『黒き剣士と妖精』






第三話





何となく困ったようにこちらを見つめてくる恭也に、ヘリオンは何をすれば良いのか分からずに見つめ返す。
互いに何故か無言で見詰め合ってしまい、やや照れつつも何か言おうとする。

「あー」

禍因と名乗りつつもティアと呼べと言った神剣を指差しつつ、恭也はとりあえずこれが誰のか尋ねようとするも、
神剣そのものから恭也のものであるという意思が伝わってくる。
さっきまでのようなはっきりとした言葉ではないが、それはさっきの声と同じく禍因からだと何故か分かる恭也。
一方、真剣を指差したまま動きを止めてしまった恭也に、
ヘリオンはまさか神剣に精神を乗っ取られたのかと不安そうに立ち上がる。
神剣と共に生まれ、共に死すスピリットでない者が神剣の担い手に選ばれたとしても、
そういった事柄が起こり得るのである。
十位という意志も力も弱い神剣に使い手を乗っ取るような力はないと思いつつも、警戒するように立ち上がる。
その警戒する態度に恭也の身体が思わず少しだけ反応してしまい、
ヘリオンは必要以上に自身の身体に力を込めてしまう。
後ろに飛び退くか、それとも恭也の身柄を押さえるために前へと出るか。
一瞬の躊躇、そして慌てていた事による周囲の状況確認の欠如。
そういった諸々からヘリオンは前へ後ろへと身体をふらふらさせ、等々顔から地面へと倒れ込む。
そこを恭也が咄嗟に抱きとめるが、それに慌てて恭也の傍から離れようとし、今度は後ろから倒れそうになる。

「落ち着いて」

腕を掴んで引き寄せ、何とか腕の中にヘリオンを抱える。
今度はヘリオンも少し冷静になったのか、助けてくれようとする恭也に任せ、素直にそのまま引っ張られる。
お礼を言いつつ、まだバクバク言っている胸をほっと撫で下ろした所で、自身の腕を恭也の腰に回していると知り、
やや恥ずかしそうに赤くなって恭也を見上げる。
一方の恭也も助けるためとは言え、抱きしめるような態勢になって照れつつも、
ヘリオンをじっと見下ろし、さっきのドジな所に美由希の姿を思わず重ねてしまう。
互いに少し照れつつも。それを誤魔化すように小さく笑い合う。
その時、洞窟に大きな声が響く。

「あー! ヘリオンが知らない人と抱き合ってる!」

その声に続き、大勢の気配がこちらへと向かってくるのを恭也は感じる。
ヘリオンはヘリオンで、その声に覚えがあり、かつその内容に誤解だと必死で伝えようとする。
が、パニクって恭也から離れるというのをすっかり忘れている。

「ち、違います!
 これは、倒れそうだった所を助けて…って、お願いですから聞いて下さい、ネリー」

そんな弁解をしている内に、ネリーと呼ばれたポニーテールの少女の後ろから、ショートカットの少女が現れ、

「ふぁぁぁ〜、本当だ〜」

そう溢す。その後ろからがやがやと騒がしい音がして、恭也はそちらへと意識を向ける。
気配を探れば、後二人いるようである。
恭也は気配を探りつつも、慌てて暴れるヘリオンを離すわけにもいかず、倒れないように支えたままで居る。

「シアーも違うんです、違うんですよ〜」

新たに現れた少女の名前だろうか、シアーに向かってもヘリオンは弁解しようとする。
だが、その口からは意味なすような言葉は出てこず、恭也はこのままではヘリオンに迷惑が掛かると割って入る。

『ヘリオンさんの言う通り、これは誤解なんです』

恭也がそう口を挟むも、ネリーとシアーはきょとんとした顔で首を傾げるだけである。
今更ながらに言葉が通じない事を思い出して困る恭也であったが、そこへ先程感じた二つの気配がやって来る。

「こら、ネリーにシアー、先に行くなと言っただろう。
 確かに、ヘリオンの事を心配する気持ちも分かるけれど、何があるか分からないんだから……、と悪い。
 邪魔したなヘリオン。ほら、ネリー、シアー帰るぞ」

現れたのは少女と恭也よりも少し下といった少年で、その腰には少し変わった形の剣を吊るしていた。

「パパ、どうしたの?」

「オルファ、邪魔したら悪いだろう。だから、俺たちは帰ろう」

「ああ、ユートさま、違うんです! 誤解なんですって!」

パパと呼ばれた少年を見るが、見た目の年齢から推測するに本当の親子ではないだろう。
そう判断し、ヘリオンの言葉を聞いて目の前の少年がユートという名前だと知る。
流石にさっきよりもとんでもない勘違いをされているようなので、恭也も無駄だと思いつつもつい口を挟んでしまう。

『ヘリオンの言うように、本当に違うんです。俺はただ、倒れそうになったヘリオンを…』

そう説明しようとした時、ユートは驚愕の顔で振り返って恭也を見つめる。

『おまえ…いや、あなたは日本語が分かるのか』

『そういうあなたも…』

恭也とユートは顔を見合わせつつ日本語で話をする。
その言葉が分からない他の者がきょとんとする中、恭也はヘリオンの態勢を直し、
自分の足で立ったのを確認するともう一度ユートに向かい合う。

『とりあえず、高町恭也です』

『ああ、そうだったまだ名乗ってなかった。
 高嶺悠人だ、いや、です』

『無理に敬語を使わなくても構いませんよ。
 それよりも、ここは何処なんですか』

どの辺りにある国なのか尋ねる恭也に、悠人は何も事情を知らないと悟り、ゆっくりと恭也に説明する。
まず、ここは恭也の知っている世界ではないということ。
ファンタズマゴリアと呼んでいるが、この世界は全てマナによって成り立っていること。
それは有限であるために、国同士のいざこざがあり、
その矢面に立つのが人に逆らえないスピリットと呼ばれる少女たちで、ヘリオンたちがそのスピリットである。
人間の道具として心があるのにその扱いは酷いものである。
だが、この国の新たな女王はスピリットにも自由を、本当の平等を求めている。
それを聞いて恭也は少しだけ安心した。
一週間ほどとは言え、ヘリオンと接した恭也は彼女たちが蔑まれ虐待されていると聞いて憤りを感じていたのだ。
だが、やはり人々がそう簡単にそれを受け入れるはずもなく、まだまだ道は長いだろうが、
それでもそういった人物が居る事は、まして民の上に立つ者がそういう心構えなのは嬉しいことである。
恭也がしみじみと思っている中、悠人はようやく核心とも言うべき所を口にする。

『異世界から来た永遠神剣を扱う者、俺や恭也はエトランジェと呼ばれている』

『エトランジェ?』

『ああ。恭也のその神剣も何か言ってただろう』

恭也は悠人に禍因が語った事を話して聞かせる。

『十位? ヘリオンの失望よりも下の位なのか。
 それは兎も角、ティア? 何か軽そうな神剣だな。こっちのバカ剣とは大違いだ。
 しかも、大人しいみたいだし、羨ましい』

そう溢した瞬間に軽い頭痛を覚え、神剣の柄を殴る。
悠人曰く、位が上がれば意志も力も強くなる分、中には所有者を乗っ取ろうとするものもあるとのこと。
そんな危ない感じを禍因からは受けなかった恭也は、とりあえず胸を撫で下ろす。
が、自分がここに居る理由がまだ不明で悠人へと尋ねてみるも、悠人自身も首を横に振る。
多分は禍因が呼んだんじゃないのかと。
帰る方法も分からず途方にくれる恭也へ悠人は一緒に来るか尋ねる。
ただし、その場合は戦力として数えられるであろう事も。
暫し考え込む恭也を、ヘリオンがじっと見つめる。
話している正確な内容は分からないものの、何となく何を考えているのか分かったのかもしれない。
期待するような目付きでじっとこちらを見てくる。
その目は新しい鍛錬をやる時の美由希に似ていて、恭也はヘリオンの考えを悟る。
何度か鍛錬している所をじっと見つめていたのは、やはり手合わせしたいという事だったのだろうと。
戦争が始まるかもしれない、いや、少なくともサーギオス帝国とは戦う事になる状況だが、
難しい事を考えなければ、ヘリオンに対する恩を少しでも返せるかもしれない。
そう考えて恭也は悠人の誘いを受ける事にする。
その旨をヘリオンたちに悠人が伝えると、ヘリオンは嬉しそうな顔を見せる。

「恭也、私と手合わせしてくださいね」

『ああ』

ヘリオンの言葉に強く頷く恭也に、悠人はここに来て不思議な事に気付く。

『そう言えば、こっちの世界の言葉が話せないって言ってたけれど、理解はしているみたいだな』

『……言われてみれば、言っている事は分かりますね。今まで――さっきまでは分からなかったのに…』

分かるようになる前と後の違いは何かを考えて、すぐに原因らしきものに思い当たる。

『禍因を手に取ってからですね』

ティアではなく最初に名乗った名前を口にするも、神剣からは何も言ってはこない。
あれは恐らくは冗談だったのだろうと恭也はそう結論付ける。
一方、話を聞いた悠人はそんな事があるのかと己の神剣求めへと尋ねるも、
返ってきた応えは素っ気無い一言「知らん」であった。
だが原因はそれしか考えられず、恭也としては相手が言っている事だけでも分かるようになって助かったので、
それ以上考えるのは止める。

『まあ、言葉はその内覚えるだろうしな。とりあえずは、レスティーナに会わせるよ』

『女王でしたね』

『ああ。俺は第一部隊を率いているから、ひょっとしたら恭也は第二部隊を率いる事になるかもな』

行き成りそれはないだろうと笑い飛ばす恭也に対し、悠人はエトランジェというだけであり得ると真顔で言う。
悠人の言葉に冗談など感じられず、恭也も気を引き締めるように悠人を見つめる。

『まあ、そんなに緊張する事もないと思うけど。お互いに命を預ける事になるんだ。
 他人行儀な物言いはなしでいこう』

『分かった』

悠人の言葉に恭也がそう答えると、悠人はさっきよりも真剣な、どこか思い詰めた顔で恭也を見る。

『恭也は元々何か武術をやっていたんじゃないか』

その言葉に小さく驚く恭也へと悠人は苦笑を見せて求めを軽く叩く。
神剣を手にして何度と戦ってきたから、少しはそれが分かるようになったのだと。
その上で頼みがあると。

『恭也が神剣の力を使いこなせるようになれば、きっととんでもなく強くなると思う。
 だから、俺が暴走しそうになったら止めてくれ。それと、妹を助けるのに力を貸して欲しい』

妹が帝国に攫われた事、そして自分は神剣の力を引き出しすぎると理性を失って闇雲に暴れ出してしまう事を話す。
そうなった時、敵味方関係なく、ただマナを求めて暴れるだけの塊と化す。
だから止めて欲しいと。
その真剣な申し出に恭也は強く頷いて返す。
こうして、この場で一つの約束が結ばれる事となる。
雰囲気から何も口を出さずにいたヘリオンたちであったが、話が終わったと分かるや否や、
ネリーが真っ先に口を開く。

「ねぇねぇ、ユートさま。この人もエトランジェなの?」

「ああ、そうみたいだな。これから女王に引き合わせる。多分、これから一緒に戦う事になると思うが」

「じゃあ、仲間なの」

シアーの問い掛けに悠人が頷くと、赤い髪の少女オルファが恭也をじっと見つめる。

「じゃあ、パパはもう居るからお兄ちゃんだ!」

悠人に抱き付きながら恭也を指差すオルファの頭を撫でながら、悠人は恭也を見る。
家族に憧れているオルファのこの言葉に恭也がどんな反応をするのか不安で堪らないとばかりに。
だから、恭也に拒絶しないように頼もうとする。
が、それよりも先に恭也はオルファの頭を悠人がするように、また彼の妹にしてやるように撫でる。

『ああ、それで構わない。俺はオルファと呼べば良いのか』

恭也の口から出た言葉に悠人は感謝しつつ、オルファに伝えてやる。
それを聞いてオルファは嬉しそうに恭也の腕に抱き付く。
それを羨ましそうに見ていたシアーが、正直にそれを口にする。

「良いな〜」

「だったら、シアーもそう呼べば良いんじゃないか」

悠人はシアーに言いながら恭也を見る。
シアーもつられるように見つめてくる中、恭也は頷く。

「じゃあ、兄さん」

迷い込んだ異世界で新たな妹の誕生に恭也は知らず小さく笑みを溢す。
だが、そんなほのぼのとした様子をヘリオンだけが拗ねたように見つめる。
最近、ちょくちょく居なくなる自分を心配して来てくれた事には感謝しているが、
明日悠人に紹介しようとしていたのに、と。
とは言え、それぐらいの事でいつまでも拗ねてもいられず、ヘリオンはおずおずとだが街に戻る事を進言する。
それを受けて、早く戻らないと日が暮れると思い出した悠人たちも洞窟の外へと行こうとして恭也に止められる。

『あー、すまないんだが着替えはないか』

申し訳なさそうに告げる恭也の格好を見れば、自分で近くの川で洗濯でもしたのか綺麗ではあったが、
しかし、はっきりと寝巻きと分かる姿であった。

『多分、そのままでも大丈夫だと思うけど…。
 ほら、この世界の人のパジャマとは違……わなくもないか』

悠人は困ったように恭也を見た後、自分の着ていた上着を貸す。

『袖がないからあまり意味はないかもしれないけれど、何もないよりはましだろう』

悠人にお礼の言葉を言いつつそれを受け取る恭也。
こうして、ようやく本当に恭也たちは洞窟を後にする。
恭也にしてみれば始めての街へと向けて。





つづく







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