『夕日隠れの道に夕日影』

    〜中編〜






クリステラ・ソングスクール。今まで数々の歌い手を世に出してきた学校。
そして、今何者かによる脅威に晒されている。その脅威から生徒たちを守る為に一人の青年がここを訪れた。
逆にそれが予想もしなかった被害をもたらす事になるとは、この時は誰も想像しなかった。そう、その本人ですらも。



きっかけはその青年──恭也の歓迎会の席での事。
全てはここで起こった出来事……。
それは、一瞬の出来事のせいだったのかもしれないし、数時間にも及ぶ時間のせいだったのかもしれない。
しかし、恭也にとっては苦痛を感じるものであったのは間違いないだろう。
できる事なら、恥も外聞もなく叫んでしまいたかったのかもしれない。
何のためにここまで来たのかを一瞬でも思わせるほどの。
しかし、時間は戻らないし、戻せない。
それを恭也は誰よりもよく知っている。
だから、ただ一刻でも早く過ぎる事を祈る事だけしかできなかった。
そして、それが終わる頃、恭也は精も根も尽き果てていた。
そのためか、恭也は気付く事が出来なかった。
いや、もしかしたら気付かなかった事が幸せだったのかもしれない。
そう、あまりにも多くの犠牲者が出てしまったのだから……。





時を遡る事、数時間前──

自己紹介を終えた恭也の元にフィアッセ、アイリーン、ゆうひが寄って来る。

「恭也、お疲れ様〜」

「お疲れって少し話しただけやんか」

「ハハハハ、確かにね」

「そうは言いますけど、俺は日本語しか話せないんですから」

「そうだよね。小さい頃に何度か来てる筈なのに英語話せないよね」

「あかんな恭也くん。小さい時に何度か来たんやったら、少しぐらいは話せるようになっとらんと」

「その言葉は椎名さんにそのままお返しします。
 それこそ、何年もここにいて、その上海外でも仕事をされてるんですから、俺よりも話せるはずですよね」

「あかん!それは言わんといて。うちは英語が苦手なんや。うぅ〜、フィアッセ、恭也くんが苛める〜」

「よしよし」

泣きまねをしながらフィアッセに抱きつくゆうひ。そんなゆうひの頭を軽く撫ぜるフィアッセ。

「でも、本当にゆうひって英語覚えないわよね」

「アイリーンまで……うぅ〜、恭也くん。日本語しか話されへんもん同士仲よーしよ」

そう言って、恭也に抱きつく。抱きつかれた恭也は顔を赤くして固まってしまう。
そして、それを見たフィアッセとアイリーンが声をあげる。

「「ああ〜、ゆうひ何をしてるのよ。早く離れて!」」

二人の声にゆうひは抱きついたまま、きょとんとした顔をして首を傾げると、

「うち、ごしゃい。だから、難しい事はわかんな〜い」

と、言い放つ。

「馬鹿な事言ってないで早く恭也から離れて」

「うんうん。恭也も困ってるでしょ」

「恭也くん、迷惑?」

「そ、そんな事はないんですが、ちょっと歩きにくいので離れくれると嬉しいですね」

正面きって聞いてくるゆうひに少しだけ顔を背け、戸惑いつつも答える。

「そうか、なら仕方ないな。これでいいやろ」

そう言って、恭也の右腕を取り自分の腕を絡める。

「ゆうひ、それは離れてないよ!」

「でも、これやと歩きにくくはないでぇ。なあ、恭也くん」

「そ、そうなんですが……。できれば放して……」

「あはは、細かい事は気にしたらあかん。役得やとでも思っとき」

ゆうひは更に強く恭也の腕を掴むと身体を押し付ける。
恭也は腕に当たる柔らかい感触に顔を赤くしながらも、それ以上は何も言わずされるがままになる。
そんな恭也の反応を見て、フィアッセが恭也とゆうひを引き離そうとする。
そんなフィアッセを余所に、アイリーンは恭也の左腕を掴むとゆうひと同じ様に自らの腕を絡める。

「じゃあ、こっちは私が貰い!」

「ああー、アイリーンまで」

「そんな事言っても、気付かなかったフィーが悪いと思う」

そう言うとアイリーンは絶対に離さないというかのように組んでいる腕に力を入れる。

「じゃ、じゃあ私は……ここ!えーい」

フィアッセは恭也の背後から腕を回し抱きつく。

「ちょっと待てフィアッセ。流石にそれは」

恭也は背中に当たる感触にさらに顔を赤くさせながら抗議の声をあげる。

「どうしたの?まさか、ゆうひやアイリーンは良くて、私だけ駄目なんて言わないわよね」

『だけ』の部分をやけに強調して言うフィアッセに冷や汗を流しつつも何とか反論する。

「し、しかし、これだとさっきみたいに歩きにくいんだが……」

その反論をフィアッセは笑顔でぴしゃりと封じ込める。

「大丈夫よ恭也。パーティーが終わるまで歩かなければ良いのよ。ねえ、いいアイデアでしょ」

「そ、それは何かが違うとおも……いや、その通りです。はい」

「良かった。恭也も納得してくれたみたいだし」

そう言うとフィアッセは恭也の背中から離れる。
恭也が冗談だったのかとほっとしたのも束の間、恭也の前に周ってきたフィアッセは首に手を回すとそのまま抱きつく。

「「「なっ」」」

これには3者から驚きの声があがる。

「フィ、フィアッセこれは一体……」

「フィー、何をしてるのよ」

「フィアッセ、さっきうちがそうやっとったら怒ったくせに、何をしてんの!」

それらの言葉に臆する事もなく、堂々と言い放つ。

「何を言ってるの?ゆうひ。さっきは恭也が歩くのに邪魔になるから止めたのよ。
 でも、今さっき恭也はこのパーティーが終わるまでは歩かないって言ったんだから、もう問題ないでしょ」

いけしゃあしゃあと嘯くフィアッセに少々呆気にとられるアイリーンと恭也。
そんな二人とは別にゆうひは一人、胸中で呟く。

(なかなかやるなフィアッセ。しかし、うちもそう簡単には負けへんでー)

「恭也くん、何か食べるか?お、これ、美味しいねんで食べてみい」

そう言うとゆうひは近くにあったテーブルからフォークで一つ取り上げると恭也へと差し出す。

「頂きますから、腕を離してもらえませんか?」

「気にせんでもええよ。うちが食べさせたるから。はい、アーン」

「い、いえ自分で食べれますから。腕を……」

「アーン」

ゆうひは恭也と組む腕を強め、離さないと無言で伝える。それと同時に恭也の口元にフォークを差し出す。
結局、根負けした恭也は大人しく口を開ける。

「ほい。どうや、美味しいやろ」

「……んぐ。はい、美味しいですね」

少し照れながらもそう答えるが、その顔は少し引き攣っていたりする。
原因はフィアッセとアイリーンから発せられる無言のプレッシャーによるのだが。

「そうやろ、じゃあうちも食べようか」

そう言うとゆうひは持っていたフォークで同じ物を取り口へと運ぶ。

「あ、ゆうひさん、そのフォークは……」

「ん?何か言った?」

「……いえ、別に何も」

笑顔で訊ねてくるゆうひに顔を赤くして言葉を濁す恭也。
そんな恭也の反応にフィアッセから先程よりもすさまじい気配が湧き出す。
フィアッセと同じ様に恭也の反応を面白くなさそうに見ていたアイリーンがニヤリと笑う。
そして、ゆうひと同じ様に料理を一つ取ると恭也に差し出す。

「恭也、これも美味しいのよ。はい、アーン」

「ですから、自分で食べれますって」

「ゆうひは良くても私は駄目なの?」

「ぐっ」

そう言われては恭也としても反論できず、観念して口を再び開ける。
そして、食べ終わった瞬間に目の前に新たな料理が差し出される。

「恭也、私も。はい、アーン」

フィアッセが笑顔でそう告げる。
それに対し、最早断るだけ無駄と悟ったのか恭也は大人しく口を開ける。
そんな4人のやり取りをティオレは少し離れた所で見ていた。

(思った通り、面白くなってきたわね)

そんなティオレの胸中を余所に3人は恭也に順番に料理を食べさせていく。
それが何順目かになった頃、何人かの女性が4人に近づいていく。

「恭也、久しぶりね。いつになったら挨拶に来るかと思って待ってたのに、両手に花どころじゃないわね」

そう日本語で恭也に声をかけてきたのはエレン・コナーズ。

「エレンさん、お久しぶりです。これは、まあ色々とありまして」

苦笑いを浮かべながらエレンに挨拶をする。そのエレンの後ろから2人の女性が前に進み出て恭也に挨拶をする。
ウォン・リーファとティーニャである。

「しかし、恭也モテモテね」

「そんな事ありませんよ。三人ともただ、俺をからかっているだけですから」

この恭也の台詞にため息をつく物と苦笑する者。

「まあ、さっきから見てたけど苦労はしてるみたいね」

「見てたんなら助けてください」

「無理よ。そんなに面白い物見せられたら。皆、止めようとしないわよ」

「俺は面白くも何ともないんですが……。って皆って」

エレンは周りを軽く見回すと、恭也にも見るように促す。
それを受けて改めて周りを見ると、自分達を中心として輪が出来ており、全員がこっちに注目していた。

「俺は目立ちたくないんですが……」

恭也としては目立たずにただ、時間が過ぎるのを待っていたかったんだろうが、時すでに遅くすでに注目の的となってしまっている。

「それは無理な話ね」

リーファが少し片言の日本語で恭也に言う。

「そうそう、恭也は一応今日の主役だからね」

ティーニャはリーファよりも少しだけ滑らかに日本語を話す。

「二人とも日本語できたんですか?」

「少し勉強したのよ。恭也と話したかったから」

「私も同じよ」

「そうですか。ありがとうございます」

そう言って恭也は微笑む。途端に二人は顔を赤くしてあらぬ方を向く。
よく見ると、エレンを始め、恭也の周りにいた子たちのほとんどが顔を赤くして恭也に見惚れている。
その中にはイリアだけでなく、警備の任にあたっている者たちも多数含まれていた。
しかし、当の本人はそんな事には全く気付かずにどうかしたのかと真剣に考えていたりする。

「そ、そうだ。そんな状態だとちゃんと食事できてないでしょ」

エレンがそんな事を言い出す。当然、フィアッセたち3人は抗議の声を上げる。

「「「そんな事ないよ(あらへん)。私(うち)がちゃんと食べさせてあげてるから」」」

しかし、恭也はこれを機にとばかりに頷く。

「そうですね。できれば、自分で食べたいで……」

「じゃあ、はいアーン」

エレンはそう言うと笑顔で料理を口元に運んでくる。

(俺は何かここの人たちの気に障る事でもしたのだろうか)

そんな事を真剣に考えながら、渋々口を開けて差し出されたものを食べる。
しかし、恭也はその時見てしまった。エレンの後ろで料理を持って順番を待っているリーファとティーニャの姿を……。

(勘弁してくれ)

そんな恭也の祈りも虚しく二人にも料理を食べさせられる。
更に、この3人に触発されたのか、フィアッセたちもまた料理を食べさせてくる。
それを面白そうに眺めていたティオレが何か英語で皆に語りかける。
すると、その場にいた大勢の女性が列をつくり、恭也の前に並ぶと順番に料理を恭也に食べさせ始める。
これには流石の恭也も驚き、ティオレさんに抗議する。

「ティオレさん、一体何を言ったんですか」

「別に何も言ってないわよ」

そう言って笑うティオレさんを見れば、恭也でなくても思うだろう。

(絶対に嘘だ)

無言で見てくる恭也にティオレはため息を吐くと、素直に話す。

「別に変なことではないわよ。ただ、そうやって食べさせてあげたら恭也が喜ぶわよって言っただけよ」

「それだけでこの人数がそんな事すると思わないんですけど」

「あら、そんな事はないわよ。皆、恭也に喜んで欲しいのよ。分かる?」

「はぁ、俺がティオレさんに招待されたお客だからですね。でも、ここまでして頂かなくても。
 というより、やっぱりティオレさんが言った事が原因だと思うんですけど」

(フィアッセや桃子から鈍いとは聞いていたけど、まさかここまでとはね)

内心、少しあきれつつも顔には出さず、口から出てくる言葉は別の事。

「それよりも、ちゃんと食べてあげてね」

それから、かなりの時間をかけ、ほぼ全員から食べさせられる。
そして、最後の一人の分を終えた時、またゆうひが差し出してくるが、流石にそれは断る。
ここで、それを口にしたらまた、全員分食べないといけなくなると感じたからだ。
すると、ゆうひが恭也の腕を解放する。恭也はやっと飽きたかと思い、ほっとする。

「恭也くん。たくさん食べたから、もういらんやろ」

「ええ。もういいです」

そう答えた恭也にゆうひはフォークのみを持たせる。

「じゃあ今度はうちに食べさせて〜。アーン」

そう言って口を開けるゆうひに恭也は戸惑う。すると、ゆうひが話してくる。

「恭也くん、早くしてくれな。うちがただの間抜けやんか」

「す、すいません」

「ほな、アーン」

反射的に謝罪した恭也に再度、口を開けるゆうひ。今度は恭也も観念して、こちらは無言でゆうひに料理を食べさせる。

「うーん、やっぱり恭也くんに食べさしてもらうと余計、美味しく感じるわ」

そんな事はないだろうと思いつつも、それを口には出さない。
そして、それを見ていたフィアッセたちが同じ様にせがんできたのは当然の事で、今度は恭也に食べさせてもらう為の列が出来上がる。
列に並ぶ女性達は皆、同じように頬を赤く染め自分の番が周ってくるのを心待ちにしている。
恭也は多少、疲れてきていたが順番に女性たちに食べさせていく。
そんな中、剣士としての直感か、さらに嫌な予感を覚えていた。
そして、全員に食べさせ終えた頃、恭也の予感は当たる。最悪の形で。
ティオレがまた英語で何かを話し掛ける。
すると、今度は部屋の中央が片付けられ、空きスペースが出来上がる。
そして、部屋に音楽が流れてきたかと思うと、その手をフィアッセに取られる。

「ちょ、ちょっと待てフィアッセ。一体何が始まるんだ」

「うん?ダンスだよ。最初は私ね」

「最初って……」

フィアッセの言葉に反応し、周りを見渡すと先程列を作っていた女性達が何か期待に満ちた目で恭也を見ている。
そして、恭也たちを取り囲むかのようにしている。あきらかに順番を待っているようである。

(勘弁してくれ)

そう思いながらも断る事が出来ずに全員と踊る事になるだろう事は、本人もそして、ティオレにもわかっていた。
そんな事を考えながら恭也はステップを踏んでいく。

「恭也、どこで覚えたの?」

「昔、父さんに教えられた。後、剣舞と通じる物があるからな」

「ふーん、そうなんだ」

そう言って笑いかけてくるフィアッセに恭也も自然と笑みを浮かべる。
それを見た女性陣からため息混じりの吐息が漏れる。完全に恭也に見惚れる女性たちを見ながら、ティオレはやはり笑っていた。

(思ったとおり、いえ、思った以上に面白くなってきたわ。
 今のこの状態でこの子たちにラブソングを歌わせたらきっとすごい歌になるわね)

そんなティオレの胸中を余所に、恭也の華麗なステップに見惚れる女性たち。
彼女達は今、一つの事しか考えていない。それは、はやく自分の番が来る事を……。
こうして、この夜は更けていった。





そう、恭也が気付く事が出来なかった多くの犠牲者だけをだして……。





 つづく




<あとがき>

いきなりですが、すいません。
美姫 「うわ、本当にいきなりね」
だって、後編じゃなくて中篇になってしまった。
美姫 「本当ね。前後編の予定だったのに。しかもバトルシーンはまだ出てないし」
思ったより長くなりそうだな。
ドゲシッ
美姫 「えーい、この無計画者め」
ううぅぅ。本当にごめんなさい〜。
美姫 「本当に反省してるの?」
はい、してます。だから、お慈悲を〜。
美姫 「ハァ〜。すいません、リクエストを頂いたKOUさん。この馬鹿も反省してるみたいなので許してやって下さい」
お願いします。ペコペコ。
美姫 「で、次でちゃんと終わるんでしょうね」
はっはは、ちょっと自信ないかも。
美姫 「って、どうするのよ。前、中、後これ以外にないわよ」
えーと、中中とか。
美姫 「あるかっ!」
ま、まあそれは後で考えよう。とりあえず、続きを書かねば。後は任せたぞ。
美姫 「あ、こら逃げるな。まったく仕方がないわね。出来る限り早くに仕上げますので待っててね♪じゃあ、またね♪」



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