『黒き剣士と妖精』






第一話





恭也が可笑しな声を聞いたと思った次の日。
いつもの如く朝の鍛錬を行うために起き出し、これから着替えようとしたその時にそれは起こった。
突如、本当に何の前兆もなく立ってもいられないぐらいの地震が恭也を襲う。
不意に光が、闇と言った方が良いような黒い光の柱が天井近くまで立ち昇る。
地面に手を付きながら恭也がそれを見上げていると、光はその範囲を広げていき、恭也を飲み込んでしまう。
光に包まれた瞬間に激しい頭痛と吐き気に襲われるも、恭也はそれに耐えながら光の外へと出ようとする。
その時、不意に足元の地面が崩れ去り、身体が持ち上がるような感覚が襲う。
そんな中、恭也は昨日聞いたのと同じ声を聞く。
女性のような声が何かを恭也へと語り掛けてくる中、恭也の視界が完全な闇に包み込まれる。
尚もか細き声で何かを語り掛けてくる声へと、恭也は薄れゆく意識の中で何かを応えるように小さく口を動かし、
その意識を完全に手放した。





 § §





悠人がようやく妹の佳織と再会できたのは、ひとえに王女であるレスティーナのお陰であった。
元々居た地球からこの異世界へと来てしまった悠人を待ち構えていた運命は、
人とは違う妖精、スピリットを率いて他国と戦うことであった。
神剣と呼ばれる使い手を選ぶ、だが手にした者に力を与える剣を手にした悠人は、
己が意志とは関係なく、断れないように妹の佳織を人質に取られ従うしかなかった。
人には逆らえず、常に人のために戦わされるスピリット。
その境遇に疑問を感じつつも、幾つかの戦場を共に駆け抜け何とか生き延びてきた悠人へと、
レスティーナより先の任務の報酬として、妹が解放されたのである。
その数日後、突如悠人がスピリットたちと暮らす屋敷にまで大きな爆発音が届いてくる。
その元が城であると分かった悠人は、佳織を残して城へと駆けつける。
そこで目にしたのは物言わぬ兵士たちと、城に侵入したであろう敵スピリットの気配であった。
城に駆けつけた悠人はそこで蒼白い髪に青い瞳の少女と合流をする。

「アセリア!」

悠人がアセリアと呼んだ少女は、悠人の声に振り返るとその傍までやって来る。

「エスペリアたちは謁見の間の方に向かったか?」

こくりと頷き、アセリアはその身と同じはあろうかと思われる剣を抜き構える。
アセリアの行動を不審に思いつつ尋ねる悠人へとアセリアはその背後を顎で指し示す。
そこには侵入者と思われるスピリットの姿が数人あった。



同じ頃、他のスピリットたちも城の異変に気付き、即座に城へと駆けつけて行く。
そんな中、小柄で黒髪をツインテールにした少女も城へと駆けつけようと山道を掛けていた。
夕食後、一人剣の修行をしていたのだが、疲れて一休みのつもりが気付けばそのまま眠りこけていたのだ。

「あああ、私のバカ、バカ」

後悔と自責の念を胸に抱きながら駆ける少女の足が不意に止まり、キョロキョロと周囲を見渡す。
緊張した面持ちで腰に下げた刀に手を添え、振るえる身体を押さえ込むようにしてもう一度辺りを警戒する。
嫌な汗が背中を流れるが、どれだけ待っても襲撃者らしき気配はない。
相当の手練れかとも思ったが、それにしては一向に襲い掛かってこない。
もしかしなくても、自分の勘違いと一人赤面する少女――ヘリオンであったが、刀から手を離した瞬間に、
またしても声を聞いたような気がしたのだ。
いや、正確には声ではないだろう。
ただ何かに呼ばれたような気がしたのだ。
急いで城に駆けつけなければならないという思いもあったが、どうしても気になってしまったヘリオンは、
その進路を城とは正反対の方へと変える。
何故、そちらなのかと言われても明確な理由などはなかっただろう。
ただ自分の相棒でもある神剣、第九位失望がそっちと言ったような気がしたからである。
第九位である神剣にそこまで明確な意思があるはずもないのだが、ヘリオンはそちらへと足を進める。
人が今まで踏み入った事もないような茂みを掻き分けて暫く進むと、今度は大きな崖が立ちはだかっていた。
ヘリオンは背中の翼を広げて崖下へと降り立つと、そこにぱっと見は分からない洞穴を見つけた。
何となくこの中だと確信に似たものを抱き、ヘリオンはその中へと踏み込んでいく。
暗がりに少し怖がりつつも進みきったその先、行き止まりへと辿り着いたヘリオンの前には、
地面に突き刺さった剣が一本と、その傍に倒れている男の姿があった。





つづく







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