『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






5話 初試験





闘技場にダリアが姿を見せると、少しだけその場の空気が張り詰める。
それをよく分かっていないのか、ダリアはいつもと変わらぬ口調と態度で試験に関する説明を初めての恭也にする。

「早い話がぁ〜、何でもありの一対一の戦いよ。
 まあ、死なないように頑張ってね〜。組み合わせはいつものように、このダイスで」

言って胸元からダイスを取り出すダリア。
そんなもので決めるのかと考える恭也と、それに既に慣れた面々が見つめる先でダイスが転がる。

「最初は〜、大河くんと未亜ちゃんね〜」

「げっ、未亜とかよ」

「お兄ちゃんと……」

複雑そうな顔をする兄妹二人を、まあ今まで普通に暮らしていたのなら仕方ない反応かと見遣る恭也。
大河が未亜を大事にしているのは見ていれば良く分かる事だし、未亜もかなり兄である大河に懐いている節がある。
となれば、互いにやり合うのはやり辛いだろうと一人納得する恭也の前で、
ダリアが次の対戦を決めるためにダイスを転がす。
それで、また大河や未亜といった既に決まった者の名前が出たら振りなおすのかと半分呆れながら見つめる先で、
ダイスは同じ名前を出す事無く止まる。

「その次が、恭也くんの出番ね〜。それじゃあ、対戦相手は〜」

言って楽しげにもう一度ダイスを投げる。
それを睨み付けるように見つめるのはリリィで、他は特に反応を示す事もなく普通に眺める。

「…………あらあら。恭也くんの対戦相手はリリィちゃんにけって〜い」

ダリアの言葉にリリィは不敵な笑みを浮かべる。

「ふん、これでアンタの化けの皮も剥がれるわね。
 ギタギタにのしてあげるわ。今更泣いても遅いからね。その鼻っ柱をへし折ってあげるわ」

リリィの言葉に恭也はただ言葉もなくそこまで恨まれる事を無意識のうちにしてしまったかと考え込み、
隣にいたユーフォリアの方がリリィの言葉に噛み付く。

「化けの皮って何よ、化けの皮って。私たちはそんなものを被った覚えはないわよ。
 こっちの世界に来てから、ずっと正直に過ごしているのよ。
 大体、何でもう勝った気でいるのよ」

「っ! 貴女には言ってないでしょう。それに、その言葉だと私が負けるみたいじゃない。
 はっ、それこそあり得ないわ。私は救世主クラスの主席なのよ。
 で、そっちは召還器も持っていない。それでどうするつもりなのかしら?
 それとも、貴女に助けでも求めるのかしら? 一応、貴女が召還器という事になっているみたいだしね」

まだ試合が始まってもいないというのに、二人の間には緊迫した空気が流れる。
さっき言い過ぎた事を反省しつつも、やはりこれは譲れないのか、リリィは眦も鋭く何も二人を睨む。
それを何事もないように流す恭也と違い、ユーフォリアはリリィと同様に眦を吊り上げる。

「私はこんな練習じゃ頼まれたって手を出さないわよ。
 全く、鼻っ柱が強いのはどっちなのかしらね。精々、足元を掬われないようにね。フンッ」

リリィへとそう言い返すと、ユーフォリアはこれ以上は相手してられないと恭也の腕を取って離れる。
その背中をさっきよりもきつく睨みつけながらも、大河たちの試合が始まるためにリリィもまたその場を立ち退く。
それらの様子をベリオは困ったように眺めつつも、今は口を出しても仕方ないと溜め息を吐く事で抑える。
リリィとユーフォリアのやり取りを呆然と見ていた大河と未亜の兄妹も気を取り直すと向かい合い、
それを確認したダリアだけが、いつもと変わらぬ調子で試合開始の合図を上げるのだった。
開始の合図と同時に行き成り突っ込むのは大河。
それを躱して距離を開けつつ、未亜は次々と矢を放っていく。
無数に放たれた矢を斧に変化させて弾き飛ばした大河は、
今度は己の召還器トレイターをランスへと変化させ、再び突貫する。
上空へと跳んで躱しながら、未亜は地上にいる大河目掛けて矢をまさに雨のように降り注がせる。

「うおっ! あ、あぶっ」

止まるために急制動をかけた所を狙われ、大河はそう言いつつも全て交わすか剣に変化させたトレイターで弾く。
その間に未亜は大河から離れた所へと着地を決めると、大きく弦を引き絞る。
未亜の引き手に光が集まり、一本の光の矢と化して解き放たれる。
横へと移動してそれをやり過ごすと、大河は距離を詰めるべく未亜へと迫る。
近距離しか攻撃方法のない大河は、まずは近付かない事には攻撃が出来ない。
対し、未亜は近付かれると圧倒的に不利になる事が分かっている。
だからこそ、近付かせないように牽制しながら距離を常に保とうと動く。

「どう、恭くん」

「正直、驚いたな。あの二人は普通に暮らしていたと聞いていたからな」

「そう、あれが召還器の力。闘いを知らない人でもあそこまで動けるの」

「師匠は今現在次席でござるから、中々強いでござるよ」

二人の会話にカエデが我が事のように嬉しげに言ってくる。
カエデの言葉を聞きながら、恭也はもう一度二人を見つめる。

「確かにパワーはあるな」

「うん、確かにね」

「そうでござろう。下手な防御では防げないでござるよ」

「なら、防ぐのではなく躱せば良い」

「だよね。スピードもそこそこあるけれど、直線的な動きが多すぎるよ。
 トップスピードに持っていくまでも遅いし、攻撃が線ばっかり。
 あれなら、未亜の方が攻撃は多彩よね」

「ああ。しかも、自分の特性を理解して戦っているからか、よく周りを見ている。
 後方支援に向いているな」

「でも、一対一であの戦い方はちょっとね」

「ああ。折角の多彩な攻撃も牽制以上になっていない」

恭也とユーフォリアの会話を聞いていたベリオが二人へとおずおずといった感じで尋ねる。
リリィは二人の話を聞く気がないのか、鼻を鳴らして距離を空け、リコは表情一つ動かさずにその場に佇んだまま。
ユーフォリアは言うかどうか悩む仕草を見せて、可愛らしく首を傾げる。

「うーん、ここでそれを言っちゃうと、恭くんが大河や未亜と戦う事になった時に損しちゃうからな〜」

そう言って渋るユーフォリアにベリオも確かにと頷きそうになるが、恭也がベリオの問いに答える。

「別に良いんじゃないのか。訓練なんだから、寧ろそう言った個所を修正していかないと駄目だろう。
 と言うよりも、今までそう言った指摘とかは誰もされないんですか」

「え、ええ。基本的には実戦になれるように実践形式で戦うだけで」

だが言われてみれば恭也の言う通りで、訓練の間は死ぬような事はないが、実戦ならそれこそ命に関わる事である。
戦いながら自分で気付けという事なのかもしれないが、破滅がいつ来るか分からないのにそれもどうなんだろうか。
ベリオは思わず教師であるダリアの背中へと視線を向けるも、その背中からは何も分からない。
ベリオは小さく嘆息すると恭也へと視線を戻し、カエデはカエデで恭也の言葉を真剣に聞こうとしている。
そんな二人に新しい技を見せた時の美由希が重なって思わず苦笑しそうになるが、
それを出さずに恭也は続ける。

「まず大河の方ですが、これはユーフィの言った通りですね。
 大河は自分が近距離でしか手が出せない事を知っているから、どうしても近付きたいと考えてます。
 ですが、その近付き方に問題があるんです。
 あのトレイターという武器を変化させて、突進力頼りにただ突っ込んで行く。
 さっきのように未亜さんの矢を避けてから距離を詰める時もそうですが、ただ真っ直ぐに向かってます」

「それが一番短い距離だからではござらんか?」

「そうですね。ですが、危険すぎます。ちゃんと相手の動きを見て、次の攻撃をある程度予想して備え、
 周囲の状況も把握した上でそれを選択するのなら。ですが、見ている限りではそうじゃありません。
 幾ら訓練だからと言っても、そんな事では実戦でも同じ事をしてしまいます。
 救世主が戦うのは常に一対一という状況ではないのでしょう。
 だったら、訓練の時からもっと周囲を見る必要があります」

実戦では一人ではないかもしれないが、一人かもしれないのだ。
そう付け加える恭也に、カエデとベリオは揃って感心したように頷く。
改めて大河の動きを見れば、確かに恭也の言う通りである。

「更に付け加えるのなら、大河は突っ込む場合はナックルかランスへと変化させてからというのが多いですね。
 意識しているのかどうかは分かりませんが。
 それに、突進しようとする瞬間に地面を蹴る足に必要以上に力を込める癖があります。
 ほんの僅かな間ですが、そこに隙が出ます。その瞬間を付けば出鼻を挫けるでしょうね」

今しも恭也の言葉を示すように大河の右足が少し沈み込み、地面を蹴って未亜へと迫る。
ランスへと変化させたトレイターを未亜へと突き付ける。
横へと跳んで躱す未亜をトレイター剣にして追撃する。
未亜も必死に躱し、時折、ジャスティで受け止めながら距離を開けようとする。

「それに、大河の攻撃はその全てが本命の一撃です。
 別に悪いとは言いませんが、全ての攻撃に全力を注いでいてはその分、早く体力を使い果たします。
 しかも、全力を注いでいる所為か、一撃一撃で終わってしまう。
 連続した攻撃ではないんですよ」

「そんな事はないと思うでござるが」

「そ、そうですよ。現に今だって次々に攻撃してますよ」

「あれは次の一撃が単に早いだけです。コンビネーションという訳ではないんですよ。
 何をどう出すのかを考えて繰り出せるようになれば、さっきも言ったように全てに全力を出す必要もないですし。
 武器が様々に変化するのに、その攻撃全てが直線と言うのも問題と言えば問題ですね」

「恭くんの言う通りだよね。あれだったら、美由希も余裕で躱せるんじゃないかな?」

ユーフォリアの言葉に恭也ははっきりとは口にせず、ただ小さく苦笑する。
そう簡単に弟子を褒めたくはないという事か。
そんな心境など知るはずもない二人は、今度は未亜に付いて尋ねる。

「未亜さんは多彩な攻撃に加えて、
 普通は飛び道具を攻撃手段に持つ人なら気になる残数を気にしなくても良いという利点がありますね。
 尤も、これだって無限という訳ではなく未亜さんの精神力次第なのでしょうが。
 未亜さんは自分の置かれている状況と相手の状況をよく見てますよ」

「うんうん。さっきも言ったけれど、後方支援では頼りになりそうよね。
 まあ、まだまだ頑張って訓練してもらわないといけないけれど。でもね〜」

ユーフォリアの言葉に恭也も同意するように頷き、じっと話を聞いているベリオたちに説明をする。

「体術が弱いのは仕方ないのかもしれませんが、もう少し覚えた方が良いですね。
 弓だって使い方次第では近距離でも撃てます。更に言うのなら、矢だけでも立派な武器になるんです。
 弓矢は絶対に遠距離という訳ではないんですよ」

「もしかして、恭也殿は弓も使えるのでござるか」

「まあ、一応は。ただ、そんなに大した腕ではないですけれど。
 その対策の為に少し齧った程度ですから」

言って苦笑する恭也であるが、ベリオやカエデは何とも言えない顔を見せる。
恭也が大河と同じ世界にありながら、何かの武術をやっているのは分かったが、それでもである。
聞く限りでは概ね平和のはずなのに。それに、教え方も上手いと言える。
だからこそ、二人は思わず不思議そうに顔を見合わせてしまう。
一体、彼は何者なのだろうかと。
そんな考えが顔に出ている二人へ、恭也は未亜を指差す。
つられるように未亜を見れば、丁度氷の矢を大河に放ち、それを横に避けられた所である。

「あれだけ多彩な攻撃方法を持っていながら、彼女もまた真っ直ぐに撃ちすぎですね。
 未亜さんの攻撃は多彩ですから、使い方次第ではもっと上手く立ち回れます。
 たしかに弓矢での攻撃は矢を当てるという事ですが、未亜さんの矢は当てなくても充分に使い方があります。
 大河の背後に炎の矢を飛ばして地面に突き刺さると同時に爆発させる。
 その矢を放った後に大河の左右に矢を飛ばせば、大河なら間違いなく前へと突っ込んでくるでしょうね。
 そこを光の矢で狙い打っても良いですし、先に大河の進路上に氷の矢を放って地面の一部分を凍結させても良い」

「未亜の攻撃は本当に多彩だもんね」

「ああ。それに、普通の矢だったとしても召還器による力のお陰か、かなりの威力を持っている。
 もっと精密に狙い射つ事が出来るようになれば、
 先に飛ばした矢に後から飛ばした矢を当てて飛ぶ方向を変える事も出来るだろうしな」

恭也の言葉にカエデとベリオは流石にそれは出来るのかどうかと疑わしい顔になるが、
それでも恭也の指摘した事に尤もだと納得する。

「でも、前線にいる人を支援するための努力はとってもしてるよね」

「ああ。恐らくは大河のためなのだろうな。
 全く良く出来た妹さんだ」

そう締め括る恭也にベリオとカエデも苦笑せざるを得なかった。
恭也の話を聞いてから改めて二人を見れば、確かに幾つも付け入る隙が見つかる。
これが自分たちと恭也の違い。
召還器もなしに同等にやり合える理由かと二人は思い込んでしまう。
だが少し離れた所で恭也の話を聞いていたリコは、恭也が観察眼だけではないと感じ取っていた。
じっくりと見たわけではないが、彼の振るう技には無駄がないのだ。
当たり前のように小太刀と呼ばれる武器を自然に、それこそ自身の身体の一部として振るう。
かと言って、それだけに攻撃手段を拘らない。
さっき話していた事から推測するに、彼は一対一の状況でも周囲を常に把握しているのだろう。
幾度となく実戦も経験していると見て間違いはない。
それら全てを含めての強さであり、それは才能だけではなく弛まぬ努力により身に付けたもの。
自身が望み、手に入れてきた力。
それ故に、力に溺れる事無く、状況に応じた対応が出来る。
突然、巨大な力を与えられて溺れたり、持て余し、コントロールできないというのではなく、
常に自身の制御下にそれらがあり、きちんと把握している。
だからこその強さ。
突然、戦う者になったのではなく、元より戦う者であるという事。
そこが大河と恭也の違いであろうとリコは分析する。
と、そんな事を考えていたリコの視界にユーフォリアの顔のアップが映り込む。

「……なんですか」

「ううん、何でもないよ。ただ、全然動かないから目を開けたまま寝ちゃったのかと思っただけ。
 何ともないなら良いんだよ」

言って手をひらひらと振るユーフォリアは、自身が言ったように既にリコの方を気にする素振りもなく、
恭也の腕を取って楽しそうに笑っている。
その背中を、リコは彼女だけは未だに分からないと警戒するようにじっと見つめる。
最初に見たあのとんでもない魔法。
彼女の強さだけはリコにとっても未知数な上に、存在そのものが理解不能である。
本当に召還器なのか。だとしたら、何故人と変わらぬ姿をしているのか。
自分も人の事など言えないのにと思わず自嘲しつつ、リコはとりあえず彼女の事を考えるのは止める。
嘘か本当かは分からないが、彼女は常に恭也のためにと行動しているのだ。
だったら、恭也の行動さえ警戒しておけば当面は大丈夫だろうと。
そう結論付けたリコが闘技場へと視線を戻せば、大河の勝利で兄妹対決の幕が降りた所であった。

「よっしゃぁー!」

「うぅ、負けちゃった。お兄ちゃんの指導か」

少し照れたように大河を見つめる未亜。
初めて指導という言葉を聞いた恭也が首を傾げるのを見て、ベリオが恭也に説明をしてやる。
曰く、勝った者は負けたものを一日自由に出来ると。
そのとんでもない内容に驚く恭也であったが、幾ら大河でも無茶はしないだろう納得する。
言葉の通り、普通に指導などしないかもしれないが、酷い事はしないだろうと。
だがそんな恭也とユーフォリアの会話を聞いて、ベリオが少し複雑そうな顔をするのだが、
幸い誰にも気付かれなかった。

「うーん、未亜に何をさせようかな。よし、明日一日俺が何しても怒るなってのはどうだ」

「何よ、それ。私、そんなに怒ってないもん」

「いーや、怒ってるね」

「それはお兄ちゃんが変な事ばっかりするからでしょう」

「だから、明日はそれをなしに……って、いてぇな、リリィ! 何しやがる」

言い合っている兄妹に構わず、リリィは大河を突き飛ばすと恭也に指を突き付ける。

「次は私たちの番よ。さっさと準備しなさい! 私が勝ったら、救世主クラスから追い出してやるわ」

「リリィ、幾ら指導でもそこまでは出来ないでしょう」

「ふんっ! だったら……まあ、良いわ。後でゆっくりと考えればいい事だし」

リリィの言葉にユーフォリアがプリプリと怒りながら恭也の腕を引っ張る。

「ねぇ、恭也。わざと負けて出ていこうよ。
 こんな所、居たくて居ている訳じゃないのにさ、あんな事を言われるんだもん」

ユーフォリアの言葉に、ここにいた方が都合が良いんじゃなかったのかと思わず言いそうになるも堪える。

「そういう訳にもいかないだろう。それに、魔法というものは初めてだからな。
 どんなものなのか、どこまで通じるのか見てみたい」

「はぁ、そう言うと思ったよ。でも、無理は駄目だからね」

「分かってる」

恭也に念押しするとユーフォリアは大人しく観戦するために後ろに下がる。
リリィへと文句を言い損ねた大河は、ブツブツと文句を垂れながらも大人しく引き下がる。
彼らと入れ替わるようにダリアが前へと進み出て、高らかに試合開始を宣言する。





つづく







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