『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






20話 禁書庫V 〜深く進めば秘宝あり?〜





新たに降り立ったフロアは、丁度階段から見て左右対称のつくりとなっていた。
つまり、フロアの真ん中に降りてきた階段があるという形だ。
正面は大きな本棚がこちらに向いて立っており、左右の壁を見れば、これまた本棚が並んでいる。
正面の本棚はざっと十数メートルの幅を持っており、そこから先は奥へと折れ曲がって続いている。
本棚に囲まれた通路が左右で二本。

「今までのように複雑じゃなさそうだな」

「入り口は通路が二つでも、後からどうなるか」

恭也の言葉にユーフォリアはそう言うも、先に進まなければならない以上は行くという選択肢しかない。

「どっちにする?」

「右だな」

特に何かを感じたわけでもなく、単にどっちでも良かったのでそう答える。
ユーフォリアも同じく特に反論などもなうく、二人は右の通路を進もうとするが、
ふと正面の本棚の前の床に描かれた模様が目に付く。

「あれは?」

「うーん、召喚陣……と言うよりも帰還させるための魔法陣っぽいかな」

「つまり、地上へと一気に戻れるという事か?」

「詳しくは分からないけれど、そういうのとも違う感じかな。
 ただ帰還させるだけにしてはちょっと可笑しいような。こっちの魔法はよく知らないから判断できないよ。ごめんね」

「いや、ユーフィが謝るような事じゃないから。どちらにせよ、下手に触らない方が良いな」

「そうだね。ずっとここに居ても仕方ないし、行こうか」

ユーフォリアの言葉に頷くと、恭也は最初に選んだ右の通路へと歩き出すのだった。



モンスターたちが徘徊するようにさ迷い歩く通路。
それらの群れを物陰に隠れてやり過ごし、恭也はモンスターたちが去った方を見遣る。

「今までは下へと続く通路付近以外には罠や特定の場所にのみ居たモンスターたちが、ここでは自由に動き回っているのか」

「益々厄介だね。それにしても、こんな所にモンスターを放置して何を考えているんだろうね。
 まあ、貴重な書物とかはないみたいだけれど」

辺りを見渡して言うユーフォリアの言葉通り、このフロアには本棚はあるものの肝心の書物の類が全く見当たらなかった。
代わりと言う訳でもないのだろうが、先ほどやり過ごしたようなモンスターたちが自由に動き回っている。

「正直、モンスターたちには悪いかもしれないけれど恭くんの鍛錬にはもってこいなんだよね、本来なら」

「とは言え、流石に装備なしではな」

言って腰に吊るしてある八景を軽く鞘の上から叩いてみせる。
ここまで鈍器として使ってきた八景であるが、流石に何度も徹を込めてモンスター相手に振るっていては、
徐々に柄から刀身に掛けて緩み始める。
このまま使用していては根元から折れるか、刀身だけが抜けてしまい兼ねない状態にまでなってしまい、
回収できるかどうか分からない以上、ここで手持ちの少なくなっている飛針などを消費するのも躊躇われ、
恭也はこうしてやり過ごせる場合はやり過ごすようにしてここまで進んできたのだ。

「こうもモンスターが徘徊しているんなら、貴重な武器が入った宝箱の一つや二つは欲しいよね。
 侵入者対策としてモンスターが居るんなら、普通は貴重な物があると思うんだけれど」

なのはたちがやっていたゲームを思い出し、恭也はユーフォリアの言う事に苦笑を見せる。
が、後半に関してはやや真剣な顔付きを見せる。

「つまりは導きの書に近付いているという事か」

「うーん、そうなのかな。寧ろ、こう簡単にやり過ごせるようなら問題あるような気がするけれど」

ユーフォリアの言う通りで、数や行動範囲こそは広いものの、特に周囲を警戒するでもなく、本当にただ歩いているだけなのだ。
勿論、モンスターが人の思い通りに動くはずなどないのだから、そこは予想外だったという事も考えられるが。

「そもそも幾らモンスターだからって、ずっとこのフロアに閉じ込められた状態で生存できるのかしらね」

「確かにそれも疑問だが……。それよりも、ユーフィがここに入ってすぐに言った事の方が気になるな」

「この禁書庫が振るい落としの場か、もしくは何かを封じているというやつ?」

「ああ。もしも後者の場合だったとしたら……」

「モンスターたちは上から来る者を警戒していなくて、下から来る者を警戒しているって事?」

「あくまでも可能性だがな。とは言え、そちらも警戒しているようにも見えなかったが」

恭也の言葉に同意しつつ、ユーフォリアは改めてモンスターたちの事を思い返してみる。

「うーん、このフロアに来るまでに遭遇したモンスターたちと違って、少し精彩に欠けていたような気がするのよね。
 それにほら、また前から来たけれど、同じようなルートを通っているし」

ユーフォリアの言葉に頷きつつも、恭也は見つかる前に物陰へと身を潜め、今度は注意深くモンスターの様子を窺う。
言われてみれば、ユーフォリアの言うように精彩に欠けているようにも見られる。
まるで催眠術にでも掛かったような感じで決められたコースを歩いていると言ったような。

「単純にこのフロアを巡回するように何か術でも掛けられているのか」

「流石にそこまでは分からないけれど、このフロアには他のフロアにはない何かがあるのかもね。
 他にも徘徊しているモンスターを見つけて、そのルートを突き詰めれば何か分かるかもしれないよ」

どうすると問いかけてくるユーフォリアに、恭也は少し考えるものの首を横に振る。

「今は時間がないからな。それにその何かが武器だとは限らないだろう」

「だよね。なら、先に進もう。階段を探している間に見つかったら儲けという感じで」

恭也の言葉にあっさり頷くと、ユーフォリアはモンスターが通り過ぎたのを確認して通路に飛び出す。
その後に続き恭也も通路へと出ると、次のフロアへと進むための階段を探すのだった。





 § §





目の前で切り伏せたモンスターに視線もくれず、大河はすぐさま次のモンスターへと向かってトレイターを振るう。
流石にずっと戦闘続きで息切れを起こしているが、かといって休ませてくれるはずもなく、
最早惰性にも近い形で剣状のトレイターを横に凪ぐ。
が、やはりそれはあまりにもまずい行動で、幾ら召還器によって身体能力が向上しているからといって、
そんな斬撃が何度も通じるはずもなく、大河の振るったトレイターを躱し、一体の蜥蜴の姿に似たモンスターが槍を突き刺す。
しまったと後悔するも遅く、振るわれた槍は大河の心臓目掛けて真っ直ぐに進み、その直前で大きく上を向く。
見れば、モンスターの額には光り輝く矢が突き刺さっており、これが命を奪ったらしい。

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「あ、ああ。未亜のお蔭で助かったよ、ありがとう」

大河は後ろに居る未亜に礼を言いつつ、気持ちを引き締める。

「ううん、お兄ちゃんが無事なら」

未亜は再び矢を番えて返し、今度はカエデの援護をするべく弦を引く。
その隣でベリオもまた魔法を唱え、リリィが撃ち漏らしたモンスターを倒しいく。
負けじとトレイターをナックルへと変化させ、大河はモンスターがまだ群れで居る箇所へと突っ込んでいく。

「はぁぁっ! って、いい加減に休ませろ!」

叫びながら斧へと変化させて大きく振る。
何倍にも向上した膂力により、数匹が纏めて身体を二つに割られ、勢いの衰えた最後の方であっても吹き飛ばされる。
が、やはり大型の武器を振り回した反動か僅かに生まれる隙。
そこを狙うモンスターは、未亜の矢が全て行動の邪魔をするか、その命を刈り取る。
それでも間に合わなかった部分へは、カエデが走り込んでいた。

「師匠、あまり一人で突っ込みすぎると孤立するでござるよ」

「分かってるって。今回は未亜とカエデがフォローしてくれるって分かってたから突っ込んだんだよ」

大河の言葉にカエデは小さく微笑をするも、その手足は忙しなく動いて近付くモンスターを倒していく。
暫く二人で背中合わせになってモンスターたちとやり合っていると、そこに矢だけでなく魔法の援護もやって来る。

「よし、向こうは全て倒したみたいだな。カエデ、一気に反撃するぞ」

「分かったでござる」

言うと同時に二人は反対方向へと向かっていく。
そんな二人を援護するべく、魔法と矢が飛び交い、数分後には全てのモンスターを退治し終える。
呼吸も荒く座り込む大河に、だらしないと腕を組んでリリィが見下ろすも、彼女もまた肩が上下している。

「ほ、本当にあと何階あるんだ」

リリィに言い返す気力もないのか、大河は誰にともなく尋ねるのだが、誰もそれに答えられる者はいない。
とりあえず、この周辺はモンスターの気配もなく、暫しの休憩とばかりに楽な姿勢を取る。

「しっかし、ここに居たモンスターたちってのはリリィの言うようにここにある物を守っているのか」

「勿論、それだけじゃないでしょうね。導きの書を目指す者、救世主候補たちの試練として放たれているんだから、
 下へと行こうとする者、いいえ、ここに来た者を襲うってのは間違いないわよ」

「だとしても、こんな数のモンスターが居たら、貴重な書物だからって確かに盗みに入ろうなんて考えは起こらないだろうな。
 って言うか、例え許可が下りたとしても誰がこんな所まで閲覧しに来るんだよ!」

そんな大層な物には見えないとぼやき、大河は近くにあった書物を一冊手に取る。
が、書かれている文字が複雑で、と言うか、大河には線と記号にしか見えず、余計に貴重な物には見えない。

「って、勝手に触――」

リリィが注意するも遅く、大河が本を開いた瞬間、そこからモンスターが飛び出す。

「って、飛び出す絵本かよ!」

言いながら本を放り出し、トレイターを呼び出すと向かってくるモンスターを斬る。

「明らかに本よりも体積が大きいだろうが」

文句を言いつつ落ちた本を慎重に拾い上げ、何も起こらないと分かるとさっさと本棚に戻す。

「このバカ! 散々、上のフロアでも注意したでしょうが!」

「ぐっ」

リリィが怒鳴るも、今回ばかりは大河も言い返せずに言葉に詰まる。
が、リリィが更に言い募る内に大河も我慢できなくなり、

「だぁっ! やかましいわ、このエセ魔術師! ついうっかり触っただけでそこまで言うか!?」

「そのうっかりで巻き込まれたら堪らないから言っているんでしょう!
 それとエセを付けるな!」

いつものやり取りに呆れる者、困った顔をする者と三者三様の反応をするも、
やはり疲れているのか、止めようと言う気力も湧かずに見守る。
が、不意にカエデが動く。

「ベリオ殿、後ろ!」

カエデの大声に全員の視線がベリオの背後へと向かい、
そこに今まさに棍棒を振り下ろそうとしている豚の顔をしたモンスターが居る事に気付く。
慌てて戦闘態勢を取るも、既に振り下ろされた棍棒が唸りを上げて叩きつけられる。
が、それはベリオには間一髪届かなかった。
モンスターの接近に気付いたカエデが、叫びながらベリオを突き飛ばしたからである。
が、その所為でカエデはその一撃を喰らってしまう。
短く息を吐く音がカエデの口から零れ、その身体が吹き飛ばされて床を滑る。

「てめぇー!」

第二撃を放とうとしていたモンスターとベリオの間に割って入り、大河はその攻撃をトレイターで受け止める。

「ベリオ、カエデを頼む」

「分かりました」

大河の声に呆然となっていたベリオは慌てて立ち上がり、床に倒れたままのカエデの元へと向かおうとするが、
その前にもモンスターが一体現れる。

「バルス!」

ベリオが足を止めて攻撃態勢に入るより先にリリィの魔法がモンスターに当たる。
極小さな魔法のために倒すまでには到らなかったが、ベリオが通り過ぎるぐらいの時間は充分稼げた。
現にベリオはリリィの声が聞こえると同時に走り出しており、その横を通り過ぎる。
しかし、勝手にモンスターが一体だけだと思い込んでいたベリオは、
倒れたカエデの元に行こうと気が急いていたというのもあるだろうが、周囲をよく見ていなかった。、
リリィの魔法を喰らったモンスターの後ろに、小さいモンスターがもう一体居たとは思ってもおらず、
無防備にも背中を晒す事となる。
気付いた時には槍はベリオの背中目掛けて突き出されており、それでも身体を捻ってそれを躱そうとする。
が、完全には躱しきれない事を悟る。そのまま腹を突かれる事を覚悟するベリオであったが、そこへ未亜の矢が飛んでくる。

「くっ」

見事なコントロールでモンスターの槍へと連続して矢を当て、その方向を逸らす。
とは言え、完全には逸らせずベリオの脇腹を掠る事となるが、それは致命傷とまではならない。
攻撃を掠った事で小さく声を漏らしたベリオであったが、すぐさま魔法を唱えモンスターよりも先に攻撃する。
ユーフォニアの先端から伸びた光線がモンスターの頭を吹き飛ばす。
安堵や未亜へのお礼も後に回し、ベリオはカエデの元へと向かいその身体をそっと抱き起こす。
その頃には大河とリリィもモンスターを倒し終え、カエデの元へとやって来る。

「カエデはどうだ?」

「幸い命に別状はないですけれど、あばらが数本に加えて内臓にもダメージがあるみたいです。
 急いで戻った方が……」

診断しつつベリオは軽い眩暈を覚えて頭を押さえる。
それに気付いた大河が心配そうな声を掛けてくるのに答えようとして、思うように口が動かず、
また身体が熱を持ったように暑くなってくる。
身体がふらりと揺れ、それを大河が慌てて支える。
リリィがベリオの容態を調べ、どうやら毒に侵されたようだと告げる。

「さっきの槍に毒があったって事か。リリィ、解毒はできないのか」

「ごめん、私にはまだ……」

「くそっ! ベリオ、自分で解毒の魔法を唱えられるか?」

尋ねるも、ベリオは大河の腕の中で半ば朦朧としており、呼吸もいつしか荒くなっている。

「カエデも早く戻した方が良いみたいだし、一体どうすれば……」

二人を連れて地上へと戻り、またここに戻ってくるまでの時間を考えるとリコが無事かどうか分からない。
更には恭也たちもまだこの中に居るだろうし。判断に迷っている大河を見て、未亜が決意するように口を開く。

「お兄ちゃんとリリィさんは先に進んで。私はベリオさんとカエデさんを連れて地上に戻るから」

未亜の言葉に大河は顔を上げるが、駄目だと首を振る。

「お兄ちゃん、私なら大丈夫だよ。私だってお兄ちゃんの役に立てるように訓練しているんだから。
 お願い、私を信じて!」

未亜の言葉に、その真剣な眼差しに大河は若干押されたように黙り込み、それでも負けじと未亜を見詰め返す。
暫く無言で見詰め合っていたが、やがて大河は諦めたように息を一つ吐き出す。

「分かった。ここは未亜に任せる」

「ちょっと」

何か言いかけるリリィを手で制し、大河は未亜を真っ直ぐ見詰めまま言う。

「ただし、絶対に無茶はするなよ」

「分かってるよ。むしろ、それはお兄ちゃんの方だよ。それとリリィさんと喧嘩しないようにね」

「分かった。けれど、もう一度言うぞ。くれぐれも無理だけはするなよ。良いな」

言い聞かせるように言う大河に未亜は頷き、笑みを浮かべる。

「ちゃんと導きの書を見つけてきてね」

「ああ、任せろ!」

未亜に向かって胸を叩いてそう宣言する。
こうして、未亜は意識のあるカエデに肩を貸し、ベリオを背負って地上を、大河はリリィと二人で更に下を目指すのだった。





 § §





「図らずも、このフロアの半分を見て回る結果となった訳だが」

「そのお蔭で色々と分かったね」

二人は共に渋面を作って改めて周囲を見遣る。
どうもこのフロアは本棚が四つ並び、それが延々と奥に続いている形となっているようである。
つまりは初めに見たまんまという事である。
隣の通路に移るには、突き当たるまで進まないと無理なようである。
所々、人が一人か詰めて二人が入れるような空間があったりもするが、それは決して隣の通路に繋がっている訳ではなく、
単にその箇所だけがコの字となっているだけであった。
恭也たちはこのフロアに来て右端を選んで進み、突き当たった所で全容を知る事が出来たという訳である。
何故、半分なのかと言うと、二つ目と三つ目の本棚もまた壁に隣接していたからである。
上から見て、回という字を本棚で形作っているという感じである。
真ん中が壁なのは間違いなく、下へと続く階段は丁度、入り口とは正反対の場所に位置していた。
では、何故渋面なのかというと、それは恭也たちが見詰める先、下へと続く階段の前の光景にあった。
そこには光り輝く魔法陣が描かれており、そこからモンスターが召喚されているのである。
召喚されたモンスターは二手に分かれ、通路をただ進んで行く。
その途中、侵入者に会ったら攻撃するようになっているみたいである。

「……入り口付近にあった魔法陣の謎がようやく解けたね」

「あれも召喚する為の物だったのか?」

「ううん、寧ろあれは送り返しているんだよ。このフロアではモンスターが一定数になるように調整されているんじゃないかな。
 普通なら召喚に必要な魔力、マナがいるからこんな事をしていたらこの地のマナが枯渇するはずなんだけれど、
 どうも送り返したモンスターをマナに還元しているみたい。で、それを使ってまた新たに呼んでいる。
 途中で倒されたモンスターは自然とマナに帰っていたから、モンスターを倒されてもマナは還元されるみたい。
 これじゃあ、まるでママが居た世界の……って、兎も角、そんな感じかな」

「つまり、階段を下りるにはあそこから召喚されるモンスターと戦わなくてはならず、
 また、倒した分同じ数のモンスターがあそこから呼び出されると」

「うーん、そう頻繁に召喚されている訳でもないみたいだから、召喚と召喚の合間に通り抜けできると思うよ。
 でも、出来ればあの召喚陣は壊しておいた方が良いかも」

「帰りが楽になるしな」

「それだけじゃないけれどね。あの魔法陣はこの世界の術式以外も使われているっぽいんだよね。
 それ自体はそんなに問題じゃないんだけれど、どうも嫌な予感がするの」

「ユーフィがそこまで言うのなら壊す事に依存はないが、どうやって壊すんだ。
 物理的に床を破壊すれば良いのか? それとも魔法的な何かか?
 どちらにせよ、俺には壊す手段がないんだが」

「……うん、あれを壊すのは私がするよ」

再びモンスターが召喚されるのを眺め、ユーフォリアはそう決断する。
それを聞いて恭也は素直に頷くと、モンスターたちが通り過ぎるのを待つ。
充分遠ざかった事を確認し、ユーフォリアは物陰から飛び出すと魔法陣へと走る。
その後ろに続きながら、恭也は手伝える事がないか尋ねるが、

「うーん、特にない……あ、一つだけあった。
 私が魔法陣を壊す間、もしモンスターが出てきたらその相手をお願い。
 それと、それまでは後ろから私を抱き締めてね」

「前半は兎も角、後半部分は必要なのか?」

「当たり前だよ。私は大きな力を使えないって言ったでしょう。
 だから、恭くんの中から少し力を借りるの。その為には少しでも多く触れているのが大事なの」

ユーフォリアの言葉に納得して頷く恭也であったが、前を向いたユーフォリアの顔が小さく笑っていた事には気付かなかった。
幸い、魔法陣を破壊するのにそれ程時間も掛からず、恭也たちはモンスターに遭遇する事もなく、

「これでお終いっと」

「お疲れ様、ユーフィ」

「別に大した事じゃ……う〜ん、やっぱり疲れたよ恭くん。もうちょっとこのまま〜」

「疲れたのなら、立っているのも辛いだろう。座るか?」

「……はぁぁ、ううん、良い。もう大丈夫だから」

「そうか? なら次のフロアに行こうか」

ユーフォリアの態度に首を傾げつつ、恭也はさっさと階段へと向かう。
その背中を眺めつつ、ユーフォリアは軽く肩を竦め、だがすぐに笑みを見せるとその背中に抱き付く。

「えへへ〜♪」

「ユーフィ、何を」

「次のフロアまで運んで〜」

甘えた声で言ってくるユーフォリアに、恭也は反論しようとするも、先ほどの疲れたという言葉を思い出して、
大人しくユーフォリアを背負うと次のフロアへと向かうのだった。





 § §





「ここは上とは違って道が二つだけだな」

「先に進むとどうなるのかは分からないけれどね。
 それにもし本当に道がこの二つだけなら、挟み撃ちされると危険よ。他に逃げ道がないもの」

リリィの言葉に二人となってしまった事を思い出し、大河は改めて慎重に歩を進める。
が、その正面に魔法陣を見つけて足を止める。

「リリィ、あれが何だか分かるか?」

「召喚、いいえ、逆召喚かしら。でも似ているけれど少し違うわね」

魔法陣に近付いて確認するも、はっきりと断言はできない。

「罠とかじゃないだろうな」

「絶対に違うとは言い切れないけれど、その可能性は低いと思うわよ。
 幾つか理由があるけれど、最たるものとしては既に恭也たちが通過しているはずだもの」

「罠なら既に発動しているという訳か。なら、さっさと追いつくぞ」

「だから、アンタが仕切るな!」

言って左へと進む大河に文句を言いつつもリリィも続く。
警戒しながら進むため、どうしても先程よりも若干進む速度は遅くなってしまうが、それでもと二人は首を傾げる。

「ずっと真っ直ぐな上に全然モンスターも罠もないな」

「もしかして、何もないフロアなのかしら」

そんな事があるのだろうかと思いつつも、あまりにも遭遇しない状況に自然と気が緩みそうになる。
それを何とか持ち直し、辺りを警戒しながら進む二人。
ふとリリィは右手の本棚に違和感を感じて足を止める。
リリィの前を歩いていた大河も同じように足を止め、どうかしたのかと振り返る。
それに答えずリリィは手を伸ばして触れるか触れないかの所で手を止めると、静かに目を閉じる。
尚も尋ねようとする大河に少し黙っているように言い、集中するかのように掌に、いや、その手に付けたグローブ型の召還器、
ライテウスへと意識を集中させる。
文句を言おうとした大河であったが、その様子に何かあると思ったのか口を閉ざす。
どれぐらいそうしていたのか、恐らくは一、二分だろうが、ようやくリリィが目を開く。

「やっぱりここに何かある。感じる、いいえ、ライテウスが教えてくれている?」

自分でも確信とまではいかないまでも、何か感じるのは確からしく、リリィはゆっくりと本棚に向いたまま横に移動して行く。
やがて不意に足を止めると、何かに導かれるように本棚から一冊の書物を抜き、続けて何冊を抜いていく。
本を抜かれた箇所がぼんやりと光を放ち、大河は罠かと身構えるのだが、リリィは慌てた様子もなく抜いた本をまた戻していく。
いや、先ほどとは違う本を入れていく。
全ての本を戻し終えたリリィは、最後にもう一冊本を抜くと、その抜いた箇所へとライテウスを着けた手を入れる。
と、不意に何かが外れるような音を立て、目の前の本棚が奥へと引っ込み、続いて思い音を立ててその本棚が横へとスライドする。

「隠し部屋か?」

目の前の出来事に半ば呆然としつつ大河がそう声を出し、リリィも信じられないといった様子で目の前の入り口を見る。
無言でどうするという視線を交わし合い、二人は同時にその中へと足を踏み入れる。

「しかし、よく分かったな、こんな所」

「自分でも驚いているわよ。ただ、何となく分かったと言うか、イメージが頭の中に流れ込んできたのよ。
 もしかしたら、ライテウスのお蔭なのかも」

言いながら、手に魔法の炎を生み出して灯り代わりにする。
部屋は四メートル四方の小部屋で、入り口を除く三面には本棚が立てられており、そこには当たり前だが本が陳列していた。

「って、これだけ期待させておいて宝箱の一つもないのかよ。あるのは本ばっかりかよ」

ぼやく大河に対し、リリィはここに置かれた本が全て貴重な物だと理解する。
とは言え、確かにこんな厳重に隠す程の物ではない。
何故こんな物が思う間もなく、またライテウスに導かれたかのように右手の本棚の前に立つ。
一冊の本を取り出すと、その奥に何かが見え、続けて周囲の本も取り出す。

「お、小さいけれど宝箱じゃないか? 何が入っているんだ?」

「って、勝手に取るな!」

リリィの行動を見ていた大河が後ろからひょいと三十センチ程の小箱を手に取り、
開けようとするも鍵が掛かっているみたいで開かない。

「ちっ、実際はそんなに上手くはいかないか。どっかに鍵ないのかよ」

キョロキョロと周囲を見渡す大河の手から箱を取り上げ、文句を言う大河を睨みつける。

「先に見つけたのは私でしょうが!」

言いつつ鍵を確認するように箱に手を掛ければ、突然ライテウスが光だし、鍵が開く音がする。
思わず大河を顔を見合わせ、ゆっくりと蓋を開く。

「何だよ、また本かよ! 同じ本ならもっとグラマーな姉ちゃんの写っている本とかが入って置けよ!
 って、これだけあるんだ。ましてや隠し部屋まで作って隠した本。ここを作ったのが男なら……ぐふふふ。
 リリィ、俺はあっちの本棚を調べてくるわ!」

満面の笑みを見せて本棚へと向かう大河の言葉を半分聞き流し、リリィは箱に入っていた書物をゆっくりと取り出す。
表面にはこの書を記したのであろう人物の名が記されている。

「M・アイスバーグ」

その名を呟き、リリィはゆっくりと書を開き、驚きに小さく目を見開く。
どうやら、この書を記した人物は過去にライテウスを所持していた人物だったらしく、
リリィさえも知らないような魔法だけでなく、魔術師の弱点とも言える接近戦や、
同じ魔法でもバリエーションに富んだ使い方について記されていた。
ゆっくりと読んでいる時間がない故、パラパラと捲っていくが、その指が不意に止まる。

「これって……禁呪? イクスハーラーティア・マテリオ……」

暫くそのページに見ていたリリィであったが、すぐに本を閉じるとライテウスに視線を落とす。

「やっぱりライテウスが教えてくれたのね」

リリィの言葉にライテウスは何も応えないが、リリィは確信する。
そして、その書物をそっと懐に仕舞いこむと、何事もなかったかのようにいかがわしい本を探している大河へと声を掛ける。

「大河、こんな所で油を売っている暇はないわよ!」

「ちっ、分かってるよ! で、そっちは何か収穫あったのか?」

「特にこれと言ってめぼしい物はなかったわよ。さっきの本も幾つか強力な魔法が書いてあっただけだし」

嘘ではないが物が物だけにリリィはそう言っておく。
実際、この書物が持ち出し可能かどかは分からない上に、
恐らくこれはライテウスの持ち主であるリリィにしか意味をなさない物だ。
そもそもライテウス自身が教えてくれたのだと確信している今、リリィはその本を手にした事を口にせず、
さっさと大河を促して部屋を後にする。間違いなく、この隠し部屋を開く鍵はライテウスである。
故に閉じてしまえば、リリィ以外はここを訪れる事はもう出来ないだろう。
だから、これを持ち出しても問題はないはず。
そう考え、リリィは隠し部屋を後にする。
その後を先に行くなと文句を言いながら大河が追い付き、追い越すと先陣を歩く。
二人は再び周囲を警戒しながら、フロアを進んでいくのだった。





つづく







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。







▲Home          ▲戻る