『込められし思い 第13話』






夏休みを満喫する年少組をよそに、今日、高町恭也の姿は風芽丘学園にあった。
別段、赤点を取ったから補習という訳ではなく自主的に、である。
当初、それを聞いた美由希は、

「暑いのに長袖でいるから、ついにいっちゃったの?
 行かなくても良い日に、普段からあまり勤勉ではない恭ちゃんが自分から行くなんて」

そうのたまい、軽く睨まれたりもしたが。
ともあれ、現在恭也の姿は学園内にあり、その横には当然のように冬桜が付き従っていた。
別に付いて来なくても良いと言ったのだが、冬桜はどうしてもと付いて来たのだ。
さて、何故恭也が休みの日にわざわざ来ているのかだが…。

「おー、高町。こっちだ、こっち。悪いな休みの日に。
 と、水翠さんも一緒だったのか」

「こんにちは、赤星様」

「こんにちは。ところで、本当に悪いな」

「気にするな。どうしてもと言うのなら、今度ご馳走してくれ」

「まあ、それぐらいならな」

赤星に呼ばれたらしく、恭也は赤星の後に付いて剣道場へと向かう。
その道すがら恭也は少し呆れたように言う。

「しかし、受験生の夏だというのに、お前はまだ部活に顔を出しているんだな」

「誰に言われても良いが、お前だけには言われたくないよ。
 まあ、三年と言っても、うちは夏の大会までは現役だしな。もっとも、出場はしないけどな。
 俺個人としては、秋にある大会に出るがな。だから、ちょっと手合わせの相手が欲しかったんだ」

「他の剣道部員がいるだろうに」

「まあ、そうなんだけどな。流石に三年は自主出席だから、今日は誰も出てきてないんだよ。
 二年や一年相手だと、少し物足りなくてな。それに、大事な大会前に怪我させられないだろう」

「大した自信だな」

「あ、いや、そんなつもりじゃなくて…」

「冗談だ」

恭也の言葉に慌てる人の良い親友を笑い飛ばし、恭也は肩から提げた長筒を軽く揺する。

「で、もう誰もいないんだな」

「ああ、皆もう帰ったからな。本当なら、高町の家に行ってやろうかと思ったんだがな。
 家に帰って着替えてからというのも面倒だったからな」

「まあ、人が居ないのなら別に問題はないさ」

「そう言ってくれて助かってるよ。水翠さんにも今度、何かご馳走しますよ」

「いえ、私はただ兄様に勝手に付いて来ただけですから」

「遠慮しなくても良いですよ。高町を呼べば、水翠さんも来られるでしょう」

「あ、その…」

赤星の言葉をすぐには否定できずに俯いた水翠へと、恭也が助け舟を出す。

「折角の好意なんだから、受け取っておけば良い」

「兄様がそう仰られるのでしたら」

「そうだな、俺は回っていない寿司が良いぞ」

「あははははは。俺の実家まで来るんだったら、それでも良いぞ」

そんな風に話す二人を眺めながら、冬桜は静かに二人の後に続くのだった。



  ◆◆◆



道場へとやって来た二人は、そこで思わず動きを止める。
急に立ち止まった二人を訝しみながら、冬桜はそっと恭也の後ろから道場の中を覗き込む。
そこには。

「やっほー、遅いよ高町君、赤星君。待ちくたびれちゃったじゃない」

こちらに向かってにこやかに手を振る、女子剣道部元部長、藤代彩の姿があった。

「藤代、お前帰ったんじゃなかったのか」

「まさかー。赤星君が高町君を呼んでいるのを見たからね。
 だったら、見ていかないと損じゃない。
 赤星君でさえ敵わないっていう高町君を見てみたいじゃない」

藤代も恭也が剣術をやっているという事は知っている。
知ってはいるが、実際に剣を握る恭也を見た事はない。
単に好奇心からこの場に居合わせたのか、それともやはり剣を取るものとして、勉強したいと思ったのか。
藤代をじっと見詰めていた恭也は、ふとあることに気付く。

「それで、本音は?」

「赤星君がボロボロに負けるところを是非、一度は見てみたい!」

「藤代〜」

はっきりと笑顔で言い切る藤代に、赤星はぐっと疲れたように肩を落とす。

「だって、偶に手合わせするけれど、全然勝てないんだもの。
 こっちが足を使ってかき回そうとすると、すぐに力で押し切ってくるし。
 本当に、女の子相手に本気でやるなんて、男としてどうよ。どう思う、高町君?」

「因みに、赤星が手抜きしたらどうする?」

「そんなの許さないに決まっているじゃない!
 そんな情けなんか無用よ! 第一、それじゃあ練習にならないじゃない。
 折角、自分より強い人が近くにいて、練習相手になるっていうのに」

「俺にどうしろと…」

藤代に本気でやって勝てば恨み言を言われ、手を抜いて負ければ恨まれる。
赤星でなくても嘆きたくなるというものだ。
だが、恭也はただ苦笑を洩らすのみで、赤星の肩に手を置き、慰めるのではなくてさっさと始めるように促す。

「ほら、さっさとやるぞ。道場もいつまでも使っていて良いという訳ではないんだろう」

「ああ。大体、後一時間ぐらいだな。
 夕方からは護身道部が使うから、早いものは後一時間ぐらいで来るだろうし」

「なら、さっさとやろう」

「全く、人事だと思って」

「まあ、実際に人事だがな」

赤星の言葉に皮肉げな笑みで返すと、恭也は肩から長筒を下ろして、小太刀サイズの木刀を取り出す。
それを一刀はベルトに差し、一刀を手に道場の中央へと進む。
赤星も気を取り直すと、木刀を手にして恭也と対峙する。
冬桜は手招きする藤代により、藤代の隣に座る。
観客が席に着くのを待つ事もなく、先に赤星が恭也へと仕掛けるのだった。



  ◆◆◆



道場のほぼ中央でやや離れて立つ赤星と恭也。
赤星の方が息を上げているのに対し、恭也は汗こそ掻いているものの呼吸は比較的穏やかである。
ちらりと壁に掛かった時計を見て、恭也はそろそろ時間が終わりに来ている事を知る。
赤星も恭也の態度からそれを悟ったのか、木刀を上段に構えると、
これで最後と気合の篭もった声を張り上げながら、恭也へと渾身の一撃を振り下ろす。
それを恭也はニ刀をクロスさせて受け止める。
そこに蹴りを放ち、それで勝負終了となるはずだった。
だが、ずっと長い間使われ続けてきた所へ、一時間とはいえ赤星の強い力で振られ、
恭也の攻撃を何度も受けている内に、木刀も限界に来ていたのか、恭也が受け止めた瞬間に木刀が折れ飛ぶ。
運悪く、折れた木刀の先が赤星へと向かう。
しかし、赤星は渾身の力で振りかぶったために、上体が完全に前のめりになっていた。
恭也は咄嗟に少し強く赤星を蹴り飛ばす。

「っっつぅ!」

「赤星君、大丈夫」

「赤星様!」

慌てる藤代たちに、赤星は片手を上げて大丈夫だと伝える。

「助かった、高町」

「いや、無事で何より。すまなかったな。
 お前とやり合うのが楽しくて、つい木刀が弱っている事を見逃していた」

「はは、お前が気にすることじゃないって。使ってた俺自身、気付かなかったんだから」

喋っている途中で微かに顔を顰める。
見れば、右の二の腕辺りから血が流れていた。

「むっ。怪我をしたのか」

「いや、掠った程度だ。ただ、血が出ているみたいだから、手当てはした方が良いかもな」

赤星の言葉に恭也が傷口を見ると、確かに赤星の言う通り、それほど深い傷ではなかった。
ほっと胸を撫で下ろす恭也に、赤星はもう一度気にしないように言う。
それに頷くと、恭也は冬桜へと顔を向ける。

「すまないが、保健室で手当てしてやってくれないか」

「あ、はい」

「俺と藤代さんはここを片付けてから行くから。
 赤星、荷物は更衣室だな」

「ああ。それじゃあ、悪いが頼むわ。あ、着替えも一緒に頼む。
 保健室で着替えるから」

「分かった。引き受けよう。藤代さんには悪いけれど、後で部室の鍵を職員室に届けて欲しい」

「分かってるって。部員じゃない高町君が行くのは、ちょっと不自然だしね。
 あ、勿論、こっちの片付けも手伝うよ」

言って礼を言う恭也に手を振って答えながら、藤代は箒とちりとりを取り出す。
二人が片付けを始めるのを背に、赤星と冬桜は保健室へと行くのだった。



  ◆◆◆



保健室へとやって来た二人だったが、肝心の保健医がおらず冬桜が赤星の手当てをする。
赤星の腕から流れる血を見て、僅かに顔を蒼くさせ、手を震わせながらも治療する。
その姿を赤星はただ静かに眺めていたが、
思ったよりも近い距離にある水翠の顔に少し照れくさそうに視線を逸らす。
一通り手当てが終わり、少し落ち着いた頃、恭也たちも姿を見せる。
恭也は赤星へと荷物を渡すと、手当てをした冬桜に礼を言う。
それを嬉しそうに、はにかみながら受け取る冬桜を暫し呆然と見詰めた後、
赤星は着替えるために奥にあるベッドへと行き、カーテンを引く。
ちょっとした事故が起こった夏休みのある一日だったが、そんな日々でも冬桜は楽しそうな顔を見せるのだった。



つづく




<あとがき>

うーん、久しぶりの更新〜。
久しぶりだから、冬桜の口調を思い出すのが…。と、まあ冗談だけどな。
美姫 「冗談にならないぐらいに、久しぶりなのよね」
あははは。えっと、次回はとりあえず、遊びに行く予定で!
美姫 「いつになるのやら」
それでは、また次回で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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