『リリアンには内緒』
とある休日の事。
紅薔薇ファミリーは、デパートまで来ていた。
皆でお昼ご飯を食べ、婦人服売り場で服を見ていた所までは良かったのだが…。
「駄目でした。こっちにもいませんでした紅薔薇さま」
紅薔薇さまとよばれた女性、水野蓉子は声を掛けてきた祐巳に「そう」と短い返事を返す。
「やっぱり迷ってしまったみたいね」
「はあ、お姉さまが迷子ですか?」
何処か不思議そうに聞き返す祐巳に、蓉子は微笑みながら答える。
「ええ。祥子はこういった所なんて来た事ないでしょうし、ましてや一人でなんてね。
だとしたら、迷子になっていても可笑しくはないでしょ?」
「そうですね。それよりも、どうしましょうか。あ、迷子センターに行って、呼び出してもらうというのは?」
「それも面白そうで良いんだけど、そんな事したら、祥子は拗ねるわよ」
蓉子の言葉に祐巳は頭を抱える。
恐らく蓉子さまの言葉は正しい。正確には、怒るだろうけど。
そんな事を考えながら、どうしようか悩んでいると、
『お客様のお呼び出しを申し上げます。
迷子の福沢祐巳さま、お連れの方がお待ちになっておりますので三階のサービスカウンターまでお越しください。
もう一度、繰り返します。……』
と、アナウンスが流れる。
それを聞いた祐巳は、ほっと胸を撫で下ろす。
「よ、良かったですね。紅薔薇さま、早速行きましょう」
「ええ、そうね。でも、良いの祐巳ちゃん?」
「はい?何がですか?」
「いえ、だって今の放送、迷子になったのは祐巳ちゃんって事になってるんだけど」
「へっ?」
祐巳は蓉子の言葉にだらしなく口を開けると、放送内容を思い返す。
「え、え、え……。ええぇぇぇぇぇー!」
声を上げる祐巳の手を取り、茫然とした祐巳を引っ張って蓉子は三階へと向ったのだった。
そして、祥子と無事に再会を果たすと、閉口一番祐巳は、
「お姉さま、酷いですよ。何で私が迷子なんですか」
「あら、だって気がついたら祐巳たちがいなくなってたんですもの。だったら、祐巳たちが迷子でしょ。
それとも、私が迷子だったとでも言いたいのかしら」
祥子の迫力に負け、祐巳は渋々引き下がるしかなかったが、最後の抵抗を試みる。
「だったら、蓉子さまの名前は何で?」
「あら、そんなの決まってるじゃない。お姉さまの名前を館内放送で呼ぶ訳にはいかないでしょ?
リリアンの生徒もいるかもしれないのに」
「うぅ〜、だったら私なら良かったんですか」
「そんな顔しないの。それだけ祐巳を頼りにしてるって事よ。それとも迷惑かしら?」
その祥子の言葉に、祐巳は沈んだ顔を一転させ、恍惚とした表情を浮かべると、首を力一杯横へと振る。
「そ、そんな事ないです。私の名前で良ければ、どんどん使ってください」
よく分からない事を言う祐巳を優しく撫ぜながら、祥子はゆっくりと微笑む。
その笑顔に見惚れる祐巳に、祥子ははっきりと言う。
「ありがとう、祐巳。でも、祐巳が迷子になったからって、私の名前を放送で呼ぶのだけは止めてね」
そう言うと、祥子は歩き出す。
その背中を見ながら、祐巳は滂沱の涙を流すのだった。
「お姉さま、酷いです」