『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






6話 黒の剣士と紅の魔術師





ダリアの開始の合図とともにリリィは行き成り仕掛ける。
小手調べのつもりなのか、それともそれで充分だと思ったのか掌サイズの火炎球を作り出すと恭也へと投げる。
ただ真っ直ぐに向かってくるだけのそれに対し、恭也は身体を横へとずらして躱す。
背後で起こる爆発音を聞きながら、恭也は攻めるでもなくリリィを静かに見つめる。
眉を少しだけ顰め、リリィは恭也へと挑発するように言葉をぶつける。

「抜かなくて良いの?」

それが何を指しているのかはすぐに分かり、恭也はただ短く返す。

「抜くべき時に」

それが余裕に聞こえたのか、リリィは何も言わずにただ顔を引き攣らせ、即座に呪文を唱える。
両掌に先程と同じぐらいの炎を生み出し、それを恭也へと投げつける。
ただし、それらの軌道は恭也の両横に。
そして、続けて雷の呪文を唱えて解き放つ。
恭也の正面に大きく縦に広がる雷の帯。
両横と正面いっぱいに魔法が広がる中、恭也は右側の火炎球へと飛針を投げつつ、右側に避ける。
恭也に当たるよりも先に飛針に当たり爆発する火炎球。
そこへリリィの氷で作り出した槍が襲い掛かる。
それさえも避け切り、恭也は無傷でリリィと向かい合う。
リリィの手から放たれた小さな光が放物線を描きながら、空中に火花を撒き散らす。
派手な音と見た目だけの呪文を目晦ましにして、リリィは大きめの呪文を唱えて解き放つ。
特に何かが起こった様子もなかったが、恭也の目は僅かに揺らいだ空気を捉え、
同時に危険を感じて大きく飛び退く。直後、恭也の立っていた場所に吹き上がるのは炎の柱。
炎の柱はそれ一本だけではなく、二本、三本と吹き上がり、五本目にしてようやく止まる。
しかし安堵するにはまだ早く、恭也を取り囲むようにして拳ぐらいの大きさの光の玉が浮かんでいる。
その数、ざっと十ほどだろうか。光の玉はリリィが腕を振り下ろすのを合図に、一斉に恭也へと迫る。
それらを全て躱しながら、恭也は正直にリリィの魔法の腕に感心していた。

(なるほど。主席というのは伊達ではないという事か)

自身の魔法を使った戦い方をちゃんと理解しており、大きな魔法を放つ際に出来る隙を付かせぬよう、
小技を組み合わせたり、時には大きな魔法の方を囮にまでしてみせる。
だが、あくまでも個人で戦う時には、という注意が必要だと恭也は分析する。
初めて救世主としての試験を受けた際に、全員の動きを少しとはいえ見て、その上でこうして戦ってみた結果、
リリィに必要なものを恭也は見当をつける。

(後方支援ではなく、後方からの攻撃に特化し過ぎている。
 性格的な事によるのか、それとも別に理由があるのかは分からないが、連携が全く出来ていないな)

恭也は胸中で嘆息しつつ、呑気に試合を眺めているダリアへと一瞬だけ視線を向ける。
だが、そののほほんとした笑顔の奥に感じた観察するような目に気付いて訝しげに見遣るも、
すぐに飛来した雷の帯へと視線を戻してそれを回避する。

(その辺りの指導は全くしていないという事か。本当に破滅と戦うための訓練なのか)

さっきの観測するような視線を今は感じられなくなり、恭也はさっき感じた疑問を再び胸中に浮かばせる。
自主性に任せるといえば聞こえは良いが、いざという時に連携できないというのであれば、
幾ら個人の力が強くても意味がない。その事を恭也はよく理解しているからこそ、
恭也はリリィの後方でありながら全て自分が倒すと言わんばかりの攻撃に半分呆れてしまう。
あの時もリリィの魔法が大きすぎて、あわや前衛であるカエデを巻き込みそうだったというのに。
上手くカエデが避けたらから何ともなかったが、もしかしてその所為でそうなりそうだったと気付いていないのかも。
今後の課題のようなものを見つけるも、素直にリリィが聞くとも思えず、
恭也は顔には出さないが苦虫を噛み潰したような心境になる。
それを注意するようにダリアへと進言したところで、果たしてといった感じだ。
そんな事を考えながらも、恭也はリリィの放つあらゆる魔法を躱し、掠らせることもしない。
見ている方は、ギリギリで当たらずに済んでいる恭也に肝を冷やしていたりするのだが。
勿論、ユーフォリアはこの程度の事で肝を冷やすような事はない。
銃弾さえも躱し、弾いてみせるのだ。
幾ら大きな威力を誇るといっても単発での魔法。
それを躱すという事にそれほどの危機を覚えたりなどしない。
最初のように複数での攻撃や、周囲を囲んだり連続した攻撃なら兎も角、今は攻撃が単調かつ単発になってきている。
恐らく、一向に当たらない事にリリィの方が焦りを覚えてしまったのだろう。
故に威力は大きいが撃つ直前と直後に僅かながらも隙の出来る魔法ばかりを、それも単発で放っているのだろう。
そんなリリィの攻撃を眺めながら、ユーフォリアはそっと嘆息する。
リリィは大きな勘違いをしている。
恭也にとっては魔法はそれだけで危険なものなのだ。未知なるものという理由もあるし、
召還器による能力の上昇がない恭也にとっては大きな魔法も小さな魔法もあまり違いがないのだから。
小さな魔法とてダメージが蓄積するからこそ、何度も喰らえない。
つまり、恭也を相手にするのなら質よりも量なのである。
勿論、口にするような事はしないが。
それにしても、とユーフォリアはリリィをまた見つめて呆れたように肩を竦める。
恭也と同じ結論に至ったのか、やれやれと言わんばかりである。
だが、それでも訓練である今は役に立っているから良いかと思い直す。
恭也の役に立っているからと。
そんなユーフォリアへと、ベリオが遠慮がちにまた声を掛ける。

「ユーフォリアさん、恭也さんは大丈夫でしょうか。
 このままだと……」

暗に棄権するように促す言葉にユーフォリアは本気で不思議そうに首を傾げる。
だが、ユーフォリア以外はこれ以上は危険だと思っているらしく、いや、リコだけは何の反応も見せず、
一人離れた場所にてじっと恭也を見ているが、ユーフォリアは肩を竦める。

「別に危なくも何ともないでしょう。ちゃんと避けているんだし」

「でもよ、ギリギリじゃないか。このままだと体力がなくなった途端……」

「そうです。それに、恭也さんは召還器による能力の上昇がないと聞きました。
 あんな魔法を喰らったら、ただでは」

ベリオの恭也を案じる言葉に素直に感謝の言葉を言いつつも、ユーフォリアはその必要はないと言い切る。

「大体、ギリギリになっているんじゃなく、ギリギリで避けているの。
 つまり、見切っているのよ」

「マジかよっ!?」

ユーフォリアの言葉に驚きつつ恭也を見遣る大河。
大河だけでなく、他の面々も再び恭也へと視線を向ける。
その先では迫る炎の鞭をギリギリで躱し、地を走るように放たれた風の刃を軽く跳んでやり過ごしている恭也が。

「ユーフォリアさん、リリィにもやっぱりさっきの大河くんたちみたいな何かあるんでしょうか」

何度かそれを見た後、ベリオはユーフォリアへと尋ねる。
大河と未亜も自分たちに関して二人が話していた内容を聞いており、興味深そうに見てくる。
そんな大河へとユーフォリアはきっぱりと言い放つ。

「うーん、何か大河にだけは話したらいけないような気がするんだけど」

「どういう意味だよ、おい!」

「仮にそれを話して、次にあの女と戦う時どうする?」

「勿論、それを付いて勝つ! そして、あの高慢ちきのへっぽこ魔術師を…………ぐふふふ」

言った瞬間に大河の頭に三つの洗礼が降りる。
が、ユーフォリアは暫し考え込むと、

「うーん、教えても良いかな」

と呟きを漏らし、それを聞いた大河は三人に頭を押さえられた状態で起き上がる。

「本当かっ!?」

「ちょ、ちょっとユーフォリアさん。幾ら気に入らないからってそれは……」

「そうだよ! お兄ちゃんが本当にそれで勝っちゃったら。幾ら何でもそれは……」

「師匠のことでござるから、ここぞとばかりにやるでござろうな」

ベリオ、未亜、カエデの三人が口々に止めようとするのを聞き、大河は脱力するとうに肩を落とす。

「お前らな。一体、普段俺をどんな目で見てるんだよ」

「こと女性関係においては全く信用してません」

「お兄ちゃんと獣の方なら、まだ獣の方が理性があるよ」

「拙者は嫌ではなかったでござるが、やはり無理矢理はよくないでござるよ」

「凄いじゃない、大河。別の意味で信用されてるわよ」

「そんな信用など嬉しくもないっての!」

そんな馬鹿な事をユーフォリアたちがやっている間も、
恭也は迫る炎や風、雷に氷と言った様々な魔法からその身をかわし続けている。
一向に攻撃の当たらない恭也に苛立ちを覚えつつ、リリィは素早く次の呪文を唱える。

「と冗談はこれぐらいにして、実際どうなんだリリィの奴は」

不意に真面目な顔で尋ねる大河に、ユーフォリアも別段隠す事無く話し始める。
欠点があるのならそれを直してもらわないと、恭也への負担が増えるからだ。
恭也の事だから、目の前でそう言った事態が起これば自分の事を鑑みずに動くだろうから。

「確かに主席と言うだけあって個人としての力は大したものじゃない。
 ただ頭に血が上りやすいのはどうかしらね。
 まあ、今は大分ましになっているでしょうけれど、簡単に挑発に乗るようなタイプよね。
 しかも、それで周囲が見えなくなるタイプ。
 更に言えば、連携には向いていないわね。前に、恭也の試験の時に皆一緒に戦っていたじゃない。
 あの時、未亜やベリオは前衛である大河やカエデをフォローしようとしてたけれど、
 あの女は一人、モンスターを倒すことのみ念頭において戦っていたでしょう。
 おまけに前衛がいるのに大きな魔法を平気で使ってたし。うーん、協調性? そういったものがないよね」

ユーフォリアの少しきつい言い方に、しかし誰も何も言えない。
事実、リリィはスタンドプレーが過ぎるのだから。
連携での試合も偶にやるが、リリィと組んだ相手は大抵邪魔だ何だと言われるのである。

「こうして練習でならそれも多少は許されるかもしれないけれど、実戦でのそれは自身の命だけでなく、
 他の人の命まで危険にさらすわ。それを分かってないんじゃないの。
 それとも、自分は救世主になるんだから、一人で全てやるとでも思っているのかしらね。
 だとしたら、救いようのない馬鹿だわ。
 救世主だろうが何だろうが、個人である以上できることには限界があるって事を分かってないのかしらね」

「まあ、確かにあいつは誰よりも救世主に拘っているみたいだからな。
 仕方ないのかもな」

大河の言葉にユーフォリアはしかし厳しい眼差しをリリィへと向ける。

「自分一人で突っ込んで、自分一人で死ぬんだったら良いわよ。
 でもね、言うならばあなたたちは戦争をしようとしているのよ。
 勝手に先行して、他の人たちまでピンチになんて洒落にならないわよ」

「だったら、そう言ってやれば」

「私は嫌よ。言った所で素直に聞くとも思えないし」

それはそうだと大河も軽く答えるが、その実はかなり真剣に悩んでいた。
ユーフォリアの言う事は正しく、それの指す他の人というものに一番可能性が高いのが自分たちなのだから。
自分はまだ何としてみせるとして、そう思いながら大河は未亜を見つめる。
何よりも守るべき者。ハーレムだ何だと公言しているが、実際には未亜を守るためという思いも当然ながらあるのだ。

(こりゃあ、後で散々に言われるかもしれないが忠告しておいた方が良いかもな)

ややげんなりしつつ、大河はあまり見せない真面目な顔でリリィを少しだけ見つめる。

「しかし、恭也殿の回避能力は凄いでござるな。それに、未だに息一つ乱しておられぬ」

感心したように呟くカエデに、ユーフォリアは心の中でそれはそうだと答える。
何せ、元の世界では弟子である妹と休みなしで長時間フル戦闘という鍛錬をしているのだから。
尤も、それが後でばれて馴染みの女医さんにきついマッサージをされたりしているみたいだが。
だが、そんな事を口に出して言えば、ユーフォリアが昔からの恭也の知り合いだと思われてしまう。
だから、ユーフォリアはそれには何も答えず、違う事を口にする。

「そうね。でも、そろそろ避け続けるのもお終いじゃないかしら。
 避けているだけじゃ勝てないもの」

大河たちはその言葉の意味をリリィが勝つと受け取る。
だが、実際は逆であると続く言葉で知らされる。

「そろそろ反撃するんじゃないかな。
 今までは恭くん、この世界の魔法がどんなものか知りたくて、一切反撃せずに躱し続けていたけれど、
 いい加減、同じような攻撃になってきているし」

言われて見れば、この試合恭也はまだ一度も攻めに転じてない事に気付かされる。
攻めるチャンスは何度もあった。
それこそ、今まで攻撃を躱し続けているのだから。
それに、恭也はまだ得物を抜いていないのだ。
何度か見せた武器は大きな針のようなもののみ。
それも攻撃するためではなく、リリィの魔法を避けるために投げられたものである。
その事に気付いたからこそ、全員が改めて恭也の強さを見誤っていた事に気付く。
そんな事を話しているとは知るはずもない恭也は、ユーフォリアの言ったように大体の魔法を見て満足していた。
まだ自分の知らない魔法を持っている可能性もあるが、それは殺傷能力が高くて訓練では使えないのか、
それとも出し渋っているのか。
どちらにせよ、自制心を失いつつあるリリィはここ数発は同じような魔法を繰り返し放ってくるだけである。
これでは訓練ではなく、流れ作業と大して変わらなくなっている。
そう判断すると恭也はその場に足を止める。
そこへ襲い掛かる雷の帯。恭也はそれに対して真っ直ぐに突っ込んで行く。
この試合初めて前へと出てきた恭也に驚きつつも、リリィは次の魔法を唱える。
恭也の動きをじっと見詰め、躱した所へと放つために。
当たる直前で横へと躱した恭也へとリリィの火炎球が迫る。
しかし、恭也は完全にその攻撃が来る事を読んでおり、雷を躱すなり飛針を火炎球の進路上へと先に投げる。
ぶつかって爆発するのは既に確認済み。
そして、その瞬間に爆風と煙が起こることも。
恭也は飛針とぶつかり爆発する中を突き進み、煙を突き破ってリリィの前へと姿を見せる。
同時に今日始めて抜き放った小太刀の切っ先をリリィの喉元へと突き付ける。
勿論、ちゃんと寸止めをして。

「……………………嘘」

自分に突きつけられた切っ先に、リリィは呆然とそう言葉を漏らすことしか出来なかった。
主席である自分が召還器すら持たない男に軽くあしらわれたのである。
試合終了を告げるダリアの声を何処か遠くに聞きながら、リリィはまだ信じられずに呆然と立ち尽くす。
恭也は小太刀を納めるとリリィに背を向ける。
軽く勝ったと思っているであろう大河たちに苦笑しつつ。
実際、試合前にユーフォリアとのやり取りですぐに冷静さを欠くと分かったからこそ、
ここまで軽くあしらえたのだと恭也は思っている。
最初のようにきちんとした戦術を組み立てられていたら、ここまで簡単には済まなかっただろう。
武器を抜かないのは別に挑発する為ではなく、元より魔法が斬れるかどうか分からなかったからだ。
だが、リリィはそうとは考えなかったらしい。しかも、恭也が避けるたびに苛立ちや焦りが募っていった。
それを分かっていながら、より多くの魔法を見るために利用したのだ。
多少の罪悪感めいたものを感じないでもないが、これは恭也自身の鍛錬のためでもあるのだ。
それに今回のこれでリリィも少しは考えることが出来ただろうと。
もう少し落ち着いたらリリィに幾つかのアドバイスをするのも良いかもしれない。
まあ、聞くかどうかは分からないが。そんな事を考えていた恭也であったが、
背後から不意に感じられた殺気に身体が反応して、自然に距離を取る。
何がと思う間もなく、恭也は背後、リリィの突っ立っている場所へと振り返ると、そこには……。



呆然としたままリリィは背中を見せる恭也を見つめる。
その胸中に渦巻くのは、たった今終わった試合の結果。

(認めない。認めないわ。召還器も持っていない奴なんかに。
 なんで、なんで、なんでアンタなんかに!)

知らず握りしめた拳に魔力が集まり出す。
だがリリィ本人も意識しておらず、その事に気付いていないのか、魔力は留まる事を知らないように集まり出す。

(まだよ、まだ終わってないわ。だって私は無傷なんだもの。そう、試合はまだ終わってないのよ。
 なのに背中を見せるなんて、完全に私を舐めている証拠だわ。バカにするんじゃないわよ!)

拳に集まった魔力をいつもやっているように自然と魔法へと変換し、無防備となった背中へと向けて放つ。
その行動に恭也の向こうで大河たちが驚いた顔を見せているが、そんなのは目に入らない。
今から私がアイツを倒すという事に驚いているのだろう。
試合の最中に隙を見せたアンタが悪いのよ。
既に試合が終わっているという事などリリィの記憶にはないのか、練り込まれた魔力が魔法として発動して、
その無防備な背中へと襲い掛かろうとする瞬間、恭也の身体が反応する。
こっちを見ていないのに、と驚く間もなくリリィはその避けた恭也へと魔法を放とうとする。



振り返った恭也は今にも魔法を放とうとして、その動きを止めたリリィを静かに見ていた。
実際に放たれることのなかった魔法。だが、リリィは自分のやろうとした事に呆然と立ち尽くす。
恐怖で震える足は自分の行いを思い返してのものだけでなく、自分の前に立つ存在による者が大きかった。
恭也を守るようにリリィと恭也の間に立ち、手にした杖を静かにリリィへと向けるユーフォリアという存在が。
リリィとの距離五メートルといった所で立つユーフォリアに、リリィは言い知れぬ恐怖を抱く。
その顔には普段の朗らかなものなど一欠けらもなく、ただ敵を見据えるように静かな眼差しを向ける。
リリィのみに向けられる殺気は息苦しく、リリィは呼吸するのさえも苦しそうに酸素を求めてあえぐ。

「今、何をするつもりだったの」

静かな声、怒りの声音にリリィは更に足を震わせる。
背を向けて全力で逃げ出したいと本能が訴えるが、意に反して身体は全く動かない。

「ユーフィ、もう良い」

そんな状況を打破したのはさっきまで戦い、またリリィが危害を加えようとした本人である恭也である。

「何でっ!? 今のはどう見ても」

「いや、どうやら試合が終了した事を聞いていなかったみたいだな。
 だとしたら、背中を見せた隙を付くのは間違った事じゃない」

「聞いてなかったって! それでもあそこまでちゃんとした形で決着が着いたのに!」

ユーフォリアは怒ったまま恭也へと噛み付く。
その気持ちは分かるが、さっきのはリリィも本気で恭也を殺すためにやろうとしたのではないと分かっている。
だからこそ、恭也はリリィを庇うような発言をする。
だが、ユーフォリアは違う可能性に思い至ったのか、急に顔色を変える。

「まさか、私よりもこの女の方が好みだとか!?」

「…………いや、何でそうなるんだ?」

心底不思議そうに尋ねる恭也に、ユーフォリアは冗談だよと笑うがその目は何かを探るように見つめる。
だが、それが杞憂だと悟るとほっと胸を撫で下ろす。
だがやはり怒りを収まらずにリリィを睨み付けるユーフォリアの頭を撫で、

「ユーフィ、今回の事は不可抗力という事でもうそれぐらいに。
 それに魔法関係の事で思った以上に収穫があったし」

「う、うぅぅ、恭くんがそこまで言うなら良いけれど。
 その代わり、もう少しだけ撫でて」

ユーフォリアの言葉に恭也はその頭をもう数回撫でてあげながら、
猫のように目を細めてじゃれ付くユーフォリアを余所にリリィへと声を掛ける。
謝ろうとして中々言い出せなかったリリィは、またしても出鼻を挫かれて言葉を飲み込むと恭也から目を逸らす。

「さっきのがわざとではないと分かってますから、もう気にしないでください」

「れ、礼は言わないからね」

「ええ、構いません」

自分で自分に自己嫌悪しつつ、リリィはマントを固く握り締める。
ただ一言ごめんと言えば良いのに、それが言えない事に唇を噛み締める。
そんなリリィへ先程の雰囲気も微塵も感じさせず、今までのようにユーフォリアは噛み付く。

「本当に勝手な言い草だよね。大体、試合が始まる前には散々偉そうな事を言ったくせに。
 えっと確か、鼻っ柱をへし折るとか、化けの皮がどうとか」

「う、煩いわね。偶々調子が悪かったのよ」

「へぇ〜、そうなんだ。実戦でもそんな言い訳が通ると良いわね〜」

ユーフォリアなりに気遣ったのか、そんな様子に恭也はただもう一度だけユーフォリアの頭を撫でて感謝を示す。
それを受けてユーフォリアもリリィに分からないぐらいに小さく頷く。

「くっ。やっぱりアンタ生意気だわ」

「生意気で結構よ。貴女よりもましだと思うし。
 あ、自称主席さんに勝ったって事は恭くんが主席になるのかな?」

「そんな訳ないでしょう。まだたったの一回しかやってないのに」

「まあ、席次なんてどうでも良いか。ねえ、恭くん」

ユーフォリアの言葉に恭也も同じくとばかりに頷く。
それが勘に触ったのか、リリィは恭也へとその矛先を向ける。
既に自分がした事を忘れたのか、いや、忘れてはいないが恭也たちの気遣いには気付き、それに応えたからこそ。

「どうでも良いって何よ! 私はこんな奴に負けたの!?
 次は覚えておきなさいよ! 絶対に勝ってやるんだから!」

顔を真っ赤にして突っかかってくるリリィに二人して苦笑を見せる。
とユーフォリアは今思い出したかのように満面の笑みを浮かべて恭也の首筋に抱き付く。

「そう言えば、恭くんが勝ったんだったね、おめでと〜」

「ユ、ユーフィ、急に抱きつくな」

「良いじゃない。ご褒美だよ〜」

その言葉を聞いた史上初の男性救世主が羨ましいと叫び沈黙させられるという出来事が起こるのだが、
それを綺麗に無視したままユーフォリアは恭也へと言う。

「これで、あの女に一つだけ言うことを聞かせれるよね」

その言葉にリリィは思わず後退り身を抱くようにするも唇を噛み締めて睨み返す。

「な、何が望みよ! 何でも聞いてあげるわよ!」

震える声で言うリリィにユーフォリアはニヤリと笑みを見せる。

「んふふふ〜。本当に何でも良いんだ〜。
 そうだね〜、私たちは追い出されるところだったから、それ相応の要求じゃないと割に合わないよね」

その言葉にリリィは何も言い返せず観念したように目を閉じる。向こうでまた何やら叫び声が上がり、
次いで打撃音が届いてくるがそれらを見ない事にして恭也はユーフォリアを止めようとする。
が、それよりも早くリリィが少しだけ涙目になって言う。

「な、何よ。あのバカみたいな事を要求する気!
 い、良いわよ。す、好きにすれば良いわ! でも、心までは……」

酷い言われようだ。自分はそんな風に見られているんだろかと軽く落ち込みつつも、それを否定しようとする。
だが、それよりも早くユーフォリアが反論する。

「何で、そんなご褒美みたいな罰を与えないといけないのよ!
 そんなの絶対にありえるはずないでしょうが!
 あっ! それとも恭くんにして欲しいの!? 何、あれだけ嫌ってたくせに、急に掌を返したみたいに!」

「なっ! そ、そんな訳ないでしょうが!
 私だってそんなの嫌よ! でも、何でも言うことを聞かないといけないから……」

「だから、なんでそうなるのよ! 恭くんは私のなんだから渡さないわよ!」

「いらないって言っているでしょう!」

「怪しい、怪しい〜!」

「私はただあのバカと一緒だと思ったから……」

「恭くんをあんなのと一緒にしないで!」

ユーフォリアの叫び声は大河にもしっかりと届き、

「あんなの呼ばわりかよ!」

「当然の報いですね」

「自業自得だよ、お兄ちゃん」

「師匠、拙者も流石にこればかりはフォローのしようがないでござるよ」

「なっ」

そんなやり取りを聞きながら、恭也は自分が思っていたよりも大河の性格が酷いと知り、
更にそれと同じように扱われた事に更に落ち込む。
勝ったはずの恭也を残し、二人の言い争いは更に加熱していき、

「恭くんには私の清らかな身体を上げるんだから、貴女みたいに大河に毒されたのはお呼びじゃないのよ!」

「何気持ち悪いことを言っているのよ! 私だって清らかよ!
 大体、何であんな奴に! うぅ、ほら見なさい! 言っただけで鳥肌が!」

「やめてよ。大河の事で出来た鳥肌なんか近づけないで!」

「そこまでか! お前ら、そこまで言うか!」

闘技場の真ん中と端とで繰り広げられる漫才に、恭也は一人空を見上げて疲れた表情を覗かせる。
本来なら止めるべきである教師は、ただ楽しそうに事の成り行きを見守るだけで当てにはならず、
恭也は我関せずとばかりにただ静かに事が過ぎるのを待つ。
やがて、ユーフォリアがいい事を思いついたとばかりにリリィへと指を突きつける。

「決まったわ。私がお願いする事は一つよ。今後、恭くんに近付かない事。
 これは、あなたにとっても嬉しい事でしょう」

「ええ、そうね。ありがたくて涙が出るわ!
 誰がそんな奴に近付くもんですか!」

「そんな奴って何よ! そんな奴って!」

恭也はいい加減疲れてきたのか大きく溜め息を吐き出すとまずはユーフォリアを止める。

「落ち着けユーフィ。第一、勝ったのは俺なのに、何でお前が条件を出しているんだ」

「だ、だって……。恭くんの勝ちって事は私の勝ちだし……」

「止めておけ。
 そんな事を言ってしまうと、俺が大河に負けた時、これ幸いとお前に対して条件を付きつけてくるぞ」

「それはやだ。うん、分かった」

「きょ、恭也、お前まで俺を裏切るのか……」

か細い声で泣き崩れる大河を無視し、恭也はリリィを見る。
思わず後退るリリィへと、恭也は口を開こうとして今日何度目になるかユーフォリアに遮られる。

「まさか、やっぱりあの女の身体を要求するの!?」

「いや、違うから」

「分かっているわよ、冗談だよ。恭くんがそんな事しないっては分かってるって」

疲れたような顔でとりあえずは信用してくれているユーフォリアに礼を言うと、
ようやく恭也はリリィへと話し掛ける。

「条件はまた後で良いですか」

「別に構わないわよ」

とりあえず、まだこの後にカエデとベリオの試合が残っているのだ。
さっさと場所を譲ろうとそう結論を出して、三人はようやく闘技場から歩き出す。
ようやく事態が収まると、ダリアは何事もなかったかのように次の試合を開始させる。
このクラス内で一番のスピードを誇る前衛であるカエデと、防御や治癒を主軸におくベリオ。
恭也の予想通りに開始と同時に走り出すカエデにベリオの魔法が飛ぶ。
それを横へと躱すカエデへと、ベリオの次なる攻撃魔法がすぐさま打ち出される。
先程の恭也との会話から何かを掴んだのか、ベリオはカエデの横側から迫る光の輪を飛ばす。
弧を描いて飛んでくる魔法をぎりぎりで躱して接近したカエデの蹴りは、
ベリオの魔法の障壁によって受け止められる。
二人の戦いをじっと見つめる恭也へ、大河が話し掛ける。

「よう。で、あの二人はどうだ?」

軽く手を上げてくる大河にこちらも軽く挨拶しつつ、恭也は改めて二人を見る。

「カエデさんのスピードは間違いなく誰よりも早いな」

「うんうん。それに忍術なのか召還器の力なのかは分からないけれど、炎や雷といった攻撃もあるのよね。
 ただ、一撃が軽いわね」

「その分手数でカバーしている。が、それはスタミナの消費が大きいだろうな」

「カエデのスタミナがどれぐらいかが問題よね」

二人して次々にカエデに関して述べていく。

「忍だからか、隠密行動に長けているのは間違いないのだろうが」

「その分正面からの突進力が弱いわね。まあ、相手を霍乱しながら近付く分、誰かよりはずっと良いわ。
 ただ、これが一対一じゃなくて……」

「ああ、多対多。それも敵味方入り混じっての混戦の時にどうなるかだな。
 機動力を活かして動き回るという戦い方は良いが、そこに障害物があった場合も変わらずに動けるかどうか」

「この場合の障害物は敵や味方で常に動いているものね」

「お前、何者だよ」

ベリオやカエデから自分たちについて恭也たちが言っていた事を聞いた大河であったが、
改めて二人の話を聞き、恭也が自分と同じ所の出身ということを思い出して思わずぼやくように言う。
それに恭也はただ肩を竦めて見せただけで、カエデからベリオへと視線を移す。

「ベリオは元々防御や治癒が得意と言う事だが……」

「だとしても、もっと体術を身に付けないとね。
 あれじゃダメダメよ。召還器による能力上昇のお陰で少しはましだけれど」

「接近されて、囲まれでもしたら即座に終わりだな。
 攻撃魔法も幾つかは使えるようだが……」

「とは言え、リリィやリコ程ではないのよね」

「ああ。誰かと組んで戦う分には構わないが、一人で戦うとなると難しいな」

接近したカエデの拳を障壁を張って防ぎ、自身の召還器である杖でカエデに攻撃を繰り出すベリオ。
しかし、その攻撃は簡単に躱される。

「もし、躱さずに杖を取られた場合、ベリオは召還器を手放すことになるな」

「そうね。カエデも今のを避ける事はなかったのに。
 さっきの恭也の言葉を聞いて、躱す訓練のつもりなのかもしれないけれど」

「それにしても、今のは相手の武器を奪うべき所だな」

「だよね。これは皆に共通しているけれど、やっぱり実戦経験がないのが痛いよね」

そう言いつつ、恭也とユーフォリアは揃ってリコをそっと盗み見る。
明らかに実戦を経験していると思わせるリコを。
と、向こうもこちらを見ていたのか、その瞳がぶつかり合う。
だが、特に興味もなさそうに先に視線を逸らしたのはリコであった。
別段、こちらを見ていたのではなく偶々ということか。
恭也たちも特に気にした風もなく、また二人して話を始める。
それは大河たちに聞かせるというよりも、互いに確認するように話し合っているという風である。

「ベリオのあの障壁は物理的なものなのか」

「そうみたいだね。簡単に言うと、魔力で作り上げた壁のようなものかな。
 その強度や持続も本人の精神力次第かな」

「ふむ。だとすれば、あの壁で敵を囲んでそれを狭めれば相手を潰せるな」

「囲むほどの枚数を作り出せるかってのが問題だけれどね。
 まあ、その場合は壁際に追い詰めて壁と障壁で挟むというのもありね」

「他にも使えそうだな。
 見たところ、少し離れた所にも作り出せるようだから、空中に作り出せば咄嗟の足場にもなるんじゃないのか」

「それはかなり有効ね。空中ってのは本来無防備だけれど、あれを足元に作り出せば下からの攻撃も防げるうえに、
 空中で方向転換も出来るわね」

「ふむ。俺も魔法が使えれば良かったんだがな」

そんな二人の発想に何も言えぬまま、大河はただ黙って聞きながらカエデたちの戦いを見つめる。
それから暫くして、カエデの勝利という結果で試合は終わる。

「ふむ、打倒な所か」

「よね。ベリオはもうちょっと体術を練習しないと駄目だわ」

「だが、後方支援ではとても力強いな」

「うん。チームワークも良いしね、彼女は」

言って離れた所にいるリリィを見るが、向こうには聞こえなかったらしく恭也はほっと胸を撫で下ろす。

「どっちにしろ、俺を含めてまだまだ未熟という事だな」

「そういう事だよ。だから、もっともっと頑張ってね恭くん」

「期待に添えるように努力しよう」

恭也もまだ未熟なのかよ、そんな大河の呟きに未亜は苦笑を洩らしつつ、
大河をじっと見上げて自身も更なる努力が必要だと決意する。
一人あぶれたリコの力だけはまだ見れていないが、恭也としては充分過ぎるぐらいに満足のいく鍛錬であった。





つづく







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