『とらコロ』






第三話 「調理実習」





昼休みの教室。
昼食を食べ終えた恭也と那美は、次の時間の予習でもしているのか、珍しく教科書を開いていた。

那美「つまり、ここは不定詞のtoが…」

どうやら、小テストでもあるのか、那美に恭也が教わっているようである。
那美は英語の教科書を開きつつ、重要な所を指差す。
そこへ、第三者が席の横へと立つ。

恭也「え、えっと、何でしょうか?」

??「高町君、あなたに用があるの。ちょっと顔貸してくれない?」

その女生徒の言葉に、恭也は暫し無言で見詰めた後、

恭也「……me?」

??「you」



   §§



廊下へと連れ出された恭也は、先を歩くクラスメイトの少女の背を見詰める。

恭也(うぅ〜、月村さん、何の用だろう)

無言で前を歩く月村忍が醸し出す雰囲気に、何やら重い物を感じ、恭也は不安そうな顔になる。

恭也(ま、まさか…、かつあげ?)

そう思ったのも束の間、恭也はほっと胸を撫で下ろす。

恭也(あ、でも、今日は500円しかもってきてないや)

安堵するも、すぐさま別の事を思い出す。

恭也(今日は懸賞マガジン(消費税込み500円)の発売日だー!)

忍「高ま……って、どうしたの!」

人気のない場所まで来て、忍は恭也へと振り返るが、そこで驚く物を目にする。

恭也「うぅぅ〜」

そこにいたのは、目を潤ませて、胸の前で両手を組む恭也だった。

忍「な、何、どうしたの?」

恭也「うぅ。この500円だけは〜〜」

忍「はい?」

全く事情の分からない忍は、ただ首を傾げる。
そんな忍に、恭也は自分が考えていた事を話す。

忍「そんな事しないわよ。私の用って言うのは……」



   §§



忍が先に戻った後、恭也は少し考えながら廊下を歩いて行く。
そんな恭也の前方から、血相を変えた美由希と那美が現われる。

恭也「どうしたんですか、お二人とも。そんなに慌てて」

美由希「いや、那美が恭也くんが連れて行かれたって言ったから…」

那美「恭也くん、大丈夫?」

恭也「ええ、何ともありませんよ」

美由希「月村さん、一体何だったの?」

恭也「ええ、実は……」

美由希・那美「「明日の調理実習の班に混ぜて欲しい?」」

恭也「はい。うちは家庭科は男女一緒にやる事になってますから、それは別に構わないと…」

恭也の言葉を聞き、那美はほっと胸を撫で下ろす。

那美「良かった〜。てっきり、物騒な話かと思ったわ」

恭也「いえ、物騒と言う点で言うならば、お二人の方こそ…」

恭也の視線の先、美由希と那美はモップを手に構えていた。

那美「あ、あははは〜」

笑いながら、それを背後へと隠す那美と、真剣な表情で恭也に尋ねる美由希。

美由希「本当にそれだけやったん?」

恭也「ええ、そうですけど」

美由希「本当に? 本当は、お姉さまと呼んでとか言われたんじゃ……」

恭也「まだ、そのネタを引っ張るんですか!」

叫ぶ恭也と、ずっこける那美だった。



   §§



翌日の四時間目。
恭也と美由希、那美、そして、忍は四人グループで調理自習をする事にする。

那美「私たちが一緒にいれば、変な事は起こせないでしょうし…」

美由希「そうやね。しかし、何で恭也くんと一緒の班になりたがったんやろう?」

那美「恭也くんに何か恨みがあるとか?」

美由希「恭也くん、何か心当たりはないん?」

恭也「うーん、特に何も思いつかないんですけど…」

恭也は考え込むが、しばらくして顔を上げる。

恭也「あっ!」

那美「何か思いついたん?」

恭也「はい。月村さんの席、僕の前なんですけど、その、授業中によく枝毛を割いて……」

美由希「うわー。それは恨まれるわ」

那美「原因はそれね」

恭也「あう〜〜。決して、わざとじゃないんですよー」

落ち込む恭也に、二人は笑みを見せる。

那美「大丈夫よ、私たちが見張ってるから」

美由希「大船に乗ったつもりでね」

恭也「はい!」

美由希「具体的に言うと、全長約270メートル。定員は2500名に、最高速度が23ノットぐらいかな?」

恭也「それは凄そうですね!」

美由希「勿論よ!」

自信満々に胸を叩いた後、美由希は口に手を当てて、内緒話をするかのように小さな声で呟く。

美由希「ただし、名前はタイタニックって言うんだけどね」

恭也「全然、駄目じゃないですか!」



   §§



那美「それはそうと、月村さんって料理できるのかな?」

那美の素朴な疑問に、美由希が俯き考え込む。

美由希「うーん。イメージだと、豚の丸焼きとか作りそう」

忍「何、勝手なことを言ってるのよ!」

その忍の声は三人には聞こえていないのか、構わず恭也が言う。

恭也「ですが、あれって作るのが結構、難しいんですよ。ただ焼けば良いってものじゃないんです」

那美「えっ、そうなの!?」

恭也「はい」

美由希・那美「「じゃあ、月村さんって、かなりの腕前って事!?」」

忍「いつの間に作れる事になってるのよ!」



   §§



恭也「それじゃあ、月村さんはこれをやって」

忍「……それが人に頼む態度?」

恭也「うわぁ〜、ごめんなさい」

那美「って、アンタの方こそ何なのよ、その態度は」

忍に突っ込む那美だったが、その言葉を忍は綺麗に聞き流す。
その横で、恭也はテキパキと作業をこなしていく。
それを眺めながら、忍が感心したような声を上げる。

忍「へー、結構、手際が良いわね」

那美「ええ。その上、恭也くんが作る料理はとても美味しいし…」

美由希「栄養もちゃんとあるしね」

二人の言葉に頷きながらも、忍は恭也の全身をじっと見詰める。
それこそ、頭の先からつま先まで何度も。

忍「その割には、本人に栄養が行き渡ってないような……」

恭也「………………」

その言葉の後には、ショックで固まる恭也がいた。



   §§



掛ける言葉の見つからない美由希に、恭也はぎこちない笑みを浮かべつつ、

恭也「美由希さん、そちらの方は大丈夫なんですか」

美由希「あ、あはは、う、うん」

それに引き攣った笑みを浮かべながら、美由希は頷く。

美由希「う、うん。野菜炒めだよね。ただ、彩りをどうするか…。う〜ん」

顎に手を置き、悩んでいる美由希の背後から、那美が話し掛ける。

那美「いや、真っ黒な物体に彩りも何も……」

美由希「わぁおっ! バレテ〜ラ〜」

美由希が持つフライパンには、真っ黒に焦げて炭と化した謎の物体が乗っているだけだった。



   §§



美由希「そ、そこまで言うんなら、那美はどうなん?」

那美「ふっ、野菜炒めぐらい…。よう見とれ。持っとれ、弟子」

そう言って恭也に教科書を投げ渡す。
そして、フライパンに油を引き、その中に野菜を放り込む。
……数分後。

那美「ほれ、出来た!」

そう言って那美が皿へと移したのは、やはり黒い物体だった。

美由希「えっと、これは何?」

那美「何って、野菜炒めや。大阪では、これが普通なんや」

恭也「だから、食い倒れなんですか?」

恭也の問い掛けに、那美は教室の彼方を見詰めるだけだった。



   §§



忍「全く、揃いも揃って役立たずばかりね」

自分の事を棚に上げ、呆れたように言う忍に、那美が不思議そうに言う。

那美「分からんのは、その役立たずの所に、何で月村さんが来るかっちゅうことやねんけど」

那美の言葉に、忍は明らかにぎくりといった感じで身体を振るわせる。
そこへ、美由希が話し掛ける。

美由希「やっぱり、恭也くんに復讐?」

忍「はっ!? 復讐って何で?」

美由希「いや、だって、枝毛…」

美由希に言われ、忍は自分の長い髪の毛の先を手に取って見る。
忍の目に痛んだ毛先が映る。

忍「あーー!アンタ、何てことを!」

忍は恭也の頬を両側に引っ張る。

恭也「うわぁぁ〜。ご、ごふぇんなふぁいぃぃ」

那美「今まで気付いてなかったんだ…」

そんな忍を見遣りながら、那美は感心したような、呆れたような声を出すのだった。



   §§



美由希「でも、それじゃ、何で?」

疑問を口にする美由希に、忍は言い辛そうな態度を見せる。
と、そこへ救いの声が上がる。

那美「あー!もう時間がない!」

……いや、救いの声ではなかった。
那美の言葉に、全員が時計を見る。

忍「ちょっと、どうするのよ!」

声を荒げる忍に対し、恭也は冷静に指示を出す。

恭也「すぐに作りますから、美由希さんと那美さんは食器の用意を!」

美由希・那美「「了解」」

二人の返事を確認するよりも早く、恭也はフライパンに油を引き、火に掛けながら、同時に鍋の中身を確認する。
てきぱきと動く恭也の後ろで、美由希と那美は食器を並べていく。
そんな二人に、忍が不安そうに声を掛ける。

忍「ね、ねえ、高町君一人で大丈夫なの?」

那美「大丈夫や!」

美由希「寧ろ、私たちが手伝わない方が早い…」

涙を流しつつ、食器を用意する二人だった。

忍「な、何も泣かなくても……」

そんな二人に、フォローする術を持たない忍だった。



   §§



恭也の活躍によって、何とか無事に作り終えた一同は、早速食べる事にする。

美由希・那美「「いただきま…………」」

二人が言い終えるよりも早く、忍は目の前の料理に食らいつく。
一心不乱に食べる忍を見て、

那美「実習でここまで、まじに食べる人って初めて見た」

美由希「私も…」

そんな会話をしている隙に、忍は二人のおかずを奪う。

美由希・那美「「ああー、それは私の!」」

忍「シャァァァーーー!!」

取り返そうとする二人に、忍は威嚇の声を上げる。
そんな忍を見て、恭也が静かに話し掛ける。

恭也「月村さん、何でしたら、今度の休み、うちでご飯食べますか」

忍「えっ! い、良いの?」

恭也「はい。そんなに美味しそうに食べて頂けるなら。何か注文があれば言って下さい」

忍「えっと、えっと。……あ、ありがとう」

恭也の言葉に、忍は突然涙を零すのだった。



   §§



後日。

那美「何でも、月の家は両親が共働きらしくてな…。
   それで、いつもご飯はコンビニの弁当やったらしいねん」

美由希「ああ、それで恭也くんの家庭的なお弁当を見て…」

那美「ああ、そう言う事らしい。しっかし……」

美由希「あ、あははは」

二人が呆れながら見詰める先には……。

忍「何よ」

那美「いや、刷り込みって本当にあんねんな…」

恭也にべったりとくっ付いて甘えている忍の姿があった。





おわり










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