『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






プロローグ ようこそアヴァターへ





≪来たれ…………。今こそ、目覚めの時…………≫

不意に聞こえてきた声に思わず後ろを振り返った青年――高町恭也は、しかし、深夜という時間帯もあり、
歩いている人物が自分以外には居ない事を確認する。
気のせいかと首を傾げつつ、恭也は日課となっている鍛錬の帰り道を再び歩き始める。
普段なら横に居るはずの妹にして弟子の美由希は、二学期に入って最初のイベント、
宿泊合宿のために今日はいない。
その為、いつもよりも少しだけ早めに切り上げての、けれどもいつもよりも濃い内容の鍛錬をしたその帰り道、
恭也はまたしても声を聞いた気がして足を止める。
と、不意に視界いっぱいに光が広がり、恭也の視界を覆い隠す。
あまりの光量に恭也は目を開けていられなくなり、目を閉じるのだった。





 § §





「ふぁぁぁ〜」

終業のチャイムが鳴り響くと同時に、これでもかというぐらいに大口を開けてあくびをする一人の少年。
その少年の横に、一人の男性が音も立てずに立つ。

「大河くん、そんなに私の授業は退屈でしたか」

「あ、あははは」

冷ややかな眼差しで見下ろされ、乾いた笑みを浮かべて誤魔化す大河と呼ばれた少年へと、
呆れたように、怒ったように、まるで我が事のように恥ずかしそうに、
とそれぞれに反応を見せながら見詰める少女たち。
そんな中、唯一無表情だった少女がふと目を細め、宙の一点を見詰める。

「……誰かがこちらの世界に来ようとしてます」

「えっ!? まさか、また救世主が見付かったの、リコ!?」

長い金髪に神に仕えるべき者の服を身に纏った少女の言葉に、しかし、リコは首を横に振る。

「いえ、そのような報告はありません。
 ですが、空間に揺らぎが生じているの確かです。大河さんたちと同じ現象かも」

リコの言葉を聞き、赤毛のローブ姿の少女が目を吊り上げる。

「まさか、またこんな馬鹿が来るんじゃないでしょうね!」

「誰が馬鹿だ、誰がっ! このエセ魔導師が!」

「なんですってー!」

「やめなさい! あなたたちは教室を壊すつもりですか!」

最初に大河へと注意をした、恐らく教職者なのだろう人物が二人を嗜める。
流石に二人も表面上は大人しくした振りをしつつ、目で互いに責任を押し付けあう。
それには気付かずに、そのまま教師は続ける。

「それよりも、あなたたちは召喚の塔へ行きなさい。
 私は学園長へと連絡をいれます」

言って踵を返して去って行く教師を見送ると、大河たちは急いで召喚の塔と呼ばれる所へと向かうのだった。





 § §





目を閉じていても感じ取れるぐらい大きな光が収まった感触に、恭也はゆっくりと目を開けていく。
目を閉じている間、どこか懐かしく、いつか聞いた事のあるような声がした気がしたのだが、
どうやらそれは勘違いらしい。
目を閉じていたのに光によって、やや視力が戻るのに時間が掛かる。
ようやく目が辺りの明るさに慣れた始め、恭也は改めて周囲を、自分の置かれた状況を確認する。
それなりに大きな円形の部屋。
周囲は壁に囲まれており、恐らく外へと通じているであろう木製の扉が一つ。
他には何も装飾品などもなく、光源は壁に掛けられている数本の蝋燭のみ。
足元を見れば、恭也を中心に恭也には分からない何かの模様らしきものが描かれており、
それが微かに光っている。
それらを全て見渡し、恭也は改めて自分の置かれた状況を整理し、ようやく一言口に出す。

「どこだ、ここは?」

当然の疑問を酷く冷静にも聞こえるが、困惑の見て取れる声で発するも、しかしそれに答える者は誰もいない。
恭也の脳裏に、知り合いがぐるになっての悪戯という考えが一瞬だけ浮かぶも、それを打ち払う。
悪戯にしては懲りすぎているし、自分は確かにいつもの鍛錬帰りの道にいた。
リスティによるアポートも疑えるが、それをされた感覚はなかった。
寧ろ、何かに呼ばれたという感覚だったのだ。
その辺りの説明を求められたとしても、恭也にも上手くは言えないだろう。
ただ、何となくアポートとは違う感じがしたとしか言えないのだから。
ともあれ、これからどうするのか考えるよりも早く、恭也はこちらへと近づく複数の気配を感じ取っていた。
気配はどうも下から上ってくる。
程なくして、この部屋にある唯一の扉が開けられ、そこから何人かの男女が姿を見せる。
敵か味方判断しかねるこの状況で、恭也はとりあえず警戒を解かずに現れた人物たちをそっと伺う。
全員が全員とも何かしらの戦闘訓練を受けているのは間違いなさそうである。
真っ先に飛び込んできた、燃えるような髪に目を吊り上げて威嚇するようにこちらを見てくる少女が、
自然と最初に目に入る。
体術はそんなに凄いと言うほどではない。
だが、何か奥の手らしきものを持っているだろうと感じ取らせる少女。
その間合いがやたらと広いのは、恐らくは飛び道具なのだろう。
そこまで考えると、恭也は相手を刺激しないように、また気付かれないようにそっと体をその少女の直線上、
真正面から僅かに横にずらす。
ずらしながら、その少女とほぼ同時に飛び込んできたこの場で唯一の男を見る。

(剣……いや、槍か。素手…………)

非常に間合いの分かりづらい、正直に言えば素人に近い態度に困惑を覚える。
間合いなど考えずに立ち、こちらを見ている恐らく自分と同じか一つばかり下であろう男。
しかし、その男もまた何からしの訓練をしているのは間違いなかった。
その後からぞろぞろと現れる少女たちにしても、それは言える事であった。

(御神に恨みを持つ者か? だが、どうやって俺の事を知ったんだ)

突然現れた戦闘者たちを警戒しつつ、恭也はまずは状況を判断すべきと向こうから話し掛けてくるのを待つ。
勿論、何も言わずに襲い掛かってくる事も考慮しつつ。
と、その恭也の警戒心を一瞬にして打ち壊すような、やけに間延びした声が最後尾から降ってくる。

「う〜〜ん、皆〜、だめよぉ〜。そんなに睨んじゃ〜。
 ほら、あの子が困っているじゃない〜。どうやら、何も分かってないみたいね〜」

妖艶な笑みを浮かべて近づいてくる、この中にあってただ一人の大人の女性に、しかし恭也は警戒を強める。
先ほど、この女性から感じた視線は何かを探るようなものだったから。
それはすぐに、今のようなのんびりとした視線に変わったが、
彼女たちが部屋へと来る前から注意していた恭也は、はっきりとそれを感じ取っていた。
とは言え、女性のその格好はやや恭也には刺激が強すぎるのも事実だった。
大きく肩の露出した服からは、その豊かな胸が今にも零れ落ちんばかりで、
女性もそれを意識させようと腕を胸の下で組んで、わざとらしく体をくねらせる。
若干照れつつ、平時ならばすぐさま顔を背けた所だろうが、場合が場合だけに視線は逸らさずに見詰める。
その後ろでは、また男がとか言っているのが聞こえてくるが、恭也は目の前の女性を交渉相手へと選ぶ。
対して、その女性は少し拗ねたような顔をする。

「ん〜、大河くんみたいに反応してくれとは言わないまでも、
 もう少し何らかのリアクションがあって欲しかったなぁ〜」

わざとらしく肩を竦める女性に、恭也はやや低い声で尋ねる。

「それで、貴女方は誰ですか?」

その警戒している事が分かる口調に、女性は笑みを浮かべたままそっと恭也へと手を差し伸べる。
恭也は僅かに身構えるが、それ以上近づきも何もしてこようともしないのを見て、
とりあえずは安心する。勿論、警戒を緩めはしないが。

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ〜。私はダリアよぉ〜。
 よろしくね〜。ここで先生をしてるの〜」

「…………先生?」

あまりにもその言葉とのギャップに思わず洩らした恭也だったが、
それに対してダリアは少し拗ねたように頬を膨らませる。

「何よ〜、なんでそんなに驚くのよ〜。失礼しちゃうわね〜」

本気で怒っているのかどうか悩む態度で言うダリアの後ろでは、彼女の生徒なのだろうか、
少女たちが首を横へと振っていた。
どうやら、彼女たちも恭也と同じか似たような意見であるらしく、恭也はほっと胸を撫で下ろす。

「もう、何も知らないであろう貴方に説明をしてあげようとしたのに〜」

「説明、ですか」

「そうよ〜。多分、気が付いたらいきなりここに居たんでしょう?
 大河くんもそうだったし〜」

多分、大河というのがここに居る恭也を除く唯一の男の名前なのだろう。
そう見当を付けながら、恭也はその言葉に頷く。
ここは少しでも情報が欲しかった。

「という訳で〜、私が説明するよりも学園長にして貰う方が早いから〜、学園長室まで……」

「その必要はありません、ダリア先生」

「あら〜、学園長。どうしたんですか?」

ダリアの言葉を遮るように、新たな人物がこの場に現れる。
これまた大人の女性で、ピシッと伸びた背すじに鋭い眼差しには、強い力が見える。

「ダウニー先生から報告を受けたので、こちらへと来ました。
 また大河君のようなパターンの可能性もありましたからね。
 何も事情を知らないのなら、この方が早いでしょう」

「それもそうですね〜」

納得する二人とは違い、恭也は目の前のやり取りの意味すら掴めない。
だが、目の前の人物が学園長で、これから説明をしてくれるのだろうとそちらを見遣る。

「申し遅れましたが、私がこの学園の学園長、ミュリエル・シアフィルードと言います。
 あなたは?」

「高町恭也です」

「そう。では、恭也くん。まずは、この世界に関しての説明をさせてもらうわ」

そう言ってミュリエルは、この世界の事を話し始める。
ここはアヴァターと呼ばれる世界で、恭也たちの居た世界の根にあたる世界だと。
俗に言われる異世界というのが存在し、それらを含めて一本の木とした時、
恭也たちの世界は枝にあたり、アヴァターは根に当たると。
アヴァターで起こる事象は、枝である他世界にも影響を及ぼす。
そして、困った事にアヴァターには文明が一定レベルへと達すると、
何処からともなく破滅が現れて全てを滅ぼしてしまうのだと。
そして、その周期が千年で、今が丁度前回の破滅よりその千年目に当たる。
破滅がこのままその猛威を振るえば、アヴァターは何も残らない滅びた世界になる。
そして、根が枯れれば木がどうなるのかは言うまでもなく、枝である恭也たちの世界も滅びるという事を。
そこまで話したミュリエルは、恭也の反応を窺う。
恭也は途方もない話にやや呆然としながらも、何とか理解していると頷く事で返す。

「そう。なら、続けさせてもらうわ。
 破滅は強大な力を持っていて、このままでは私たちはただ滅びるのを待つだけよ。
 でも、その破滅を倒す者もまた居るの。いいえ、現れるの。
 それが、救世主と呼ばれる存在」

ミュリエルはそこから救世主に付いて話し始める。
召還器と呼ばれる武器を自在に操り、その恩恵で身体能力を引き伸ばされる者たちがいる事を。
そして、その中から真の救世主が現れるという事を。
故に、この学園は闘える者を育てる事を傍らにやりながら、その召還器を呼び出せるもの、
救世主候補を集め、教育しているのだと。
そして、その救世主候補はアヴァターだけでなく、全ての世界から探していると。
一通りの説明を受けた恭也は、まずは最初の疑問を口にする。

「大体の事情は分かりました。ですが、俺は男ですよ」

「ええ、勿論分かっています。
 ですが、ここに来て初めての例外が起こったのです。
 それが彼、当真大河くんの存在です」

「……彼も救世主候補なのですか」

「ええ。史上初となる男性のね」

「なるほど。それで、俺もそうではないかという事ですか」

「飲み込みが早くて助かります」

「もう一つ質問しても宜しいですか」

「ええ、どうぞ」

ミュリエルの承認を得て、恭也は今聞いた話の中で可笑しいと思った点を口にする。

「自分はその赤い書というのを見た覚えがないのですが……」

「リコ・リスさん」

ミュリエルの声に、この中で最も小さい背格好の少女が前に出ると、小さな声を出す。

「はい。確かに書からは何も」

「そう。でも、大河くんたちも似たような状況だったのよね。
 何の説明もなく、この世界に来たみたいですし……。
 まあ、貴方と違って、赤の書との接触はあったみたいですが」

ミュリエルは何事か暫く考えた後、ゆっくりとその考えを口にする。

「いえ、男性と言う今までにない事例です。
 もしかしたらという可能性も捨てきれません。今は少しでも戦力になる者は欲しいですからね。
 試しで構いませんから、試験を受けてもらえますか」

恭也の脳裏に家族は勿論のこと、今まで出会い、親しくしている者たちの顔が浮かぶ。
それを思い浮かべながら恭也は静かに閉じた目を開き、そこに決意を秘めた視線でミュリエルを見る。

「…………分かりました。そのような事態になっているのなら、全く無関係とも言えませんし。
 その試験受けさせてください」

「ありがとう。ダリア先生、早速準備を」

「は〜い」

ミュリエルの言葉にダリアは一足先にその準備とやらをするために出て行く。
赤毛の少女――リリィは恭也の言葉に顔を顰めると、さっきよりも鋭さの増した視線で恭也を睨みつける。
リコは無表情ながらも、その視線は注意深く恭也を品定めするかのように観察し、
今まで黙っていた僧侶服の少女――ベリオや何処かの学校の制服を着込んだ少女――未亜は、
ただリリィの視線に恭也が気を悪くしてないかと心配そうに見ている。
一人、この場で空気が分かっていないのか平然と立っている忍者のような格好をした少女は、
大河を師匠と呼びながら、何やら話していた。

「では恭也くん、こちらへ」

それらを全て無視するかのようにミュリエルは恭也を試験会場へと連れて行く。
ミュリエルの後に続く恭也へと、大河が親しげに声を掛けてくる。

「なあ、アンタの居た世界はどんなのだったんだ?」

「俺の居た世界か。そうだな、普通の人々はほぼ平和に暮らしているな。
 俺の住んでいた国、日本以外では争いがある所も……」

恭也がそう言うなり、大河と未亜は顔を見合わせる。

「日本って、あの日本だよな」

「多分。同じ名前の国が他の世界にないのなら……」

「なあ、ひょっとしてアンタも俺たちと同じ世界から来たのか」

「同じと言われても……。うん、そう言えばその制服は何処かで見た覚えがあるな」

恭也は大河と未亜の着ている制服を見て、記憶の糸を辿る。
少しして、それが親友である赤星が剣道の全国大会に出た時、応援に行った会場で見た事があったと思い出す。

「どうやら、同じ世界みたいだな」

「そうか! いやー、ここに来て同郷に会えるなんてな」

「うん、そうだねお兄ちゃん」

二人は兄妹らしく、恭也の言葉に少し嬉しそうに笑う。

「えっと、恭也で良いか?」

「ああ、構わない。見たところ、同じ年ぐらいだしな」

「そうだな。じゃあ、俺の事は大河で。こっちは妹の未亜だ」

「あ、宜しくお願いします」

「こちらこそ」

同郷の出と言うことで和む三人へと、冷ややかな声が振り掛かる。

「ふん。そのバカと同じ世界だったら、たかが知れてるわね。
 平和ボケしたあんたたちに救世主なんかなれっこないわ!
 悪い事は言わないから、さっさと諦める事ね」

「そういう訳にもいかない。
 それがこの世界だけの話と言うのなら、俺も誰かに恨まれてまで無理に救世主になろうとは思いません。
 でも、それが俺の世界にも及ぶというのなら、そして、それを打ち滅ぼす手段があるというのなら、
 俺は黙って見ているつもりはありませんから。
 例え、誰に何と言われようと、この手を汚す事になろうとも」

静かに、決意を語るのではなく本当に淡々と当たり前のように語るその言葉に、リリィは思わず口を噤む。
大河のように英雄願望を口にするのでもなく、ベリオのように誰もかれも助けようとしている訳でもない。
本当にごく普通に語られただけの言葉に、しかしリリィだけでなく他の者も何故か口を閉ざす。
それを背中に聞きながら、ミュリエルは胸の内でやはりという思いを抱く。

(やはり、彼は戦う者でしたか)

部屋に入った瞬間、恭也は新たな侵入者である自分に気付いていたのか、全く慌てる様子を見せなかった。
それどころか、その場に居た者達の攻撃手段を悟ったのか、
自分の立ち位置を誰からの攻撃も躱せる位置へと置いていた。
ただの偶然かと思ったが、それはすぐに否定できた。
何故なら、自分が入った瞬間にあの青年は自分を見て、その直線状から立ち位置を僅かにずらしたのだから。
それも、ただずらすだけでなく距離を開けて、尚且つ、他の者達をミュリエルの間に置くように。
実戦経験で言えば、ミュリエルは自分はこの学園の誰よりも多いと思っている。
それは間違いないだろうと。そして、だからこそ分かるのだ。
目の前に立つ青年は常に周囲の状況を把握していると。
それはつまり、その青年が幾らかの実戦を経験してきた事を表し、
またその身のこなしから何かしらの武術を修めているとミュリエルは見た。
だからこそ、立ち去るダリアへと試験のレベルを少し上げるようにこっそりと伝えたのだ。
にしても、大河と同じ平和な世界から来たという事までは分からず、それには少しだけ驚いたが。
聞けば、大河と同じ国だと言うではないか。つまり、その世界の中でもかなり平和な国の出身。
それでありながら、彼は常に戦いを忘れずにその身をそこに置いている。
勿論、平和な世界だから弱いと言う事はない。
平和な世界であれ、闇というものは必ず存在し、それに対処するものが居るのだから。
要はそれを認識し、それに対する心構えがあるかどうかなのだ。
そして、あの高町恭也は間違いなく、それらを踏まえている。
そんな事を考えながら、ミュリエルは学園の北西に位置する闘技場へと恭也を案内する。





つづく







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