『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






15話 ナンパ師恭也





休日の今日、中庭に呼び出しをくらった恭也はそこに存在する噴水の傍に腰掛け、呼び出した本人を静かに待っている。

「あーあ、折角の休日だってのに、何でこんな事をしなきゃならないんだろう」

「試験に負けたのは俺なんだから、ユーフィは別に付いて来なくても良かったんだぞ」

「そうはいかないよ。私は恭くんの剣なんだから。
 それに、可笑しな事をさせるようなら……フフフ。地獄と言う言葉が生温いと思えるぐらい……」

怪しく笑うユーフォリアに肩を竦め、恭也は注意をしておく。

「何をするのかは分からないが、あまりやり過ぎるなよ」

「うん、分かったよ。恭くんがそう言うのなら、地獄を見る程度にしておく」

本当に分かっているのかどうかは怪しい所だが、恭也はそれで納得すると待ち人たる大河がやって来るのを待つ。
だが、一向にその姿は見えず、ユーフォリアは寧ろ来るなという念を発しながら恭也の腕を取ると、その肩に頭を乗せる。

「あ〜、このまま時間が止まれば良いのにな。
 止まらなくても良いから、あの獣が来なかったら」

情け容赦ないユーフォリアの言葉に苦笑を見せる恭也に、そう言えばと今がチャンスとばかりに切り出す。

「恭くんの言葉使いなんだけれど、リリィに対しては丁寧に話していたり、ため口だったりしない?」

「そうか? 特に意識している訳ではないが。
 まあ、流石にあれだけ突っ掛かって来られたら、つい乱暴な口調になるかもしれないな。
 あとは、ユーフィとのやり取りがどこかレンと晶を思い返させる所為で、少し気が緩んでいるのかもな」

「むむ、ひょっとして私自身で塩を送るような真似を!?
 いや、でもまだリリィがそうだと決まった訳じゃないし。う〜ん」

一人首を傾げていたユーフォリアだったが、ふと恭也を見上げる。

「レンさんに晶さんって言うのは、恭也の妹分の二人だよね」

「ああ。よく知ってるな」

「恭くんのことなら大体知ってるよ!
 って、今はその事じゃなくて、その二人を思い返すって事は、もしかして私の事も妹として見てるの!?
 ガーン!」

わざわざ擬音を口に出してまでユーフォリアはショックという事を現して見せる。
だが、懸念したその心配は恭也自身が否定してくれた事により、すぐに取り払われ、
ユーフォリアは嬉しそうに組んでいた腕を更に抱き寄せ、恭也に密着する。
既に諦めたのか、最早ユーフォリアに何か言うまでもなく恭也が無言のままでされるがままとなっていると、
ようやく呼び出した大河がやって来る。

「って、行き成り見せつけないでくれよ!
 なんだ、それはあれか、俺に対するあてつけなのか!?」

到着するなり叫ぶ大河に対し、恭也は意味が分からずにとりあえず無言で居る。
対してユーフォリアは不機嫌さを隠す事無く、寧ろ全身から良い所で邪魔をするなというオーラをぶつける。
さしもの大河もユーフォリアのそのオーラに若干引きつつ、

「とりあえず、今日は一日指導に付き合ってもらうからな。
 そんな訳だから、ユーフォリアには帰ってもらって――」

「い・や! そもそも、前から言ってるでしょう。私は恭くんの剣なんだから、いつだって一緒なのよ。
 それに、あなたが恭くんに変な事をさせないか見張る必要もあるしね。
 どんな指導をするのかは知らないけれど、私が居ると何か不味い事でもするつもり?」

「い、いや、そんな事は……」

ユーフォリアの言葉に言いよどむも、ここは引き下がれないと尚も食い下がるのだが、
にべもなく、まさに取り付く島もないと恭也から離れる事は却下される。
大河の方もこのままここでやり取りするだけ時間を無駄にすると気付いたのか、叫んで乱れた呼吸を落ち着かせ、
ユーフォリアの同行を認める。ただし、絶対に大人しくしている事を条件に出して。
こうして三人は学園から街へと繰り出したのだった。





 § §





大河に連れられて二人は街の中央、少し開けて広場となっている場所へとやって来る。
当然のように腕を組んでいる二人の姿に羨ましそうな視線を向けつつ、大河は一旦足を止めると、
後ろを黙って付いてきた恭也の方へと振り返り、何か言おうとする。

「それで、街に出てきたのは良いけれど何をするの?」

だが、大河が何か言うよりも先に、当然の疑問をユーフォリアが口にすれば、
大河はよくぞ聞いてくれました、と何故か自慢げな口調で恭也への指導を口にする。
それは……。

「俺のナンパを手伝え!」

「とりあえず、頭を割られるのと、首を刎ねられるのと、体が真っ二つになるのではどれが好き?」

「どれも好きじゃねぇよ! と言うか、死んでしまうわっ!」

冷静に尋ねるユーフォリアに、大河は叫び声を上げる。
数人が何事かと大河たちを見るも、大河はそんな視線など気にも止めずユーフォリアに食って掛かる。
だが、ユーフォリアはまるで聞こえていないという風に無表情になり、冷めた眼差しを向けてくる。
思わず言葉に詰まる大河に、恭也はここぞとばかりに口を挟む。

「とりあえず、ここを離れよう」

居心地の悪さに提案すれば、大河もようやく周りに気付いてとりあえずはその場を立ち去る。
だが、未だにぶつぶつとユーフォリアへと文句を口にしており、仕舞いには約束を破るんだと恭也へと矛先を変える。
ここまで言われると恭也も仕方ないと肩を竦め、

「まあ、ユーフィに何かするんでないのなら良しとするか。
 だが、俺がナンパを手伝った所で逆に邪魔になるだけだと思うぞ」

「いやいや、傍に居てくれるだけでいいから」

恭也の言さえ取ってしまえばこちらのものとばかりに、大河は恭也を後ろに従えて人通りの多い場所へと歩き出す。
その後ろを付いていきながら、ユーフォリアは面白くないとばかりに全身で抗議するのだが。

「まあ指導だと言われれば仕方ないだろう」

「むー、だからって恭くんが他の女の人に声を掛けるのを黙って見てるなんて!」

「いや、別に俺は声を掛けなくても良いみたいだぞ」

「そりゃあ、大河の狙いは二人以上の女の人だろうからね。
 一人よりも安心できるだろうし、恭くんが傍に居れば……うん?
 そうか、そうか。恭くんは傍に居るだけで良いって言ったわよね、あのバカは」

ご機嫌で前を行く大河を指差し、リリィみたいな事を言うユーフォリアに恭也は顔を顰める。
だが、ユーフォリアは今日の言動を見る限り、バカで充分だと言い返し、
それから徐に先程よりも恭也に甘えるように身体を密着させる。
女性特有の丸みを帯びた曲線や、ユーフォリアの香りに顔を赤くして少し離れるように言うが、
当然の如くユーフォリアは聞くつもりはないらしく、更には頭を肩に乗せるように傾ける。

「それにしても、この指導ってのも何でもありってのは考えものよね。
 あんなのが居たんじゃ、その内全員が毒牙に掛かるかもしれないよ」

「まあ、流石に無理矢理はしないと思うが……」

「分からないわよ。男は狼だってよくパパが言ってたもの」

「だったら、ユーフィももう少し俺との接し方を……」

「恭くんも狼になるの?」

「いや、それは……。流石にないとは言い切れないだろう」

「そうか〜。つまり、それは私に魅力があるって事だよね。
 うんうん、良かった」

恭也の言葉に何故か嬉しそうな顔をするユーフォリア。
対する恭也は自分の発言に顔を赤くして更に注意するのだが、ユーフォリアはご機嫌なまま続ける。

「恭くんにならいいも〜ん」

「冗談でも――」

「冗談じゃないよ。でもまあ、今はそれは置いておいて。許せないのは、学園長よね。
 彼女が観察するような真似をしなければ、こんな事にはならなかったのに!」

恭也と腕を組んで歩いてご機嫌が直ったかと思ったが、やはり休日が潰れるという事実の前に、
怒りはまだ完全には収まってはいないらしく、ユーフォリアはミュリエルに対して文句を並べる。

「まあ、彼女にも彼女なりの事情があるのだろう。仕方ないさ」

「む〜、そうかもしれないけれど。……恭くんがそう言うのなら分かったよ。
 その分、もう少しこのままでね」

仕方ないなと恭也は苦笑しつつも、大人しくユーフォリアのしたいようにさせてやる。
二人がそんな話をしている間にも、大河は見かけた女性に声を掛けているようであったが、
どうも上手くいっていないらしく、既に何度目かのトライをしていた。
それを二人して黙って見詰める。
大河は諦める事無く、すぐに次のターゲットを見つけると足取りも軽く近づき声を掛ける。
最初は調子良く会話も弾んでいる様子であったが、不意に女性が断るように手を振る。
それに未練がましく手を伸ばすも、女性の方は振り返ることもなく立ち去っていく。
それを見送った後、大河はまた周囲を見渡して次なる目標へと近づく。

「あの根性だけは認めても良いかもしれないわね」

「確かにな。あのやる気を他の事に使う事が出来ればな」

二人はしみじみと言いながら、呆れたように大河の後を付いていく。
その先でもやはり同じように断られ、また次へ。
そんな事を繰り返していく内に、既に声を掛けた人数も十人を軽く超える。

「お、可笑しい。何故なんだぁぁ!
 途中までは結構良い感じで話が出来ているのに、どうしてなんだよ!」

大河は今まで声を掛けた女性とのやり取りを思い出し、
大概、断られるのは自分一人じゃないからと安心させる為に連れが居ると話した辺りだと気付く。

「恭也! お前まさか後ろで何か変な事をして…………あー」

恭也に原因があるのかと凄い勢いで後ろを振り向き、大河は途中で台詞を止めて言葉を捜すように視線を宙に這わす。

「って、お前ら何してやがる! 人が一生懸命女性に声を掛けているってのに、仲良く腕なんか組みやがって!
 というか、その所為でナンパが失敗しているんじゃないか!」

大声で一気に言い切ると、大河は肩で息を吐く。
そんな大河を見下ろしながら、恭也は当然のように告げる。

「そうは言われても、俺はお前に言われたとおりに大人しく後ろにいただけだが」

「ああ、そうだろうよ、お前はそうだろうな。
 問題は……ユーフォリア! お前、何でそんな事をしてるわけ!
 ただでさえ、ナンパに女性同伴ってどうよ!?」

「はぁぁ、自分の失敗を人の所為にするなんて……」

「明らかにお前が原因だ!」

再び肩で息をしつつ、大河は落ち着こうとばかりに深呼吸を繰り返す。

「もしかして、一人でナンパしてたら成功してたのか。
 もしそうだとしたら……ぬおぉぉぉ、俺は何て勿体無いことを!」

が、落ち着く所かこれまでの失敗が浮かんでは消え、思わず絶叫してしまう。
流石に人の目が痛く、恭也とユーフォリアの二人は他人の振りを決め込むと大河からこっそりと離れる。
それにも気付かず、大河は己の頭を掻き毟る勢いで頭をガシガシと掻きまくる。
しかし、このままでは時間の無駄だと悟ったのか、不意に顔を上げると、

「とりあえず、もう一度声を掛けるぞ。
 ユーフォリア、今度は恭也から離れていろよ」

「そこまで指図される覚えはないわよ」

「ぐっ、きょ、恭也から頼んでくれよ」

文句を言おうとするも、ユーフォリアの冷たい眼差しに押されて恭也を抱き込むことにする。
対する恭也は別にユーフォリアが居ても良いだろうという態度だったのだが、
あまりにも真剣に大河が言ってくるのと、仕舞いには土下座までしてお願いしてきた事に折れる。
恭也の言葉にユーフォリアは渋々と恭也から離れるのだった。
こうして大河と恭也、少し離れて後ろにユーフォリアという形となった大河は再び視線を巡らせる。

「おお! 後姿だがかなりの美人と見た!
 うんうん、あの流れるような黒髪、きっと手入れには時間を掛けている事だろう。
 その隣のショートの女の子もこれまた良い。ちらりとしか見えなかったが、あの胸……。
 ぐふふふ。二人ともここからでは顔が見えないが、間違いなく美人だ。よし、恭也行くぞ」

あまり乗り気ではない恭也に付いてくる様に促すと、大河はさっさと狙いを付けた二人の元へと向かう。

「そこの綺麗なお嬢さんたち、俺たちとお茶でも……」

二人の行く手を阻むように前へと回り込み、爽やかだと思う笑みを浮かべてそう声を掛ける大河。
だが、その言葉が唐突に止まり、大河は流れる汗を拭うこともなく片手を上げる。

「まあ、そんな訳でまたな」

言って走り出そうとした所を、その二人の少女の内、ロングヘアの方の少女によって掴まれる。

「お兄ちゃん、そんなに慌ててどこに行くのかな?
 お茶がどうとか言ってなかった?」

「い、言ってない! 未亜、お前の聞き間違いだ!
 と言うか、いつもの制服はどうしたんだよ!」

「あれは洗濯中だもん。って、そんな事じゃ誤魔化されないからね!」

どうやら大河が声を掛けたのは妹である未亜だったらしく、大河は勢いで誤魔化そうとするのだが、
未亜と一緒に居たもう一人の少女、カエデが不思議そうに尋ねてくる。

「師匠、今日は恭也殿の指導なのではなかったのでござるか?」

「そう言えば、俺たちとか言ってたよね、お兄ちゃん。
 大方、恭也さんをだしにしてナンパでもしてたんでしょう」

「ナンパと申すと前に未亜殿が仰っていた?
 …………そ、そんな〜、師匠水臭いでござるよ!
 拙者に言ってくだされば、何だっていたす所存ですのに」

「ち、違うぞ二人とも! 別に俺はナンパなんて!」

諦め悪く言い逃れしようとする大河であったが、そこへ恭也が未亜たちの後ろから口を挟んでくる。

「なんだ大河。お前が美人だからナンパをしようと言ったのは、未亜さんとカエデさんの事だったのか?」

「うがぁぁ、てめぇー、よりによって何て事を!」

「うん? 俺は何か悪い事を言ったのか?」

大河の絶叫に首を傾げる恭也と、さっきの言葉に大河の行動に怒りを抱きながらも嬉しそうな顔をして照れる未亜。
一人、カエデだけは恭也の言葉に嬉しそうに大河に抱き付く。
未亜は照れているのを誤魔化すように、恭也へと挨拶をし、

「恭也さんもナンパするんですか」

「いや、俺は大河に……」

「アンタって奴は、よりによって一番感化されなくて良い奴に汚染されてるんじゃないわよ!」

恭也の言葉を遮るような怒り声と共に、何者かが蹴りを繰り出してくる。
それをあっさりと受け止め、小さく嘆息する。

「行き成り攻撃してこないでもらえませんか、リリィさん」

「アンタが悪いんでしょうが! しかも、未亜とカエデに声を掛けて! わ、私に……じゃなくて!
 このバカが!」

と、恭也の言葉を聞く気もないのか、リリィは行き成り食って掛かる。
それでも恭也が何とか事情を説明しようとするのだが、それよりも先に二人の間にユーフォリアが立ち塞がる。

「残念だけれど、恭くんの意思じゃないのよ。そもそも、私が居るのにそんな事をするはずないじゃない。
 大河のバカが指導として無理矢理連れ出したのよ。
 ちょっと考えれば、恭くんがそんな事をするかなんて分かる事でしょう」

「うっ、そ、それは……。って、アンタも居たのね」

「当たり前でしょう」

ユーフォリアの出現に少しは冷静になったのか、リリィは大河を横目で見遣ると肩を竦める。

「にしても、指導ね〜。本当にあのバカは碌な事をしないわね」

「それに関しては同意するわ。折角の休日だというのに……」

「あうぅぅ、兄がご迷惑を……」

思わず未亜が頭を下げる中、大河はリリィの言葉に文句を言おうとするのだが、
抱きついてくるカエデの感触にだらしなく鼻の下を伸ばしており、寧ろ意識の大半はそちらへと向かっていた。
その様子を揃って呆れたように眺める一堂の中、未亜だけは素早く動いてカエデを大河から引き離す。

「何をするんだ未……あ、いや、何でもない、うん、何でもないぞ」

文句を言おうとする大河であったが、目の前で腰に手を当てて怒った顔を浮かべる未亜を前にそれを飲み込むと、
ユーフォリアを上手いこと言って未亜たちに任せ、恭也だけを連れてその場を立ち去ろうとする。
だが、大河が未亜を上手く扱うのと同じぐらい、未亜もまた大河の手口を熟知しているのである。
そんな見え透いた手に引っ掛かるはずもなく、またユーフォリアが恭也から離れるはずもなく、
すぐに大河の目論見は見破られる。

「お兄ちゃんの恭也さんに対する指導はもう終わったよね」

「お、いやまだ一日……」

「終わったよね?」

「あ、ああ、お、終わったかな?」

笑顔の未亜に恐怖を感じ、大河は大人しく言いなりになるしかなかったのであった。
項垂れる大河を呆れたように見下ろし、未亜は仕方ないなと大河の腕を掴む。

「可哀相なお兄ちゃんの為に、未亜がナンパされてあげるよ」

「師匠、拙者にもしてくだされ!」

言ってカエデが逆の腕を取る。
大河は嫌々な顔をしつつも、何だかんだと言いながら未亜とカエデを連れて喫茶店へと入っていく。
それを見送り、恭也はようやく終わったと小さく吐息を零す。

「それじゃあ、恭くん、折角、街まで来たんだから、私たちもどこかに寄って帰ろう」

「そうだな。リリィさんはどうされます?」

「私? そ、そうね、私も特に予定がないから、一緒しても良いわよ」

恭也の言葉にユーフォリアは露骨に邪魔だと言う視線を向けるも、リリィはそれに気付かず、
誘いの言葉に少し照れつつそう返す。
それを聞いたユーフォリアがすぐさま、何か言おうとするよりも早く恭也がリリィを誘ってしまう。
ユーフォリアは剥れた顔をしつつも、仕方ないと黙ってリリィの同行を認めるのだった。
こうして、恭也たち三人もまたその場を立ち去るのだった。





つづく







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。




▲Home          ▲戻る