『ジュエルシード大暴走』
それはいつもと変わらない日常をほんの少しだけ変えてしまった出来事。
始まりは突然で、不思議な力と出会いと絆の物語……になるはずだったお話。
高町なのはが、闘うという事を意識した、そんな物語は一つの出会いから始まった。
「これが、魔法……?」
手に握った杖、人語を操るフェレット曰くレイジングハートと呼ばれるデバイスと、身に纏う白を基調とした服、
バリアジャケットに目をやり、驚く一人の少女、なのは。
しかし、状況的にのんびりとした時間は与えられず、ユーノと名乗ったフェレットの警告の声に前を向けば、
闇色で形作られた靄のようなものが突進してくる所であった。
慌ててその突進から身を躱し、尚も慌てるなのはへとユーノは口早に指示を出す。
懸命にその通りに行動をし、深く考える間もなく靄を打ち払い、そこから飛び出してきた青い宝石を回収する。
そうして、ようやく一息吐ける状況になって、改めてユーノから事情が語られるのだが、
それはまたにわかには信じ難いような話で、異世界に魔法、ロストロギアと呼ばれる過去の遺失物。
まさに、今までなのはが生きてきた中でも非常識と言える様な事柄のオンパレードである。
とは言え、身近に、それも友達に人へと変化する妖狐がいるからか、比較的混乱も少なく納得してします。
寧ろ、事情を説明したユーノの方が驚くぐらいに。
何はともあれ、こうしてなのははジュエルシードを集める約束をして、帰宅する事にしたのだが……。
こっそりと玄関を開け、出来る限り足音をさせないように心がけながら歩く。
息さえも出来る限りしないようにしながら、ようやく階段へと辿り着いた所で、それまで真っ暗だった廊下に電気が灯る。
驚きのあまり、思わず背筋を伸ばしてしまったなのはの後ろ、そこに立つ一人の人物。
恐る恐る振り返れば、いつもと変わらない無表情な、けれども確かに怒っている恭也の姿がそこにあった。
「さて、こんな夜遅くに勝手に出掛け、こっそりと帰ってきた理由を聞かせてもらえるか?」
淡々と、だからこそ余計に怖さを感じる口調で尋ねる恭也に対し、なのはは目を逸らし困ったような顔になる。
事情を口にする訳にもいかず、どう誤魔化そうかと考えているのだが、やはり根が素直だからか、
それとも違う理由からか、ともあれ恭也にはそれがはっきりと伝わってしまっている。
恭也は一つ嘆息すると、
「廊下は冷えるから、リビングでゆっくりと聞こう。
因みに、そこにはかーさんも含め、既に全員居るから覚悟しておくように」
恭也の言葉になのはは項垂れ、その手の中ですまなさそうな目でなのはを見上げるユーノ。
恭也はユーノに気付くも、それに付いての言及も纏めてやるつもりなのか、とりあえずなのはをリビングへと連れて行く。
なのはがリビングに入るなり、桃子たちは何もなかった事にまず安堵し、次いで少し怒った様な顔を見せる。
自分が心配させてしまった事を申し訳なく思いつつ、なのはは恭也の隣に座る。
「えっと、広間に見つけたこの子が気になって……」
「それで勝手に病院に侵入して連れてきたのか?」
そんな事をするような子ではないと分かっているが、現になのはの手の中にはフェレットが居る。
そんな訳で恭也がそう尋ねれば、なのはは首を横に振る。
その後も何を尋ねようとも曖昧な返答しか返ってこず、恭也はまたしても一つ溜め息を吐くと、
「いいか、なのは。そもそもお前が出て行くのに、時間の差はあれど全員が気付いている。
そして、こんな夜中にお前を一人で外に出すなんて事をすると思うか?」
恭也の言葉になのはが驚いたように恭也を見る。
つまり、それは魔法を見られたという事である。
特に周囲に人はいなかったと思ったなのはであったが、ことこういった事に関し、なのはの兄と姉は少しばかり普通の人とは違うのだ。
ユーノが何か言いたそうにしているのをすまなさそうに見返し、観念したなのはが全てを話し出す。
「……まさか、そんな話が。おい、レンお前はどう思う」
「そりゃあ、俄かには信じられんけれど。
せやけど、久遠という例もあるし、何よりもここでなのはちゃんが嘘を吐く理由もないし」
「魔法、か。途中でなのはを見失ったのはそれが関係しているのか?」
恭也の呟きになのはがまたしても驚いた顔を向けると、恭也は平然としたまま言う。
「お前の後を付けたのは本当だ。だが、槙原病院の周辺で急にお前の姿や気配を見失ったんだ。
暫くは周囲を探したんだが見つからず、仕方なく家に戻ってきたんだ」
恭也の言葉になのはは騙されたと少し剥れるも、すぐに隠し事がなくなってほっとしたような顔をし、
ユーノには申し訳なさそうな顔を見せる。
「良いよ、なのは。僕もさっきの戦闘で力が殆ど残っていない所為で、念話も出来なかったような状態だったし。
その事を伝えるには喋るしかなかったからね」
言うように、まだ疲れの残っている口調でそう言うユーノ。
そして、改めて恭也たちになのはの協力が必要だと頼み込む。
「危険な事は正直、あまりさせたくはないんだが……。なのはがやると決めたのなら仕方ない」
恭也が皆の気持ちを代弁するように口にする。
その返事になのはは嬉しそうに、ユーノは感謝の意を込めて恭也に例を言う。
だが、と恭也は二人に付け加える。
「本当に危ないと思ったら逃げるように。それと、万が一の為に身を守る盾を持っていくこと」
「盾?」
首を傾げる二人に恭也は美由希の襟首を掴み、二人の前に差し出す。
「って、私が盾なの!?」
「何を驚いている。お前の振るう剣術はこういう時の為にあるんだろうが。
まだまだ未熟とは言え、なのはの盾ぐらいにはなれるだろうが。万が一の場合は、なのはが逃げる時間を稼ぐだけで良い」
「いや、でも相手は何か魔法関係みたいなんですけれど……」
「気合で頑張れ」
「ちょっ、恭ちゃんは私に死ねと!?」
「ほらほら、恭也も冗談はその辺にしなさい。なのはは兎も角、ユーノくんが困っているでしょう」
「……ちっ。そうだな、冗談はこの辺にしておくか」
「本当に冗談だったの!? 今、舌打ちしたよね!?」
美由希の抗議を聞き流しつつ、恭也は改めて危険な真似はしない事を約束させる。
後ろで拗ねた美由希が恭ちゃんが言っても説得力がないとなどとほざいているが、それすらも無視し。
こうして皆から許可を得たなのはであったが、フィアッセが興味津々とばかりにユーノに尋ねる。
「ジュエルシードって本当にどんな願いでも叶えてくれるの?
どんな形しているの?」
宝石と聞いて興味を持ったのか、とユーノは暢気に考え、少しぐらいならと回収したジュエルシードを取り出して見せる。
「ありがと〜、ユーノ。これがそうなんだ。結構、綺麗だね」
年上の美人なお姉さんの笑顔と共に頭を撫でられ、ユーノは気持ち良さそうに目を細める。
数回ユーノを撫でたフィアッセは、ジュエルシードを目の高さに掲げ、
「恭也が私の――」
何かを言い終わる前にジュエルシードが物凄い速さで横へと飛んで行き、美由希の手の中に納まる。
よく見れば、ジュエルシードには細い糸のような物――御神流で使う鋼糸と呼ばれる特殊な糸――が巻き付いており、
すぐに美由希自身の仕業だと分かる。
「ずるい真似はなしだよ、フィアッセ」
「な、何の事かしら?」
「ふーん、そんな事を言うんだ。まあ、良いけれどね。さて……。
ジュエルシードよ、恭ちゃんが私の事を――」
手を上げてジュエルシードに願いを言おうとした美由希の背後から襲い掛かる影が一つ。
普段ならき気付いて避けれただろうが、願い事に必死になっていた所為か、影の攻撃をまともに喰らって吹き飛ぶ美由希。
その背後に立っていたのは、吼破・改を放った直後の構えをした晶である。
吹き飛ばされる際に放物線を描くように宙を舞ったジュエルシードを手にし、
「師匠――がっ! て、てめぇー」
手にした直後、腹部を強烈な痛みが襲い、晶は膝を着きながらその原因である棍を持ったレンを睨む。
対するレンは涼しい顔で晶の手から落ちたジュエルシードを器用に足で蹴り上げ、手で受け取るとすかさず口を開く。
「お師匠がうちの――ぐぬぅぅ……、こ、この力は……フィアッセさ……」
体が見えない力に拘束され、更には口まで閉ざされる。
既に誰の仕業なのかは分かっており、これを成している人物へと視線を向ければ、そこには翼を開いたフィアッセが。
「って、フィアッセ、背中、背中の羽が黒くなっているから!」
呆然と今までのやり取りを眺めていた桃子がフィアッセの背中を見てそう声を上げる。
色々あり、やっと白くなったはずのフィアッセの翼。それが今、また黒くなっているのだ。
それに対し、その事を一番悩んでいたはずのフィアッセはあっけらかんとした笑みを見せ、
「問題ないよ、桃子。恭也の愛でまた白くしてもらうから」
「あ、ああ、そうなの」
下手な事を言えば、こちらには飛び火しかねないと判断した桃子は賢明と言えるだろう。
最早、付き合ってられないとばかりに、この騒動が起こってからなのはを連れて部屋の隅に避難していた恭也の元へと近付き、
その肩を軽く叩く。
「私は明日もお店で早いから先に休ませてもらうわね。
貴方たちも早めに寝なさいよ」
言うだけ言って、この事態には関わらないと決め込むとさっさと寝室に引き返す。
恭也はその背中を羨ましそうに眺めつつ、自分も同じようにする訳にはいかずに理由は分からないが、
いきなりジュエルシードを争奪し始めた美由希たちを眺め、小さく溜め息を吐く。
「あそこまでして叶えたい願いがあるという事か。
しかし、フィアッセは歌手として既に立派に活動しているし、美由希にしても確実に腕を上げているだろうに。
それとも、別に何か願い事でもあるのだろうか」
信じられないものを見るような目で見るユーノに対し、なのはは小さく苦笑を漏らす。
ともあれ、このままではキリがないと判断した恭也が睨み合う四人へと声を掛け、とりあえずの平穏が戻ってくる。
「全く、こんな夜中に近所迷惑だろう。ユーノくんもすまなかったな。
ほら、なのは」
ユーのに代わりに侘びを入れ、なのはへとジュエルシードを返すと、恭也は手を叩いて解散させるのだった。
翌日、流石に疲れた顔を見せる恭也の元へとそれを心配した赤星と忍がやって来る。
本来なら人に言うような事ではないが、万が一ジュエルシードが二人に害を加えるような事になっても困ると考え、
恭也は昨夜の出来事を簡単に説明する。
それを聞いて、赤星も忍も軽く笑っていたが、忍の目がやけに鋭くなっていた事には気付かなかった。
そして、那美の元には自分でジュエルシードを集めようと画策した美由希が訪れ、上手い言い訳を見つけられず、
結局は全て話してしまう姿があったりもしたのだが、これに関しては恭也の与り知らない事である。
その日、恭也が帰宅すると、なのはに対し、昨夜のメンバーに加え、忍に那美、ノエルとフィリスまで加わり、
やけに機嫌を取ろうとする姿が見られた。
その後、自室へと戻った恭也は詳しくは知らないが、美由希たちの間で会議が行われたらしい。
「つまり、全員分のジュエルシードがある訳じゃない。
なら、全員が一個ずつ手にして願いを叶えてもらうって言うのはどう?」
「フィアッセ、それだと皆同じ願いだし叶わないんじゃないかな?」
「多分だけれど、一番強い想いを持った人のが叶うんじゃないでしょうか」
「もしくは、現状、恭也が尤も思う人と結ばれるか、よね」
「だとしたら、条件は皆同じだな」
「後はうちらの分のジュエルシードを手に入れるだけですな」
「お嬢様には申し訳ありませんが、私も今回は引けませんので」
「結果がどうなっても恨みっこはなしでいきましょう」
などという会話がなされ、ユーノには止める暇も与えられなかった。
いや、まだ二日目だと言うのに、中には初対面の者も居たというのに、逆らうなと本能が告げていたらしい。
こうして、なのはとユーノは強力な助っ人を手に入れるのであった。
「ねぇ、話を聞いて。どうして、こんな事を」
空に浮かぶ黒を身に纏った少女を前になのはが訴えかけるが、少女は一顧だにせずジュエルシードを封印してしまうと、
今度はデバイスをなのはへと向ける。
「貴女の持っているジュエルシードも貰う」
言ってなのはが何か言うよりも早くなのはへと襲い掛かるのだが、その体が急に止まる。
目に見えない力によって掴まれているように。
目を周囲に見渡せば、地上には何人もの女性が。その中の二人の背中には羽の様なものが生えており、彼女らの仕業だと悟る。
同時に使い魔たる女性へと念話で話し掛け、二人の女性に攻撃を仕掛けてもらう。
が、その前に立ち塞がるのは三人の少女たち。
一人は小太刀を、一人は棍を構え、残る一人は素手で使い魔の女性、アルフの前に立ち塞がる。
「邪魔をするんじゃないよ!」
叫び拳を振るうアルフであったが、それは美由希の小太刀に止められ、そこをレンの棍と晶の拳が襲う。
「なめるな!」
一つ叫び、二人の攻撃をバリアで防ぐのだが、そこへ金色の輝きを持った光が飛来し、そのバリアを破壊する。
直後、魔法も何も使用せず人ではあり得ない速度で迫った女性が背後から攻撃してくる。
咄嗟に身を躱すアルフであったが、美由希がその隙を見逃さず接近しアルフへと攻撃を加える。
ダメージとしてはそう大きくはなかったようだが、その一瞬の隙にフェイト同様に見えない力で動きを封じられる。
「なっ」
驚きと共に翼を持つ女性の方を見れば、宙に居たはずの少女、フェイトが既に地面に引き摺り下ろされている。
その足を肘から先しかない右腕がしっかりと掴んでおり、その腕は普通の腕にはない紐のようなものが伸びており、
その先はメイド服を身につけた女性の腕へと伸びていた。
あれで足首を掴まれて地面に引き倒され、空中で留めるよりも地面に押し付ける方が力が少なく済むのか、
二人の内の一人がアルフを押さえつけているという状態だろう。
悔しげに地面に寝転がるフェイトへと忍は近付きジュエルシードを渡すように言うのだが、少女は首を縦に振らない。
「仕方ないな〜。こんな事はしたくないんだけれど」
「やめろ! フェイトに何かしてみろ、ただじゃおかないからな!」
怒鳴るアルフを一瞥し、忍は唇をにやりと歪める。
「大丈夫よ、乱暴な事はしないから。ただ、ちょっとだけ気持ちよくなってもらうだけだよ……」
言ってフェイトへと手を伸ばす。
「ちょっ、え、や、やめ」
無表情を保っていた少女の顔が羞恥からか赤く染まる。
その反応に気を良くし、忍は何をやっているのかよく分からないが活発に動き出す。
「っ痛い、そこ痛っ」
「忍さん、痛がっているみたいですよ」
「大丈夫、大丈夫。こちとら少し前までは同じ少女よ。
力の加減も分かってるって」
その後、何があったのかは分からないが、主の状況を見かねたデバイスがジュエルシードを全て差し出した事により、
ようやくフェイトは解放される。同時に解放されたアルフが近付けば、息を乱し、放心したように横たわるフェイト。
特に怪我を負った様子はない。が、それでも何かされたとアルフは忍たちを睨むも、既にそこには姿はなかった。
その後も出現するジュエルシードであったが、なまじ物理攻撃も通用するのが不幸の元であった。
悉く美由希たちの前に痛めつけられ、弱った所をなのはに回収されていった。
「あと少しで全員分が揃うね」
「早く現れないかな〜」
そんな暢気な会話を聞きながら、ユーノだけは自分一人が知っている事情から複雑な顔をしている。
そう、初日のあの日の夜、なのはの部屋で起こったとある出来事を。
美由希たちから解放され、部屋に戻ったなのはがジュエルシードに既に願いをしてしまったのだ。
『お兄ちゃんがわたしを一人の女性として見てくれるようになるまで、どんな事があっても誰かと付き合ったり、
誰かを好きになったりしませんように』
という、今やってみ美由希たちの願い事を否定するようなお願いをしてしまっているのを。
だが、それを言う事など出来ず、ユーノはただ貝のように口を閉ざすのだったとさ。
おわり
<あとがき>
という訳でちょっとギャクテイストっぽいものを。
美姫 「とらハ世界にジュエルシードがやって来た設定ね」
ああ。しかも、それがすぐにばれてしまい……。
とまあ、そんな感じで。タイトルとは違い、美由希たちの方が暴走してますが。
美姫 「久しぶりの短編だったわね」
だな。それじゃあ、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
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