『恭也の全国武者修行の旅』
〜 第一章 「桜舞う季節」 〜
第3話
萌と分かれた後、恭也は初音島をあちこちと見て周り、もう一度公園へと戻って来ていた。
「そう言えば、少し腹が減ったな…」
恭也は軽くお腹を押さえながら、商店街へと足を向ける。
その途中、公園の桜並木のその奥へと続く道を見つける。
いや、道というものではなく、単に隙間と表現するようなものだが、恭也は何となしにそちらへと足を向ける。
生い茂る桜の木々の間を歩いて行くと、不意に大きく開けた場所へと辿り着く。
その空間の中央に、他の桜よりも一際大きく、美しく咲き誇る桜の木が鎮座していた。
「ほう。これは、また凄いな」
その目を引き付けて止まない桜の木に、恭也はただただ言葉もなくして立ち尽くす。
と、その耳に心地良いメロディーが聞こえてくる。
「歌……」
どうやら、恭也とは桜の木を挟んで反対側に人が居るらしく、そちらから歌声が聞こえてくる。
(凄く綺麗な歌声だな)
恭也は目を閉じ、暫しその歌声に耳を澄ませる。
まるで、船乗りたちをその美しい歌声で魅了したセイレーンのように、恭也はその歌声に引き寄せられるかのように足を踏み出す。
と、恭也の足が落ちていた枝でか何かでも踏んだのか、綺麗に流れていたメロディーに不協和音を生じさせる。
「あっ」
小さな声と共に、それまでこの空間を流れていた歌声が途切れる。
(折角、綺麗な歌声だったのに…)
恭也は非常に残念そうに胸中で己の失敗を後悔する。
そんな恭也の前に、木を回りこんで一人の少女が姿を見せる。
「えっと、あの、もしかして、聞いてました?」
両手の人差し指を合わせるようにしながら、何処か不安そうに見つめてくる少女に、恭也は謝る。
「えっと、そのすいません。勝手に聞いてしまった上に、何か邪魔してしまって」
「あ、そんなに気にしないで下さい。それに、私が勝手にここで歌っていただけなんですから。
聞こえてしまうのは仕方ないですよ」
「ですが、邪魔をしたのは事実のようですし」
「本当に気にしないで下さい。丁度、終わる所でしたし」
「そうですか。そう言って頂けると、助かります。
それにしても、歌、お上手なんですね」
「えへへへ、お恥ずかしい」
恭也の言葉に照れながらも、少女ははにかんだように笑う。
「いえ、とっても綺麗な歌声でしたよ」
少女は恭也の言葉にじっと恭也を見詰めた後、少ししてから嬉しそうに笑う。
「そんなに言ってもらえると…。
えっと、この島の人ではないですよね。観光か何かですか?」
「はい、そんな所です」
恭也は少女に答えながらも、少女が身に纏った制服に目を止める。
(音夢さんと同じ制服? だとしたら、学校はどうしたんだ?)
じっと見ていた恭也の視線に気付いてか、少女は少し慌てたように言葉を紡ぐ。
「あ、あのですね、実は少し体調が悪くて、今日は早退したんです。
でも、途中で良くなっちゃって、ここに来て少し歌ってから帰ろうと思ったんですよ」
「ああ、そうだったんですか。でも、本当に体調の方はもう大丈夫なんですか?」
「あ、はい。それはもう、こんなにも元気ですよ」
そう言って小さくガッツポーズまでして見せる。
その仕草に、恭也は少し笑みを見せ、少女は一瞬だけれどそれに魅入られる。
「そ、そう言えば、まだ名前を聞いてませんでしたね。
私はことり。白河ことりです。ことりでいいっすよ」
「あ、これはどうもご丁寧に。高町恭也です。俺も恭也で良いですよ」
「了解っす。恭也くんですね」
「で、ことりさん」
「だから、ことりですって」
「……ことり」
「はい、何でしょう?」
「体調が悪くて早退したのなら、一応、家に戻った方が良いのではないか?」
「そうですね。ちょっと名残惜しい気もしますけれど、そろそろ帰ります」
「ああ、その方が良い。一応、体調は良いみたいだけれど、途中まで送って行こうか?」
「それはナンパってやつですか?」
そんな事は全く考えておらず、ただ本当にことりの心配をしていた恭也は、その言葉に慌てる。
「そ、そうじゃなくて、ただことりの事を心配して…」
「あはは、ごめん、ごめん。冗談だよ。ちょっとからかっただけっすよ。
恭也くんが心配して言ってくれたって事は、ちゃんと分かっているから」
「…なら良いんだが」
ちょっと拗ねたように憮然とする恭也にことりは笑いかける。
「でも、本当に大丈夫だから。それじゃあ、これで。
また会えたら良いね」
「そうだな」
「それじゃあ、さよなら〜」
そう言うとことりは少し早足でこの場を立ち去って行く。
その後ろ姿を眺め、本当に大丈夫そうだと判断した恭也は、早く食料をと主張してくる腹に手を当てると、商店街へと向うのだった。
〜 つづく 〜