『海鳴のシャナ』






第零之炎 降り立つ影二つ





この世ならざる者が存在する、この世からは歩いては行けない隣の世界、紅世。
紅世の徒と呼ばれるそのモノたちは、こちらの世界へと渡り来ては、
己が欲望の趣くままに、勝手気ままな振る舞いを繰り返していた。

『復讐を糧にする者はいらぬ』

海と山に囲まれ、穏やかな気候で有名な海鳴市。
一見すると平穏に見えるここに、今、二つの影が降り立つ。

『かの魔神のように、無限に広がる可能性を代償とするのもいらぬ』

一人は煌くように明るい、まるで炎のような炎髪を翻す強き意志を持つ少女。
その意志を体現するかのように、踏みしめた両足はしっかりと大地を踏みしめ、
髪の色にも負けない灼眼には強き輝きを宿す。

『欲しいのはただ一つ』

その少女の横に寄り添うように立つのは、ぱっと見は何処か頼りなさや気の弱さを感じさせる、
しかし、その瞳は少女と同じように強き輝きを秘め、それに気付くと、先程までの気弱さが嘘のように、
その顔付きは精悍に、存在感は少女に劣るものの強く感じられる少年。

『ただ一つ事において、無限の可能性を秘めし者』

少女が手に握るのは、大きな太刀。
それを目の前に漂う火の粉を払うように斜め下に振り下ろす。

『無限へと広がるはずだった者』

そんな少女の半歩後ろで、少年は周囲を見渡す。
いや、実際に首を回して周囲を見たのではなく、見えない何かを感じ取るように、
その為の感覚を周囲に向けている。

『その可能性を閉ざされ、失いし者』

少女は少年を信頼し、少年もまた少女を信頼しているのがはっきりと分かる。
そんな二人が見詰める先に、小さく蠢くモノが一つ。

『それでいて、強き意思を持ち、その可能性を未だに進み続ける者』

少女は油断なく、けれども慎重になり過ぎない足取りでソレへと歩みを進める。
少年はその後を追う事無く、その場でやはり何かを探るように周囲を窺っている。

『即ち、閉ざされた可能性の中で進む強き者』

やがて、少女はソレの元へと辿り着くと、大太刀を握った腕を振り上げて、ソレ目掛けて振り下ろす。

『私はただ求める。強き者を』

何処とも知れぬ場所で、ひっそりと、けれども力強く、
ソレは何かを渇望するかのように、ただ内なる願いを秘めてそこにあり続ける。
たった一つの想いを持ちし存在が。





  ◇ ◇ ◇





「ふぅ」

大太刀を身に纏う黒衣、夜笠の内側へと突き刺し、その中へと仕舞い込みながら少女は息を吐き出す。
その後ろから少年がそっと話し掛ける。

「ねえ、シャナ。この街にいるかもしれない紅世の徒の情報を聞き出さなくても良かったの?」

「良い」

シャナと呼ばれた少女は、少年を一瞥すると短くそう返し、自分の足元、既に何もないそこへと視線を落す。
いつの間にか、少女の身長とそう変わらない大太刀も、身に纏っていた夜笠も消えており、
少女の燃えるような炎髪も、しっとりとした黒髪へと様相を変えていた。
その事に少年は驚くこともなく、ただふーんと洩らす。
そんな少年にもう一度視線を向けると、少女は先程まで何かが居た場所を指差す。

「こいつは、ただの燐子(りんね)。
 それも単に餌を集めるためだけのものだから、どうせ何も知らないわよ。
 ねえ、アラストール」

『うむ。このような輩に構っている暇はない。
 この街に徒がいるのは間違いないのだからな。それよりも、どうだ坂井悠二。
 何かおかしな気配は感じなかったか』

呼びかけたシャナの言葉に、シャナの胸元に揺れるペンダント、コキュートスから低い声が響く。
それに分かっているよと答えながら、悠二はアラストールの問いかけに首を振る。

「ううん、何も。その徒は近くに居ないんじゃないかな。
 居たとしても、何も仕掛けてこなかった」

「でしょうね。単に近くに居なかったのか、臆病者なのか」

呟く少女の周囲、いや、広い範囲にわたって形成されていたドーム状のものがゆっくりと解けていく。
完全にそれが消えると、途端に周囲のざわめきが二人を進み込み、急に人の気配が生まれる。
さっきまで何も動くものがなかった空間が、急に普通の通りへと姿を変える。
二人にはそれは慣れた事なのか、流れ出した人の流れに自然に入り込むと、二人は移動を始めるのだった。



それはまだ、そこに住む人々が誰も、何も気付いていない内にもゆっくりと広がっていた。
それを知り、また対抗する力を持つ者が、この地に来たことにも、誰も気付かず。
人々の知らないところで、外れていく世界の歯車がゆっくりと廻り出す。





つづく




<あとがき>

という訳で、やっと完成。
美姫 「でも、アップ場所はこっちなのね」
まあ、これはゆっくりと更新という事で。
美姫 「ふーん。二位を取ったというのに、この扱い…」
いや、公平なくじの結果、三位になったんじゃ。
美姫 「言い訳無用よ!」
そ、そんなぁ〜。
美姫 「ほらほら、きりきり働きなさい!」
うわぁ〜ん。
美姫 「ってな訳で、また次回で〜」







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