『マブハート』






第3話





四時間目の物理の授業中、それは突然に訪れた。
恭也たちのクラスの物理を受け持つ香月夕呼は超が付くほどの天才なのだが、学会からは黙殺されており、
こうしてここで教鞭を取っているのだが、授業中でも偶に自身の新たな理論を語り出すという事などもあり、
正直、恭也にはちんぷんかんぷんである。
とは言え、真面目に聞いていないととんでもない質問を投げられるため、
恭也は今も黒板に書かれた文字をノートに写していた。
そんな時のことである。
授業の沈黙を破るように突然、教室の前の扉が開け放たれる。
それだけなら遅刻者なども考えられるのだが、そこから入ってきたモノに全員が声を無くす。
藁で作られた簀巻のような物体がひょこひょこと教室へと入ってきたのだ。
上下にひょこひょこと動いたかと思えば、軽く左右に揺れたりしている。
突然の珍入者にさしもの夕呼も授業の手を止めてそれを眺めた後、疲れたように肩を竦める。
そして、顔を教室にいる生徒へと向け、

「高町、白銀、何とかしなさい」

「何で俺たちが…」

夕呼の行き成りの指名に武が真っ先に反論する。
武の後ろの席に座る恭也もまた、同意とばかりに頷き返す。
だが、夕呼は何を言っているとばかりに言い捨てる。

「こういう人外の知り合いってのは、大抵あんたたち二人絡みでしょう」

「失礼な」

「いや、流石にそういうのとは知り合いではないですが」

ブツブツ文句を言う武に、一応もう一度だけ反論してみせる恭也。
そんな二人へと件の簀巻が話し掛ける。

「恭也も武も酷いよ〜」

「「「…………」」」

思わず無言で三人は顔を見合わせ、夕呼はほれ見たことかと肩を竦める。

「ほら、二人をご指名よ。やっぱり、あんたたち関連じゃない」

簀巻本人(?)から指名を受けた二人は顔を見合わせ、互いに肩を竦め合う。
互いにお前の知り合いじゃないのかというアイコンタクトだったのだが、やはり簀巻に知り合いはいない。
しかし、簀巻は二人の名前を呼んだのだ。
流石に簀巻に心当たりはないものの、仕方なく武と恭也は簀巻へと近付く。
と、不意に簀巻がジタバタともがき始め、そのまま地面へと倒れる。
倒れた簀巻を見て分かったが、一番下からは足が見えており、苦しげに足がバタバタと動いていた。
その様子を見下ろしながら二人は顔を見合わせ、同時に思いつく。

「ひょっとして……」

「尊人か?」

二人の言葉に合意するように一度だけ跳ねる。
どうやら自分たちの友である尊人らしいと分かり、恭也と武は安堵する。
そこへ千鶴が遠慮がちに言葉を投げる。

「鎧衣くん、ひょっとして、最初に話した拍子に口や鼻が塞がってしまったんじゃ…」

千鶴の言葉が正解とばかりに、簀巻が今まで以上に暴れ出す。
簀巻から僅かに除く足を激しく動かし、身体を激しく左右に揺さ振り、飛び跳ねまくる。
事態に気付いた武と恭也が助けようとするが、あまりにも激しく暴れるために近づけない。

「おい、尊人! 聞こえていたら少し大人しくしろ!」

「すぐに助けてやるから」

武の声に少しだけ動きを止めた尊人へと恭也はすぐさま近付き、その簀巻を解いていく。
武もすぐに恭也と同じように簀巻を解き、中からようやく尊人の中性的な顔が現れる。

「ぷはぁ〜。助かったよ恭也、武。
 もう一時はどうなるかと思ったよ」

「その前に、どうしてそんな簀巻になってるんだよ」

「いやー、本当に久しぶりって感じがするね。
 やっぱり学校は良いよね〜」

「いや、聞けよ」

武の質問には答えず、尊人はようやく身体も簀巻から抜け出して教室を見渡す。
そんな変わらない様子に苦笑しつつ、恭也も話し掛ける。

「確か、一週間ぶりじゃないか」

「もう酷いんだよ、父さんったら。
 僕が寝ている間に勝手にマグロ漁船に乗せて無人島に置いて行っちゃうんだから」

「相変わらず、人の話を聞かないな」

呆れながらも久しぶりの再会に武も少しだけ嬉しそうに言う。
そんな三人へ、夕呼が邪魔だと言わんばかりに割って入る。

「で、そろそろ授業を始めたいんだけれど良いかしら?
 鎧衣もさっさと席に着く」

夕呼の言葉に恭也たちは大人しく席に戻り、授業が再開される。



授業が終わるなり、冥夜は恭也へと話し掛ける。

「ところで恭也。さっきの者はそなたの知り合いなのか」

「ああ、友達だ。偶に、冒険家の父親に連れ去られて学校を休んだりするがな」

「なるほど。今回もそれで今日まで姿を見なかったのだな」

納得する冥夜だったが、すぐに用件を思い出す。

「そうであった。本日の昼食だが…」

冥夜の言葉に合わせ、何処からともなく月詠が現れる。

「はい、本日の昼食はこちらになります」

言って恭也の机に置いた弁当箱の蓋を開ける。
中には炊き込み御飯と、幾つものおかずが。

「あ、これって鮭児だよね。鮭児のお刺身だ〜。
 え、何々? 一体どういうことなの恭也。あれ? 君は誰かな?」

ようやく冥夜に気付いた尊人がそう訪ねる。
やや押され気味の冥夜であったが、そう訪ねられて自ら名乗ろうとする。

「私は…」

「あ、僕は鎧衣尊人っていうんだよ。恭也の友達なんだけどね。
 ああ、そう言えば恭也。今日、暇? だったら放課後にバルジャーノンやりに行こうよ。
 あ、武も誘わないと」

冥夜が名乗るよりも先に尊人は一人でどんどん話を進めていく。
困惑する冥夜に恭也は声を掛ける。

「気にするな。こいつはこういう奴だから」

「そ、そうか」

「で、ちょっとは落ち着けって尊人」

「あ、ああ、うん、そうだね。
 いやー、久しぶりに現代文明に触れたからか、ちょっとテンションが上がってたよ」

「現代文明って…。ま、まあ、無人島に居たみたいだからな」

「そうなんだよ。と、それよりも誰だっけ? あれ?
 自己紹介してもらったっけ? ああー、どうしよう思い出せないよ。
 この年で健忘症かな、恭也」

尊人の捲くし立てる言葉に、一緒に昼食を食べようと来ていた武も呆れて肩を竦める。

「とりあえず、尊人は少し黙っててくれ。冥夜、すまないが頼む」

「ああ分かった」

恭也の言葉に頷くと、冥夜は我を取り戻したように尊人へと口を開く。

「私はこの間転校してきた御剣冥夜と申す。
 以後、見知りおきを」

「ああ、そうなんだ。で、で、恭也食べないの」

「いや、食べるが」

恭也の横にしっかりと座り、冥夜も昼食を取り始める。
武と純夏、忍に壬姫に加えて今日は尊人も加わり少し賑やかに昼食は進むのだった。






つづく







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