『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






18話 禁書庫





地下へと続く一階分にしては思ったよりも長い階段を下り、一行が辿り着いたのは確かに書庫とも呼ぶべき場所で、
二メートルは超える本棚がずらりと並んでいた。
幸い、奥が見えないと言うほど広さはないみたいであったが、本棚と本棚の幅が精々、人二人分といった程度の広さで、
次に降りる階段が入り口から見た限りでは見当たらない。

「下へと続く階段が別の場所に設置されている事を考えても、そう簡単に下へ降りていくだけとはいかないみたいだな」

「本当よね。まるで救世主を試すみたいな仕掛けだわ」

恭也とユーフォリアの言葉に寧ろ望むところだと言わんばかりの不適な笑みを浮かべるリリィ。
見れば、リリィ程ではないにしろ皆が皆、その顔にやる気を見せている。
唯一、未亜だけがそういった者とは逆に不安そうな顔をしているが、それを大河がフォローしている。
どうやらこの階は地下一階という事もあってか、モンスターなどの気配もなく静かである。
なので手早く手分けして下へと続く階段を探そうという事になり、それぞれに散って行く。
それらを横目に見遣りつつ、恭也はユーフォリアへと顔を近づけてその耳元に囁く。

「昔、ここが神殿でその上に学園を造ったというのはまあ良いとして、
 どうして導きの書へと辿り着く道をこんなに複雑にしているんだろうか」

「学園長の言うとおりに試練なんじゃないの」

「ユーフィもそれに素直に納得している訳じゃないだろう」

「まあね。盗難を防ぐためという可能性もあるけれど、学園長以外にここにその書があると知っている者もいないみたいだし。
 尤も何処から情報が漏れていないとも限らないから、完全に否定はできないけれどね。
 恭くんが考えているのは、導きの書が救世主を選ぶのなら、そこへ辿り着く道を険しくする必要があるか、って事でしょう」

「ああ。導きの書が選ぶのなら、その時点で選ばれる者がいないのなら誰も選ばれない。
 なら、そこに至る道にわざわざ試練を作る必要があるか?
 導きの書がその試練を必要としているのなら兎も角、これはあくまでも学園が創設された時に造られたもの」

「言うならば人が勝手に作った試練だものね。それを超えたからといって選ばれるとは限らない」

「更に言えば、救世主が選ばれるのが破滅との戦いの最中に起こったとしたら、それこそ書を取りに行く時間とて惜しい」

「そこは私も不思議に思った。
 仮に破滅が動き出す前に選出するつもりだったのだとしても、破滅の動きなんて私たちには分からないもの。
 それに学園長が言った言葉も気になる」

ユーフォリアの言葉に恭也は頷くでもなく、ただ先を促す。
自分は他に気になる部分がなかったという意志表示なのだが、ユーフォリアは恭也が言葉にしなかった所をちゃんと読み取り、

「召喚の塔が破壊された時、学園長は新たな救世主候補を呼べなくなったからここに居る者の中から選ぶと言ったの。
 そして、書を取りに行く時に、実質これが救世主選定試験だともね。
 でも可笑しくない? 選ぶのは導きの書なんでしょう。単に早く辿り着いた人が選ばれるのかしら?
 そもそも最初の疑問に戻るけれど、破滅が未だに存在している。
 ベリオの推測もありと言えばありだけれど、私としてはこう考えている。
 つまり、今まで誰も導きの書に救世主として選ばれなかったんじゃないか、ってね」

「つまり、現状居る人間から選ぶのではなく、まだアヴァターに呼ばれていない人も含め、全ての世界の中から選ばれる?」

「そういう解釈も出来るってだけだけれどね。
 この考えを少しだけ発展させると、救世主となるべき者は既に定められているとも言える」

「だとするなら、その者がこのアヴァターへと召喚され、召還器を得た上で導きの書を手にしないと救世主は誕生しない」

ユーフォリアの言いたい事を理解し、恭也がそう口にするとユーフォリアは静かに頷く。

「全部、ただの想像だけれどね。実際にその導きの書が何なのか分からないと何とも言えないわ。
 そもそも救世主の最低必要条件となる召還器がね……。あれはそんなものじゃ……。
 はぁ、全く救世主って何なのかしら。それが分からないわ」

恭也にはまだ教えられない事なのか、言葉を濁したユーフォリアはそれを誤魔化すようにやれやれと肩を竦める。
それに気付いてはいたが、尋ねるような真似はせず恭也は先程よりも声を幾分抑え、もう一つ浮かんだ自分の考えを口にする。

「この書庫に関して嫌な予想が一つあるんだが……」

「振るい落とし、もしくは奥にあるものの封印。それも導きの書によるものではなく、これを造った側によるもの」

恭也に合わせるようにこちらも声のトーンを少し落として返すユーフォリアに、今度は恭也の方が頷く。
どのような思惑が絡んでいるにせよ、油断は出来ない。
それが二人の共通した思いであった。
と、そこへ下へと続く階段を探していた大河たちがやって来る。

「恭也、未亜が下へと降りる階段を見つけたぞ、って、お前ら入り口に固まったまま何やってるんだ?」

「ちょっとアンタたち、皆で手分けして探そうって言ったのに、どうして入り口でいちゃついているのよ!」

大河の後ろからリリィがやって来て、顔を寄せ合っている二人を見て怒鳴る。
リリィの言葉から何を想像したのか、大河は図書室、放課後、二人きり、司書のお姉さんと呟いて鼻を押さえている。
一気に騒がしくなった空気に張り詰めていた空気を弛緩させ、歩き出そうとする恭也の首筋にこれみよがしにユーフォリアが抱き付く。

「べー。貴女に文句を言われる覚えはないもんね。
 寧ろ、ライバルが減って良いじゃない。なのに、どうしてそんなに怒るのかな?」

「別にライバルが減るのは望む所よ。でも、初めからやる気を出さないのが気に食わないのよ。
 それに、皆が懸命になっているのにアンタら二人だけがのんびりしているのもね!」

「八つ当たり、じゃないか。うーん、もしかしてやきもち?」

「そんな事あるわけないでしょうがっ!」

「おいおい、落ち着けよリリィ」

興奮するリリィを落ち着かせるべく口を挟んだ大河であったが、逆に睨み返される。

「アンタは少し黙ってなさい!」

そう言われ、ここで大人しく引き下がれば特に問題は起こらないのだが、そこで大人しくするような性格ではなく、
大河は逆にリリィへと噛み付いていく。

「折角、人が仲介をしてやろうとしているのに、何だその言い草は」

「誰も頼んでいないでしょう! 余計な気を使わなくてもいいのよ!」

「んだと。人が優しくしてやれば」

「いつ優しくしたのよ。アンタの優しいという言葉の定義はどうなっているのかしら?」

いつの間にかユーフォリアをそっちのけで喧嘩を始める二人。
ある意味、いつも通りなのだが今回は状況が状況だけでに好きなだけやらせるという訳にもいかず、

「よさないか二人とも。少しは場所を考えて……」

「「元々の原因は恭也だろう(アンタでしょう)が」」

二人の喧嘩を仲裁しようとした恭也であったが、そう口にした途端に二人から口を揃えて言い返されてしまう。
それに反論する事はできなかったが、どうにかこの場を収め恭也は未亜たちが待つ階段へとやって来る。
遅かった事を何か言われるかと思ったが、どうやら二人の口喧嘩が聞こえていたらしく、苦笑めいた表情で迎えられる。
それでも何とか気を取り直し、一向は更なる地下へと潜っていく。





 § §





あれから何事もなく下へと降りれたのは地下二階までで、それ以降になると何処に居たのかモンスターたちが襲い掛かってくる。
下へと続く階段も一階毎に終わっており、更に下へと降りるには階段を探さなければならない。
それに加え、地下四階を越えた辺りからフロアの広さも広がりを見せており、
こうなって来ると別行動は逆に通信手段や合流を考えると却って時間を取る事になりかねない。
加え、襲ってくるモンスターの件もあり、今や全員で行動を共にしている状況である。
そんな中、ようやく見つけた下へと続く階段を前に大河が先に来ているはずのリコの安否を気遣う発言をする。

「リコの奴が心配だな。それにしても、本当に来ているのか」

未だ追いつく気配すら見えない状況にふとした疑問を付け加えれば、それに対してはベリオが自信を持って頷く。

「上のフロアに入り口で見たものと同じ魔法陣がありました。
 多分、逆召喚で下のフロアへと跳んでいるのでしょう。似たような構造ですから、入り口同様に跳べなくもないですし」

ベリオの言葉に納得したような返事を返しつつ、その顔はいまいちよく分からないといったものであった。
それに気付きながらも特に何を言うでもなく、ベリオはただしょうがないですねと苦笑いを浮かべるだけであった。

「それにしても最下層は一体何階なんだろうな。既に十階は降りたと思うが」

恭也の言葉に他の者たちも同じ心境なのか、口には出さないながらも同意するような感じである。

「それにしても、本当に嫌な造りよね。造った人の性格の悪さが分かるわ。
 階段を別にするにしても、せめて壁沿いにしてくれれば楽なのに。
 さっきの階なんて床に隠してあったじゃない。未亜が偶然にも床にあった切れ目に気付いたから良かったものの」

「確かにユーフォリアの言う通りよね。これからはもっと慎重に床にも目を凝らさないといけないわ」

リリィも腕を組みユーフォリアの言葉に何度も頷く。
しかもモンスターが襲ってくる上に、下手なものを触れば罠まで発動するのである。
これでは階段を探す事ばかりに集中する訳にもいかない。
本当に意地が悪いと改めて思いつつも、それでこそ救世主の試練だと気合を入れなおした所で、

「それじゃあ、休憩はここまでにしよう。あまり休憩し過ぎるとリコさんとの距離が更に開く可能性がある」

恭也の言葉に頷くと、次のフロアへと向けて階段を降りていく。
フロアの端に設けられていた螺旋状の階段を降り、辿り着いたのはまた一段と広くなったフロアであった。
途中、襲ってくるモンスターを倒し、何故か本棚から飛び出してくる矢といった罠を掻い潜り、あらかたこのフロアを探し終える。
それでも下へと続く階段は見つからない。

「今回はちゃんと床も見ていたつもりだけれど……」

リリィが少しいらついた様子で周囲を見渡す。
が、見えるのはやはり本棚ばかり。

「ここが最下層、という感じでもないですし」

整頓されているとは言え、貴重な書物が無造作に本棚に並べられているとは思えずベリオがそう漏らすが、
逆に大河は自分の想像が外れてくれることを願いながら言う。

「まさかとは思うが、本を隠すには本の中とか言わないだろうな」

大河の言葉に改めて本棚を見るも、見るだけでうんざりとした顔をする一同。
優に千は超えるだろうと思われる本があるのだ。しかも、開いたらモンスターが出るというトラップだけでなく、
触っただけや近付くだけでも発動するものまであるのだ。

「師匠、ここの壁を見てくだされ」

何とも言えない空気が漂いかけるその時、カエデが何かに気付いたように近くの壁に手を伸ばす。

「どうかしたのか?」

「ここだけ他に比べて少し可笑しくはござらんか?」

言われて見るも特に分からず首を捻るが、近付いて改めて見ると大河はカエデの言葉に同意する。

「確かに可笑しいな。
 ここの壁だけ境界線みたいな筋がある」

大河の言葉に改めて壁を見比べれば、その一部分だけを囲むように薄っすらと切れ目のようなものが見える。

「つまり今度は床じゃなくて壁に隠し階段って訳?」

リリィの言葉を背に聞きながら、大河はトレイターをその筋に差し込む。
が、幅に対してトレイターはあまりにも太すぎてその筋に差し込む事は出来ない。
それでも無理矢理トレイターを突っ込もうとする大河に未亜が話しかける。

「こういう場合、どこかにスイッチがあるんじゃないかな?」

「おお、凄いでござるな未亜殿。して、そのスイッチは?」

「流石にそこまでは分からないよ。この考えだってもしかしたらってだけだし」

「全く駄目だな、未亜は。スイッチの場所を見つけてから言えよ」

「むー、お兄ちゃんみたいに何でも力技で解決しようとするよりもましだもん」

大河の言葉にむくれるように頬を膨らませる未亜の頭に手を置き、ポンポンと叩くとそのスイッチを探す事を提案する。
二人のスキンシップを懐かしそうに目を細めて見ていた恭也も、大河の言葉に頷くと近くの壁などを探り出す。
それを見て、各自床や壁を調べ出す。
が、幾ら調べてもそれらしいものは見つからない。

「うーん、スイッチじゃなくて合言葉とかか?
 開けゴマ、とか」

「胡麻でござるか?」

「ああ、多分カエデの思っているのとは違うから」

そんなやり取りをしている師弟を見て笑いながらも未亜は慎重に周囲を探る。
と、その目が近くの本棚に止まり、一冊だけぎっちりと詰められずに空白があるために不自然に斜めに倒れている本を見つける。

「……あはは、そんな単純な訳ないか」

そう思いつつも試しにその倒れた本を立てれば、カチリという軽い音に続き、
ゴゴゴという重たい地響きの音を立てて壁がゆっくりと開いていく。

「あ、あははは、本当にこれなんだ」

未亜の行動を褒める一同の中、大河だけは何とも言えない顔で未亜と顔を見合わせる。

「どこの金持ち屋敷の仕掛けだ。もしくは、RPGゲームかよ」

疲れや呆れを含みつつも、何故か楽しげに言う大河に未亜はただ苦笑するだけであった。
それから更に階数を下り、一向は新たなフロアへとやって来ていた。
流石に幾人かは若干の疲れを見せ始めている。
そこへ更に疲れを感じさせるかのように新たなフロアはまたしても広くなっていた。

「おいおい、下に降りるほど広くなっていくとかじゃないだろうな」

見るからに大河はうへぇと舌を出してやる気のなさを見せたりするも、すぐに表情を引き締めると声を上げる。

「みんな、行くぞ!」

「ええ。って、何でアンタが仕切っているのよ!」

すかさず大河へと突っ込むリリィへと即座に大河も返す。
それを呆れつつも嗜めるベリオ。そんな三者の様子を眺めながら、恭也は呆れたように眺める。

「本当に仲が良いな」

「だよね。息ぴったりって感じだよね、恭くん」

思わず呟く恭也に同意するユーフォリアであったが、それが聞こえたリリィの矛先がこちらへと変わる。

「ちょっと冗談はやめてよね! 誰と誰の仲が良いですって?
 こんな万年発情期の犬となんてごめんに決まっているでしょう」

「お前、そこまで言うか。全く素直じゃないな。
 良いんだぜ、素直に大河様〜って甘えても」

「ヴォルテクス!」

大河のからかいの言葉にリリィはいかずちの魔法を放って返す。
仰け反った大河の眼前を通り過ぎた雷が天井に当たり小さな爆発を起こす。
咄嗟に避けなければどうなっていたか、という怖い想像をして大河は周辺のぴりぴりする空気を振り払うように腕を振る。

「お前、何しやがる!」

「あら、ごめんあそばせ。……ちっ」

「今、舌打ちしやがったな! もし避けなければ怪我してたかもしれないだろうが!
 今日と言う今日は……」

「しなかったんだから良いじゃない。と言うよりも、最初に変な事を言ったアンタが悪いんでしょうが」

トレイターを構える大河へとリリィも右手を持ち上げて構える。
睨み合い険悪なムードが漂い始める中、恭也が静かな、それでいて有無を言わせない声で割って入る。

「いい加減にしろ。ある程度の言い合いなら緊張をほぐす意味でも良いかもしれないが、本気の喧嘩となれば話は別だ。
 状況を少しは考えろ二人とも。これ以上やるというのなら、お前ら二人はここに置いて行く」

恭也の言葉に喧嘩を中断した二人は今度は恭也へと突っ掛かっていく。
だが、それを一睨みして黙らせると不満を見せる二人に更に続けて言う。

「お前ら二人の所為で他の者が迷惑するんだ。お前ら二人が怪我をするのなら、それはある意味自業自得だ。
 俺は指揮官でも何でもないから、そこまで責任を持つつもりも咎めるつもりもない。
 だが、それが原因で他の者まで巻き込まれる可能性がある以上は看過できない。
 チームワ−クを乱すだけだ」

恭也の言葉にばつが悪そうな顔をする二人であったが、そこへベリオが申し訳なさそうな顔をしつつ口を挟む。

「あの、恭也さんの発言もチームワークを乱す事になるんじゃ。
 いえ、チームワークとまで言いませんけれど、その場の空気と言うか……。お説教は今じゃなくても」

その言葉にユーフォリアが呆れたような顔をして何か言おうとするのを恭也は制し、

「こういう空気が嫌だという気持ちも分かるが、誰かが注意しなければ下手すればずっとこのままだぞ。
 そんな事で本当に破滅と戦えると思っているのか? だが、ベリオの言いたい事も分からなくはない。
 本来ならここに来る前に言っておくべきだったのかもしれないな。確かに今は説教する状況でないのかもしれない」

元より後から加わった恭也よりも、当然大河たちは長い付き合いなのだ。
恭也の言い分も理解しているのだろうが、今でなくてもという気持ちもあるのだろう。
見れば、未亜は何処となくばつが悪そうな顔をしつつもやはり大河の味方なのだろうし、
殊更、未亜は今回の件はリリィが悪かったと思っている部分も見受けられる。
それらを見渡し、正しさを認めていても空気が悪くなっているのは否めない。
この状況で連携を取れるかと聞かれれば難しい所だろう。
必要とあれば恭也は連携しようとするが、大河たちにそこまで求めるのは無理かもしれない。
流石に自分の命を天秤に乗せてまで試すつもりはない、
少し考えて、逆に大河とリリィの喧嘩はいつもの事と思える部分もある。
そうすると下手にこれ以上何か言わない方が良いと判断し、恭也は押し黙る。
とは言え、流石に気まずい空気はすぐに去らないが。
困ったようにユーフォリアを見れば、仕方ないと肩を竦めると恭也の腕を取り、

「このままだと下手をしたら全滅するわ。ここからは二手に分かれましょう。
 恭くんと私はあっちに行くわ」

言って返事も待たずに歩き出すユーフォリアに引っ張られて恭也も続くが、流石にそれはどうかと口開く。

「おい、ユーフィ」

「良いからちょっと付いて来て」

そう強めに言われ、恭也も大人しく従う。
と言うよりも、ユーフォリアの手を引き離す事が出来ず、付いて行くしかできないというのが本当の所なのだが。
流石にこのままで大丈夫かと後ろを振り返れば、
当の本人である大河とリリィは恭也の言った事を全部ではないにしろ理解しているようで、こちらへと視線を向けてくる。
それを見て大丈夫かと判断すると、二人に気にしないように声に出さずに口だけを動かして伝える。
二人に伝わったかどうかまでは分からないが、恭也はそうしてユーフォリアに引っ張られて大河たちの前から姿を消した。
恭也たちが去ってしまうまで何も言えなかった未亜たちであったが、本当に二人が言ってしまうと困ったような顔で互いを見遣る。

「ど、どうしましょう大河くん。私そんなつもりじゃ」

一番焦っているのはベリオのように見えるが、未亜も泣きそうな顔をして大河を見てくる。
大河としても困惑している部分もあるのだが、少しでも落ち着かせようと笑いながら言う。

「気にすんなベリオ。あれぐらいで怒ったりしないって。
 まあ、今回は俺とリリィが悪かったのは確かだしな。
 それに恭也が別行動を取ったというよりもユーフォリアに連れて行かれたって感じだし、どうしても気になるっていうのなら、
 戻ってから謝れば良いんじゃないか。案外、二人きりになりたかっただけで、あれは口実だったりしてな」

そう冗談っぽく締めくくって笑う大河であったが、それにリリィは眉を吊り上げる。
が、特に何を言うでもなく押し黙り、いや、神妙な顔つきで大河に謝罪する。
最初はただ驚いていただけであったが、大河の方も悪かったと返す。

「とりあえず、拙者たちも動こうではござらんか。
 今なら連携に関しても問題なくできると思うでござるよ」

先程まで口を挟まなかったカエデがそう切り出し、大河たちも動き始める。
とりあえずは前衛の大河とカエデが先行する形で前を歩く。
カエデと並んで歩きながら、大河はさっきまで何も言わなかったカエデにその事を聞いてみる。

「もしかして、カエデも怒っているのか?」

「そんな事はないでござるよ。拙者は師匠の味方でござるよ。
 ただ、恭也殿の仰った事は間違ってはいないでござる。師匠もその事には気付いたのでござろう」

「まあな。まあ、正直やり方はどうかと思うが。確かに恭也が一人離れたお蔭で少し冷静になったけれどよ。
 他にもやりようがあったんじゃないか。っていうか、ユーフォリアがやったのか」

「その辺りはどちらでも構わないでござるよ。
 問題は恭也殿が単独行動を取っているという所でござる」

「まあ、少しぐらいなら大丈夫とは思うが」

そう呟いて大河は進む先を恭也たちが向かった方へと変える。
それとなく合流するつもりで。だが、その思いは叶わなかった。
何故なら、床にぽっかりと空いた人一人分程の穴と、その穴の隣に置かれたその穴と同じ大きさの蓋のようなもの。
そして、穴の先は下へと続く階段となっており。

「おいおい、本当に先に行っちまったのか」

別に答えを期待していた訳ではないが、他の面々から返ってくる声はない。
大河は改めて全員を見渡し、先へと進むべく先に階段へと踏み出すのだった。





 § §





大河たちに先行するように先に下のフロアへと到達した恭也とユーフォリアの二人。
待ち構えるように襲い掛かってきたモンスターを斬り伏せる。

「…………」

斬り伏せた後、恭也は八景を鞘に仕舞わずに刀身をじっと見詰める。

「どうしたの、恭くん」

そう言って恭也の手元を覗き込んだユーフォリアであったが、すぐに理解する。

「結構、刃に細かな傷が出来ているね」

「ああ。本当ならそろそろ砥ぎに出したい所なんだがな」

「このままだといずれ折れてしまうね。切れ味もかなり鈍っているし」

斬られて倒れているモンスターの切り傷を見詰め、ユーフォリアも困ったようにそう口にする。

「もう一本の小太刀は前の模擬戦で折れたし、残った一本も状態が良いとは言えない状況。
 そう言えば、他の武器はどうなの?」

「正直、そんなにないな。小刀数本に飛針が三十、鋼糸は七番と一番があと少しといった所だ」

恭也の言葉にユーフォリアも困った顔を見せる。

「本格的な戦闘が続けば、すぐになくなるわね」

「ああ。と、それよりも先に進まないのか」

「そうね。ここで待っていれば大河たちがその内来るでしょうけれど、その前に話したい事もあるしね」

ユーフォリアの言葉にやっぱりかという思いを抱きつつ恭也は歩き出す。

「武器に関しては学園長に期待しておきましょう。最悪、今回はこれ以上進まないという手もありだしね」

そう言うとユーフォリアは恭也と腕を組み、今この場では場違いとも言えるほどお気楽に鼻歌など歌い出す。

「ユーフィ、何か話があったんじゃないのか」

「もう、こういう場合はもう少し黙っているもんだよ。折角、久しぶりに二人きりなのに」

「部屋ではいつも二人きりだろうに」

呆れたように呟く恭也に対し、ユーフォリアは怒るのではなく照れたように頬に手を当てる。

「きゃっ、部屋で二人きりだなんて。やっぱり恭くんも男の子なんだね」

「いや、だから……」

「と、冗談はさておき、本題に入るけれど」

疲れたように恭也が何か言おうとするも、不意にユーフォリアが真面目な顔をして恭也を見遣る。
恭也もそれを見て表情を引き締めると、ユーフォリアから出てくる言葉を待つ。

「さっきも少し言ったけれど、恭くんはこれ以上進む必要はないんだよね。
 そもそも救世主になる気もないでしょう。それに加え、恭くんは救世主の条件となる召還器を持ってないしね」

ユーフォリアの言うとおり、召還器が絶対条件ならば恭也が導きの書によって救世主に選ばれる事はない。
だとするなら、装備に不安が残る今、この場に残るというのも手ではある。

「あと、その導きの書が何か分からない以上、下手に接触させたくないというのもあるんだよね。
 ずっと引っ掛かってるのよ。何故、召還器が救世主の条件としてあるのかがね」

「それは俺にはまだ言えない部分と関係しているのか」

「うん」

恭也の質問に申し訳なさそうに返し、ユーフォリアの思考は内に向いていく。

(召還器の正体から推測すると救世主っていうのはエターナルの可能性もある。
 そうすると、導きの書というのは次元の門、もしくはそれを開く鍵なのかも。または欠片から神剣を復元させる術式……。
 だとしても、うーん、何の説明もないままエターナルにしたとしたら、
 普通は救世主を目指すような人たちなんだからカオス陣営に組しそうなんだけれど。
 ロウ側が用意した罠なら、強制的にロウ陣営になるような仕組みが……。って、そこまで考えるのはまだ早計かな。
 まだ関わっているのかも分からないんだし、ここはやっぱり様子見しかないか)

素早く考えをまとめると、ユーフォリアは恭也へと今後の予定について説明を始めるのだった。





つづく







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