『なのはとお話と』
それは昔、昔のこと。
といっても、そんなに昔の事ではなく、ほんの数年前のお話。
まだ、なのはが4歳頃のお話…。
この頃にはもう、恭也と美由希の深夜の鍛練は始まっており、なのはは兄や姉に甘えるのを小さいながらに我慢していた。
そんななのはを思ってか、毎日、なのはが寝るまで恭也は傍に居てやっていた。
なのはが寝る時間も早いため、深夜の鍛練にも何も影響がなかったというのもあるが、やはり妹が可愛いというのもあったのだろう。
なのはも、一日の内、この時間だけは大好きな兄を独り占めできて、とても嬉しそうだった。
いつの頃からか、なのはが完全に寝入るまで、恭也が話を聞かせるという事が二人の間では決まっていた。
恭也は、自分が知っている昔話をしてやったり、偶に絵本などを持ち込んでそれを読んであげていた。
そして、いつの頃からか、その話の教訓をなのはへと最後には言うようになっていた。
教訓自体の意味は分からないながらも、大体のニュアンスみたいなものは感じ取っていたのか、
いつしか、恭也が話し終えると、はなのはから聞いてくるようになっていた。
これはそんな恭也となのはの小さい頃のお話…。
「……という訳で、ロバは最初よりも重たくなった荷物を運ぶ事になったのです」
恭也が話し終えると、なのはは少し眠たそうな目を擦りつつ、
「お兄ちゃん、このお話の教訓は?」
「これか、この話の教訓は、道具を上手に使いましょう、だな。
最初から、荷車などに乗せていればこんな事にはならなかったんだから。
まあ、飼い主が持ってない場合もあるから、もしくは、荷物はよく確認しましょうということだな。
事前に荷を確認していれば、わざと水に溺れる振りはしなかっただろう。
この様に、幾ら家の者宛てに来た荷物だと言っても、無用心に開けてはいけないぞ、なのは」
「うん、分かったお兄ちゃん…」
そう言うと、なのはは眠気に耐えれなくなったのか、そのまま目を閉じると、すぐさま寝息を立て出す。
そんななのはの髪を優しく撫でると、恭也は風邪を引かないようにそっと掛け布団を掛け、部屋を後にするのだった。
次の日の夜。
今日も同じように話をしている恭也。
「すると、泉から泉の精霊が現われ、こう言ったのです。
あなたが落としたのは…」
どうやら、今日は金のオノ、銀のオノの話らしく、なのはは横になりながらじっと聞いている。
やがて、恭也が話を締め括ると、
「今日の教訓は何? あ、嘘は駄目って事かな?」
「なるほど、そういう解釈もできるな」
「解釈って?」
「つまり、考えみたいなもんだな。
で、このお話の教訓は、嘘を吐くのなら、徹底的に、だな。
自分さえも騙すほどの嘘を吐いてれば、こんな事にはならなかったんだ。
つまり、何事も中途半端はいけないという事だな」
「ふーん、そうなんだ。教訓って、難しいね」
「そうだな。だが、まだそこまで考える必要はないんだぞ。
ゆっくりと分かるようになれば良いんだ」
さて、今日はここまでだな」
「うん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
恭也はなのはに挨拶を返すと、部屋の電気を切って部屋を出るのだった。
翌日もまた、恭也はなのはへと話を聞かせていた。
「助けたカメに連れられて……」
いつものように話し終えた恭也に、なのはが言う。
「うーん、人のいう事はちゃんと聞きましょうって事?」
「いや、違うな。開けるなら、用心しろって事だな。
どんな罠が仕掛けられているか分からないからな。
因みに、これが恩を仇で返すというやつだな」
「??」
「まあ、この言葉は今は覚えてなくても良い。
さあ、もう時間だ」
「うん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
こんな調子で何処か間違った教訓を教えつつ、恭也は毎夜なのはに話を聞かせ続けていた。
しかし、流石に知っている話が減ってき、図書館などで調べるようになった恭也だったが、
ある日、忙しくてそんな暇がないまま、夜になる。
なのはを前にして、何を話そうか考えていた恭也だったが、咄嗟に昔、士郎と二人で全国を歩いた時の話を始める。
勿論、登場人物には適当な名前を使って。
「それで、俺たち、いや、太郎と恭の二人は寒空の下、身を寄せ合うようにして、一晩中起きていたのでした。
めでた…くはない、めでたくはない」
「……え、えっと、その教訓って?」
「うむ、言うまでもない! お金はよく考えて使うように!
特に、父さ…じゃなくて、太郎…っと、違うな。計画性の無い人物にお金を持たせるべきではない! …だな。
じゃないと、いざと言う時に、大変困るからな。それは、もう本当に…」
今までになく、やけに実感の篭もった声で告げる恭也に、なのはは素直に頷く。
「さて、今日の話はここまでだ」
「うん。今日のお話はとっても楽しかった。お休みなさい、お兄ちゃん」
「ああ、お休み」
なのはのこの言葉が、今後も恭也に士郎との旅の話をさせる事となったのは、言うまでもない。
そして、現在。
「本当に、あの時は酷かった」
しみじみと、何処か遠くを見ながら語った恭也の言葉に、美由希たちだけでなく、遊びに来ていた忍や那美も苦笑する。
「まあ、士郎父さんらしいといえば、らしいかな」
「人事だから、そんな事が言えるんだ。当時、俺は真剣に考えたもんだぞ。
いかにして、父さんにばれないようにへそくりをしておくかとな」
「あ、あははは」
恭也の言葉に全員が苦笑する中、なのはが首を傾げる。
「ん〜、その話、どこかで聞いたような気がするんだけどな。
ねえ、お兄ちゃん、それって何かの絵本でもなかった?」
「いや、ないと思うが」
「うん、流石に絵本でこんな話はないよ、なのは」
「う〜ん、でも、何か聞いた事があるような」
なのはが首を捻って考えていると、知らずにぽつりと呟きが洩れる。
「教訓、お金はよく考えて使い、計画性の無い人にお金を持たせては駄目……。
って、あれ? なのはは何を言ってるんでしょうか?
何か、勝手に口から出てきたと言うか、急に頭にそんな言葉が浮かんできたんだけど」
不思議そうにしているなのはを見て、恭也は昔、自分がなのはに昔話を聞かせていた事を思い出し、
尚且つ、話に尽きて、士郎との旅の話を聞かせて居た事を思い出す。
間違ってはいないが、変な教訓を教えた事に微かに汗を流しつつ、恭也は表情を変えずになのはの頭に手を置く。
「まあ、そんなに気に悩む程のことでもあるまい」
「でも……」
「そ、そうだ。それよりも、今度の休みに何処かに行くか?
今まで、あんまりなのはと出掛けた事はなかったしな。
美由希も大分、出来上がってきているから、一日ぐらいなら良いぞ」
「本当に!?」
「ああ。何処に行きたいのか、前日までに考えておくと良い」
「うん。何処が良いかな〜」
なのはが違う事を考え始めたのを見て、ほっと胸を撫で下ろしつつ、羨ましそうに、
また、何か言いたそうにしている美由希たちに背を向けると、恭也はそそくさとその場を後にするのだった。
教訓、人に話して聞かせるときは、よく考えてからにしましょう。
おわり
<あとがき>
幼いなのはと恭也の話〜。
美姫 「ほのぼの短編?」
いや、ちょっと違うだろう。
美姫 「しかし、なのはがよく変な性格に育たなかったわね、これで」
まあ、殆ど覚えてなかったか、恭也に寝る前に絵本を読んでもらっていたという記憶がある程度という事で。
美姫 「はいはい」
さて、今回はこの辺で。
美姫 「じゃ〜ね〜」