『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






12話 二回目の試験





既に闘技場に来ていたダリアはやって来た恭也たちを見てにっこりと微笑む。

「それじゃあ〜、早速だけれど始めようかしら〜」

何処からともなくダイスを取り出し、例によってそれで対戦を決める。

「今日の最初の対戦は〜」

「ちょっと待て! 乳牛姉ちゃん……もとい、ダリア先生」

ダイスを振ろうとするダリアに待ったを掛ける大河。
その言葉に無意味に胸を揺らし、きょとんと不思議そうな顔を向ける。
本能の赴くまま、鼻を伸ばして揺れる胸を堪能し、慌てたように真面目な顔を作る。
だが、きっちりと睨んでくる未亜の視線に若干、その顔は引き攣っていたが。

「あ、あのな、何で学園長がいるんだ!」

やましいことなどないと言わんばかりに、大声を上げて観客席の一角を指差す大河。
大河の言うように、いつもは誰も居ない筈なのに、今日に限って学園長たるミュリエルの姿があった。

「なんでも〜、救世主クラスの現時点での力を把握しておきたいって事らしいのよ〜。
 私だって急に言われて戸惑ったんだから〜。
 学園長の前で授業なんて、とっても緊張していつものように出来るのか心配よね〜。
 ヘタな事をしたら、減給とかされちゃうかも〜」

「いつもと変わってないっての! と言うか、いつも通りだと逆に減給じゃないのか!」

「酷い、大河くん! 私、こんなに頑張ってるのに〜」

言ってまたしても無意味に胸を揺らせる。
大河の目もまたその目に釘付けになり、鼻先がその谷間に触れようとした瞬間、
未亜がジャスティで大河のお尻を引っ叩く。

「いてっ! な、何しやがる未亜」

「未亜、悪くないもん。鼻の下を伸ばすお兄ちゃんが悪いのよ。
 学園長も見ているんだから、お願いだから身内の恥になるのだけは止めてよね」

そう辛辣な言葉を吐く未亜に、大河は何か言いかけるもその眼光に口を閉ざす。
その隣では、ベリオが嘆かわしいとばかりに大河の行動を神に謝罪し、
カエデはカエデで服の胸元を手で開けて大河へと見たいのなら、自分のを見てくだされと迫る。
それに鼻の下と手を伸ばす大河を、再び未亜が殴り飛ばす。
ある種、いつもと同じと言えるような行動を取る大河たちなのだが、リリィはそんな大河たちを見て、
いつも以上に呆れた視線を投げ、やや緊張した面持ちで気合を入れ直す。
大方、ミュリエルが居るのでいつも以上に張り切っているのだろうが。
リコと恭也は少し離れた場所で、ただ静かに佇み、ユーフォリアはそんな恭也にじゃれ付いている。
それを咎めるでもなく、同じように騒ぐダリア。
そんな一同を見遣りながら、ミュリエルの思考はずっと周りつづけ、
自然とその視線はその思考するに当たった当人たちに注がれる。
ミュリエルの視線を感じつつ、二人は気付かない振りをしてただ目の前のやり取りを眺める。
そう、高町恭也とユーフォリアの二人は。





 § §





一人、学園長室でミュリエルはとりあえずの仕事を終え、恭也とユーフォリアの事を考える。
とりあえず、リリィとは対戦してこれに勝ったという報告は聞いている。
恭也が救世主クラスという事に初めは反対していたリリィだが、そうなってはそれも取り消さざるを得ないだろう。
そんな娘の状態を考慮しつつも、ミュリエルはダリアから聞いた内容に思考の殆どを持っていく。
召還器による身体能力はなかったと思えるとダリアは報告してきている。
仮に、ユーフォリアが召還器だったとしても、それを使用していなければその恩恵は得られない。
となれば、間違いなくリリィを打ち破ったのは恭也自身の実力と言うことになる。
しかも、初めて目にしたはずの魔法を相手に、だ。
詳しい試合の内容は見ていないが、やはり只者ではなかったかとミュリエルは少し嬉しそうに更に思考する。
ユーフォリアが何者なのかは分からない。
恭也を親しく呼び、また恭也も愛称で呼ぶ事から知り合いなのだろうと予想はできる。
だとしたら、何故ユーフォリアは召還器だと思わせるような言動を取ったのか。
それに、どうやってこの世界に来たのか。
これに関しては、ユーフォリアだけではなく恭也と当真兄妹にも言える事だが。
どちらにせよ、現状では分かる事ではないだろう。
そこまで考え、ミュリエルはふと肩の力を抜く。
疲れたように眉間を軽く揉み、次いで肩などを解す。
ユーフォリアの企みが分からないが、悪い子には見えないのだ。
勿論、外見や少々の言動だけで判断するほどミュリエルは甘くなどないつもりだが。
だが、とミュリエルは頭を振り、再び思考の渦へと飲み込まれていく。
破滅に組するような人物ではないだろう。
となれば、召還器なしに破滅に対抗できる者を得た事になる。
現状では間違いなく最強と思われる二つのカード。
この事実はミュリエルの気持ちをかなり軽くしていた。
だが、ミュリエルは思ってもいないだろう。
あの時見せたユーフォリアの力は既に封じられており、試験の時のような力は既に発揮できないなど。
恭也が右膝に爆弾を抱えているなどと。
恭也たちの事を考えている内に、ミュリエルは直に二人の戦うところを見ておきたいと思い始める。
ユーフォリアの方は試験を受けないから無理だが、恭也の方は救世主クラスに在籍しているのだ。
そして、運良く今日の午後に救世主クラスは試験がある。
そこまで思い至ったミュリエルは、ダリアを捕まえるために学園長室を後にするのだった。





 § §





そんな経緯でミュリエルがこの場にいるのだが、それはミュリエル本人にしか分からない事である。
ようやく、大河たちの馬鹿騒ぎも収まり、ダリアがいつものようにダイスを取り出す。
今日の対戦を決めるためのダイスが振られ、全員がその目を見詰める。

「今日の最初の対戦は〜、大河くんと〜」

「おう!」

呼ばれた大河は威勢良く返事を返すも、続いてダリアが告げた対戦相手に首を捻る。

「誰か〜」

「おい! 誰か、って誰だよ!」

「だって、だって〜。今、救世主クラスはユーフォリアちゃんを除くから七人じゃない〜。
 七面ダイスなんてないのよ〜。だから、八面ダイスで一面は白紙なのよ〜。
 もう一回振って決めるんだから、怒らないで待っててよ〜」

「別に怒ってないが、とりあえず悪いと思うのならその乳を揉ませろ!」

「いや〜ん♪ 大河くんのエッチ♪」

言いながら乳を揺らすダリアだが、大河の手がそこに触れる事はなかった。
言うまでもなく、未亜によって殴られたからなのだが。
そんな騒動などなかったとばかりに、ダリアはダイスを一つだけ振ろうとして、

「ダリア先生、少し宜しいですか?」

「何ですか、学園長?」

「大河くんの相手ですが、恭也くんにやってもらえませんか」

「えっと〜。学園長はこう言っているけれど、恭也くんはどう?」

ミュリエルとダリア、二人の視線を受けて恭也は頷く。

「別に俺は構いませんが、理由を聞いても言いですか?」

「前回の試験であなたはリリィと戦ったと聞きました。
 リリィは魔法使い、後衛です。
 ですので、今回は前衛である大河くんと戦う方があなたにも良い経験になると思ったのです。
 まさか、対戦方法がダイスで決められているとは知らなかったもので。
 てっきり、どんな相手とも戦えるようにする為に、バランスよく組んでいるものと……」

頭が痛いとばかりに顔を顰め、ミュリエルはダリアを一瞥する。
その視線を笑って受け流し、ダリアは再び恭也に視線を戻す。

「そういう事ですか。確かに、それは俺も気になってました。
 俺の方は構わないが、大河は?」

「俺も構わないぜ」

恭也の問い掛けに大河は笑って返す。
正直、大河も恭也とはやってみたいと思っていたのだ。
あのリリィをあっさりと打ち破った恭也と。
実際には、そんなに簡単なものじゃなく、あれはリリィの方が頭に血が上っていたからなのだが。
ともあれ、当人たちが了承した事により、恭也と大河の対戦が決定する。
その後もダイスが振られ、これに関してはミュリエルも頭を再び抱えるも何も言わない。
が、今回は未亜が対戦相手がなく余ってしまい、それで試験はなしとしたダリアに、ミュリエルは低い声で、

「ダリア先生。後でお話があるので、是非とも学園長室まで来なさい」

丁寧に命令するのであった。
それに項垂れるダリアを放置し、闘技場の真ん中で恭也と大河は向かい合う。
開始の合図と同時に、剣の形態が通常の状態なのか、
呼び出したトレイターを手に大河は恭也へと真っ直ぐに突っ込む。
上段から力の篭もった一撃。
それを恭也は小太刀を横にし、触れた瞬間に斜めに傾ける。
トレイターは小太刀の刃を滑るようにして軌道を変え、地面へと振り下ろされる。
ようやく始まった二人の対戦を、ミュリエルは見逃さないようにじっと見詰める。
そんなミュリエルを、ダリアが探るような眼差しで見ていることには誰も気付かなかった。





つづく







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