『夕日隠れの道に夕日影』
〜前編〜
クリステラ・ソングスクール。
──イギリスのソプラノ歌手にして世紀の歌姫とまで言われたティオレ・クリステラが開いている学校である。
ティオレ本人を始め、一流の現役歌手による個別レッスンを受けられ、卒業後は皆、大した歌手になっている。
その為、音楽業界は言うに及ばず、一般の人でもその名を耳にした事ぐらいはあるだろう。
そんなスクールの卒業生が一堂に会し、世界中を周るチャリティーコンサートを開始して数ヶ月が経った八月。
今はここ、イギリスでの開催を3日後に控え、故郷でもあるスクールへと戻って来ていた。
そのスクール内の校長室とプレートに刻まれた一室で二人の女性が向きあっていた。
「校長!この様な手紙が届いてますが……」
このスクールの校長を務めるティオレは教頭であるイリア・ライソンから手紙を受け取ると、中に目を通していく。
始めは穏やかだった表情が、手紙を読み進めていくうちに徐々に厳しいものへと変わっていく。
そして、全てを読み終え背もたれに体重を預けるとため息を一つ吐く。
「ふぅー、全く……。よくも飽きもせずにこんな事ができますね」
そう言って机の上に放り投げられた手紙には、新聞や雑誌から切り抜いたと思われる文字が貼り付けられていた。
その内容とは、
『我々の要求はただ一つ。明後日から行われるイギリスでのコンサートの中止。それだけだ。
なお、要求が受け入れられなかった場合は、それなりの代償を払ってもらうことになる』
「このコンサートを中止にして一体、何の得があるのかしらね」
「校長、どうされますか?この手紙を見る限りでは、イギリスでのコンサートさえ中止にすればいいみたいですが」
「あら、当然やるに決まってるじゃない。ソングスクールがあるイギリスでのコンサートを中止になんて出来ないでしょ。
それに、このコンサートを実現させるために影で傷つきながらも頑張ってくれた二人の兄妹の為にもね。
ここで中止になんてできないわよ」
「恭也さんと美由希さん……でしたわね」
「そうよ。それ以外にも色んな人たちが協力してくれてるんですもの。この程度の脅迫に屈する訳にはいかないわ」
「そう言うとは思っていました。でも、一応のために用心だけは怠らないで下さいね」
「そうね、分かっているわ。もっとも、このスクール内にまでは危害が及ぶ事はないと思う……」
ティオレの言葉を遮るかのように遠くから爆発音が響く。
「「!!!」」
弾かれた様に顔を見合わせると、二人は音の発生源と思われる場所に向って走る。
二人がその場に着いた時にはすでに人だかりが出来ており、スクール内の警備を担当する数人の女性がしゃがみ込み何かをしていた。
警備の一人がティオレに気付き、近づいてくる。
その人物が何かを言う前に目でそれを制すると、ティオレは周りを囲む生徒たちに微笑を浮かべながら話し出す。
「ごめんなさいね。ここまで大きな音がするとは思わなかったわ。今度はもう少し小さい音で驚かす事にするわ。
それよりも大分、遅いから皆ももう寝なさい」
このティオレの台詞に生徒たちはいつもの悪戯と思ったのか連れ立って中へと戻っていく。
それを確認し、誰もいなくなった所で先程、声をかけようとしていた女性に尋ねる。
「で、何があったんですか」
「はい。詳しくは分かりませんが、火薬が爆発したようです。ただ、そんなに破壊力のあるものではないようですが」
「そうですか」
「それと、こんな物が近くに落ちていました。中身は確認しましたが、危険はありません。どうぞ」
そう言って女性は一通の封筒を差し出す。それをティオレは受け取ると、その場で中身を取り出し目を通す。
『警告は一度のみ。次はないと思え。わかったら、コンサートを中止しろ』
「はぁー、困ったわね」
ティオレから手渡された手紙を読んだイリアが訊ねる。
「すいませんが、今から警備の方を強化して下さい」
「ええ、それはもちろんです。しかし、この爆弾を仕掛けた連中は言いたくはないですが、結構厄介な連中です。
いくら建物から離れていたとはいえ、このスクールの敷地内に気付かれずに侵入してきてますから。
できれば、外出はしないで頂きたいのですが」
「そうね。それぐらいは仕方がないわね。皆に言っておきましょう。イリア、お願いできるかしら」
「それは構いませんが、理由を聞いてくる子が出てくると思いますよ」
「そうね……理由ね。…………日本から素敵なお客様が来る事になったので、歓迎のためってのはどう?」
「それは、まさかとは思いますが」
「ええ、あの子には悪いけど、もう一度、護衛を頼むわ。それにあの子なら信頼できるし。じゃあ、イリア後はお願いね。
私は連絡を取るから」
そう言ったティオレの表情はどこか辛そうであった。それを見て、イリアはティオレの心中を察する。
本当なら、こんな事はさせたくはないのだろう。でも、他に彼以上に頼る者がいないのも確かな事なのだ。
それ故にティオレは悩んでいるのだろう。イリアはただ黙って頷くと、警備の者と簡単に打ち合わせをして、中へと戻っていった。
一方、イリアと別れたティオレは校長室の電話を取り、押しなれた番号へとかける。日本に住むあの青年の元へと。
◇◇◇
日本、海鳴。ここ高町家では夏休みに入り、朝食が済んだ後の朝の時間を皆、おもいおもいに過ごしていた。
と、そこへ電話が鳴る。恭也は立ち上がると、受話器を取り上げる。
「もしもし、高町ですが……。あ、はいお久しぶりです。で、今日はどうされましたか?・・・・・・!はい、はい。
わかりました、すぐにでもそっちに行きます。……いえ、お気になさらずに。では」
電話を終えて戻ってきた恭也の顔はかなり険しい表情をしており、その場にいた美由希が不思議に思って訊ねる。
「恭ちゃん、電話、誰からだったの?それと何かあったの?」
「ん。電話はティオレさんからだ。……別に何もないがどうしたんだ?」
「なんか、難しい顔してたから」
「いつもは無愛想だの無表情だの言ってるのにか?」
「うっ。そ、それは……。で、でも、何かいつもと違う顔をしてたから。これでも一応、恭ちゃんの妹だからね」
「そうか。本当に何でもないんだがな。ちょっとティオレさんに悪戯をされただけだ」
「悪戯?英語で話し掛けられたりとか?」
過去にやられた経験のある美由希が聞く。
「まあ、そんな感じだ」
美由希の問いに曖昧な答えを返すと部屋に戻り、荷造りを始める。
それらを終えた頃、翠屋にいる桃子へと電話をかける。
「ああ、母さんか」
「あれ、恭也どうしたの?」
「うむ。実は、しばらくの間、出かけて来るから」
「へっ?いきなりね。一体、何処に行くの?」
「イギリス」
「はい?!ごめん、ちょっと聞き間違えたかも。今、イギリスって言った?」
「ああ。実は、ティオレさんにちょっと呼ばれてな」
「何かあったの」
「ああ、別に何もないから、安心して。ただ、今スクールの方に皆いるので、その間の警護みたいなものを頼まれただけだから」
「そうなの?まあ、そういうことだったら構わないから行ってきなさい。けど、無茶だけはしちゃ駄目よ」
「ああ、分かっている。じゃあ、準備とかがあるから」
「うん。じゃあ、気をつけてね。後、フィアッセにもよろしく言っといてよ」
「ああ」
桃子との会話を終え、受話器を置く。桃子にはああ言ったが、実際はすでに警告とはいえ、襲撃されている。
その事を踏まえて考えてみても、多少の無茶は必要だろうと恭也は考えていた。
もちろん、そんな事を言っても心配させるだけなので、あえて言いはしなかったが。
リビングにいる美由希に、しばらく鍛練に付き合えないことを告げに行くと、
今の電話でのやり取りを聞いていたのか、美由希が先に口を開く。
「恭ちゃん、私も行く!」
「別に美由希まで行く必要はないだろ」
「なんで!。また、フィアッセの身に危険が迫ってるんでしょ。だったら、私だって……」
「あのな、さっきも電話で言ったが、本当に何でもない。ただ、万が一のためにティオレさんに呼ばれただけなんだ」
「それでも……」
「いいから、美由希はここに残れ。それに、飛行機の方はどうする気だ。ティオレさんは俺の分しか手配していないぞ」
「う、それは……」
「という訳で、今回は大人しくしていろ。土産ぐらいは買ってきてやるから」
「…………本当に何ともないんだね」
そう言って美由希は恭也の瞳を覗き込んでくる。
それを真っ直ぐに見つめ、
「ああ、心配するようなことはない」
「……分かったよ。大人しく留守番してる」
「ああ、じゃあ俺は準備をしたら行くから」
それから数分後、すでに準備を終えていた恭也は高町家を出ていった。
◇◇◇
イギリス──クリステラソングスクール。イギリスに降り立った恭也はすぐさま、ここに向った。
空港での荷物チェックは事前に手回しされていたのか、無事に通過する事ができた。
建物の入り口までの距離を歩いていくと、そこに懐かしい顔ぶれを見つける。
フィアッセにアイリーン、そして、ゆうひの三人と後の一人は恭也も知らない女性だった。
「Hi、恭也ー。久しぶりだね」
「ああ、久しぶりだなフィアッセ。元気か?」
「もちろんだよ」
そう言って抱きついてくるフィアッセ。
「ちょ、フィアッセ離してくれ」
「えー、いいじゃない。久しぶりなんだし」
「断る」
ゆっくりとフィアッセを引き離す。
「ははは、相変わらずだね、恭也。とりあえず、久しぶり」
「お久しぶりですアイリーンさん」
「ほんと、久しぶりやねー、恭也くん」
「はい、椎名さんもお久しぶりです。所で、そちらの方は?」
言って、もう一人の女性について訊ねる。
そして、フィアッセの紹介で、その女性の名前をメアリーといい、ボディーガードである事が分かり、お互いに挨拶を交わす。
「とりあえず、中に入ろうよ。ママが待ってるから」
「ああ、分かった」
「でも、恭也が急に来るなんて思わなかったよ。ちょっとビックリしちゃった」
「あはは、確かにね。朝、イリアに日本からお客さんが来るって聞いた時は誰かと思ったけどね」
「でも、なんでわざわざイギリスまで来たん?」
「ただ、ティオレさんに招待されただけですよ。俺のほうも丁度、夏休みだったんで。
後は、この周囲の簡単な警備の為じゃないですか?」
「恭也はこの敷地内に入れる数少ない男性だもんね」
そんな他愛もない話をしているうちに校長室へと着く。ドアの前で一度立ち止まり、ノックをする。
中からの返事を待ってから、ドアを開ける。
「失礼します」
「ママ。恭也を連れてきたよ」
「先生、失礼します」
「どうも、お邪魔します」
それぞれ挨拶をしながら部屋の中へと入る。
「恭也、久しぶりですね」
「はい。お久しぶりです」
「じゃあ、私はこれから恭也と少し話をするから、フィアッセたちは準備をしてらっしゃい」
「「「はーい」」」
「じゃあ、また後でね恭也」
3人はそのまま部屋を出て行き、その場にはティオレ、イリア、メアリーそして、恭也だけになる。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、これを見てくれるかしら」
そう言って、恭也に2通の手紙を渡す。それに目を落とし、恭也は顔をあげる。
「すいません。なんて書いてあるんですか。大体の予想はつくんですが……」
恭也はバツが悪そうな顔をして訊ねる。一応、それなりに時間をかければ訳すこともできるのだが、今はその時間がもったいない。
さらに言えば、この場には日本語が話せる人物が二人いるのだ。聞く方が早い。
恭也の質問にイリアは出端を挫かれたようになり、ティオレはその口元に笑みを浮かべていた。
その笑みを見たとき、確信犯だと確信する。だが、実際に読めない物は仕方がないと諦め、イリアから説明をしてもらう。
「なるほど。じゃあ、俺はイギリスでのツアーが終わるまで警護につけば良いんですね」
「ええ、お願いできるかしら」
「もちろん、やりますよ」
「ごめんね、恭也。何度もこんな目に合わせて」
「いいえ、気にしないで下さい。俺のこの力は、そのためのものですから」
「そうは言ってもね……。本当はこんな事、させたくはないのよ」
「一緒ですよ。いずれ、俺は父さんと同じ道を行くことになると思いますから。それが早いか遅いかだけです」
「ありがとう恭也」
「いえ……」
「では、恭也さん。警備などの細かい打ち合わせはメアリーと相談してもらえますか?彼女がここの警備主任ですので」
それまで黙って恭也たちのやり取りを見ていたイリアが口を開く。
それに対し、恭也は頷きかけ、慌てたようにイリアに聞く。
「すいません、イリアさん。あの俺は日本語以外、話せないんですけど」
そんな恭也に優しく微笑みかけながら、イリアは答える。
「大丈夫ですよ。彼女は日本語できますから」
少し驚いてメアリーの方を見る。すると、メアリーは少し笑いながら、
「どうも始めまして。警備主任のメアリーです。宜しくお願いします」
と手を差し伸べてくる。恭也はその手を握り返し、握手をすると同じく日本語で挨拶を返す。
「高町恭也です。こちらこそ、よろしく」
それから二人は部屋を替え、打ち合わせを始める。
そうして、大体の打ち合わせを終えた頃、ドアがノックされる。
「はい」
メアリーが返事を返すと、ドアが開きそこからイリアが現れる。
「打ち合わせは終わりましたか?」
「ええ、たった今終わった所です」
「そうですか。では、恭也さん、これからあなたに使って頂く部屋へと案内しますので」
そう言うと恭也を連れて歩き始める。
「先程は言い忘れていたんですが、今回の護衛の件は生徒たちには何も知らせていません。
ですので、恭也さんもその方向でお願いします」
「はい、分かりました」
それからしばらく歩き、一つの部屋の前でイリアが立ち止まる。
「ここに滞在中はこの部屋を使ってください」
「ありがとうございます」
「ふふふ、本来なら礼を言うのはこっちの方ですよ。後、30分ほど経ったら、大教室まで来て下さい」
「大教室?」
「ええ、この建物の中でも一番広い教室です。場所は分かりますか?」
「ええ、さっきの打ち合わせの時に大体の場所は把握しましたから。でも、何かあるんですか?」
「ええ、恭也さんを全生徒に紹介しますので」
「分かりました」
「あと何かあれば私か校長まで遠慮せずに言って下さい」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、軽く微笑む恭也にイリアは少し頬を赤くして見惚れる。
「イリアさん?どうかしましたか?」
「え、あ、別に何でもありません、はい。で、ではまた後程」
そう告げるとイリアは少し慌てて恭也の部屋を出て行く。
そんなイリアを見て恭也は、
(イリアさんどうしたんだろうか?顔が少し赤かった様な気がするが。どこか体調でも悪いのだろうか?)
などと見当違いの事を考えながら、とりあえずシャワーを浴びる為の準備をする。
そして、それから30分程経った頃、恭也は部屋を出ていく。
◇◇◇
大教室の扉を開ける恭也。そこは、綺麗に飾り付けられ、食べ物や飲み物が用意されたパーティー会場と化していた。
恭也が扉を開けると、部屋の中にいた綺麗に着飾った女性たちが一斉に恭也の方を向く。
それに少し驚きながらも部屋の中へと入ると、ティオレが横に来る。
「じゃあ、恭也こっちに来てくれる。皆に紹介するから」
「はい」
恭也はそのまま部屋の中央へと連れて行かれる。
そして、部屋の中央まで来るとティオレは立ち止まり、周りを一旦見回すと口を開いた。
「皆、この子は高町恭也といって、私の知り合いの息子なの。しばらくここに滞在するから、仲良くしてあげてね」
皆に向けてそう説明をする。もちろん英語で話しているため、恭也には何を言っているのかは分からないが。
そんな恭也に小声でティオレが囁く。
「ほら、恭也。皆に挨拶をしてあげて」
そう言われて恭也は拙いながらも英語で話し出す。
「え、えーと。高町恭也です。よろしくお願いします」
そう言って、微笑む恭也に何人かの生徒が顔を赤くして俯いてしまう。
それを見たフィアッセはため息を吐き、アイリーンと顔を見合わせ苦笑いをする。
恭也の横で見ていたティオレは心の中で呟く。
(これは、何か面白くなりそうね。というよりも、面白くさせないと……。コンサート中にはこんな楽しみないものね)
と、玩具を与えられた子供のように活き活きとした表情を浮かべていた。
恭也は背中にゾクリとした悪寒を感じるが、原因が分からず首を傾げるのみだった。
こうして、恭也の歓迎会は幕を開けた。
つづく
<あとがき>
キリ番リクエストのSS恭也Xゆうひです。
美姫 「確かKOUさんからのリクエストだったわね」
そうです。KOUさん、リクストありがとうございます。こんな感じでどうでしたでしょうか?
美姫 「どうとか言っても完結してないし」
そ、それはそうだな。
ま、まあ、KOUさんからリクエストのあった設定にはなってると思うんで、それに関してどうだったかという事で。
美姫 「なんでリクエスト作品なのに続くの?」
いや、ちょっとだけ長くなりそうだったんで。2回に分けてみました。
美姫 「そんなに長いかな?」
えーと、実はもう一つ理由があって・・・。
美姫 「ほうほう、どんな理由?」
それは全てが後編の後書きで説明をするから。今ここでばらすと・・・。
美姫 「ふむふむ。まあ、そういう事なら許してあげましょう。で、後編はいつ」
すぐに書きます。前編より短くなるか、長くなるかは分かりませんが。
美姫 「本当にすぐなの?」
えーと、多分。ほら、一応ラストはもう決まってるんだ。だから、後はここまで持っていくだけ。
美姫 「おお、珍しいわね」
ほっとけ。
美姫 「うん。放っておくわ」
・・・・・・。
美姫 「で、今回は珍しくタイトルも早く決まったのよね。何か意味があるの?」
シクシク。
美姫 「泣かないでよ。ほらほら、アメちゃんですよ〜」
キャハハハハって、おちょくってるな。
美姫 「いいから、意味は」
うーん、そんなに難しく考えなくてもいいぞ。普通に二つの単語の意味さえ分かれば、自然と分かるかと。
美姫 「えー、教えてよ〜」
そうだな、じゃあこれも後編の後書きでな。
美姫 「ケチ〜。だったら、早く後編を書きなさいよ」
わ、分かってるから、そんなに睨むなよ。
美姫 「ったく、とろいんだから。では、皆さんまた次回!」
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