『刻まれる時の彼方 ～Duel Heart of Eternity Sword～』
２２話 禁書庫Ⅴ ～守護獣との対決～
守護獣に向かって走る大河の援護に未亜が矢を放つ。
龍の頭部から吐かれる炎が未亜の矢を焼き消すも、大河は構わずに守護獣の懐を目指して足を動かす。
それを待ち構えるように獅子が口を開け、山羊が角を構える。
大河が大きく振り被ったトレイターが振り下ろす際には斧へと形を変えて山羊の頭部を断ち割らんとするも、
構えていた獅子の牙に受け止められ、逆にその空いた胴へと山羊の角が突き刺さらんとする。
かろうじて身を捻り躱す事ができるも、回避行動により足が止まってしまう。
そこへ蛇の尾が鎌首を持ち上げ、同時に龍の口から炎が吐き出される。
それらの攻撃から逃れるため、大河は後ろへと大きく距離を取る事を余儀なくされる。
その間にも繰り出される未亜の攻撃もまた、三つの首に尾、両翼から巻き起こる暴風の前に守護獣を傷付ける事が出来ないでいた。
しかし、当初の予定通りに注意を惹きつける事には成功しており、背後で攻撃に加わる様子を見せないリコには今の所、
関心はいっていないようである。その事に万が一の為に傍にいるリリィは胸を撫で下ろしつつ、けれども現状に内心では焦りを抱く。
かといえ、リコを急かすように声を掛けて邪魔するような真似はせず、ただじっと目の前の戦況を見詰める。
やがて、それまで閉じられていたリコの目が開かれる。
「大河、未亜、こっちの準備は良いわよ！」
待っていた時が来たとリリィが合図を送れば、トレイターで守護獣の攻撃を受けていた大河はその鼻面を蹴って距離を開け、
そこへ未亜の矢がそれまでとは異なり、正確さは多少欠くものの、数十本という数の矢を降らせて大河の後退を援護する。
素早く床を蹴って更に距離を開けた大河に、今度は守護獣が逃がさないとばかりに未亜の矢の攻撃が止むと同時に前へと突進してくる。
慌てて更に距離を取ろうとする大河だが、守護獣の方が素早くその距離が縮まる。
そして振り被られる大きな前足。それを前にして大河は焦った表情から一転して笑みを浮かべると、
「リコ！」
リコの名前を呼び、それを合図とするかのように、リコが両手を前へと突き出す。
が、何も起こらない。不発のようにも見える行動ではあったが、ちゃんとその効果は現れており、守護獣の足元、
守護獣を囲むように大きな魔法陣が浮かび上がる。それが何なのか理解するよりも早く、守護獣の姿が消える。
「……成功だな」
暫く守護獣が消えた場所を見ていた大河がポツリと呟くと、それを肯定するようにリコが首を振る。
「逆召喚で上のフロアに飛ばすなんてよく思いついたよな」
「でも、本当にこれで良いのかな？」
「良いんじゃないの。別に無理に倒さなくても、私たちの目的はあくまでも導きの書なんだし」
「問題ありません。書の封印とあの守護獣はまた別ですから。あくまでも、あれはここを守るだけの存在です」
流石に疲れたのか、いつもよりも更にポツリポツリと喋るリコに、早く書をとリリィが真っ先に向かう。
その様子に肩を竦め大河も幾分か安堵し、空気が緩む。
そんな隙を付くかのように空気が揺らぎ、
「リリィさん、下がって！」
珍しく慌てた様子で大声を出すリコであったが、その言葉の意味をすぐに理解できず、リリィはリコへと振り返る。
瞬間、背中に熱い熱を感じ、続けて体からが力が抜けて今度は寒気を覚える。
その耳には獣が低く唸る声が聞こえ、頬には冷たい感触があり目の前は闇に包まれる。
違う、闇に閉ざされたのではなく急激な出血により意識が遠ざかろうとしているのだ。
その事に気付くよりも早く、リリィの意識は完全に闇へと落ちる。
リリィのすぐ傍には、先程上の階へと飛ばしたはずの守護獣が立ち、意識のないリリィへとその爪を振り下さんとしていた。
思わず足を止めていた大河は我に返り、リリィの元へと走りながら未亜とリコに守護獣の注意を引くように告げる。
大河の声に未亜が真っ先に反応し、振り上げられた前足へと炎の矢を放ち、防がれても、寧ろそれを目的としてすぐさま第二射、
三射と続けて矢を放つ。続け様に放たれる氷や雷を纏う矢の連射にリリィへの攻撃を諦めたのか、守護獣は一度後ろへと下がる。
そこへリコの召喚した隕石や雷が降り注ぎ、リリィとの距離を更に広げさせる。
「良いぞ、二人とも！」
二人の攻撃を賞賛しつつリリィの元へとやって来た大河はリリィを抱えると、
こちらに気付いた守護獣の炎が届くよりも早く跳躍し、未亜たちの元へと戻る。
「しかし、幾ら何でも戻ってくるのが早すぎるっての。少しは気を利かせてゆっくりと戻ってこいよな」
冗談とも本気とも取れない口調でそう愚痴り、大河はリリィをリコに渡す。
まさか守護獣がこうも簡単に戻ってこれるとは思っていなかったリコは内心臍を噛む思いで、リリィを素早く診察する。
ざっとリリィの状況を見遣り、リコは幾分焦った口調で告げる。
「今すぐ戻らないとまずいかもしれません。傷は簡単にですが塞ぎましたが、出血が多すぎます」
「そうか。だとしても、そう簡単に見逃してもらえるかどうか……。
リコ、今は後悔している場合じゃないぞ。それに、あの作戦には俺たちだって賛成したんだから。
まさかあっさりと戻ってこれるなんて、俺たちだって考えなかったんだ」
リコの声から何かを感じ取ったのか、大河は守護獣から目を逸らさないままそう口にし慰める。
大河の言葉に小さく頭を振り、リコは守護獣を見据える。
「ありがとうございます」
小さく囁かれた礼の言葉に大河は笑みを浮かべて返し、先程よりも少し慎重にこちらの様子を窺っている守護獣に内心で安堵する。
また攻めて来られたら、今度はリリィを抱えている分だけこちらの動きが鈍っており、躱しきれるか危ぶまれる。
故に守護獣へと精一杯威嚇するように睨みを利かせ、動こうとする度に未亜が矢を放つ。
とは言え、いつまでもこのままでいられるはずもなく、現に守護獣の方が徐々にではあるが大河たちとの距離を詰めに来ている。
「お兄ちゃん、ここは私が注意を引き付けるから、その間にリリィさんを連れて……」
「駄目だ。残るのなら未亜じゃなくて俺の役目だ」
守護獣の頭上に矢が降り注ぐように放物線を描くように矢を放ちながら言った未亜の提案を、大河は即座に却下する。
これだけは譲れないとばかりに、いつものようなふざけた調子など欠片も見せず、大河はそう言い切る。
尤も、その後に、
「導きの書がすぐそこにあるのに引き返せるかよ。俺のハーレムがすぐ目の前なんだぞ」
そう付け加える大河であったが。
だが、大河との付き合いが長い未亜にはそれが何を目的としているのかよく分かっており、
いつものように殴ったり怒鳴ったりする事もなく、たが優しい顔でしょうがないなという目を向ける。
見抜かれて若干恥ずかしいのか、大河は未亜から顔を背けると、
「リコ、未亜とリリィを上の階へと飛ばしてくれ！」
そう言い置いて守護獣へと駆け出す。
ほぼ同時に守護獣の方も駆け出しており、二人の距離はあっという間に縮まり刃と爪がぶつかり合う。
左右から炎と雷が吐き出され、前方からは大きく開かれた顎が鋭い牙を覗かせて迫る。
唯一の武器は爪で押さえつけられており、防ぐには武器を手放すしかない。
それをあっさりと決断すると、大河はトレイターを手放して後ろではなく前へと飛ぶ。
守護獣の腹の下へと潜り込み、素手になった右手を握ると、
「来い、トレイター！」
手放したばかりの召還器の名を呼ぶ。
召還器もそれに応えるように一瞬で大河の手の中に再び現れ、その力を持ち主たる大河へと与える。
「だぁぁぁっ！」
叫びながら突き出されたトレイターが守護獣へと突き刺さり、守護獣が苦痛からか絶叫を上げる。
飛び上がり逃れようとした守護獣を逃がさないとばかりに大河は体を起こし、そのまま突き刺さったトレイターを薙ぐ。
その巨体に決して小さくはない傷を刻まれ、巨体を振り回し、三つの首からは滅茶苦茶に炎を雷を吐き出して暴れる。
その胴体から血を流しているとは言え、流石にまだ倒れる様子もなく、寧ろ瞳に怒りの色さえ滲ませて大河を睨みつける。
完全に大河を得物として定めたようで、リコたちには目もくれない。
望んだ状況とは言え、流石に大河もやや冷や汗を流す。
それでもトレイターを構え、慎重に守護中との距離を測る。
何度目になるか、守護獣へと向かって走り出す大河。
守護獣の方もそれをしっかりと見据え、背中の翼を強くはためかせて風を巻き起こす。
「くっ」
暴風に足の鈍った所へと炎の玉が吐き出され、地面にぶつかって炎の並となり広がる。
大河は所々制服を焦がしながらもぎりぎりで躱し、トレイターをランスへと変化させて吶喊する。
その眼前に炎が吐き出され、薄くも広い範囲を炎で埋め尽くす。
自分から飛び込む形となった大河は、触れるか触れないかのギリギリの所で地を蹴り宙へと跳んで、またしても躱す事に成功する。
が、空中と言う自由に動けない場所へと逃げた大河に、それが狙いだとばかりに雷が降り注ぐ。
「これぐらいでやられてたまるか！」
トレイターを爆弾へと変化させ、そのまま雷へと目掛けて投げる。
二つがぶつかり爆発を起こし、大河はその爆風に押されるように後方へと吹き飛ばされ、
床を数回転がった所でようやく止まると、トレイターを呼び戻して立ち上がる。
「つぅ……やっぱり、いてぇな」
雷の直撃を免れはしたものの、全くダメージがない訳ではないのだが、やはり直撃よりはましだろう。
あの一瞬でそこまで考えたかどうかは分からないが、大河は何とか無事に立ち上がり、
こちらへと振り下ろされていた爪をトレイターで受け止める。守護獣は爪を巧みに使って大河のトレイターを逃さぬようにする。
大河の頭上から尾である蛇が威嚇の声を上げながら迫る中、大河はトレイターを剣からナックルへと変化させる。
急に反発していた力がなくなり、前のめりになりながらも振り下ろされる前足を土台にし、大河は蛇の頭をナックルで殴りつける。
突き出される山羊の角を同様にナックルで弾き、迫る獅子の頭を蹴って距離を稼ぎ、
それでも執拗に迫る龍の牙へと剣にしたトレイターを合わせて受けきる。
肩で息をする大河に、休ませまいと守護獣が次々と攻撃を繰り出す中、遂に大河の足を蛇が捕らえ、地面へと転がせる。
「しまった！」
思わず声に出しながら、三方から迫る頭部へと斧に変化させたトレイターを大きく振って何とか身を守ろうとする。
が、守護獣も離してはならないとばかりに大河の足に食らい付いた蛇は力の限り大河にへばりつき、
三つの頭部は大河の攻撃を掻い潜り大河へとその牙を突き立てんとする。
が、あまりにも大河にばかり注意しすぎた。
その背中に轟音と共に雷が落ち、思わず緩んだ蛇の頭部がいつの間にか接近していた軟体物質の高速回転によって引きちぎられる。
ようやく自由になった大河だが、すぐにはその場から離れる事はできなかった。
何故なら、大河だけでもとばかりに三つの頭部が尚も大河へとその口を開き迫っていたからである。
その三つの攻撃を何とか躱した大河の足元にいつの間にかリコがやって来ており、大河の足を掴むと、
「大河さん、お願いします」
「一体、なに……」
何をお願いするのか聞くよりも早く、大河の視界が一変する。
さっきまで見えていた気持ち悪い顔はなく、そこに見えるのは天井。
それだけでなく、感じるのは自分が落下していると言う感覚。
すぐさま体の向きを変えれば、どうやら自分は天井すれすれの位置から落下しているらしく、その落下先には守護獣が見える。
リコのテレポートで飛ばされたのだと気付き、大河はそのまま急にこちらを見失い、
代わりにリコを次の標的にした守護獣目掛けて落下する。
三つの首の付け根へとトレイターを深く突き刺し、そのまま斧へと変化させる。
体の内部から引きちぎられる痛みに方向を上げる守護獣に構わず、大河は数度トレイターを突き刺す。
「大河さん、守護獣の体にトレイターを突き刺して離れてください！」
いつの間にか守護獣から離れて呪文を唱えていたリコの声に従い、大河は守護獣の体にトレイターを突き刺し、
そのまま守護獣から飛び降りると距離を開ける。
直後、耳を劈く轟音が鳴り響き、視界が白く染まる。
耳鳴りがする中、大河が見たのは突き刺したトレイターを避雷針とし、何条もの雷が一箇所に落ちていくと言う光景であった。
未だ鳴り止まない耳鳴りで他の音が聞こえない中、ビクリと体を大きく振るわせた守護獣はゆっくりと倒れていく。
「倒したのか？」
動く気配を見せない守護獣に大河がゆっくりと近付き、途端、守護獣の閉じられた目が開く。
大河が後ろへと跳んだと同時に雷が数条その体に突き刺さり、やがて守護獣の体が光って四散する。
その光景を見て、大河はようやく胸を撫で下ろす。
「お、驚かせやがって。何にしてもこれで終わりだよな」
トレイターを呼び戻して告げた大河の目に、難しい顔をしたリコが映る。
「どうかしたのか、リコ」
「いえ、これで本当に終わるなんて……いえ、何でもありません」
リコの様子に首を傾げるも、すぐに大河の興味はようやく見つけた導きの書へと向かう。
そんな中、リコは一人考え込んでいたが、大河の本を縛っている鎖が取れないという声に我に返り、考えるのを止める。
その様子を離れた所で見ている三対の視線には最後まで気付く事はなかった。
「良かったのか、ユーフィ。手を出さないと言っておきながら、最後のあの攻撃は」
「うん、あれに関してはね。どうも可笑しな力が働いていて、すぐに復活するようになっていたみたいだから。
それに私が攻撃したのは、あの守護獣の本体とも言うべきものだもの。あれを砕かない限り、あれは永遠に復活するからね。
そして、それはこの世界ではなく私たち側の力だから。だから、最後の攻撃は問題ないんだよ」
言って物陰に潜んでいたユーフォリアは、導きの書がある祭壇よりも更に奥、
先程自らの魔法で砕いた小さな欠片のあった場所を見る。
そこにはもう何もなく、何かがあったという痕跡さえも見つけられない。
だが、ユーフォリアは自分たちの敵の存在の介入をはっきりと感じ取るのであった。
つづく
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