『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






4話 リリィ





食堂へと案内された恭也たちは、それぞれの品を手に席に着く。
メニューを見たところ、和食はないようだったので、
恭也は近いうちに恋しくなりそうだと思いつつ手を合わせる。
それに倣うかのようにユーフォリアも手を合わせると、食事前にお祈りを始めたベリオが終わるまで待つ。
二人が自分を待っていてくれた事に感謝と謝罪を共に告げてから、三人は食事を始める。
ちらほらと遠巻きに見られる視線を感じ、恭也は居心地が悪そうにしつつも食事をする。
ユーフォリアもその視線に不機嫌そうな顔を見せつつも、無視する事にしたのか、黙々と食べる。
二人の様子から、自分が悪いわけでもないのにベリオが申し訳なさそうな顔を見せる。

「ごめんなさい。私が朝、恭也さんとユーフォリアさんが新しい救世主クラスだと話したばかりに、
 皆、興味を持ってしまったみたいで」

「別にそんなのはベリオの所為じゃないわよ。
 どうせ、いつかは知られる事なんだしね」

「ユーフィの言う通りですよ。そんなに気にしないで下さい」

二人に慰めの言葉を掛けられ、ベリオは小さく頷くと食事を再開する。
先に食べ終えた恭也はゆっくりと寛ぎながら、改めて視線を感じ取る。

「まるで、珍動物になったような気分だな」

「本当よね。さしずめ、パンダかコアラと言った所かしら」

「それがどんな動物かは知らないけれど、珍妙な生き物を見ているっていうのは正解よ」

言ってベリオたちの元へとリリィがやって来る。
ベリオの隣に立ち、腕を組んで恭也とユーフォリアの二人を見下ろす。

「初めに言っておくけれど、私はまだ認めた訳ではないからね!
 さっさと出て行く準備でもすると良いわ」

「認めるも何も、学園長が決めた事なのに。
 それに、出て行くも何も元の世界に無事に戻る方法があるのかしら?
 あるんだったら、是非とも教えて欲しいですわね、魔術師様?」

「っ!」

ユーフォリアの言葉に眦を上げて睨みつけるも、リリィは無言のまま背を向けると違うテーブル、
しかし、近くの席に腰を下ろす。
そんな様子に苦笑して肩を竦めると、ベリオの横側に大河が座る。

「まあ、あいつの言うことにいちいちまともに返していたら、逆に疲れちまうぜ。
 あいつは、あれで普通だと思ってた方が良い」

「お兄ちゃん、それは流石に失礼だよ」

大河の隣に腰掛けると、未亜は大河を窘める。
二人の対面にカエデもやって来て座ると、普通に朝食を食べ始める。
それらの喧騒が聞こえているのかいないのか、リリィは我関せずといった感じで、一人食事を続ける。
その背中をちらりと窺うと、恭也は次いで隣に座るユーフォリアを見て、そっと嘆息を洩らす。
最初の出会いが悪かったのか、ユーフォリアとリリィの相性は悪いようである。
共に戦う者として、少なくとも自分とはもう少しだけ普通に接して欲しいと切に願うが、
こればかりは口で言ってどうこうできるものではないと、恭也は現時点で考えるのを止める。
恭也は自分で思ったよりも考え込んでいたのか、気付けば他の者たちも粗方食べ終えていた。

「さーて、それじゃあ、午前の授業に行きますか」

大河の言葉を合図に、各々立ち上がる。
恭也も立ち上がると、ふと大河へと尋ねる。

「そう言えば、授業はどんな形式なんだ。
 毎回、同じ教室に行けば良いのか」

「いや、科目ごとに教室があって、受ける教科によって変わるな。
 俺たち救世主クラスは実践形式の訓練の方が多いみたいだから、闘技場を一番使うんじゃないか。
 まあ俺としてはそっちの方が助かるけどな。座学は、特に飯を食った後だと眠くて眠くて……」

言って、既に欠伸をする大河に未亜たちは呆れ返るが、恭也はひっそりと同意していたりする。
尤も、それを口に出しては言わないが。
ユーフォリアが小さく笑っている所を見ると、ユーフォリアには見透かされているみたいだが。
ともあれ、大河たちに案内されながら、恭也とユーフォリアの二人は始めての授業を受けるために教室へと向かう。
リリィはさっさと先に一人で行ったようで姿は見えず、リコは初めからこの場には居なかった。
教室へと入った恭也たちを、朝食時の食堂のような好奇の視線が出迎える。
それに僅かに気後れしつつ、恭也は空いている席へと腰を下ろす。
隣には当然の如くユーフォリアが座り、その隣にベリオ、前の座席には当真兄妹にカエデが腰を落ち着ける。
席に座ると、さっきほど露骨な視線は和らぐが、やはり気になるのかチラチラとこちらを窺う視線を感じる。
居心地の悪さを感じつつも、それを顔に出さずに恭也は授業開始のチャイムを聞くのだった。





 § §





普段の授業ならすぐに寝たかもしれない、全く理解できない魔法に関する授業。
しかし、学校の授業とは違い、知っているのといないのとでは、生き残る確率が変わる可能性もあり、
更に遠くない先で必要となる知識であるからか、恭也は真剣に聞き入る。
ただ、魔法というものの概念を知らない恭也にとって、その授業はやはり理解するのが難しいかった。
授業を終え、首を捻る恭也に大河と未亜は笑みを浮かべる。
自分たちも初めて受けた時はそうだったと。
そう言って慰めの言葉を掛ける大河たちとは違い、恭也の傍にやって来たリリィは鼻でせせら笑う。

「ふんっ、あの程度の授業にさえ付いて来れないなんてね。
 それで良く救世主クラスにいるものだわ」

「リリィ!」

流石に言いすぎだと感じたのか、ベリオが咎めるがリリィは続ける。

「せいぜい、私の足を引っ張らないでよ。魔法も使えない救世主候補さん」

「あのな、リリィ。魔法が使えないのがそんなに悪い事なのか?」

「なによ。アンタは関係ないんだから引っ込んでなさいよね」

「関係なくはないね。俺だって魔法は使えねぇんだからな。未亜やカエデもだ。
 だが、それが駄目なのか? 前にリコが言ってたよな。救世主は魔法が使えるかどうかじゃねぇって」

詰め寄る大河にリリィの眦が吊り上るが、
流石に言い過ぎたと思っていたのか未亜たちの名前が出たところで僅かだが怯む。
しかし、前に同じような事を話した時の事を持ち出され、リリィはその口元に余裕の笑みを浮かべる。

「そうね。確かに救世主の条件の一つは、魔法が使えるかどうかじゃなかったわね。
 召還器。それが重要だったのよね。で、そっちの奴は何処に召還器があるっていうの?
 まさかとは思うけれど、その子が本当に召還器だなんて言わないわよね」

今にも噛み付きそうなユーフォリアを抑えつつ、恭也は静かに口を開く。

「それは分かりません。俺はただ試験を受け、その上で呼び出したのがこのユーフィなのですから」

「……ふん。まあ、そんなのはどっちでも良いわ。救世主になるのは、この私なんだから。
 アンタは邪魔しないように、大人しくしてれば良いのよ!
 分かったら、さっさと救世主クラスから出て行くことね」

リリィは言い捨てるよさっさと踵を返して去って行く。
その後ろ姿へと舌を出す大河を、未亜が押さえつける。

「あの、恭也さん、ごめんなさい」

「何でベリオが謝るのよ。悪いのは、あの女なんだからベリオが気にする必要はないわよ。
 大体、顔も見るのが嫌なぐらい嫌っているのなら、わざわざ来なければ良いのよ」

「とりあえず落ち着け、ユーフィ」

「だってー! うぅ、恭くんも恭くんだよ。言いたいだけ言わせるなんて!」

「そう怒るな。何か事情があるのかもしれないだろう。
 どうも、リリィさんは救世主というものに誰よりも固執しているみたいだからな。
 そこへ、召還器を持っているのかどうかすらも分からない俺が来たんだ。
 自ずと、敵として見られたとしても仕方ない」

「うぅぅ。でも、でも〜」

まだごねるユーフォリアの頭に手を置き、ポンポンと軽く撫でるように手を上下させる。

「な」

「うん、分かったよ」

恭也の言葉に、ようやくユーフォリアは大人しく頷くのだった。





 § §





午後からは実習訓練となっており、恭也たちの姿は闘技場にあった。
改めて闘技場をゆっくりと見る恭也へと、リリィが冷やかし半分に声を掛ける。

「いよいよね。アンタの化けの皮を剥がしてあげるわ。
 まあ、私も鬼じゃないから、さっさと棄権するのなら許してあげるけどね」

「本当に危なくなったら棄権しますが、鍛錬ですから戦う前に棄権はしませんよ。
 それよりも、俺の相手はリリィさんがするのですか」

リリィの言葉からそう予測して尋ねる恭也に、リリィは少したじろぐと視線を逸らす。

「対戦相手はまだ決まってないわよ。ダリア先生が来てからよ。
 と、兎に角、私が相手になったら、ギタギタにしてやるからね!」

ビシッと擬音が立つほどに強く恭也へと指を突きつけるリリィ。
それを大河たちはまたやってるよと呆れ半分で見ていたが、一人だけ、
ただ一人だけ、リリィの言動に腹を立てている者がいた。
言わずと知れたユーフォリアその人である。

「化けの皮も何も、実習鍛錬なのにね。
 大体、私たちが何の皮を被ったって言うのかしら?」

「お、おい、ユーフィ」

「勝手に試験を受けさせて、おまけに私たちの意志とは関係なく救世主クラスに入れられたってのにね〜。
 本当、文句があれば決定した人に言えば良いのに。
 偉い人には文句の一つも言えないんだ。ああ、そんな事はないか。だって、あなたのお母さんだものねー」

「それとこれとは関係ないでしょう! お義母さまのことは!」

「だったら、どうして恭くんにばっかり噛み付くのよ!」

「別に、私はそいつだけに文句を言っている訳じゃないわよ!
 あのバカと同じ平和な世界でぬくぬくと生活してきた奴が、ろくな努力もせずに召還器を手に入れて、
 大した覚悟も目的もなく偉そうな事を言うのが許せないだけよ!」

止める恭也を振り払い、リリィとユーフォリアの口論は続く。
だが、リリィがそう言った瞬間、ユーフォリアの目付きが変わり、リリィをきつく睨みつける。
その気迫にリリィは思わず後退るが、負け時と睨み返す。
リリィのそんな様子など気にも止めず、ユーフォリアはただ低い声を搾り出す。

「あなたに、あなたに恭くんの何が分かるって言うの……。
 平和? ぬくぬくと生活? 努力してない?
 ふざけないでっ! 何も知らない人間が、勝手な判断をするなっ!
 覚悟や目的って言うのは何よ! 救世主になるのが目的だっていうの!
 だったら、あなた一人でやってなさいよね。目的がないのはどっちよ。
 あなた、目的と手段を勘違いしているんじゃないの?
 その分じゃ、あなたの言う覚悟というのも大したものじゃないんでしょう。
 まあ、私にはどっちでも構わないわ。
 でもね、恭くんを知らない人間に、恭くんの事をとやかく言って欲しくないの」

ユーフォリアを睨み返していたリリィだったが、その怒りの大きさに、
そして、その瞳の冷たさに何も言えず、ただ沈黙する。
それでも、虚勢を張るかのようにユーフォリアを睨みつけるのだけは止めない。
他の者たちも、ユーフォリアの剣幕に驚き、声を掛けれずにいる。
そんな中、恭也は小さく嘆息するとそっとユーフォリアの肩に手を置く。

「ユーフィ、もうその辺で良いだろう。お前も少し言い過ぎだ」

「……………………そうね。ごめん、恭くん。
 あなたにも、その、ちょっと頭に血が上ったというか。
 とりあえず、ごめんなさい」

「リリィさん、ユーフィが色々言ってしまってすいません。
 こいつの言った事はあまり気にしないでください」

言うと恭也はユーフォリアの背中を押すようにして、リリィから離れた場所へと行く。
その背中に思わず手を伸ばしかけ、それを押し止めると何か言おうとした言葉ごと飲み込む。
二人の背中を見ながら、リリィは小さく拳を握り、唇を噛み締める。
言い過ぎたとは思ったが、勢いもあって止められなかった。
今、リリィの胸の中には後悔が渦巻く。
それと同時に、自分の事ではなく恭也の事であそこまで怒るユーフォリアに疑問を抱く。
まるで昔から知っているかのような口ぶり。
だとすると、やはり彼女は召還器ではないという事になる。
そもそも、高町恭也自身が口にしていたではないか。
召還器による身体能力の向上は見受けられないと。
そこまで考えて、リリィは頭を振る。
今考えるのはそうじゃないと。
ユーフォリアが怒った理由。
それはつまり、裏を返せば、あの高町恭也には覚悟も目的もあり、努力を怠っていないということ。
そして、ただ平和に暮らしていた訳ではないということである。
その事実は、やはりリリィには受け難いものである。
同じ世界出身の大河と未亜を見て、彼らの話を聞く限り、平和な世界みたいなのだから。
だが、同時に最初の試験での恭也の動きを思い出すと、その事が納得できる部分もある。
自身の中で二つの別の意見がせめぎ合うが、リリィはそれを考えるのをやめた。
結局のところ、そんなのはどっちでも良いのだ。
最終的に自分が救世主になり破滅と戦えるのなら。
破滅を倒せるのなら。恭也のこれまでがどうであれ、要は実力を見せて黙らせれば良いだけのこと。
ただそれだけである。
そう結論を出したリリィは、自分に活を入れるように頬を軽く叩き、
もういつものように他の者と話しているユーフォリアを一瞥する。
流石に、さっきの今であの輪に加わるのには抵抗ある。
それに、自分は元々一人で居ることの方が多いのだと、リリィはその場でじっと佇む。
そんなリリィへと、ベリオが近づいて話し掛ける。

「リリィ」

「お説教ならたくさんよ。確かに私も言いすぎたかもしれない。
 でも、あれは本心だもの。だから、ベリオも私にあまり気を使わなくても大丈夫よ」

本当は、恭也たちが後ろを振り返った時に謝ろうとしていたのだが、それを隠すリリィ。
ベリオはそれに気付いていたからこそ、こうして声を掛けたのだが、リリィの言葉に一つだけ頷く。
だが、やはりこの少し不器用な友人のために、一言だけと口を開く。

「分かりました。でも、後で謝った方が良いのは変わりませんよ。
 ユーフォリアさんだけに謝らせるというのは、やはりあの場合、可笑しいですから。
 後になればなる程、言い辛くなりますよ」

「…………分かってる。忠告はありがたく聞いておくわ」

リリィもそんな友人の気遣いに感謝し、頷いて応えた所で、ダリアがやって来る。
それを見て不敵な笑みを浮かべるとリリィは小さく呟く。

「いよいよね。あの男の力を見せてもらうわよ。
 もし、相手が私になったとしても、ううん、その方が好都合だわ。
 私は誰にも負けない。絶対に救世主になってみせるんだから」

その呟きを耳にしたベリオは、穏やかな笑みを見せる。

「あら、それだけは私も譲れませんからね。救世主に関しては」

リリィとベリオは互いに顔を合わせると、小さな笑みを見せるのだった。





つづく







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