『恭也の小さいって事は不便だね』

  〜前編〜






商店街にクリスマスの雰囲気が出始めた12月初頭。
ここ喫茶翠屋も例外ではなく、クリスマスまでの間、期間限定のメニューが登場する事となった。
それによってお客が増える事は良い事だと俺も考えていた。
そうかーさんのあの一言がなければ……。



  ◆ ◆ ◆



話は2日程前に遡る。
いつもの様に翠屋で手伝いをしていた恭也は客足もかなり減り、落ち着いてきたのを見ると、一つ息を吐いた。

「ふぅー、しばらくは特にする事もないだろ」

そう考え、フロアをバイトの子たちに任せると厨房へと顔を出した。

「かーさん、こっちは大分落ち着いてきたが、そっちは何か手伝う事あるか?」

「ん?……こっちも大丈夫よ」

「そうか」

それを聞くと恭也は再びフロアへと戻ろうとする。
その背中に桃子が何かを思い出したかのように声をかける。

「あ、そうだ。恭也、明後日の夜の予定空けといてね」

「別に構わないが、何かあるのか」

「うん。クリスマス用に新メニューを始めるから、その試食をね」

「そうか、分かった」

「あ、皆の意見も聞きたいから皆も呼んでね」

「ああ、伝えておく」

この時の会話はこれで終わり、恭也もフロアへと戻っていった。
それからしばらくは何事もなく済み、夕方のピークも過ぎ再び落ち着いた頃。
店に美由希、那美、忍が入って来た。

「こんにちわ恭也さん」

「やっほー恭也」

那美と忍に挨拶を返す恭也の格好を見て美由希は、

「あ、恭ちゃん手伝ってたんだ」

「ああ。席は、丁度あそこが空いてるな」

恭也は窓際の空いている席へと美由希たちを案内し、水を持っていく。
それぞれの注文を聞いた所で恭也は、先程桃子に言われた事を思い出し美由希たちに伝える。

「へ〜、クリスマス用の新メニューか。どんなんだろう」

「楽しみね〜」

「でも、私たちまでお邪魔しても良いんですか」

「ええ、構いませんよ。かーさんもそう言ってましたし」

「では、お言葉に甘えて」

それから美由希たちの談笑を横に恭也は仕事へと戻っていく。
そして、何度目かの来客をドアベルが告げる。

「いらっしゃ……フィアッセか。打ち合わせはもう終わったのか?」

「うん、終わったよ。で、手伝おうと思って来たんだけど……」

「いや、もう手伝いもいらないだろう」

「そう。それは残念ね」

そう言いながらフィアッセは恭也に抱きつく。

「フィアッセ、ちょっと……」

「気にしない♪気にしない♪」

「俺が気にするんだが……」

そんな二人へ美由希が声をかける。

「二人とも何してるの!」

「何って、見れば分かるじゃない♪」

「うぅぅ〜〜〜」

「そ、そうじゃなくてですね。人前でそれは……」

「人?だって、お客さんはもう美由希たちしかいないよ」

そう言われて周りを見れば、確かに美由希たち以外の客の姿はなく、バイトの子たちが遠巻きに様子を見ているだけだった。

「それでも、私たちがいるじゃないですか」

「忍たちなら問題ないじゃない。ね〜恭也」

そう言ってフィアッセは悪戯っぽい笑みを浮かべ、美由希たちを見渡すと勝ち誇ったような顔をして恭也の頬へとキスをする。

「な、ななな………」

「あ、あああああ」

「あーーーーーーーー!」

三者三様に驚きフィアッセに詰め寄っていく。

「恭ちゃん、フィアッセから離れて」

美由希が恭也の腕を掴み、引き離そうとするがフィアッセもさせじと逆の腕を掴む。
その隙にとばかりに那美が恭也の正面から抱きつく。

「那美!何してるのよ!」

「そうですよ那美さん」

「何の事かわかりませ〜ん」

那美は素知らぬ顔をして恭也に抱きついたまま、恭也の顔を見上げる。

「恭也さんも私の方が良いですよね」

恭也が何か言うよりも早く、恭也の背後から抱きつき恭也の顔の横から自分の顔を出しながら忍が告げる。

「そんな胸で恭也が喜ぶ訳ないじゃない。ねえ恭也」

そう言うと忍は自分の胸を恭也の背中へと押し付ける。

「や、やめないか」

恭也は赤くなりながらもそう言う。
その反応を見た忍以外の三人が面白くなさそうな顔をする。
と、腕を掴んでいた二人が胸を押し付けるように抱きついてくる。

「どう、恭也(恭ちゃん)」

『那美(さん)には無理だろうけど』

「なっ。む、胸が大きければ良いと言うものではありません」

『小さいよりは良いよね』

那美の言葉に三人は同時に口を開く。

「っっっっっぐぅぅぅぅ」

那美は悔しそうに顔を歪める。

「わ、私は巫女さんですから!その属性だけで充分なんです」

(ぞ、属性って。一体何の話をしているんだ?)

その言葉に衝撃を受ける三人を余所に恭也は一人疑問を浮かべる。
が、それを聞けるような状況でもない事を理解している恭也はこの場を逃げる方法を考える事にする。
そんな恭也を余所に美由希は何かを思い出したかのように自身満々で口を開く。

「だったら、私は義妹だもん」

「わ、私は幼なじみよ」

三人が忍を見る。

「えーと、私は……」

「忍さんは属性なしっと」

「な、わ、私だってあるわよ」

「へぇ〜、どんな?」

「えっと………。そ、そう同級生」

『それはすごい(です)ね』

「く〜〜〜〜」

恭也がなかなか逃げるタイミングを掴めずにいると、奥から桃子がやって来る。

「はいはい、そこ。馬鹿な事やってないで。あんたたちがそんな事してたらお客さんが入ってこないでしょ」

後になのはにこの時の事を語った恭也の言葉を借りると、この時の桃子は女神の様に写ったらしい。
が、次の言葉を聞いた途端、恭也の目には目の前の女神から黒い羽根と尻尾を生やし、嫌な笑みを浮かべる悪魔だったとか。

「じゃあ、明後日の試食であんたたちも料理をして、
 一番美味しかった人がイヴとクリスマスの二日間恭也を自由に出来るっていうのはどう?」

「な、何を言って……」

「そ、そんな〜」

恭也の言葉をかき消すように、真っ先に非難の声を上げる美由希。

「料理以外で決めようよ」

この言葉に忍と那美も頷き、同意する。
が、それをフィアッセは挑発するかのように鼻で笑う。

「そうよね〜。料理じゃ結果が見えてるもんね〜」

「いいわ、その勝負受けて立つわよ!」

忍はそう言うとフィアッセに指差す。

「見てなさいよ!今からノエルと特訓よ!」

それを聞いた那美も思い出したかのように、

「私も耕介さんに教えてもらおうっと」

「わ、私は……晶とレンに教えてもらおう」

「私もうかうかしてられないわ。一応、練習しておかないと」

「じゃあ、そういう事でいいわね」

全員が頷いたのを確認すると桃子は嬉しそうに笑う。

「良かったわね恭也。こんなに可愛い女の子達が恭也のために料理してくれるのよ」

「………」

恭也は何も言わずにただ無言で桃子を睨むが、桃子は素知らぬ顔をする。

「じゃあ、私はまた厨房に戻ろーうっと」

桃子は奥へと戻るため、背を向けて歩き出す。
その背中を恭也はまだ睨みつづける。
と、数歩行ったところ桃子は振り返り、嫌な笑みを浮かべる。
その目は無言で睨みつけてくる恭也に対する挑戦のようでもあった。

「恭也、幾ら私がナイスバディーだからって、そんなに見つめられると照れるわ〜。私は義母なんだから」

この言葉にその場の4人が恐ろしい表情を浮かべ、恭也を睨む。
それを見届けてから桃子は満足気に戻っていった。
そして、その場には顔を真っ青にした恭也だけが残される。
恭也は背後から感じることのできる四っつの大きな殺気に脂汗を垂らしながらも、気付かない振りをする。
バイトの子たちは既に触らぬ神に祟りなしを決め込み、一定の距離以上は近づこうとしない。
やがて、ゆっくりとフィアッセが話し始める。

「恭也!明後日を楽しみにしててね!」

「私も頑張るから」

「いや、美由希。お前はできれば参加しないで欲し………」

「じゃあ、早速帰って特訓よ!」

「あ、私も耕介さんに教えてもらわないと」

「私もノエルに」

言うだけ言うと4人はそのまま翠屋を出ていった。
明らかにほっとした空気が店内に流れる。
と、奥に行ったはずの桃子が戻って来て、未だ茫然と立ち尽くしている恭也の肩に手を置く。

「恭也、あの三人の代金バイト代から引いておくわね」

と追い討ちを掛ける。
しかし、当の恭也はそんな言葉も耳に入っていないかのようにただ、その場に立ち尽くしていた。



  ◆ ◆ ◆



で、この日、こうして閉店後の翠屋におなじみのメンバーが揃ったという訳である。
そして、今奥の厨房からは賑やかな声や音が聞こえてくる。

「ふんふんふーん♪」

あの声はフィアッセだな。まあ、フィアッセの料理の腕は知っているからな。これに関しては安心だ。

「後は確か……、これをこうして……」

あの声は那美さんだな。
ちょっと心配だが、耕介さんに教えてもらったって言ってたしな。
多分、大丈夫だろう。間違っても食べれない物が出てくる事はないはずだ……多分。
問題は………。

「え〜と、……まあ、良いか。こんな感じで」

こんな感じって何だ。こんな感じって。ちゃんと教わったとおりに作ってくれ。

「わっわっわ。あれ?だ、大丈夫だよね、きっと」

良くない、良くない。せめて、確認しろ〜。

「で、ここで隠し味として……忍ちゃん特製の………を、っと」

な、何を入れたんだ。いや、この際それは大目にみよう。だが、ちゃんと食べれる物なんだろうな忍。

「で、次は……。何だっけ。確かこれ?だったよね。で、これ?だったかな。うん、これにしておこう」

ま、待て、美由希!何で全て疑問形なんだ。それにこれにしておこうって、お前が決めてどうする。
美由希、お前には何も期待してない。だから、変に手を加えないでくれ。
たとえフルーツだけを出してきても俺はお前を評価する!
だから、だから一切手を加えず、そう、例え生クリームだけだとしても構わないぞ!
一層の事、材料の状態でもいいから、頼む料理しないで出してくれ!
俺は心の中で何度も祈る。
もし、この願いが叶ったら、俺はこれからは神を信じるだろう。
まあ、無理だろうが……。
盛大な溜め息を一つ吐く。
それからも厨房から声が(特にあの二人の)聞こえてくる度に、死刑を宣告されているような気になる。
ああ、そうか。
死刑を待つ死刑囚の気持ちってこんな感じなのか。
俺が何かを悟ろうとする寸前、奥から皆が現われる。
俺は出来る限り平静を装い、ある二人が持つ物を視界から外すようにする。
もっともこの時点では、それぞれのトレイに蓋がされていて、中は見えないのだが。
もはや気持ちの問題だ。

「で、出来てしまったのか」

「ええ。じゃあ、早速試食しましょうか」

「あ、ああ」

ちなみに、晶、レン、なのははこの場にはいない。
事情を知った三人は巻き込まれるのを避けるため、ここにはいない。
後から家でゆっくりとかーさんのだけを試食するそうだ。
賢明な判断だな。
…………………。
そんな事を考えている間に、テーブルの上に皆の料理が並べられる。
とりあえず、かーさんのは大丈夫だろうから……。
最後の口直し用にしておくか。
まずは………。体力のあるうちに毒物から先に始末するべきだな。

「恭ちゃん、何か失礼な事を考えてない」

「気のせいだろ。では、頂くか」

美由希の言葉を軽く躱し、美由希の料理があるトレイの蓋に手を掛ける。

「あ、待って恭也。さきに店の方からお願い」

「何故だ?」

「そんなの決まってるじゃない。あんたの舌がおかしくなる前にちゃんとした意見を………。
 って、や〜ね冗談に決まってるじゃない。ただ、こっちを先に済ました方がいいでしょ」

嘘だ。絶対に嘘だ。
最初に言いかけた方が本当の理由だな。
という事は、そんなに酷いのか美由希の料理は……。(最早、酷いのは美由希の料理だと断定している恭也)
俺は渋々頷くとかーさんの作った物から食べる。
そして、感じた事を伝える。
そして、いよいよここからが本番とも言える。
俺は大きく深呼吸する。
よし!行くぞ。
先程のかーさんとのやり取りで美由希の料理は後回しにする事に決め、まずフィアッセの料理から手にする。
そして、口の中に一口入れる。

「…………うん、美味い」

「良かった〜」

フィアッセが安堵の息を漏らす。
次は那美さんのを口に入れる。
うん?何か変な感触が……。いや、味はそんなに悪くないんだが……。
ちょっと感触がおかしかったような。
とりあえずもう一口、口に入れる。
さっきと感触が違う。何故だ?でも味は同じだな。

「えっと……どうですか?」

どこか不安気な表情をして尋ねてくる那美さん。

「ええ、美味しいですよ」

「よ、良かったです」

そして、次は忍の料理なんだが………。
ま、まあ美由希よりはマシだとは思う。というよりも、思いたい。
美由希レベルの料理を二品は流石にやばい。
俺は意を決して蓋を開ける。
おっ!見た目は意外と普通だな。
恐る恐る口に入れる。
………フィアッセ程美味いという訳ではないが、まずくいはない。
初めて作ったとしたら、たいしたものだな。
ん、何か少し硬い物が。大した大きさでもないし、このまま飲み込むか。

「ふぅ。初めて作ったにしては上手く作れているな」

「へへへ」

さて、次が本命だ。蓋に手をかける。
その瞬間、体中に悪寒が走りぬける。
全身が逃げろと命令を下してくる。
それを無理矢理抑えつけ、何とか蓋を開ける。
中から表れた物は……………食べ物なのか?
美由希の方を見ると何か誇らしげに胸を張っている。
本人は上手く出来たつもりらしいが、どう見ても口に入れる物じゃないだろ。

「あっ、すまない手が……」

俺はあまりのおぞましさに手が滑った振りをして、その謎の物体をテーブルから落とす。
が、それを察した美由希がすぐさま空中で見事にキャッチする。
何だ、今の動きは。完全に捉える事が出来なかった……。
内心驚く俺を余所に美由希はその物体をテーブルの中央に置くとニッコリと微笑みながら、(俺には悪魔の笑みにしか見えないが)

「もう、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。はい、ゆっくり味わってね」

っち、勘の良い奴だ。
俺は嫌な感じの汗を掻きながら、目を瞑り思い切って口に放り込む。
うっ………甘い、酸っぱい、苦い、渋い。
出来るだけ噛まないようにしているのに、様々な味が口の中に広がる。
それぞれが味を主張し合い、全く分からなくなっている。
何故だ?何故、普通の材料からこんな物体が作れるんだ。これは最早、食べ物ではない。
俺のコメントを期待するような目で見てくる美由希には悪いが、俺はこれを飲み込む気にはなれなかった。
しかし、ずっと口に入れておくわけにもいかず、思い切って飲み込む。
その瞬間、身体中が熱くなり、汗が大量に出てくる。
そこで俺の意識はなくなった。





おわり




<あとがき>

ナハトさんからの13万Hitきりリクです。
美姫 「でも、まだ途中よね」
はい、続きは後編で。と、いう事で今回はこの辺で。
美姫 「でも、これってリク通りになってるのかしら?」
それも含めて後編で。




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