『リリカルIF 〜逆転兄妹〜』






さて、日本は海鳴市の藤見町。
ここに建つ日本家屋で繰り広げられるのは、
少し変わった、けれども何処にでもあるような日常の出来事である。



9歳。それがこの家の住人の末っ子の年齢である。
それも年長にあたる者により、過保護なほど大事に大事に育てられてきたのだ。
故にか、外界に染まる事なく、この年にしては驚くほどに純粋で、少々言動が幼かったりもする。
性格は大人しくも、やはり家人の影響か、芯は強く、曲がった事はしないと家の者が口を揃えるであろう。
今日も今日とて学校から帰宅し、誰も居ない家で一人留守番をする。
両親が二人で喫茶店を経営しているため、他の者が帰ってくるまでは一人である。
可愛い末っ子を一人になど出来ないと、午後の授業を早退する事、数回。
両親からの強い、強い説得を持って、また末っ子本人からの言葉により、
年長者は渋々と授業を受けるようになったというエピソードは、ここ高町家では有名な話である。
また、その者が通う学校でもかなり有名である。
それを広めてしまったクラスメイトにして、隣に座る少女は、しかる後にしっかりと制裁されていたが。
少女の妹からそれを聞いた、その妹とクラスメイトの件の末っ子はただただ微笑ましそうな笑みを零していたが。
恐らくは、じゃれているだけだと取ったのだろう。
ともあれ、そんなこんなで一人きりで留守番をしている末っ子の恭也であった。
そこへ扉がけたたましく開く音と共に、
ただいまの挨拶もなく迷いもなく真っ直ぐにリビングへと向かってくる足音一つ。
その足音に顔を綻ばせ、ソファーから腰を上げた恭也は、丁度入ってきた長女、なのはを迎える。

「お帰り、なのはお姉ちゃん」

愛くるしい笑顔をと共に迎えてもらったなのはは、恭也に抱き付きながらここに来てようやくただいまの挨拶をする。

「一人で寂しくなかった? 怖くはなかった?
 変な人とか来てない? ああ、ごめんね。掃除当番さえなければ、もっと早く帰って来れたのに」

恭也を抱き締めながらその頭を何度も撫でるなのは。
腕を動かすたびに、頭の片側で纏めてある髪がひょこひょこと揺れる。
それを何となしに見つめながら、

「うん、大丈夫。それよりも、着替えなくても良いの?」

「ああ、そうだね。それじゃあ、お姉ちゃんの部屋に行こうか」

言って恭也の手を握り、部屋まで一緒に歩く二人。
かように、長女の過保護な弟への接し方は、知人にはとても有名な話である。
親友である忍がブラコンとからかうも、平然とそれを認め、あまつさえ、

「多分、ブラコンって言うよりは、恭也コンプレックス、キョウコンなんだよ」

と逆に嬉しそうに公言する始末である。
校内における人気も高く、隠れファンクラブまで存在するなのはであるから、
当然のように告白された人数も両手の指では足りないぐらいである。
しかも、そのどれもが僅か一秒で切り捨てられており、瞬殺の姫とまで言われる程である。

「恭也の面倒をみたいから、嫌」

それが告白してきた者たちに対する、なのはのお決まりの台詞である。
中にはそれでもしつこく言い寄ってくる者もいるが、全く相手にされず、
ブラコンと蔑めば平然と先の忍の時のような返答を返される。
入学したばかりの頃は、放っておいても大丈夫だとか、放っておけとずばり言った者もいたが。
その者達は、揃って入院しており、退院後は何故か自主的に退学したとか何とか噂される。
勿論、噂だから真実は謎のままであるが、当の本人は聞かれてもただ笑顔を浮かべて肯定も否定もしなかったとか。



着替を終えると、なのははそのまま恭也と一緒にゆっくりと時間を過ごす。
特に何もするでもなく、一緒に居れればそれだけで嬉しいのか、ご機嫌で。
勿論、恭也が何かしたいと言えば、なのはが嫌がる理由もない。
という訳で、今日は恭也の要望により臨海公園まで散歩に出るのだった。
手を繋いで歩くなのはは、これ以上はないというぐらいに笑顔を見せている。
手を繋ぎながら、今日学校であった事などを恭也から話してもらう。

「でね、転んだアリサちゃんを起こしてあげたんだけど、
 ちょっと強く引っ張りすぎて、僕まで一緒に転んじゃったの」

「大丈夫なの。どこか怪我はしなかった?
 擦りむいてない? 痛くない?」

恭也の言葉に過剰なまでに反応するなのはだが、
恭也にとっては生まれて物心付いた頃からの変わらない反応なので、特に苦笑も何もなく素直に怪我はないと言う。
それに胸を撫で下ろすなのはに、恭也は話の続きを聞かせる。
というよりも、なのはに聞きたい事があるのか、不思議そうな顔で見上げながら。

「僕は何ともなかったんだけれど、アリサちゃんがお顔を真っ赤にしてた。
 どこか打ったり、身体の調子でもおかしいのかなと思って聞いても、何でもないって言って」

「……ふーん、アリサちゃんがね。恭也。
 恭也が転んだとき、アリサちゃんのお顔が近くになかった?」

「凄い! よく分かったね、なのはお姉ちゃん」

「まあね。という事は、そうなんだ」

「うん」

何やらブツブツと危険な事を呟くなのはに気付かず、恭也は少し悲しそうな顔でなのはを見る。

「ねえ、なのはお姉ちゃん。僕の顔って怖いのかな。皆、僕が笑ったりすると目を逸らすんだけど」

本当に悲しそうな目で見上げてくる恭也を抱き締めると、なのはは本当の事を言うかどうか悩む。
悩んだ末、

「そんな事ないよ。恭也の顔が怖いなんて事、絶対にないからね。
 皆も怖がってるんじゃないから、大丈夫」

「本当に?」

「うん、本当だよ。それに、他の人なんて関係ないよ。
 お姉ちゃんは恭也の事大好きだから。恭也の傍にずっと居てあげるから。それじゃあ、嫌?」

「そんな事ない! 僕もなのはお姉ちゃんの事、好き!」

恭也の言葉になのはは思わず鼻頭を押さえつつ、恭也を強く抱きしめる。

「恭也、今のもう一回言って」

「うん。僕もなのはお姉ちゃん大好き」

「……ああ〜、もう恭也ってば何て可愛い子!」

再度の言葉に強く恭也を抱きしめ、なのははこの世の幸せを噛み締めるのだった。
その後、落ち着きを取り戻したなのはと一緒に屋台のたこ焼きを食べ、暮れ始めた空を見て二人は家路に着く。
その途中、不意に恭也が立ち止まる。
勿論、なのはもそれに合わせてちゃんと立ち止まる。

「どうかしたの、恭也?」

「今、何か声が聞こえなかった?」

「声?」

「うん。助けてって」

恭也の言葉に、なのはは恭也の手をしっかりと繋ぎながら、周囲の気配を探る。
気配の察知は、御神流における基本の一つである。
何かあれば、恭也を守れるようにとさり気なく恭也を自分の方に引き寄せながら、周囲を探る。
しかし、特に怪しい気配も争う気配も感じられない。

「うーん、私には何も聞こえなかったけれどな」

それでも、恭也が嘘を言っているなどとは露にも思わない。
恭也と他の何かが違う事を言った場合、なのはにとって信用するのは考えるまでもなく恭也の言葉である。
今回の場合、自分もこの場に居た事もあり、恭也の勘違いかもしれないと思うのが半分、
自分の耳が可笑しいと考えるのが半分。とことん、恭也至上主義である。

「勘違いなのかな。あ、でもまた」

恭也が聞こえたというも、自分には間違いなく聞こえなかった。
となれば、勘違いかと思うが、すぐにそれを否定などしない。

「それじゃあ、恭也が聞こえたと思う方に行ってみよう」

「いいの?」

「勿論だよ。恭也が納得するまで付き合ってあげるから、気にしなくて良いよ」

自分にとても優しいこの姉が恭也は大好きだからこそ、申し訳なさそうに尋ねる。
だが、その姉の言葉に恭也は嬉しそうな笑みを見せると、なのはの手を引いてこっちと歩き出す。
そんな仕草もとても愛しく、なのはは手を引かれながら恭也の後に続くのだった。



歩くこと数分。果たして、そこには傷付き倒れたイタチもどきの小動物が。
弱っているイタチもどきに近付き、心配そうにそっと抱き上げる恭也を見て、
我が弟の優しさに心を打たれる姉。本当につくづく姉馬鹿である。

「お姉ちゃん、どうしよう」

「見つけた以上、このままってのもね。
 動物病院に連れて行って上げましょう」

「槙原先生の所だね」

恭也の言葉に頷くと、なのははイタチもどきをそっと抱き上げ、片手には恭也の手を握り、病院へと向かうのだった。
これが切っ掛けで、恭也は魔法という存在を知り、それに関わる事となってしまうのだった。





  ◇ ◇ ◇





恭也が魔法を知ってからおよそ十数日。
初めて同じような魔法を使う少女に出会い、攻撃された日。
恭也は少女の悲しそうな瞳が気になりつつも、このままジュエルシードを探していれば、
また戦うことになるのかもと戸惑いながら、家へと帰り着く。
既に帰ってきていたなのはは、帰宅して恭也が居ない事にソワソワしており、
恭也が帰って来るなり玄関へと走り出す。
その背中を妹の美由希が苦笑しながら見送るのも、ここ最近では見慣れた光景である。

「お帰り、恭……や? え、何々、怪我してるじゃない。
 だ、誰にやられたの!? だ、大丈夫!?
 きゅ、救急車、救急車は119番は何番? み、美由希、救急車を!
 それと警察よ! 警察! ううん、警察はあてにならないわ。恭也、誰にやられたの!?
 お姉ちゃんが敵を取ってあげるから! 私の恭也を怪我させるなんて。
 って、美由希! 救急車はまだ!」

「もう、煩いな〜。さっきから何を玄関で騒いでるの?」

なのはの言葉に美由希がゆっくりとした足取りでやって来るも、なのはの眼光に思わず後退る。

「はやく、救急車を!」

「救急車って何かあったの?」

流石にただ事ではないと思ったのか、
美由希は電話の所まで戻るよりも早いだろうと携帯電話を取り出しながら尋ねれば、

「恭也が、恭也が、私の恭也がー!」

恭也が怪我したのかと慌てて恭也を見れば、
確かに怪我はしているようだがどれも軽いもので、擦り傷ばかりである。

「何だ、ただの軽い怪我じゃない」

「軽い? み〜ゆ〜き〜」

美由希の発言に殺気を撒き散らすなのはに、思わず後退る美由希。

「だ、だって、救急車を呼ぶほどじゃ……」

「ふふふ。確かにそうかもしれないわね。私もちょっと動転してたわ。
 でもね、ただの軽い怪我ってのは何かな? 怪我をしている以上、ただのってのはないよね〜」

「あ、うん、そうです、はい、お姉さま。わ、私が間違ってました。
 で、でも、可笑しいな。この辺で恭ちゃんを苛めるような馬鹿な子は居ないと思うけど。
 恭ちゃんを苛めたらどうなるのか、皆知ってるだろうし」

「ふふふ。まだそんな馬鹿な子が居たのね。私がもっとしっかりしてないから」

本人そっちのけで勝手に進んで行く話に、しかし恭也はただきょとんとした顔でなのはを見つめ、
肩に止まったユーノはただただ震えていた。

「恭也、誰にやられたの?」

「違うよ。ちょっとそこで転んだだけで」

「本当に?」

「うん」

少し後ろめたかったが、姉に無用の心配を掛けたくないという思いと、
これは自分で何とかしたいという思いから、恭也は強くそう頷く。
それを見てなのはは恭也の肩にそっと手を置く。

「何も心配しなくても良いのよ。
 大丈夫、仕返しなんて馬鹿な考えを抱くような気にはならないぐらい、ちゃんと調き……お話してくるから」

「本当に、そこで転んだの」

「……そう、そこまで恭也が言うのなら、そうなんでしょうね。
 それにしても、ちゃんと道路の石ぐらい取り除きなさいよね」

「いや、なのは姉、それは無理があるよ」

「うーん、そうだ。
 今度、生徒会に掛け合って、ボランティアでこの辺の清掃も兼ねて石を取り除いてもらおうかな」

「流石に生徒会でもそんな個人的な件で動くかな?」

「美由希、何を言ってるの。動くかどうかじゃないの。私が、恭也の為にやってってお願いしてるの」

「あ、あははは。そ、そうだったね。う、うん、動くんじゃないかな、生徒会も」

背中に大量に汗を流しつつ、美由希は笑顔でそう返す。
そんな美由希の反応など気にも留めず、なのはは別の手も考える。

「嫌だけど、一番頑張った人には休みの日に一緒にお出かけしてあげるという景品でもつけようかな」

「あー、それなら確かに生徒会が動かなくてもかなりの人数が動くかも」

なのはのブラコンを知っていても尚、なのはのファンが減っておらず、
また一年生などはまだその辺りを知らない者もいるのだ。
間違いなく、かなりの人数が動くだろう。
だが、美由希はなのはをじっと見つめる。
幾ら恭也のためとは言え、恭也以外の男と出掛けるなんて事を本当にするのだろうかと。

「勿論、恭也も一緒に連れて行くに決まってるじゃない。嫌だって言うのなら、その時点でこの話はお終い。
 で、行き先は恭也の望むところ。勿論、相手のおごりでね♪」

そう笑顔でのたまうなのはに、美由希は我が姉ながらも薄ら寒いものを抱く。
そんな一連のやり取りを、ただじっと聞いていたいユーノは、
ここに来て初めてなのはの本当の怖さを思い知ったのである。
溺愛ぶりは既に初日から知っていたユーノではあるが、
恭也が絡むとここまで恐ろしい存在になるのだとは初めて知ったのである。。
それも仕方ないだろう。
ユーノが来てから、恭也は遅くまで出歩き、なのはは家で心配するという図式が成り立ち、
ユーノ自身はなのはとあまり接する機会もなかったのだから。
だが、ことここに至り、ユーノは恭也に協力を頼んだ事を少しだけ後悔したのであった。





  ◇ ◇ ◇





フェイトとの二度目の邂逅で勝負に負けた恭也は落ち込む。
ただ話をしたいだけなのにと。
そんな恭也の様子を察したのは、やはりというか当然の如くなのはであった。
なのはは恭也を風呂に誘うと、湯船に浸かりながら恭也を抱き締める。

「それで、恭也は何を悩んでるのかな?」

その言葉に驚く恭也に、なのははただ優しく笑う。

「分かるよ、恭也のことだもん。お姉ちゃんにも話せないこと?」

そう尋ねられ、恭也は魔法の事はぼかしてフェイトとの事を話す。
どうしても話をしたいけれど、聞いてくれないこと。
諦めたくはないけれど、どうすれば良いのか悩んでいると。

「悩む必要なんてないんだよ。恭也は恭也のやりたいようにやれば良いの。
 それを駄目なんていう奴がいたら、全部お姉ちゃんが倒してあげる。
 誰にも恭也を苛めさせない。だから、恭也は何も考えず、ただやりたいと思ったことをすれば良いんだよ」

乱暴といえば乱暴な言葉だが、恭也は嬉しそうになのはの腕の中でなのはに甘える。
それを嬉しそうに受け入れつつ、なのはは先程よりも幾分顔を引き締めると、
後ろから恭也を抱き締めたまま、至近でその顔を覗き込む。

「その子って言うのは、女の子?」

「うん、そうだけれど…」

「…………ふふふ、そうなんだ。うん、確かに倒さないと、いけないね。
 ましてや、恭也が話をしようと言ってるのに、それを無視するなんて。
 クスクス。恭也、どうしても駄目だったらお姉ちゃんに言うんだよ〜。
 お姉ちゃんがちゃんとその子を教育してあげるから」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

嬉しそうに抱き付く恭也の頬をプニプニと弄りつつ、なのはは恭也をじっと見る。
話を聞く限り、友達として気になるという事かと安堵の息を零しながら。
もし、そうでなかったら、どうなっていたのだろうか。
それは、考えるも恐ろしい事である。





  ◇ ◇ ◇





管理局へと協力する事となった恭也は、数日間家を出る事になる。
それに対して駄々を捏ねたのは言う必要もなく、

「駄目、ダメダメ〜! 恭也、一人で寝れるの?」

「ユーノくんがいるし。それに、最近は僕、一人で寝てたよ」

「でも、だって、暫くは会えないんだよ」

そんなやり取りをするなのはを、父親である士郎が寂しそうに眺める。

「なあ、桃子。去年のなのはの修学旅行を思い出すな」

「本当ね。あの時も、恭也を置いてなんて行かないと我侭を言って困ったものだったけれど…」

「中学の時もな。はぁ、父親である俺と離れるのには何の抵抗もないのにな。
 一瞬だが、恭也に殺意を抱きそうになったぞ」

そう呟いた瞬間、士郎はその身を固くしてなのはへと視線を転じる。
なのはは士郎に背を向けた形で、今も尚恭也を説得するようにその手を握り締めて悲しそうな顔を見せている。
だが、それとは別に、ピンポイントで絞り込まれた殺気が士郎へと向かっているのである。
関わるのを恐れたのか、さり気なく桃子は士郎から距離を開けていた。
当然、士郎たちの話が聞こえており、とある個所に反応したのは間違いない。

「じょ、冗談も口にできないのか」

何とか搾り出した言葉に少しだけ殺気が和らぐが、
それでも士郎を警戒するようにまるで恭也を庇うように位置を変える。
苦笑と共に冷や汗を見せつつ、美由希が士郎へと疲れたような口調で告げる。

「駄目だよ、士郎とーさん。なのは姉にその手の冗談は通じないんだから」

「そ、そうだったな」

うっかり口走ってしまった自分を悔やみつつ、未だにやり取りを続ける二人を見つめる。
だが、それを見守る三人はこの勝負の決着などとうに分かりきったものである。
恭也が折れない以上、最終的に絶対に折れるのはなのはになるのだから。
その予想は裏切られる事なく、それから二分後にはなのはも恭也の言葉を受け入れていた。
それでも、毎日の電話と帰ってきたなのはに一日付き合う約束はしっかりと取り付けていたが。

「付いて来たら駄目だからね、なのはお姉ちゃん」

「……わ、分かってるよ」

「じゃあ、約束。指きり」

付ける気満々でいたなのはは、恭也の言葉に仕方なくそれを諦める。
約束した以上、それを破る訳にはいかない。
何せ、恭也との約束なのだから。
修学旅行の時のように、自分が出かけるのであれば、恭也をこっそりと連れて行くのだが。
当然、それが発覚したバスの中で大騒ぎになったのは言うまでもないが。
なのはは出かけていく恭也の姿が完全に見えなくなるまで、家の前でずっと恭也を見送るのだった。





  ◇ ◇ ◇





恭也も戻ってきて、いつもの日常に戻ったなのは。
リンディと名乗る女性から、恭也が数日空けていた時の事を聞け、何もなかった事に安堵を覚えたのが数日前。
尤も、その時は思わずリンディに斬りかかりそうになり、
美由希と士郎、桃子の三人に止められるという出来事もあったのだが、なのはの記憶には既にない。
恭也が戻ってきて、昨日は一日付き合ってもらってかなりご機嫌のなのは。
だからなのか、ついつい早朝のランニングで臨海公園まで来てしまった。
軽く柔軟をこなし、そろそろ戻ろうとした瞬間、なのはは恭也の気配を感じたような気がして周囲を見渡す。

(気の所為かな? ううん、そんなはずはない。私が恭也の気配を読み違えるなんてありえない)

そこまで断言し、なのはは恭也の気配がしたと思われる方へと歩く。
が、途中で気配が曖昧になる。
強く恭也の事を思い、ただ恭也の気配がしたと思う方を信じて、それでもなのはは足を進める。
やがて、なのはは海へと出て、そこで信じられない光景を目にする。

「恭也?」

恭也と見知らぬ少女が空で戦っているのだ。

「え、まさか、あれって魔法?」

信じられないようなものを見るように見つめるも、そんな細かな事が吹き飛ぶ出来事が起こる。
魔法というありえないはずの存在を細かいと感じるのもどうかと思うが、
なのはにとっては本当に些細な事となるぐらいに大事な事が起こったのだから仕方ない。
それは、少女の攻撃に恭也が押されだしたのだ。

「ちょっ! 何をしてるのよ! こらー! 恭也を苛める奴は絶対に許さないからね!」

叫ぶも海の向こうまでは声も届かない。
悔しそうに拳を握り締めるなのは。
が、最終的に決着は恭也の一撃が少女へと当たり、恭也の勝ちで幕を閉じる。

「恭也、恰好良い〜。あー、カメラ、カメラ。ビデオも持ってきておけばよかったよ!
 しまった、この携帯、動画も撮れるんだった。ああ、今のをもう一回やって!」

携帯電話のカメラ機能をフルに使い、空中に佇む恭也を撮影しまくるなのは。
と、不意に天候が荒れ始める。
ブラコンだ何だと言われ続けているが、そこは御神始まって以来の天才と言われるなのはである。
その勘も並外れたものを持っている。
ましてや、今は恭也が絡んでいるのだ。
感じると同時になのはは動き出していた。
アースラの方でも、おかしな魔力を感じて警戒するも、雷が辺りに降り注ぐ。
一つは少女――フェイトに当たり、フェイトはそのまま落下していく。
それを受け止めようとその後を追う恭也にも、その雷は降り注ぎ、誰もが当たると思われたそれは、
しかし突如間に割って入った人物によって掻き消される。

「えっ、なのはお姉ちゃん……」

呆然とこの場にいるはずのない存在に恭也が呟くと、
持っていた何の変哲もない小太刀で雷の魔法を弾き飛ばしたなのはは、にっこりと微笑む。
同時にそのまま落下をする。
慌てて恭也がなのはの腕を掴み、逆の手でフェイトを掴む。

「あははは、ごめんね恭也。うーん、流石に恭也には二人分を支えるのは辛いか」

言ってなのはは恭也に抱きつき、フェイトの腰に腕を回して抱える。
それでも二人支える形となる恭也ではあるが、なのはが恭也に抱きついてくれているので、
恭也は魔法の制御だけに集中できた。
突然結果内に現れ、しかもかなり大きな魔法を刀という原始的な武器で弾き飛ばしたなのはにクロノたちも慌てる。
ジェルシードが奪い去られた事による驚きに続き、この事態に慌てる局員ではあったが、
ユーノだけは、どこか納得していた。恭也が絡んでいるからな〜と。

「なのはお姉ちゃん、どうやってここに?」

「うーん、何となく恭也が居たような気がしたから進んできたの」

この会話はアースラにも流れており、
そんな根性論みたいな理屈で結界を突き破ったのかと叫びたくなるクロノではあったが、
現実にこの場にそれでいる以上、何も言えないと押し黙る。

「そうじゃなくて、どうやって僕の所まで来たの? 空、飛べないよね」

「そこが空であろうと、火の中であろうと、私は恭也のお姉ちゃんだもん。
 恭也が危ないのなら、何処へだって行くわよ」

そんな問題ではないとか言いたいのを堪え、アルフは一応は恩人になるであろうなのはからフェイトを受け取る。
じっと自分を見つめる恭也に、なのはは笑いながら種を明かす。

「物体が落ちる瞬間、その頂点の瞬間には一瞬だけれども物体が止まっているのは知ってる?」

「ううん」

「そっか。まだちょっと難しいかな。物を上に投げると、最初は上に向かって飛ぶでしょう。
 でも、途中で下に落ちてくる。その下に落ちる瞬間っていうのはね、物は実は一瞬だけれど止まってるの。
 つまり、その一瞬を上手く捉えれば、それを足場に跳べるという訳。
 飛針を投げて、神速でその瞬間の飛針を足場に跳んだの。それを数回繰り返したって訳」

無茶苦茶なというクロノの声が届くも、ユーノだけは〜以下略。

「さっきの魔法を防いだのは?」

「あれ? 魔法とは言っても、あれ自体は雷でしょう。
 そこに存在し、そこに確かにあるのならば、刃が通じるのならば、たとえ神であろうとも斬る。
 それが御神流だからね。雷ぐらい斬れないと」

弾いたのではなく斬ったのか、と突っ込みながら、さっきの映像を後で確認しようと誓うクロノ。
色々と驚く面々の中、ユーノだけは〜以下略。

「何よりも、御神流は何かを護る時にその真価を発揮するから。
 特に私の御神流は、恭也を護る時が一番強いんだから。あれぐらい何でもないよ」

その言葉を聞いた全員が、そんな訳ないと心の内で突っ込みを入れる中、ユーノだけは〜以下略。
エイミィも色々と突っ込みたかったが、如何せん、今は奪われたジュエルシードから、
本拠地を割り出している所である。手が離せないのだった。





  ◇ ◇ ◇





その後、アースラへと一緒に乗り込んだなのはは、全ての事情を聞き、
ユーノの首にゆっくりと手を掛けて笑みを見せる。

「小動物の首って、意外と脆いんだよね。
 昔、修行で山に篭もった時にね、兎を狩った事があるんだけれど、兎よりも首、細いね」

笑顔でそんな事を言うなのはに、ユーノはただ震えて助けを求めるようにクロノを見る。

「それは後で存分にしてもらうとして…」

喚くユーノを無視し、黒幕の居場所を突き止めたことを教える。
恭也も行くと言った以上、なのはも行くと言い出し、
更には恭也が傷付いたらアースラで暴れるとのありがたいお言葉も頂いたアースラの艦長は、
当初よりも多くの人員を何とか引っ張り出していた。



プレシアの居ると思しき場所へと向かう途中に現れた無数のゴーレム。
困った顔の恭也を見て、なのはがこれらを引き受ける。
心配そうにする恭也とは別に、他の面々はあまり心配そうにしていなかったが、
なのはにとってはその他の反応などどうでもいい事であった。
結果として言えば、確かにその心配は杞憂となるのだが。



プレシアと対面した恭也と、途中で合流したフェイト。
そんな二人へと狂った笑みでプレシアはただ意味もない言葉を喚き散らす。
崩れ去る足元に、恭也とフェイトは互いを支えるようにして宙へと逃げる。
そんな二人へと、プレシアはただ笑いながら落ちていき、落ちながらに魔法を出鱈目に放つ。
その一つが不運にも恭也へと向かい、

「はぁぁぁっ! 虎切!」

なのはの一太刀に切り裂かれる。

「うちの恭也に何をするんですか!」

叫びと共にプレシアの頭上へと落下し、その頭を蹴り飛ばす。

「狂うのなら、恭也に迷惑の掛からない所で狂ってください!」

その一撃でプレシアの身体があっという間に沈んでいく。
なのはは蹴った反動を利用して上へと舞っており、その手を恭也が掴む。

「なのはお姉ちゃん、無茶しすぎ」

「そんな事ないわよ。恭也がちゃんと受け止めてくれるって信じてたもの。
 それよりも怪我は?! どこか痛いところはない?!」

すぐさま恭也の身体をあちこち触り、怪我の有無を確かめるなのは。
莫大な知識を持ち、最後には狂ったとはいえ偉大なる魔術師の一人の最大の敗因が、
たった一人の少年に手を出したからだなんて、どう報告しろと言うんだ。
そんな風に頭を抱えるクロノの横で、ユーノだけは〜以下略。
かくして、後にPT事件と呼ばれる事となる事件は、一人の少女の弟を思う強い気持ちにより、無事に幕を閉じた。
ただし、この事は報告書で語られる事はなく、事実は一切不明である。







おわり




<あとがき>

今回は恭也となのはを入れ替えてみました。
美姫 「滅茶苦茶、ブラコンね」
だな。近付く女性は片っ端から年齢に関係なく、とかやってそう。
美姫 「久しぶりの短編がギャグ風味」
まあまあ。ちょっとした息抜きにどうぞ。軽く読み流してやってください。
美姫 「はぁぁぁ」
盛大に呆れらつつ、ではでは。







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