『込められし思い 第14話』
恭也の携帯電話が鳴ったのは、昼食も終えた昼下がりの事であった。
高町家の面々も特に予定もなく、全員がリビングでめいめいに何やらしていた時である。
「もしもし。…なんだ、忍か」
「むぅ、何だとは何よ」
「ああ、悪かった。で、何の用だ」
「あっとそうだった。ほら、前に言って旅行に関してなんだけどね」
「ああ。決まったのか」
「うん。二日後はどう?」
「ちょっと待って」
忍の言葉に少し電話を中断すると、恭也は美由希たちへとその旨を伝える。
結果、誰からも反対の声はなく、
「ああ、こっちはそれで大丈夫だよ」
「そう。じゃあ、彩もオッケーで、那美も大丈夫だったから、これでばっちりね」
「おいおい、赤星は」
「あははは、冗談だよ。赤星君も大丈夫だって」
「そうか」
「うん。さくらの持っている別荘の一つなんだけどね、山の中にあるから。
あ、でも近くに川があるから水着は必須だからね。
恭也のために、この別荘を手配してあげたんだから、感謝してよね」
「ああ、感謝するよ」
「う、そう素直に言われるとちょっと照れるわね。
まあ、良いわ。それじゃあ、二日後の朝8時に駅前集合ね。
電車とバスで近くまで行って、そこから少し歩くことになるから、各自動きやすい服装でお願い。
予定は三泊四日だから」
「了解。美由希たちにもそう伝えておく」
その後軽く会話をしてから恭也は電話を切ると、美由希たちに忍に言われた事を伝える。
各自頷きつつ、早速足りない物を買いに行こうとか何とか話し出す。
それを眺めながら、恭也も何か必要な物がなかったかと考えるのだった。
◆◆◆
幾つか足りない物を買うために翌日、恭也と冬桜は街へと出ていた。
他の面々もそれぞれに出かけており、久しぶりに二人で出掛ける恭也たち。
何処かいつもより足取りの軽い冬桜を伴い、恭也が向かった先はデパートであった。
「まず、何から見るんだ」
「その、水着から…」
「そうか。確か水着は…」
恭也は案内板を見て水着の売っているフロアを探すと冬桜へと教え、自分は別行動を取ろうとする。
が、その服の裾を冬桜が掴む。
「あの、こういう所であまり買い物をしないので、兄様にも一緒に付いて来て欲しいのですが」
「いや、しかし…」
場所が場所だけに困り果てる恭也へと、救いの声が届く。
「あれ、高町君に冬桜じゃない。こんな所でどうしたの?
んん? ひょっとして修羅場?」
「いや、違うから」
元気に声を掛けてきた彩へと、恭也は疲れた顔で返す。
「あははは、冗談よ、冗談。まあ、邪魔は邪魔みたいだから、私はこれで」
言いかける彩の腕を掴み、恭也は彩に冬桜の買い物に付き合ってもらえないか頼む。
「うーん、やっぱり冬桜ってお嬢様よね。まあ、そういう事なら私に任せなさい!
もう高町君が悩殺されること間違いなしの際どいのを選んであげるから」
「え、ええっ! あ、あの、彩様、選ぶのは自分でしますから…」
「遠慮しない、遠慮を」
「い、いえ、そうじゃなくて…」
「藤代、冬桜をからかうのはそれぐらいにしておいてやれ」
「ん? まあ、お兄ちゃんがそこまで言うのなら、この辺にしておいてあげるわ」
「ったく。じゃあ、一時間後ぐらいに四階の婦人服売り場の休憩スペースで良いか」
「私はそれでも良いけど、冬桜は」
「あ、私も構いません」
冬桜からも承諾を貰った彩は承知しようとするが、ふとある事に気付き、恭也へと尋ねてみる。
「そっか。それじゃあ、それで…と言いたい所だけど、婦人服って事は服も買うの?」
「ああ、そのつもりだが」
「じゃあ、そっちも私が見てあげようか」
「助かるが、藤代は良いのか?」
「良いよ。私も服を見に来たからね。本来の目的も果たせるし」
「そうか、じゃあ頼む」
頼まれたと笑いながら恭也へと手をひらひらと振り返し、彩は冬桜の腕を掴むとを引っ張って行く。
移動しながら背後へと振り返り、
「あ、それじゃあ三時間後にここでね」
「分かった」
待ち合わせの場所と時間を簡単に告げると、彩は今度こそさっさと移動するのだった。
その背中を見送り、恭也は藤代に感謝するのだった。
三時間後。
約束よりも随分と早く戻ってきた恭也は、二人が戻ってくるのを座って待っていた。
そこへ冬桜たちがやって来る。
「すいません、兄様。お待たせしてしまって」
「いや、時間通りだから気にする必要ない」
「そうそう。それに、私は結構、早い方だよ。忍とかはもっと時間掛けるもんね」
「確かにな。何故、あれだけ時間が掛かるのか、いつも不思議に思う所ではある」
「あはは。まあ、私はパパッと決めちゃうからね。まあ、乙女は色々と大変って事なんじゃない」
人事のように言う、一応乙女に入る彩の言葉に笑い返しつつ、恭也は改めて礼を言う。
「あはは、別に良いって。本当に高町君は義理堅いんだから。
まあ、私も冬桜を着せ替えして楽しませてもらったしね。
そうじゃなかったら、もっと早い時間に集合したんだけどね」
彩の言葉に今度は苦笑を洩らしつつ、恭也は冬桜の手から荷物を取って持ってあげる。
礼を言う冬桜に気にするなとだけ返すと、恭也は彩も誘って帰りに何処かに寄るかと提案する。
二人が頷くのを見て、恭也は冬桜と彩の二人を連れて近くの喫茶店へと向かうのだった。
◆◆◆
その夜、鍛錬の時間になっても中々やって来ない美由希を不審に思い、恭也は美由希の部屋まで行く。
ノックをして、鍛錬の時間だと伝えると、扉の向こうから慌てたような声が返ってくる。
「っわわ! ちょ、ちょっと待って。あれ、可笑しいな。えっと…」
「何かあったのか」
「いや、別に何でもないよ、何でも」
そうは言うが、と思いつつ恭也は暫し美由希が出てくるのを待つが、
部屋の中からは何かごそごそとする物音がして、中々出てこない。
恭也はもう一度美由希の部屋の扉を叩くと、ちゃんと閉まっていなかったのか、ドアが勝手に開く。
「あっ!」
突然開いたドアに驚き振り返る美由希と、恭也の目が合う。
次いで、恭也の視線は美由希からその手元、しゃがみ込んで何やらしているらしい床へと向かう。
「明日の準備か」
「う、うん」
大きめのバックから幾つかの衣類が覗いているのを見て取った恭也の言葉に、美由希はバツが悪そうな顔をする。
「だが、それは昼のうちにしてなかったか」
「え、えっと〜、やるにはやったんだけど、ね」
呆れつつも、早くしろよと言い掛けて、衣服以外に覗いているものを見て、恭也は暫し動きを止める。
美由希も恭也の見たものが何か悟り、誤魔化すように笑みを見せる。
が、恭也はどこか疲れた顔をしてそれを追求する。
「で、お前は何を詰め込んでいたんだ?」
「あ、あはは〜。一応、向こうで鍛錬とかするって言い出しても良いように、その準備を…」
「まあ、それ自体は良い事だ。だがな、今日も鍛錬があるという事を忘れて、一番下に入れるな、バカ」
「う、うぅぅ。ごめんなさい」
時間の掛かった理由に納得がいき、一言だけ注意をすると恭也は背を向ける。
その後ろで、美由希はバックから色々と取り出していき、恭也は足を止めて振り返る。
「……お前、どれだけ持っていく気だ。と言うか、よく入ったな」
「は、ははは…。実は、着替えがあまり入ってなかったり」
半笑いで返す美由希の足元にずらりと並ぶ武器の数々。
「……木刀だけで10本か。他には何を入れてるんだ」
「いつも使っている真剣と、飛針が36本に小刀24本。
後は鋼糸の8番。で、万が一の予備にそれぞれ今言った数の半分を」
「……お前は山に篭もるつもりなのか」
「えっ! だって山に行くんでしょう」
「…………まあ、確かにそうなんだが。今回は修行がメインじゃなくて、遊びに行くのがメインなんだぞ」
「あっ」
どうやら、完全に目的を忘れていたのか、それとも準備している間に春の恒例山篭りと勘違いしてきたのか、
美由希は恭也に言われて改めて自分の荷物を見て、いそいそと武器類を取り出す。
それを呆れながら見遣りつつ、恭也は剣を持っていない時にも、
ある程度しっかりなるような鍛錬がないかと真剣に考えるのだった。
◆◆◆
恭也が美由希相手にすったもんだをしている頃、別の場所では。
「よし、これで準備は大丈夫ですね。後はゆっくりと寝て」
「那美、まだ起きてたのか」
少し開いていた扉から洩れ出た灯りに気付いたのか、真雪が顔を覗かせる。
「あ、真雪さん。真雪さん、今夜は徹夜ですか?」
「んにゃ、正確には今夜も、だ」
「ほどほどにしないと、身体に障りますよ」
「へいへい。と、そう言えば、明日からだったか、旅行は」
「はい」
楽しそうに肯定する那美を前に、真雪はニヤリとその唇を笑みの形へと変化させる。
「じゃあ、その間にあの青年を落とせるかどうかが勝負だな」
「へっ!? お、落とすって、ま、真雪さん!」
「こら、バカ。声が大きい。皆が起きちまうだろう」
小声で窘める真雪を、那美は恨めしげに見る。
その目が元を辿れば、真雪さんの所為じゃないですかと訴えていたが、真雪はあっさりとこれを受け流すと、
静かに那美の部屋に入っていく。
「だが、少しは期待しているんじゃないのか?
それとも、どうでも良いのか? んん?」
「そ、それは…」
「そうかそうか。まあ、那美がどうでも良いと言うんなら、アタシもこれ以上は何も言わないよ」
真雪の言葉にほっと胸を撫で下ろす那美を見下ろしながら、真雪はゆっくりと背を向け、
聞こえるか聞こえないかという程度の呟きを洩らす。
「まあ、那美にそのつもりがないんなら、意中の人と急接近できる方法なんていらないか」
言ってゆっくりと部屋から出て行こうとした真雪の腕を、後ろから強い力で引き止める。
「あん? 何か用か、神咲妹。
あたしゃ、これから仕事する前のコーヒーでも淹れようかと思っている所なんだが?
分かったら、さっさと離してくれ」
「あ、あのですね」
真雪を見上げつつ、那美は暫しの逡巡の後、思い切って真雪へと尋ねる。
「その方法を教えてください」
真雪は那美から見えないように、笑みを深めると那美の前にしゃがみ込み、そっと小声で何やら話し始める。
時折、「ええっ!」とか、「そんな事までっ!」だとか、「そ、それは幾らなんでも」などと言った声が、
那美の部屋からは上がっていたとか、いなかったとか。
同じように、ここ月村邸でも明日に向けての準備をする少女が一人。
いや、二人。
「ノエル〜、これなんてどう?」
「忍お嬢様、それはいささかどころか、かなり露出が多すぎるのでは」
「そっかな? うーん、この水着なら恭也もいちころだと思うんだけどな」
「ですが、一歩間違えれば恭也様に慎みがないと受け止められかねませんが。
恭也様の性格上、あまり派手でない方が良いかと」
「うーん、そうかな。喜ぶと思うんだけど…」
自分の水着姿を見下ろしてぼやく忍に、ノエルは頭痛めいたノイズを感じ取りながら、
それを押さえ込んで、自分の仕える主人へと進言する。
「お言葉ですが、非礼を承知で言わせて頂いても宜しいでしょうか」
「うん、良いわよ。正直な感想をお願いね」
「では……」
ノエルは一つ咳払いをしてから、忍へと言葉を選びながら告げる。
「それは最早水着ではなく、紐と呼ばれるものと何ら変わりがありません」
「でも、他に人も来ないような山奥だしさ」
「それでも、さすがにそれはどうかと思われますが。
恭也様のことですから、まともに忍お嬢様を見ることも出来なくなるのでは」
「それもそっか。そうなると、逆に困るし。
よし、じゃあ、これは止めよう。あ、じゃあ、こっちの下着も止めといた方が良いかな」
そう訪ねてくる主人に、ノエルは思わず額を押さえつつ苦言する。
「その前に、下着を選ぶのに恭也様に見てもらうのを前提にするのはどうかと」
「えー、何でよ。もしかしたら、って事もあるかもしれないじゃない」
「…まあ、そういう事になったと仮定しても、確かにその下着は止めて置いた方が良いと思いますね。
下着は本来、隠すために穿くものですが、それは意味をなしてませんし」
「それは、ほらね〜」
「ですが、最初からそれと言うのは、どうでしょうか」
「やっぱり? まあ、さすがにこれは冗談だったから良いけどね。
下着はこんな感じので良いか。となると、後は…」
忍は部屋をキョロキョロと見渡し、ベッドの上に置かれた一枚を手にする。
「やっぱり寝巻きはネグリジェの方が良いかな。
でも、いつもやっているみたいなワイシャツ一枚の方が喜ぶって何かに書いてたような…。
どう思う、ノエル?」
「ワイシャツ一枚だと殿方は喜ばれるのですか?」
「うん、そうみたいだけど。うーん、やっぱり普通の寝巻きにしておこうかな。
いつもは誰もいないから、シャツ一枚なだけだし。それで、恭也にだらしないと思われると困るからな。
一応、ネグリジェも入れて、この二つを持っていくか」
忍は自分で結論を出すと、鞄へと寝巻きを入れる。
それを見ながら、ノエルは時間を確認し、
「お嬢様、そろそろお休みになられた方が宜しいかと」
「ん、そうだね。これで持っていくものはちゃんと入れたし。
それじゃあ、そろそろ寝るわ。付き合ってくれてありがとうね、ノエル」
「いえ。それではお休みなさいませ」
「お休み〜」
ベッドに潜り込んだのを確認すると、ノエルは部屋の電気を消して部屋を後にする。
自分の部屋に戻ると、明日持っていく荷物を軽く点検し、忘れ物がないかを確認する。
忘れている物がないと分かると、鞄を閉めようとして、ふと手の動きを止めて、箪笥を開ける。
中からシャツを一枚取り出し、そっと大事そうに鞄に仕舞い込む。
「汚れた時の為の予備です、これは」
言い訳するように告げると、ノエルは鞄のジッパーをそっと閉めていく。
その中に替えの着替えが既に数枚入っていたのを見ていたのは、ノエル本人のみであった。
そんなこんなで、一部にはギリギリまでドタバタがあったものの、無事に出発の朝を迎える。
つづく
<あとがき>
いよいよ、旅行へと出発〜
美姫 「無事に帰ってこれるのかしらね」
いや、無事には帰ってくるぞ。
美姫 「それはそうだけど、私が言いたいのはそうじゃないわよ!」
果たして恭也はほのぼの、のんびりとした旅行を楽しめるのか。
美姫 「それとも……」
それでは、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
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