掃除を粗方終えた恭也の耳に聞こえてきた悲鳴は──、
フィアッセの声だった。
「今の声はフィアッセか?一体何があったんだ?」
恭也は声の主が誰だか分かると、声のした所へと向う。
階段を登り、二階のフィアッセが掃除をしているであろう納戸へと差し掛かる。
そこには何やら驚愕と喜びが入り混じった表情のまま立ち尽くしているフィアッセがいた。
フィアッセの足元には、納戸から出して、整理中と思われる幾つかの本などが散乱していた。
それらを見ながら、恭也はフィアッセの元へと近寄る。
「フィアッセ、どうかしたのか?」
「Oh、恭也。これ見てよ、これ」
「何だそれは」
フィアッセが恭也に差し出した物はごく普通のノートで、
あえて特徴を挙げるとするなら角の所が少し傷んでおり、少し古い感じを受けるぐらいである。
後、そのノートの表紙に書かれていた文字には、
『士郎の秘密ノート。開ける事厳禁!恭也、見たら殺す!』
と書いてあった。
恭也はそれを見ると溜め息混じりにフィアッセに言う。
「俺は見るなと書いてあるんだが」
「大丈夫だよ!ここだったら問題ないよ」
フィアッセは先程まで自分が見ていたページを開くと恭也に見せる。
あまりにも熱心に読むように促してくるフィアッセに負け、恭也はノートを受け取るとそこに目を通す。
そこには、士郎の字で、
『○月X日 アル、ティオレさん、俺の三人で恭也とフィアッセを婚約させる。
二人が大きくなってから、この事を話した時の反応が今から楽しみである。
十数年もかけた計画故に忘れる可能性を考え、これに記す』
と書かれていた。
しばらくの間、恭也は茫然とその場に佇んでいた。
と、そこへフィアッセの声を聞いた他の者たちも駆けつけてくる。
フィアッセの声を聞き、駆けつけてみれば恭也が茫然としている。
その状況に首を傾げつつ、皆を代表する形で桃子が恭也に声をかける。
「恭也、一体どうしたのよ。さっきの声はフィアッセだったはずなんだけど」
「あ、ああ」
桃子の声に我に返った恭也は、桃子にさっきまで見ていたページを開いたままノートを渡す。
渡されたノートを受け取り、そのページに目を落とした桃子はニヤリと表現するのがぴたっりとくるような笑みを浮かべる。
「おめでとう、良かったじゃない恭也。フィアッセもね」
「…………」
「うん!」
桃子の言葉に憮然と沈黙を続ける恭也と、嬉しそうに笑うフィアッセ。
そんな対照的な二人を見ながら、何が起こったのか分からない美由希たちはただ、首を傾げるばかりだった。
そんな美由希たちに桃子は手にしたノートを渡し、中を読むように促す。
ノートを受けとった美由希はなのはにも見やすいようにしゃがみ込む。
そんな美由希を中心にして、全員がノートを覗き込む。
真っ先になのはが反応し、恭也とフィアッセに笑顔で声を掛ける。
「お兄ちゃん、フィアッセさん良かったね」
「ありがとう、なのは」
フィアッセは嬉しそうになのはの頭を撫でる。
そんななのはに釣られるように、美由希たちも祝辞を述べる。
未だ、どこか茫然としている恭也を余所に、桃子の今夜は宴会よ〜の声と共に、美由希たちは各自の持ち場へと戻っていった。
全員がいなくなった所で、フィアッセは身体を少し曲げると、未だ憮然としている恭也を下から覗き込み見上げる。
その顔はどこか寂しそうだった。
「恭也は嫌なの?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「じゃあ、どうして」
「いや、まあ、突然だったからな」
「じゃあ、恭也は嫌じゃないんだね」
「…………」
「何とか言って欲しいな」
「…………俺も嫌じゃない」
「それはどういう意味で?」
「勘弁してくれ」
「むぅ〜。ちゃんと言って欲しいだけなのに」
「恥ずかしい」
恭也はそこまで言うとそっぽを向く。
フィアッセは両手で恭也の顔を挟むと自分の方へと向ける。
鼻先がぶつかる位の近さまで恭也の顔を持ってくると、その瞳を正面から見詰める。
恭也は顔を挟まれているため、顔を背ける事が出来ず、視線だけを逸らそうとするが、
至近距離にフィアッセの顔があるため、視界からフィアッセを消す事が出来ない。
やがて、恭也は諦めたかのように溜め息を吐き、両手を上に上げる。
「分かった、降参だ。だから、離してくれ」
「じゃあ、ちゃんと言葉にしてくれる」
「ああ」
恭也の返事を聞いて、フィアッセは満面の笑みを浮かべながら手を離す。
恭也は少しだけ姿勢を正す。
フィアッセは恭也の言葉を楽しみに待っている。
恭也はフィアッセの両肩に手を置くと、正面から見詰め口を開く。
「俺はフィアッセの事が好きだから、父さんたちの約束は別に構わない」
「恭也………。私も恭也のことが好き。
私、フィアッセ=クリステラは世界中の誰よりも高町恭也の事を愛しています」
「俺も愛してる……」
恭也はフィアッセを引き寄せる。
フィアッセも恭也に身を任せ、そっと瞳を閉じる。
そんなフィアッセに恭也はそっと口付けをした。
「恭也、私今、とっても幸せだよ」
「ああ、俺もだ」
二人はしばし時間を忘れ、ゆっくりと過ごした。
これから先、歩んでいく道でも共に隣で歩み続ける事を確信しながら。
ちなみに、その時の様子をなのはに撮られていたと気付くのは、その日の夜の鑑賞会と称する宴会の席での事だった……。
The END
To and noisy every day.