『Triangle Fate stay/hearts』






第四話 「聖杯戦争」



「で、どういう事ですか。確か、キャスターさんでしたね」

「は、はい。それは…」

恭也の部屋で、恭也の前に座ったキャスターはやや躊躇いがちに説明する。

「実は、夕方のアレで、恭也さまが私のマスターになってしまったようで」

「私の場合は、マスター…、恭也が召喚されたんですが」

マスターと呼んだ瞬間に恭也に見られ、初めに言われたように名前を言い直す。
それに満足そうに頷きつつ、恭也はやや赤くなった顔でキャスターを見る。

「えっと、二人がマスターと呼ぶのは俺の事で良いんですよね」

その言葉に頷く二人。

「そもそも、マスターというのは何なんですか?」

この言葉にキャスターとライダーは顔を見合わせる。
ここへと来る途中で、お互いに恭也がマスターとなっている事を確認しており、既に敵意はなくなっていた。
ただ、肝心のマスターとなった恭也が何も知らないという事で、二人は揃って複雑そうな顔になる。
やがて、それを説明しようとキャスターが口を開く。

「まず、聖杯戦争というのをご存知ですか?」

「いや、聞いた事はないが」

「あらゆる願いを叶える聖杯を巡る戦いです。
 およそ二百年ほど前から冬木市で繰り返されている儀式とも言えますね」

「二百年もか。そんなのが行われているなんて、知らなかったな」

「それはそうでしょう。恭也たち一般の人には、そんな事が行われているなど知る由もありません。
 これは、魔術師のみしか知らない事ですから」

「それを知っているという事は、二人は魔術師なのですか?」

「いえ。そっちのキャスターはそうでしょうが、私は少なくとも一般的に見て魔術師とは違います。
 サーヴァントと呼ばれる存在です。勿論、キャスターもそうですが」

「だったら、どうして知っているんですか?」

「それは、私たちがサーヴァントだからです、恭也さま。
 サーヴァントとここでの聖杯戦争は切っても切れない関係ですから」

そこまで言って言葉を区切ると、キャスターはやややり辛そうに恭也を見詰め、思い切って言う。

「その前に、その敬語はやめて頂けると助かるのですが。
 事情を知らぬとはいえ、恭也さまはマスターな訳ですし」

「そうは言われ…いや、分かった。努力する」

恭也の言葉に納得すると、キャスターは説明を再開させる。

「サーヴァントとは、英霊と呼ばれる元は英雄だった者を指します。
 聖杯の力により、聖杯戦争の間だけ召喚され、使役されます。言うならば使い魔ですね」

「英雄としての知名度に応じて高い力を得、それぞれ、剣士(セイバー)、弓兵(アーチャー)、
 騎兵(ライダー)、槍兵(ランサー)、魔術師(キャスター)、暗殺者(アサシン)、
 狂戦士(バーサーカー)の七つのクラスに該当する英霊が召喚されます」

キャスターの説明に続き、ライダーが補足するように付け加える。

「マスターとなった者はこのサーヴァントを用いて戦いを勝ち抜き、最後に聖杯を手にするのです。
 そして、私とライダーのマスターが恭也さま貴方なのです」

「つまり、俺は既に聖杯戦争に関わっているという事か」

「はい。ですが、聖杯を手にする事ができれば、何でも願いが叶います」

何でもと言われ、恭也は暫し考え込む。
過去に起こった出来事が頭を巡る。
が、結局恭也は首を横へと振る。

「いや、特に願いはないな。
 それにしても、そんなに力のあるキャスターやライダーたちが何で大人しく人間に従っているんだ。
 殺し合いをしたいという訳ではないのだろう」

「それは、令呪があるからです」

「令呪?」

キャスターの言葉に出てきた聞きなれぬ単語に首を傾げる。
それをフォローするように、ライダーが口を開く。

「恭也、身体の何処かにおかしな痣は出来ていませんでしたか」

「左の二の腕にそういえば出来ていたな」

「それが令呪です。それとは別に、もう一つ同じような痣が出来ているかもしれません。
 二人のサーヴァントに対し、令呪がどうなっているのか分かりませんが」

「まあ、その辺は良いとしてあれがどうかしたのか」

「あれは私たちサーヴァントに対する絶対命令権です。
 全部で三回、どんな事でもサーヴァントを従わせる事が出来ます」

「だから、逆らえないのか」

ライダーの説明に納得する恭也だったが、キャスターは首を横へと振る。

「それだけではありません。呼び出される英霊たちにも、死して尚願いがあるのです。
 だから、それを叶えるために聖杯を欲するのです。言わば、利害の一致ですね」

「という事は、二人にも願いはあるのか」

「さあ、どうでしょう。あったような、ないような」

「私も似たようなものですね」

キャスターの言葉に同意するようにライダーも言う。
その言葉に恭也は益々首を傾げる。
何も願いがないのなら、聖杯を欲しがる必要もなく、サーヴァントになる必要もないのでは、と。
だが、二人はその事には触れず、恭也へと聖杯戦争参加の意志を尋ねてくる。

「別に願いもないし、無闇に殺し合いをする趣味もない。
 だから、不参加とさせてもらう。勿論、二人に何か願いがあって聖杯が必要と言うのなら考えてみるが」

「恭也がそう決めたのなら、それで良いのでは。
 ただ、恭也がマスターである事に変わりません。つまり、他のマスターが狙ってくる可能性があります」

「それに、最近隣の市で何やら不穏な気配が蠢いているわ。
 恐らく、力を付ける為に人を襲っているのね」

「なるほど。力を付けるには手っ取り早い方法ですからね」

ライダーとキャスターの話に恭也が慌てて口を挟む。

「ちょっと待て。それはどういう事だ」

「今言った通りです、恭也。
 サーヴァントが力を付けるのに、もっとも早い方法は人間の魂を喰らう事ですから」

「もし、恭也さまがそれをお望みなら…」

「冗談でもそういう事は口にするな、キャスター。
 それより、人を襲っているマスターがいるという事か」

「はい。本来なら、一般の人たちに危害を加えたり、聖杯戦争の事を知られないように行動するものなのですが」

「それでも、多少の犠牲は常に付き纏うもの。とはいえ、そのマスターはあまり良い趣味とは言えないわね」

二人のサーヴァントが話している間もじっと黙って考えていた恭也だったが、不意に口を開く。

「もし、俺がそれを止めたいと言ったら、お前たちはどうする」

「恭也さまがそれを望むのでしたら、私は力をお貸しするだけです」

「同じく。人の身ではサーヴァントには敵いませんから。
 ですが、それは聖杯戦争に参加するという事ですか」

「正直、聖杯に興味はないが、そういう奴がいるのなら放っておけない。
 二人には何の利もないかもしれないが、協力してくれると助かる」

「利がなくもないと思いますけれど。
 全てのサーヴァントを倒せば、自然と聖杯が手に入る事になりますから」

「だが、積極的に聖杯を手に入れようとはしないぞ、俺は」

「それで構いません。さっきも言ったように、私も願いがあってなきに等しいですから」

「そうですよ、恭也さま。貴方はただ、命じれば良いのですわ。
 私たちに何をするべきかを。私たちは恭也さまのサーヴァントですから」

キャスターがそう言うと、恭也は小さく微笑を浮かべると二人に改めて礼を言う。
今まで自分たちに縁のなかったそんな恭也の態度に若干慌てつつも、二人は恭也がマスターで良かったと思う。
それを顔には出さず、違う事を口にする。

「それはそうとライダー。貴女は何ていう英雄なの。
 一つの身体に三人もいる英雄なんて聞いた事もないわよ」

「……確かに私の身体にはあと二人居るます。
 だが、それは私が姉さまたちをこの身に…。
 愚かにも化け物となって理性を失った私が姉さまたちを…」

「キャスター、もう良いだろう」

「はい。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。
 ただ、これからの戦いを考えれば」

「……いえ、もう大丈夫です。確かに、今後の戦いを考えれば、お互いに真名を知っている方が良いでしょう」

「真名?」

またしても出てきた単語に思わず口を挟む恭也へ、ライダーがゆっくりと説明する。

「はい。先程も話したとおり、サーヴァントとは英雄が死した後の魂を現世を召喚し、受肉させたものです。
 つまり、私やキャスターも英雄だった訳です。
 ライダーやキャスターというのはあくまでもこの聖杯戦争におけるクラス、役割の名前です。
 そうではなく、英雄だった頃の本当の名前、それを真名と言います。
 真なる名である真名は、あまり相手には知られない方が良いんです。
 真名が知られるということは、弱点なども知られるという結果にもなりかねませんから」

「なるほど」

「それを踏まえた上でお教えします。そうしなければ、恭也も戦術や戦略を立て難いでしょうから。
 英雄はそれを象徴するような宝具を持っています。この宝具は切り札にもなりますから」

「俺がさっき出会ったランサーは自分をクーフーリンと言っていたが…」

「自分から真名を明かすなんてね。でも、恭也さま、それはかなりいい情報ですわ。
 ケルト神話の半神半人の英雄クーフリン。確かにランサーに相応しいですわね。
 ならば、彼の宝具は一つ。魔槍ゲイボルグに違いありません」

「ゲイボルグか。聞いた事のある名前だな」

「影の国の女王スカアハが与えた槍ですね。彼は戦士でありますが、魔術も使えたはずです。
 気をつけなければいけませんね」

ライダーの言葉に、改めて真名を知られるという意味を理解する。
敵の手の内をある程度知ることが出来るのだから。
恭也が真名に付いて理解したのを確認すると、先にキャスターから明かす。

「私の真名はメディアです。裏切りの魔女と呼ばれた」

「神代の魔女ですか。確かに、キャスターとしては適任ですね。
 その魔力は相当のはず」

聞いた事のない英雄の名に首を傾げる恭也に自嘲めいた笑みを見せつつ、
キャスターは黙ってライダーを見る。
それを受け、今度はライダーが自分の真名を明かす。

「私はメドゥーサです」

「それなら知っている。確か、石化させる伝説の」

「そう、その眼帯は魔眼封じなのね。でも、何故三人…まさか」

「ええ、その通りですよ。あのお二人は私の姉、ステンノ姉さまとエウリュアレ姉さま。
 化け物となった私から逃げる事なく、最後まで一緒に居てくれた…。
 そして、私はそんな姉さまたちをその身に取り込んだの」

苦しそうにそう言って俯くライダーの身体に変化が現れる。
身体が小さくなったかと思うと、ツインテールの美少女へと変わる。

「ったく、本当に馬鹿な娘なんだから。
 私たちが望んでそうしたっていうのに、いつまでもグジグジ悩んで。
 本当にいつまで経っても駄目ドゥーサは駄目ドゥーサのままね。
 初めましての方が良いかしら。私の名前はステンノよ。この娘の姉。
 にしても良かったわ。取り込まれた状態で英霊になった時はどうしようかと思ったけれど。
 ねえ、私」

一瞬にして入れ替わるが、今度は見た目の変化はない。

「本当に。主人格はメドゥーサのようだけれど、ちゃんと変われるし。
 その上、ちゃんと自分の身体だものね。もし、ライダーの醜い身体のままだったらと思うと。
 ねえ、恭也もそう思うでしょう」

「いや、三人ともそれぞれに魅力的だが…」

詰め寄られて咄嗟に思ったままに口にするが、照れからか顔を紅くして顔を背ける。
そんな恭也の様子をウズウズとした様子で眺めていたもう一人の姉、エウリュアレは恭也に飛びつく。

「いや〜ん、可愛い〜。良いな、良いな〜。
 ねえ私。このまま恭也を私たちのものにしちゃいましょうよ」

「それは良いわね、それは」

またステンノへと変わると、ステンノも同意するように頷く。
離れるように頼む恭也をからかうように強く抱き付くステンノへ、キャスターが噛み付く。

「さっさと離れなさい。恭也さまが嫌がっているじゃないですか」

「うぅ、嫌なの恭也?」

「あ、いや、そうじゃなくて」

涙目で見上げられ、強く言えない恭也にキャスターがやきもきする中、
ステンノもからかうのはここまでとしたようで、離れる。
いや、本人は離れるが身体はそのまま。
つまり、ステンノからメドゥーサへと変わる。
途端、メドゥーサは顔を真っ赤にして離れると、姉へと文句を言いそうになり口を噤む。

「うぅぅ。英霊となってもこの仕打ち。あんまりです、お姉さま方」

そんな風に打ちしがれるライダーを眺めながら、さっきまでの雰囲気との違いに戸惑いつつも、
恭也は真剣な顔を意識して作り上げる。

「とりあえず、当面の方針を決めたいんだが」

言ってキャスターとライダーを見る。
二人は暫く考えた後、自分の考えを口にする。

「私はまずはここの防衛を強化します。ここに陣地を作り、結界などを張ります」

「なら、私は偵察ですね。今のところ確認できたサーヴァントはランサーのみですから。
 他のサーヴァントやマスターの動向を探る事にします」

「俺自身は何をすれば良い?」

「恭也さまにはあまり出歩かれない事をお勧めしたいですね」

キャスターの言葉に、しかし恭也はやや渋い顔を見せる。

「しかし、自分一人だけが安全な場所というのはどうも…」

恭也がそう洩らした言葉に、キャスターとライダー二人から怒涛のような反論が上がる。
曰く、人とサーヴァントではその能力に差があり過ぎる。
曰く、恭也に何かあった時点で自分たちは現世に留まる事ができない。
曰く、恭也はチェスで言うキングなのだから滅多に動くな。
そのような事柄を延々と言葉を変えながら話され、結局は両者共に妥協点を見つける事に落ち着く。
結果、夜の見回りには付いて行くこととなり、
他には空いている時間でキャスターには魔術を、ライダーには体術を教わる事が決まる。
一通り話し合いが済み時間を確認すれば、既に後数時間で朝の鍛錬の時間となっていた。
現在美由希は捻挫しており、
今朝も一人で鍛錬するつもりだった恭也は早速とライダーに鍛錬の約束を取り付ける。
その事を内心で喜びつつ、恭也は少しでも眠ろうとして肝心な事を決めていないと思い付く。

「そう言えば、二人の寝所を決めないとな」

その言葉に二人は揃って不思議そうな顔を見せる。

「恭也さまと一緒の部屋で構いませんが」

「と言うよりも、安全面を考えればそうしないと」

「いや、流石にそれはまずいだろう」

一人慌てる恭也に、しかしこれだけは絶対に譲れないと言い張る二人。
またしても討論が続くかと思われたが、それを認めないのなら夜の見回りも認めないと言われては、
恭也としては折れるしかなかった。
サーヴァントの二人はその事に満足げに頷くと、恭也の部屋にキャスターが簡単な結界を張り、
ライダーが入り口に罠を仕掛ける。

「今晩はこれぐらいで良いでしょう。
 明日はまず、この屋敷全体に結界を張ります。ライダーは罠の類を」

「ええ、承知しています。後、折角キャスターが居るのですから、貴女はここに工房を」

「ええ、勿論ですわ。でも、その前に屋敷と恭也さまの部屋の防衛を先にしてしまわないとね」

次々と自分の家が怪しげなものへと変わっていく相談を目の前で展開される中、
恭也は一人、明日は部屋を仕切るためのカーテンを買ってこようと考えていた。



その後、睡眠を取って朝の鍛錬へと向かった恭也は、
家へと帰る際にもう一つ考えておかなければいけない事柄があった事を思い出し、頭を抱える。
そう、家族への説明をどうしようかという事柄を。



つづく







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