『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






3話 ベリオ





朝早くからの鍛錬を終えた恭也は、ここで二つの問題にぶつかる。
恭也の横で、ユーフォリアも同様に困った顔をしていた。

「さて、風呂と飯はどうしたら良いんだ」

「恭くん、着替えもだよ」

「そうだったな。衣食住の住しか解決してなかったな」

「住も解決したとは言い難いんだけどね」

テントを眺めながらのユーフォリアの言葉に苦笑で返しつつ、恭也はどうしたものかと途方に暮れる。
と、ユーフォリアが良い事を思いついたとばかりに手をポンと叩く。

「この学園の外は街になっているって話なんだから、そこで何か買えば良いんだよ」

「いや、金がないぞ。後で日用品などを買い揃えるために幾らかはもらえるみたいだが、今はない。
 手元にあるのは、向こうの世界の円だけだ。
 こっちの通貨がどうなっているか分からないが、流石に日本円は違うだろうからな」

「あ、そっか。んー、じゃあ、学園長を襲撃するとか」

「居場所が分からない上に、物騒な物言いだな。
 せめて、訪れるぐらいにしておけよ」

ユーフォリアを軽く窘めた後、顔を見合わせると、どうしようかと揃って首を傾げる。

「森を抜けた所に、湖か池か分からんがあったな」

「うん、結構大きかったよね」

「ああ。水も綺麗だった」

「えっと、もしかして」

「水で腹を膨らましてから水浴び」

「…………それは流石に」

恭也の言葉にユーフォリアは少し遠慮したいと顔で訴える。
勿論、恭也も本気だった訳ではないので、強固に実行するような事はしない。
本気で困り果て、とりあえずは教室へと行って、やって来た者に尋ねる事にする。
が、ここでも二人は揃って足を止める。

「校舎の位置は聞いたが、教室ってどうなっているんだ」

「受ける科目によって教室が違うのかな。それとも、救世主候補専用の教室があるのかな」

またしても壁にぶつかった二人は、仕方なく寮の前で誰か出てくるのを待つ事にする。
寮の入り口付近では怪しまれ、怖がられるだろうからと寮からは離れて。
けれど、出入り口から見えるような位置で、恭也とユーフォリアは誰か出てくるのを待つ。
鍛錬後に少し話していたお陰か、時間も進んでおり、寮に住む者たちも起き出しているようで、
中から微かに声が聞こえ始める。
救世主候補が出てくるのを待つ二人は、寮が少し騒がしくなっている事に気付く。

「もしかして、不審者と間違われたか」

「いや、それはないと思うけれど。この学園自体に防御魔法の類がかかっているから、
 正規の正門を通るルート以外での侵入は、難しい上に気付かれるはずだよ。
 それは学生たちだって知っているだろうから、
 この学園内に居る以上は不審者ではないって事ぐらいは予想できるはずだよ」

「だとすれば…………。なあ、ユーフィ。俺はひょっとしてこの世界では凶悪な人相になるのか」

「うん、多分、言うと思ったよ、恭くん。根本的にその辺りは恭くんの世界と変わらないはずだよ。
 って、そうか、そういう事か」

恭也の言葉を一刀両断した後、一人納得するように首を何度も縦に振って頷くユーフォリア。

「一人で納得していないで、説明して欲しいんだが」

「うん、まあ、恭くんが考えているような事態じゃないから安心して。
 寧ろ、私の方が個人的に危機かも。…………こうなったら」

ユーフォリアはブツブツと呟いたかと思うと、恭也の腕に自分の腕を絡める。

「ユ、ユーフィ?」

「良いから、良いから。ほら、武器には少しでも早く馴染まないとね」

「いや、ユーフィは武器じゃないだろう」

「だったら、女の子に抱きつかれているんだって喜んで♪」

「それもどうなんだ……」

呟きつつ、言っても無駄だと悟って大人しくされるがままにする。
と、一段と寮の中が騒がしくなったような気がしないでもない恭也だった。
それから更に待つ事数分、ようやく顔見知りの姿が見えて二人はほっと胸を撫で下ろす。
ただし、寮の中からではなく、恭也たちがやって来た方向からだったが。

「あれ、恭也さんにユーフォリアさん。どうしたんですか?」

礼拝堂で朝の祈りを終えて戻って来たら、恭也たちが居たのでベリオは声を掛ける。
恭也たちの方も朝の挨拶をした後、すぐに事情を説明する。

「そういう事ですか。ですが、そんなに朝早くから鍛錬だなんて。
 本当に誰かさんにも見習わせたいものです」

溜め息を吐くベリオに苦笑を見せつつ、恭也たちはどうすれば良いのかを改めて訪ねる。

「お風呂でしたら、ユーフォリアさんは寮の大浴場を使用できますよ。
 恭也さんは、男性用の浴場があっちに」

ベリオの話を聞き終え、ユーフォリアへと声を掛けてそちらへと向かおうとする恭也の腕を掴んで引き止め、

「恭くん、一緒に入ろう♪」

ユーフォリアは笑顔でそうのたまう。
これに焦りながら、恭也は即座に却下する

「いや、流石にそれは色々とまずいから」

「でも、お風呂の時だからって武器を手放すの?
 しかもその間、私と恭くんはもの凄く離れる事になるよ」

「それぐらいなら大丈夫だから」

「そ、そうですよ、ユーフォリアさん。流石に、それは」

恭也を援護するようにベリオがそう言うと、ユーフォリアは面白くなさそうに頬を膨らませてベリオを見る。

「まさか、あなたも恭くんのこと……」

「ち、違います! わ、私はただ常識を言っただけで……」

ユーフォリアの言わんとする所を察し、大慌ててで否定するベリオ。
その反応をじっと伺った後、ユーフォリアは小さく頷く。

「うん、そうだよね。私の勘違いみたいだね。
 そっか、貴女の想い人はあの大河っていう……」

「ち、違います!
 そ、そりゃあ、確かに気になってますけれど、それはクラスメイトとしてで。
 そ、それと、ちょっと私事で相談というか、協力してもらったりして、ちょっと恩があるというか……」

「分かった。分かったから、落ち着いて」

早口で捲くし立てるベリオを落ち着かせ、ユーフォリアは傍観していた恭也へと視線を戻す。

「どうしても、駄目?」

「っ! だ、駄目に決まっているだろう」

「ん〜、それじゃあ残念だけど諦めるか。何てね。
 流石に私もそれはちょっと恥ずかしいからね。それに、まだ心の準備が出来てないし……」

顔を赤くして言うユーフォリアを見て、恭也はからかわれていた事を悟ると、疲れたように息を吐き出す。

「それじゃあ、また後で。場所はここで良い?」

「ああ。っと、ベリオさんもう一つ良いですか?」

「ああ、食事の件ですね。食事は食堂で取れるようになってます。
 勿論、自炊をして頂いても良いのですけれどね。あ、恭也さんはまだ部屋がないんでしたね。
 それ以前に、部屋にキッチンが付いているのは救世主クラスだけですし。ごめんなさい」

「いえ、別にベリオさんの所為ではないですから」

「そう言って頂けると。
 あ、食堂で食事を取れる時間は決まっていますから。
 時間は朝の七時から夜の八時まで。それと、お金とかの心配はいりませんから」

「分かりました。ありがとうございます」

「いいえ。宜しければ、後で食堂の方に案内しますけれど」

「そういえば、まだ場所をしりませんでした。ですが、ご迷惑になりませんか」

「いいえ、問題ないですよ。私も食堂へ行って朝食を頂くのですから」

「それではお願いします。ユーフィも良いか」

「うん、私は別に良いよ。恭くんがそう決めたのならね」

「そうか。なら、また後でな」

「うん♪」

「あ、恭也さんもユーフォリアさんも、タオルとかはどうされるのですか。
 石鹸などは備え付けでありますけれど。
 宜しければ。お貸ししますが」

二人は顔を見合わせた後、ベリオに頭を下げる。

「「お願いします」」

その仕草に小さく笑みを零すと、ベリオは寮へと戻って行く。
ベリオを待ちながら、恭也は隣に立つユーフォリアを見詰める。
改めて見ても、昨日の戦闘能力が信じられないぐらいに細い腕に腰。
昨日の戦闘で見せられたのが、腕力などがあまり関係なさそうな魔法である事を考えれば、
筋肉が付いていなくとも特に可笑しい事はないのかもしれないが。
それでも、見た目はごく普通の美女なのだ。
だが、恭也はその一方で妙に納得してしまうものも感じるのだ。
あれがまだユーフォリアの全力ではないという事を。
そんな事を考えていたからか、じっと見詰められる形となった恭也の視線に気付き、
ユーフォリアは頬を染めて、身体をモジモジとさせる。

「そんなにじっと見詰められると、流石に照れちゃうよ」

「わ、悪い」

「ううん。恭くんなら、もっと見ても良いよ」

言って満面の笑みを見せるも、すぐに真顔に戻すと声をやや落とす。

「私が昨日言った事でも考えていたの?
 それとも、私自身の事かな? 例えば、昨日の戦闘のこととか」

ユーフォリアの言葉に軽く驚く恭也に、
ユーフォリアは人差し指を一本立てて、胸を逸らしながら自慢下に告げる。

「何で分かった、って顔してるね。そりゃあ、分かるよ。
 だって、じっとこっちを見たまま、何か難しそうに考え込む顔をしているんだもの」

恭也の微妙な表情の変化を読み取った事を自慢するように、
ユーフォリアはもう一方の手を、その豊かな胸元へと持っていく。

「伊達に恭くんの事を見ていた訳じゃないんだからね。
 だから、恭くんの事は全部とは言わないまでも、大体の事は分かるつもりだよ。
 自分よりもすぐに他人の事を心配する事も、家族を大事にしているって事もね」

ユーフォリアの言葉にやや照れつつ、恭也は視線を外す。
そんな恭也の横顔を笑いながら見詰め、ユーフォリアは両手を後ろで組み、覗き込むように身体を前屈みにする。

「ふふふ。照れる恭くんも良いわ〜。うん、可愛い」

「…………可愛い? 俺が?」

恭也は信じられないとばかりにユーフォリアを見下ろすが、そこには冗談やからかっているような様子はない。
至って本心からそう思っているらしいユーフォリアの目が、じっと恭也を見上げている。

「うん、可愛いよ」

はっきりともう一度言われ、恭也は言葉をなくして更に照れる。
恭也の様子を楽しげに見上げながら、不意にまたしても真面目な顔付きに変わる。
その雰囲気を察したのか、恭也も真面目な顔付きでユーフォリアへと視線を戻す。

「恭くんは、きっとここでも誰かが危ない目に合いそうになったら、迷わずに飛び出すと思う。
 私はそれが心配なんだ。でも、それを止めてとも言えないし、言った所で聞いてもらえないだろうから。
 昨日も言ったけれど、恭くんには強くなってもらわないといけないの。
 だから、私も本当に命の危機じゃない限りは、手を出さない。ううん、出せない。
 本当なら、恭くんが傷付くのは見たくないんだけどね」

「それは昨日にも聞いたよ。そして、ユーフィが心配してくれている事もな」

分かっているから大丈夫と言うように、恭也はユーフォリアの頭をそっと撫でる。
はにかみながらそれを受けつつ、ユーフォリアは続ける。

「私が言いたいのは、無茶はしないでって事。
 それと、少しだけで良いから、自分の事もちゃんと考えて。
 例え、命を救われた人が居たとしても、その為に恭くんが死ぬような事になれば、
 助けれた人だって素直に喜べないよ。人を本当に助けるには、自分も大事にしないとね」

「ああ、分かっている。だが、改めて肝に銘じておく」

「うん。まあ、命の危機が迫れば私が助けてあげるけどね。
 だから、恭くんは恭くんの思うように、今までと同じように行動してくれれば良いかな」

最後にそう言って笑う。
つられるように恭也も小さくだが笑い返し、二人は再び他愛もない話を始める。

「…………それにしても、ちょっと遅いような」

「確かにな。何かあったのかもしれんな」

「うーん、だとしてもあの子の性格からすると、何か一言ぐらい言ってくると思うけど」

「そうだな。まだ、半日程度だが、ベリオさんの性格からすると。ほったらかしという事はまずないな。
 伝える暇もないような事に急に巻き込まれたのかもな」

「どうする?」

「もう少しだけ待ってみて、それでも戻ってこないようならユーフィが中へと入って様子を見てきてくれ」

「分かった」

二人がそう決めてからほどなくして、ようやくベリオが寮から姿を見せる。
その姿は何処か疲れているようにも見え、恭也は心配そうに声を掛ける。

「大丈夫ですか。何かあったんですか」

「いえ、あったと言えばあったんですけれど……。
 もう大丈夫ですから。あ、こっちが恭也さんので、こっちがユーフォリアさんのです。
 ユーフォリアさん、私もご一緒しても良いですか」

「別に構わないわよ」

「助かります。少し疲れてしまったので、ゆっくりと湯に浸かりたい気分です」

「本当に大丈夫なんですか」

「ええ。それでは、私たちはこれで」

挨拶してくるベリオとユーフォリアに軽く挨拶を返すと、恭也は教えてもらった場所へと向かう。
その背中を見送り、ベリオは小さく息を零す。

「ひょっとして、寮の中で女の子たちに捕まっていたとか」

「よく分かりましたね」

「うん、何となくだけどね。
 朝、ベリオが来るまでずっとあそこに居たら、寮が騒がしくなっていったから」

「じゃあ、内容も大体は予想が……」

「うん。恐らく、恭くんの事じゃないかな」

「はい、正解です。恭也さんについて、色々と聞かれまして。
 とは言っても、私もそんなに詳しくはないので、話せる内容も限られてますが」

「まあ、殆どは恭くんが何者かって事でしょうね」

「ええ。それについては新しい救世主クラスの方と答えましたけれど」

ベリオの言葉を聞きながら、ユーフォリアは少し考え込む。

「うーん、後はベリオとはどういう関係なのか、とか」

「ええ、その通りです。関係もなにも、昨日会ったばかりだと。
 だから、クラスメイトですね」

「で、ベリオが一番疲れた理由は、私の事だね。私個人のこと、恭くんとの関係」

「そうです。それに関しては、何と言って良いのか分からなくて。
 学園長の言葉を借りるのならば、救世主クラスの仲間。
 そして、ユーフォリアさん自身の言葉通りならば、召還器……」

「ふんふん。で、ベリオは何て答えたの」

「新しい救世主候補で、恭也さんと同じく昨日会ったばかりだから、私には分からないと。
 駄目だったでしょうか」

「ううん。上出来だわ」

何故か偉そうに言うのだが、妙にそれが様になっており、ベリオは小さく笑う。
何故笑われたのか分からずに首を傾げるも、ユーフォリアはすぐに気を取り直して浴場へと向かう。
ベリオたち以外には人はいないらしく、広い浴場に二人だけで湯に浸かる。

「はぁー。極楽、極楽♪」

タオルを折りたたんで頭の上に置きながら、ユーフォリアは今にも歌い出さんばかりにご機嫌な声を出す。
それを可笑しそうに見遣りながら、ベリオはこの機会にとユーフォリアへと尋ねてみる。

「ユーフォリアさんは、本当に召還器なんですか。だとしたら、何故、人の形をしているんですか」

「その前に、召還器って何だと思う?」

「えっ。何って。意思を持つインテリジェンスウェポンで、詳しい事は全くの謎とされている……」

「はい、ストップ。そういう事よ。詳しい事は謎。それはそうよね。
 救世主の資質を持つ者にしか呼び出せない武器。なら、それの詳細を調べるなんてできないもの。
 破滅が生まれ、救世主が生まれる。そのような時に、それらを調べている余裕なんてない。
 つまり、召還器とは謎だらけ。謎だらけのものに疑問を持つ方が可笑しいのよ」

「ですが、仮にユーフォリアさんが召還器だとするのなら、その謎も解明されるのでは」

「どうかしら。なら、試しに貴女の召還器に問い掛けてみれば? 他の召還器に付いてね」

「私の召還器はそこまではっきりとした問答は出来ません。
 いいえ、私のだけでなく、他の人たちのもそうだと思います。大まかな意思の疎通は出来るけれど」

そこまで言って口を噤むベリオへと、ユーフォリアは言葉を投げる。

「まあ、ベリオが知りたいのは私が本当に召還器かどうかって事なんでしょうけどね。
 警戒しているのね。まあ、分からなくもないけれど。人は自分とは異質のものを敏感に察知するからね。
 そうね〜、どうしても知りたい?」

「ええ」

「…………秘密よ♪」

「な、なんですか、それは」

「いい女には秘密が付き物だもの。
 私はもっともっといい女にならないといけないの。ライバルが多いんだから」

勿論、誰の為にとはさしものベリオも聞かない。
聞かなくとも分かる事だ。
そんなベリオに笑いかけながら、ユーフォリアは湯から腕を出し天井へと向けながら続ける。

「まあ、実際に私が何であれ、私は私よ。それ以上でも、それ以下でもない。
 ベリオだって、貴女は何と問われて正確には返せないでしょう」

「それはそうですけど……」

「だったら、そういうのは気にしないで、ユーフォリアという一人の女性として見てくれると嬉しいかな」

「…………そうですね」

ユーフォリアの言葉に少しだけ考え込んだ後、ベリオは小さく笑いながら頷く。

「ユーフォリアさんはユーフォリアさんですね」

「そういう事よ。少なくとも、あなたたちが恭くんの敵にならない限り、私も敵ではないわ」

冗談っぽくそう言うユーフォリアに、ベリオは更に笑みを深める。

「それじゃあ、今度は私から質問ね」

「はい、何でしょうか」

「貴女の召還器はどんなのなの?」

「私の召還器ですか。私のは杖型で、ユーフォニアって言いますけど」

「ふーん。何か私の名前に似ているわね」

「クスクス。確かに、そうですね」

拗ねたように言うユーフォリアに、ベリオは声に出して笑う。
それで益々拗ねるユーフォリアを見詰めながら、ベリオはさっきまでは年上のように感じ、
今は年下のように感じる、ちょっと変わった少女に対する警戒を無意味なものだと思うのだった。





つづく







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