『イギリスの休日?』
期末試験も終った7月初旬。
学生たちにとっては、後は終業式を迎えれば夏休みといった時期である。
しかし、ここ風芽丘学園の3年生たちは、少し事情が違っていた。
何故なら……。
「ふぁ〜。よく寝た」
「おはよー」
「ああ」
終業のチャイムと同時に目を覚ました恭也は、軽く伸びをすると、これまた同じ様に目を覚ました隣人と挨拶を交わす。
そんな二人の元へ、赤星と藤代が近づく。
「まあ、もう何も言わんけどな」
「まあまあ、赤星君」
「で、何か用か?赤星、藤代」
「ん?ああ、明日からの修学旅行の件だ」
「二人とも寝てたから知らないかもしれないけど、
さっきの時間、担任の先生だったから、後半は自由時間をどうするか、班ごとに決めてたのよ」
「そうだったのか。で、俺たちはどうするんだ?」
同じ班である赤星と藤代に尋ねる。
「いや、まだ決めてない」
「おいおい」
「駄目じゃない二人とも。ちゃんと決めてくれないと」
「し〜の〜ぶ〜、誰とは言わないけど、誰かさんが寝てた所為で決めてないんだからね」
「あ、あはははは」
「勝手に俺たちで決める訳にもいかないだろ」
「俺は別に構わないんだがな」
「私も」
「はー。とりあえず、どうする赤星君?」
「仕方がないな。向こうに着いてから決めるか」
「いい加減ねー」
「忍〜。赤星君、一発やってもいい?」
藤代はグーに握った拳を目の前に上げ、赤星に尋ねる。
それに対し、赤星は苦笑するだけで何も言わない。
それを見た忍は慌てて、
「いや〜ん、彩ってば。ほんの冗談じゃない。ね、ね」
「は〜」
「まあ、高町は少しは向こうの事知ってるんだろ。なら、適当に街をぶらつけば良いだろ」
「まあ、多少はな。でも、そんなに詳しくはないぞ」
「分かってるって。とりあえず、俺たちは部活だから、もう行くな」
「ああ」
「二人とも、まだ部活やってるんだ」
「まあね。秋頃まではやってるわよ。と、本当にそろそろ行かないと。じゃあね」
赤星と藤代はそれだけ言うと、教室から出て行く。
それを見送ってから、恭也と忍も席を立つ。
「しかし、うちの学校も変わってるわよね。この時期に修学旅行なんて」
「まあな。しかも、行き先が海外とは、以外にやるな」
「ははは、確かにね。今年はイギリスだったわね」
「ああ」
そんな話をしながら、二人は教室を出て行った。
◆◆◆
翌日、イギリスの地に降り立った恭也たち風芽丘の一行。
「うーん。疲れた」
伸びをする赤星に恭也は近づくと、
「まあ、多少は疲れるな。しかし……」
「ああ」
恭也と赤星の視線の先、そこには。
「これがイギリスなのね」
「彩は海外初めてだっけ?」
「うん」
「じゃあ、私が案内してあげるわ」
「そう言えば、忍は海外に何回か行った事あったんだっけ」
「そうよ。では、早速。ここが空港のロビーよ」
「ここがそうなのね。写真撮らなきゃ」
妙にテンションの高い二人を冷ややかに見ながら、恭也は赤星に話し掛ける。
「あいつらは、何であんなに元気なんだろうな」
「さあな。それよりも、さっさと集合しないと」
「だな。おい、忍、藤代、それぐらいにして、さっさと来い」
「「は〜い」」
恭也の言葉に返事を返すと、二人は荷物を持って集合場所へと向うのだった。
◆◆◆
そんなこんなで色々と小さな物から大きなものまで、様々な騒動があったりもしたが、
何とか無事に4日目、自由行動の日を迎えた一行だった。
他の生徒たちも、各班ごとに各々思い思いの場所へと向って行く。
そんな中、恭也たちは。
「さて、どうする?」
「私、イングランド銀行博物館で金の延べ棒が見てみたい」
「また藤代は変な物を……」
呆れたように呟く赤星に、藤代は別にいいでしょと剥れてみせる。
それを見ながら、忍が言う。
「まあ、特に何もないし、別に良いんじゃない」
「そうだな。では、イングランド銀行に行くか」
恭也の言葉に、赤星も頷き移動する。
その後、金の延べ棒を見て、トリップしている藤代を連れて恭也たちは適当にあちこち見て周る。
そのうち、ショッピング街へと来ると、忍と藤代の目が輝き出す。
それはこの二人だけではないようで、ちらほら見る事が出来る同校の生徒たちもだった。
「よーし、買うわよ」
「勿論よ」
そんな二人を茫然と眺め、
「俺たちはここで休んでいるか」
「そうだな」
恭也と赤星はそう言うと、休めそうな場所を探す。
だが、恭也の腕を忍が、赤星の腕を藤代が掴まえる。
「何を言ってるかな、恭也は」
「そうそう。荷物持ち、お願いね」
恭也と赤星は顔を合わせると項垂れるのだった。
「「はい」」
恭也と赤星の両手が荷物によって塞がり始める。
それでも、二人、特に忍はまだ買う気満々で、歩いて行く。
「いい加減、疲れた」
「ああ。体力は兎も角、精神的に辛いな」
男二人の話を無視し、忍と藤代は次はどこに行くのか相談を始める。
そんな四人を、周りがちらほらと眺めては通り過ぎて行く。
「何か妙に目立っているような気がするな」
「確かにな。こんなに荷物を抱えている上に、あの二人の騒ぎ方ならな」
そう言って、恭也が視線を向けると、それを聞いていた忍が抗議の声を上げる。
「あのね、そんな訳ないでしょ。第一、さっきからこっちを見てる通行人は殆どが女性でしょうが」
忍の言葉に頷く藤代。
「「そういう事か……」」
それを聞き、恭也と赤星はそっと呟き、お互いを見る。
((つまり、こいつの所為か))
全く同じ事を考えていたりするのだが、お互いにそれに気付かない。
それを察した忍は、肩を竦めて見せ、それを見た藤代は呆れたように呟く。
「忍も自分の事を認識した方が良いってば。半分は男性からの視線なんだから」
そう言う藤代も、自分が視線を集めている事に気付いていなかったりする。
結局の所、この美男美女の集団は、注目を浴びているのが自分以外の3人の所為だと思っていたりするのである。
この会話をたまたま聞いていた同校の生徒たちは、揃って胸中で思う。
(全員が原因です)
実際、何人かの生徒たちは恭也たちに声を掛けようとしていたのだが、タイミングが掴めずにいた。
そんな時、恭也は突然名前を呼ばれる。
「恭也くん!」
声の出所を探し、そちらを見る。
そこで恭也は動きを止める。
「椎名さん!?」
「良かった〜。ホンマに恭也くんやったか〜」
「どうしたんですか?」
「うん?ああ、ツアーは明日からイギリスなんよ。だから、ここにおるねん。でも、恭也くんは何で?」
「ああ、俺は修学旅行です」
「ああ、そうなんや。でも、良かったわ。皆で久しぶりに街に出たんは良かってんけどな、はぐれてもうた。
道を聞こうにも、日本語の通じる人が分からんし。それで困ってたら、恭也くんに似た人を見つけて呼んでみたんよ」
「色々と言いたい事があるんですけど、とりあえず、ちゃんと確認してから呼んでください。
今回はたまたま正解だったから良かったようなものの。もう少し、自分が有名人だという自覚を」
「うぅ〜。恭也くんもイリア教頭みたいな事を言わんといてーな」
「はー。イリアさんの苦労が分かるような気がします」
「酷いわ、恭也くん。なあ、忍ちゃんもそう思うやろ」
「あ、は、はい」
「忍、何を緊張しているんだ?別に初めて会うわけでもあるまい」
「そ、それはそうなんだけど。だって」
「赤星や藤代も、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「そうは言ってもな」
「う、うん」
「こんな有名人と何の気負いもなしで話せる高町ほど、俺たちは鈍感じゃないしな」
「失礼な言い方だな、赤星。第一、それを言ったらフィアッセはどうなるんだ」
「そ、それはそうなんだが。フィアッセさんは何と言うか、前から知っていたから友達みたいなもんだしな」
「だろうが。俺の場合、それに椎名さんも入っているだけだ」
恭也の言葉にゆうひは笑いながら、
「あははは。恭也くんはCSSに入れる数少ない男の子やしな。それに、うちよりも前にCSSにおったしな」
「そ、そうなんですか!?」
あまり事情を知らない藤代が驚きの声を上げる。
「まあな」
「高町くんって、一体……」
「はー。それは兎も角、椎名さんどこまで連れて行けば良いんですか?」
「さすが恭也くんや。話が早いで」
「で、そこまでですか」
「ずばり、CSSまでお願いや〜。多分、皆も帰ってる思うし」
「それはちょっと……。どこか途中まででは」
「うちがまた迷ってもいいんか?それに、愛しいフィアッセにも会えるで〜」
「ちょ、な、何を言ってるんですか」
珍しく慌てる恭也を、残る三人が珍しそうに見詰める。
「高町、どういう事だ?」
「なんや、知らんのかいな。恭也くんとフィアッセが付きあ……フグフグ」
「椎名さん、早くCSSに行きましょう」
恭也はゆうひの口を塞ぐとそう言う。
しかし、途中までの言葉とその行動で大体を察ししたのか、
「そういう事か」
「へー、どうりで高町くんってば、他の女の子に興味を示さない訳ね」
「やるわねー恭也」
口々に言う三人だった。
「堪忍やで、恭也くん。それよりも、はよー行かんと、な」
恭也は諦めたのか、溜め息を吐くと、
「すまんが、そう言う訳だ」
「ああ、分かった」
「仕方がないわね」
「う〜、私も行きたかった……」
「まあ、そう言う訳だから、荷物だ」
恭也は持っていた荷物を忍に手渡す。
「わ、重い」
「それをお前は、今まで持たせていたんだが?」
「あ、あはははは。まあ、こっちは三人いるから分ければ持てるかな。
じゃあ、恭也、後でね」
「ああ」
「ごめんな。暫らくの間、恭也くんを借りるわ。
その代わりと言ったらなんやけど、次の新曲が決まったら、忍ちゃんたちに真っ先にCD送るさかい許してたってな」
「も、勿論ですよ。こんなので良ければ好きなだけ使ってください」
「こんなの扱いなのか、俺は」
恭也の呟きを無視して、忍はゆうひに話し掛ける。
「是非、サインもお願いします!」
「まかせとき!」
「は、はい!期待して待ってます。そういう訳だから、恭也。私のサイン付きCDのために、後はしっかりね。
あ〜、恭也と友達で良かった〜」
「忍、その台詞はうちの新メニューの試食の時も聞いたぞ」
「聞こえなーい。私は何も聞こえなーい」
「はー。まあ、いい。じゃあ、椎名さん行きましょうか」
「オーケーや」
恭也はゆうひを連れ、人込みの中へと消えて行く。
そして、後には恍惚とした表情の忍と、それを苦笑しながら見詰める赤星と藤代だけが残された。
◆◆◆
CSSに着いた恭也とゆうひの二人は、中へと入って行く。
すると、事前に連絡を受けてからそこで待っていたのか、フィアッセが二人を見つけ手を振る。
「恭也〜、ゆうひ〜、おかえり」
「ただいまやでー」
「もう、ゆうひったら突然いなくなるんだもん。心配したんだからね。
イリアに連絡したら、ゆうひがこれから帰ってくるって言うんだもん。
私たち、必死で探してたのに。それを聞いて急いで帰ってきたんだからね」
「あははは。堪忍やで。でも、急いで帰って来たんは、うちというよりも、誰かさんを迎えたかったからとちゃうんか?」
「「ゆ、ゆうひ(さん)!」」
「あははは。うちは先に行ってるからな」
そう言うと、ゆうひは急いで建物の中へと入って行く。
扉が閉まるのを見て、フィアッセは恭也を見詰めると、
「久しぶりだね」
「ああ」
「会いたかったよ、恭也〜」
恭也は飛びついて来るフィアッセを受け止める。
「電話で声だけ聞くよりも、こうして会って触れ合える方がやっぱり良いね」
「ああ」
「恭也も、私に会えなくて寂しいと思ってくれてた?」
「ああ」
「恭也ってば、さっきからああばっかりだね」
「ああ」
「またー。私と会えて嬉しくないの?」
フィアッセは答えの分かっている問いを、首を傾げながらわざとらしく尋ねる。
「そんな事はないに決まっているだろう」
「だったら、ちゃんと言って欲しいな」
「あー、その、俺も嬉しい」
「何が?」
「……勘弁してくれ」
「聞きたいんだもん」
「言葉にしないと駄目か?」
「…………」
フィアッセは無言で恭也の黒い瞳を見詰める。
そして、それを下から覗き込むようにして、口を開く。
「会えなかった不安を消し去って、私を安心させてくれるなら、言葉じゃなくても良いけど?」
何処か悪戯っぽく笑うフィアッセの頤に指を伸ばすと、恭也は空いているもう一方の手でフィアッセの背中に手を回し、
そっと抱き寄せる。
そして、そのまま顔を近づけていく。
その行為に、フィアッセは微かに頬を朱に染めながら、期待に潤む目をそっと閉じる。
やがて、二人の影が重なり、しばしの間を置いて離れる。
フィアッセは恭也を見ると、微笑みを浮かべる。
恭也もまた、笑みを返そうとして、何かに気付き扉を見る。
その恭也の行動に、フィアッセも入り口を見ると、ゆうひが閉じたはずの扉が微かに開いており、そこから数人の声が漏れ聞こえてくる。
「あかん、ばれてもうたかも」
「だ、大丈夫よ」
「だ、だからやめ様って言ったのに」
「エレン、そんな事言ってなかったわよ。むしろ、真っ先に覗いてたような」
「リーファも人の事は言えないよ」
「そ、それより、本当にばれてないのかな」
「せ、先生、どうしたら……って、いないし」
「す、素早いな〜」
恭也とフィアッセは溜め息を着くと、扉に向って声を掛けようとする。
だが、それよりも早く、内側、CSSの面々の背後から声が響く。
「皆さん、そんな所で何をしてるんですか」
『イ、イリア!』
突然背後から掛けられた声に驚き、ゆうひたちは扉の方へと倒れてしまう。
結果、縺れ合い恭也たちの前に姿を現すことになった。
「恭也さん、いらっしゃい」
「はい、お邪魔してます」
イリアに簡単に挨拶をしていると、イリアの背後からティオレが現われる。
「あら、恭也。いつ来たの?」
「せ、先生、それはずるいでー」
「ゆうひ、何のことを言ってるのかしら?」
「先生も一緒に……」
「アイリーン、どうかしたのかしら?」
ティオレは、これ以上はないというぐらいの笑顔をアイリーンに向け、言葉を遮って尋ねる。
「な、何でもありません」
「そう。おかしな子ね。恭也、ゆっくりできるのかしら?」
「いえ、そう言う訳にもいかないので」
恭也も色々と言いたいことはあったが、とりあえずアイリーンの反応を見て、それらを奥の方にしまいこむのだった。
「そうなの、それは残念ね」
「ええ」
恭也が頷くのを見て、ティオレは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
最も、恭也がそれに気付く前にいつもの柔和な笑みに変わっていたが。
それに気付いたイリアは、しかし何も言わなかった。
(ごめんなさいね、恭也さん。でも、ツアー中のこの子たちを校長の悪戯に付き合わせるわけにはいかないの)
最も、これが後々他の生徒にも影響を及ぼす事になろうとは、神の身ならぬイリアに分かるはずもなかったが。
「でも、恭也の学校はもうすぐ夏休みなのよね」
「そうですね」
「だったら、多少早めに休んでも問題ないわよね」
「はい!?」
「恭也がどうしても学校行事や勉学に励みたいと言うのなら諦めるけど、もしそうでないなら、
そうね、私たちの事を大切に思ってくれるなら、今から夏休みが終るまでの間、護衛してくれるわよね。
別に無理にとは言わないわよ。細かい手続きはこっちでやるし、学校へは私から事情を話しておくけど。
どうかしら?」
「えっと……」
「マ、ママ。恭也を困らせたら駄目だよ」
「あら、私は何も困らせようとは思ってないわよ?ただ、護衛を依頼しただけで。受けるか断わるかは恭也の自由でしょう?
それとも、フィアッセは恭也が一緒にいるのは嫌なの?」
「そ、そんな事ないけど、でも恭也に迷惑……」
「その話し引き受けます」
フィアッセの言葉を遮るように、恭也は返事をする。
その答えを聞いて、ティオレは笑みを浮かべ、フィアッセも笑みを浮かべるが、すぐに曇らせる。
「恭也、本当に良いの?よく考えないと」
「よく考えたぞ。だから、引き受けたんだ。それとも、フィアッセは迷惑か?」
「う、ううん、そんな事ある訳ないじゃない」
そう言うと、フィアッセは恭也に抱きつく。
「でも、本当に、本当に良いの」
「ああ。俺も少しでもフィアッセと一緒にいたいしな」
「嬉しい」
「フィアッセ」
「恭也……」
恭也はフィアッセに口付けようとして、ティオレがじっと見ている事に気付く。
イリアは横を向いているが、それでもちらちらと時折こちらを見ていた。
そして、地面に転がっているCSSの面々も同じ様に興味津々と言った感じで見ていた。
動きを止めた二人に、ティオレが告げる。
「あら、気にしないで続けて良いのよ?ほら、早く。
そうね、ツアーが終る頃に、孫の知らせが届くというのも良いわね」
「ティ、ティオレさん!」
「ママ!」
「ほほほほ。まあ、仲良くするななんて言わないから。もっとベタベタして、他の娘にも刺激を与えてあげてね。
それで、他の子たちにもいい人が出来ればこれ以上ない喜びだわ」
楽しそうにそう言うと、ティオレは中へと入っていった。
イリアは少し困ったような顔をしつつ、ティオレの後へと続いていった。
残された恭也はフィアッセと顔を見合わせ、苦笑をする。
そんな恭也へと、フィアッセは不意打ちの如く軽く触れる程度のキスをする。
「ほら恭也、私たちも行こう」
「ああ」
笑顔で腕を引っ張るフィアッセを眩しそうに見詰めながら、恭也たちも中へを入っていった。
「あのー、うちらはまだいるんですけど……」
「無駄よゆうひ。さっきの二人には、私たちの姿なんて眼中にないわ」
そんな呟きが、一陣の風に流されてどこかへと運ばれていった。
◆◆◆
そんなこんなで色々とあったが、無事に恭也の護衛の件も済み、
最も、世界的な有名人からの電話に、教師陣は電話の向こうで慌てふためいていたが、
現在、恭也はフィアッセに付いてツアーを巡っている。
それから一月ほどもした頃、ティオレの元に数人の歌手が押し寄せてくる。
「先生〜。あの二人を何とかしてくださいぃぃぃ」
「あんな甘い雰囲気で四六時中いられたら……」
「幾ら先生の公認とはいえ、昼間からいちゃつき過ぎます」
「あらあら、それは大変ね」
ちっともそうは思えない笑みを浮かべながら、そんな事を言うティオレ。
それをじと目で見てくる生徒を綺麗に無視して、さも良い事を思いついたと言わんばかりに両手を合わせる。
「そうだわ、いい事を思いついた」
そう言って笑うティオレを見て、イリアはきっとろくでもない事だろうと思う。
それを裏付けるかのような笑みを浮かべながら、ティオレは口を開く。
「今日のアンコール曲はラブソングにしましょう。きっと素敵な歌になるわよ」
「先生〜」
「そんな事より、あの二人を何とかして下さい〜」
「あらあら、人の幸せを壊すなんて、そんな真似できないわよ。
それに、あの子にはいつも笑顔でいて欲しいと思うのは、親として当たり前でしょ」
「校長、確かに分からなくもないですが、その顔で言っても説得力がありません」
ティオレはイリアの言葉に背を向けると、窓から空を見上げる。
「今日もいい天気ね」
「先生ぃぃぃ」
「貴方たちも、ゆうひぐらい余裕を持たないと駄目よ。はい、話はおしまい。
私は二人の様子でも覗き……、じゃなかったわ。見守りに行ってきますから」
そう言うとティオレは部屋を出て行った。
残された生徒たちは顔を見合わせ、
「ゆうひのは余裕というよりも…」
「楽しんでるだけよね」
一斉に溜め息を吐くのだった。
一方、部屋を出たティオレは、大きめの部屋へと向う。
そこは、CSSの歌手たち各自が、自由に食べ物や飲み物を持ち込み談話したり、寛いだりできるようにと手配された部屋だった。
その入り口付近に、いかにも怪しそうな人影を見つけ、ティオレはこっそりとその背後に近づく。
そして、ゆっくりと肩に手を置く。
途端、悲鳴を上げそうになるその人影の口を押さえるティオレ。まさに神業的な速さであった。
「ゆうひ、大声を上げたら気付かれてしまうでしょ」
「せ、先生ですか。驚かさないでください〜」
小声で会話をする二人。と、ティオレはゆうひが持っているものに気付き、視線だけで問う。
「あははは。これは、まあちょっと記憶をと思いまして……」
そう言って、話している間もずっとそのビデオカメラは中に向けられていた。
勿論、先程背後から現われたティオレに驚いた時も、カメラだけは中に向けられていた。
ゆうひ、恐るべし……。
「あら、面白い事をしてるじゃない」
「あ、あははは」
「勿論、私にもダビングしてくれるわよね」
何か言われると待ち構えていたゆうひは、ティオレのこの言葉に笑みを浮かべると、
「勿論です。一旦、さざなみに送って、そこでダビングしてもらいますから。勿論、先生の分と高町家の分の二本を」
「それは楽しみね。流石だわ、ゆうひ。あなたこそ私の後継者よ」
「先生!うちはこれからも頑張って精進します!」
「頑張るのよ、ゆうひ。貴方なら、イリアをあっと言わせるような悪戯をしでかすと信じているわ」
「先生……いや、師匠!」
二人は入り口の影でしっかりと抱き合う。
くどいようだが、ゆうひの持つビデオは、しっかりと中の様子を撮影している。
しかし、世界的な有名人のこんな姿をファンが見たら……。
最も、ここには一般の客は近寄る事も出来ないのだが。
ひとしきりお互いに感動を確認しあった後、二人は揃って中を覗く。
「で、二人は何をしてるのかしら?」
「ついさっきまで、軽い食事をしてました。勿論、お互いに食べさせ合ってました」
「そう。全く、あの二人は。
いつまで経っても仲が進まないとやきもきしていたら、気持ちを確かめ合った途端、周りがあてられるぐらい仲良くしちゃって」
「まあまあ、先生。あの二人は長い間、お互いを思ってた訳ですし。それに、そんな顔で言われても、説得力ないですよ」
「あら、そうかしら」
「ええ。すっごく嬉しそうな顔をしてますよ。何なら、その証拠をここでおさめましょうか?」
「遠慮しておくわ。そんな余裕があるのなら、あの二人を」
「そうですね」
「そう言うゆうひも、自分の事みたいに嬉しそうな顔してるわよ」
「そりゃあ、フィアッセはうちにとっても大事な妹みたいなもんですから」
「フィアッセもいい友人を持ったわね」
「いややわ。そないな事言われたら、照れますよ。って、先生、何やら進展が……」
「そうみたいね。しっかり撮るのよ」
「了解♪」
そんな怪しい二人に、フィアッセは兎も角、恭也も気付かず、二人は楽しそうに話している。
話している最中も、その手はしっかりと繋がれていた。
おまけにお互いに相手しか見えていないようで、周りに人がいたとしても気付かないかもしれない。
他の歌手たちが逃げ出すはずである。はっきり言って目に毒である。
「恭也、私喉が渇いちゃった」
「そうか、なら水でも取ってくる」
そう言って立ち上がった恭也を、少し頬を膨らませ拗ねた表情で見詰める。
そして、どこか甘えたような声で話し掛ける。
「私を置いていくの?」
「そうだな。じゃあ、一緒に行こうか」
そう言って恭也が手を差し出す。
その言葉に笑顔で頷き返すと、その手を取る。
そして、立ち上がると恭也と腕を組み、部屋の端に置かれてある冷蔵庫まで歩いて行く。
恭也は中からミネラルウォーターを取り出し、コップを取ろうと手を伸ばす。
その手にフィアッセの手がそっと重ねられ、動きを止められる。
その行動が分からず、横にある顔を見ると、どこか照れたような顔をしてこちらを見詰めている目を視線が合う。
「コップじゃなくて、恭也に飲ませて欲しいな。駄目?」
「……分かった」
そう言うと恭也は、フィアッセがさっきまで座っていた椅子まで戻る。
そして、キャップを開け、フィアッセの口にペットボトルを持っていく。
「違うよ恭也。そうじゃなくて、ここで……」
そう言ってフィアッセは人差し指を恭也の唇に軽く当て、それから自分の唇に当てる。
「ここに飲ませて」
流石にそれに戸惑いを見せる恭也に対し、フィアッセは悲しそうな顔をする。
「駄目?」
恭也は暫らく考えていたが、すぐに水を口に含むとフィアッセに口付ける。
恭也の口からフィアッセへと移った水を、フィアッセの喉が動き奥へと運んでいく。
やがて含んでいた水全てをフィアッセに移すと、恭也はそっと離れる。
今度はフィアッセが水を含み、恭也へと口付ける。
しばらくそれを繰り返しているうちに、いつしか二人は水なしでお互いの唇を貪り出す。
激しく永いキスを終えた二人は、お互いに潤んだ瞳で目の前にいる愛しい者を見る。
そっとフィアッセの名を呼ぶ恭也に、フィアッセは何も言わずに頷く。
すると、恭也はフィアッセの背と膝裏に両手を入れ、お姫様抱っこで持ち上げる。
そのまま二人は大部屋を出て行った。
その向う先には、恭也の部屋があった事だけを言っておく。
おわり
〜 おまけ 〜
二人が去って暫らくしてから、入り口付近に置かれた観葉植物の陰から二つの影が出てくる。
言わずと知れた、ティオレとゆうひの二人である。
「流石にこれ以上は無理ですね先生」
「そうね。でも、いいものが見れたわ」
「ホンマに」
そう言って二人は微笑み合うのだった。
ちなみに、今日の分だけでなく、ツアー中の恭也とフィアッセは撮影をされ続けていた。
そして、ゆうひは恭也が帰る前日早朝にそれをさざなみ寮へと速達で送り、
ダビングされたテープが真雪から高町家へと渡ったのは、恭也が帰国する前の事だった。
ダビングしたテープは同じ様に、ティオレにも送られるのだった。
その時、同封されたゆうひ宛ての手紙には、住人たちの近況などの他に、真雪の字で次のように書かれていた。
『ここまで堂々とされたら、からかいがない。むしろ聞くだけ、見るだけで毒だ。あたしはこの件には触れないからな』
終
<あとがき>
かんさんのきり番リクエストです。
美姫 「恭也Xフィアッセです。でも、フィアッセの出番が少ない気がするんだけど…」
確かに、出ずっぱりではないな。
美姫 「でも一応、恭也Xフィアッセではあるわね」
ラブラブな二人を取り囲む周りのほのぼのって感じかな。
美姫 「かんさん、こんな感じですけど、この馬鹿どうしましょう?」
お前、何気に酷いぞ。
美姫 「ほほほほ、何のことかしら?」
ったく。とりあえず、久しぶりの短編だった気がするな。
美姫 「それはそうかもね」
と、纏まった所で…。
美姫 「何処がよ」
ははは。ではでは。
美姫 「バイバイ〜」