『とらコロ』
第四話 「デジカメ!?」
とある休日の午後、それぞれに居間で寛ぐ三人の姿があった。
そこへ、誰かが来た事を知らせるチャイムが鳴る。
恭也は立ち上がり、玄関へと向おうとするが、既に桃子が出たらしく、玄関からは、話し声が聞こえてきた。
それを聞き、恭也はまた座る。
暫らくすると、桃子が居間へと顔を出す。
桃子「恭也〜。アンタ、○×社って知ってる?」
恭也「いや」
桃子の言葉に首を横に振る恭也を見て、桃子は困ったように手にした荷物を見せる。
桃子「じゃあ、これって一体何なのかしら?」
どうやら、恭也宛てに届いた荷物だったらしい。
恭也「う〜ん。覚えがないんだけどな……」
頭を捻る恭也の後ろで、美由希が電話帳を取り出し、ページを捲り始める。
美由希「えっと、爆弾処理班は……」
那美「そんなの載ってません!」
美由希の行動に、怒鳴る那美と、ずっこける恭也と桃子だった。
§§
美由希「まあ、冗談は兎も角…」
那美「本当に冗談だったんですか?」
美由希「あははは。まあまあ。それよりも、これは一体……?
はっ! ま、まさか、恭也くんのお姉様からの贈り物!?」
恭也「まだ引っ張りますか……」
疲れたように呟く恭也に、美由希はこれまた笑って誤魔化すのだった。
§§
美由希「でも、本当に心当たりはないの?」
恭也「はい……」
美由希の言葉に暫し考え込み、やがて何か思い当たる事があったのか顔を上げる。
恭也「ああっ! そう言えば、この間車に惹かれそうな子犬を助けました」
美由希「それや!」
恭也「それですね!」
那美「それか? 鶴の恩返しやないねんから……」
恭也たちの会話に、那美が呆れたように呟くのだった。
§§
恭也「う〜〜ん」
箱を前に悩む恭也に、那美が話し掛ける。
那美「悩んでいても仕方がないし、とりあえず開けてみたら?」
恭也「で、でも、開けた途端に爆発したら…」
那美「いや、そんな心配いらないと思うけど…。
でも、どうしてもって言うのなら、開けずに置いておいて、引き取りに来てもらえば良いし」
恭也「で、でも、時間がきたら自動的にドカーンって奴なら…」
那美「どないせいっちゅうねん!」
恭也「あわわっ!」
§§
美由希「でも、開けてみないと分からないしね」
那美「美由希の言う通りよ。大丈夫、爆弾なんかじゃないから」
恭也「そうですよね。では、開けます!」
桃子「あ、ちょっと待ってね」
桃子はそう言って恭也を止めると、居間を出て廊下から顔を少しだけ出す。
桃子「さあ、良いわよ」
ちゃっかり、その桃子の後ろには那美と美由希もいた。
美由希「さあ、張り切って開けてみよう!」
恭也「……………………。いや、まあ、別に良いんだけどね」
§§
恭也が思い切って箱を開けると、中からデジカメが現われる。
恭也「デジカメ?」
その呟きを聞いたのか、いつの間にか桃子たちも恭也の傍に戻って来ていた。
那美「やっぱり、爆弾なんかじゃなかったでしょう」
桃子「まあ、そんな訳ないもんね」
美由希「しかし、そうなると、今夜は必然的に焼肉?」
美由希の言葉にずっこける恭也。
那美「いきなり、何、売る算段してるねん!」
美由希「でも……」
那美「でもじゃない!」
恭也「あ、あははは」
乾いた笑みを浮かべる恭也に、箱と一緒に入っていた紙を見つけて読んでいた桃子が声を掛ける。
桃子「どうやら、懸賞に当たったみたいね。ほら」
そう言って差し出した紙には、
『この度はご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ございませんでした。
貴方様のご当選された商品の発送が、こちらの手配ミスで送れてしまった事をお詫び申し上げます。
今後、このような事がないように〜〜〜〜〜
懸賞マガジン編集部』
恭也「ああー、そう言えば」
やっと納得がいったと頷く恭也に、美由希と那美が声を掛ける。
美由希・那美「「うわ〜〜、恭也くん。今年の運、使い切ったね」」
恭也「うわ〜、見事にはもって……」
§§
恭也「でも、これって実際、幾らぐらいなんでしょう」
美由希「じゃあ、私見てくるね!」
美由希は言うが否や、居間を飛び出していく。
その美由希の背を見詰め、
那美「売る気満々ね」
立ち去る美由希の頭にハイエナの耳、お尻に尻尾が生えたのを見た那美が呟く。
恭也「あははは。でも、ここからお店までって……」
那美「あー、片道15分ぐらい掛かるわよね」
恭也「でも、デジカメって幾らぐらいなんでしょう」
那美「物にもよるけれど、数万はしたと思うけど」
それから暫らく無言でいたが、那美はやおら立ち上がると、
那美「それじゃあ、お茶でも飲んでゆっくり待ちましょう」
お茶を入れるために立つ。
そこへ、玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
美由希「ただいまー」
那美「ちょっ、待て。もう帰って来たんか!?」
ハイエナの耳は伊達ではなかったようである。
§§
美由希は勢いもそのまま居間へと駆け込む。
美由希「や、焼肉ー!!」
恭也「ああ、やっぱりそれぐらいするんですね」
のんびりと答える恭也に、美由希は激しく首を横へと振ると、
美由希「と、……特選!!」
恭也「特選!? そんなにするんですか!」
那美から手渡された水を一気に飲み干すと、美由希は頷く。
美由希「う、うん。7万とちょっとだった…」
恭也「な、7万!?」
恭也は手に持ったデジカメに驚きの声を上げるのだった。
§§
那美「ふーん。やっぱり、それぐらいしたんだ」
那美は一人冷静に、マニュアルを開いて何となしに眺める。
その後ろでは、恭也と美由希が興味津々にデジカメをいじっている。
美由希「うわぁー、何か伸びて出てきたよ」
恭也「さ、さすが7万円!」
那美「いや、ただのズームだから」
那美の言葉も聞こえていないのか、恭也は続いて電源を触り、OFFにする。
途端に、出ていたレンズが中へとっ込む。
恭也「わわわっ、引っ込みましたよ!」
美由希「さすが、7万円ね!」
那美(あかん、すっかり飲まれてる……)
騒ぐ二人を背後に見遣りながら、那美はそっとため息を漏らすのだった。
§§
那美「折角だから、皆で撮らない」
恭也「ああ、良いですね。でも、セルフタイマーはあるんですか」
那美「うん、あるわよ。マニュアルに書いてあったし」
美由希「はぁ〜、さすが7万……」
那美「いや、それはもう良いから」
美由希の言葉を遮る那美の横で、恭也はマニュアルを熱心に見ている桃子に声を掛ける。
恭也「かーさん、はやくこっちに…」
桃子「ええ、それは分かっているのだけれど…」
桃子は真剣な表情で見ていたマニュアルから顔を上げると、
桃子「ねえ、恭也。そのカメラには20才程若く撮れる機能って付いてないの?」
恭也「いや、そのカメラにはって……。どんなカメラにもそんな機能はないって」
呆れつつ呟く恭也だった。
§§
皆で撮影を終えた後、恭也が呟く。
恭也「でも、残念ですね」
那美「何が?」
恭也「いえ、家にはパソコンがありませんから、折角撮った写真を見れないじゃないですか」
桃子「あら、それはそうなの? 残念ね〜」
美由希「本当に残念」
言いつつ、嬉しそうな笑みを浮かべながら恭也へと近づく二人。
それを呆れつつ眺める那美。
那美(はぁ〜。もうこの二人は、デジカメをまだ売る気でいるし……。また、ハイエナの尻尾が見え……)
那美が二人のお尻にまた尻尾を見つけるが、それはハイエナではなかった。
黒く先端が尖ったソレは、俗に言う悪魔の尻尾と非常に酷似していた。
那美(ハ、ハイエナじゃない!?)
§§
那美「はいはい、皆、恭也くんから少し離れて」
那美は二人を少し引き離すと、恭也に向き合う。
那美「恭也くん、最近はカメラ屋に持っていったら、写真にしてくれるのよ」
恭也「そうなんですか」
那美「ええ。だから、パソコンがなくても大丈夫なのよ」
恭也「へー」
恭也は手に持ったデジカメをしげしげと眺めていたかと思うと、顔を上げる。
恭也「でも、これは売りましょう」
那美「えっ! 何で!?」
恭也「確かにカメラも良いですけれど、それよりも皆で一緒に食事する方が楽しいと思いますから」
恭也の背後から後光が射す。
美由希・桃子「「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……」」
その光を受け、美由希と桃子の尻尾が消えて行く。
那美(あ、浄化された…)
§§
その日の夜。
恭也たちは焼肉屋に来ていた。
恭也「カメラを売ってないのに、良いの?」
桃子「ええ、良いのよ。これは、罪滅ぼしみたいなものね」
桃子の言葉に、恭也は首を傾げ、那美は苦笑する。
一人、メニューを眺めていた美由希は、顔を上げると、
美由希「こっちって、肉の種類が少ないんだね」
恭也「美由希さんの所では、そんなにたくさんあるんですか」
美由希「うん。十二支のだったら、大体揃ってる」
恭也・那美「「はい?」」
嘘か本当か分からないまま、二人はそれ以上追及しなかった。
おわり