですが」
「う、うぅぅぅ、ひ、酷いわ、浩。
朝、言ってくれた言葉も嘘だったなんて。
幾ら、エイプリルフールだからって、それは酷すぎるわよ。うぅぅぅ」
「…………う、うわぁぁぁぁっ! お、鬼の霍乱だ! ぎゃ、ぎゃぁぁぁ、な、何かが起こる!
す、すぐに逃げないと。あ、でも、何処に逃げたら良いんだよー! 世界の何処に言っても安全とは言い切れないぞ」
「……地獄なら安全かもよ」
「そ、そうか、その手が! …って、死んでるやん、それ!」
「うぅぅ、酷い、更にそんな追い討ちを」
「えっと、突っ込みの事か? それとも」
「私だって、泣く時ぐらいあるのに〜」
「……あ、あうあうあう。な、泣き止んでくれ〜」
「うぅぅ」
「た、頼むよ〜」
「じゃあ、一つだけ許して欲しい事があるの」
「な、何だ。何でも許してやるぞ」
「本当に?」
「ああ、勿論だ」
「そう、じゃあ言うわね」
「……やっぱり、嘘泣き!?」
「もう遅いわよ〜。実はね…」
「あ、ああ」
そこで美姫は一旦、言葉を区切ると、じっとこちらを見てくる。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「実は、今日はまだ3月なの」
「へっ?」
「だから、今日は3月31日」
「いや、だって、カレンダー。それに、31日は昨日…」
「一週間程前に、その日めくりカレンダーを浩がいない間に、私が一枚破ったの。
あれ以降、浩を外に出してないし、日付が分かるようなものは、全て見せてなかったから、気付かなかったでしょうけど」
「ま、まさか、一週間程前に殴られて、一日中気絶していたというのは…」
「う・そ♪」
「…………」
「だから、今日はまだエイプリルフールじゃないのよね〜。
で、今日一日でSS十本だったかしら? それと、長編全てを更新?」
「あ、あはははははは〜」
「それじゃあ、その成果を見せてもらおうかしらね。
勿論、誰にでも見える形でね。出来るわよね〜♪」
「あ、あははははははははは……」
「ほらほら、早く〜」
「……………………無差別格闘早○女流奥義! 猛虎落地勢」
両手を地面に着き、頭を低く下げる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ええーい、鬱陶しいわよ!」
「う、うぅぅぅ」
「覚悟はOK〜♪」
「も、もう少し待って……」
「ふふふ、嘘を付いたアンタが悪いのよ〜」
「だ、だから、それはエイプリルフールで…」
「今日は、まだ3月よ〜」
「は、謀ったな、美姫!」
「何のことかしら〜」
「や、やめ、許して……」
「だ・め。第一、例えエイプリルフールとは言え、私がアンタに嘘を吐かれて、笑って許すと思う?」
「…………お、思いません」
「でしょう〜」
「うぅぅ、そこまで考えて無かったよ……」
「あ、そうそう、ぶっ飛ばす前に、お礼だけは言っておかないとね」
「お礼?」
「そう。何でも買って良いって言ったでしょう?」
「も、勿論、あれも嘘です。ごめんなさい」
「ううん、それに関しては謝らなくても良いわよ。
だって、ちゃんと買ったから。お店の人には、これが嘘かどうかなんか分からないでしょうし。
ましてや、嘘の注文だなんて思わないわよね、普通」
「あ、あははは〜。またまた、そんな冗談言って〜」
「冗談じゃないわよ〜」
「だって、今日は外に出てないじゃないか」
「最近の世の中って、便利よね〜。家にいながらでも、好きな物を注文できるんだもの」
「し、しまった!」
「という訳で、それだけはお礼を言っておくわ」
「う、うぅぅぅ。い、言われたくないよ〜、そんなの。
だったら、せめて手加減を…」
「良いわよ、1%ぐらいは手加減してあげる」
「ワーイ、ソレハウレシイヤ」
棒読みでその台詞を言い終えるや否や、美姫の右手が素早く腰へと伸ばされ、目にも止まらぬ速度で愛刀が抜かれる。
ここから先に待っているのは、地獄、いや、そんな言葉さえも生ぬるいだろうと思われるお仕置きであろう。
出来る事なら、今、ここで意識を失いたかった……。
「ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜!」
「まだまだまだ。離空紅流、秘奥義、桜花閃神斬」
「にょぎょよ〜。う、腕ー! 俺の右腕ー!」
「ふっふっふ。まだまだよ〜」
「た、だす゛あ゛あ゛〜〜〜」
「文字で表せないような、叫び声を上げてるんじゃないわよ」
「……」
「いっちょ前に、気絶なんてするな!」
「ゆ゛、ゆ゛る゛じでぇぇ……」
「ふっふっふ。ここをこうして」
「ぎゃ゛ぁ゛〜〜〜。そ、それは、構造的に無゛理゛ぃぃぃぃ〜〜」
「うふふふふ。明日の朝まで、オールナイトよ〜」
「い゛、い゛や゛じゃ゛ぁ゛〜〜。がぁ、ぐげっ」
…………とても、とても悲しい出来事があったんだよ。
だから、全ての記憶を封じて…………。
封じても尚、暫らくは、美姫を目にすると体が自然に震えたという……。
後日、宅配の兄ちゃんが、まさに山という程の荷物を持って現われ、財政面でもきついお仕置きを喰らう事になったのだった。
おわり