『リリカルIF A's 〜逆転兄妹〜』






さて、日本は海鳴市の藤見町。
ここに建つ日本家屋で繰り広げられるのは、
少し変わった、けれども何処にでもあるような日常の出来事である。
まあ、最近は少し非日常が混じりつつあるのだが。
それはそれとして、早朝に起き出す影が二つ。
この家の長女と次女、なのはと美由希である。
二人は動き易い服装に手には鞄を持って玄関で落ち合う。

「それじゃあ、しっかり鍛錬するんだよ」

「分かってるよ、なのは姉。でも、どうして最近は朝は一人で鍛錬なの?
 まあ、別に良いけれど」

「ほら、やっぱりある程度は自分一人でやってみないとね。
 それよりも早く行きなさい」

「うん、行ってきます」

今まで二人でやっていた早朝の鍛錬は、ここ最近は別々に行っている。
深夜の方は相変わらず二人でやっているのだが。
美由希の方にも特に不満がある訳もないので、大人しく鍛錬へと向かう。
美由希が行ったのを確認すると、なのはは軽い足取りで、それこそスキップするような軽さで部屋へと向かう。
恭也と書かれたネームプレートがぶら下がる扉を、ノックもせずに開いて中へと入ると、
ベッドの横に膝を付き、頬杖までついて、そこで未だに眠っている恭也の寝顔を観察するように堪能する。
うっとりと細めた眼差しは何処までも優しく、彼女のファンが見たら泣いて喜ぶであろう。
尤も、そんな顔をそこらの男に見せるとは思えないが。
暫し恭也の寝顔を見つめた後、なのはは名残惜しそうに恭也を起こしに掛かる。
寝顔を見れなくなるのは残念だが、やっぱり起きている恭也と話したり、一緒に過ごす方が良いななんて考えながら。

(寝てても起きてても可愛いんだから仕方ないわよね)

とことん恭也贔屓ななのはの思考である。
軽く揺さ振られて何とか目を開ける恭也。だが、やはりまだ眠そうに目を擦り、意味不明の言葉が口からは零れる。
そんな仕草もまた可愛く、なのはは恭也を優しく抱き締める。

「ほら、起きようね恭也。そろそろ時間だよ」

「ん……。おふぁよ〜ございまひゅ〜」

なのはの言葉に徐々に起き出すも、やはりまだ眠たいのか舌が回っていない。
そんな恭也の頬に自分の頬を当てて頬擦りを数度、ようやく恭也を離したなのははベッドから離れて箪笥へと向かう。
その間に何とか恭也はベッドから起き出し、少しフラフラしつつも立ち上がる。
その頃にはなのはが恭也の今日の服を選び出しており、恭也をばんざいさせて寝巻きを脱がしていく。
半分寝ぼけたままなのはに着替えをしてもらい、それが終わる事にようやく完全に目を覚ます。

「なのはお姉ちゃん、おはよう」

「うん、おはよう。それじゃあ、行こうか」

「うん。でも、本当に良いの? 毎日、なのはお姉ちゃんに起こしてもらってるけれど。
 朝も早いし、なのはお姉ちゃんも大変じゃ……」

「良いのよ。恭也を起こすのは私の仕事なんだもの。ええ、誰にもやらせないわ。ふふふ。
 それに、早いって行っても私たちも鍛錬あるんだもの。同じ鍛錬をするのなら、恭也と一緒の方が楽しいしね」

そうなのである。
ひょんな事から魔法と出会った恭也は、毎日朝にその練習をするようになったのである。
それを知ったなのはが、一緒にすると言い出し、
魔法の事を知らない美由希が一緒では駄目だろうと朝の鍛錬は別々にやるようになったのである。
本音は少しでも恭也を一人占めする時間を増やしたいからだが。
ともあれ、なのはの言葉に恭也は嬉しそうにお礼を言い、
言われたなのはは機嫌もよく、今日もまた鍛錬に出掛けるのだった。





  ◇ ◇ ◇





とある夜、鍛錬をしていたなのはは不意にその動きを止める。
不審に思いつつも何かの罠かと警戒する美由希など全く無視し、なのははあらぬ方向へと顔を向ける。

「はっ!? 何か分からないけれど、恭也がピンチの予感が!
 美由希、鍛錬は終わり! もしくは一人でやって。待っててね、恭也。今、お姉ちゃんが助けに行くからね」

最早獣じみた、いや、それ以上の勘である。
だが、それを突っ込む者はおらず――美由希は既に恭也の名前が出た時点で突っ込むような事はしない――、
また、もしいたとしてもなのはにとってはどうでも良い事である。
何よりも恭也を優先するのだから、恭也がらみで嫌な予感がしたのなら、
自分で安否を確認するまで止まらない、止められない。
という訳で、なのはは行き成り走り出す。
とは言え、何処に向かえば良いのか分かっている訳ではない。
なのに、まるで分かっているかのように迷いなく走る。
恭也の居場所が分かっているのかと尋ねれれば、迷いなくはっきりと返すだろう。
乙女の、姉の、弟恭也を思う勘に間違いはないと。

「んー、恭也はこっちに居る気がする」

行って途中の角を曲がる。
前回の事件でなのはが恭也が絡むと結界さえも越えると実証されているのである。
今回もまた同様のようで、なのはがその一角に飛び込むなり、街の雰囲気が一変する。
他に通行人も何もなく、音さえも消えたかのような世界。
普通なら、いきなりこんな所に出れば混乱するなり不安を抱くなりして少しは足を止めるであろう。
だが、なのはにとって周囲の異変など恭也の身と比べれば、いや、比べるまでもない。
なのはは速度を落とさずにひたすらに走る。
その視界に、遥か彼方の上空を吹き飛ばされる一つの影。
黒い何かとしか映らないそれを見て、しかしなのはは今まで誰も聞いた事のないような悲鳴を上げる。

「きゃぁぁっ、恭也ぁぁっ! ……誰の仕業なのかしら?」

まるで地獄の底から絶望を搾り出すような悲鳴に続き、
その喉からは聞いたものが夢にまで見そうなほどの怨嗟の篭った声。
瞬間、なのはの周囲の空気が一変し、空気が比喩でも何でもなく打ち震える。
なのはの背中からまるで黒いオーラーが出ているかのように錯覚するほど恐ろしく吊り上った瞳。
全身から溢れ出るのは、戦いを知らないものならば、それだけで気を失ってしまうほどに洗練された殺気。
米粒にも見えなくもない距離から恭也だと判別したなのはは、一目散に恭也が突っ込んだビル目指して走る。
当然、恭也をそんな目に合わせた人物もしっかりと探し、空中にいるターゲットをロックオン。
恭也と同じか、少し下ぐらいの女の子が手に巨大なハンマーを持ち、恭也が落下したビルの前に浮かんでいる。
その非現実的な光景に、しかしなのはは何の感想も抱かず、
ただ己が信念、『恭也に害・即・殺』に則り敵と認識する。

「こらー! 恭也の前に私が相手よ!」

叫ぶも相手には届いておらず、少女の姿はビルの中へ。
今までの人生でここまで焦った事はないというほどの焦りを浮かべ、なのははひたすら足を動かす。
恭也の身に起こるであろう事を考え、その顔が驚くほどに青白くなるも、それでもひたすら前へ。
神速に神速を重ね、体が上げる悲鳴など無視して走り続ける。
と、壊れたビルから吹き飛ばされてきたのは、先ほど恭也を吹き飛ばした少女。
もしかして恭也がと安堵と期待の眼差しで見れば、いつぞやの少女が金髪を風に靡かせて少女と対峙している。

「確か、フェイトちゃんだったかしら。
 よくやったわ! 褒めてあげましょう。特別に恭也と友達までなら許可してあげても良いわよ」

フェイトがハンマーの少女に恭也との関係を問われて答えた後にそう呟くなのは。
流石に、この距離ではその会話は聞こえていないはず……、聞こえていないと思いたい。
少女はフェイトが止めると判断したなのはは、ようやく着いたビルの内部へと入ろうとするも入り口が開かない。

「緊急事態! 扉の一つや二つ問題ないでしょう!」

小太刀で扉を強引にぶち破り、なのはは中へと入る。
そのまま恭也の居る階まで駆け上り、ようやく恭也と対面するも思わずそのまま卒倒しそうになる。
ぼろぼろに傷付き、地面に倒れる恭也。
周囲はあちこちにデスクや椅子が飛び散り、壁には大きな凹みが。

「ああー、恭也! 私の恭也がぁっ! 大丈夫? 痛くない?」

傍にいた少年を突き飛ばし、なのはは恭也の元へと駆け寄る。

「な、なのはお姉ちゃん……」

「大丈夫!?」

「う、うん」

強力な結界内に突然現れた人物に驚くユーノ。だが、すぐにそれがなのはだと分かると、一人納得する。
何せ、恭也が絡んでいるなのはなのだから。
だが、今回ばかりは人事のように達観している訳にもいかなかった。
何故なら、なのはは笑顔のままユーノへと振り返り、笑顔のはずなのだが、
何処か恭也に向けるソレとは違う笑顔で挨拶をしてくる。

「こんばんは、ユーノくんだったよね。君が恭也を巻き込んでくれたお陰で……ねぇ。
 私、どうやって感謝すれば良いのかな? あははは。
 小動物って首を締めた後、腸を取り出して処理するんだけれど、それだと苦痛を与えれないしね。
 やっぱり、先に腸の処理かしら? ああ、その前に目なら二つあるし一つぐらいならね?
 ああ、耳や手足も二つあるか。歯ならたくさんあるし、指にすれば十にもなるわね。
 フェレットはどうか知らないけれど、人間の骨の数って知ってる?」

顔を真っ青にして震え出すユーノを不思議そうに恭也が見遣る。
その左耳にはなのは左手がしっかりと押さえており、右耳は抱き締められてなのはの胸に埋もれている。
残る右手で優しく恭也を撫でながら、にこやかな笑みで安心させる。
しかし、その口からユーノに向かって放たれる言葉には容赦という文字が一つもなく、どこまで冷たかった。

「ご、ごめ……ゆ、許し……」

恐怖から舌が回らないのか、謝ろうとしているらしいがまともな言葉にならない。
そんな事など気付かず、恭也はなのはの肩に手を置いてふらふらと立ち上がる。

「駄目よ、恭也」

「ううん。だって、フェイトちゃんが……」

恭也の視線の先では、三人に増えた敵と思しき奴らがフェイトを押している。

「だからって……」

フェイトの傍に使い魔のアルフが姿を見せるが、向こうの唯一の男と組み合い、フェイトの手助けが出来ないでいる。
恭也を寝かせようとするも、その言葉に耳を貸さずに再びあの戦場へと戻ろうとする。
そんな恭也の横顔に思わず恭也に抱き付く。

「もう、恭也ってば。いつの間にかそんな凛々しい顔を。
 たくましく育ってお姉ちゃんも嬉しいよ! でも、それが私がピンチの時じゃないのがちょっと残念」

「あ、あう」

なのはの言葉に照れつつ、恭也はなのはをじっと見てはっきりと言う。

「なのはお姉ちゃんがピンチな時でも、僕は助けるよ! 別にフェイトちゃんだけじゃないよ。
 なのはお姉ちゃんがピンチになるような状況なら、僕は役に立たないかもしれないけれど」

後半は少し悔しそうに言うも、なのはにとってこの言葉はとても嬉しいものだったらしく、
強く強く恭也を抱きしめる。

「何ていい子なの! 恭也がお姉ちゃんを助けてくれるなんて!
 でも、恭也を危ない目には合わせたくないし。ああ、でもでも……」

一人悶えるなのはの腕の中、恭也は心配そうにフェイトを見る。
剣を持つ少女と、先ほどのハンマーを持つ少女の二人掛りに苦戦するフェイトを。
何とか助けに行きたいが、先ほどの攻撃で身体にあまり力が入らない。
おまけになのはの抱擁からは抜け出せそうもなかった。

「なのはお姉ちゃん……」

「なぁに、恭也? 大丈夫よ、恭也は私が守るから」

「フェイトちゃんが……」

泣きそうな顔でなのはを見上げ、助けに行きたいと訴える恭也。
それを見てなのはは恭也の髪を優しく撫でてあげる。

「優しいね恭也は。でもね、そんな状態の恭也が行っても邪魔にしかならないわよ。
 それでも行くの?」

なのはの言葉に暫し悩むも、それでも頷く。それを見て、なのははもう一度恭也の髪を撫でる。

「だったら、お姉ちゃんが助けに行ってあげる」

「えっ!? でも、なのはお姉ちゃんに迷惑掛けたくないし……」

「恭也のためだったら、迷惑でも何でもないのよ。
 恭也がどうしてものお願いをするのなら、お姉ちゃんは何でもしてあげるって前にも言ったでしょう。
 だから、どうしてものお願いをして」

「でも、相手は飛んでるんだよ」

「それは……。ユーノくん?」

「は、はいぃぃっ! な、何でしょうかなのは様」

「足場作れる?」

「足場、ですか?」

「そう。私が立つ場所を空中に」

「作れますけれど、なのは様の早さにはとても付いていけないかと」

既に様付けまでしてなのはの機嫌を窺うユーノ。
この年にして、彼は処世術と言うものを身に染みて覚えたのかもしれない。

「じゃあ、予めたくさん作ってて。あのアルフって子にも頼んでさ」

「できなくは……いえ、やります! やらせてください!」

「そう。じゃあ、お願いね」

問題は解決したと恭也を見るなのは。
なのはに見られ、恭也は小さく頷くとなのはの頬にそっと唇を付ける。

「なのはお姉ちゃん、どうしてものお願い。
 フェイトちゃんを助けて」

「うん、お姉ちゃんに任せなさい!
 もうお姉ちゃんはりきっちゃうわよ! それに、あのハンマーの餓鬼……じゃなかった、
 チビ……あー、子供には恭也が世話になったみたいだしね。
 ふふふ、それはもうとっても世話になったみたいだし」

後半は小さく呟き、恭也には聞こえなかったものの、ユーノははっきりとそれを耳にしており、
全身に汗を噴き出しながら大きく震える。

「それじゃあ行くけれど、ユーノくん。万が一の時は恭也をしっかり守るのよ」

その目はもし守れなかったら分かっているわねと明確に伝えており、ユーノは必死に頷く。
とりあえず、なのはのサポートをする為にも見晴しの良い場所として屋上へと移動する三人。
恭也を寝かせると、ユーノはその周囲に何重にも防御の結界を張り巡らせる。
物理的なものは元より、魔術的なものにも抵抗を持つ結界を。
その上で出せる範囲であちこちに足場を作り出し、アルフにも協力してもらう。
念話でアルフからはそれどころじゃないと返って来たが、
ユーノはこっちこそそれどころではないと泣きながらも強く反論し、
その必死の様子にアルフも可能な限り足場を適当に作り出してやる。
一通りの準備が整うと、なのはは一気に地面を蹴って空中へと踊り出る。
ユーノの作った足場を蹴り、フェイトの元へ。

「はーい、そこまで!」

今しもフェイトに迫ろうとしていた長身の女の剣を受け止め、そのまま弾き飛ばす。
突然現れたなのはに驚くフェイトであったが、屋上の恭也を見てすぐに状況を理解する。

「恭也のお願いだから、あなたに手助けしてあげるわ」

「また管理局の人間か」

剣士がそう漏らすも、なのはは違うと答える。

「私はただの剣士よ。そして、そっちの子が苛めてくれた恭也の姉。
 私の弟を可愛がってくれた分を返しに来たの」

言って猛禽類のように目を細める。
それを前に剣士が名乗りを上げる。

「剣士ならば私が相手をしよう。我が名はシグナム。そして、これ……」

「煩いわよ。私はそっちの子とやりたいの。あなた、邪魔。フェイトちゃんだったわね。
 あっちは任せたわよ」

言ってなのはは返事も聞かずにハンマーの少女へと向かう。

「ヴィータ、気を付けろ! そいつはただの剣士とは違うぞ」

「分かってるよ! そっちこそ気をつけやがれ」

シグナムの忠告に怒鳴り返し、ヴィータはハンマーを向かってくるなのはへと振り下ろす。
が、それは軽く受け止められる。

「ふふふ。軽い、軽いわね。でも、こんな攻撃をあの子にしたんだ。そうなんだ」

その声に、目に、ヴィータは知らず背筋を震わせ、思わず距離を開ける。
が、それをなのはが許すはずもなく、足場を蹴ってあっという間にヴィータの懐へと飛び込む。
ハンマーを小太刀で上へと弾き、空いたボディになのはの足がめり込む。
小さな呻き声と共に上へと吹き飛ぶヴィータを足場を蹴りながら追いかけ、
それに気付いて振り下ろしてくるハンマーを再び小太刀で防ぐと、その首筋にもう一刀を振り下ろす。
今度は下に落下するヴィータへと、同じく自由落下で追いつき、

「っっ! この野郎!」

「残念、私は男じゃないもの。その場合は、女郎(めろう)とかだよ。
 まあ、小さな子には難しかったかな?」

「子供扱いするんじゃねぇ!」

ハンマーの攻撃を軽くあしらいながら、相手の嫌がる事をすぐに見抜いて口にする。
精神的にも甚振りながら、容赦なく小太刀のニ刀による乱撃を繰り出す。

「くっ! こ、このっ!」

繰り出される連撃をハンマー、グラーフアイゼンで受け止める。
だが、なのはの斬撃は止まらない。
斬撃による弾幕。
その全てに徹が篭められており、ヴィータの手に痺れが走る。

「〜〜っ、邪魔をするなぁっ!」

叫んでグラーフアイゼンを大きく体ごと回転させる。
遠心力も加わった横からの攻撃をしかし、なのははすぐ傍にあったビルの壁を蹴って横へと躱し、
逆に空を向いているヴィータの足首を掴むと力任せに握り込む。
痛みに顔を顰めるヴィータなど意にも返さず、なのははそのまま叩き付けるようにビルの壁へと投げる。
壁に亀裂が走るも、どうやらシールドを張ってダメージはなかったらしい。
その様子を忌々しげに見上げつつ、なのはは足元に展開した足場に立つ。
上から睨みつけてくるヴィータを、それ以上の気迫と殺気で睨み返し、なのはは再び足場を蹴って上へ。
距離を開けて魔法を放つヴィータであったが、それらは全て躱されるか切り伏せられる。

「あ、ありえねぇだろう! ただの刀じゃないのか!」

流石に驚くヴィータであるが、戦場で無駄口を叩く暇などないと言わんばかりになのはは無言のまま腕を振るう。
新たな足場をあちこちに作り出しながら、ユーノは一人、恭也が絡んでいるなのはだからと小さく零す。
なのはの一撃を、今度はシールドを使って受け止めて反撃しようとするも、シールドごと吹き飛ばされる。

「っつ、何てバカ力だ」

実際は徹を篭めた一撃なのだが、そんな技法を知らないヴィータからすれば力で押されたと思ったのだろう。
だが、シールドで防げる物理攻撃だと分かり、幾分か余裕を取り戻す。
そこへ襲い来るのは飛針の雨。
どこに隠し持っていたのだと疑問を抱くほどの飛針がヴィータへと襲い掛かる。
だが、それらは前面に張られたシールドで全て弾かれる。
余裕の笑みを見せるヴィータであったが、その背後から酷く冷たい声が流れてくる。

「余裕を見せている暇なんてあるんだ」

飛針の雨に隠れてヴィータの背後へと回ったなのはである。
シールドが複数張れないと見ての飛針による牽制攻撃にヴィータは見事に引っ掛かった形となる。
背後へと振り返る間もなく、ヴィータの胴体に凄まじい衝撃が走り抜ける。
ニ刀を重ねて放つ、御神流の中でも最高峰の威力を誇る雷徹。
小太刀から伝わる骨の軋む感触にも顔色一つ変える事なくなのははすぐさま蹴りをその首筋に叩き込む。
地面へと真っ逆さまに落ちていくヴィータに、
蹴りと同時に奪い取っていたグラーフアイゼンを力いっぱい投げつける。
己の武器に身体を打たれ、更に落下していくヴィータを一瞥すると、
念のためにとヴィータの後を追うように下りていこうとする。
そのなのはのあまりと言えばあまりな攻撃に、味方であるはずのユーノも何も言えずに見ているしかできない。
もし、恭也に何かあったら、ああなるのは自分なのかという恐怖と共に。
だが、すぐに状況を思い出して結界の破壊を試みるが、やはり結界を破る事は簡単にはいきそうもなかった。
そんな中、恭也がふらつく身体に無理をして起き上がり、魔法による結界の破壊をしようとする。
必死になって止めるユーノであったが、自分を心配してくれるユーノに大丈夫と伝えると魔法を唱え出す。
確かに恭也の魔法なら、この結界も打ち抜けるであろう。
無理をさせたとしてなのはの怒りが自分に向かない事を祈りつつ、ユーノは渋々とその案を受け入れる。
同時になのはの為の足場をまた幾つか作り出すために、そちらへと視線を戻す。
見れば、あれからまた幾つかの攻撃をヴィータに加えたらしく、バリアジャケットが数箇所破損している。
完全に地に足がついた今、しっかりと足腰の力を腕へと伝えれるのである。
その威力は空中にいた時よりも大きかったのだろう。
だが、それにしても……。

「……えっと、きょ、恭也が絡んでるし。あ、あの人なら……」

強引に自分を納得させるユーノの視界の先では、なのはが左腕一本でヴィータの首を掴んで持ち上げており、
小太刀を握る右手が後ろへと引かれている。
ヴィータの両腕は既に力なく垂れ下がっており、デバイスも離れた所に転がっている。
そんな状況でもなのはは油断の欠片も見せず、引き絞った右腕をヴィータへと放とうと……。
そこへ襲い来るのは炎の矢。
それをなのははヴィータを片手で振り回して弾く。

「貴様っ! よくもヴィータを」

フェイトの相手をしていたはずのシグナムが激昂しながらなのはを睨む。
だが、その視線を軽く受け流し、なのはは可愛らしく小首を傾げる。

「よくもも何も、先に恭也をやったのはこの子だし。
 それに、今攻撃したのはあなたじゃない。仲間を魔法で撃つなんて酷いわね」

「……愚弄するか」

静かに紡がれる言葉には怒りの色が見える。
その後ろから行き成り戦場を離れたシグナムを追ってきたフェイトの姿が。
ボロボロになったデバイスを手に、しかし背後から仕掛ける事なく数メートルの距離を持って止まる。
興味なさそうに見遣るなのはにバカにされたと思ったのか、シグナムは剣を構える。
と、なのはの目が見開かれる。
ようやくやる気になったのかと思ったシグナムであったが、その目はシグナムなんか見ていなかった。

「ユ〜ノ〜。ボロボロの恭也に何をさせる気なのかしら。
 うふふふふ。そう、そうなんだ。そんなにお仕置きされたいんだね。
 良いよ、後でたっぷりとしてあげるよ」

思わず後退るのはシグナムと味方であるはずのフェイト。
既に意識がないのか、ヴィータには反応が見えない。
意識を刈り取った原因はシグナムの魔法なのだが。
なのはの行動を気にしつつも、その視線が気になり後ろ、頭上を振り仰ぐ。
と、レイジングハートに膨大な魔力を溜めている恭也の姿があった。
すぐにこの結界を打ち破るためだと見抜くシグナムであったが、特に慌てた様子はなかった。
フェイトが怪訝に感じるよりも先に答えが示される。
魔法を放とうとしていた恭也が突然悲鳴を上げたのだ。
その胸からは一本の腕が。
シグナムの仲間であるシャマルによるものである。
それを分かっていたからこそシグナムは慌てる事無く、ただ目の前の剣士と対峙しようとする。
が、こちらはそうもいかず、それを見た瞬間に吹き上がるのは膨大な殺気。
シグナムでさえも思わず圧倒される、一瞬とは言え動きを止めるほどの。
瞬間、地面が文字通りに爆発し、なのはの姿が掻き消える。
ユーノが恭也へと向かって真っ直ぐに幾つもの足場を既に作っており、その一つに向かって跳び、
すぐさまそれさえも蹴って更に上へと。
だが、神速の二段掛けで行われたその動きを捉えれた者はおらず、行き成り目の前に現れたなのはに驚くシグナム。
攻撃を警戒してすぐさま剣を眼前に構えるシグナムに構わず、なのはの姿は再び消え、また上の方で現れる。
すぐさままた掻き消えるなのは。
相手にされていないという事を感じ取り、シグナムは怒りも顕わに次に現れるであろう場所へと魔法を放つ。
予想通りになのははその位置に現れるも、なのはの方も万が一の保険は掛けてある。
手に掴んでいたヴィータを躊躇いもせずにそちらへと放り投げる。

「なっ!」

流石に驚きの声を上げるシグナムであったが、放たれた魔法はヴィータに直撃し、そのまま地面へと落下していく。
かなりの高さ、しかも意識のないヴィータが、
このまま地面に激突すれば流石に大怪我をするのははっきりとしている。
シグナムはなのはへの攻撃を断念するしかなく、落下していくヴィータの後を追う。
それさえも既に意識の外へと放り投げたなのはは、僅か数秒で恭也の元へと辿り着く。
屋上に降り立ったユーノが何か言葉を放つよりも早く、なのはの姿が再び消える。
恭也の胸からリンカーコアと呼ばれるものが出て、それを腕が掴もうとする。
それよりも早くなのはの腕がシャマルの腕を掴み上げ、全力で手首を握る。
もう一方の手でシャマルの指の関節を握り、逆側へと一気に折り曲げる。
痛みに腕が恭也の中へと戻ろうとするのを力尽くで止め、膝を打ち付け、手首を捻り、肘を小太刀で突く。
この手の主も魔法使いらしく、バリアジャケットによる防御力の高さに舌打ちしつつ、
なのはは徹を篭めて同じように突き出た腕を余す事無く攻撃する。
集中攻撃に流石にバリアジャケットも耐え切れず、なのはの小太刀に確かな感触が伝わる。
骨にまで達した徹のダメージに、チャンスは今だと腕を切り落とそうと小太刀を振りかぶり、
恭也が上げた苦痛の声に我に返る。
腕に貫かれた恭也は、魔法だからか命に別状はないみたいだが、腕が動くたびに苦痛を感じるらしい。
仕方なくなのはは腕を解放する。
途端、リンカーコアを蒐集する事もなく、腕はすぐさま恭也の中へと戻って行く。
その掌へとなのはは最後の抵抗とばかりに飛針を突き刺し、さっさと出て行けとばかりに蹴り飛ばす。
勿論、恭也に当てるようなヘマはしない。
恭也の顔から苦痛の色が消え、同時に恭也の魔法が発動する。
それは結界を見事に破壊するのだった。





  ◇ ◇ ◇





「シャマル、大丈夫か」

「え、ええ。右腕はボロボロだけど。
 後で治療魔法を使わないと。それよりも、ヴィータちゃんの方が重傷みたいね」

「ああ、頼む」

結界を破壊された事により、その場を離れて合流したシグナムたちは一つの建物の上に居た。
未だに気を失っているヴィータへと、治療の魔法を使うシャマル。
その右腕はちょっと動かすだけでも痛みが走るのか、だらりと下げたままなのに時折、苦痛の表情を浮かべる。

「それにしても、何者だったんだ。魔法使いではないようだったが」

唯一の男であるザフィーラの言葉にシグナムは分かっている事だけを返す。

「どうやら、あの魔法使いの少年の姉らしい。弟がやられた仕返しに来たらしい」

「だからって、魔法も使わない人にここまで……」

シャマルのその言葉に一同押し黙る。
この場にユーノが居れば、したり顔でこう言うだろう。
恭也に手を出したのが運の尽き、と。
だがその少年は今、回収されたアースラの一室で、周囲に誰も近付きたくないと思わせるような悲鳴を上げている。
その声を上げさせているのが誰なのかは、今更語るまでもないであろう。



こうして、後に闇の書事件と呼ばれる事となる事件の幕は開いたのである。
敵であるヴォルケンリッターを名乗る守護騎士の強さをアースラの管理局員たちに見せつけるような形で。
同時に、前回の事件でも知られていた少年Kの姉の恐ろしさも見せ付けられて。



お・ま・け



「はい恭也、あーん」

「あーん」

「どう美味しい?」

「うん。でも、あの後どうなったの? よく覚えてないんだけれど……」

「恭也、かっこよかったわよ〜」

抱き付くなのはに嬉しそうな、けれどもどこか照れたような顔を見せる恭也。
ふとユーノが居ない事に気付いた恭也が尋ねれば、

「ああ、ユーノくんなら少し調べものがあるんだって」

なのはの言葉を信じる恭也。
ユーノの調べものは、きっと生死の狭間で見付ける、いや、身を持って感じ取ったであろう。
命の尊さ、そして、恭也の安全という二つを。
そんな事はおくびにも出さず、なのはは始終笑顔で恭也の世話を甲斐甲斐しく、また楽しそうにする。
勿論、それを邪魔するような者はアースラには誰もいないのであった。







おわり




<あとがき>

キョウコンなのは第二弾。
美姫 「滅茶苦茶な強さね」
まあな。恭也が絡んでるから……。
と言うか、今回は戦闘が多すぎた……。
反省。
美姫 「しかも、短編だったはずなのに第二弾って」
あははは。それはまあ良いじゃないか。
美姫 「続きがあるの?」
それは分からない。
前回同様、とりあえずは短編だから。
美姫 「ふーん」
とまあ、そんな訳で今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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