スクラップド・ハート1
『棄てられ歌姫の序曲』
序章
ダストンヴィン大陸の北側に位置する巨大な国、ライヴァン王国。
この国にあるグレンデル大聖堂で、今から重要な祭事が行われようとしていた。
5人の神官が、大聖堂の最も奥にある聖堂へと赴き、そこでマウゼル神の予言を聞くというものである。
聖グレンデルの託宣と呼ばれる、この予言は過去、五千年以上を遡ってもはずれた事がない。
その託宣が今からこの聖堂で行われる。
聖堂は約20m四方の正方形をしており、出入り口は今しがた5人の神官が入ってきた扉のみで窓なども一切無い。
そして、部屋の中央に五芒星が描かれており、その中心に高さ1m程の台座がある。
5人の神官たちはそれぞれが五芒星の頂点へ立ち、台座を囲む。
そして、入り口から最も遠い、おそらく五芒星の頂点と思われる位置に立つ神官が口を開く。
「では今より第五壱壱壱回、聖グレンデルの託宣を始める」
言い終えると男は台座に近づき、手にしていた本を台座の上へと置く。
そして、再び元の位置へと引き返し、胸の前で手を組み膝立ちになり、神へと祈る格好を取る。
その姿を見届けてから、他の神官たちも同じ格好をする。
そして何事かを呟きだす。その声は始めは皆バラバラで小さかったが、徐々に大きくなり揃いだす。
どのくらいの時間が経ったのだろうか、祈りを捧げていた神官たちの額には汗が浮かび、微かに身体が震えだす者も出始めた。
それからさらに数分が過ぎた頃、
───我が子たちよ、此度の予言をしかと聞きとどけよ───
五人の神官たちの頭の中へと直接、声が語りかけてくる。
その直後、一人の神官が呻き声を上げながら地面へと倒れこむ。
それを皮切りにして、他の四人の神官も地に倒れていき、そのまま手足を激しく痙攣させ始める者、胸を掻き毟る者が出始める。
「う、ぐぐぐぅぅ・・・。こ、これ・・・は、ど、どういう・・・こと・・・だ」
どうやら、この現状は本来なら起こうるはずの無いものらしい。
「が、がはっ」
ついに吐血をする者まで現れる。しかし、彼らは自分では動く事ができないのか、ただそこに蹲っている。
部屋の一番奥に陣取っていた神官は、その両腕が見る間に膨らんでいき、青い血管が浮き出してくる。
すでに元の腕の2倍以上に膨らんだ腕はそれでもまだ尚、止まらず膨らみつづけていく。
何かが切れたような音と共に両腕から勢いよく血が噴出し、辺り一面を赤く染め上げていく。
それでもまだ腕は膨らみ始め、ミシミシと嫌な音を立てながら肉が引き裂かれていく。
そして、ついに内側から爆発したかのように血や肉を辺りに撒き散らす。
「うががたっはうふいあはおほを」
その神官は言葉にならない悲鳴を上げ、床を転げまわる。
しかし、それだけでは終らずに今度は同じ様に両足が膨らんでいく。
「っひぃぃ」
それに気付いた神官は、なんとか膨れ上がるのを防ごうとするが、押さえるべき腕が無い事に気付き、床を転がりまわる。
しかし、そんな事をしても止まるはずもなく、その神官を嘲笑うかごとく両足も膨らんでいく。
最早、その様子を顔中に恐怖を張り付かせて見る事しか、その神官はできないでいた。
そして、両足が腕と同様の末路をたどる頃、その神官は失血と痛みによるショックで息絶えていた。
他の神官たちも耳から脳髄や血を垂れ流す者、内臓を全て口から吐き出す者など、五人の神官全員が床に大量の血と共に倒れ伏している。
そのあまりの多さの為に、部屋の中に血の匂いが強く充満している。
その時、倒れていた神官の一人が床を這いずりながら出入り口の扉へと向かっていく。
どうやらその神官だけが唯一の生き残りであるらしい。
しかしながら、その姿は全身血まみれで、右目は眼球がなく眼窩が見えている。
左手は肘より先が、右足は膝から下がなく、残っている左足も骨が折れているのか本来とはありえない方向に曲がっている。
最早残っているのは右手のみで、その右手すら爪が全て剥がれて血にまみれている。
その右手のみを使い必死になって出口へと身体を運ぶ。
やっとの事、扉の前までたどり着き、その扉を開く。
扉の前には有事の際のために2人の兵士が立っており、血塗れになって出てきた神官を見て慌てる。
「ど、どうされたんですか?大丈夫ですか?」
「がっ・・・こ、国王に、・・・た、託宣が・・・」
「わかりました。今すぐお呼びしますから、もうしばらく頑張ってください。
おい、急いで国王たちをお呼びしろ」
もはや助からないと判る神官の言葉に駆け寄った兵士が頷き、残る一人に命じる。
そして、国王が来るまでの間に何が起こったのかを確認する為に、用心しながら部屋の中を覗き込む。
「一体何があったん・・・うっ。な、なんだこれは」
部屋の中の正視するに耐えない惨状を見て、思わず口と鼻を押さえ後ずさりする。
そして、後ろを向くとそのまま後ろ手に扉を閉める。
そうこうしている間に複数の足音が聞こえてくる。
「一体、何があったのだ」
声をかけてきた人物に対し跪き頭を垂れ報告をする。
この人物こそが、このライヴァン王国の国王その人である。
「そ、それが神官5人のうち4人が死亡。残る1人も瀕死の状態にあります。
しかしながら託宣は下され、その託宣の内容を告げるために国王を御呼び致した所存で御座います」
「うむ、して、その神官はそこに倒れている者か」
「左様で御座います」
国王は神官の側まで近づき、託宣を聞くために屈み込む。
すると今まで苦しげに呼吸をしていた神官の身体が薄っすらと光を纏い、上半身を起こす。
そして、とても瀕死の状態にあるとは思えない程、はっきりとした口調で語りだす。
「第五壱壱壱回、聖グレンデルの託宣を告げる。我が子らよ、心して聞くがよい。
この度、誕生される国王の子供は男女の双子である。
そして、息子と娘のうち、王女の方は、20歳になりし時、世界を滅ぼす猛毒となるだろう。
故に一刻も速く、その存在を抹消すべし・・・・・・・・・」
言い終えると同時に、神官に纏わりついていた光が消え、神官もまた息絶える。
しばらくは話す者はおろか、動く者さえ誰もおらず、この場を静寂だけが支配する。
やがて、国王とともに来ていた重鎮の一人が言葉を発する。
「国王、いかがされます」
「・・・・・仕方があるまい。託宣がそう告げたのであれば従うまで」
「し、しかし。それではあまりにも・・・」
「では、ではどうする?未だ嘗て託宣が外れた例はないのだぞ。他に手があると申すか」
国王の問いかけに答えるものは誰一人としていなかった。
「ならば、実行するしかあるまい。トラスト、この件を決して口外することのない人物を一人選んで、その者に実行させてくれ」
「わ、わかりました」
先ほどの重鎮、トラストが返事をする。
「国王、この件、お妃様には」
「あいつには私から伝える。それと、今回の託宣の件だが・・・。
公式文章は元より、全てはなかった事とする。皆の者、よいな」
その場にいた者全員が頷く。
こうして、5人の神官が亡くなったのは事故として片付けられ、第五壱壱壱回、聖グレンデルの託宣は公式には無かったものとされた。
それから数日後、ライヴァン王国に王子が誕生し、国のあちこちで祝い事が行われた。
その影で名も付けられず、その存在そのものを猛毒とされ、消された王女がいた事を極一部の者を除き多くの人々は知らない・・・。
まして、後にこれが大陸全土はもとより、世界中を巻き込む騒動にまで発展する事になるなどとは、誰一人としてわかる筈もなかった。
───運命の歯車が今、動き出す───
<to be continued.>